0072 狂樹の置き土産(2)
俺は決して【火】が苦手な子供というわけではなかった。
むしろ――古代ギリシア人の賢哲であるヘラクレイトスが、事物を激しく燃焼させることであるものから別のものに変幻流転させる性質から【火】を万物の根源としたように――燃ゆる何かを見つめることは、風車が回り、噴水から水が溢れ、蟻が地を這うのを眺めるのと同じくらいに不思議と惹きつけられることであった。
人並みに、と言っていいかわからないが"火遊び"をして怒られたこともある。
ただ、皮膚が弱かったので【火】が放つ熱それ自体は苦手であったのだが。
――竜人が【火竜】の末裔である、というところまでは偶然であろう。
だが、その後に【樹木使い】リッケルの軍勢と、結果的に予測が当たっていたとはいえ【火】を巡る駆け引きをすることになった。それに合わせて、炎舞蛍に火属性砲撃茸に、【火】属性を適応させた一ツ目雀と、俺の迷宮は随分と【火】属性に偏ってしまったなと感じたものだ。
偶然なのだろう。だが、偶然とは意識の外――自分が"そうあるべき"だと感じている、より大きな外側の何らかの巡り合せの中から来たる必然でもある。
現に俺は【火】に焼かれて死ぬ寸前でこの異世界に迷い込み、そんな俺の"世界認識"から構築された【エイリアン迷宮】の眷属達は、まるで俺の認識に引きずられるように、明確な指示や突入の命令が無くば本能的に【火】を忌避し避けようと行動する傾向があった。
……それは俺自身もまた同じであったのだろう。
眷属達が俺の力となるならば、そういう"弱点"を潰せる可能性があるならば、それだけでそれを選ぶ価値はある。今後、『転職』のハードルが思ったよりも低いならば――そのラインナップを覗いて見るだけの価値はある。
加えて、【闇世】はともかく【人世】では流石に護衛とはいえ大っぴらには"名付き"達を連れ歩くことができないならば、自衛のために武具を扱う能もあった方が良い。『黒穿』は見た目通りの"槍"であり、『2氏族競食』作戦ではバズ・レレーによって何体もの走狗蟲が突き殺された、見た目通りの来歴不明の業物である。これを、単なる魔法の焦点具のように扱うだけというのは、それはそれでもったいないことであるかもしれない。
そう自分と折り合いをつけて、俺は――主には【火】へのトラウマ克服の試みとして『火葬槍術士』をまず選択してみたのであった。
そしてこの『上位職業』は、一言で表現するならば「【火】属性の魔法戦士+特殊な回復役」といった技能構成である。その技能テーブルは次の通り。
魔法戦士は魔法戦士でも、物理的な防御を捨てて中遠距離から「火」と「槍」を組み合わせ、あるいは使い分けた攻撃的な役割を果たすアタッカーである。ただ、どちらかというと「槍」の技術そのものよりは「火」の力に頼った技能が多い印象であり、故に「槍"術"士」なのだろう。
ただ、そうした独特な攻撃手段を与えるだけには留まらず、少々特殊な「回復」系の技能を有している。それは文字通り傷を"焼き潰す"わけであるが――その対象は創傷だけではなく、名称を見る限り【呪詛】にまで及ぶ力があると思われた。
≪呪詛、というと小醜鬼どもの『掻痒の呪い』を思い出す。あれは酷かった≫
≪きゅきゅ……造物主様は日焼けさんにも乾燥さんにも湿気さんにもよわよわなのだきゅぴ。何種類ものクリームさんを塗ったくってるのだきゅぴ≫
≪同じものを"この世界"で再現できるような薬学知識は無いからな、さすがに。純粋に俺自身の【火】属性を強化してもいいが、まぁこの職業で取ってみる価値があるとしたら、この「呪詛」関連のいくつかなんだろうな≫
≪技能点さんが足りないきゅぴ?≫
≪まぁ護身のためのゼロスキル狙いで、有用そうなのがあれば、という気持ちだったからな。耐性系を取ってみて、それがエイリアン達に影響を与えるかどうかは検証したいところだ。今後、【火】に出くわす度に、俺自身あれこれ思い出して行動が鈍るのは勘弁したい≫
あるいは『呪詛』が猛威を振るうような場面では、無類の強さを発揮するかもしれない。
――もしもこの職業が「既にこの世界に実在」するものであるならば――【悲劇】や【憎悪】と共に【呪詛】を振りまく存在を"火葬"するというのは、例えば"死霊"やそれが魔物と化したような存在に対峙する者達の存在を示唆しうる。そのような「生き方」に誘導され、そして世界において『火葬槍術士』として知られる存在がいることを意味している。
職業がどういう基準で生み出され、存在し、また選択肢に上がるかについては、可能であれば調査したいことの一つであった。
また【闇世】Wikiでは、迷宮領主の一人として【死霊使い】という存在の名前が挙がっている。ダメ元でページを見れば、【人体使い】テルミト伯や【蟲使い】と同じく"励界派"というグループに属していることだけはわかった。
ならば、ル・ベリとソルファイドの『継承技能テーブル』の存在を見るに、技能点を1でも振っていればその技能は『転職』後も維持され、追加的な点振りができることを考えれば【呪詛耐性】とその系列は、後のことを考えればツバをつけておく価値もあるかもしれない。
≪【悲劇察知】は……厄介事に巻き込まれそうになる匂いしかしないな。その派生先の【憎悪察知】は、場合によっては便利そうではあるんだが≫
≪でも、ゼロスキルさんの効果で発揮されちゃうきゅぴねぇ≫
≪即座の転職は……あぁ、やっぱりできないな。しばらくは「火葬士」として生きてみろ、ということかな? まぁちょうどいいリハビリだな≫
見るべきは見た。派生職か上位職ではあれども、直接的な「槍術強化」のような技能が無いという点では『黒穿』を腐らせないようにという意図は少し外れたが――技能が無ければ使えない、ということはないだろう。
――俺は"裂け目"を越えて【人世】入りする準備を進める決意を固めていた。
また、それだけでなくとも【闇世】での活動で今後、厄介な者達に目をつけられている。単純に互いの眷属の軍勢をぶつけ合うというわかりやすいものだけでなく、場合によっては"交渉"の場に立たなければならなくなるだろう。
少なくともリッケルを送り込んできた【人体使い】テルミト伯からの接触は時間の問題だ。
そうした中では、軍勢よりも護衛を含めた少数での行動が避けられない場面も出てくるだろう。自衛できる技術を身につけるべき時季であると思われた。
そのため俺は、得物は違えども自衛のための武器の扱い方について、ソルファイドに稽古をつけてもらうことを決めた。この竜人の男もまた「火」と「剣術」を組み合わせて戦うスタイルであり、『火葬槍術士』とのシナジーがあろう。
また、鍛錬の場にはル・ベリや"名付き"達も呼び寄せている。今後、彼らを交えた連携の強化も意図したものであり――副脳蟲達を通したフィードバックは期待が大であったのだ。
そのための「訓練メニュー」の立案と策定を、ソルファイドに指示したところ――。
***
"口腔"こと『性能評価室』で【異形】の魔人ル・ベリが、複数の走狗蟲達を相手に乱取りを行っている。
走狗蟲達は四方八方から飛びかかり、ある者はその強靭な後ろ脚爪で迫り、またある者は十字の牙顎を威嚇するようにガチガチと慣らし、また別の者は【おぞましき咆哮】によってル・ベリの呼吸を乱そうとする。
その連携は葉隠狼といった天然の群れなす生物種を真っ青にさせるものであり、まるで一個の生物の如く次から次へと襲いかかる様は、"基本種"と侮るような存在であればたちまちのうちに引き裂いてしまうことだろう。
しかし、その走狗蟲達に対してル・ベリは鉤爪付きの【異形:四肢触手】を的確に振り回し、さらに両手に握った"鞭"を2本――【樹木使い】の置き土産である武具喰らいを形成していた強靭な蔓を亥象の伸縮筋とよじり、さらにその鞣した鼻皮で包んだ、手製のもの――を振り回して迎撃する。
伊達に『9氏族陥落』作戦、そして対【樹木使い】戦で、走狗蟲達をお手玉とも生きた弾丸とも化して連携するという経験を積んでいるわけではない。加えて、元『獣調教師』であった感覚と勘所がル・ベリの中には確かに息づいており、むしろ一個の生き物の如く動くからこそ走狗蟲達の動きを読んで"鞭"と合わせた計6本の「長物」を振るって寄せ付けない。
時には大胆に、ハエトリグモの跳躍のように【四肢触手】で自身を持ち上げて豪快に飛びすさる様は、人としての脚力だけでは絶対に不可能な立ち回り方であろう。
ル・ベリが己の【異形】を駆使する姿は、俺の素人目から見ても技の冴えやキレといったものが、一段上がっている。特に、両手の鞭に合わせて触手を"鞭"として使い、一瞬だけ走狗蟲の足や尾を絡め取ってその重心を崩すことで"名無し"達の「連携」を見事に乱してみせていた。
そんな様子を、俺はソルファイドの隣で観戦しつつ【情報閲覧】をル・ベリに対して諳んじる。果たして、激しい戦いを乗り越え、また因縁の相手を下した我が『第一の従徒』のステータスは次の通りであった。
【基本情報】
名称:ル・ベリ
種族:人族[ルフェアの血裔系]<汎種:異形特化>
職業:闘技士 ← NEW!!!
従徒職:農務卿(所属:【エイリアン使い】) ← NEW!!!
位階:23 ← UP!!!
【称号】
『羽化せし者 (ゴブリン)』
『ゴブリンの憎悪者』
『第一の従徒(エイリアン使い)』
『農務卿』 ← NEW!!!
【技能一覧】~詳細表示
まず「位階」と技能点の関係についてだが、ル・ベリの場合初期ボーナスは0点であり、前回から新たな「称号」が加わったことで、ボーナスが与えられる称号は【ゴブリンの憎悪者】を除いて3つとなるため計9点。そして俺の迷宮領主の種族技能である【眷属技能点付与】は前回との比較の結果、従徒に関しては「3レベルごとに1点」が与えられるという計算式であることがわかった。
それらを加味して、現在のル・ベリの総技能点は85点であり、それらをこの通りに割り振った形である。
最大の変化はやはり『職業』を『奴隷監督』から『闘技士』に変えたことであろうか。
その場面場面で己に最適な【異形】に"換装"し続けることが可能なル・ベリにとっては、多種多様な【異形】を、文字通り己の拡張された手足として縦横自在に振るって肉弾戦にも遠距離戦にも対応させることが最も合っている。となれば、与えるべきはその【異形】そのものを己の人型の身体と合一させて操るのに適するような技能であり――おそらくソルファイドや『樹人』形態のリッケルとの戦いの経験が一気に昇華して、新たな"選択肢"として『闘技士』が出てきたのだろう。
一応、現在の【四肢触手】とのシナジーを狙うことができる『奴隷監督』の技能は1点振りのみして『継承技能』化させておくことで残しておく。特に【鞭術】と【縛術】は、今目の前で走狗蟲達を相手に繰り広げられる乱取りの中でも比類無き威力を発揮しており、その意味ではこの"寄り道"は良い買い物だったと言えるかもしれない。
俺自身の『火葬槍術士』についても、同じように良い"繋ぎ"となれれば良いが――。
『闘技士』については、"観客"の存在によって強化がかかると思われるようなちょっと特殊な技能がある他は、広く浅く「鍛える」という印象を受ける。その意味では、体術にせよ武器防具の操作にせよ、ここで下積みを積んでから更なる「上位職」へ上がっていくという設計思想が感じられるが――まさにその「体術」の部分こそが、ル・ベリのビルド方針とは合致するというところである。
少なくとも上2段の技能系列は、取っておいて腐ることはないだろう。
ただ、理想的なのはやはり『汎種:異形特化』の目玉の一つと思われる【異形魔闘術】とのシナジーが得られるような職業であるが――。
眼前、走狗蟲達との乱取りは苛烈さを増していた。
ソルファイドは驚くでもなく焦るでもなく、ル・ベリに時折、無駄な動きがあることを声を飛ばして伝えており、さらに徐々に走狗蟲を投入する数を増やして負荷をかけていた。
ル・ベリは、円運動と大胆な跳躍を中心とした位置取りを微調整しながら、食らいついて一撃も当てられないように立ち回っている。そしてその中で、時折――俺が【火】の魔法や「妨害」の魔法を放った時に似た魔素と命素の流れが、ル・ベリの四肢と【異形】の"身体内部"で迸り、疲労で悪くなった動きが無理やり活性化されたような鋭い一撃を見せているのである。
これこそが、俺が狙ってル・ベリに点振りした【異形魔闘術】の効果であった。
元の世界で喩えるならばそれこそ「気」の乗った一撃などと表現されるものなのかもしれないが、この世界での世界法則で言えば今ル・ベリは「内なる魔素」と「内なる命素」を全身に巡らせて、それによって裂帛の一撃を放つことができるようになっていると言える。
その意味で、俺の頭の中でのル・ベリの「完成形」とは、多種多様な"異形"を駆使して最終的には魔法戦もこなす前衛~中衛である。『種族技能』によってこれが可能となっている以上は――例えば今後、『闘技士』の派生職で『魔法闘士』のようなものが出てきたり、あるいはそれこそ『魔法戦士』のような職業が出てきた時に、そのシナジーは加速するだろうと思われた。
――ただ、淡々と負荷を増していくソルファイドのスパルタの前では、基礎的な体力や継戦を意識した「効率的な疲労分配」がまだまだ甘かったか。
不意にル・ベリが顔を驚愕に染めるや、あれだけ暴れ回り走狗蟲達を薙ぎ払いあるいは受け止めていた【四肢触手】が糸の切れた人形のようにダラりと垂れ下がり、本人も急に脇腹を押さえるようにして激しく息を吐きながら片膝をついたのであった。
「誰か、主殿謹製の『命石』を持っていってやれ!」
ソルファイドが叫ぶや、ほとんど倒れそうな――俺がこの場にいるから片膝をついて耐えているのであろう――ル・ベリに労役蟲が『命石』を運んできて、砕いて水と一緒に椀に注ぐ。それを受け取ってル・ベリが何杯も飲むのを見ながら、ソルファイドがル・ベリと、そして俺に伝えたかったことの意図を明かした。
「お前たち魔人……『ルフェアの血裔』は、途轍もなく"疲れにくい"身体をしていることは嫌というほど知っている。リッケルの『枝魂兵団』と散々戦わされたからな。主殿が言うには【疲れ得ぬ肉体】という、技能とやらの存在によるものか。だが、俺の見るところそれは疲れを『感じていない』だけで、実際に疲れていない、ということではないと思う」
――「訓練メニュー」の策定を任せたところ、ちょうどル・ベリがいつの間にか【農務卿】になってしまっているのと同様に【武芸指南役】になってしまった竜人ソルファイド曰く。
【樹木使い】の従徒達も、そして客分であったソルファイドに絡んできた【人体使い】の下級の配下達も、竜人の体力を前提とした激しい動きを強制した持久戦に持ち込むのが優位に戦う方法の一つであったという。
ちょうど俺の【強靭なる精神】が、精神的影響の"顕れ"を緩和しつつも影響自体を消したわけではないのと同様、【疲れ得ぬ肉体】もまたその意味では"疲労"自体を防ぐものではない。それを感じる脳のリミッターを外すようなもので――多用し、無茶をすれば身体が壊れてしまう。
しかも迷宮領主の配下ともなれば、何らかの手段で「命素」を補給する方法は皆何かしらの方法で持っていると考えれば、ますますそうした「疲れない」ことに頼った動き方になりがちであるという。
だが、自分自身の【領域】内であったり【領域戦】で勝って迷宮経済を回して補給できるならともかく、そうでない場面で「命素」の補充を断たれてしまえば、それは途端に諸刃の剣となる。いわば、身体が限界を訴えていることに気付かずに激しい運動や戦闘を続けてしまうことで、閾値を越えた瞬間にはもう前兆無しに、強制的に動けない状態にぶっ倒れてしまうわけである。
そしてそれをル・ベリに、そして俺にまず最初に伝えるための「訓練」だったというわけだ。
「俺は【人世】では"里"の周囲で魔獣狩りもしていたからな。狩りは時には何日も、下手をすれば半月も里を離れて焼けた泥と灰の道を這い進むような時間が続く。疲労も極限だった。だから、主殿が"旅"に出向くつもりなら、荒事もそうだが、その魔人の身体の特質には気をつけなければならない」
その後、俺はル・ベリの【異形魔闘術】についてソルファイドに伝えてみた。
すると、ソルファイドは全盲であるが故に感覚がかつて以上に研ぎ澄まされ、ル・ベリの「内なる魔素」や「内なる命素」に関しては気付いていたようである。その体力の回復に合わせて、俺とル・ベリに竜人の「瞑想法」を教授してくれたが――言うなればそれは体内の血流や神経系に乗せた【魔素操作】と【命素操作】であった。
ソルファイド自身が既にそうした"気"のようなものを巡らせる体術を体得しており――その一種がおそらく彼の職業技能にある【竜人剣術】だろう――この点でもル・ベリにとっては先達になると言えるか。
なお、そんなソルファイドのステータスは次の通りである。
【基本情報】
名称:ソルファイド=ギルクォース
種族:竜人族<支族:火竜統>
職業:牙の守護戦士(剣)
従徒職:武芸指南役(所属:【エイリアン使い】 ← NEW!!!
位階:30 ← UP!!!
状態:心眼盲目(※永続効果) ← CHANGE!!!
【技能一覧】
対リッケル戦では直接戦闘はあまりさせず、ひたすら"風呂焚き"に専念させたためどう考えても「剣士としての生き方」はさせていないため、ある意味ではあまり「職業経験」は積めなかったのは当然のことだろう。
ただし、ル・ベリもそうであるが『武芸指南役』という「従徒職」を獲得したことが、そのまま「称号」にも反映され、しかもそれは3点の技能点が与えられるものであったのだ。すなわち「従徒職」とは、ただ与えるだけで技能点が3点もらえるというのだから、もし俺がこれをもっと早く知っていれば、すぐにでもル・ベリにも何かを適当に"任命"していただろうが。
それと合わせて、ちょうど位階が30となったことで【眷属技能点付与】による技能点の追加があり、あまり経験を積めなかったにしては新たに振れる技能点は7点分とそこそこあったという状況。
それで俺は、既にある程度完成していると言えるソルファイドの「種族」と「職業」の技能テーブルから、完全に「ゼロスキル」目当てで【竜人剣術:高位】に振り、その選択肢を増やしてやる形を取った。ソルファイドほどの武芸者ならば、それを有効に活用してくれることだろう。
……【竜の憤怒】という、本人曰くデメリットがある技能に振るのは多少悩んだが、それを鎮めるための【竜血鎮め】にさらに3点振ることで帳尻を合わせることとした。ソルファイドに「竜」を理解して、そして俺に教えてくれと導いた手前、彼をその本質から遠ざけ続けることはできないだろう。少なくとも【竜血鎮め】については、次のタイミングでMAXにまでしてしまうのが、よいかもしれない。
なお、訓練に話を戻すと、ソルファイドからル・ベリの果敢だがやや生真面目で直情的すぎる"鞭さばき"に淡々とそして直球のダメ出しが続いていたが、普段はあれほどソルファイドにがみがみと噛みつくル・ベリではあったが、この時ばかりは大人しい。普段の苦虫顔も、さながら道場で扱かれる少年の負けん気のように見えるのだから微笑ましい。直接言うと、俺の手前ル・ベリがものすごく困った表情で苦虫顔になりそうなので、黙っていることとする。
――まぁ、リッケルから母リーデロットについて様々なことを伝えられ、しかも、とてつもない「置き土産」までもらってしまったル・ベリは、口にこそ出さないが、俺と共にやがて"大陸"へ行く日に向けて可能な限りに己を鍛え上げようとしているようであったが。
そしてそれは、俺もまた同じである。
……生まれてこの方、武術に関しては学生時代の体育の授業で触れたものぐらいしかない。
『黒穿』とて指揮杖兼魔素の通りが良い魔法の焦点具扱いであったため、まずはそれをきちんと振るう動作を練習するところからであったが――俺はそこで少々、ズルをさせてもらった。
俺の身体の動きを副脳蟲達に"分析"させたのである。
槍を「突く・払う・叩く・引く・ひねる・振る」といった各基本動作をソルファイドの前でひたすらこなしながら――まず俺自身の身体の動き、そしてそれを観察する走狗蟲達の「エイリアン語」での理解に、さらにソルファイドのダメ出しや助言を合わせることで、半ば演算能力の暴力によってだが「鍛えるのに最適な動き」を副脳蟲達に弾き出させた。
≪だって~造物主様の"情報"さんは~浸潤嚢さんからたくさんもらったからね~≫
≪きゅぴふふふ……造物主様アルファさん化計画、ここに始動なのだきゅぴぃ! きゅぴに腹案あり! きゅふふふふ≫
そして、それだけではない。
ル・ベリが触肢茸達と"連結"してリッケルを「手数」で上回ったことを参考に、ウーヌスが「俺の最適な動き」を触肢茸達に「連携」させることを指示したのである。
その触肢茸達を、槍を振るう際に俺自身の腕や腰や脚に巻き付かせることで、俺の身体の動きを理解した上で適切な負荷をかける"生きたウェイト"と化すのである。
――さらにそれだけではない。ウーヌスは触肢茸達に、ソルファイド監修の元で弾き出された「効率的な動き」自体を強制的に俺になぞらせるための、それこそ消える魔球でも投げることができるようになりそうな生きたギブスと化して――おかしいな、俺は普通に自分自身に負荷をかけて精神も鍛えようと思って、多少効率化させつつも泥臭い修行をするつもりでいたんだが――気づけば、触肢茸達を操り糸として俺自身を操り人形の如く反復運動を強制的にさせまくる副脳蟲達の恐るべき悪辣なる罠にハマっていたのであった。
「……まぁ、基礎的な体力と身体の動きを鍛えるだけと思えばいいのではないか? 主殿。打ち込み、打ち合いの訓練まで我慢をすればいいだろう。丸太を引いて走るのと変わらん、多分」
ソルファイドが変なところで適当に匙を投げたかと思えば、ル・ベリはル・ベリで「触肢茸ギブス」に「なるほどその手が!」と大変な興味を示したようであり――何故か背中にいくつもの触肢茸をイソギンチャクの怪人のような格好になりながら背負って走り込みをし始めているのであった。
この辺りになってくると「訓練メニュー」はソルファイドの手を離れ、副脳蟲どものアイディア合戦の具にされ始めている嫌いがあったが、一応は効果があった……と俺自身は実感させられたので、渋々、有用性を認めて、調子に乗らない限りは取り入れてやったわけであるが。
……それでも、寝ている間も触肢茸によって身体をひたすら振り回されるように筋肉運動を外的にさせられ、筋繊維がズタズタに切れたら『命石』を砕いて飲まされて代胎嚢の中に放り込まれ、エイリアン式筋肉超回復現象が強制される有様であった。
ちょっとは限度を知れ、と言いたかったが、それでも一週間が過ぎる頃にはただでさえ一部魔人化して向上していた体力が見違えるほどに引き締まったように感じたのだから、副脳蟲どもはちゃんと成果を出したと言える。
並行して迷宮の復興と改装もまた進んでいき、加冠嚢が"胞化"して本格的に「進化」の自動化が始まり、そして、浸潤嚢の中にぶち込んでいた種々の稀少な"抽出元"から新たな『因子』の解析が一通り終わって"戦果"が出揃う。
そんな中でのことであった。【樹木使い】リッケル=ウィーズローパーが、ル・ベリの母リーデロットとの間に"生んだ"種子が芽吹いた、という報せが入ってきたのは。
読んでいただき、ありがとうございます。
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