0078 調理者達と具材達の饗宴
【人体使い】が嫌がらせのように"吐き出し"て置いていった、元は【樹木使い】リッケルの機密級の道具であったろう『鉢植え』。それは【情報閲覧】をしても、【闇世】の大陸で都市部で咲くちょっとした頑丈な低木種である観葉植物に過ぎず、何か特別な眷属であるか施設の一部であった、というわけではない。
ただし、それは滅び去りしとはいえ、独自の「世界認識」を核として確かに存在していた『迷宮経済』の一部であった鉢植えであり、今代の【樹木使い】の滅びと共に正しく"廃品"となったものであった。つまり、それを法則体系的に活用することのできる存在は、もはやこの世には残ってはいない。
だが、迷宮システムがその文字通り"核"となる迷宮領主が滅びても、機能が残る一例ではあると言える。そして機能が残されれば、その機能に適合した――近似的な、あるいは類似的な能力を持った者からすれば"再利用"することができるものである。
俺の従徒で言えば、それは『イリレティアの播種』――通称"魔人樹"と俺は命名したが――たるグウィースであった。
また、"励界派"の中でも「親グエスベェレ大公派」として動く3伯爵のうちの【蟲使い】ワーウェール=ウェワヌロウィスとかいう唇がひん曲がりそうになる名前の男においては、対リッケルのためだけに生み出された対抗種的な眷属である『樹瘻の鈴虫』によって。
ここで重要な知見は、つまり【眷属心話】以外の独自の情報通信手段を持っていたとしても、その種が割れ法則を察知されれば、迷宮システム同士の【相性戦】によっては看破され、検知され、場合によっては傍受され、最悪の場合は乗っ取られるということだろう。
【木の葉の騒めき】は木々の葉々が擦れ合う"音"に干渉し、そこに乗せることで"声"を伝達したり、またはその端末となった植物の周囲の"音"を拾うことのできる【樹木使い】かまたはその眷属の技能であることが予想される。
それをどこかの段階で解析した【蟲使い】――以前の俺の【蟲?使い】ではなく純然たる"蟲"型の魔獣の使い手――は、新たな眷属を生み出すに当たって、それを乗っ取るような指向性を自分自身の「世界認識」に加えたに違いなかった。
ならば、同じことは俺の【エイリアン使い】もまたできるし、されうると考えなければならない。
エイリアン達の"群体知性"とその同調的な連携能力――要するに『エイリアン語』――を高度なテレパシーによって統合した副脳蟲どもの【共鳴心域】ですら、それがそういうものであると知られれば、対抗策を練られることはないと考えるほうが難しい。
例えば【人体使い】辺りは、"人体"なのであるから――「脳みそ」それ自体を俺の副脳蟲達に近い形で運用していても何ら驚かない。目玉も、片耳も、掌さえも操るのであるから、内臓や脳みそを含めた臓器全般が例外であると考える方が無理があるだろう。
……まぁ、仮にそういうものがあったとしても最重要機密だろうから従徒ではないソルファイドには知らせなかっただろうが。
――軽視しているわけではないが、それでも、俺が考えていた以上に迷宮領主同士の"交流"における【情報戦】の重要性は重大なものだったのだ。
『司令室』。
ル・ベリとソルファイドと共に、労役蟲によって磨き上げられた一枚岩の円卓を囲み、その上に"ゲロ鉢植え"を置いて、俺は"励界派"の『臨時会議』の始まりを待った。
グウィースによって事前にその内部事情、特にテルミト伯の対立陣営が考えていることをある程度、事情を知ることができたのは大きな強みではあったが――【木の葉の騒めき】を傍受する何者かの存在は【蟲使い】によって察知されていたことがわかり、グウィースは念の為この場からは外していた。幸いにして、相手がそれをテルミト伯側の"仕込み"だと誤解したため露見には至っていないが、この幸運を利用した情報収集ができるのは今回限りだろう。
議論の如何、その中での俺の取り扱いがどうなるかによっては、この『鉢植え』は破棄するか最低でもグウィースをもう近づけないようにすることも考えなければならない。あるいは、堂々とこちらからその存在を明かしてカードとする手もあったが、それは危険な手ではあるか。
グウィースは"名付き"達と遊ばせており、同じくヒュド吉への餌やりを所望してブー垂れていた副脳蟲達を強制的に『司令室』に召喚して、俺は"励界派"と――その内部対立における、それぞれの「後援者」達に関する"情報"を反芻していた。
【闇世】の"発展"を謳う集いである『励界派』。
略称であり、正式な名称は【叡智に仕え"界"の励起を資さんとする拙き徒達の小派】とかいう長い名前。
迷宮領主が政治上も、軍事上も、そして"経済"上も重要な単位として始まった【闇世】において、歴史が積み重なる中で発展してきた、特にハルラーシ地域にその多くが集中する『自治都市』との連携を謳い、【闇世】全体としての文明や技術の発展を目指すと称する伯爵達の連合である。
立ち上げたのは【傀儡使い】レェパ=マーラックと【人体使い】テルミト=アッカレイア。
だが、彼らには強大な競合相手があり、それは詳しい能力や迷宮システムはまだよくわからなかったが「人々が居住する街」を支配下に組み込むことで"勢力を増す"という大公たる【幻獣使い】グエスベェレの存在である。
"暴君"とも"残虐者"とも形容されるこの大公への対応を巡って、利用するかはたまた早々に打倒するかで、励界派の創設者二人は路線対立をしている、ということであった。
そして、敵の敵同士は結びつくというのが世の常であり、また拡大を志向する勢力に対してはそれを抑えようとする対立勢力もまたあるというのも世の常。
今代の【闇世】の最高司祭たる"界巫"――いわゆる"魔王"――は【幻獣使い】の強大化を望まず、その"懐刀"たる存在の【鉄使い】が、一応はテルミト伯の「後援者」の立ち位置にあるということであった。
……「一応は」というのは、どうにもこの【鉄使い】にして上級伯たるフェネスという人物は『道化』『陰謀家』『策略家』『愉快犯』『劇場型テロリスト』など、【闇世】では様々な悪名をほしいままにしている札付きの有名人であるらしく、必ずしも"界巫"の思惑に沿って行動をしているかは怪しい――というのが【傀儡使い】側の認識。
特に多頭竜蛇関係、そしてこれまた別の大公たる【気象使い】関係で不穏な動きや"仕込み"を行っているのではないか――というのが、テルミト伯も含めた励界派全体の共通認識であるらしかった。
「副伯だの郷爵だの伯爵だの、爵位は必ずしも絶対的な強弱の指標じゃない。リッケルが、大公の後ろ盾があったとはいえテルミト伯にワーウェールの2伯爵を相手に闘い続けることができたのがその証拠だ。思うに爵位は、むしろ経済力の指標と見た方がいい」
「適切な支援があれば、純粋な戦力としては御方様もまた、この油断無き"伯爵"どもに十分に互する、ということですな」
「――そう思われるのが厄介だ。実際に俺は、俺達は、2伯爵を手こずらせたリッケルを条件の差があったとはいえ、打倒してしまった。テルミト伯はそれを隠したかったかもしれないが、こうして"お披露目"せざるを得なかった……最悪、全員の使い走りにされてしまうぞ?」
「主殿の【エイリアン使い】は、未だに特異だと俺でもわかる。一見すると【蟲使い】に非常に近いが、自在さと柔軟さが違う。俺も全てを知るわけではないが、奴とてここまでではない」
「そしてそれを中途半端にテルミト伯には知られている。訳が分からない、従順かは疑わしい戦力を、俺だったら自分の敵への鉄砲玉にする。削り合わせて力を削げるし、さらにその力の一端の情報を知ることができる」
「……先日の【木の葉の騒めき】からグウィースが得た情報では、"励界派"の奴らめはもはや抗争は秒読み段階。一応、同じ志を共有しているとかいう"礼儀"で、宣戦布告のようなものをこの会議とやらで行うというのが御方様の読みでしたな」
「ちょうどいいタイミングにちょうどいい"鉄砲玉"ということだな。俺じゃなければリッケルが巻き込まれていただろう、弾の製造元かラベルがちょっと貼り変わっただけのこと。十中八九、理由をつけて"大陸"に呼び出されて、俺は火中の木の実を拾わされるし、拾わせる方は"栗"にしようか"松ぼっくり"にしようか、はたまた"焼け石"にしようか算段をつけているところだろう」
最善は、すぐに役に立つ訳ではない、と捨て置かれることである。
"探しもの"を探すためには、いずれ【闇世】でも力を増す必要はあるため、ル・ベリの願いを叶える意味でもいつかは手を伸ばさなければならないが、だが、それはハルラーシ回廊を舞台に戦火が燃え盛らんとしている今ではない。
「ならば御方様、業腹ではありますが……【人体使い】の傘の下に入るというのは? その下に隠れて目立たず力を蓄え、いずれ奴の腹から食い破って躍り出る時を待つというのは」
「テルミト伯に余裕があれば、俺にその程度の自由は与えてくれたかもしれない、そういう"交渉"はできたかもな。だが、リッケルの迷宮跡地の件で【傀儡使い】が交渉によって1本取ったみたいだ。どいつもこいつも食わせ者なのは間違いないが、出鼻を挫かれたテルミト伯が劣勢だとすると、俺を遊ばせておくことはしないだろう。第一、引きずり出されて"お披露目"されるんだ、いくら俺が目立たないようにイエスマンをやったとしても、追求が集中すれば、むしろ俺は切られるカードにされかねない。テルミト伯に俺達の運命を委ねる理由も意味もメリットすらも無い」
「多頭竜蛇が間にいるから――というのは、理由にはできないのだ、な? その様子では」
「全身がガクガク震えて思わずちびってしまいそうになる話だが? 【気象使い】がその気になりさえすれば、本来多頭竜蛇程度は1日掛からずにぶち殺せるらしいな。どうしてそうしないのか、【鉄使い】フェネスの思惑がそこに絡んでいるのかどうか、そしてそれはどこまでが"界巫"の意思であり――つまり【黒き神】の思惑であるのか。【傀儡使い】達が一番警戒しているのはそこだったな。あいつらは、テルミト伯達と【鉄使い】が一枚岩だとは見ていない」
「何となれば、【人体使い】めが誑かされているのを助けなければ、というような口振りでしたな」
「"情報戦"とやらの一環か、単なる嫌がらせの揺さぶりかもしれないが。だが、少なくともこれは単純な代理戦争の構図じゃない。入り口が【傀儡使い】vs【人体使い】なだけであって、最悪4つ巴……いや、それぞれの勝利条件というか、達成目標が微妙に違っている。整理するぞ」
その1。
「反」グエスベェレ派は【人体使い】【魔弾使い】【鼓笛使い】。
その目標と勝利条件は、「親」グエスベェレ派の屈服と転向の達成、そして回廊からグエスベェレ大公の勢力を駆逐すること。
その2。
「親」グエスベェレ派は【傀儡使い】【蟲使い】【死霊使い】。
その目標と勝利条件は、「反」グエスベェレ派の屈服と転向の達成のみ。利用する派である彼らにとって、グエスベェレ大公の勢力は現時点では味方なのである。
その3。
グエスベェレ大公の勢力。名前が出てきたのは【幻獣使い】とその娘【宿主使い】、部下の【甘露使い】。
その目標と勝利条件は、勢力の拡大であり、そのための資源としてハルラーシ回廊の『自治都市』を支配すること。
その4。
"界巫"の部下である【鉄使い】。
その目標と勝利条件は、一応はグエスベェレ大公の「力を削ぐこと」。
ハルラーシ回廊への大公の勢力の浸透を防ぐであるとか、大公を打倒するであるとか、そういうことが明確に示されているわけではない。加えて先にも述べたように、多頭竜蛇や【気象使い】関連などの「別件」で行動しすぎている嫌いがある、らしい。
「その2とその3はわかりやすい、戦って邪魔者を撃破すれば良いだけなんだ、俺が参戦しようがさせられようが、敵か味方か、ただそれだけだろう。だが、テルミト伯がなりふり構わずに俺を利用しようと思ったら、最悪6伯爵の連合を組んでの多頭竜蛇退治を提案しだす可能性がある――有望な"新人"を絶海の孤立から救い出すために、とかな? それで【鉄使い】の反応をうかがいつつ、抗争の開始を先延ばしにできる。だが、別のやり方でも【鉄使い】の反応は測れるんだ、例えば俺に、いついつまでに多頭竜蛇を何としても倒せ、と言うとかな?」
「【人体使い】めが劣勢ならば、尚の事、後ろ盾であるはずの【鉄使い】の真意は測りたいはず……ということですな。そして、御方様が多頭竜蛇を攻撃したことが仮に不都合であったなら、我らの独断だったことにして【鉄使い】への供物とする、と」
「奴が劣勢であればこそ、時間稼ぎの盾か餌、あるいは鉄砲玉のどちらかに必ず俺を使う。そして【傀儡使い】もそれがわかっているから、どうやって俺を利用するか、可能性の2、3を"同志"どもと打ち合わせする程度の意識は向けていた。それに【鉄使い】は、自分の別の目的に"励界派"の連中を利用することしか考えていない奴なんだろうから、俺のことだって最大限利用しようと思うだろう」
つまり、俺はもはや巻き込まれることからは逃れられない。
守ろうとすれば、引こうとすれば、逃れようとすれば、必ずより大きな力で引きずり込まれるだろう。
では、どうするか。
誰もが、誰かが俺を利用して誰かにぶつけようとしている、と考えている。故に、それをどう受けて捌くか、あるいは俺を利用しようとしている誰かを利用するかを考えている、そういう構図である。
ならば、発想を逆転させればいい。
――彼らにとっての"前提"と"発想"を、逆転させてやればよいのである。
テルミト伯が指定した刻限まで、あともうしばらく。
俺は静かにその時を待った。
***
【蟲使い】ワーウェールが構築した前哨地にして新たなる"蟲巣"の『飽食の間』に、種々の森の幸が運ばれる。
【人体使い】の『舞踏場』のフルコースのような華やかさは無く、また【傀儡使い】の『歌劇場』のような"遊び心"も無く、さりとて【死霊使い】の『拷問解体室』における悪趣味寄りの"珍味好み"もあるわけではない。給仕役が、融通の利かない『蟲』型の魔獣の眷属であることも合わせて、いささか"堅実"過ぎるもてなしではある。
だが、悪く言う者にとっては"陰気"であり"執念深い"ものであっても、別の見方をすれば丹念で容赦がなく徹底的に堅実である気概は――参加する者達一人ひとりの食の好みに完璧に対応した食事が饗されていることからも明らかであった。
流石に、こと音に聞こえる【美食使い】ほどのものではないにせよ――普段から互いの粗探しに余念が無い"励界派"の伯爵達はともかく、土壇場で参加した見届け役たる【宿主使い】と付き人である【甘露使い】、また急遽引き連れてくる護衛を交代させた【鉄使い】といった面々に対して、その配下達に至るまでも舌を唸らせずば帰しはしないとの気迫でもてなす様は、成すと決めた物事に対して決して妥協せず強迫的なまでに集中し完璧を求む、というワーウェール=ウェワヌロウィスという男の気質を現していた。
「うまい、うまい、うまいぞ! おかわりだ、おかわり!」
「うひひ、親父のところの焦げ臭い厨房じゃぜってーこんな豪勢な料理は作れねぇや」
「あぁ! 男手一つで慣れない白粉を買い求め、化粧の仕方まで教えてきたという苦労の日々よ、そんな手が塩でふやけるまで愛で育てた娘達に、こんな風に虐められる僕のなんてかわいそうなことか、ヨヨヨ……」
いくつもの皿と食器が宙に浮かんでおり、まるで意思を持った生物か目に見えぬ透明の存在に動かされているかのように、肉料理とサラダを取り分けていく。本来は、その力によって数多の"武器"と"防具"を宙に浮かべ、操って振るうための技能――【武器操作:多重】と【防具操作:多重】をそれぞれ食器と皿に対して行使するという、斬新……"戦場的"なやり方で食事を取っているのは【鉄使い】フェネスの護衛である2人の娘。
食器を浮かべて操るのは、前髪に隠れた小さな"角"ではあったが――確かに【異形:一本角】と呼ばれるものを額から生やした「三女」、皿やカップを浮かべて操るのは【異形:四本腕】を腰から生やした「四女」である。共に、一見すると【闇世】では珍しい褐色の肌を顕わにしている。だが、その細かな違いに気づく者は無く――そもそも、二人の体格と装いは大きく異なっていた。
一本角の「三女」は職業が【刃の踊り子】であり、露出の多い煽情的な装束に身を包んでいるのに対し、四本腕の「四女」は【盾の戦乙女】として、その巨漢の戦士にも劣らぬ太い筋肉質の四腕に大小の盾を括り付けたままであった。
およそ、晩餐の場に似つかわしいとは言えない、良く言っても"武骨"な振る舞いと、それを注意しようともせず、三流の劇役者のような大げさな身振りで共にはしゃいでいる【鉄使い】フェネスに対し、【蟲使い】が静かに額に青筋を浮かべる。
しかし、それが挑発のためでありこちらをわざと怒らせるためのものであることを嫌というほど知っているため、特に咎めるということはしない。たとえ、三女が父親のそそのかしによって、それが「正しい作法」だと騙されて、食器を給仕役の『幻蟻』達にダーツのように当て始めても、ワーウェールは務めて平静を保つ。
……何故ならば、自分以上に表情の抜け落ちた顔で、その嬌態に一切目をやろうとしない――目元の筋をぴくぴくさせている【人体使い】テルミト伯の様子が目に入ったからだ。無論、このようなことで対立の垣根を越えてしようもない連帯意識など持つ意味もつもりもないため、目は合わせないが。
――そんな道化の機嫌を取らねばならない【人体使い】は哀れだな、とは思うワーウェールではあったが。
それに比べれば、高貴にして傲慢なる"姫"とその油断ない付き人を、なんとか満足させられたなと、刺繍入りのハンカチで丁寧に口を拭く二人をワーウェールは視界に収める。と、それに気付いた【宿主使い】ロズロッシィが、ワーウェールにだけわかる角度で口元をにっこりと微笑ませ……それだけでワーウェールは、寝ずに資源をやりくりして緊急で『蜜蟻』を増産した甲斐があったと機嫌を回復させる。
物のわからぬ口さがない者共は"じゃじゃ馬"などと言う輩もあるが――「うぇる君、うぇる君」と自分にだけは「君」をつけて丁寧に対応してくれる"姫君"の真心は、自分だけが理解していればよいのである。
【宿主使い】ロズロッシィが、時折何かを確認するように、その隣に座る非常に長身の単眼鏡をつけた細目の女性――【甘露使い】カタリッミナ――と囁き合う。【鉄使い】が"界巫"の懐刀であるならば、【甘露使い】はグエスベェレ大公の懐刀であるとされており、ロズロッシィの目付役でもある。
ワーウェールにとっては、絶対に機嫌を損ねることの出来ない相手の一人であった。
その間、【傀儡使い】は――人形体の癖に――【魔弾使い】グウィネイトと近隣の情勢について葡萄酒を片手に意見交換しており、【死霊使い】は「話し合いが始まったら戻るよ」と言って自身の眷属を連れてどこかへと姿をくらます。
【人体使い】は、流石に【鉄使い】の行動に気をもむよりは【鼓笛使い】エッツォの"大声"の方がマシだと思ったのか、耳栓をしながらどうでもいい技術論について現実逃避のように早口で話し始めている。どうせ、足元では我慢できずに連れてきた愛玩眷属である『豚の尻』をギリギリと踏み潰しているのだろう、とワーウェールは考えるのであった。
――我が盟友に宣戦を告げるに相応しい、趣きを凝らした饗応としてほしい、というのが【傀儡使い】レェパからの"頼み"である。常の定例会議における「技術報告」とは異なる"臨時会議"でもあることから、余興の類は最小限とし、純粋に料理のコースによってのみ「礼」を尽くす、というのがワーウェールに与えられた課題。
道化という最初から茶化すことが目的である、一種の"現象"の突飛な行動は置いておいて――その薫陶が厚いらしい"娘達"のせいで、想定の3倍以上の苛立ちではあったが――ハルラーシ中から調達した食材のコースを給仕し、来賓達に堪能させきることができたワーウェールは、誰に聞かれるともなく鼻を鳴らした。
「――さて、それではそろそろ本題に入ろうじゃないか。おっと、その前に……何でも【人体】から、喜ばしい報告があるようだ」
給仕の『幻蟻』達が、そのために最適化された顎を器用に使って食器も残飯も片付けていく。それなりの混沌と、それなりの喧騒が徐々に静まっていき――列席する者達の表情が、社交者のそれから迷宮領主としての油断の無いそれぞれに狡猾な目つきへと変わっていく。
そんな様子を一望しつつ、司会役を務めることが決まっていた【傀儡使い】が、もったいつけてわざとらしい素振りでテルミト伯にじろりと目をやった――人形の体で。
「なんでも、我ら"励界派"の理想と使命に共感し、共鳴し、共に道を歩みたいと望む気鋭の新人がいるとか。しかも、その実力は【樹木】の全力の侵攻を跳ね返したという。今宵、我らがシェフたる【蟲】が、ここまで心穏やかに趣を凝らした珍味絶品の数々を料理できたのも――」
「ねーもーれぇぱん話ながいってばー。さっさとてるみんに話させてよ、あたし気になるからーなになにその"新人"て、ねぇなんなのー?」
「……これは失礼、ロズロッシィ様。さぁ、我が盟友【人体】よ。お声掛かりだぞ、紹介してもらおうか」
――【降臨暦2,693年 燭台の月(3月) 第12日】。
それは、異世界シースーアへの転移より、53日目のこと。
【エイリアン使い】オーマは、斯くの如く、【闇世】の迷宮領主達の間にその名を初めて知られることとなる。





