0045 記憶の傷痕と追憶の轍[視点:その他]
時計盤に見立てられる【闇世】のただ一つの"大陸"は7時の方角。
中央から海岸に向けて、乳液冷菓をスプーンで真っ直ぐに抉り取ったかのような、あるいは直進する氷河によって深く削り取られたかのような"回廊"地帯。
ハルラーシ回廊と呼ばれる一大地形を成すこの地の「底面」には、迷宮領主達の直接の支配を受けない【闇世】の民らが『自治都市』を形成し、大陸全体でも最大の人口密集ベルトとなっている。
しかしそれは、迷宮の諸勢力の侵入と無縁であることを意味しない。
『九大神』のその身を削った加護篤き世界であれども、強引に解釈された自然法則や現象の諸属性の歪みは災厄や極端な環境を生み出し、自治都市間にそうした小地帯が斑のように点在、偏在することも珍しくはない。
――そしてその中に、迷宮領主の勢力が浸透することもまた、常ではなくとも稀という訳でもない。
ハルラーシ回廊の西側の絶壁山脈の南西端麓に位置する【鎖れる肉の数珠れ城】から、ごく一般的な魔人族であれば7日の距離。
ハルラーシの西の壁をなす山脈を背に、周囲を覆う森林と一体となったかのような自治都市『花盛りのカルスポー』がある。そしてそのカルスポーを見下ろす"西の壁"の上方に、その迷宮は存在していた。
それは、ぼっかりとまるで瘡蓋のように『ハルラーシの西壁』の中頃の位置に、へばりつくようにして存在する鬱蒼とした密林である。
見下ろす位置にある『花盛りのカルスポー』周囲の森林とは、同種と異種の植物相が入り乱れつつ――そのいずれもが根と枝を絡み合わせて、まるで一つの巨大なドーム状の籠を形成する「壁面樹海」であった。
急峻を通り越した断崖であり、尋常の生物の侵入を拒むハルラーシの絶壁山脈にあって、西壁は東壁と比較してそのような植物相による侵入が疎らであり――遠目に見れば瘡蓋のように見える「壁面樹海」は、迷宮の常として周囲からは浮いており、初めて見る者は遠近感がうまく掴めずにその領域を実際の広大さよりも少なく見積もってしまうだろう。
しかし、この地こそは副伯たる【樹木使い】リッケルの文字通りの"根城"であり、彼が元の主であった【人体使い】に反旗を翻してから、何年も何年も抗い続け、争い続ける反逆の根拠地でもあった。
その名を【疵に枝垂れる傷みの巣】という。
その"巣"の内部、入り組んだ絡繰細工のような、生物の血管と神経の絡みつきを思わせるような「枝の道」を深部まで潜った一角。
【樹木使い】らしく枝葉が緊密に絡み合い、圧密されるほどに圧着することで内部の床や壁や天井が形成され、通路や各部屋は形成されていたが――その中に、床に巨大な「穴」が空いた部屋があった。
事故や他勢力の攻撃によるものではない。『墜落の間』と呼ばれるその部屋の床の央には、中型の魔獣が通ることのできる程度の大穴が開いている。そしてその真下は、鬱蒼とひしめく樹木の塊に遮られることなく、垂直直下、遥か下方の大地まで吹き抜けていた。
飛行能力か、またはハルラーシの西壁に取り付く能の無い者が足を踏み外そうものならば、真っ逆さまに墜死する他は無い。
スパイの処刑に使われる"処刑場"系の施設であったが――近年は【疵に枝垂れる傷みの巣】に敵対する者が"正面"から攻め込む際に、入り口扱いされる区画でもあった。
そんな「処刑穴」から数メートル離れ、背後の通路への入り口をなす「葉脈の隠し壁」の前に一人佇み、目の下に重度の隈を作った長髪の青年こそが、副伯リッケルである。
対し、今まさに「処刑穴」から巨人種の掌をそのままもぎ取ったかのような、手の甲と五指だけで這い回る存在――【人体使い】の眷属たる【踊り狂う五指】が現れる。その恭しく掲げられた掌上で、背中の後ろで手を組んで傲慢に立ち、左右に魔性の秀麗を誇る「メイド」の少女と「執事」の少年を控えさせるは【人体使い】テルミト伯であった。
宿敵同士の邂逅。
反逆の首魁を前にしたテルミト伯は、薄笑いを浮かべつつその「眼」だけは笑っておらず。
最愛の人の仇たる怨敵を前にした【樹木使い】リッケルもまた、困ったような苦笑いを浮かべつつもその隈だらけの双眸から憎悪の念を消すことはない。
しかし、この日ばかりは両者の間には、敵意と不審はあれども、ただちに手勢を差し向けて殺し合うような殺意は無い。テルミト伯は数週間ぶりの"正面攻撃"ではなく「会合」に訪れており、リッケルもまた、先触れによって元主人からの――彼にとって決して無視することのできない贈り物を受け取っていたからである。
不測の事態に備え「隠し壁」の後ろには、重武装をさせた『花盛りのカルスポー』出身の従徒たる側近達が控えている。加えて、テルミト伯の【踊り狂う五指】を抑えるための大型の眷属をまた多数、「処刑穴」の外側の樹木の迷宮の中に擬態させて潜ませてはいた。
それでも、リッケルは――元主人たるテルミト伯がついに折れた可能性もその脳裏をよぎっており、そのためにこの「会合」を受け入れたのである。
「……やぁ、若。久しいね、本当に久しい。こうして顔を合わせるのは何年ぶりだろうか。今日は、最近のお気に入りだったあの竜人の彼はいないのかい?」
「慎め、失敗作。この身は【人体使い】の正当なる継承者、どの口で私を"若"呼ばわりするか。この程度の枯れ枝の束など、明日にでも全て焼き払うことができることを忘れるな」
「あぁ、あぁ、それは怖いな、"若"。でも、その割には連れてきた眷属が少ないんじゃないかな? 彼らの脂じゃ、ちょっと可燃剤としては足りないかな。火遊びがしたいなら他所でやってほしいよ」
「貴様こそ、このまま大陸の果て、海の向こう側まで消え去ってくれるなら、積み重ねた忘恩を特別に忘れてやってもよいのだが……これでは何のために【蟲使い】を遠ざけたのかわかったものではない。よりにもよって貴様のために、この私が労を取るとは、本当にこの世の中は馬鹿げているとは思わないか?」
「あぁ、そうか、ワーウェール君がここ数日大人しかったのは、そういう理由だったんだね。"若"の本気度がちょっとは伝わってくるよ、あの執念深かった"若"がなぁ。全てを失ったと思ったし、世界が枯れ色になって何もやる気が起きなかった気になっていたけれど。生きてみるものだね、ほんと」
ハルラーシ回廊の『自治都市』への"影響力"を高めるために手分けをしていた、テルミト伯ら"励界派"の内、【相性戦】という観点から『花盛りのカルスポー』の攻略を任されていたのは【蟲使い】ワーウェールであった。
しかしそれは、テルミト伯への反逆戦争の狼煙を上げた【樹木使い】リッケルがカルスポーと同盟関係を結んで、わざわざその至近に迷宮を形成するにあたり、泥沼化の様相を呈する。テルミト伯にとって、リッケルは直ちにでも縊り殺したい裏切り者であると同時に【人体使い】の矜持に賭けて存在を認められぬ"先代の失敗作"であったが――彼の「後ろ盾」が問題であった。
大公たる【幻獣使い】は、その権能の性質上"励界派"とは「回廊諸都市」に影響力を行使しようとする競合相手である。しかし同時に、この強大なる大公への対応方針を巡って【傀儡使い】との間で真っ二つに対立する原因たる存在でもある。
――【幻獣使い】グエスベェレ大公こそが、追放して横死するように仕向けたはずのリッケルに迷宮核をあてがって【樹木使い】と成した、テルミト伯に起死回生の反逆戦争を始めさせた後援者であったのだ。
「反」グエスベェレ派としても、テルミト伯にはリッケルに譲歩をすることができぬ立場があったわけである。
しかし。
「ふふふ、ふふふふふ……うくふふふふふ……」
大地に向かって拡がる「処刑穴」を除いては、風らしい風が通り過ぎることのできる隙間も無いはずの『墜落の間』に、どこからともなく風が吹く。その風に乗った"笑い声"に、テルミト伯が目を細めて不快さの色を浮かべながらも、メイドの少女ゼイレが優雅な所作で取り出した銀糸の刺繍が編まれたハンカチを口と鼻に当てる。
一方で――予期せぬ闖入者の登場に驚いたリッケルは思わず口をぽかんと開け――次の瞬間には鉄錆のような、口の中に砂利が入り込んだような感触に気づき、激しく噎せて口腔内の"錆び"をまとめて吐き出した。
「やぁやぁ! 主従とも仲良く歓談についているかい? 【人体】クンに【樹木】クン。およそ、人とは誰しもその本分に従って労を厭わないのだろうけれど、その中でも特に働き者であるこの僕の労をいたわっておくれよ」
その場に吹いた一陣の異風は、ただの風ではない。
とある迷宮の『仕掛け』たる『錆び風』であった。
口の中の"錆び"を全て吐き出し、テルミト伯と同じように適当な布を取り出して口と鼻を覆い、元主人に向き直ったリッケルであったが――声の主がいつの間にか『墜落の間』の隅に現れていることに気づいて、驚きの声を上げる。
「これは驚いた。まさか上級伯、【鉄使い】のフェネス殿なのか? 麗しき【闇世】随一の陰謀家ともあろう方が……こんな、場末もいいところの迷宮抗争に介入するだなんてね」
「はっはっは! 君のような小童にまで知られているとなると、ちょっと、僕は名前を売り過ぎてしまったかな? どう思う、テルミトクン」
触れた金属、特に鉄や銅、銀といった鉱物を"錆び"させる風は、それが通じる相手には致命的なまでに通じるものであるが、【樹木使い】として植物をその迷宮の基礎とするリッケルには、嫌がらせレベルのものでしかない。
押し固められた枝と根の塊の壁によりかかり、浮浪者のようなツギハギの長衣をまとったフェネス。彼は――有り体に言えば「醜い」顔をした男であったが、特にその双眸のアンバランスさが、見る者に決して忘れられない強烈な印象を与える男であった。
まるでそばかすのような"染み"にまみれ、ほとんど閉じているような濁った左目。
そして、まぶたすら切れてしまうかのようにギョロギョロと見開かれた血走った右目。
道化のような口調とは裏腹に、決して油断を見せぬ鋭い双眸が、テルミト伯とリッケルに交互に向けられていた。
「貴方は単なる"見届け役"という約束だったはずですが、フェネス上級伯」
「これでもこっちの目玉は使い物にならなくてねぇ! 見届けるとは言ったが口まで閉じていると言った覚えは無い。あんまりにも口さみしいから、ちょっと吹いてみたのさ――君達があんまりにも仲が良すぎるからね、これでも忙しい身なんだ……だから、早く本題に入るといいよ、それがいい」
フェネスの血走った眇眼がギョロリとせわしなく双方に向けられる。
テルミト伯は肩をすくめ、リッケルに目をやった。話を切り出すのはお前である、と言わんばかりであり――外の者への慇懃無礼さと裏腹に、"身内"に対しては意図を察するのが当然であると言わんばかりの傍若無人さを示す。
不倶戴天の怨敵同士となったにも関わらず――この会合で終始、テルミト伯はその部分での態度だけは変わっていないことが、リッケルにはどうして、おかしくも懐かしいことであった。
故に、彼は今でもテルミト伯を「若」と呼んでしまう。
あれほど抱き続けてきた敵意と殺意はどこへやら、毒が抜かれたような心地をリッケルは感じていた。
「……正直、これを若から送られた時は、口から心臓を吐き出すかと思ったよ。若、これは本当に本物であると、信じて良いんだよね?」
「心臓ごと迷宮核も吐き出してくれれば色々と楽だったんだが。失敗作、貴様を釣り出すために私が策を弄するまでもない。だが、事態が急変してこうして"使い道"ができたから、そこの片目の蝙蝠にも話を通して、こうして来てやったわけだ」
リッケルが手元から取り出した、掌大の半透明の結晶板。
それはテルミト伯から会談の先触れと共に渡された"贈り物"であり――そこには、テルミト伯が竜人ソルファイドの「眼」から盗み見た光景の一部、リーデロットの息子と思われる魔人の青年の姿をありありと映し出した、十数秒間の映像が収められていた。
「リーデロットが、生きていた……僕の愛しい、大切なリーデロットが、生きていた……生きて、そして子を成していた……はは、はははは」
リッケルの疲れたような笑い声が、徐々に大きくなっていく。
それはかつて彼が、リーデロットの後を追って逃げた時から、そしてテルミト伯に対して反逆の策動を始めた時から、ずっと抱え続けて押さえつけてきたものが解き放たれたかのような、爆発するような哄笑であった。
「若。これがどういう意味か――」
「言うな、黙れ。草食動物に成り下がった緑臭いその舌を引っ込ませろ。私は、貴様に言われずとも、全部わかっている。失敗作のお前に言われるのは虫唾が走るから、黙っていろ」
異なる意味で感情を爆発させているのは、テルミト伯もまた同じであることに気づく。
改めて、毒気を抜かれた思いがしたリッケルは、まるでかつてリッケルが知っている"若"と接していた日々に戻ったかのように感じて、生暖かい眼差しをテルミト伯に向ける。
――皆までは言うまい。
リッケルも、リーデロットも、【人体使い】に囚われて仕える従徒は、その身体を徹底的に改造されることとなる。そしてその中には――"生殖機能を奪われる"ということも含まれていた。
リーデロットは子を成すことができないはずであった。
リッケルもまた同様に。
だが、かつてはテルミト伯と並んで継承者候補でもあったリッケル自身の【人体使い】の権能に対する造詣から――そしてテルミト伯の態度から、結晶板に映し出される青年は、リーデロットをそのまま性別だけ男に変えたような生き写しの姿であると、見れば見るほど疑念を挟む余地が無い。
それはすなわち、リーデロットが不可能を可能にしたということであった。
テルミト伯が【人体使い】として認めることのできる事象ではないだろう。
(何度も何度も、僕とリーデロットは試した。何度も試してきたんだ……たとえ、他に行く宛がなくて【人体使い】に囚われてしまった従徒であっても、それでも僕らは『人』であるはずだった)
病的なまでに青白い顔をした、目の下に深く隈が刻まれた迷宮領主であるリッケルは、リーデロットを深く愛していた。それは一人の女性としてであると同時に――境遇を同じくし、そして、志を同じくする同志として。
(あの二人もまた、そうだろうね)
リッケルの眼差しはテルミト伯の左右に侍る、メイドの少女エネムと執事の少年ゼイレに向けられる。
"生殖機能を奪う"ということからも明らかな通り、歴代の【人体使い】が抱える使命とその業は深い。結果的に、テルミト伯もまた先代と同じく、人が生物として次の世代を育む営みに対して冷笑的である。
だからこそ、テルミト伯は気づかない。
エネムとゼイレの間にどのような感情と絆があるか、それが芽生えているかを――リッケルは、かつての己とリーデロットを重ねる思いで見ていた。そしてそれに気づいた素振りを見せつつも、凍れる美貌の、まるで双子のように瓜二つの少年少女は、感情を悟られぬようにするための曖昧な微笑を浮かべたのみである。
「失敗作の貴様に改めてチャンスを与えてやるということだ。【幻獣使い】と手を切ること、そして『最果ての島』に攻め込み、迷宮核を確保すること。そして、そのリーデロットの息子とかいう、常識の埒外にある存在を捕らえて来ること。それができれば、業腹だが、貴様の帰参を特別に認めてやろう……後で詳細を伝えるが、あの島には迷宮領主が誕生している。そいつを殺すか、または下すのだ」
「若、わかっているとは思うけれど多頭竜蛇はどうするつもり……あぁ、そうか。そういうことか」
一方的に要求をまくし立てるテルミト伯に、ついかつての"傅役"としての態度で嗜めようとしてしまう。しかし、話が多頭竜蛇の段に至って――ようやくリッケルは【鉄使い】が、界巫の懐刀たるフェネス上級伯がこの場にいる意味を理解した。
そしてその念が凝視に込められていることに、フェネスもまた気づいたように血走った眇眼を見開いて、喜ばしそうに、囀るように声を上げる。
「【気象使い】ディルザーツ大公閣下クンの方には、僕の方で適当に言い含めておくとも! ふふふ、うくふふふふ、ふふふふ! それが、それが僕の役目だからねぇ。奇縁というべきか、あの鼻垂れ小僧だったテルミトクンが【人体使い】を継いでから、こうなるとはねぇ……あぁ、だからリッケルクン、君は心置きなく、あの太古の遺物との交流を楽しんでくれて構わないよ、ふふふふ」
「そこに思い至るなら、失敗作なりに思い至っているとは思うが……今の貴様が『最果ての島』の迷宮核を吸収でもしようものなら、即伯爵に昇爵する。その状態で多頭竜蛇に絡めば、そこの気色悪い耳障りな"鍛冶野郎"の甘言も虚しく【気象使い】はいくらなんでも見逃さないだろう」
「若は変わらないな……十重二十重に状況を操作して、盤面を盤石にしても、それでも一言口を出さずにはいられない。でもそれもまた【人体使い】の業なのだろうね」
「失敗作が――選ばれなかった貴様如きが、我らが引き継いできた悲願に知った口を利くな。別に、今ここで貴様を焼き滅ぼしてから、この話を【蟲使い】辺りに持っていってもいいのだ」
「じゃあ、言うべきことは言ったんで僕はここいらでお暇させてもらうよ、テルミトクンにリッケルクン。愛する愛する"娘"達を待たせてしまっているからねぇ――リッケルクンなら僕の今の焦燥がわかるだろう? 愛に生きる君ならば、ふふふうくふふふふ! ……あぁ、そうそうテルミトクン、頼むから失敗はしないでくれよ? 僕はこれでも、界巫様には包み隠すことなく報告をしなければならない立場なのだから!」
そう告げたフェネスが、見開いていた眇眼を喜色に歪ませ――当然とばかりに「処刑穴」から飛び降りる。
テルミト伯はそれを無視したが、左右の少年少女はその様子を内心で軽く驚きながら、目だけでフェネスの行方を追う。すると「処刑穴」から遥か下方、長大な円刃をいくつもつなぎ合わせたような"武器系"の魔獣――飛行能力を持つと思しき【鉄使い】の眷属――に着地したフェネスが、見られていることに気づいていると言わんばかりの笑みを浮かべ、エネムとゼイレに向けて大仰に手を振って見せた。
「若……いいや、テルミト伯殿。事がリーデロットに関わっているのならば、僕には最初から是非などない。貴方の要請を受け入れて、全ての戦闘行為を停止して、『最果ての島』に進軍することを【樹木使い】の銘に誓うこととしよう」
恭しく拱手し、片膝をついた臣下の礼――この場面では恭順を意味する『ルフェアの血裔』の作法――を取ったリッケルを、テルミト伯はしかし、不信と嫌悪を隠すどころかますます増大させるような、呪い殺さんばかりの眼差しで射抜く。
そして、主の注意がリッケルに完全に注がれていることを確認しながら、メイド少女エネムと執事少年ゼイレは、お互いに目線を向けて、目だけで秘めたる会話を続けるのであった。





