0068 愛は狂わし狂いて貫くもの
遠雷のような破壊音。
大地全体が揺すられるような連続した震鳴。
洞窟全体が断末魔の猿叫を上げているかのような破壊の嵐。
『環状迷路』の中央を縦に伸びた巨大な楕円体状にぶち抜いていく無数の破砕音の重奏が俺の耳を激しく打つ。
立体迷路を形成する3次元的に放射した各通路と、それらを繋ぐ大小の部屋部屋が――まるで一斉に、支えを失ったかのように崩れ、全てを重力加速と質量の暴風に巻き込みながら、楕円体状の大空洞の下部へと巻き込んでいく。
――実際に"情報"として届けられるのは、俺が個人として見聞きする感覚で拾える光景や音だけではない。副脳蟲どもが維持する【共鳴心域】と、その中で高度にして純然たる感覚そのものとして保たれる【眷属心話】から吸い上げられ、分析され整序され濾過された高純度の"情報"が、今も絶えず脳裏に流れ込んでくる。
リッケルとその手下たる従徒達、眷属達の巻き込まれ具合や、俺の眷属達のうち崩落に巻き込まれたもの、巻き込まれずに逃げ切ることができた者達の把握とその再配置のための副脳蟲達から乱れ飛ぶ指示の数々。周囲の状況を把握し、相互に連携しながら今己が成すべきことをただちに実行し始める"名付き"達。
ギリギリのタイミングであった。
事前に崩落させる「作戦ポイント」を知っており、何度も何度も【精密計測】によってシミュレーションしていたとはいえ――実際にやってみるのとでは緊張感が段違いだ。ほとんど、崩落予定箇所から数メートルしか離れていない通路の一つに城壁獣ガンマ達と共に飛び込んで、手や肘や膝を擦りむきながら、俺は自分が息をしていることに現実感を失いそうになる。
――予定に無かったはずのビル火災に巻き込まれ、逃げ道を失って、死んだと思って気付いたらこの世界に迷い込んだ時に見たのと同じ。
静かなる時も、エイリアン達による迷宮拡張が進められる賑わいの中でも、そして互いの存在と進退と生死を賭けた迷宮抗争の争乱の中にあってさえ、魔素の青と命素の白が仄光となって淡い明滅のリズムを象っている。
大量に巻き上げられた土埃と、そして全身を炙る――嫌な記憶を嫌でも刺激する――もうもうたる熱気をうんざりするほど含んだ湯気が『環状迷路』の崩落しなかった箇所に蔓延する最悪の視界の中においてさえ、魔素の青と命素の白ははっきりと知覚された。それは俺の迷宮領主としての技能【魔素操作】と【命素操作】によるものである。
俺がしたことはシンプルな"備え"だった。
相手が【樹木使い】リッケルであろうと、【人体使い】テルミト伯であろうと、あるいは名前の知らないその他の迷宮領主であろうとも――迷宮抗争の基本的な勝利条件は"裂け目"を押さえるか、あるいは迷宮領主本人の身柄を押さえるかだ。
であるならば、相手がどのような眷属を率いるのであれ、どれだけ意表をついたような迷宮経済をしているのであれ、攻める側は魔素と命素を消費して軍勢を構築し、本拠地に殴り込んで制圧するという過程は必ず経なければならない。
――ならば、話は簡単だ。
格上を相手にする可能性が高い以上、攻め込まれる俺の迷宮自体を巨大な"罠"とすればよい。やったことは『9氏族陥落』作戦の延長線上ではあったが。
労役蟲達の吐き出す【凝固液】が、噴酸蛆の吐き出す【強酸】に激しく反応して一気に"溶ける"ことを利用して、迷宮そのものを巨大な"罠"としたのだ。
網目のように通路と広間をくり抜きつつ、複数の層を成す立体迷路の重量を支える箇所を計画的に集中させ、そこを少しずつ【凝固液】と掘り出した岩礫と混ぜた「エイリアン建材」で徐々に置き換えていった。
噴酸蛆を最後まで前線に投入しなかったのは、それが理由である。
ギリギリの数だったのだ――全体を崩落させる、作戦ポイントの「エイリアン建材」を一斉に溶かして、そこから連鎖的に崩落させるための。
そして、その結果が、眼前に現出し、繰り広げられた光景であった。
【樹木使い】リッケルがターゲットである、という可能性が高まってからは更なる一捻りとしての「アレンジ」も入れはしたが――坑道を丸ごと崩落させてそれに巻き込む、という戦略自体は、どのような迷宮領主が相手であっても実行するものとして、仕掛けを始めていたわけである。
≪まんまと、引っかかってくれたな。生きているな? ル・ベリ、"名付き"ども。そしてソルファイド、よくもまぁ鬱憤ためて文句の一つも言わずに盛大な"風呂炊き"をしてくれたな。さぁ、往け、【火竜】の末裔たる竜人の力を見せてやれ≫
***
【樹木使い】リッケルは実際のところ、【エイリアン使い】オーマが取りうる"策"の一つに「崩落」があることを想定していた。
"若"――【人体使い】テルミト伯によって「共有」された情報に、竜人ソルファイドが折伏される過程、それに至る最果ての島における小醜鬼集団との戦闘で多用されていたからである。「凝固する液体」を吐き出すと思しき"労働種"への警戒は元からあった。
だが、故にこそ「崩落」戦術はリッケルにとって警戒すべきものではなかったのである。
そう判断した理由は【相性戦】にある。
端的に言って、たとえ崩落する地下空洞の中で瓦礫や土砂と共にどれだけ深く生き埋めにされようとも――リッケルが【樹木使い】であり、率いるのが植物型の眷属である限り、植物とは地中から芽吹くものである以上、本質的な壊滅には絶対に至らない。
故にリッケルは【火】を警戒した。
リューミナスが崩落に巻き込まれ、打ちどころが悪かったのか落命に至ったことは不運であり、長期的には厄介な事態ではある。しかしそれでも、これで「新人君」の打つ手は尽きたと見てよい。
大方、この落下した先で大規模な【火】が待ち構えているのだろうが――それを潰すための海中からの浸水を行ったわけである。
崩落に巻き込まれつつ、浮遊感の中でまるで星々に包まれたかのような魔素の青と命素の白。
オーマがもしこの場にいれば、360度全てが球体である「豪勢なプラネタリウム」とでも評していただろう。わずか10秒にも満たない遊離の時間。
押し寄せる熱気が――むっとするような焼け付くような酷い湿気を孕んだもうもうたる白煙の如き湯気が、千切れた捻れる欺竜と一体となったリッケルを押し包み――。
「……は? 湯気、だって……?」
【木の葉の騒めき】でも【眷属心話】でもなく、素の、生身の――『樹人』としてのものであるが――唇から、そんな言葉が漏れた。
本人としては大真面目にあらゆる苦境と苦難を『試練』として解釈する、そんな精神構造をしたリッケルという存在を知る者からすれば、軽い驚愕をするであろう、それほどまでに間抜けな"声"であった。
そして、次の瞬間。
全身の皮膚を――樹皮を――引っ剥がし、そこに赤く焼けたぎった鉄串という鉄串を差し込み、爛れさせ、塗りつぶして神経という神経を――根毛にして新芽を――束ねてねじってまとめて引き千切って、ありとあらゆる痛覚がありとあらゆる熱覚とありとあらゆる汗腺と共に、焼き潰されて融合され、全身が内側から発火して爆発して一陣の荒れ狂う凝縮された熱波と化して吹き荒れ暴発するかのような、そんな凄まじい感覚が刹那の間にリッケルの全身を貫いた。
《≪「ぐあああああああああ、あああああああああッッッ!!?? ぎゃああああ、あがあああぁぁぁあああああああアァァァァ!!!」≫》
喉を構成する新芽が、蔦が、蔓が、深緑の葉が、花弁がリッケル自身の絶叫によってズタズタに引き裂け千切れ乱れ飛ぶ。
血の代わりに、深緑のにおいがむせ返るほどの濃密すぎる粘ついた、水分が抜け落ちた樹液の塊を、喉をつまらせながら激しく嘔吐する。そして全身の枝をばきばきと激しく砕けさせるほど、もんどり打つ。
――大量の泡立つ溶岩の如き熱湯の地底湖に叩きつけられ、大量の降り注ぐ土砂と共に飲み込まれ、沈み、折れ砕ける。
およそ、生物としての生身に実感として烙印されるものとしては、極大にして限界を越えた最大限の苦痛が、頭皮から指先を経て爪先を包み、さらに接続してしまっている竜の胴体をも包み込んだ360度全方位からの多重の意味で逃げ場の無い灼熱の具現、焦熱の顕現そのものの"痛み"と"熱さ"が激烈なる"痛み"に統合され、脳みそ――果実と花芽の混合物――を焼き切る勢いで押し寄せ押し流し押し潰し、全身という全身が茹だり上がり、ありとあらゆる水分が身体を構成する"葉"の部分の蒸散機構から、さながら大災害に遭遇して我先に逃げ惑う人々であるかのように先を争って蒸発し、急速に急速に、リッケルを構成する樹身が萎れていく。
リッケルの獣の如き絶叫は【エイリアン迷宮】の地下坑道はおろか【木の葉の騒めき】を通して地上部の森林中にまで、監視のためにやっと沿岸部まで1体だけ飛んでくることに成功したテルミト伯の眷属である【羽搏きの片耳】の鼓膜にまで届いたのであった。
――そして、【樹木使い】リッケルが味わうのと同じ業苦が、そもそも動物と異なり「叫ぶ」という生体機構を持たず外形を模しているにすぎないはずのたわみし偽獣達をして、まるで文字通りに涸らさんばかりに絶叫させているかのような形で、地底"熱湯"湖の各地で繰り広げられる。
これこそが【エイリアン使い】オーマの【樹木使い】に対する策であった。
≪昔、俺には生徒……弟子みたいなのがいてな。その中の一人に、天才だが大馬鹿な小娘がいた≫
しかし、リッケルは諦めない。
水分という水分が、茹でられて全身の植物組織から文字通り飛んでいった。その全身は明らかに萎れ、部分的には急激な勢いで"枯死"すら始まっていた。
折れた竜体を引きずるように必死に、地底熱湯湖の殺人的に湯立った湖面まで持ち上げさせ、ぼろぼろと樹体を、枯れた身体を崩れさせながらも持ち上げる。
≪あるとんでもなく寒かった冬の朝のことだ。放射冷却で、植えていた花が、霜つけて凍ってしなびかけていたんだが――その時にその馬鹿は、何をしたと思う?≫
それはリッケルすら想像していなかった【根枝一体】の代償とも言えるものであった。
植物体からの急激な成長と、新たな部位の"発芽"を、【樹木使い】としての"世界認識"の中から編み出した彼は、間違いなく過去に存在していた如何なる【樹木使い】とも異なる独創性に溢れた迷宮領主であると言えた。
たわみし偽獣とその派生種達、上位種達は間違いなくリッケル=ウィーズローパーの"世界認識"によって生み出された、空前の樹木型魔獣種であった。
だが、それは元を正せば――彼が、そもそもは【人体使い】の"後継者候補"として、そうなるべく修行を積み、また教育され、鍛えられてきたからである。
人の父母の精と卵が結びつき、原初の胚を成し、そこから様々な「人体」を構成する部位が生まれて出づる様という法則を、リッケルはよく理解していた。
彼はそれを――【樹木使い】として"再現"しようとしていたのである。
結果、編み出された正真正銘リッケルの【樹木使い】としての固有の技能こそが【根枝一体】である。
≪あの馬鹿……熱湯をかけやがったんだよ、信じられるか? なぁ。あっためて元気にしようかと思った、だとさ。あぁ……そんな時代もあったんだな、■■■……くそ、心話空間でも発声すらできないのか≫
しかし、植物の成長と部位分化、部位発芽には大量の"水分"が必要となる。
そしてそれが急激であればあるほど、沸騰した熱湯によって傷ついた植物体を癒そうと本能的な発芽が急速に行われれば行われるほど――己が身体内の"水分"を熱して蒸気に変えてしまう、言わば植物にとっての「猛毒」とも言える熱湯それ自体を"根"から容赦なく吸収してしまう。
この時、その捨てきれぬ志によって空前絶後の独創性を得ていたはずのリッケル=ウィーズローパーという【樹木使い】にとって、それはそのまま、最悪の循環系と化していた。
【エイリアン使い】オーマが【塔の如き焔】たる火竜の末裔たる竜人ソルファイドと、数十基の火属性砲撃茸を一切前線に出すことなく、地下坑道内の奥深くに留めていたのは――この巨大な地獄の釜を作り上げるためであった。
十数体もの労役蟲を使い潰し、犠牲としつつ、海中に通じる空洞を一時開通。
"釜"に必要十分すぎるほどの水量を『環状迷路』の真下に引き込んだ後に、浸水箇所を崩落させて封鎖後――リッケルが襲来するまで、襲来したその後も限界まで、取り込んだ海水を【火】によって焚き続けていたのであった。
崩落に巻き込まれつつ、下位個体にばらけつつ生存して、生き埋め後の"芽吹き"に備えていたリッケルの眷属達はその全てが壊滅する。
何故ならば、ばらけて表面積を増やすこと自体が、根から水を吸い上げ葉の裏から蒸散させるという植物体の構造上、"火の通り"を自ら良くすることに他ならなかったからである。
まるで「よく切った野菜さん達の湯通しだぁ」という呑気な副脳蟲ウーノの発言をキッカケに「きゅぴきゅぴ会議」が開始したことなど当然知る由もなく、リッケルはある種本能的にその原理を理解していたために――折れ砕け千切れかけようとも捻れる欺竜の竜体を、壮絶な責め苦に耐えながらも維持していた。
そして、白濁して吹き飛びそうになる意識を必死に保ちつつ、前半分が吹っ飛んだ竜頭を持ち上げさせ、自身の『魂宿る擬人』としての身体を熱湯の湖から脱出させる。
「僕は……あがぁぁぁ……まだ、死ぬわけには……いかない…………ッッ」
あるいは、それは苦痛を長続きさせる行為であるとも言えたか。
だが、リッケルが自らの身体から、まだ枯死していない箇所からなけなしの【根枝一体】によって蔓を生成し、周囲の熱湯に浮かぶ瓦礫を這いながら、上へ上へと上がろうとする。
「良いザマだな、枯れ損ないの腐れ損ないめ。御方様の叡智に敗れたその身の無様さを、我が母も呆れた顔で見ていることだろうよ」
罵声と共に、降りてきたル・ベリの【四肢触手】の一撃。
鉤爪に引っ掛けられ、リッケルが土砂にまみれて濁りつつ尚も熱量を保ってぼこぼこと煮えたぎる熱湯の湖の中に叩き込まれる。
「……肌身離さず、我が母の遺骨を抱えていたその執念には、一応の敬意は表してやろう」
再度、亡者のような、もしも植物に「ゾンビ」という概念が成立しうるとすればそれは今のリッケルの状態であろう、と言えるような凄惨憔悴たる然でリッケルが再び這い上がり――ル・ベリがその胸元に鉤爪触手の一撃を穿つ。そして、リッケルが自身の樹体の中に取り込む形で保管していたリーデロットの"遺骨"を、ル・ベリは取り返し、恭しく右手に掲げた。
「答えろ、木偶人形。貴様は、我が母リーデロットの何だったのだ? 我が母の何を知っている?」
ル・ベリは苦々しい表情を作りながら、【四肢触手】の全てをリッケルの残った片腕、胴体、首などに巻き付け、空中に吊り上げる。そして質問と共に、リッケルが何かを答えようとするよりも早く、自身の触手ごとリッケルを熱湯に沈めて漬け責めた。
その行いには――職業『奴隷監督』の技能【苦痛の制御】や、彼に歓心を抱いたる「九大神」が一柱【嘲笑と鐘楼の寵姫】のささやかな加護の効能が加わっており、リッケルはその鋼の如き信念は折れずとも――"苦痛"に耐えることが全くできずに、叫び惑う状態と化していた。
それをたっぷり四半刻はかけて十数度繰り返し、戦意が挫けたか、と判断してル・ベリはようやっと、ざぶりと熱湯の湖からリッケルを引き上げる。
――崩落した縦楕円空洞の上部、崖の縁に佇む【エイリアン使い】オーマは、その様子をじっと見つめていた。
「死ぬ前に俺の疑問に答えれば、せめて楽に死なせてやろう――我が母の手で、な」
取り戻したリーデロットの遺骨を握りながら、ル・ベリが吊り下げたリッケルを睨めつける。
発動はしないが、しかし発動させることをにおわせるように、右の瞳に【弔いの魔眼】の力を込めていく。そしてそれに気付いたように、リッケルは、枯れ葉がかさかさと溢れるような音で小さく笑った。
《まったく……容赦が、無いなぁ。リーデ、ロットを……思い出すなぁ》
「【人体使い】の城で貴様と我が母は共に従徒の同僚だった、その程度のことなどわかっている……俺がどのように生まれたかが分かった、と言っていたな? それは、我が母がこの島に流されたことと関係があるということか。貴様はそれにどう関わった。貴様は……まさか、貴様が……我が"父"だとでも、言うつもりか?」
自らを"半ゴブリン"と戒め続けてきたル・ベリにとって、実はそうではなかったことが、終生の主と確信した「御方様」たるオーマによって知らされたことは文字通り巨大な巨大な一生の岐路であり、進むべき方向を定められた瞬間であった。
だが、故にこそ、生じたる疑問があった。
――小醜鬼に犯され、侵されたにも関わらず、主の偉大な力によって知らされたのは、自分が純然たる『ルフェアの血裔』であり、母は自分を小醜鬼達の毒牙から保護するために"半ゴブリン"に偽装していたに過ぎない、という事実であった。
ならばこそ、自分には『ルフェアの血裔』としての"父"がいるべきであった。
《くく、く……"そう"だって、確信できたら、まぁ……もっと嬉しいことだったんだけれど、ねぇ……まぁ、僕が"そう"である……確率は……あっはっは……200分の1、てところ……かな……? あぁ……桁が、1つ増える……かも? ……く、く》
「どういうことだ?」
主と母を侮辱した存在であるにも関わらず、ル・ベリがただちにリッケルを、物を言う暇も与えずに処断することを思いとどまった理由が「それ」であった。そしてリッケルの答えは、そうであるともそうでないともいう、曖昧なものであった。
だが、その意味はすぐに端的に述べられることとなる。
《リーデロットは……盗んだ、んだ……【人体使い】の……『混精の坩堝』から、一すくい……ね。僕も、手伝った……あれは、ほんと……酷い夜だった……だから、あは、は……君の"父"は、僕かもしれないし……"若"の城に捕らわれた……従徒か、"協力者"の誰か……かもねぇ……》
自らの命の灯火がもはや風前であると知ったリッケルは、饒舌であった。
苦痛を伴いながら、それでもル・ベリにそれを伝えねばならないという執念に浮かされたかのように、口から時折枯れた花びらや腐った根を吐き出しながら、言葉をとうとうと紡ぎ続ける。
曰く、リーデロットが【人体使い】の"生産"において要となる施設から『精』を奪い取ったという。
【人体使い】は従徒達から、その『精』と『卵』が自裁するように改造することで生殖能力を奪っていたが、「人体」使いであるが故に眷属を生み出す大元として、利用可能な『精』は別に確保する必要があった。リーデロットは、まずそこから『精』を盗み取ったのである。
しかし、それだけではリーデロット自身の『卵』が自裁する、という問題は解決していない。
――リッケルの口から次に語られた、リーデロットによる「解決法」に関する推測は、驚くべきものであった。
《小醜鬼どもを、利用する……なんてねぇ……あっはっは……狂ってる、無茶苦茶だよ、愛しいリーデロット……》
小醜鬼という「種族」がいる。
【人体使い】という迷宮領主の"系譜"が興ったのは、この『ルフェアの血裔』を"汚染"するためだけに生み出された種族の存在が主なキッカケの一つである、とかつての後継者候補の一人としてリッケルは知らされていた。
――その"汚染"し"穢"す力とは、精と卵によって紡がれるはずの、次代の生命の誕生、という自然法則を、塗り潰してしまうほどに強大な呪詛によるものであった。故に、かつての「絶滅作戦」が繰り広げられたのである。
そして。
リーデロットは【人体使い】の従徒としての力と知識の全てを投じて、雌小醜鬼の「子宮」を自らに移植。
そして盗み取った『精』を、同じく雄小醜鬼の「精巣」に移植して中身と入れ替え、それによって自らを犯させた――それが、彼女の同志たるリッケル=ウィーズローパーの推測であった。
《"賭け"に勝った……んだねぇ……愛しい女。小醜鬼どもの……呪いが……【人体使い】を上回った……あっはっは、あっはっはっは……"若"に大声で、教えてあげたいなぁ……あっはっは……》
「ご、小醜鬼どもの"呪詛"の力とやらを……利用、したというのか……!? なぜ」
《なぜ、そこまでして自分を、作ったのだ……かな? あぁ、リーデロット……あぁ、愛息子君……はは、は……愛する子供が、欲しかった……ただ、それだけ。家族が……欲しかっただけ、さ……それが僕と、リーデロットの……心を同じくした、志……だったのさ》
全てはリッケル=ウィーズローパーという男の"推測"に過ぎない。
しかし、調べようと思うならば、いずれ「御方様」に付き従って"大陸"へ行くことができた暁には、【人体使い】と接触する機会もあるだろう。だがしかし、記憶にある母の体の弱さや、小醜鬼達に対する接し方などを、無数に思い出しながら――ル・ベリにはその"推測"を否定する材料は、見出すことができなかった。
――そして、そんなル・ベリの思いを見透かしたかのようにリッケルは遺骨とル・ベリの眼を見比べる。
話すべきことは話したから、やれ、と。
後は自分で調べ、探して考えれば良い、と。
しかしそのまま押し黙り、動けなくなるル・ベリの隣に、いつの間にか【エイリアン使い】オーマが降りてきて現れ、リッケルを睥睨していた。
「やってやれ、ル・ベリ」
「御方様……」
「約したこと、そうすると決めたことを、相手が成したにも関わらず躊躇することは、この俺の名において許さない。お前の因果と、お前の母の因果と、このリッケルという男の因果が、応じ合った。そして、報われる時が来た、それだけのことだ」
御意。
そう静かに告げ、臣下の礼をオーマに取り、ル・ベリはリッケルに向き直る。
そして疲れ果てながらも、しかしどこか安堵して、恍惚とした表情を浮かべる【樹木使い】に向かい、亡き母の遺骨を握り締めながら【弔いの魔眼】を発動させた――。
読んでいただき、ありがとうございます。
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