0044 魔眼と目玉と盲なる剣士
先に目覚め、這い出してきたのはル・ベリの方であった。
ずるりと、まるで熟しすぎて豊潤な果肉が崩れ種を大地に落とすかのように、全身に代胎嚢の"肉"を付着させながら、どちゃりと吐き出される。
激しく噎せながらも、全身を震わせるル・ベリは――労役蟲が運んできた「鱗の服」の一式と全身を包むほど長大な革の外套を受け取り、身体に纏わりついている「人皮」を、まるで全身に張り付いた糊でも剥がすような所作で脱ぎ始めるのであった。
「水場はあっちだぞ」
「……畏れ多くも」
【異形:鋳蛹身】による文字通りの脱皮である。
ソルファイドとの戦いで傷ついた体の傷は綺麗に消えており、魔人族特有の――【魔素】が血流を流れているかのような、青白い皮膚は元通り、いや、少し筋骨逞しく成長したかのような錯覚を覚える程度には、ル・ベリは全身の体格が増しているように感じた。
労役蟲達に土木工事で作らせた、天井から滴る水滴を天井に掘った細かい溝からかき集めて作り上げた流水装置――要するに天然のシャワーの方を指し示す。そこで立ち上がり、身体の汚れを落とす様子を何となく見ていると、やはり、身長が3cm程度伸びていることが無駄に【精密計測】から分かったのであった。
そして。
【情報閲覧】によるル・ベリの技能には【異形:四肢触手】と共に【異形:骨鉤爪】が表示されていた。
見れば、前は両手両足と両肩から伸びていた6本が両肩のものが抜けて4本となっている。しかしその代わりに、触手の先端が人間の掌大の「骨の鉤爪」によって覆われており、使い道はむしろ増しているようにも思われた。
"鋳蛹身ガチャ"の効果である。
「なるほど、ソルファイドに"絡まらされた"から、6本だと少し多過ぎると思って減らしたか? 何かに引っ掛けて踏ん張るなら、確かにそんな感じの『穂先』がついてる方が便利かもしれないな」
『施設』とも呼べない簡単な「水場」であるが、地面には排水溝となる水路を掘って下水となし、鍾乳洞の外の小川に合流させている。
水浴びを終え、労役蟲達から受け取った衣服を「爪付き触手」を利用して器用に身に纏いながら、ル・ベリが胸に手を当て、片膝をついた姿勢で俺に向き直った。
外套として纏うのは亥象の毛皮を小醜鬼がなめしたものであり、数多くの戦利品のうちの一つであった。
「全て御意に御座います。"トカゲ踊り"にしてやられたことは腹立たしいですが……確かに今の私にはまだ6本は多すぎると痛感しました。対抗するために手当たり次第に木石を叩きつける猿芸に頼らねばならなかったことも、羞恥の至り」
「――そしてお前はそれを、己自身の『認識』によって書き換え、自分を作り替えることに成功した。なぁ、ル・ベリ、お前の母リーデロットには【異形】はあったのか?」
「わかりませぬ。今の私ならば……御方様ほどでは無くとも見れば見当がつけられたかもしれませんが、少なくとも、あるとしても"内臓"の方だったことでしょう」
「なるほど内臓系の異形、そういうのもあるのだな。ソルファイドからアップロード……"献上"された『知識』によると、【人体使い】サマは【生ける義眼】とかいう自分の目玉を"交換"することができるものらしいな」
研究者肌であり様々な"実験"を常に抱えているテルミト伯は、その役に立つ「道具」の蒐集にも余念が無いらしく――特にその【異形】を生かすためか、ちょっとした「眼球コレクター」としても知られているようであった。
そしてそれを聞いて、『魔人族』であるル・ベリは、すぐに察しがついたように片目を緑色に輝かせる。
「魔眼、ですな」
「そうだ。こういう手合は……きっと出くわすたびに、違う力で何かしてくるんだろうな? というわけで、ル・ベリ、対策のためにお前の【魔眼】について聞いておきたい。実戦でも使ったわけだが、どうだった?」
「畏れ多くも。まずこの力は――【魔素】を使います。外なる魔素ではなく、我が身のうちを流れる"内なる魔素"を、ですな。ありったけの力を込めれば込めるほど、対象に与える苦痛もまた色濃く、強く、そして長く再現することができるようです」
「お前自身への反動はどうだ? 『それなり』のものもあるんじゃないのか?」
「"魔素切れ"への警戒は必要かと……私は御方様の従徒である故、御方様との繋がりが断たれた状態では乱発はできないでしょう。加減はできますが。そして、前にもお話しました通り、いくつかの制約があります」
ル・ベリが多数の奴隷小醜鬼を相手に行った検証では【弔いの魔眼】には、次のような性質があることが判明していた。
1.効果の発動には「遺骸」が必要
その生物の「死の間際の苦痛」を、魔眼を見たものに再現して追体験させるというのが【弔いの魔眼】であるが、そのための媒介として「遺骸」が必要となる。
さらにそれは「死因」との関連が近ければ近いほど効果が高まるものであり、たとえば心臓発作で死んだ生物の髪の毛や爪先を利用しても効果はほとんどない。
2.「遺骸」は与えた苦痛の強度に比例して損耗する
無制限に発動可能ではなく、ル・ベリ自身の「保有魔素(内なる魔素)」を消費して、威力や持続時間が決まる。さらにこの際、苦痛の呼び出しとして使用した「遺骸」は消耗し、損耗し、ほとんどの場合は一発で使い物にならなくなる。
3.苦痛の効果は「同種の生物」でなければ落ちる
たとえば俺の眷属の死因は小醜鬼には通じない。
しかし完全に同種である必要はなく、生物としての――【情報閲覧】上のステータスにおける「種族」の判定が近しい生物であるほど、この苦痛効果の低減は緩和される。その意味では、ダメ元ではあったが、ソルファイドに対してル・ベリが最初に小醜鬼の遺骨を利用した【弔いの魔眼】を発動したものが効きすぎたことは――種族レベルでは、小醜鬼がかなり「人族」に近しい存在であることを物語っていた。
「――それなら警戒すべきは逆撃系の技能や魔法の類だな。【混沌】だとか【空間】だとか【闇】だとか、俺も随分といろいろな種類の"属性"を知ってしまったものだからな。この世界の『魔法』について、そろそろちゃんと学んでおきたいところだ」
「……『我が母』もまた"魔法"に関しては才が薄かったことが悔やまれてなりません。御役に立てず、我が身の非才が憎まれます」
「ソルファイドもどう見たって脳き……武人系だからな。『竜言術』というのは――『魔法』や『技能』とはまた別口のもののようだからな」
「【弔いの魔眼】に話を戻そう。ル・ベリ、お前は『九大神』のうちの一柱であるところの【嘲笑と鐘楼の寵姫】に目をつけられているようだが……その辺り、実感はどうなんだ?」
【黒き神】に従って【白き御子】の勢力と争い、シースーアを【人世】と【闇世】に二分した『九大神』の一角であり、【闇世】Wikiにおける"神話"を真に受けるならば、【闇世】では葬送の鐘を慣らし、死者を火葬して弔うという伝承から――『火』や『鐘の音』に『真実』、そして『葬祭』に関連する権能を担当すると解釈される存在。
その意味でル・ベリが発現したのが「弔い」の魔眼である、ということは、いかにもらしかった。
「……発動する際に、【魔眼】そのものの力を私自身は実感することは出来ます。ただ、そのどこまでが【魔眼】自身の力なのか、もしそこにさらに――畏れ多くも【闇世】を育み給いし神々の力が重ねられているかまでは、判然とはしません」
「【魔眼】の発動以外では、どうだ? ソルファイドは見た目通りばりばりの"火"だろう。【嘲りの姫】サマの力で、火が楽に感じられたとかはあったか?」
「畏れ多くも……"半ゴブリン"時代に『火』による拷問は何度か受けたことがありますが、それと比べるならば、さして神の恩恵というものがあったようには感じられませんでした」
ル・ベリの返答は、概ね俺の想定通りであった。
【後援神】系統の技能という形で【闇世】の『九大神』は、自らの庇護する『ルフェアの血裔』という種族に対して干渉する手段を有しているが――そこには独特の制限と制約があることが窺えた。少なくとも現時点では、あくまでも【魔眼】のルール内という形でしか、ル・ベリに対しては追加的な力を与えていないものと思われる。
ちょうど、俺に対しては「注視のみ」と言いつつ、眷属であるところのベータの称号にその影を散らつかせた【黒き神】と似たような形であった。
ル・ベリの母リーデロットは、その意味では本人の申告の通り、魔術師タイプではなくまた信徒のようなタイプでもなかったようであり、一人の魔人、一人の元従徒に過ぎないという知識の限界があるのであろう。
あまり、過剰な「力」がただちに誰に対しても与えられているわけではない。
「ですが――私と御方様に、神域におわす方々の『注目』が向いております。これがどの程度の頻度なのか、そこが気になるところではありますな」
「まさにそこだ。幸い、俺は"点振り"という現象を知っているから対策できるが……他の迷宮領主達が"点振り"について知っているかどうか、知っているとしたらどれだけであるかということと、そして実際に【後援神】に視られている『魔人』の割合を把握したいところだな――さて」
ル・ベリと話しているうちに。
ソルファイドの入っていた代胎嚢が、にわかに蠢き始める。
それを見たル・ベリが、ゆらりと4本の鉤爪付きの触手を、密林の奥深くの巨大蛇の群れのようにもたげさせ、油断なく目を細めてその様子を注視する。いつの間にか、ル・ベリが【眷属心話】の「心話領域」経由で呼び寄せたのか、戦線獣のアルファもまた『司令室』に現れ、俺の傍らに控えていた。
天井にはいつの間にか、狂乱せる"名付き"イオータが現れており、自らの左右の鎌爪を音も無く研いでいる、という厳戒態勢。
それもそのはずで、眷属とは異なり、従徒化とは必ずしも本人の精神や魂を縛るような絶対の服従化を強制するようなものではない。
俺に対する神の如き信仰心を抱いているル・ベリは例外のようなものであり、現に、彼の母であるリーデロットは【人体使い】テルミト伯の元から出奔し、また、ソルファイドから献上された知識には、同じくテルミト伯の"元従徒"であり、今はその怨敵である【樹木使い】に関する情報があった。
従徒化は、あくまでも自由意志によるということだ。
――しかもそれが他の迷宮領主の元へ去ろうものならば、情報を丸ごと抜き取られる恐れすらあり、その意味では慎重に扱わなければならない存在でもあった。
ただ、これだけの情報を俺に献上してくれているということは、少なくとも現時点では従う意思の現れであるとは考えて良いだろう。
果たして、蠕動し激しく肉襞を収縮される代胎嚢から、吐き出されるようにしてソルファイドが這い出てきた。その身にまとっていた無骨ながらも簡素で薄いリングメイル状の軽装を、ル・ベリの時と同じように労役蟲達が運んでくる。彼らはさらに、ソルファイドの得物である『火竜骨の剣』の二振りを運んできて――ル・ベリが顔をしかめるが、俺は構わずソルファイドの前に置かせてやるのであった。
「こうして見ると竜人というのは、随分と"人"の成分が強いな。ル・ベリよ、母リーデロットから"人体"について教えられたお前なら、本当は気がついているんだろう? 『トカゲ』とは決定的に違う点について」
「……背骨、ですな? 御方様」
燃えるような鬣を思わせる赤髪と、全身にところどころ、中途半端にまるで痣のように部分的に生えた"紅い鱗"。そして「竜の尾」の存在を強調すれば、なるほど、人に亜する存在と言うこともできよう。
だが、例えばル・ベリが幾度となく繰り返していた「トカゲ」という表現――もし仮に竜人が爬虫類から変化か、あるいは進化した存在であるならば、決定的に「人」とは異なる骨格上の特徴が、ソルファイドには確かにあった。
すっと立ち上がったソルファイドが、労役蟲から丁寧な所作で、自らの装いと武具を受け取る。そしてその2メートルに届こうかという偉丈夫の体躯を、片膝を折って屈ませ、両の拳を俺に向けて拱手するようにして、礼を示したのであった。
――そのぴんと伸ばされた、真っ直ぐな背筋。
それがソルファイドを、鱗もあり尾もあれども、しかし「人」であると強く印象付ける要素である。たとえ霊長類であっても、四つ足にて地を這う獣は、猿であろうが爬虫類であろうが、背骨がそうである必要は無いのである。
「数日ぶりだな。無言での従徒化を苦笑しながら受け入れてやった、俺の度量の広さに感謝してくれよ? ――俺こそは【エイリアン使い】オーマだ。改めて名乗るが良い、我が従徒よ」
「『ウヴルスの里』の【守護戦士】にして、『塔の如き焔』なる火竜ギルクォースが末裔、名はソルファイド。改めて、俺の剣と探究の果てに得るべき知識と悟りを捧げることを誓おう、主殿」
「……殊勝に見せおって、赤いトカゲめ。貴様の大道芸と小細工はもはや見切った。わずかでも御方様を謀ろうとする素振りすら、このル・ベリが許さぬことを覚えておけ」
「心得たぞ、ル・ベリよ。だが、主殿の大望の前に当面立ちはだかる【人体使い】は難敵だぞ……お前の手が足りぬ時は俺も己の全力を尽くすまでだ」
「貴様、哀れんだつもりか? 我ら『魔人族』を知らぬな、田舎者め。貴様に切り落とされた分が再生していないのではなく、変化したのだ。もはや、前の時のような曲芸は通じないと思え」
ル・ベリが噛みつき、ソルファイドが表情の読めない無骨さながらそれなりに痛烈な言葉を返す。
このまま二人がいがみ合っているのをもう少し観察していたくもあったが――わずかな「異物感」を感じて、俺は片手を軽く上げて二人を制止した。
ソルファイドと最初に対峙した時と比べれば、ずっとか弱い気配である。
しかし確かに――他の迷宮領主の権能が、その力が、その認識が、わずかであっても確かな淀みとなって俺の迷宮の中に入り込んでいるのを感じたのである。
だから、俺は【情報閲覧】を諳んじて、ソルファイドにそれを発動させてみた。
――ソルファイド自身は"シロ"であった。
ならばと考えて、ソルファイドの所有物に次々に【情報閲覧】をかけていく――。
二人とも俺の様子を見て、叩きつけあっていた軽口を止め、緊張した面持ちとなる。果たして、ソルファイドの見開かれた「片目」に【情報閲覧】をぶち当てた時。
「……ル・ベリ。ソルファイドの目をちょっと見てみろ。お前から見て、どうだ?」
低い声でル・ベリに指示を下す。
ル・ベリがソルファイドの目を、まるで宝石を厳しく見定める細工職人のようにまじまじと見つめ、次にその失われた方の眼窩を見やり、顔をしかめる。
「御方様に隠し事は許されぬぞ、赤トカゲ。貴様の片目をどこに忘れてきた? ――傷の具合からいって、ここ10日ばかりのことでしかないな?」
「【人体使い】に奪われた」
「さしもの"眼球コレクター"も、竜人の目玉が珍しくて欲しがったってことか? ……調査に送り込む前に弱体化させてどうする」
「理解った、これで確かめてみてくれ、主殿にル・ベリよ」
そう言ってソルファイドが、まるで帽子を脱ぐかのように一切の迷いなく自然に――自分の目玉を3本の指で抉り取った。そして、まるでかすり傷に包帯を巻くかのように、赤熱させた『火竜骨の剣』で焼灼を敢行。
隻眼から全盲になってしまった。
それはあまりにもあっさりとした行動であり、流石の俺も咄嗟に止めるのが遅れた。
だが、何やっているんだこの阿呆、と言うよりも早く。ソルファイドによって抉り取られた「眼球」に――かけられたままの【情報閲覧】の効果が発動し、次のような「ステータス画面」が表示されたのであった。
【基本情報】
名称:目玉くん36号
種族:???????
所属:【人??い】
【技能】
???調
「なるほどな、見られていたわけだ。ル・ベリ、少なくともソルファイドの覚悟は本物だ。今後は俺の前では『赤トカゲ』と呼ぶことは禁じる。ソルファイド、お前本当にそれで、良かったのか?」
「……もう片方は【人体使い】から返してもらうとしよう。あの男には色々な"借り"と言えば"借り"がある。主殿を手伝いながら、それを"返す"ことができるならばちょうどいい」
「貴様は阿呆か、赤……竜人め。両目が見えなくなって、どうやって御方様にお仕えする気だ? この俺の手を減らしてくれた挙げ句に、さらに手を煩わせてくれるつもりか? 穀潰しになりたいなら、野獣どもの糞掃除をやらせてやろう」
ル・ベリが呆れと共に、苛立った様子で口にする。
だが、苦痛に表情を歪ませることもなかった無骨な無表情に、ふっと笑みを浮かべ、ソルファイドが『火竜骨の剣』を軽く揺らす。
「俺には"これ"がある。俺は馬鹿で、里の長老や巫女様のような学も無いが……むしろ見えない方がいい」
そうまでしてソルファイドが自身の武威に自信を持つ理由。
俺は、それを彼の「ステータス画面」の中から読み取っていた。
【基本情報】
名称:ソルファイド=ギルクォース
種族:竜人族<支族:火竜統>
職業:牙の守護戦士(剣)
従徒職:※※未設定※※(所属:【エイリアン使い】
位階:28
技能点:残り18点
状態:盲目(※永続効果)
【技能一覧】
称号【心眼の剣鬼】と、それがもたらす称号技能テーブルにある様々な技能から、ソルファイドがある意味で「視覚に頼らない」驚異的な洞察・察知能力を持つことが雄弁に物語られていた。さらに、ソルファイドはこと"剣閃"に限って言えば、称号【天賦の剣才】に恥じぬ先読みの力があり――目で見ていなくとも、幾通りもの"筋"が見える、という。
ル・ベリはいきり立ってはいるが、正直、剣が2本とも手元にありさらに【人体使い】の軍勢と同時に万全の状態で攻められていれば、歯が立たなかった可能性が高いだろう。現状でも、裏切られたとしたら"名付き"とル・ベリを総動員してなんとか抑え込めるかどうか、というほどの戦力であった。
それだけに、たとえ「眼が見えぬ」状態でも戦えるとはいっても、やはり自傷してまで俺の不利になる要素を消したという行動を示した意味は大きい。そうでなくとも、ソルファイドは多くの情報を自らの意思で俺に献上していた。
テルミト伯による――ソルファイドの「視界を盗んだ」観察により、俺の『エイリアン』という特異な眷属は見られてしまっているだろう。それに対して対策をする意味でも、死と自棄の暴走から自らの存在を探究する意思へと導いた者の責任として、俺はソルファイドを信じることを決めていた。
しばし黙考しつつ、俺は呼び寄せた労役蟲に【凝固液】でソルファイドの抉り取った「目玉くん36号」を念入りに固めさせ、石ころ状にして円卓の上に適当に放る。
「単刀直入に聞く。俺の眷属達は……俺の軍勢は、テルミト伯に勝てると思うか? ソルファイド」
「主殿の"基本種"は、あの足爪の魔獣か? ……ならば"基本種"同士の性能は互角か、主殿のがわずか上回るだろう。だが、兵数が足りない。そして"上位種"に関しては、完全に【人体使い】が多種多様だ。そして【人体使い】は、奴が自分で言っていたことだが、伯爵の中では群を抜いて従徒を多く抱えているようだ――そのほとんどが奴の手術を受けた者達だがな。それも考えると、現状では分が悪いだろうな」
「その従徒どもと貴様はどちらが強い。御方様の"剣"などと豪語するからには、全て切り伏せる覚悟があるのだろうな?」
「1対1ならば負けるつもりはないが、連中は常に複数で動く。そうだな、魔人ル・ベリ、"メイド"と"執事"どものうち単体でお前より強い者は……"部隊長"か"副長"格が相手の時は、主殿の眷属の支援が必要だろう――まぁ、前の6本腕の時のお前なら、だがな」
「送り込んでくる手駒には事欠かないわけか……従徒はともかく、眷属の方は俺も数と質はこれから揃えるつもりだ。そのために、お前と対峙してまでこの島の掌握を急いだからな。細かな情報は後で改めて精査するとして――テルミト伯は自ら攻めてくると思うか?」
「多頭竜蛇が許さない。その可能性は少ないだろう」
「竜人。貴様も含めて、御方様はあの"竜神"が、御方様に定期的に敵するものをぶつけるのではないかとお考えだ。【人体使い】めがそれに利用されないと考える根拠はなんだ?」
「詳しいところは俺も知らない。だが、どうも【人体使い】は直接多頭竜蛇とやり合うことができないらしい。【気象使い】とかいう迷宮領主が、それに絡んでいるらしいことまでしか俺は知らない」
「そのあたりは、お前から献上された知識の中にあったな……【気象使い】、大公か……」
大公とは【闇世】に5名存在する、"界巫"を除けば最上位の爵位の迷宮領主達である。いずれも、現在は郷爵に過ぎない俺から見れば雲上の存在であり、とても対抗などできはしないだろう。
そんな最強戦力の一角が、何らかの理由で多頭竜蛇に関わっており、それが理由でテルミト伯は直接手出しはできないらしかった。
「だが、お前みたいな存在を送り込んでくることはできる。そうだろう?」
「否定はしない。そして多頭竜蛇……奴の狙いは、俺にもわからない。だが迷宮領主としての主殿を、強く意識していることは確かだ」
「【気象使い】とやらが監視しているとして、"竜神"と談合してそれを避けながら、わずかな戦力は送り込んでくるやもしれませんな、御方様」
ル・ベリの言う通りである。
そしてそのために、全沿岸と海上への警戒と監視を強化する体制を取ったのであった。
「いずれにしろ、時間は力だ。そしてソルファイドが【人体使い】サマの"眼"を、今くり抜いてくれてある意味では良かった」
「というと?」
「さっきお前は"上位種"で及んでいない、と言っていたな。俺はまだ売り出したばかりなんだ、俺自身の"強み"と本領を発揮していくことができるのは、まさにこれから。ソルファイド、お前も多分内心ではまだどういう意味かわかっていない――『エイリアン』という存在がどういうものなのかを、教えてやろうじゃないか。改造好きな"眼球コレクター"殿と、どっちが多種多様か、比べてみたいもんだ」
果たして"全盲"となったソルファイドが、俺の表情まで読み取れたかはよくわからない。
だが、口の端を吊り上げて不敵な笑みを浮かべるや、ソルファイドもまたふっと軽い笑みを口元に浮かべるのであった。そしてそれを見ながら、ル・ベリは尚も不機嫌そうな表情で、しかめ面でいるのであった。





