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0051 主の隣に這い寄る脳髄

【35日目】


 一炊の夢という言葉もあれば、胡蝶の夢という言葉もある。

 夢の中の俺は俺であって俺ではなく、しかし目を覚ましてみれば、俺は確かに俺として見聞き匂い触れて口の中に【闇世】の空気を噛みしめる俺自身を感じている。

 遠い記憶は急速に褪せていきつつも――久しぶりに「先輩」と会えた懐かしさがほんのりと胸に灯ると同時に、それを視られていた(・・・・・・)という嫌な感じへの警戒心が満ちる。


 だが、今の俺は【エイリアン使い】オーマである。

 【闇世】に招かれし『客人(まろうど)』にして迷宮領主(ダンジョンマスター)となった男であり、その務めを果たす必要がある。


 ――浸潤嚢からずるりと頭から、まるでもう一度胎児にでもなって生まれ落ち直したかのように、俺は吐き出されていたらしい。その俺を、いつの間にか【眷属心話】によって連絡を受けていた労役蟲(レイバー)達が集まり、ル・ベリがこしらえていた寝台の上へ運ぶ。

 その後、血相を変えてやってきたであろうル・ベリの指示で、労役蟲(レイバー)達が浸潤嚢(アナライザー)の"ぬめり"まみれの俺の全身を拭き、汚れを落として、ソルファイドに洗濯(・・)させていた俺の衣服を着させたらしかった。


 正直なところ、この世界(シースーア)に迷い込んでからも、しばらくの間、俺は実感(・・)が乏しかった。

 "現象"と役割を担い、再現するためには生命の理を冒涜的なまでに激しく変容させる俺の眷属(エイリアン)質の有様につけ、『2氏族競食』と『9氏族陥落』を通した小醜鬼(ゴブリン)種族の歴史を本質的な意味で終わらせてしまったことにつけ、怒涛のような日々の渦中にはあった。その中で適応し、また己自身を作り替えながら――邁進していく俺自身があった。


 だが、俺は理解している。

 そこで俺は何度、技能【強靭なる精神】や【欲望の解放】によって、己の中の己を押さえつけてきただろうか。

 だから、改めて、この世界に来てからもう一度、それも俺自身の権能を通して"生まれ落ち直した"ことが、俺にとってはきっと本当の意味で「この世界にやってきた」瞬間であったかもしれない。


 元の世界の俺を否定したり、忘れようとしているものではないのだ。

 むしろ今の俺こそは、オーマとしての俺こそは、その延長線上にあると言えた。


   ***


 俺が眠っていた間の"報告"は迅速に行われた。


 まず、眠っていた間に徹底的な"因子狩り"が進められ――【心眼】持ちのソルファイドもそれに加わった――因子の収集に難航していた海棲生物系のものも含め、浸潤嚢(アナライザー)での直接の【因子の解析(ジーン=アナライズ)】によって100%まで届くのに十分な分が集まった。

 特に、竜人(ドラグノス)ソルファイドが多頭竜蛇(ヒュドラ)との因縁を存分に活用して、その出現する位置や潜水している方角を悪くない精度で当て続け、その情報を共有することで、突牙小魚(ファングフィッシュ)シータ率いる『潜水班』の活動効率が増したことが大きい。


 浸潤嚢(アナライザー)自体は1基のみであったため、俺が解析(・・)されている間は、腐らぬように一部の代胎嚢(グロウキーパー)なども駆使されて、俺が起きた後にすぐ解析ができるよう、一箇所にまとめられていた。

 だが、これらを「今」次々に浸潤嚢(アナライザー)にぶち込むのは後回しである。

 "解析酔い"でぶっ倒れる前に、確認し、そして処理すべきことがいくつかあったからだ。

 俺は報告の吟味に戻る。


 次の報告は、ソルファイドが"温泉"を力技で作り出したというものであった。

 戯れの言葉ではあったが……竜人(ドラグノス)が「湯浴み」に独特の意味を見出し、それなりの拘りがあるというのは意外なことだった。ソルファイド曰く、竜人(ドラグノス)の始祖たる『天より下りし人となりし』クルグドゥウードの御代より続く由緒正しい伝統であるらしいが。

 ちょうど、最果ての島の地下を全て掘り抜くかの勢いで俺が『土木班』の労役蟲(レイバー)達をフル稼働させていることもあり、複数の小川と湧き水の箇所を合流させて"溜め"るための「建材」には事欠かなかったようである。


 ……肝心の「湯」自体は、ソルファイドが『火竜骨の双剣』を使って、ソルファイド自身が(まき)の役割を果たすという意味で「力技」であるが――本人が違和感を持っていないならば、今はそれでいいのかもしれない。有り難く、後でご相伴に預からせてもらうこととしよう。


 さらに特筆すべき報告としては、ル・ベリより、小醜鬼(ゴブリン)の資源化計画で重要な進展があったことが伝えられた。それは発想の転換とも言えたが――ル・ベリに、この世界の法則(ルール)である『種族経験点システム』について伝えたことが、奇貨となった形であった。

 確かに指摘されてみれば当然だが、代胎嚢(グロウキーパー)によって「肉体」だけ急激に成長させたとしても、それに伴う「経験」が無ければ……それは知性生物はおろか生物としても不完全なものであろう、と俺は感じた。


 喩えるならば、一般的に動物の「幼体」とは、「成体」と比べて頭でっかちでずんぐりとした体型であるが――それをそのまま拡大(・・)したら、ただの「大きな幼体」に過ぎない。そういう意味での"不気味の谷"だ。

 そしてル・ベリが、己の【弔いの魔眼】を悪用(・・)して、なるほど「死の経験」もまた「経験」には他ならないと言わんばかりの荒療治を行ったことには、目から鱗の思いである。


 いささか"廃棄"する個体が多いことが気にはなるが――適切な「栄養分」さえ与え続けるならば、種となる雄雌の(つがい)から次々に幼体を生産し続けること自体は現状でも可能。

 そこに、ル・ベリ自らの処置によって「死の経験」をマトリョーシカさせることで、肉体の急激な発育になんとか帳尻を合わせた「経験」を積み重ねさせることで、形成不全(なりそこない)を回避しつつ、ある程度の年齢まで小醜鬼(ゴブリン)を新たに"養殖"する目処が立ったといえる。


 ただし、難点が1つ。

 それは、このやり方ではル・ベリを『ゴブリン繁殖巣』に張り付け続けなければならない、ということである。

 島の地上部の開発もそうであるが、ル・ベリは高すぎる忠誠心……もとい俺への信仰心から、いささか俺の指示を絶対視しすぎる傾向はあるものの、頭の働き閃きもあり、事務能力と実務能力が高い。今後、彼に任せるべき事柄は増えていく。

 そうなった時に、たかが面白い資源(・・・・・)に過ぎない「奴隷小醜鬼」の品種改良に張り付け続けるのは、それはそれでもったいないことである。今はこれでやるにしても、何か別の代替手段が見つかれば、というところではあった。


 ――そして。

 俺が目覚めるのに合わせて、先に(・・)"進化"を終えて"名付き"としてのそれぞれの活動を行っていた、アルファ達が『性能評価室』まで、戻ってきており、その新しい「役割」を果たすための異様なる異貌を遺憾なく発揮して、俺の眼前に頭を垂れているのであった。


   ***


螺旋獣(ジャイロビースト)

 戦線獣(ブレイブビースト)であったアルファとデルタを"進化"させた「第3世代」の系統。

 『因子:強筋』にさらに『強筋』とおまけに『伸縮筋』をかけ合わせた――一言で言えば"筋肉の化け物"である。大抵の難問は、その強靭な筋肉で「なんとかする」ことができてしまうとまで言い切れるほどの圧倒的な説得力を持った図体、とでも言えばいいだろうか。


 ――だが、それは某パイルドライバー的な筋肉ダルマのような、縦にも横にも巨大化した、という意味ではない。


 確かに、図体だけで言えば、戦線獣(ブレイブビースト)を更に2回りは大きくさせた巨躯である。しかし、最も特徴的なのはその四肢である。螺旋獣(ジャイロビースト)の両腕と両足は、筋肉に筋肉を掛けあわせた結果、異様に発達して胴体よりも長く、そして激しくねじれて(・・・・)いるのである。

 さも、狂信的カルト集団に所属する彫刻家が、ギリシア=ローマ的な彫刻を作ろうとして"ちょっと間違った邪悪な電波"を受信してしまったかのような――「モンスター」的な意味で、もはや悪魔的としか言いようがないまでに洗練された「筋肉による造型の最適解(・・・)」を成す異様さだった。


 それは、単純に四肢を成す筋肉が「太い」、ということとは全く異なる。

 「圧倒的な暴力」という命題(役割)を達成する、ただそのために、長くしなやかなる四肢の"ねじれ筋肉"からは一切の無駄が削ぎ落とされており、鋼の糸を束ねた綱の如く。

 その"名"である『螺旋』を思わせる複雑な形状で、上腕と下腿を形成する筋肉が極太のバネの"知恵の輪"の如く複雑に絡み合い、さらに互いに引っ張り合い――常に異常な張力を蓄えている。ただ、そこにたたずんでいるだけでも、どんな方向にでも文字通り弾け飛び(・・・・)そうな爆発的な瞬発的暴力性を秘めた、凶悪なる"筋肉の凶獣"。

 まさに筋肉という命題(テーマ)において、暴力性と機能美という二つの思想を調和させることに成功したとすら言える、洗練されたフォルムそのものこそが螺旋獣(ジャイロビースト)であった。


 ……だが、そんな風に様変わりした姿となっても"名付き"としての個性の差が現れているから面白い。

 アルファは俺の第一の護衛として、全身をやや広げて身体を大きく見せようとする意思がラマルク的な肉体変化を指向させたか、やや戦線獣(ブレイブビースト)時代のように上半身が大きい。

 一方で、俺の"矛"たるデルタは、ソルファイドによって断たれた状態のまま再生した複雑な「四腕」がそのまま"ねじれ筋肉"となっており、刃物でも鈍器でもない「筋肉」という凶器の新ジャンルを開拓せんという威容となっているのであった。



城壁獣(フォートビースト)

 アルファが護衛であり、デルタが矛であるならば「盾」という言葉はむしろガンマにこそ相応しくなりつつある。その特性をさらに活かしてやるために、ガンマを進化させたのが『城壁獣(フォートビースト)』であった。


 その役割として求められるのはまさしく"壁"となることであるが――この系統は進化前の戦線獣(ブレイブビースト)時代の鈍重さを悪い意味で悪化させ、そしてそれを武器として特化させたような存在だと言えた。


 とにかくも見た目通りの重量級であり、そして特筆すべきなのが、『因子:硬殻』による分厚く重厚感のある皮甲に全身が(よろ)われている。頭部からは数本、角が突き出ていることもあり――その見た目は、喩えるならば二足歩行する(サイ)とゴホンヅノカブトを足して2で割り忘れた(・・・)かのような姿。

 身長では螺旋獣(ジャイロビースト)より頭一つ分低いが、横綱級に横にも大きい巨躯を誇っていた。


 素人目にも、たとえ洞窟全体が落盤してもけろりと生存しそうなほどの頑丈さであると確信できたが、城壁獣(フォートビースト)の"耐久性"はそんなものではない。

 なんと、その戦線獣(ブレイブビースト)時代の両腕よりも太く発達した「犀の足」の(あしゆび)はアンカー状となっており、歩く度に地面を掴み抉るようにめり込むのである。そしてそれは、硬い地盤の上で踏ん張る(・・・・)ためのもの。


 この「盾」は、単純な衝突(・・)勝負であれば螺旋獣(ジャイロビースト)ですら受け止めるだろう――などと考えていると、デルタが俺の意を察しすぎたのか、悪魔的クラウチングスタートの姿勢を取り始めたので「後にしろ後だ後、後」と手を振ってやめさせたが。



爆酸蝸(アシッドスネイル)

 鈍重な"巨大足無しカバ芋虫"とでも命名できそうな存在である噴酸蛆(アシッドマゴット)のベータであったが、丸々とした身体を丸太のように横回転させるという意味不明な移動法を習得した。

 そしてそれが影響したかはわからないが、結果的に、そんなベータの進化先として選んだ『爆酸蝸(アシッドスネイル)』はハマり(・・・)系統だった。


 進化組の"名付き"達の中では、進化に必要な魔素も命素も時間ももっとも少なかったため、最初に目覚めて島中を爆走(・・)していたベータであったが――コストがリーズナブルであった分、その見た目も体格も非常にコンパクトにはなっている。

 噴酸蛆の頃からは考えられないぐらいその「本体」は縮み(・・)、その姿は労役蟲(レイバー)と変わらない程度のサイズの、ずんぐりとした甲虫のような姿のエイリアンであった。口元は相変わらずの「エイリアン的十字牙顎」であったが……しかし、その「全長」は、噴酸蛆と同等以上と言えるほど大きい。


 どういうことかというと、爆酸蝸(アシッドスネイル)には本体以外の部分――「(かたつむり)」の名に違わず、その背中にはアンモナイトとソフトクリームの中間を思わせる見事な「巨大殻」を生やして背負っていたのである。

 その大きさは実に本体の十数倍ものサイズ。

 ――そして「爆酸」と書いて「アシッド」と読ませることからも想像できた通り、この"殻"は爆破する上に、中に詰まっているのは、進化前の噴酸蛆(アシッドマゴット)の「酸爆弾」数発分もの大量の『強酸』であった。


 だが、爆酸蝸(アシッドスネイル)の真骨頂はここから。

 この系統は単なる自爆特攻兵(スーサイド=ボマー)などではなく――なんと「爆酸殻」はベータ自身の意思で背中から「切り離す」ことができ、しかもある程度の指向性を与えて炸裂させることが可能。

 そうした「指向性炸裂」を利用することで、何が起きるかというと、自分自身を巻き込まず(・・・・・)に"爆酸"することができ、しかもその際に『因子:汽泉』の噴射効果によって"殻"が炸裂した衝撃を利用し、本体であるコンパクトな胴体を爆発とは反対側でふっ飛ばして迅速に戦線離脱をすることができる。


 つまり「自爆特攻兵」ではなく「奇襲爆撃兵(アンブッシュ=ボマー)」というわけである。

 再利用(・・・)が可能であり、無事に逃げ果せた後は、また魔素や命素などを消費しながら"爆散殻"を再生させてリロード完了、という塩梅。


 ……しかも、本来は噴酸蛆(アシッドマゴット)よりも多少マシという程度の移動能力しか無いようであったが、ベータの場合、彼の特技とも言える「回転移動」に加えて【黒き神】の加護による限定的な空間跳躍能力を有しており、加えてその際の全身への打撲や裂傷といった"反動"について――爆酸蝸(アシッドスネイル)の爆風や衝撃に対する高い耐性から、ほとんど影響を受けなくなっていたのであった。

 これによりベータは、安全圏から"爆酸殻"を空間転移で放り込み、しかも本体は回転爆走によって逃げ去るという、迎撃する側からしたら悪夢としか思えないヒット・アンド・アウェイ型の頼れる"名付き"の眷属(ファミリア)となったのであった。



縄首蛇(ラッソースネーク)

 『連星』の連携を誇る3兄弟であるゼータのエイリアン系統である隠身蛇(クロークスネーク)の「第3世代」の進化先は2種類選択肢があったが――"連携"を考えて『縄首蛇(ラッソースネーク)』を選んだ。


 その姿は、蛇体部分の下半身が倍以上(・・・)に伸びてとにかく長く長くまるで(ロープ)のようになった以外は、大きくは変化していない。

 しかし、その"体勢"には、大きな変化があった。

 縄首蛇(ラッソースネーク)は上半身と蛇体の半ばまでを腹這いさせるような姿勢となり――そしてその十二分すぎるほどによくしなる長い蛇尾を、まるで(サソリ)の尾のように、背中をエビ反らせたシャチホコのように頭上にもたげて構えたような体勢であった。


 かつての隠身蛇(クロークスネーク)時代の武器であり、登攀道具であった鎌爪はほとんど"肢"の機能を果たすようになり、両鎌と腹を使ってズズズと移動する。

 ――そして、特徴的なのはその攻撃手段である。

 頭上に大上段で構えた「蛇尾」を、まるで"投げ縄(ラッソー)"のように振り回して前方へ鋭く放り突き出すのである。その際に『因子:伸縮筋』の効果が遺憾なく発揮されており、伸縮する「投げ縄」は7、8メートルと蛇体の見た目の倍以上も伸張している。

 そして首尾よく狙った標的に絡みつけば――そのまま、さながら"釣り師"の如く、一気に手元まで引き寄せるのである。


 なお、進化前の擬態系の技能(スキル)は継承技能ではなく系統技能として引き継がれており、さらに上位技能が派生している。周囲の景色に溶け込み、気配すらをも消し、必要があれば30分は無呼吸になり、オマケにある程度自らの意識で体温すら操作可能で、隠密性が増している。

 その状態で、標的が付近へ現れるや、瞬速の「拉致術」によって伸縮する尾を繰り出し、相手が動物ならば的確に頭部を絡め取る。これが限りなく無音であることも恐怖であるが……伸ばしきられた『伸縮筋』であることから、巻き付く際に伸縮が戻ろうとする力で、蛇尾がメリメリと標的に食い込むようにして強く絡みつき、摩擦力が働いて容易には外せなくなる。


 間違いなく、初見で顔面に巻き付かれた場合、大抵の標的はパニック状態になるであろう。

 拉致にも暗殺にも向いた能力であるが――それは迷宮外での集団戦闘に向いていない、という意味ではない。敵集団の中に混じる厄介な後衛や、周囲に影響を与える強化役(バッファー)といった存在を、ピンポイントで自陣(こちら)に「拉致」してしまうことができる。

 またその反対に、前へ出すぎて孤立した味方や、負傷して動けなくなった味方を迅速に「回収」することもできる。『連星』の連携能力を持ち、さらに"仲間"を護るという視点を得たゼータとのシナジーは、非常に高いと言えるだろう。



切裂き蛇(リッパースネーク)

 同じ隠身蛇(クロークスネーク)でありながら、より攻撃的な個性を得て"名付き"となったイオータを、名前からしてもあきらかにらしい(・・・)存在だと言える『切裂き蛇(リッパースネーク)』に進化させた。


 なお、進化に新たに必要となった因子は『強機動』であったが、縄首蛇(ラッソースネーク)とは異なり、進化前の隠密性は薄れてしまった。

 だが、代わりに純然たる戦闘系の能力が開花したエイリアン系統である。

 隠身蛇(クロークスネーク)が、その見た目は柳のようにくねくねしていたのと比べると、切裂き蛇(リッパースネーク)はまるで抜き放たれたナイフのような、刃物的な鋭利さを感じさせる形態である。両腕の「鎌」は、もはや登攀道具ではなく正しい意味での「斬撃武器」として、命を刈り取る形とでも言うべき血に飢えた鋭利さを誇っていた。


 ただし、登攀能力は衰えたわけではない。

 むしろ進化前以上に、鋭く鋭利な全身からは細かな突起が突き出しており、鎌に頼らずに(・・・・・・)壁に引っ掛けて天井だろうが這い進むことができるようになっていた。

 無論、それは「鎌」を「斬撃武器」として存分に活用するための"進化"ということだろう。

 切裂き蛇(リッパースネーク)の真価はなんといっても、『因子:強機動』の恩恵による、全身をバネのように使った瞬速の一撃で確実に標的の急所を切り裂くアサシンじみた戦闘スタイルだろう。その精度と凶器度合いは隠身蛇(クロークスネーク)の比ではなく、隠密能力を捨てて暗殺能力を高めたとも言える。


 しかし、正面からの打ち合いが苦手というわけではない。

 『因子:強機動』により、両腕の鋭い鎌によって熟練の剣士が相手でも切り結ぶことができ、また斬撃が通らない重装甲の相手であったとしても――"回避盾"としての運用が期待できる程度には、少なくとも閉所での敏捷性は走狗蟲(ランナー)を超える潜在力を見せた。

 "名付き"の末席であるイオータの称号【嗜戮の舞い手】とも相性は良い、と言えるだろう。


   ***


 さて。

 それではいよいよ本題だ。


 俺は、自分が這い出てきた浸潤嚢(アナライザー)の周囲に、いつの間にか(・・・・・・)6つできていた『エイリアン=スポア(肉塊の蛹)』に目をやる。

 ――"進化"を命じた記憶は無かった。


 そう、記憶は無いのである。

 しかし、ル・ベリの証言によれば、俺が浸潤嚢(アナライザー)の中にいた6日間で、同じ時刻に毎日1体ずつ、新たな幼蟲(ラルヴァ)が呼び寄せられ――その場で浸潤嚢(アナライザー)から発せられた俺からの指令によって、次々と"進化"し始めたのであった。


 しかし(・・・)、6つのエイリアン=スポアはその全てが、もう進化完了の時間はとっくに経過しているにも関わらず、今もなお、まるで俺に声をかけられることを待っているかのように――小刻みに蠢きながら、佇んでいた。

 この系統、いや、この6体(・・・・)は、同じエイリアンの中でも何かが根本的に違う。

 そんな天啓にも近い直感が、俺の中で渦巻いていた。


 『副脳蟲(ブレイン)』。

 増大するエイリアン達の数に比例して指数関数的に増大する【眷属心話(ファミリアテレパス)】の負担と、それによる俺自身の情報処理能力の疲弊を、押し付けることができ、迷宮(ダンジョン)の管理を任せて補助してもらうことができる存在。


 ――「第3世代」が新たに誕生して。

 新たなる「役割」を果たすために激しくかつ冒涜的に肉体を変異変容させ、進化前の姿からもまた生物的にまた一段階、それぞれ(・・・・)の方向に多様に"進化"した彼らは、たとえ"名付き"であってもその『エイリアン語』がさらに難解なものと成り果てていた。

 「世代」が進むごとに、『エイリアン語』が複雑化する――薄々感じていた"制約要因"であったが、しかし、ならば尚更のこと、それを間で"仲介"してくれる「エイリアン」にして俺の分身(・・・・)たる存在こそが、俺の【エイリアン使い】としての新たなる起爆剤となってくれるだろう。


 副脳蟲(彼ら)が、この6体(・・・・)は、俺の回想の微睡みの中から俺の心を写し取って現れた存在である。そう確信できる、迷宮領主(ダンジョンマスター)眷属(ファミリア)のそれ以上のものである、そんな不思議な繋がりを俺は感じていた。


 そして。

 副脳蟲(ブレイン)は、進化系統図の上では「第1世代」である。

 そのことが意味するのは、労役蟲(レイバー)走狗蟲(ランナー)とはまた異なる系列へと"分岐"していくということである。


 走狗蟲(ランナー)が各種の「戦闘」型エイリアンの進化元となり。

 労役蟲(レイバー)が各種の「施設」(ファンガル)型エイリアンの進化元となったように。


「さぁ、今こそ起きろ、俺の分身達。お前達を、俺は待っていた」


 "名付き"達と、ル・ベリと遅れてやってきたソルファイドが静かに俺の一挙手一投足を見守る中で、俺は万感を込めてそう告げる。

 そして、次の瞬間。


 まるで正しく予定調和された贈り花のように、俺の前で今まさに孵化の時を待っていた雛であるかのような6体の副脳蟲(ブレイン)のエイリアン=スポア達が、次々にべりぐちょぬちゃぁと冒涜的な肉裂け音と共に満開に花開いて、その中から文字通りのバカデカイ脳みそが6体(・・)、次々にぐずりぬちょじゅるるぁとエイリアン体液にまみれながら這いずり出てきたのであった。


「……うん?」


 思わず俺は首を傾げた。

 ――思わず反射的に【強靭なる精神】に技能点を振ってしまうところだったが……なんとか、思いとどまった。


 そして俺は思考が固まったかのように戸惑っていた。

 そのあんまりな造型に、度肝を抜かれたからである。

 副脳蟲(ブレイン)は……なんと言うべきか、『十字牙顎』をしつつも「でっかい頭」をした小型哺乳類である、みたいな、そんな感じの俺の「想像(期待)」とは――いささか(・・・・)異なる姿形をしていた。


 何本もの触手が肢みたいに生えた"脳みそ"である。

 誰がどう見ても文句なしの"脳みそ"が6体、押し合いへし合い、ずるずると這っていた。


「いや、俺は正気だ、俺は正気だぞオーマ。あぁ、大丈夫だル・ベリ、俺は全然、もっと恐ろしいものの片鱗なんぞ味わっちゃいない、目の前の事実を淡々と述べているだけだぞ」


 でかい。

 人間の小学生ぐらいの大きさはある巨大な脳みそが、脳みそにはあるはずのない触手達をぷるぷる必死に動かしながら、俺の元まで這い寄ってくる。それと全く同じ速度で、俺も後ずさり、一定の距離を保ったまま無言で観察を続ける。


(なんだ? 『副脳』ってもしかして本当に(・・・)そういう意味なのかよ。なんでこいつらだけ「名が体を表す」が文字通り(・・・・)なんだ? ……は? え?)


 それだけではない。

 下半身、というよりは「下半分」と言うべきか。

 この6体の這い寄る脳みそどもは――なんと割れた頭蓋骨の天蓋部分かと思しき謎の殻を"おむつ"みたいに穿いて(・・・)いるのである。

 そして、必死にぷるぷる震わせながら這い回るのに使っている、その肢の役割を果たしているのであろう複数の触手は、この狂気の"頭蓋骨型おむつ"の亀裂からはみ出るようにして生えていたのである……つまり"肢"として造形されたものでは、ない。

 触手と木の根の中間的肉塊であり、大きさどころか太さもバラバラ。

 いや、その体(頭)(ボディ)を支えきれず、ずるずる引きずられる様は、土左衛門の頭部に海草だかが絡まったと言われた方がまだ納得できる、という異常なまでの頼り無さであった。


 だというのに、だというのに――。

 じわじわと俺ににじり寄るように迫り這いずりながら、その"頭蓋骨型おむつからはみ出た海草もどき"どもが、まるで生まれたての子鹿のような頼りなさで、ぷるぷる、ぷるぷるぷるぷる、ぷるぷるるんと蠕動しているのである――。


「それでもお前、やっぱりそれが"肢"のつもりだとでも言うのかよ!?」


 ぷるぷる、ぷるぷる。

 ぷるるるん、ぷるぷるるるんるんるん。


 と、何かとても純粋で邪悪な電波のようなものに()てられた気がして、俺は後ずさりながらも、思わず全力で首を左右に振った。


 "剥き出しの脳みそ"たる上半分は、かつて医療ドキュメンタリーなどで見たことがある、リアルな人間の頭の中に入っているそれそのままに。薄ピンク色の、人間で言うと「頬」に当たる部分が――俺は自分でも何を言っているのかわからないのだが――その部分が、まるで顔文字で「(////)」と表現されるかのように朱に染まった(・・・・・・)のである。


 馬鹿な、頬を朱に染めるだと!?


 なんなんだ……この生物(なまもの)は。

 目も耳も鼻も無いにも関わらずどうやって頬を朱に染めているというのか。


 思考と口から出る言葉と「心話」がごちゃ混ぜの状態で、俺は、あぁ、ものの見事に『肥大脳』だなぁと現実逃避のように混乱する。


(何なんだ、この全身ヘッドショット生物は……いくら"肥大"ったって限度があるだろ)


 "頭蓋骨型おむつ"を穿き、そのひび割れた隙間から海草のように貧弱で頼りない「肢」と主張するぷるぷるを震わせて這い寄り、しかも何故か「頬を染めている」小学生ぐらいの大きさはあるリアル脳みそ。


「お前達が、俺の"分身"かぁ。俺の迷宮(ダンジョン)の起爆剤、かぁ」


 ようやく理性が追いついてきて、心の動揺が鎮まってくる。

 俺は意を決して後ずさりを止め、頬を引くつかせながら腰をかがめて6体の這い寄る生物(なまもの)を、改めてしげしげと眺めた。


「「「きゅぴぃ!」」」


 おい待てちょっと待て。

 お前ら今どこから声を出した。

読んでいただき、ありがとうございます。

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できる限り、毎日更新を頑張っていきます。

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また、次回もどうぞお楽しみください。

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