0042 掌上と眼差しの海域にある島
【28日目】
『2氏族競食作戦』と『9氏族陥落作戦』を以て、『最果ての島』の小醜鬼11氏族はその歴史を終える。俺の眷属達による追討を堂々と島中に派遣することができ、生き延びあるいはわずかに逃れていた残党もまた狩り尽くした。
存在を知られずに活動する、という警戒態勢は少なくとも小醜鬼に対してはもはや不要であり、ル・ベリによる本格的な「調教」と「品種改良」、そしてその労働力を活用した最果ての島の地上部の開発計画を立ち上げたところである――まだ"立ち上げた"だけであり、その地ならしとしてエイリアン達に小醜鬼達による「奴隷集落」の形成の監督と監視を指示してはいたが。
その理由は目の前にある。
『司令室』に仮置きした3基の代胎嚢。
幾重にも折り重なった"肉のたまねぎ"の如き肉襞が不規則に蠢く。また、周囲に這わされた肉根のうち、イカの触腕のように先端が広がり「口」のついた触肢――内部への栄養補給器官が、"食料と水"を労役蟲から絶えず給餌されていた。
今、中に入っているのは、ソルファイドとの戦闘中に結ばれた【異形】を、自ら丸ごと走狗蟲達に切り落とさせることで脱する……という"重傷"を負ったル・ベリと、その原因を作った張本人である竜人ソルファイドである。
また、つい昨日までは"名付き"の中でも最も激しくソルファイドと闘い、エイリアンの再生力では追いつかないレベルの重傷を負った戦線獣のデルタが入っていた。
そして、代胎嚢の「拡張ウィンドウ」ではその状態を――「保鮮」に設定している。
≪ソルファイドもそうだが、ル・ベリの方はまだ起きないのか? ……相当の無理をさせたな≫
【眷属心話】によって、今彼らを収納している代胎嚢に語りかける。
エイリアン=ファンガルは迷宮システム上は『施設』であるが、彼らは単に『施設』の役割を果たしているだけ。それに特化した身体構造や能力を持っているだけであり、本当の意味での「建物」のような無生物ではない。
明確に俺の眷属たる生物としての「エイリアン」であり、故に【眷属心話】が普通に通じる存在である。ただ、その"身体構造"が「動物型」ではないという大きな違いから、発せられる共感覚的な波紋――『エイリアン語』については、労役蟲や走狗蟲以上に難儀していたが、それでも着実にコミュニケーションは進んでいた。
そして、今しがたの俺からの問いに対しては「否や」を表す波長が反応として返ってきた。
なお、ル・ベリと同じように放り込まれているソルファイドもまた、本人の自殺願望なんだかよくわからない特攻による全身の傷は非常に深かった。母親譲りの医術知識のあるル・ベリが健在ならば治療を任せることもできただろうが――彼もそうだが、俺にもソルファイドには聞かねばならないことが山ほどある――それが叶わないため、同じように代胎嚢に放り込んでいたというわけである。
そして、俺がそうすることを思いついたのは、『9氏族陥落』作戦の前に『代胎嚢』の【臓器保護】という技能の存在を思い出していたからでもあった。
あくまでも"保護"であって"再生"ではないため、劇的な治癒そのものは期待できない。しかし、試しに生肉や果実などを検証のため放り込んだところ、その腐敗や劣化が明らかに遅れるという効果が確認できたのだ。
そこから俺は、「怪我人」を応急処置的に放り込めば、傷口の腐敗や化膿化などを遅らせることができる、と考えた。それは、ひいては本人の回復力を間接的に高めることにも繋がるのではないか? そしてそれを検証できる「怪我人」は――たくさん手に入っている。
小醜鬼の幼体を放り込んだ際に発生する"なり損ない"の検証と合わせて、戦後に備えて、追加で数基を代胎嚢に"胞化"するよう指示を出していたことが、想定とは違うが役に立った形というわけである。
なお、同じように代胎嚢に入っていたデルタは、元々のエイリアンとしての急激な回復力があることから、試しに"切り飛ばされた腕"と一緒に入れてみたところ、ソルファイド以上に瀕死であったものが昨日にはピンピンした状態で出てきた。
――『火竜骨の剣』に半ばまで両断された豪腕が、片方はそのままの状態で、くっつかずにそれぞれ断面の筋肉が異常再生する形で、そしてもう片方の"切り飛ばされた"方は完全に傷口が接合しなかったのか、歪な接ぎ木のように回復してしまったことで「4本の豪腕」になってしまったが。
そういう"個性"もまた良いか、と思ってそのままにさせている。今は元気に島の地上部に出撃し、アルファの指揮下、大型野生獣の"間引き"に合流させている。
既に、エイリアン達には迷宮の拡張と大々的かつ本格的な島の地上部の調査と残党狩り、そして『因子』となる動植物の収集などを命じており、それが回りだして次々に資源や情報が集まってきていた。
一方、ル・ベリと新たに俺の従徒となったソルファイドにも【眷属心話】によって定期的に話しかけ、意識確認を行っているが、まだ明確な反応は無い。
ただし、微睡んでいるような気配は増していたため、起きるとすればそろそろであるか。
俺には、彼らが起きるのを待つべき理由があった。従徒化の後、新たに仕えることとなった俺への義理を果たそうとしてか、気絶する寸前にソルファイドは【人体使い】テルミト伯との最後のやり取り――『最果ての島』への調査の指示――について俺に伝えていたのである。
気絶してしまったため、従徒の権限での「知識の献上」が中途半端なところで終わっていたが――それでも俺に伝えられた情報は、武人としての単刀直入さで重要な部分を含めたものであり、少なくとも二人の回復を待つ間の考察には十分なものである。
今や、島内で組織的な意味で俺に対して抵抗することのできる存在は完全に消滅していたが――島外の具体的な脅威は引き続きそのままであるどころか、脅威の度合いが増している、と判断するには十分すぎる情報であった。
最果ての島の外の迷宮領主にして、ソルファイドを唆して送り込んできた【人体使い】テルミト伯。
その名前はル・ベリから彼の母リーデロットの話を聞いた時点でも出てきたものであったが、ソルファイドの話によれば、奴は"大陸"の南南西ハルラーシ地方では最も『最果ての島』に近い沿岸部を望む山脈の南麓にその居城――城型の迷宮を構えている。
さらに、前に一度見たことのある奴の【闇世】Wikiのページによれば、"励界派"と称される迷宮領主グループの構成員である。そして実際に、その構成員であるテルミト伯を入れた「6名」の伯爵達や、さらにその他の迷宮領主の存在についてソルファイドは何度も耳にする機会があったようだ。そのうち、実際にテルミト伯の「傭兵」として幾度も幾度も対峙した者もあるらしい。
そしてこのテルミト伯がソルファイドに出していた指示であるが、それは自身の元従徒でもあった「リーデロットの"痕跡"を探す」こと、であった。
そこから俺は、テルミト伯は「リーデロット」に脱走されたのではなく、何らかの指示を与えて追放したように見せかけて『最果ての島』に送り込んだ――または送り込もうとした可能性をまず考えた。
ただし、仮にそうだったとしても「痕跡」などと言っていたり、ル・ベリが育ち俺が現れるまでの十数年の間に更なる手を打っていないと思われるあたり"捨て駒"的な扱いであり、生きていないと考えたのであろう。ソルファイドが今回送り込まれてきたことと合わせて、テルミト伯はどうにかして多頭竜蛇をスルーして突破できる、その条件の"検証"材料にリーデロットの脱走を利用した、と見ることもできる。
となれば、テルミト伯がリーデロットやソルファイドを送り込んで何を調べようとしていたか。
迷宮領主が、わざわざ「竜」の目を盗んでまでその縄張りで見つけたいと思うものの第一は――俺の知識と、そして俺自身の身にこの島で起こったことと合わせて考えれば、やはり迷宮核だろう。
【闇世】Wikiによれば、魔王――"界巫"は迷宮核の誕生を知覚できる「最高司祭」である。
当初から警戒していた通り、その情報を与えられた、あるいは知った存在として、【人体使い】テルミト伯が『最果ての島』への上陸を狙っていることに備えなければならない。
さすがに異世界からの『客人』である、この俺が迷宮領主になってしまったということなどは想定外だろうが……そのことが判明した際に、テルミト伯は俺に対してどのような行動に出るだろうか?
――ソルファイドは気絶前に、さらに重要なことを言っていた。
テルミト伯からは迷宮核のことを告げられなかったが、なんと竜神サマから迷宮領主がいることを告げられ、それもまた戦ってみようと考えた理由の一つであったという。
テルミト伯がソルファイドにそれを言わなかったのは、島を隈なく調査させればどうせ見つかると考えていたのだとして――多頭竜蛇が、現れたソルファイドをこれ幸いと俺にけしかけたならば、俺にとって最悪の展開は、ソルファイドから何らかの方法によりテルミト伯へ情報が行っていたこと。
さらに、その情報が"励界派"とやらに共有され、複数の迷宮領主達が『最果ての島』を狙う行動をしてくること。そして多頭竜蛇がその手引きをすること、である。
俺の従徒となった瞬間、ソルファイドが俺の迷宮全体に与えていた、異物が入り込んだかのような感触――他の迷宮の気配――が消えた。
だが、逆に言えばそれまでは、ソルファイドがこの島で活動していた間はその【人体使い】の気配がこの島には確かに繋がっていたのである。
「傭兵」という身分に【眷属心話】が繋がっているならば、ソルファイドはそういう反応をしたはずなので、さすがにそのレベルでの情報が伝わっているということはないだろうが、相手は格上の伯爵であり、絶対的な力を持つ迷宮領主。
どのような権能や、そして技能があるかわかったものではない。リーデロットが"検証"に使われたのであれば、何年も後に、彼女よりは対多頭竜蛇戦での生還率が高いと見込まれるソルファイドを今またこうして送り込んできている以上、何らかの形で情報収集手段を用意していると警戒すべきだった。
――ただ、最悪の展開で多頭竜蛇が仮にテルミト伯を手引きしたとしても、その狙いや目的までは迷宮領主とは異なる、とも俺は考えていた。
もしも、多頭竜蛇が迷宮核をテルミト伯やその他の迷宮領主に引き渡すことを目的としていたならば、リーデロットやソルファイドが送り込まれた時点で、彼らを通すなり送り返すなりすれば良い。十数年後に、俺が迷い込んでくるのを待つまでもないのである。
そもそもの話として、小醜鬼達を壊滅させた後も多頭竜蛇は最果ての島の近海を縄張りとしてあらゆる存在を寄せ付けない、という習性を変えておらず、またその"竜神様"としての脅威も継続している。俺が『9氏族陥落』を成した翌日、まるでそれを見知っていたように"海憑き"現象を引き起こす奴の咆哮――ソルファイド曰く『竜言術』によって、多数の小醜鬼達を海に飛び込ませたことがわかったからだ。
それに加えて、『黒穿』にせよ、リーデロットにせよ、ソルファイドにせよ――もっと言えば最初に最果ての島に流れ着いた小醜鬼諸氏族の祖である「ゴゴーロ」すらも、この"竜神サマ"によって「選別」されて送り込まれた駒である、という見方もある。
だとすれば、ソルファイドはテルミト伯の手駒ではあったものの、再利用された口であるか。
……テルミト伯の思惑は思惑として、どうにも多頭竜蛇には独自の目的があり、それに沿って行動していると思えてならなかった。
この方面の可能性を追う場合は、多頭竜蛇からテルミト伯への積極的な協力の可能性は排してもいいかもしれないので光明ではある。
ただ、その場合でも、テルミト伯に俺の存在が伝わっている場合、他の迷宮領主に陽動を行わせて多頭竜蛇の気を散らしつつ、その隙に戦力を上陸させてくる、ということはあり得た。
≪全眷属に告ぐ、引き続き、島の海岸部への厳重な警戒は維持せよ。どんな些細な異変も見逃さないようにしてくれ。多頭竜蛇だけじゃない、島に流れ着く板切れの一つ見張るように≫
遊拐小鳥や突牙小魚を中心とした監視班により、海空から海岸への厳重な警戒を継続し――隙を見て多頭竜蛇の行動パターンの調査を行い、そしてもし好条件が整うならば、場合によっては接触を試みるのもよいだろう。
そしてソルファイドとル・ベリが起き次第、ソルファイドから徹底的な聴取を行い、より本格的な【人体使い】対策を3人で行わなければならない。
ソルファイドが「傭兵」として見聞した限りのテルミト伯を含めた「他の迷宮領主の戦力」に関する情報は、どんな些細なこと、どんな重箱の隅にあるようなものでも、今の俺には死活的に重要であった。
「……だが、彼を知っても己を知らなければ一勝一敗、ただのギャンブルにしかならないからな」
俺は【情報閲覧】を諳んじて、青白い宙に浮かぶウィンドウのような「ステータス画面」を呼び出し、そこに俺自身の"情報"を改めて映し出した。
【基本情報】
名称:オーマ
種族:迷宮領主(人族[異人系]<侵種:ルフェアの血裔>)
職業:※※選択不可※※
爵位:郷爵
位階:24 ← UP!!!
技能点:残り0点
保有魔素:3,300/3,300 ← UP!!!
保有命素:3,300/3,300 ← UP!!!
【技能一覧】
まず、俺が能動的に"点振り"をしたもので重要なのが、【眷属心話】を最大まで上げたことである。
これにより、検証の結果では半径2kmの距離で眷属達に対して「心話」により、意思の疎通が可能となった。少なくとも、最果ての島が半径4.8km程度であることを考えれば、『中継班』を数体のみ配置すれば、島の全域への即座の指令が可能となった。
現在一番の想定は【人体使い】テルミト伯であるが、それ以外の迷宮領主も含めて、360度を海で囲まれた島の海岸のどこからでも上陸をされる恐れはある。警戒網の拡充のために、必要な投資だと判断した。
もっとも、俺自身の【エイリアン使い】とのシナジーも無いわけではない。
やはり一度に複数の眷属達に一斉に指令を出すことができることは重要であり――しかもエイリアン達は「群体知性」によって即座に互いの役割を連携させることができるため、細かいものを除けば指示自体は大雑把なものでよいのである。
加えて、この「半径2キロ」という「心話空間」の拡張の恩恵は、眷属同士にも適用されたようであった。そうでなくともエイリアン同士、同系統を中心に連携を成していたものが、お互いに距離の拡大された【眷属心話】によって目に見えて遠方での連携の精度が増したのである。
『9氏族陥落』では、離れた位置で作戦を遂行する各班を"繋ぐ"ために、そこそこのリソースを『中継班』に割り当てなければならなかったが、その負担が大きく減り、俺の指示に対する非常に効率的な戦力・労働力の配分やローテーションが組み上がっている。
ただし、範囲が増えた分、俺だけでなく個々の『中継班』に集中する情報量の負担も馬鹿にならない状態になってはいるのだが。『中継班』には走狗蟲や隠身蛇を割り当ててはいたが、彼らは元来は「走ること」や「隠れること」をその最重要の"生命の役割"として進化分岐した存在である。
要するに、情報の中継は――その本来の役割ではない。
【眷属心話】が技能レベル最大ではなく、まだその有効射程が半径200mであった時は大きな問題にはならなかったが、中継する情報量が増えたことが「群体知性」的には飛躍的にそのローテーションを組み上げるパターンを増やしたようであり……ショートする走狗蟲が出始めるという別の問題が起きていたのだ。
……というか俺自身、膨大化した「心話領域」の情報量を受け止めきれなくなっていたのである。
ある意味では、これは"罠"でもあったかもしれない。もしも『9氏族陥落』の前に【眷属心話】を最大にしていたら、情報量の処理と選別だけで俺は逆に潰れてしまっていた可能性がある。
『中継班』に関してはローテーションを組み、俺自身に関しては非常に遺憾ではあるが「情報の精度」を落として受け取ることで、今はなんとかこれに対応しているが。
一応、更なる解決策としては『称号:超越精神体』の思考系技能の取得だろう。
だが、これは称号獲得当初からの直感通り、どうにももっと本格的な致命的な意味での「罠」であるように思えてならず――さらに、俺には既に「他の解決策」の目処が立っていた。
島中の小醜鬼を一気に討ち取ったことで、多数の"氏族長筋"から『因子:肥大脳』の解析が進みつつあったのである。それでも、解析率が100%には達していなかったが、代胎嚢の検証が進めば、"氏族長筋"の血を引く小醜鬼を増産することもできるだろう。
だが、それ以上に可能性を感じさせてくれる新たなファンガル種が『浸潤嚢』であった。こいつだけではないが、その進化に複数の因子が必要であったことから技能【因子の注入:多重】の獲得に技能点を注いだのが、俺自身で能動的な点振りを行った2つ目である。
『浸潤嚢』は、その名前と分析するという"読み"、そして『因子:水和』から、取り込んだものに対して「浸透」することができる存在であると予想でき――『因子』の解析に関する更なる選択肢が与えられるのではないか、というのが俺の考えだった。
俺自身による「直接」の解析と異なり、現状では走狗蟲達に"食わせる"という「間接」の解析しか手がない。だが、この「間接」の解析はシステム通知音から何度も伝わってくるように「効率低下」を引き起こすものであり、しかも当然だが食わせたら無くなってしまう。
しかしもしも浸潤嚢が「直接」解析か、それに類する解析ができるならば、その問題は一気に解決する。そういうわけで、『9氏族陥落』後、俺は迷宮経済の拡大と調整がてら、まず優先して浸潤嚢の"胞化"を進めていたのであった。
話を俺自身の技能に戻せば、次に能動的に点振りをしたのは【情報閲覧】と【情報隠蔽】である。
今後、テルミト伯が行動を活発させない保証は無く、加えて【情報閲覧】が「領域」と相まって、本来の自分の迷宮に所属しない生物に対しても発動可能であるということは重要な意味を持つ。戦った時点ではまだテルミト伯の所属であったソルファイドを【情報閲覧】した際に――様々な項目が「???」として表示されていたことは、たとえば【情報閲覧】と【情報隠蔽】のレベルや「領域の"強度"」といった様々な条件が加味されて、実際にその生物の情報を抜けるかどうかが決まる――そんな【情報戦】という、迷宮領主同士の争いの段階があることを強く示唆していたからである。
少なくとも、検証のために1点は振っておきたいため、ビルド方針から少し外れつつも寄り道をしたのであった。
以上が俺が"能動的に"振った分である。
その他、『9氏族陥落』からの対ソルファイド戦の中で、俺自身も無我夢中で迷宮領主としての指揮に集中していた中で、一気に来た位階上昇によって得た技能点を能動的に"点振り"しきれず、自然点振りされた分がある。
それが【強靭なる精神】と、【魔素操作】と【命素操作】であり、さらにこれらが前提条件を満たしたことで自然に取得された【収集倍化】系の2技能であった。
ただ、当初は俺自身の「保有魔素」「保有命素」の回復速度に影響する、と思い込んで重要視していなかった【収集倍化】であったが……『迷宮経済』における魔素と命素の収入にも効果があることがわかったのだ。
エイリアン=ファンガルの第2世代の1系統である『凝素茸』の能力予想と合わせて、迷宮経済を一気に拡大できるかもしれないという意味では、予定しない"自然点振り"であったが、怪我の功名に近いと割り切ることはできるかもしれない。
俺自身としては、ぶっつけ本番、小鬼術士集団に対して『妨害魔法』を発動できたことで、『ルフェアの血裔』としての本来の種族技能である【魔法適正】にも多少興味が湧いた面があったが――【エイリアン使い】を全体的に強化する技能を取りきった、その後に、さらに【眷属強化】系の技能を取り重ねて行くか、あるいは方針を転換して俺自身の能力を高めていくかは、近い将来に訪れるだろう判断ポイントであった。
……ル・ベリの【異形】や【魔眼】を見ていて、正直、俺も同じ技能を取ろうと思えば取れると考えて、少年心的な意味での興味が湧いていることは否定しないが。
――なぜそんなことを今から考えているかというと、現在俺の位階が「24」。
俺の年齢は26歳であったが、ル・ベリの技能を分析した際に検証した「年齢までは位階が上がりやすい」という仮説が否定されつつあったからだ……少なくとも【眷属経験点共有】や【眷属技能点付与】を早期に最大まで取得した俺の場合に関しては。
確かに『9氏族陥落』に至り、俺は十二分にも"迷宮領主"としての「生き方」を遂行しているとも言えるだろうが、それでも位階上昇のペースがコンスタント過ぎるように思われた。さすがに、『9氏族陥落』に匹敵するような大規模な戦闘や作戦展開があるとしても、それは多頭竜蛇と戦うか他の迷宮領主が攻めてきた場合であるだろうが――それでも「迷宮の拡張」と島の地上部の開発という大事業が控えている。
もしこのペースでいけば、26を突破して、当初想定していたよりもずっと多くの技能点が手に入るという嬉しい誤算もあるのであった。
……もっとも「26」を越えた瞬間に、その「種族経験」の獲得ペースが一気に鈍化する可能性はまだあるため、現状のこの「24」位階というのが非常に微妙なラインではあるのだが。さりとて、当初ビルドの完遂が予想よりも早いペースで一旦見えている以上、その次の方針をどうするべきかを今考えておくこと自体は無駄ではないだろう。
そんなことを気分転換に思考しながら、俺は気持ちを整えて――「それ」に意識を向けた。
"技能"こそ、予想と違って「勝手な点振り」はされていない。
しかも、ル・ベリの時とは明らかに異なる表記がある。
――『後援神:全き黒と静寂の神』という【後援神】系統の技能の下に現れた記述。
『9氏族陥落』の最中に、ベータが駆けつけたその後の一撃で、明らかに感じ取れた"介入"の気配と合わせ、その意味について俺は腹を括って考え始めることを決める。
そして再度、あの時何が起きたかを確認する意味で、ベータと、そして彼と同じく新たな称号を獲得したガンマ、デルタらを呼びつけたのであった。





