0066 対【樹木使い】戦~坑道の戦い(3)
地下坑道の壁という壁、天井という天井、地面という地面にびっしり張り付きはりめぐらされた無数の根から【根枝一体】によって、創世記を思わせるかのような急激な勢いで植物が繁茂する。芽吹き、枝を伸ばし幹と成し、その先に葉や花をつけ、蔓と蔦を伸ばす。
そしてそれらが、まるで巨大な縄をなうかのようにギュッと束ねられていき――太く太く、また強く強く強靭なる"竜"の胴体を成していく。束ねられ引き絞られる過程で、蔓や蔦といった相対的に柔らかい組織がぶちぶちと切れ飛んでいくが、しかしその千切れた組織からさえも新たな芽や葉が繁茂する。
このように生み出されていく『捻れる欺竜』は、"竜"とは何であるかを知らぬ者からすれば、まるで本物の『樹の竜』であるかのような威容を誇るように見えるだろう。
――さらにこの『樹の竜』が模倣したのは多頭竜蛇であった。
大本の根を同じくし、まるで株が分かれるようにその首達は互いに【樹木使い】の【領域】を通して、"根の道"を通して相繋がっており――4本ある首のそれぞれの先端部には、文字通り頭脳となった『魂宿る擬人』達がその上半身から上を接合させていたのである。
樹木によって構成された半人半竜、と呼ぶにはいささか"竜"の部分が巨大で長大過ぎる存在ではあるか。
【エイリアン使い】オーマの地下洞窟の迷宮において、主要な通路は戦線獣が2~3体並んで通ることができるように掘り抜かれていたが、その空間を埋め尽くさんとするほどの竜体。この状態では壁や天井との間を幼蟲がかろうじて通ることができる程度にしか隙間は残されておらず――面制圧どころか"体積"制圧された通路を取り戻すには、その樹木の塊自体を破壊せねばならなかった。
しかし"先端部"に位置する樹人達がその身を唸らせ震わせるや。
通路で、各広間で、バキバキと無数の枝が裂ける音を立てながら「口」を開き、まるで大きく空気を吸い込んで竜体を膨らませるかのように「溜め」るや――。
≪おいおい、息吹まで使うのか! 全員、防御行動を取れ!≫
リッケル、アイシュヴァーク、ケッセレイが受け持つ3つの広間と、リューミナスが受け持つ通路の1つで。数秒の「溜め」の後、捻れる欺竜達が轟然と吐き出したのは大量の"樹木の破片"であった。
折れた枝が、千切れた幹が、葉のついた無数の小枝が、まるで巨大竜巻によってちょっとした林が丸ごと根こそぎ抉り取られ、空中で風力と遠心力にバラバラにされ、ちょうど惑星の周囲を巡回する衛星が相互衝突によって無数の破片から成る「輪」を形成していく過程をなぞるかのようにして生み出された【樹木片の息吹】となり、各所でエイリアン達を襲った。
オーマの指令により、回避行動や防御行動を取っていたエイリアン達であったが――その被害は大きい。大小の折れた木片が暴風の如く叩きつけられ、降り注ぎ、その一撃によって多くの走狗蟲が深傷を負う。「花摘み」のために参戦し、逃げ遅れた労役蟲達に至っては胴体を串刺しまたは圧潰され、黄緑色の体液を激しく撒き散らして事切れる。
咄嗟に周囲の盾となった戦線獣も無傷ではなく、同胞達を守った代償として両の豪腕に数多の折れた枝が次々と突き刺さる。運悪く大質量の"枝塊"を喰らい、片腕をひしゃげさせるものもある。
完全な意味で無事であったのは、その重装甲によってオーマやベータ、カッパーらの盾となった城壁獣と、彼の装甲を1枚「盾」として譲り受け、それによって咄嗟に自身を覆ったル・ベリ、また恐るべき見切りによって樹木片の嵐を"回避"して見せたイオータぐらいである。
洗練され尽くした筋肉の四肢を持つ魔獣たる螺旋獣ですら、咄嗟に近くにいたたわみし偽獣を掴んで盾にして直撃を免れたに過ぎず、浅いとはいえ"樹木片"によって全身を切り裂かれたアルファとデルタが怒りの【おぞましき咆哮】を放つ。
だが、抵抗と気勢を盛り返すための虚勢の鬨に過ぎない――と油断することをアイシュヴァークはしなかった。
直撃を受けて行動不能・戦闘不能となった走狗蟲は多い。
しかし、オーマの眷属達の闘争心が欠片も衰えておらず、怪我をし深傷を負ったならそれはそれでそのことを前提とした「連携」を発揮してくることを嫌というほど思い知らされていたからである。
これが、生存本能を持つ他種の生物であれば、いささかでも恐怖を感じて怯むのが普通である――それはたとえ迷宮領主に絶対の忠誠を誓う眷属であっても、そうであるというのがアイシュヴァークやリッケルの常識であった。
――だが、体勢を整え直すや螺旋獣のアルファとデルタが悪魔的クラウチングスタートの姿勢から、生きた砲弾の如く突っ込んで『欺竜』の胴に組み付く。そしてその全身をバネとしたかのような筋伸縮により、欺竜の身体を構成する根や枝を力任せに引き千切った。
さらにそこに、【おぞましき咆哮】ではなく素の鳴き声からして既に狂乱したように絶叫を上げながら切裂き蛇イオータが飛び込み、引き千切られた内側に鎌刃を突き立てて切り刻もうとする。
彼らはそのまま"登攀"し、欺竜の頭部、額の辺りから樹人の上半身を生やした状態のアイシュヴァークを目指す勢いを見せていた。
その生物の範疇を越えたかのような飽くなき闘争心にわずかに恐怖し、アイシュヴァークは竜体を揺すって鎌首を、自分の位置を高くもたげさせて異形にして異様なる魔獣達を見下ろし、一気にとぐろを巻いた。この厄介な"上位種"達がまとめて胴体に組み付いているのであれば、そのまま巻き付き巻き込んで締め潰そうと試みたのである。
その"巻き付き"にアルファとデルタが巻き込まれ、数多の樹木が束ねられた圧倒的な質量によって瞬く間に締め上げられていく。アルファとデルタが、螺旋獣の全力によってそれを弾き飛ばそうと筋力を振り絞り、踏ん張って押し留めるが――アイシュヴァークはじっくりと、2体が呼吸をするタイミングに合わせて竜体による締め付けを増していく。
【樹木片の息吹】により、一時的にであるが周囲に随伴していた偽獣系の魔獣達を「消費」したことにより、次弾の"装填"に時間がかかっていたのである。しかし"基本種"を軒並み行動不能にさせたことで、敵方に関しても増援が来るまでには時間がある。
何より、厄介な"上位種"をここで拘束することができた戦術上の優位は大きい。
【根枝一体】と、【樹木使い】リッケルが選んだ「偽獣ルート」の眷属創成は非常に相性がよく、このような場面での迅速な兵力の補充と対応に優れていた。敵の"上位種"達は確かに多種多様で厄介ではあるが――生物型の「補充の遅さ」まで克服できてはいないというのが主であるリッケルの分析。
苦しめられ続けた"上位種"達を、ここで落とす好機である。
――そう考えていたところ、アイシュヴァークの眼前でギラリと白刃が閃き、そしてそれを叩き落とすように"樹木でできた剣"が突き出す。アイシュヴァークの護衛を兼ねていた武具喰らいが何者かを迎撃したのである。
「なんだ!?」
さらに続けざま、2撃、4撃、6撃。
3体の"樹剣"形態を取った武具喰らい達が、頭上から迫った何者かの高速の斬撃と打ち合い、切り裂かれる。
アイシュヴァークを襲ったのは切裂き蛇のイオータであった。
――その存在を誇示するかのような狂乱の絶叫をピタリと止めたイオータが、拘束されたアルファとデルタの陰からすり抜け――洞窟の壁を這って登攀し、隠身蛇用の細長い"隠し通路"の一つに侵入。広間の壁の裏側を這い進み、天井側の"出口"からその姿を現したのである。
アルファとデルタに、露出した樹人の上半身というわかりやすい"弱点"を直撃されることを嫌い、欺竜の上体を天井すれすれまで持ち上げさせていたことが仇となっていた。
アイシュヴァークは咄嗟に武具喰らい達を手に取り、【おぞましき咆哮】を眼前で放ち、ガチガチとエイリアン的十字牙顎を打ち鳴らして食らいつかんばかりの勢いで鎌を振るい切り刻もうとしてくるイオータと切り結ぶ。
――『枝魂兵団』の精鋭にして、【樹木使い】リッケルの従徒アイシュヴァーク。
――自治都市『花盛りのカルスポー』で"英雄"リッケルが名乗りを上げた際に、武具屋の次男として生を受けた彼は、義勇兵として【疵に枝垂れる傷みの巣】の門を叩くこととなる。
――仕えて以降はその"悪癖"に閉口させられることも多々であったが、しかし彼にとって、リッケル=ウィーズローパーという男は先代【蟲使い】の支配からカルスポーを解放し、また、協力という名の搾取を提示してきた油断無き他の迷宮領主達とは一線を画す、と思えた主であった。
――自身の覚悟と決意、同意無しに"樹海の礎"とされた今回の作戦には、人生で最大の閉口をさせられもしたが、それでも、もしあの日同じ時間に戻ることができたとして、自分はきっと同じ選択をしていただろう。そう思える程度には、彼はリッケルと共に戦い続けてきた一人であった。
そんな彼に慢心があったとすれば、エイリアン達の真の恐ろしさがその尋常ならざる連携能力にあると気付いていながら、それでも"上位種"の脅威を過剰に受け止め、排除の機会を得たことで攻めを焦ってしまったことであった。
その隙を見抜いたイオータが奇襲を仕掛け、打ち合うこと20合余り。
そのわずかな間に、イオータによって呼び寄せられた複数の隠身蛇が天井の隠し通路から這い出して次々飛びかかり――アイシュヴァークの『魂宿る擬人』の上体と欺竜の額の"接ぎ目"に鎌刃を突き立てていく。
たまらず、竜体を暴れさせて振り落とそうとするアイシュヴァークであったが。
「馬鹿な、なんという力だ……!?」
締め付けていたはずの螺旋獣アルファとデルタが、いつの間にかその全筋力によって欺竜の胴体を掴み、全力で引っ張り、巻き付いた胴体を逆拘束していたのである。
それにより、アイシュヴァークの判断が致命的に遅れることとなる。
「第2射」をぶっ放してその勢いでこの"蛇"達を振り払うか、それとも竜体を複数の偽獣にばらけさせてその中に紛れるか――。
イオータの支援に現れた隠身蛇達の狙いは最初からアイシュヴァークの武具喰らい達であった。まるでアルファとデルタが受けた"巻き付き"の意趣返しであるかのように、その蛇体によって武具喰らい達を拘束。
そしてアイシュヴァークと欺竜の"接ぎ目"に、計4体8つの鎌刃が喰らい込み――呼吸の合った"回転"動作によって根と枝と蔓と蔦が一気に切り裂かれ、切り離され、アイシュヴァークの樹身が空中へ弾き飛ばされる。
制御を失った欺竜が眷属として自律行動を開始するが、思考と神経の接合が強引に切り裂かれた衝撃により、竜体から力が一瞬抜ける。そしてそれを見逃すアルファではなく、自身は巻き付く竜体の制動に努めてデルタを抜け出させ――デルタが猛然と、走狗蟲時代を思い起こさせるように四肢を躍動させ、竜体を裂けた「四腕」で登攀、からの反転跳躍。
放り出された空中で必死に樹身を操作し、樹皮化させ硬質化した枝を突き出させ抵抗するアイシュヴァークであったが、四方から迫る豪腕に組み付かれるまま地面に叩きつけられ、引き裂かれ頭部を踏みつけられて粉砕され、沈黙したのであった。
***
《"試練"に敗れた戦士に、休息を――アイシュヴァーク君が逝ったみたいだ。これまでよく仕えてくれたね、ありがとう》
【木の葉の騒めき】を通して伝えられた、激しい断末魔のような気配。
そしてその数秒後に、主リッケルが呟くのを耳にして、従徒ケッセレイは樹人の顔に深い憂いの表情を作り上げる。古参であった彼にとっては、最も付き合いの古かった一人であり、またかつての『枝魂兵団』の立ち上げ時の同志であったからだ。
このような前哨戦――と侮っていたことが原因ではあると頭でわかりつつ――で迷宮領主に次ぐ権能を与えられた"指揮官"としても重要な存在であった『魂宿る擬人』を失うのはあまりの痛手であった。
海底を数年かけて通してきた"根の道"が寸断されたことにより、"大陸"側との接続が途切れてしまっている。
『魂宿る擬人』は、迷宮領主と従徒をより本質的なレベルで迷宮そのものと融合させる秘法であったが、同時にそれはある種の禁じ手に近い"外法"であった。
彼らが元の体に戻るには、改めて本拠地に戻る必要があり――『魂宿る擬人』としての肉体の死は、それに宿らされた精神の死を意味しており、断絶された"元の体"が抜け殻と化すことを意味していた。今頃、本拠地ではアイシュヴァークが死んだことが、同胞達によって察知されていることだろう。
しかし、ケッセレイに苦悩する時間は与えられていない。
戦況自体は欺竜の投入により、傾いていたからだ。
アイシュヴァークという指揮者を失っても、彼が担当していた偽獣達は眷属として自ら駆動し、速やかな侵食を進めている。現に欺竜の気配は消えておらず、敵の"上位種"達との死闘を継続していた。指揮者に対する「斬首」で逆転しようとしているのであれば、それは無駄なことである。
現に、アイシュヴァークが討たれたことで戦線は停滞させられたが、敵はそれを押し返すには至っていない。このまま押し込んでいく戦術に変わりはないのである。
《油断したね、アイシュヴァーク君……ケッセレイ君、リューミナス君、リソース食うから面倒かもしれないけれど、【根枝一体】を常時展開しておくように》
そして戦況という意味では、ケッセレイが受け持つ戦線でのそれは好転・逆転していた。
暴風の如き【樹木片の息吹】の一撃により、『連星』達の連携を粉砕したからである。特に遊拐小鳥達は、遮蔽物の無い空中を飛び回っていたため、彼らにとってこの息吹は高密度広範囲の飛礫攻撃に他ならなかった。
"名付き"であるイータを除いてほとんどの遊拐小鳥が撃ち落とされ、その他の走狗蟲達と突牙小魚達も無数の樹木片に撃ち抜かれたのである。
イータとシータが連携して迫るたわみし偽獣達を迎撃しつつ、縄首蛇ゼータが"釣り"によって負傷した眷属達を次々に後方へと引っ張っていくが――欺竜を押し留めることのできる上位種、最低でも戦線獣が足りないと判断した副脳蟲達はこの広間の放棄と撤退を指示。
『連星』が殿軍となって遅滞させながら、負傷したエイリアン達を可能な限り回収しつつ、欺竜の図体では入り込めない狭い"通路"の一つへ逃げ込んで迎撃する構えを見せる。しかし、広間の放棄こそ【樹木使い】側にはアドバンテージを与えるものであり、たちまちのうちに張り巡らされた"根"から強化種だけでなく『魔素吸い花』や『命素汲み花』といった迷宮経済系の眷属が出現。「吸い上げて干上がらせる」というリッケルの基本方針が実施され、オーマの"迷宮経済"はさらに疲弊していくこととなる。
そして、そのオーマはと言えば、各広間を繋ぐ坑道の通路でリューミナスを相手とした激しい陣取り合戦の陣頭指揮に立っていた。
狭い通路では【樹木片の息吹】が城壁獣ガンマによって防ぎきられてしまい、圧力としては有効でも、敵の数を打ち減らすにはあまり有効ではないと悟ったリューミナスは戦術を転換。
ある通路で捻れる欺竜を生み出し、その巨躯によって一気に通路を制圧後、竜体をばらけさせて数十の偽獣と化して周囲を侵食し制圧し、オーマらが迎撃に現れたことを確認するや今度は別の通路に欺竜の首を出現させ、ガンマがいないことを確認してから【樹木片の息吹】を放つ――という駆け引きに徹したのである。
これは、カッパーの【魔法誘導】の支援を受け、異世界転移直前の「火」の記憶と戦いながら【火】魔法を行使していたオーマにとって大きな負担となる。
ある坑道への"根"の侵食を焼き払っても、他の通路を瞬時に欺竜が制圧し、そこに一気に大量の"根"を侵食させてくる――だけでなく【樹木片の息吹】によって吐き出された無数の樹木片が、たちまち絡め取る偽蜘蛛や駒喰らいと化して、その体内に仕込まれていた『網脈の種子』を辺りにばらまき始めたのである。
これは【樹木使い】リッケルが最果ての島に襲来するにあたり、木造船団の中に種子を仕込んでいたのと同じ手口である。ケッセレイが広間を一つ制圧し、そこに即席の"生産拠点"を構築し始めたことの影響が、ここに現れていた。
端的に言えば、オーマによる削りの速度をリューミナス達による侵食の速度が上回っていた。
このため、オーマは"見せ札"兼"置き土産役"として牽制と通路焼却後に再侵入を遅らせるための「燃酸」ばらまきに使っていたイプシロンら数体の炎舞蛍をも、焼却作業自体に投入せざるを得なくなるが――。
《――ここまで押し込んだなら、小火も大火も変わらない、いくらなんでもあの竜人を温存しすぎたね? 君は完全に「火攻め」のタイミングを逸したんだ、新人君、ここが既に勝負どころだよ。さぁやってくれ、リューミナス君》
わざと地下坑道内の全域に、オーマやその他にもたわみし偽獣達の身体を構成する樹木を通して聞こえるように【木の葉の騒めき】で宣言するリッケル。そして、それに死守した海中の2拠点の指揮をケッセレイから引き継いだリューミナスが答えるや――。
既に海中から地下坑道内に『稲妻の如く張り進む根』によって貫通され、【根ノ城】を構築された"出入り口"の一つとなっていた坑道。そしてそれと、侵食した坑道を捻れる欺竜の突破力によって強引に連結させ、一本に繋げていたリューミナスの指揮下。
【根ノ城】が「蒸水の船」型の武具喰らいに変じて、さながらポンプの如く大量の海水をオーマの地下坑道の中に流し込み始めたのであった。
――急速に"根"が、欺竜が、偽獣達が湿気ていく。
それは確かに【火】に対する強力な対抗策ではあったが、植物を海水に浸すという行為は、浸透圧の関係により、一気に萎れさせてしまう禁じ手であり両刃の刃でもある。だが、だからこそリッケルはテルミト伯の助言を無視して、『全ての種子達の母たる梢』による系統全体に対する半恒久的な特性付与型の"強化"として、【火耐性】ではなく【海水耐性】を選択していた。
彼の戦略が、海を通って最果ての島を制圧し、そしてまたハルラーシ南南西岸に大返ししてテルミト伯の居城を奇襲するというものであったが故に。
これによりリューミナス指揮下の欺竜、そして偽獣達が、"塩害"に耐えつつ、汲み上げられた海水を吸って水分を増し――【海水耐性】によって萎れることなく――オーマの【火】魔法や炎舞蛍が撒き散らす燃える酸の火気を寄せ付けない。
それまでの「火攻め」への警戒と迅速な撤退が嘘であったかのように、オーマが焼き払った後に炎舞蛍達を這い回らせて燃える酸を残して再侵食させないようにしていた坑道に突っ込み、次々に制圧していく。
《【人世】へ逃げようとは思わないことだ、君は知らないかもしれないけれど、それをすると非常に厄介なことになる――"裂け目"の場所は捕捉したよ、もう終わり、ここが潮時だ。僕に降り給え、新人君。悪いようにはしないよ、ここまで僕を手こずらせた君を僕は、相応の待遇で部下にしたい》
≪申し訳ありません、御方様。すぐにこの無礼知らずにして盗人猛々しい屑木偶を黙らせてご覧にいれます≫
【木の葉の騒めき】により、再び坑道内の全域に届くように、枯れ枝が擦れ合うような"声"が鳴り響く。だが、"海水"の侵入を察知したオーマは早々に城壁獣ガンマの背に乗り、撤退の一手を打つ。
そして、『環状迷路』の3つ目の広間で欺竜化したリッケルを相手に、激戦を繰り広げているル・ベリからの申し訳無さそうな苦渋の混じった【眷属心話】に――不敵な声色で応えるのであった。
≪いいやそれには及ばない。足止めの時間は終了だ、こっちも準備が整った。敗走したように見せかけて、撤退だ――総員、作戦ポイントまで全速撤退しろ!≫





