0075 生ける竜首は斯く語りき
対【樹木使い】戦で、リッケル達を引き込んで落とした『地底熱湯湖』。
その底には大量の木材が残骸となって沈んでおり、『潜水班』を務めた突牙小魚達が忙しそうに潜り回りながら、その掃除に勤しんでいた。だが、直接運ぶだけではなく、その主な役割は労役蟲と触肢茸達を湖底まで運ぶことも含まれている。
現在は、ソルファイドや火属性砲撃花の【火】属性の力による熱の供給が止まって、徐々に冷えて外部の海水と変わらぬ温度となっているのである。
『環状迷路』を地底湖と、そして海中に至る水路と繋げる形で拡張するために、土木工作部隊を送り込んだ形であり――その中には、副脳蟲達が"胞化"させたエイリアン=ファンガル系統の新種である鞭網茸の姿もあった。
触肢茸が多頭竜蛇から解析された『因子:再生』の力により、無数に枝分かれした"投網"となった姿は、さながら生物の肢の毛細血管だけを抜き出したかのように非常にきめ細かい。普段は珊瑚のように独特に身体を折り曲げ、ひだのようにたたんだ状態であるが――いざその網を拡げた時のすくい取る能力は優秀であり、さらに千切れても「再生」することができるので、拘束具としての運用も可能。
数体の突牙小魚達による、その名の通りに「トロール漁法」ばりに地引網として活用され、地底湖に溜まった残骸の回収に大いに役立っているのである。
現在、『環状迷路』は地底湖に向けて縦に何層もかけてぶち抜かれた状態となっているため、坑道や通路の修正と迷路の再調整を進めている状態である。
巨大な吹き抜けとして、この縦楕円体の巨大空洞は活かしつつも――具体的には、水路を通って地底湖を経由しなければ先に進めなかったりするような構造へ変化させるための迷宮拡張を俺は進めていた。
そのために、水中呼吸できない者達への"人工呼吸"役として突牙小魚の労働需要が一気に高まっており、現在は労役蟲250体に対して30体が働いているが、最終的には100体近くまで増やす公算である。
≪命石さんをばりぼりさせても、酸欠さんの対策にはなるんじゃなかったかきゅぴ?≫
≪本来の維持コストに必要な命素とは別腹だからな、回復に使う分は。それなら口移しで酸素をやり取りできた方がいいだろう? 理想は、突牙小魚自身が労役蟲に近い掘削能力を持つことだが≫
≪牙さん立派だけど! でも、労役蟲さんほど器用さんじゃないね!≫
≪骨刃茸を量産できるようになったら、1体ずつ突牙小魚に"装備"させてある程度は補えるかもしれないが。それも結局大食らいの問題が起きるし、突牙小魚の体格に対して骨刃茸はちとでかすぎるからな≫
触肢茸は動きが遅い分、配置された場所にしっかりと"根付く"ことで大地に踏ん張って力を発揮することができる防衛設備の性格を備えたエイリアン=ファンガルである。
しかし、同時に命素の過剰消費が必要になることにさえ目を瞑れば、つまりその分をコストとして"迷宮経済"に組み込めば、彼らを「装備」することは現実的な選択肢になる。それは、そこから"胞化"した骨刃茸と鞭網茸も同じであり――例えば、骨刃茸に「鎌」や「剣」や「槌」のような形状でその"骨刃"を形成させて、戦線獣や螺旋獣のアルファ、デルタなどに「装備」させることは彼らの戦闘能力を大きく向上させる、だけではない。
単純にフックか生きた追加の腕のように――しかもエイリアン的連携によって相互支援できる――扱うことができ、急峻な地形であっても、走狗蟲や隠身蛇ほどではなくとも、行き来がかなりしやすくなったのである。
地底熱湯湖に至る巨大空洞、名付けて『大陥穽』の壁際では、直接壁を這う労役蟲や走狗蟲に混じって、触肢茸を「装備」した戦線獣や、触肢茸が複数組体操をして形成した「筋肉式エレベーター」により、引き上げられた木材や岩礫の類の搬出作業が進められていた。
そして軽いものに関しては――さらに中空で遊拐小鳥達が受け取り、上層で運搬作業を行う班へと引き渡されていく。
≪う、鶴翼茸さんは……ちょっと……不器用、かも?≫
≪あくまで【風】の力で飛んで滑空しているだけだからなぁ。直接、丸太とか瓦礫とかを持ち上げるには、パワーが足りないって感じか≫
例えば労役蟲や走狗蟲を上層まで、空を飛んで運ばせるのであればむしろ今まで通り遊拐小鳥の方がずっとやりやすいだろう。
"触手"の部分が真ん中で真っ二つに割れ、それが巨大な翼膜状となり、さらにわずかにではあるが【風】属性の魔法の流れを湧き起こすことによって浮かぶことができる鶴翼茸の性質は、翼というよりは「凧」に近いものであるかもしれない。
土木工事には向かない分、地上の哨戒部隊と合同させ、定期的に走狗蟲や隠身蛇を飛ばすことによって、哨戒の効率を上げるようにさせている。有事には、上空からの奇襲戦法の役には一応は立つだろうか。
≪あはは、創造主様、ファンガルさん達を飛ばすことにも使えるかもね!≫
≪ああ、なるほどその手は確かにあったな。いざという時の離脱用にかな。その意味でなら、属性砲撃茸や属性障壁茸達とも相性が良いか≫
空を飛ぶ、という力を後天的に「装備」させられるという意味では、触肢茸は例外的にその移動の遅さを無視することができる余地がある。
ただ、自ら実験台になってくれたウーヌスが目を回して明後日の方向へ飛んでいったことからも明らかなように、翼ではなく凧であるため操作性にはまだ大きな難があることから、「飛行ユニット」として扱うにしても、中型以上でなければなかなか安定せず、十分な訓練も必要になることだろう。
さらに「装備」による消耗の増加に加えて、【風】魔法を発動していることから命石だけではなく余分の魔石も必要となり、燃費が良いとは言えないか。
だが、そこが解決できれば――例えばファンガル系統の種族技能【巨体化】と【MGC強化】などを伸ばしたならば、どうなるだろうか?
『施設』の役割を果たす他のエイリアン=ファンガル1体だけでなく、例えばより大きな規模で飛ばす、などということもできる……かもしれない。
≪今は海中対策が最優先だがな。少なくとも、テルミト伯がリッケルと同じような手段で侵入してくるのは阻止したいところだ≫
≪来るとしたら空からかきゅぴ?≫
≪それもあって『空哨班』を新設・増員したんだがな≫
流れ着く木材――に紛れさせて海底から種をばら撒いて繋ぎ、物理的に拠点を構築する、という戦略の二番煎じをテルミト伯がするとは思えなかった。もし、それができるのであれば、リッケルと同時に攻め寄せてくるか、あるいは決着がついた直後を狙えばよいのである。
だが、戦後改めて状況を考えるに、そもそもリッケルとテルミト伯が連携していたかは怪しいところであった。
【樹木使い】のページが削除されたということはすなわち、彼の"本体"に何かあったということである。【闇世】Wikiが迷宮領主同士の互助のためのシステムであれば、いくらなんでも、まだ存在している迷宮領主のページが丸々削除されるということまでは、システムの設計者や管理者には認められないだろう。
≪俺とリッケル、どちらか敗れた方をそのまま叩く、というつもりだったのかもしれない。少なくとも【樹木使い】の勢力は滅んだと見て取れる。なら、【人体使い】テルミト伯の戦力はそっちに向かっているんだろうが……≫
増員した遊拐小鳥による空哨と、ヒュド吉――これから会いに行く生きた生首――の多頭竜蛇探知レーダーを利用した海中探査と海中哨戒は、新たに進化させた数体の撥水鮙達を新たな『潜水班』として進めていた。
進化前の突牙小魚と比較して、一言で言えば「トビウオ+カジキマグロ」に「エイリアン」を掛けて2で割り忘れたような見た目に変化している撥水鮙は、前ヒレが水空両用の翼に近い形状になった他、2つもの属性因子を取り込んでいることもあり、水中で【風】属性を起動し、自らの体表に細かな空気の泡を生み出す。そしてそれを周囲の水流操作と合わせることで、"ジェット"という呼称に恥じない遊泳速度を叩き出す。
仮に多頭竜蛇に海中で捕捉されても、速度だけならばそれだけで離脱して島の反対側まで避難することができる能力を備えていると言えるだろう。
ただ、代償としてその身体構造は流線化がますます進んでおり、もはや陸上ではヒレを見苦しくばたばたとのたうたせ、アシカのように腹這いで進むことしかできない。そして、こちらが"水流"を操るささやかな力を持っていたとしても、多頭竜蛇は『竜言術』によって"海流"自体を操る巨大な力を持っているため、数を揃えても何らかの打開策が見つかるかは不明であるが。
それでも、警戒網と探索が進んでおり、最果ての島の周囲の水深200~300メートル程度の大陸棚部分までは、遠浅の沖合まで地形把握がほぼ完了していた。『因子』の収集でも様々な生物が回収できた通り、起伏に富んだ地形を様々な種類の珊瑚類が覆い、その間を大小の魚類その他が遊泳するちょっとした生命の楽園である。
ただし、多頭竜蛇の餌にでもなっているのであろうか、中型から大型の生物は見当たらない。また、海流がしょっちゅういじくられている関係か、珊瑚類は岩礁や海底にへばりつく力の強いものが多く、また小型の魚群や海中生物も、即座に岩陰や珊瑚の林の中に潜り込んで身を隠すことに長けたものばかりであった。
――そうして迷宮の戦後復興と更なる拡張。
そして"外"に目を向けた防衛体制と周辺探索、目下最大の脅威である多頭竜蛇の行動パターンの地道な調査を積み重ねつつ、俺は明確に俺の存在を認識したであろう【人体使い】テルミト伯の次の一手を待っていた。
予想では、8対2で、今度は"使者"か何かを送り込んできて接触を図ってくるというものだが。
それを見極めてからでなければ【人世】へ行くことは、まだできない。
だが、焦れても仕方が無いと考えて、改めて鹵獲した生きたヒュドラヘッド――「ヒュド吉」と再度の"対話"のために、坑道内を移動していたのであった。
***
【樹木使い】の海中拠点を潰すために、当時は突牙小魚であったシータに率いさせた部隊を出撃させた暫定海軍基地。そこから水路を引き、孤立した行き止まりである『生け簀』用の空洞を一つ用意して、そこに「ヒュド吉」を隔離している。
魔素の青と命素の白が放つ仄光に混じり、ル・ベリが小醜鬼達に運ばせて設営させた松明の橙色の輝きが、オルメカの巨石も斯くやという巨大な蛇に似た鱗をびっしり生やした濃紫色の「竜頭」を照らし出す。
最果ての島に"海憑き"を引き起こし、長い間小醜鬼達を"飼って"いた「竜神さま」の一部が、確かにそこに存在していた。
本体から切り落とされつつも、今なおしぶとく生きて、断面を蠢かしながら生け簀に浮かび、水面から上半分を出した竜頭が、俺の姿を認めて双眸を細めた。本体の濃い青色の鱗とは異なっているが…… 傍らには"通訳"として竜人ソルファイドが既に居り、両の腰に佩いた火竜骨の双剣の柄に手をかけながら、俺が来たことに気付いたのかこちらを振り返り――全盲の眼帯越しに――目礼。
曰く、生えたてのため色が薄いのだろう、とのことである。
俺のすぐ後ろに護衛としてついてきた螺旋獣のアルファ、緊急避難役である爆酸蝸のベータとも"目配せ"をしてから、また多頭竜蛇の首に油断なく視線を戻した。
そして多頭竜蛇の生首……ヒュド吉が、まるで水中でため息を吐くようにぶくぶくと泡を作った。
≪……小醜鬼は不味い。もう食べたくないのだ、臭いのだ。あんなものを本体が食ろうてたなどとわれは信じないのだ!≫
「なぁ、ソルファイド。もっかい聞くが、多頭竜蛇もこんな喋り方なのか? それとも、これはヒュド吉だけなのか? どうにも、お前から"従徒献上"された記憶の中にある多頭竜蛇の勇姿とは……ちょっと、違うぞ?」
「俺にもわからん。だが、こいつは確かにこの俺が切り落とした"首"の一つ……『ガズァハの眼光』と『レレイフの吐息』で斬った痕が、あの首の断面にある。どうしてだか、知能が低い理由は、俺にもわからないが」
≪おのれ竜人に迷宮領主め! われを愚弄するのか! 今日はもう何も話してやらないし、本体がどこにいるかも教えてやらないのだ!≫
なお、この"会話"はソルファイドが『竜言』によって通訳を務め、それを全て【眷属心話】を経由する形で行われている――どういうわけか、多頭竜蛇は俺の【眷属心話】に参加できているのである……『竜言』によって。
このまま駄々をこねられ、暴れ出されても――前回はソルファイドとアルファによって鎮圧されたが――仕方が無いので、俺は運んでこさせた亥象の肉をアルファから受け取り、ヒュド吉に向かって一切れ投げてやった。
途端、生け簀の水を跳ねさせてヒュド吉が舌を伸ばすように口を開け、ぺろりと丸呑みにする。
≪おぉ、おぉ! この野性的な美味よ、引き締まり噛みごたえのある巨獣の肉! 果実をたらふく食ろうて肥え太った脂肪! 何食ってるかもわからん病原菌の塊みたいな小醜鬼とは違うのだ! も、もっと食わせるのだ!≫
もう一切れ投げてやる。よほど"初日"に小醜鬼を食わせられたのが嫌だったのか――そのためにル・ベリまで連れてきていたんだが――『竜言』で旨い美味いうまいと連呼する様子は、とてもではないが「竜」の威厳など感じられない。
さらにもう一切れくれと催促するように、ヒュド吉が口の中に大蛇でも飼っているのかという長い舌を伸ばしてくるが、俺は今度はそれを投げずにちらつかせ、声をかける。
「暴れないで俺の知りたいことをちゃんと教えてくれれば、いくらでもやるさ。だが、事情を知らなかった俺達のことも大目に見てくれ。お前は――あの多頭竜蛇の一部ってのは、間違いないんだよな?」
≪むぅ……そこまで言うなら仕方がない。だが、そうだな、迷宮領主よ、お前の言うことに間違いない。われはあの本体から生まれた、新しいわれなのだ≫
「その本体とお前は、"記憶"の方を共有はしていないのか? ――そこでお前を見張っている竜人が誰なのかはわからないのか?」
≪無い! ……と言いたいところだが、見覚えだけならあるのだ。われが生まれた瞬間に切り落として、本体から切り離してくれた、にっくき竜人だろう! ものすごく痛かったのだ!≫
ソルファイドが俺を振り返りながら、肩を竦める。
少なくとも、あの強大な竜と戦った当人からしても、ヒュド吉のこの様子は想像の埒外にあったようだ。
俺は本題に入る前に、この部分についての謎をもう少し解消しておくべきだと考えて、さらに数切れ投げ与えてやる。
「だが、お前は本体の居場所がわかるんだろう? 何か――迷宮領主の【眷属心話】と同じような、本体との間でできる心話みたいな力が、在るんじゃないのか?」
≪おぉ、あるぞ! よく知ってるな迷宮領主! 今でも「さっさと帰ってこい」だとか「よりにもよってお前が出てくるとは」とか「そこで戦死せよ」だとか、うるっさくて仕方無いから無視してるのだ!≫
「……お前達は、つまり、多頭竜蛇という存在は、1つ1つの首が独立した意思と記憶を持っている――ということなのか?」
≪その通りだ、どうして知ってるのだ迷宮領主! ――あぁ、でもちょっと違うのだ。そこの竜人に本体から切り落とされなければ、われはわれ達から"記憶"を……ええと、うん、そうだ。"記憶"で、塗りつぶされるのだ≫
「その前にソルファイドに切り落とされたから、お前はこうして――"竜神さま"ではない"ヒュド吉"になった、ということか」
≪そうなのである! われは偉大なる"嘯く潮の如き"ウィカブァランが末裔! ヒュド吉なのである、恐れよ、敬え、不味くない肉を食わせるのである!≫
ひとまず、大前提の疑問は解消された。
――ここでの俺との"会話"が、心話能力によって本体の方に共有されている、ということはないだろう。記憶の共有……というか、もはや人格の上書きじみているが、本人が言う通り多頭竜蛇には後からそれぞれの"首"の記憶と人格を「同期」させる能力があるのだとして、ヒュド吉自身は帰還しなくて良いのだろうか?
≪愚問なのだ、本体はわれを……す、捨て駒にしたのだ! 誇り高き"嘯く潮の如き"ウィカブァランが末裔たるこのわれを! しかも、あの小醜鬼イジメの魔人が言うには、本体はあんな不味いものを食いまくっていただなんて……われ、信じたくない! そんな本体のわれ達にこのわれが、塗りつぶされるのは、嫌なのだ!≫
どうにも、後天的に人格と記憶は同期されて一個の多頭竜蛇という存在を構成する一要素となるようであったが――誕生直後の人格には、ひょっとしたら差異があるのかもしれない。
……このヒュド吉、威勢は非常に良い。現に、最初の対話ではこちらも万が一に備えてそれなりの戦力で臨んだが、暴れだした割にはあっさり鎮圧される程度でしかなかったのであった。
ただ、少なくとも本体に反抗的であるのは、俺としては都合が良いことではあるか。
「あぁ、お前が根っからの跳ねっ返りで、妥協しない美食家だってのはよくわかった。だが、それならどうしてお前の"本体"は、神なんて気取って小醜鬼を養殖しているんだ?」
≪われは知らん! あんな不味いもの、滅びればいいのだ!≫
「いや、お前の意見はわかったから。何か予想とかは無いのか? そんなクソ不味いものをわざわざ囲って、育てて、竜の力を使ってまで養ってやっている理由に心当たりは無いのか?」
≪むぅ、そうだなぁ。われも覚えているのは、あの御方にこんな身体にされる前まで……大体どうしてわれは今【闇世】になんかいるのだ! 【人世】に戻らねばならないのだ! われを待つ民がいるのだ! 彼らを護ると誓ったのだ! おい、迷宮領主、われに協力するのだ――美味い、旨い! も、もっとよこせぇ≫
色々と引っかかることはある。言いぶりからするに、完全に新規に生まれた個体であり人格というわけでもなく、ある程度の記憶を共有していることが推察される。それが果たして、一体全体、何年前の記憶であるかもわからないが。
「ヒュド吉」に関しては、知能が低すぎて、何か【人世】なり【闇世】なりで起きた固有の事件名を思い出させようとしても要領を得ないのである。
ただ、わざわざ後から他の首達によって"上書き"をしていることを考えると――多頭竜蛇にとって、新たに誕生する首は主に記憶の共有に難があるのだろう。再生生物として脳みそまで再生してしまうのだとしても、記憶に関しては難しかったということか。
――そして俺は、いよいよ本題に移ることとなる。
「お前の言う"あの御方"ってのは、前に言っていた――■■■と同じ人物なのか?」
「そうだ、そうだぞ! あの御方はお前なんかよりもよっぽどすごい御方なのだ! 【擾乱の姫君】。竜の身なれど、このわれが仕えたマスターであった――イノリ様だ! ――う、うまい、うまいがちょ、食い切れ、げふっ」
毎日、白昼夢のように見る幻影のような少女の影。
この異世界に迷い込む前の、元の世界においてすら、既に何年も白昼夢の中でしか見ていない少女の名前。
――それは、まるで耳元で何千枚ものガラスが同時に割れ砕けるような、澄んでいて、しかし同時にひどく尖っていて硬い轟音と共に、さらに別の何か、頭の中に巣食っていた透明な"覆い"のような、天蓋のような何かが砕け散るような感覚だった。
――■■■。
――イ■■。
――イノ■。
――イノリ。
求め続けた名前の一つが、あまりにもあっさりと、そしてこんなにも脳天気な"生首"の口から告げられ、俺の「認識」の中に舞い戻った。
舞い戻ってきてしまったのだ。
……だが、ヒュド吉との大事な大事な"対話"はまたしても中断されることとなる。
副脳蟲達を通して風斬り燕イータから緊急の連絡が入ったのだ。
曰く、水平線の向こうから複数の空飛ぶ目と耳――【人体使い】の眷属である――が飛んできたこと、そしてそれらに混じって空飛ぶ"舌と唇"が、まるで人間の顔面を空中で福笑いさせたかのような編隊で飛んできたこと。
そしてイータの姿を認めるや、誰何と共に「【樹木使い】を討った期待の新人と話がしたい」と、空中で顔面パーツのみにも関わらず滑らかに喋りだした、という報せであった。





