0043 創造主と被造物の遊技盤
アルファ以下、俺の眷属の"名付き"達は『9氏族陥落』で北東の抑えに回り、迅速にそれを為した後は、俺の想像を上回る速度で大返しを決めて、対ソルファイド戦に駆けつけた。その意味では、彼らがそうしてくれる、という信頼があってこその急遽の「プランB」であったとも言える。
確かに、俺と彼らの間には、迷宮領主と眷属という、創造主と被造物としての明確な上下関係がある。
だが、そこには単なる上下関係を越えたものがある、そんな感覚を俺は抱いていた。それは、言うなれば"親子"というのとも少し違う――眷属達は俺の「世界認識」の中から生まれてきた、生み出された、つまり俺と根底の部分では、どこかとても重要な部分を同じくする、共通点があるような、そんな存在達である。そんな風に、俺には感ぜられていたのだ。
だからこそ、彼らの成長と変化を俺は受け止めねばならない。
それはまるで自分のことのように嬉しくもあり、そして同時に責任を感じるようなどこか緊張感を孕んだものでもあり……だが、やはり嬉しく心が踊るようなことでもあった。
○戦線獣アルファ
一連の戦いを通して、その位階は「11」へと上がった。
当初の予定通り、称号【不撓の盾】と"名付き"達のリーダーであることを生かした、タンク系と連携系の技能の取得を進めていく方針である。
だが、対小鬼術士戦と対ソルファイド戦で実感したことであったが、俺の最側近に置くアルファだからこそ、最も信頼できる「切り札」として、戦場の帰趨を決定させるような均衡点で投入する場面も多い。
そう考えた時、その突破力を完全に「盾」にだけ特化させるのは、もったいないことであるようにも思われたので――タンク系でありながらも、突破力を重視する、攻撃は最大の防御を体現する方向性に軌道修正していくこととする。
○戦線獣ガンマ、デルタ
それぞれ位階を「10」まで上昇させた。
最重要の決め手で投入されるのがアルファならば、相反する性格と性質を持つこの2体はそれぞれ『切り込み』と『護り』の要である。そして実際に、戦後に「ステータス画面」を確認したところ――。
デルタは、称号【猛々しき尖矛】。
ガンマは、称号【逆茂木の陣盾】。
という、名が体を表したかあるいは体が名を呼び寄せたかのような称号を手に入れていた。それぞれ、守りを捨てて特攻することにボーナスを与えるような技能と、更なる鈍重さと引き換えに、攻撃を仕掛ける者に対する痛烈な逆撃を与えるような技能が小技能テーブルとして配されており、ゼロスキルの効果だけでも更に2体が特徴づけられたと言える。
決定的な場面まで温存するアルファに対して、「切り込み隊長」と「守備隊長」という役割を見事に最初から果たさせることができるだろう。
○噴酸蛆イプシロン、遊拐小鳥イータ、突牙小魚シータ
それぞれ位階を「9」まで上昇させた。
この3体については、新たな称号を獲得する――ということは無かったが、他の"名付き"達と共に遺憾なく連携を発揮し、司令塔として求められた「群体知性」そのものとの連携をこなしてくれた。
イプシロンは、間に合うかはギリギリであったが、迎撃のために仕掛けていた洞窟内の"罠"であった、噴酸蛆の【強酸】と労役蟲の【凝固液】を組み合わせた"崩れる天井"と"崩れる壁"の効果を存分に、そして堅実に発揮してくれたと言える。また、観察力が高く、これは他の"名付き"達、特にベータの無茶をフォローする中で身についた特質かもしれない。
なお、『因子』の解析完了後の"進化"の予定では、おそらく大きく変貌することにもなるだろうと予想されるため、それに向けた点振りを考えているため技能点そのものは温存している部分も大きい。
『三連星』の次鋒であるイータは、目立った破壊力や劇的な戦果こそ、他と比べれば乏しいものの、飛行能力を発揮することで重要な働きを果たしてくれた。地形を問わず縦横に島を駆け、ここぞという場面で敵に奇襲を加えて撹乱をしてくれていた。
走狗蟲と比べれば単体での戦闘力は弱くなってしまった部分はあるが、それはこの「空兵」にそもそも求めている役割ではない。今後、島中と特に全方位の海岸を警戒していく上で、多頭竜蛇が陣取るため危険である海域から離れつつも、『監視班』としても『中継班』としても縦横に働いてくれることが期待される「飛行部隊」の長である。
そして『三連星』の"蛇足"であるシータだが……差し向けた北東のザビレ氏族が、俺の見積もりよりもずっと弱かったことから、結果的には「海から回って背後を突く」という作戦自体は無駄足に終わってしまった。シータが率いる「海兵」達がたどり着く頃には、既に北東方面は完全に片付いており、やることと言えば戦場跡での残党狩りぐらいしかなかったからである。
流石に、水泳に適応した突牙小魚の身体構造は、陸上でも活動可能とはいえ走狗蟲のように、とはいかなかったからだ。
――しかし、シータは"沿岸移動"において、重要な貢献をしていたことが、後からわかった。
『エイリアン語』経由なので、十分にその意図を"翻訳"して俺が読み取れているかは多少自信は無いが……それでも、俺自身ではなくシータを信じるならば。
一度、多頭竜蛇との追いかけっこになった、ということであった。
それが本当であるならば……"無駄足"などとんでもない。むしろ、あの『9氏族陥落』作戦の中で、多頭竜蛇がまた妙な"海憑き"を起こして、例えば小醜鬼を狂乱化させるなどということを防いだとも言える。
そしてシータは『連星』を冠する"名付き"の一角としての、その役割を果たした。
一応、俺自身も犠牲を覚悟での対多頭竜蛇への"海域調査"の計画も立てていたのだが――シータは「犠牲ゼロ」で突牙小魚達を引き連れ、時に陸地に避難しつつ、無事にザビレ氏族の後方の海岸まで辿り着いていたのである。
この上、更に海域・水域での行動に適した"進化"をしていくことができれば。
海において無敵と思われた多頭竜蛇への対策を、より早い段階で立てていくことができるかもしれない。
○隠身蛇ゼータ
『三連星』の"先鋒"たるゼータは、小醜鬼連合の主催者であった、老祭司ブエ=セジャルを「暗殺」により討ち取るという大金星を上げた。位階は『連星』仲間達の中では頭一つ抜けて「10」に成長し、さらに【同胞の護り手】という称号を獲得していたことがわかった。
単にイータ、シータと"連携"するだけでなく、周囲に他の系統を含めた「エイリアン」がいる場合に、彼らを守るために全体的にその能力が上がるような技能が、称号技能テーブルには含まれている。
――ともすれば、エイリアン達は創造主であるこの俺を最優先とした行動を取りがちである。それは"尖矛"たるデルタであっても、俺を守るためならば、喜んでその身を犠牲にするだろう。
ゼータも本質的な部分ではもちろんそこは変わらないだろうが……"勢力"そのものを構成する一要素である眷属達を、危機に陥るたびに引き換えにし続けることは、長い目で見ればジリ貧の類である。
何が言いたいかというと、ゼータは「俺」という最重要の存在を意識しつつも、同時に「他の眷属」「他の同胞」達を気遣い、無駄に消耗させたり損耗させないという「指揮官」に向いた資質を開花させたということである。
同じ役割自体は、そもそも"名付き"達にも求めていたものではあるが――彼らはあくまでも「群の中の個」として、俺を最重要視している立場は変わらない。それは"名付き"達の長であるアルファであっても、である。
故に、その中にあってゼータが、他の"名付き"達とはまた異なった特質……というよりは「視点」や「判断基準」の類を獲得したことが、俺としては興味深く、また頼もしいことであった。
○隠身蛇イオータ
――ゼータが、戦いの中で傷つき倒れる仲間達を見ながら全体に意識を向けるような視野を獲得したならば、全く同じ状況の中で、真逆の特質を開花させたのが、この元"名無し"の1体であるイオータだった。
現時点では、まだ"名付き"を増やす予定は無かったが――ソルファイドが従徒化した後で、小鬼術士達を任せた『暗殺班』の様子が騒がしいと感じた際に、ゼータと組み合い絡み合い鎌爪をぶつけ合わせて興奮状態にある隠身蛇が1体いたのだ。
その隠身蛇は、既に無力化されて気絶しており、事前に俺が決めていた基準では"捕虜化"するはずだった小鬼術士達に対して、執拗な追撃と「トドメ」の一撃を加えることに執着しており、見かねたゼータに止められて争っていたのである。
さすがに創造主たるこの俺が声を掛けた瞬間には、雷に打たれたように平伏していたが。
それでも、よもやと思って【情報閲覧】をかけたところ。
【嗜戮の舞い手】という、物騒な響きを持つ称号を得ていたのであった。
……そしてそれは、ル・ベリの対小醜鬼限定の"殺戮衝動"とは、どう見ても少し異なっていた。あれは彼自身の憎悪の半生を表す一部みたいなところがある称号であったが――この【嗜戮の舞い手】が与える技能には、仲間の死傷に反応して狂乱する、と読めるようなものがあったのである。
それは、例えば戦闘マシーンであるデルタとは、方向性が全く異なる意味での"狂乱"と言える。
そのため、戦力としては歓迎しつつも――「注視」する、という意味を込めて俺はこの隠身蛇を新たに"名付き"に昇格させ「イオータ」の名を与えたのであった。
この俺や、同胞達に害を成すということは絶対に無い。
その点での信頼は変わらない。ただし、「戦え」という指示を受けて初めて狂乱するデルタと異なり、俺の指示によらない独自の「スイッチ」があるという点で、運用には注意を払わなければならないだろう。
その意味で、俺から直接【眷属心話】によって"特定"しやすい存在として「名付き」化させたというわけである。
○噴酸蛆ベータ
今回の『9氏族陥落』で、俺が最も危険だった場面で駆けつけた、最重要の功労者でもあるベータ。
――思えば、最初にこの異世界に迷い込んだ時に、アルファと共に生み出した"最古"の眷属の一体であるが……ベータだけ、妙な転がり移動を体得しつつも、それでも鈍重なはずの噴酸蛆に過ぎないベータだけが、異常な速度で北東方面から西部方面までの大返しを決めることができた、その理由。
それは【闇路を駆る者】という称号だった。
そしてその小技能テーブルの中で、どう考えても自動点振りされたとしか思えない、技能【虚空渡り】こそが、その原因であった。
試しにベータにその技能を発動するよう命じたところ――まるまると肥えた巨大芋虫の身体を、丸太を転がすように"回転移動"させた瞬間、わずかに空間が歪んで"闇の霧"かのような暗いもやに包まれたかと思うや、音速を越えたかのような、まるで空間を飛び越えたかのような異常な転移を発動させたのであった。
――ただし、その反動としての、まるで狭い空間を無理矢理身体を歪めて押し縮めて通り抜けてから元に戻したかのような、夥しい裂傷と創傷と打撲。
そして極めつきが。
よもやと思って、ベータがそれを発動した際に【因子の解析】を発動したところ。
【闇属性適応】と【空間属性適応】という、2つの因子を獲得することができてしまった。
……ここまで状況が揃えば、俺はその可能性を考えざるを得ない。
【闇】の力を「空間」に干渉するものであると"解釈"するとして――ベータがそのような、他の"名付き"達とは明らかに毛並みの違う称号を獲得してしまった原因は、一つしか思い当たらなかった。
この俺の"後援神"となった【全き黒と静寂の神】による干渉である。
かつて【人世】において、生きとし生けるあらゆる種族を巻き込んだ『神々の大戦』を引き起こし、付き従う者達を匿うための【闇世】を生み出した創造神の片割れ。略称では【黒き神】とも呼ばれる『九大神』の主神であり、【人世】の側の『八柱神』と対立する者。
そして闇によって光を代替する存在。
燦々と輝くも全く眼に痛くない【闇世】の黒い太陽の存在が、否が応でも脳裏を幾度となくよぎった。
――決して、神による干渉や介入を忌避するものではない。
多少イレギュラーな経緯とはいえ、俺は一応は「侵種」という"混じりもの"とはいえ『ルフェアの血裔』であり、種族的恩恵として『九大神』の"後援"を受ける権利があるということはシステム的にも保証されていた。
……だが、そもそもその「イレギュラーな経緯」自体が、説明も何も無く、また俺自身の意思の確認もなく唐突にこの世界に迷い込んだというものである。そしてそれをやった最有力の容疑者が『神々』であると俺は考えており――どうにも素直に従えない、そんな嫌な感じを受けていたのであった。
だからこそ、その"狙い"がわからないことが、ますますもって警戒心を掻き立てる。
わざわざ俺の『技能テーブル』に「(注視のみ)」と表記していることの意味が測りかねたからだ。それは……"誰"に向けた「注意書き」なのであろうか。
俺であるか。それとも他の迷宮領主か。
はたまた、他の神々に対するものであるか。
そう考えた時、システム通知音にあった「投票」行動もまた気になるものであった。
――『九大神』はわざわざ、干渉する対象を決める際に"投票"を行っているようだが……それは他の『ルフェアの血裔』に対して行う場合もそうなのか。
誰にでも与えられるものなのか。それとも、例えば迷宮領主やその係累にだけ与えられるものであるのか。
……そしてもし、実際に【後援神】系統に自然であれ意識的であれ"点振り"されてしまった場合には、その与えられる"加護"はどの程度のものとなるのか。その――たとえば「精神」への影響はどうであるか。
【闇世】Wikiを見ることで、【闇世】の『九大神』や【人世】の『八柱神』の"権能"については、一般的なことを知ることはできる。だが、その"加護"の詳細に関する記述は、あまり充実しているとは言えなかった。
それもそのはずで、このWikiの主な使用者や閲覧者たる迷宮領主達のこの「迷宮」関連の権能それ自体が、言うなれば巨大な恩恵であり加護のようなものだとも言えたが――自分の一挙手一投足を、仔細に至るまでであろうが、その逆に気まぐれの慰みにであろうが、覗き見されていると考えるのは気分が悪いことだった。
その意味では、実はル・ベリが『九大神』の一柱である【嘲笑と鐘楼の寵姫】の"加護"を受けていることもまた、気になるところではあったのだが。
そして話を「注視」に戻せば、俺に直接加護を与えず「注視のみ」と言い訳しつつも、まるで裏側から手を回すかのように眷属であるベータにささやかな助力が与えられていた、ということだ。
アルファでもル・ベリでもなくベータに対して、である。
相討ちによって次々に帰天した『九大神』と『八柱神』が、力の回復を待ちながらも、【人世】と【闇世】への干渉を諦めていないことは【闇世】Wikiに示される「歴史」を紐解いてもそう外れた推測ではないだろう。
だが、これはあるいは――まるでゲームのような世界システムであることと相まって、まさか神々は本当にこの世界を『遊技盤』にでも見立てているのではないか、そんな想像が俺の頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
この世界に「ルール」があるように、迷宮システムに「ルール」があるように、あるいは神々による"干渉"にもまた「制約」があるとすれば、『九大神』の主神とも言える【黒き神】からの俺に対するそれは、まさにルールが許す範囲での"ギリギリ"を狙ったかのようなものである、そう捉えるのは、果たして考え過ぎであろうか。
元の世界には居らず、そしてこの世界には実在的な意味で居る「神」。
――【闇世】も、そしてこの世界の生命も種族もまた神の被造物であるならば。
迷宮領主と眷属のような、根っこの部分での深く強い繋がりが、「神」と「人」との間には、果たしてあるのであろうか?
それもまた、この時折散らついてくる"神の気配"に対して、俺がどうしても警戒心を解くことができない理由の一つであった。
「……考え過ぎ、かもしれないな。今は、できることを積み重ねていくしかないか」
受け入れてしまえば、ずっと楽になるだろうか。
"考えること"を止めて、与えられた手札の中でひたむきにひたすらに邁進すれば、ずっと物事はわかりやすくなるだろうか。俺を存在レベルで信じ奉じている眷属達のように、俺もまた身も心も委ねれば、迷い無く生きることができるだろうか。
――それでも、無駄足のような足踏みのような日々を送ってきたから、今俺はここにいるとも言えた。
注意はしておこう。警戒はしておこう。
そして、与えられた力自体は有り難く使わせてもらおう。
しかし、その思惑が見えない限りは、信用して判断の拠り所を委ねることはしない。
従うならば、身を委ねるならば、全身を放擲するならば――せめて、知り、考え、そして自ら納得して決断してからである。
俺はずっとそうしてきた。
そして今、俺のしたいこと、俺の目的は決まっている。その邪魔にならないと確信できるまでは、神の加護に安易に手を出すことは控えなければならない。
そのような意思を新たに、俺は、ぼこりと大きく痙攣して蠢動し始めた代胎嚢に目をやり、ル・ベリとソルファイドの快復が近いことを知るのであった。





