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0076 狂樹の置き土産(4)

 『飛来する目玉(フライング=アイ)』。

 人間の頭部ほどもある巨大な血走った眼球であり、白目の箇所にはびっしりと血管の筋が赤と青に浮き上がっている。虹彩がまるで猫のように常に収縮しており、瞳孔は常に一点を凝視しているかと思えば、数秒から数十秒の感覚で焦点を変えている。

 およそ「視る」ということに特化した迷宮領主(ダンジョンマスター)眷属(ファミリア)であるならば、単に物理的な意味での"映像"だけを見ている、とは言い切れないであろう。【樹木使い】リッケルの木造船団から何度か湧いて出てきていることが確認されており、遊拐小鳥(エンジョイバード)達にその都度狩らせていたが、戦闘能力は皆無であると思われた……単に隠しているだけかもしれないが、物理的な手段によるものではないだろう。


 同行してきた『羽搏きの片耳(フラタリング=イアー)』と『逍遥する鼻梁(ワンダリング=ノーズ)』、『天唾の口唇(スピッティ=リップ)』についても同様であり、いずれも【風】属性と、さらに何か未知(・・)の魔法的な手段によって浮遊していることがなんとなくわかったのは、現地に送った一ツ目雀(キクロスパロウ)カッパーに副脳蟲(ぷるきゅぴ)達を通して【共鳴心域】で感覚を同調させながら、魔素の流れを追った結果だ。

 ――翼も、羽となるような機構も持たずに浮遊していること自体が、改めてだが俺の元の世界との法則の違いを感じさせる。一応、炎舞蛍(ブレイズグロウ)とて力技ではあるものの、生物の"進化"としてありえなくはなさそうな法則に従った「飛行法」であったが……【人体使い】が操る空飛ぶ顔面パーツどもは、明らかに異なる法則、すなわち魔法によって自らを浮遊させていた。


 気にはなるが、今ここでいきなり【因子の解析(ジーン=アナライズ)】を発動して俺の手の内を晒すのも悪手である。敵対してきたならば、堂々と討ち取ってその遺骸を浸潤嚢(アナライザー)に放り込むのだが。


 ――ひとまず俺は風斬り燕(エッジスワロー)イータ率いる飛行部隊に指示を下し、空飛ぶ福笑いどもを『北の入江』にまで案内させて着陸させたところであるが、さて、何を言い出すやら。

 現地には、近場を警戒していた走狗蟲(ランナー)隠身蛇(クロークスネーク)達をかき集めて警戒態勢を取らせ、不測の事態に備える。また、リッケルの二の舞いを避けるために一時的に突牙小魚(ファングフィッシュ)達も海中の哨戒に駆り出し、『三連星』である縄首蛇(ラッソースネーク)のゼータ、八肢鮫(バインドシャーク)のシータらも出している――無論、『飛来する目玉(フライング=アイ)』には見えない最低限の位置に配置してだが。


 少なくとも、急に暴れだした場合は風斬り燕(エッジスワロー)イータがその全身から【羽毛針弾】を打ち出してハリネズミにしてしまうことだろう。

 風斬り燕(エッジスワロー)はより本格的な"飛行型"として大型猛禽類に近い体躯となっている。だが、大型化した分飛行能力が落ちたかと言えばむしろ逆である――【風】属性の魔法によって生み出された気流を受け止めて浮遊する『因子:豊毳(ほうぜい)』による豊かな羽毛状に発達した体毛に、びっしりと全身を覆われていた。

 加えてこの「羽毛」は【風】魔法の気流に乗せて撃ち出すことができ、1枚1枚が極小のペンナイフかガラス片程度の殺傷力は有している。硬い皮膚や重武装の相手には効果は薄くとも、それこそ"目玉"であったり、生身の部分に打ち込めば行動を制限することぐらいはできるだろう。


 だが、これは風斬り燕(エッジスワロー)の能力におけるオマケでしかない。

 真に凶器となるのは、このような鋭い羽毛に全身を覆われた風斬り燕(エッジスワロー)自身の身体であり――自ら生み出した微小の気流を乗り継ぎながら高速機動する風斬り燕は、広げた翼と鉤爪状に発達した四肢の長爪、そして硬質化して嘴のように伸びた"十字牙顎"などを使って対象を切り裂くことができる。

 タフさが増している様はさながら、"空の戦線獣(ブレイブビースト)"といったところであり、よほど特殊な能力を隠しているのでもなければ、単騎でもこの「使者」達は殲滅できるであろう。


 ただ、こうして見るからに諜報系の眷属ばかりを寄越してきた様子から見るに、暴れ出す可能性自体は少ないだろう。

 ソルファイドから聞いていた、【人体使い】の主力である、巨人からもぎ取ったような片掌が文字通りに暴れ回る『踊り狂う五指(ダンシングフィンガー)』――大雑把な目算では単騎で戦線獣(ブレイブビースト)以上螺旋獣(ジャイロビースト)未満の戦闘力とのこと――などが辺りに潜んでいる様子も無かった。


 それでも、襲撃を食らった直後である。

 その黒幕と思しき相手に対して、あえて改めて姿を晒す必要性は感じなかったので、ひとまず海岸で話を聞くということとしたわけだが。

 片付けを後回しにして、【樹木使い】が構築した『生まれ落ちる果樹園』の破壊され蹂躙された戦闘跡が残る様を見せつける意図もある。


 2対の『飛来する目玉』と『羽搏く片耳』、1つずつの『逍遥する鼻梁』と『天唾の口唇(スピッティ=リップ)』から成る"使者団"が、歪な福笑いのように互いに位置取りを定めていく。

 ――そして次の瞬間、それぞれの顔面パーツから、まるで【樹木使い】が"根"を伸ばすかのように、目玉や片耳や唇から、その皮膚を突き破って"血管"やら"神経"やらが生えてくる。そして互いに結びつきあい、繋がっていく。それと共に「不適切」なパーツ同士の距離感が、ちゃんとした人間の顔(・・・・)の正しい配置に調整されていき――福笑いじみた不均衡さが均されていく。


 結果、海岸に現れたのは、皮膚や肉や骨を全て溶かされ無数の毛細血管のみ(・・)によって接続された、人体標本の如き「顔面」であった。

 そしてその"唇"が、滑らかに動いて、声帯も無いにも関わらずはっきりとした声を発する。


「急な来訪を失礼します、何分、この海域には非常に縄張り意識の強い厄介者がいましてね。本来なら、貴方のような"有望株"にはもっと早く唾をつけておくべきなのですが、抜け駆け(・・・・)をした馬鹿者の後始末もあった手前……ご挨拶が遅れ申し訳ありません、私【鎖れる肉の数珠れ城】の城主にして伯爵(カント)たる【人体使い】テルミト、テルミト=アッカレイアと申します」


 空飛ぶ福笑いから空飛ぶ人体模型の頭部にクラスチェンジした"使者"に向け、現地の走狗蟲(ランナー)達に指示を下して、俺は"筆談"で応答する。

 海岸の砂浜に、数体の走狗蟲達によって俺からのオルゼンシア語による"返答"が表示されていく様を、目玉をギョロギョロ動かしながらテルミト伯が唇を歪ませる。


『これは丁寧なご挨拶、恐れ入ります。【エイリアン使い】のオーマ、ただのオーマとお見知りおきを……何分、こちらはまだ生まれ立てで四苦八苦をしておりますので、諸兄方の流儀と礼儀にも疎い山出しです。満足に応対できる場もご用意できず非常に心苦しいのですが、わざわざこの度、お越しいただいたご用件をお聞かせ願いますか?』


 既にソルファイドに仕込まれていた『盗視る瞳』によって、『9氏族陥落』作戦の時に俺の迷宮内部や俺自身の姿などを見られている。だが、もう知られているからといって改めて姿を眼前に晒してやる謂れは無かった。


「これはこれは。姿を現さないので、一方的にこちらの"要望"をお伝えするだけになるかと思いましたが、無駄足にならずに済んだものですね? それにしても、見るからに悍まし……なんとも勇壮な"魔獣"達であることだ、そこで残骸を晒している馬鹿者とは別方面に私にとっては興味深い。一つご教示願いたいのですが、オーマ殿、貴方の権能であるところの「えいりあん」とは、一体どのような意味なのですか?」


『そうですね、私の故郷の言葉なのですが……"童の遊び心(えいりあん)"とでもご理解いただければよろしいかと。それで、高名なる"励界派"の「南方支部長」であるところのテルミト伯は、先日、私を襲ってきました――そこの【樹木使い】リッケル=ウィーズローパー殿のことを、何かご存知でいらっしゃるということでしょうか?』


 【闇世】Wikiにも、見れる範囲ではあるがちゃんと目を通していることを含ませる。

 "唇"が音も無く「レェパめ、あの馬鹿が」と動くのを見逃す俺の眷属(ファミリア)達ではないが、わざと俺に見せているのかそうでないかの判断がつかない。


「なるほどね、"遊び心"と来ましたか、とても興味深い。確かに言われてみれば、世間を知らぬ子供が夢想のままに粘土を捏ねくり回したかのような、ば……斬新な造型であることだ――これを聞くのはちょっと"禁じ手"かもしれませんが、念の為教えてください。それ(・・)らの材料は"生きた人間"だとかいうことはありませんよね?」


『【人体使い】がそれを私に問うとは、面白い冗談です。後学のために教えていただきたいのですが、伯はそう(・・)なのですか? 何やら、私は自分の知らないところで、伯のご機嫌を損ねてしまったという気がしてなりません。小心なもので……だとしたら、ご無礼をお詫びさせていただきたく思います』


「あぁ、良いんですよ別に。いえね、私の周りには、それも私を苛立たせる連中にはそういう(・・・・)類の権能を持った輩がやけに多いなと不意に思いましてね。それと、私は違います。この目玉も耳も唇も、一から生み出したものであり、私が受け継いできたこの麗しき【闇世】における【人体使い】たる使命の結晶の一つ――"廃品"の再利用をしている連中と一緒にはしないよう、最初なので、注意に留めておきましょう」


『なるほど、そうすると、伯の審美眼からすれば……"樹木"で"人体"を再現するなどというのは暴挙も暴挙。そのような大愚を断行した【樹木使い】は、とても許せる存在ではない、と。実は見ての通り、襲撃を突然受けましてね。テルミト伯は私の敵の敵、つまりお味方いただける方だと考えてよろしいので?』


 俺という存在を知らず、また独自の戦略目標を設定していたことで、全力を出すことなく足元をすくわれた【樹木使い】リッケルが、副伯(バイカント)であった。

 爵位が必ずしも直接的な戦闘力に直結しているわけではないだろうが、しかし、リッケルを上回る伯爵(カント)であるテルミト伯を敵に回さずに済むならそれに越したことはない。言外に、リッケルの本体を粛清したことを隠そうともしない様子には、俺を品定めして利用できるならばしてやろうという意思が感じられる。

 無論、それは俺としても利用し合うだけのことであるが――問題は、どのような条件で利用しようとしてくるのかであった。


 ――元の世界と異なり、この世界では「認識」が現実を超克する。その象徴とも言えるのが、技能・位階上昇システムであり、また迷宮領主(ダンジョンマスター)システムである。

 ――ならば(・・・)、この世界でその力を極め突き詰めていくことができるのであれば、俺は例えば元の世界(・・・・)に戻り、そしてここで得た力でそのまま"探しもの"を探すこともできるのではないか? そんな漠然とした、大きな大きな想いを抱いていた。

 ――だが、もしも俺の"探しもの"が、そのものでなくとも少なくとも手がかりが、よもやこの世界(シースーア)にあるのであれば、俺が取るべき戦略は根底から変わる。少なくとも、テルミト伯から押し付けてくるかもしれない、様々な厄介事は少なければ少ない方がいいのだが、さて。


「さぁて、それを見極めるためにまずはこうして足を……おっと、顔を運んでみたのですが。知っての通り、私もささやかではあるのですが、それなりの集まりに属する身です、貴方を迎えることは私の一存だけで決めることはできませんからねぇ? 無論、【樹木使い】の攻撃を撃退し、しかも痛撃を与えた実力は評価してはいるのですがね」


『寄る辺無き、無知を晒す身としては、尊敬できる先達に導いていただけることは荒波の中で確固たる灯台の光を見つけるのと同じことです。ただ、いささか過分な評価にこの身もすくみあがらんばかりに震えるところ……リッケル殿を撃退することができたのは、偶然の産物に過ぎませんよ。今もこうして、戦の爪痕の後始末に窮している有様ですからね。島の外へ赴くなど、とてもとても……』


 この俺を"励界派"に引き込むことを既定路線として言ってくるならば、こちらもまた言外に、出せる戦力など無いと言ってやる。そしてそもそも、多頭竜蛇(ヒュドラ)の目を盗んで"大陸"へ移動する用意などこちらには無いのである。

 ヒュド吉レーダーによって出航自体はできるかもしれないが――ソルファイドが乗せられた"幽霊船"という名の棺桶の速度でも、"大陸"まで船で10日程度という距離感の中では、まず途中で捕捉されるだろう。

 畢竟、ル・ベリの願いを叶えてやるために"大陸"へ行くためには、まだまだ力を蓄えねばならない。最低でも多頭竜蛇(ヒュドラ)と戦って突破できる戦力を得るか、もしくは――【人世】経由での"迂回路"を見つけねばならないだろう。


「えぇ、オーマ殿、貴方の状況はわかっておりますとも、とてもよくね? ――どうせ、拾われた恩を忘れてどこぞで道草を食っている竜人(ドラグノス)から聞いて(従徒献上されて)いるのでしょうが、確かに【気象使い】閣下は"天空"を領分としているので心配かもしれませんが……貴方は、まだ(・・)、行っても副伯(バイカント)に過ぎないのです。お近づきの印に特別に教えてあげますが、あの閣下は独自の裁断基準がありますから。若人(わこうど)が多少"おいた"をする分には、大目に見てくれるのですよ」


『なるほど、私に空を飛んで海を越えろ……と? ですが、それであってもこの島の海域を支配する"竜神様"の――おっと、これはこの島に蔓延っていた小醜鬼(ゴブリン)どもの呼称ですが、あの多頭竜蛇(ヒュドラ)からは逃れられないと思うのですが』


「そこですよ、まさにそこだ。いやはや、どこぞの連中と違って貴方は実に優秀だ、オーマ殿。話が早くてとても助かる……いや、本心からね。自分自身に他に選択肢がほとんど無いと、生まれ立てなりにちゃんとわかっていることも、私としては人にこう言うことも滅多に無いのですが、高評価なのですよ」


 ――ここからが本題、ということだろう。


「【えいりあん(粘土細工)使い】オーマ殿。今は貴方がどこから来たのか、経歴などを深くは聞きません。ですが、貴方もまた迷宮領主(ダンジョンマスター)として生まれ変わった身であるならば……我らの"役目"が何であるかは、ちゃんと学んで自分自身なりに考えていますね? 所管を言ってみてください」


『【人世】に巣食う、人を導くかのように装って自らの目的のために利用する、警戒すべき「諸神(イ=セーナ)」の尖兵達の侵入を挫き、【闇世】を導く我らが恩寵深く偉大なる【黒き神】の御代を再びもたらすことが、我ら迷宮領主(ダンジョンマスター)の使命であるのではないか、と愚考しますが』


「おや、存外に信心深い性質(タチ)でしたか……まぁ、いいでしょう。私にも立場があるので、たとえ私と貴方しかいないこの場であっても言えること、言えないことがありますが、一つ言えることは、我らが恩寵深き【黒き神】からの神託を受けなさる"界巫"様に仇を成してはならない、ということ」


『つまり、その仇成す者達への征伐の戦線に加われ、と? そのために、なんとしてでもあの"竜神様"とかいう哀れな生き物を滅ぼして、馳せ参じれるようにしろ……ということでしょうか?』


「早計と勇み足には気をつけなさい。"仇"と言っても色々な見方と、定義があり、そう単純なことではないのですよ。問題は、それを"仇"だと難癖をつけ合うことで、我こそは神意を体現する者也と大義名分を立てたつもりになって、己の利を貪る者もまたひしめいているということ」


『なるほど、それは確かに恐ろしく、そして身が縮み上がる思いです。つまり伯は――正しい(・・・)志を持った者を、曇りなき眼で丁寧に見分け、自分自身の立ち位置を定めろ……と、それが大切だということですね? なるほどなるほど、これは一つ、とても大切なご指導をいただいた思いです』


 本当に話が早くて助かる、と言いながら、不意に空飛ぶ顔面人体模型が顔を歪ませる。

 まるで何かが胃からせり上がってきて、言ってしまえばもどす(・・・)寸前の表情を作り、俺がいぶかる間も無く次の瞬間には『天唾の口唇(スピッティ=リップ)』から大量の唾液と共に1本の鉢植え(・・・)を吐き出したのであった。


≪……御方様。交渉中にお邪魔すること申し訳ありません、ご報告が≫


≪どうした、何があった? 【人体使い】がたった今、ゲロしてくれた"鉢植え"と関係しているってことだな?≫


≪グウィースが、騒ぎ出しました。いつもの悪戯かとも思いましたが、真に迫っています≫


『……テルミト伯、それは一体何でしょうか? 見るからに、この私を先日襲った【樹木使い】と関係する品物のようにも思えますが』


「……げふっ。あぁ、これは失礼、気にしないでください、えぇ。ただの"廃品"の再利用(リサイクル)ですとも。お互い、【眷属心話(ファミリア=テレパス)】以外の手の内は晒したくないでしょう? これを持っておきなさい、2、3日の内に――多分貴方も聞き慣れてしまった、胸糞悪い【木の葉の騒めき】を通して、連絡が行くでしょうから」


≪グウィース! (とと)たまのもの! それ、(とと)たまの!≫


≪あぁ、落ち着けグウィース。ちょうど後で、俺もお前に検めてもらうつもりだから、後で持っていくからな≫


≪あい!≫


『連絡、ですか。言いぶりからするとテルミト伯からではない? そうであるなら、その空を飛ぶ見事な編隊の眷属(ファミリア)達だけ残していけば良いでしょうから』


「言ったでしょう、私の一存では決められないのですよ。この目玉君達は、私も周りが煩い身なので引き上げるわけです。そして改めて――"励界派"の臨時会議の場に、オーマ殿、音声だけで申し訳ありませんが貴方をご招待したい、そのための廃品再利用(リサイクル)というわけです」


 あぁ、と俺は理解した。

 テルミト伯は、俺の存在を"励界派(お仲間)"達に伏せておきたかったのかもしれないが、おそらくは【樹木使い】リッケルの粛清に当たって露見したか、話さざるを得ない状況になったか、そうするのが得だと判断を変えたのだろう――個人的な使い走りにして思い通りに利用するならば、会議の場とやらでお披露目する必要性は薄いからだ。


 だから、【樹木使い】でも無いくせに、事前に「根回し」に来たということだろう。

 間接的にあるいは直接的に、【闇世】において"界巫"を頂点とした様々な利害対立があることを顔面人体模型を通して語っていた。そしてその中で、俺の存在を"励界派"にお披露目しなければならないが――あくまでも自分の側に立っていろ、という釘刺しである。


 ――だが、残念だったな。


 グウィースがまるで夜泣きし始めた子供のように「ととたま、ととたま」と騒いで、ル・ベリが珍しくあたふたおろおろとしながらあやしている様子を、無駄に詳しく副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもが実況している。


『よくわかりました、そしてテルミト伯がわざわざこうして"事前に"ご足労をいただいた意味も、胸に刻ませていただきました。警戒ばかりしていたもので、改めて、筆談でのご挨拶というご無礼を働いたこと、お許しください。声のみとはなるでしょうが、後日の歴々が揃う場では、改めて私自身より、伯よりいただいたご指導へのご挨拶を申し上げさせていただきます』


「そうです、それでよいのです、殊勝な心がけですよオーマ殿。それでは、また、御機嫌よう」


 空を飛ぶ顔面人体模型どもが沖合まで飛んでいく。

 そして、十分に離れ――具体的には多頭竜蛇(ヒュドラ)の反応圏内まで飛んで、その場で自壊(アポトーシス)して血肉の塊と崩れ落ちて波間に消え去る。それもまた【情報戦】の一環であるのだろう。


 ――だが【情報戦】という意味では、テルミト伯は大きな大きなミスを犯したことを俺は確信していた。

 当初は、揺さぶりのためにグウィースを「リッケルの生まれ変わり」だとでも言って、あの空飛ぶ目玉に見せつけてボロを出させるつもりであったが、最後まで見極めていたことが功を奏したか。


 テルミト伯は、グウィースという存在(新種)がこの世に現れたことを、察知していない。

 もし知っていれば、まず、例のゲロ鉢植えなど俺に渡すことはしなかっただろう。


≪ル・ベリ、ソルファイド、副脳蟲(ぷるきゅぴ)ども、『司令室』に集合だ。グウィースも連れてこい――テルミト伯め、大変なお土産をくれたもんだ。いや、これも巡り巡れば、リッケルの"置き土産"みたいなものかな?≫


 曰く、【樹木使い】の【眷属心話】ではない独自の(・・・)情報伝達手段を廃品再利用(リサイクル)して、俺に一方通行的に後日、連絡を送ってくるつもりであるという。

 テルミト伯は最後まで、その可能性に気づくことすら無かったのだ。

 【樹木使い】という存在自体をこの世から滅ぼしたことで、その手段を利用できる存在が、その可能性を持った存在が、よもや俺の迷宮(ダンジョン)にいるなどとは想像すらしなかったのであろう。


≪グウィース、手柄を立ててもらう時間だぞ? お前の力を、俺達に見せてくれ≫

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ぷるきゅぴ、ヒュド吉、ゲロ鉢植え、この三つの圧倒的な存在感。
[良い点] 以前と違って明確に「わざわざお前らの争いに加わるわけないだろ」と人界をメインとする方針を確立した上で、章タイトル回収はテンション上がりました。 [一言] エイリアンといえばやはり宇宙…人界…
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