0053 情報戦は海上より始まる
『帰らずの丘』の"大裂け目"から出て、最果て島の最も標高の高い場所から水平線を仰ぎ見る。
と同時に、早速副脳蟲達による【共鳴心域】によって拡張されると同時に開闢された【眷属心話】を通して――事態の推移を注視する遊拐小鳥達『哨戒班』からの情報が、五感で感じ取れる形で翻訳されたる「エイリアン語」として伝達されてくる。
いずれも"木造"の中型、小型船といったところ。
"名付き"であるイータから伝わってくる『情報』と、それが副脳蟲達を介して、エイリアン達の感性と概念によって構成された『エイリアン語』が、人族である俺の思考と感覚器官に合わせた形に"翻訳"されて伝わってくる。
遠くの映像を切り取って見ている――というわけではないが、それでも現地で情報収集をしている工作員と同じ言葉で情報を通信してやり取りをする作戦本部程度には、エイリアン達からの情報伝達の精度は改善されていた。
≪シータ、船の形はどんなだ。何をもって推進しているか構造はわかるか、外観だけでもいい。あとイータ、ヒュドラの影が"船団"の方に向かったという話だ、裏を取れ。沿岸域を哨戒してヒュドラの反応を探れ≫
反対に、俺からの指示は従来の【眷属心話】によって直接対象となる眷属に伝わりつつも、そこにウーヌス達の"翻訳"による補助が入る。自ら思考し、俺の意図を汲んで、それがエイリアン達により伝わりやすい形で補足し翻訳することで、このぷるぷるきゅぴきゅぴした生命体達は遺憾なくその役割を発揮していた――ぷるぷる震えて俺をキャンプファイアーのように囲む謎の踊りはこの際、置いておこう。
イータ達『哨戒班』の目が捉えたのは、迫ってくる「船団」には帆が無いタイプの船であるということ。風の力を利用して推進しているものではない。
だがしかし、幾度も細かく確認をしたが、船体の左右から直接幾本もの枝が絡み合った大きな櫂が生えており――まるでその船自体が、一個の樹木の魔獣であるかのように漕いで海を渡っているということであった。
「【樹木使い】リッケルが来たということか? 主殿」
「確か、奴の迷宮の"基本種"は『たわみし偽獣』ってのか。突き殺した生物の姿や動き、生態までも"模倣"する、枝と蔓と根を撚り絞ったような樹木の魔獣、だったか」
≪きゅきゅっ。材料がとってもエコさんな変形合体獣さんだね!≫
「あえて"船"の姿形で来ているのはどうしてだ? そこまでできるなら、大型の水生生物でも模した方がずっと早く来れたんじゃないか」
念の為、ル・ベリには地上部からの奴隷小醜鬼の集落からの一時撤収の指揮を命じており、迷宮を含む最果て島の全体に対しても、防衛警戒体制の配置への移行の号令をかけていた。
その上で、俺は"船団"の主の意図に考えを巡らせる。
「イータ達が観察する限りは、甲板に乗組員が出ている様子も無い。中に引っ込んでいるかもしれないが、あの荒波では揺れも相当なことだろう。運んでいるのが【樹木使い】だとしても、中には他の迷宮領主の眷属が入っている、ということもあるんじゃないか」
「テルミト伯が、主殿を調べるか叩くために【樹木使い】の素通りを許すとは思えないのだがな。奴は持てる人脈の総出で【樹木使い】を孤立させ、滅ぼそうとしていた。仮に和解したとして、この短期間で"協力者"が見つかるとは思えないが」
ソルファイドが【人体使い】テルミト伯の元で"傭兵"として働いていた頃、その主な敵が【樹木使い】リッケルという副伯の迷宮領主であった。元はテルミト伯の部下であったようだが、ル・ベリの母であるリーデロットの追放を巡って対立し、出奔。
その後、【闇世】の大公の一人である【幻獣使い】の差し金で迷宮領主としての力を得て【樹木使い】の権能に目覚め、何年も争い続けてきた相手であったという。
「直接、本人と相対したわけではないが。奴の手勢には『枝魂兵団』という従徒の部隊がいる。【樹木使い】の眷属達との連携に慣れた奴らなら……あれらの"船"が複数の『たわみし偽獣』の集合体だとすれば、内部でそれなりに乗りこなしているかもしれない」
「――その割には、イータ達が余計な"生物"を狩っているみたいだけれどな」
時折、俺の腰の周りを鬱陶しく回っているぷるきゅぴ達が≪ぎゅぉーすげー≫だとか≪イータさんやっちゃえー!≫だとか、まるでアクション映画を見ている小学生のような緊張感の無い興奮した反応をしているが、存在すること自体が功績であるので思考の外に追いやることとする。
今、俺以上にリアルな感覚や情報を『哨戒班』の遊拐小鳥達から受け取っているらしいウーヌス達であるが――どうも「空を飛ぶ巨大な目玉や片耳」と突発的な空中戦を繰り広げているらしかった。
そしてそれらは、いずれも"船団"の内部から飛び立ってきたものであるという。
「テルミト伯の眷属、【飛来する目玉】と【羽搏きの片耳】だな。あれらの主な役割は"情報収集"だ、主殿の遊拐小鳥ならば負けることは無いだろう」
「昨日の怨敵であっても、利害が一致すれば手を結ぶ、か。【樹木使い】リッケルのところに有効な"飛行系"はいないんだったよな?」
「制空権では、終始テルミト伯が優勢だったからな。環境も環境だ、『たわみし偽獣』が模倣できるような大型の飛行生物は、テルミト伯の手によって寄せ付けられることはなかった、俺が知る限りはな」
「ということは、今はそうではないわけか……"次"があるとしたら、そこでは警戒する必要があるかな」
ソルファイドの分析通り、"船団"から飛び立ったらしい「目玉」と「片耳」達は、片っ端からイータ率いる遊拐小鳥達によって叩き落とされた。
数体を解析と検分のために、可能なら捕らえろと命じたが――【情報戦】対策はきっちり行われているらしく、敗れたり捕まりそうになった瞬間、この飛行する顔面パーツどもは自壊して細切れの肉塊に変わり、海面に落ちていったようであった。
「和解の決め手は、やはりリーデロットなのか。ル・ベリの母親が、そんなにテルミト伯とリッケルにとっては重要人物なんだな?」
「理由は異なるだろうが。主殿も知ってる通り、およそ謀の類に疎い俺の耳にも聴こえてくるほど、リッケルとリーデロットの愛憎は、テルミト伯の『メイド部隊』『執事部隊』の間では語り草になっていたからな。リッケルは、リーデロットのために挙兵したと言っても過言ではない。俺はそう聞いている」
≪……説明不足の赤ト、竜人に補足させていただきますれば、【人体使い】の"城"では奴に仕える者達は皆身体を改造され、生殖能力も奪われるとか。そうしますと、私は本来は――生まれるはずがなかった身となります。しかし、我が尊母は確かに私を、己の全てを注ぎ込んで産んだ、と言っていました≫
「なるほどな、それを見せられたら【人体使い】の名に賭けて、原因を特定したくなるのも道理かもしれないな。リーデロットの影を散らつかせれば、リッケルは最果ての島に来ることを優先するかもしれない、てところか」
≪きゅきゅ。でもソルファイドさんの従徒献上さんされた記憶さんだと、【人体使い】さんがリーデロットさんを調べろって言ったのは、ソルファイドさんがル・ベリさんを見ちゃう前きゅぴ?≫
ウーヌスが会話に割り込んでくる。彼らは俺と知識を共有している"副脳"であり――迷宮領主として知ることができる知識や情報についても、当然のこととしてアクセス権があるようであった。
「リーデロットが『最果て島』に流れ着いたことを知っていたか、そもそもそうなるように仕向けていたんだろうな。その辺りでも、かつてリッケルと何らか揉めたってところかもしれないな」
おそらく、テルミト伯の当初の目的は、最果て島の迷宮核の調査か獲得であったに違いない。ル・ベリが記憶していた、リーデロットの言動からすれば、リーデロット自身最果て島に迷宮核があることに気づいていたのだろう。
だが「船」さえ用意できれば"戦力"を最果ての島に上陸させられるならば、そもそもテルミト伯がそのような迂遠な方法を取る必要が無いと思われた。
最初に"船団"の報告を聞いた時は、それがどれぐらいの規模であるかと警戒もしたが――。
「まだ大丈夫だろう、主殿。あれでは足りないな。あれでは、多頭竜蛇の縄張りを超えることはできない」
ソルファイドの呟きに合わせて、沿岸域に警戒網を広げさせ、海流の乱れや海中の異変を注視させていた、突牙小魚達『潜水班』を率いるシータから急報が入る。
――最果ての島を己の庭とし縄張りとして外来者を"選別"する海の主たる"竜神"サマが動いたのである。だが、今回は俺のところまでの素通りを"黙認"はしなかったか。
迷宮領主、少なくとも【人体使い】と完全につるんでいるという最悪の可能性は無さそうであるとわかり、俺は警戒は緩めずとも緊急度合いは一段階下げた。そもそも、ソルファイドの時も、多頭竜蛇はまずは自分自身が戦って、それから判断していた。
その指針が変わっていないのであれば、あの"船団"の運命も同じものとなるだろう。
そう考えて、俺は即座に『潜水班』達に、更なる冒険的な調査を命≪やったぁ冒険さんだぁ!≫≪しー! イ、イェーデン、造物主様のお独り言に割り込んじゃだめぇ……!≫ ……あの恐ろしき巨大な海魔が、リッケルとテルミト伯が連合して送り込んだ"船団"に夢中になっている間に、沖の方までさらに泳ぎ出て、海域の調査――可能なら『海域図』の作成と、多頭竜蛇の反応範囲を探る好機であった。なので、その指揮と監視と情報分析は君達二人に任せよう、イェーデンにアインス君。
きゅぴきゅぴ鳴っている2体をアルファに言いつけて引き剥がさせる。
暴力の化身たる螺旋獣の何とも贅沢な使い方であるが……何故かきゃっきゃと楽しそうに他の4体もついていく。任せたアルファ。
「十中八九は威力偵察。こちらの反応と対応を文字通り見聞するのと、後は多頭竜蛇を抜くことができる戦力を調整するための小手調べ、てところか。対抗で、ソルファイド並の戦力を持った工作員を同じように送り込むことだな」
『哨戒班』のイータ達には、これから始まる多頭竜蛇の大暴れに巻き込まれないように散開し、班の誰かは生き残れるように十分な距離を取らせる。
ソルファイドが送り込まれた頃とは異なり――今や、最果て島はその全周の海岸部分も含めて、完全に【エイリアン使い】の戦力によって掌握している。同じ手は食わず、流れ着く少数の工作員があれば、即座に発見して『監視班』によって補足され『遊撃班』か『奇襲班』の襲来を受けることになるだろう。
この他に、大穴として残っている可能性があるとすれば、それこそウーヌスが言うような「変形合体」をあの"船団"が突如行って力技で多頭竜蛇を突破してしまう可能性であったが、リッケルとテルミト伯の完全な意味での和解を信じていない俺は、仮にそれを"船団"がするとしてもテルミト伯の見ていないところで、と考えていた。
つまり、今回は完全な様子見と威力偵察に終わるだろう。まだ、最果ての島までの上陸は無いと見てよい。ならば、俺がするべきは戦力を高め防衛体制をギリギリまで強化し続けることである。
そのため、多頭竜蛇や【樹木使い】の眷属達の戦闘分析という意味では『哨戒班』の目は残しつつも、俺自身はさっさと"迷宮経済"の方に意識を切り替えた。
こういう「切り替え」ができるのもまた、副脳蟲達が存在していることの有り難みだ。重要だがより重要な事柄に俺が意識を向けなければならない際に、その対応と分析と思考を任せることができる文字通りの"副脳"ということである。
切れ者のモノに多頭竜蛇の監視を任せ、俺は現在の"迷宮経済"の収支を確認する。
【迷宮経済】
■収入の頁
・総魔素収入 …… 約 7,770単位
・総命素収入 …… 約11,130単位
(詳細)
・魔素収入(迷宮核分)…… 約2,000単位
・魔素収入(領域定義)…… 約4,400単位
・魔素収集倍化 …… 効果:5%UP
・魔石収入(凝素茸分)…… 約1,050単位
<魔素収集5基>
・命素収入(迷宮核分)…… 約2,400単位
・命素収入(領域定義)…… 約5,200単位
・命素収集倍化 …… 効果:5%UP
・命石収入(凝素茸分)…… 約3,150単位
<命素収集15基>
■支出の頁
・総維持魔素 …… 約5,680単位
・総維持命素 …… 約9,209単位
・眷属維持コスト削減 …… 効果:3割カット
・凝素茸のコスト削減 …… 効果:12単位ずつカット
■収支の頁
・総魔素収支 …… 約2,090単位
・総命素収支 …… 約1,921単位
【現在の眷属数】※進化、胞化未完了を含む
・幼蟲……150体
・副脳蟲……6体
・労役蟲……120体
・揺卵嚢……15体
・代胎嚢……10体
・加冠嚢……1体
・浸潤嚢……1体
・凝素茸……20体
・触肢茸……25体
・走狗蟲……80体
・戦線獣……10体
・螺旋獣……2体
・城壁獣……1体
・噴酸蛆……15体
・爆酸蝸……1体
・隠身蛇……15体
・切裂蛇……1体
・縄首蛇……1体
・遊拐小鳥……10体
・突牙小魚……10体
結論から言えば、凝素茸による魔素と命素の収入改善が期待以上であった。
基本的な設定、サイズ2.0では、1日ごとに10個の魔石または命石が生産される。そしてそれらを魔素・命素に換算した場合、結晶1つで7単位、つまり1基で1日70単位の魔素または命素の生産となる。
他方、維持コストは1基あたり魔素60、命素60であり、ここに俺の技能である【眷属維持コスト削減】の3割カットが乗って魔素42、命素42であり、これだけでは1日の収支としてはむしろマイナスになってしまう。
しかし、凝素茸の系統技能には【消費魔素削減】【消費命素削減】と【凝魔素効率化】と【凝命素効率化】があり、特に後者の【効率化】技能は1点ごとに魔石・命石に含有される魔素・命素の量が20%も増大し、【削減】技能の方を効率から上回ることが検証の結果わかった。
このことから、俺は"魔素担当"は【凝魔素効率化】を、"命素担当"は【凝命素効率化】を最大の10レベルまであげて、さらに余った技能点は【削減】技能の方に振った。これにより、凝素茸を1基生み出すごとに、命素または魔素を1日あたり約200弱単位増やすことができるようになった。
これは維持コストの関係から、「第2世代」のエイリアン=ビーストならば1基で1日10体程度、「第3世代」であっても1日数体程度を養うことができることを意味している。
個体ごとの相性差や、圧倒的な個の力を持つような存在への備えは必要だろう。だが、同時に数の力という意味での基本的な戦力を整えるという意味で、『結晶畑』の構築が最優先事項となっていた。
≪ウーヌス、アン、ウーノ。お前達は改めて迷宮製作の指揮を執れ。休みは無しだ、『環状迷路』と『結晶畑』の拡張をとにかく急げ≫
≪お任せあれなのだきゅぴ!≫
≪なのだ~≫
≪わかりました、造物主様!≫
ソルファイド曰く、自治都市『潮幽霊のアモアス』の"幽霊船"の技術によって彼がテルミト伯より、最果て島まで送り込まれた航海日数は10日程度の距離であった。
ならば、リッケルの"木造船"が同等か、念の為多少優秀な船であると仮定しても、大陸の南南西岸からは7~8日程度の船旅であろう。テルミト伯の「情報収集用」の眷属が乗っていたことと合わせて考えれば、この威力偵察の第一陣が沈んだことはすぐにそれぞれの本拠地に伝わっていると見なければならない。
俺としては、できることであればもう2度、3度じっくりと多頭竜蛇と戯れてくれることを期待したかったが――早ければ、一週間後には主力が襲来してきてもおかしくはなかった。
ちょうど、俺が出てきたことで浸潤嚢が空いた今、稀少性のために解析に時間がかかる『因子』を、追加で新たに1つかできたら2つ、一気に解析するチャンス。そしてそれによって、新たな第3世代のエイリアン系統を追加で生み出すことができるギリギリの時間であった。
――備えるべきは、【人体使い】であるか、それとも【樹木使い】であるか。
もし【樹木使い】が主力としてやってくるならば、ソルファイドの目から見てもいささか「異常」に発達しすぎているらしいこの地上部の"森林"は、リッケルとその配下たる『枝魂兵団』、そして樹木系の魔獣の眷属達にとっては有利な地形であると言えた。
地上の開発が大幅に遅れること、生物資源を全て喪失することを決断できるならば、こちらには竜人がいることから――全て焼き払うという手もある。
だが、気になるのは、こちらに『火竜の末裔』たるソルファイドがいるということをリッケルもテルミト伯も知っているはずだ、ということであった。そして、ソルファイドは既に"傭兵"として、テルミト伯の尖兵としてリッケルからすれば相性が最悪の敵として、幾度となく対峙している存在である。
しかし、それでもなおその"樹木の迷宮"ごとソルファイドに焼き尽くされることなく戦い続けてきたということは、迷宮同士の争いにおける【相性戦】とは、「植物は火に弱い」といった単純な視点で語られることではないということだろう。
――まず、何らかの対策が用意されていると見て、警戒しすぎるということはない。
特に、相手がもしも俺を"新人"だとでも侮ってくれているのであれば――【樹木使い】を前面に出して、ソルファイドによって焼かせようと誘惑し、その裏を掻く、というような筋書きがあってもおかしいことではない。
そう考えれば、テルミト伯とリッケルの立場の違い、そして関係性。
どちらも執着があるとして、よりこの島に直接乗り込みたがっているのはどちらであるか、ということを考え、俺は【樹木使い】が少なくとも主力として乗り込んでくるだろうと決め打つことにした。
そして、だからこそソルファイドにこう命じる。
「なぁ、ソルファイド。温泉好き、風呂好きの竜人の歴史は長いんだろうが……ここは一つ、この防衛戦を乗り切るために、ちょっと"世にも珍しい"エイリアン風呂に浸かってきてはくれないか? あぁ、俺は大真面目だ。何ならお前のその二振りの『火竜骨の剣』と一緒に入っていいんだぞ。是非、そうしてみてくれ」
あえて、露骨に、わかりやすく【火】を使うと見せてやろう。
【樹木使い】を一気に倒すために、【火】を存分に活用するという誘いに乗ってみよう。
その上で、【人体使い】と【樹木使い】の反応を見てみようじゃないか。





