0041 人竜流転、盲明回生
最果ての島の小醜鬼諸氏族の教化と「統一」を目指した梟雄ブエ=セジャルは、己が積み重ねてきた全てが崩壊するのを見た。
手塩にかけて叩きのめし、そして育て上げてきた弟子達が次々に死んでいく。
暴力を尊び蛮勇を誇り、若かりし日には幾度となく辛酸を舐めさせられてくるも、ついに"竜神様"の威光と意志に従うことで、支配することができた戦士達が切り刻まれ、肉塊に変えられていく。
逃げ道はどこにも無かった。
――あの恐ろしい"崩落"が、大地や地面だけではなく壁や天井でも発生したからであった。
小鬼術士達が陣取る『広間』手前の坑道の入り口において、どろりと、まるで泥沼が丸ごと天から降ってきたかのように溶け崩れ落ちる。そこにはシュウシュウと空気が焼けるような音が漂っており――弟子や戦士達を何人も飲み込んだ、あの恐ろしい「緑色の死の雨」がぽたぽたと垂れていた。
そうして、崩れるべくして崩れるように【エイリアン使い】オーマによって設計されていた『罠通路』の後方から突如として噴酸蛆イプシロンと隠身蛇ゼータが率いる『奇襲班』が出現。島の各地に散っていた『監視班』の隠身蛇達がその中核を成しており、その蛇体を踊らせながら、まるで小醜鬼という"波"を掻き分け泳ぐように浸透し、次々に小鬼術士達を縛り上げたのである。
折しも――恐ろしい「半魔人」にして"竜神様の敵"たる男が、黒き槍を杖のように振るって、ブエと弟子達が発動しようとした魔法をまとめてかき消してしまった、その最悪のタイミングでのことであった。
溶け崩れ落ちた天井に飲み込まれた戦士達の頭上から、噴酸蛆イプシロンが追撃の「吐酸」攻撃をぶちまける。弟子達が次々に隠身蛇によって締め上げられ、ある者は全身の骨を砕かれて血を吐いて絶命し、またある者は喉を「鎌爪」によって掻っ切られて同じように血を吐いて事切れる。
ブエはせめてもの抵抗に『掻痒』の呪詛を自分諸共に発動させて、少しでも拘束から逃れて永らえようとしたが――再度、オーマが『黒穿』を振るって"魔力を打ち消す魔力"を叩き込んだことで、その試みは失敗に終わる。ならばと、老骨からは想像もできぬほどの火事場の馬鹿力を発揮して締め上げるゼータを押しのけようとするが、締め付ける側もまた然る者。
ブエの呼吸に合わせて、肺から空気を吐き出すタイミングに合わせて締め付ける力を徐々に増していき、その抵抗をねじ伏せていく。
ゼータの瞳には、その淡く形成されつつある個体意識には、名も無き同胞達が無惨に敗れ倒れていく姿が焼き付いていた。それを目の当たりにしたゼータは、自分自身でも他の"名付き"の同胞達とは「少し違う」感性が沸いているという自覚があった。
そしてその自覚を試すかのように、ゼータは時間をかけてブエを締め上げていく。
一思いに喉を掻っ切るのでは完全な絶命に至らない可能性がある、とゼータは『監視班』を率いながら、幾度となく行なってきた"拉致"の中で知っていた。同胞達への被害を減らすために、その苦痛をこれ以上許さぬために、ゼータはより確実に小醜鬼達の頭目を斃す行動を取ったのである。
――そしてそんな「班長」であるゼータの様子を眼に焼き付けながら、真似するように。しかしゼータとは異なる動機により、まるで小醜鬼への殺意と怒りを叩きつけるかのように、絶息ではなく全身の骨を締め砕いて苦痛を与えることを優先した締め方をする"名無し"の隠身蛇が1体、ゼータと目が合った。
しかし、相反する個性を発現したばかりの2体の隠身蛇は、この時はまだ、不思議そうに互いを一瞥しつつ、すぐにそれぞれの「役目」を果たすため、指揮を執るオーマの【眷属心話】にすぐに意識を戻すのであった。
結果として、ブエは"使徒様"が豪腕異貌の魔獣によって掴み上げられ、拘束されるのを見た。
羽の生えた飛び踊る異形の魔獣がその顔面に取り付き、強引に「片目」を開かせるのを見た。
そこに"使徒様"と切り結んだ、大蜘蛛のようにいくつもの「肢」を持つ『ルフェアの血裔』たる存在が近づき――赤く熱を放つ剣を構え、その瞳を妖しく緑色に輝かせるのを見た。
そして薄れゆく意識の中。
ブエ=セジャルの脳裏に浮かんだのは、幼き日の追憶。
彼が初めて「竜神様の歌」を聞いた時の記憶が、小醜鬼としては長すぎた一生の終に、再び蘇ってくる。
その"歌"の中で、竜神様はこう言っていた。
長き時を経て、老祭司ブエ=セジャルは今際の間際に、ついに、求め続けたその意味を知った。
――我が唯一者たる【擾乱する者】の名において、『竜言』を以て命ず。
――愚かなる"囲われ"の生命どもよ、その獣性の内より智慧を芽吹かせよ。
――智慧以て栄え、力を成し、そしていずれ来たる"御方"の糧となるがよい。
自らが智慧を与えられたことも、単なる「糧」に過ぎなかった。
長すぎる一生を掛けて成してきた、その全てもまた「糧」であったのだ。
そう悟った時、その最期の瞬間、ブエ=セジャルが感じたのは絶望と安堵であった。
***
再び【異形】の魔人の「眼」を見た瞬間、竜人ソルファイド=ギルクォースはその求め続けた願いを叶えられた。
魂と意識が吹き飛ばされ、空中に遊離するかのような浮遊感。
そして次の瞬間には、周囲の景色がぐにゃりと歪み、曖昧に溶け消えて時空が過ぎ去っていくかのようであり――まるで"先読み"の世界で偉敵と幾千万もの剣閃を切り結ぶかのような、しかし、通り過ぎてみれば瞬きにも満たない時間の果てに、ソルファイドは竜になっていた。
赤銅の鱗に、焔を纏う咆哮。
紅蓮の翼に、朱き爪牙。
赫灼を体現する巨躯に、掲げられし大火と見紛う長大な翼。
――それが『ウヴルスの里』に伝わる秘剣である『レレイフの吐息』の、否、火竜レレイフの記憶であると気づくことに、大した時間は要らなかった。
深海のように先の見通せぬ暗澹曇鬱たる天空には、幾翼もの「竜種」が此方と彼方の陣営に分かれて飛び回り、入り乱れ、相食らう。『竜言』が飛び交い、風と火と雷と光と闇と水と氷と、およそ「自然」という概念を構成すると思われるありとあらゆる「概念」が破壊的な波となって幾重もの幾重もの不協和音のような重奏を奏であげている。
――それらは全て"歌"であり『竜言』であり、天を穿ち大地を抉り、大陸の形を変えて海を干上がらせ砂漠を消滅させるかのような、滅びの闘争であった。
「真なる竜」による『竜言』同士がぶつかり合う威力は凄まじく、それこそ、多頭竜蛇とソルファイドが月と貝殻の差であるならば、この場に居合わせたならば多頭竜蛇こそが貝殻……否、砂粒とすら言えるほどの"差"であった。
その中で、ソルファイドは――『塔の如き焔』たるギルクォースの息子たる火竜レレイフは、自らの"兄"たる炎竜ガズァハが今まさに引き裂かれて、翼を食い千切られてもぎ取られ、ただの物に変えられて墜落していく様を目の当たりにしていた。
見れば、此方に属する『竜言』の波が急速に減りつつあった。
まるで夜空に浮かぶ星灯りを、一つまた一つと吹き消していくかのように、火竜レレイフとその他わずかな灯りしか後は残らず、ただ深い深い深淵たる広大茫漠とした「紫黒」の夜空に全てが押し包まれて、取り残されてしまうかのような孤独と寂寥だけが急速に膨れ上がっていた。
そして眼前には。
生まれ落ちたその時より「血を分けた」半身でもあった"兄"たる炎竜ガズァハを食い殺した存在が。
夜空よりも深く深く深淵なる「漆黒色の紫」を塗り固めたような鱗に覆われ、生命を飲み込む禍々しさを引き受けた存在が傲然と君臨していた。
――『虐げ弑し食い殺す』者たる紫黒の竜ゼロストーヴォ。
火竜レレイフとして、ソルファイドはその名の意味を知っていた。
そしてまたソルファイド=ギルクォースとして、『ウヴルスの里』の伝承にある、竜種最大の罪咎を成した存在としてのその名を知っていた。
【虐食竜の乱】により、初代竜主が弑される。
続く【十六翼の禍】により、竜という種族は【人世】における大いなる災いと成り果てた。
だが、そのような強大な存在を前にして、火竜レレイフの身体に湧き起こったのは歓喜と赫怒であり、【竜の憤怒】であり、父もその盟友も敵わなかった偉敵に挑むという、我が身を内側から食い破らんとする業火のような闘争心であった。
兄たる炎竜ガズァハだった物が3つに裂けて大地へ墜落する。
火竜レレイフは気炎をまとって夜空のように無辺強大なる『虐食竜』に挑むが――。
絶望的な力の差によって空中で組み打たれ、文字通りに赤子扱いされて手をひねられるかのように"畳まれ"、その『虐げ弑し食い殺す』と謳われた牙をその身に受けた時。
火竜レレイフを――その"死"を追体験するソルファイドを襲ったのは、全てが夜闇の深い深い「紫黒」の中に飲み込まれ、飲み干され、何もかもが消え失せてしまい、燃え尽きてしまうかのような虚無であった。
***
首尾よくイプシロンら噴酸蛆達による「壁溶かし」の奇襲が決まり、退路を断たれた小鬼術士達は全滅させた。
既に戦うことのできる小醜鬼の戦士は無く、迷宮の「領域」まで誘い込んだ敵戦力は完全に撃滅。殺戮が行われた『広間』では、どこからともなく集まってきた労役蟲達による"掃除"が始まっている――同様に、別の意味での"掃除"もまた、洞窟の外に再び出撃していった"名無し"の走狗蟲や隠身蛇達によって開始されていた。
その中にあって、俺とル・ベリは瀕死のデルタを担いでいったガンマを見送りつつ、アルファが油断なく見張る中、片目を見開いたまま大の字に地面に横たえられ、時折痙攣しうめき声を上げる竜人の様子をじっと見つめていた。
赤熱を失い、ただの赤黒い刀身をしただけの剣となった『火竜骨の剣』を取り上げ、ガリバーよろしくその四肢と尾を労役蟲の【凝固液】によって拘束した状態である。
竜人ソルファイドの見開かれた「片目」は、酸に焼かれたダメージがまだ残っているのか酷く真っ赤に充血していたが――どこでもないどこか、白昼夢かあるいは幻覚の中をさまようかのように虚ろに揺れており、時折、何事かをうわ言のように呟いている。
ル・ベリが危険だと止めたが、走狗蟲や戦線獣によって全身をズタボロにされておりかろうじて重傷で済んでいる「重体の2、3歩手前」の状態であることや、既に戦意が喪失していると判断できることから、俺はソルファイドに近づき、ゆっくりと顔を近づけてその見開かれた「片目」をのぞき込んでやった。
「……メレ、ス……ウィリ、ケ……?」
「うわ言はもう十分だろう。起きろ、竜人」
ル・ベリが背後でアルファと目配せをしており、万が一に備えていることが気配でわかる。
その判断を信頼しているからこそ、警戒は彼らに任せ、俺は尚も竜人ソルファイドに語りかける。
「望み通り、お前を"竜"にしてやった。お前は"竜"として生き、"竜"として死ぬことを知ることができた――それはとても羨ましいことだぞ? 普通、生物は1回しか死ねないんだからな」
真っ赤に焼け爛れ、まるで熟れ過ぎて今にも崩れ落ちそうな小さな果実であるかのような片目が、ぴくりと動く。その瞳孔が少しずつ収縮していき、やがて焦点が結ばれる。
どうやら、戻ってくることができたらしい。
「……迷宮……領主……か……」
「このような格好だが、今更ながら俺も名乗っておこう。俺こそは【エイリアン使い】オーマだ。お前を送り込んだ"竜神サマ"の思惑を越え、お前を誑かした【人体使い】殿の邪魔をする男だ、竜人ソルファイド=ギルクォース」
戦意は消え失せていた。
それどころか一切の感情すらも抜け落ち、その真っ赤な頭髪されもが真っ青に脱色されてしまったかと見紛うほどの"燃え尽きた"ような虚脱した声色だった。
「答えろ、ソルファイド。お前は竜としての死の中に何を見た?」
「……虚無だ……何も、そこには何も……残らない……」
「そりゃそうだ、死ねば何もかも消え失せる。そんな当たり前のことを、お前は死ななければわからなかったのか」
「……違う」
わずかにソルファイドの灼眼が揺れる。
消え失せたかと思っていた感情にわずかな揺らぎが生じたような気がして、俺はその言葉の続きを待った。
「……怒りも、喜びも……誇りも、何もかもが"食われて"消えて……無くなる……闘いも、生も……死でさえも……俺を縛るものが……その全てを捨てられたら……俺は何者かに、なれると……思っていた……だが……何も無い……」
「死んで全てが消えたのではなく、お前は生きながらにして、何もかもが消え失せたか。生きながら死んだのか、お前は。生ける屍か」
――かつて俺もまたそうだったのだから。
だが、あの時の俺には、まだやるべきことを見出すことができた。
失ったものをもう一度探し出そうと、その覚悟を固め、目標を定めることができた。
……その終が焼死寸前での異世界への零落であったが。
「元居た場所を、世界を捨ててお前は何になろうとした? "人"を捨てて"竜"になろうとしてまで、お前は何を求めた? 何者かに成ることはできなかったのか? 正直、人間離れした手強さだったよお前は。文字通り手を焼かれた。散々、俺の可愛い眷属達を屠ってくれたが――この俺の迷宮と殺し合ってお前は何を得た?」
何も無い、とソルファイドの唇が動く。
一時、揺らめいたかと思った感情が再びしぼんでいくようにも見えた。
ならば、と俺はその望み通りに『黒穿』を構え、ソルファイドの喉に槍の穂先を突きつけた。
「――たかだか1回死んだぐらいで、腑抜けるとはとんだ期待外れだ。念願の"竜"にもう満足したか、もう飽きたか。『神々の兵器』が笑わせる。人を捨て竜であることも捨てたお前は兵器にすらなれない屍か?」
「……殺すなら、殺せ」
「阿呆が」
『黒穿』でその喉を貫く代わりに、俺はソルファイドの頭部を思い切り軍用ブーツで蹴り飛ばした。
竜人という種の種族特性か、恐ろしいほどの石頭であったが、うめき声を上げてソルファイドが睨みつけてくる。その瞳には、言葉とは裏腹に、怒りが芽生えたようにも見えた。
「答えろ、お前は殺されるために来たのか? 死ぬためにここに来たのか? そのためにわざわざ、あの"竜神サマ"と大立ち回りを演じてここに流れ着き、わざわざ小醜鬼達を手下にして、俺の迷宮まで攻め込んできて? どんな遠回りな自殺だ、それは――なぁ、ソルファイド。お前は俺に何を求めて、ここまで来た?」
額を踏みつけ、顔面をぎりぎりと踏みにじって嘲りを浴びせかける。
そして俺は『火竜骨の剣』の二振りを、その眼前に晒して、馬鹿にするつもりで揺らして見せつけた。それがまた、わずかなりともソルファイドの自尊心の欠片に小さな火種を灯したか。
「……貴様と、戦うためだ。迷宮領主オーマ」
「そうだ、お前は戦いたかったんだろう。【人世】で戦い、【闇世】に落ちてきてまだ戦い続け、多頭竜蛇と戦い――飽き足らずこの俺とも戦った。お前は戦いを求めてこんなところまで流れ着いてきた」
「だが……俺は敗れた。今の俺には、もう……」
「この剣は生きているぞ」
ぞんざいに、まるでどうでもよいゴミのように俺は『火竜骨の剣』をソルファイドの胸に向かって放り投げた。双剣はまるで予定調和のように、その刃をソルファイドの両脇の隙間の地面に突き立ち――持ち主の気配に反応したのか、燃え始めの木炭のように、淡く赤く刀身を赤熱させた。
「誰を相手にしているのか教えてやろう。俺は迷宮領主だ、お前の言う"何も無い"死を迎えたはずのその『竜の骨』は、ただの剣ではない。意思を持ち、言葉通りの意味で生きている存在だ――さすがに元々の『竜』そのものではないが、だが、生まれ変わってそこでそうしている。なぁ、どこが"虚無"なんだ?」
竜人ソルファイド=ギルクォースが【人世】でどのような境遇にあったのか、そしてどんな経緯で【闇世】落ちしてきたのか、俺は詳しいところは知らない。だが、あの多頭竜蛇とさえ打ち合っただろう実力と、それを成さしめた一因であるこの『火竜骨の剣』が、尋常な来歴であるとはとても思われなかった。
そして【闇世】Wikiの知識にある『竜が支配する時代』に関する、核心には触れられないが、しかしある程度の知識としての描写から類推するならば――「竜人」としてのソルファイドが持つこの剣は「その時代」に死んだ竜の遺骨であり、且つ、そこに新たな意思ある魔剣としての生命が芽生えた存在であるとも言えた。
「そんな剣の持ち手たるお前が、剣の記憶を見た程度でそんな風に腑抜けてしまうとはな――もう一度問うぞ、ソルファイド=ギルクォース。お前は戦いを望んでいたんだな? だが、それは何のために? お前は何のために戦う? "竜"がそうだからか? なぁ、無学な俺に教えてくれ。竜とは本当にただの『兵器』で、戦うためだけの、思考力も何も持たない戦闘のための機械みたいな存在だったのか? そんな存在に――今のお前みたいに苦悩する心というものは、必要な器官だったのか?」
竜なる人にして人なる竜たる竜人の男が、俺との問答の中で初めて深く息を吸い込み、言葉に詰まったように押し黙った。
――種明かしをすれば、こんなもの、多少のコールドリーディングでもあるんだがな。
自嘲しつつ、それをソルファイドには見せず、俺は【闇世】Wikiの記述とソルファイドの反応から積み重ねた推論を軌道修正していく。
「教えてくれ、ソルファイド=ギルクォース。『竜主国』とは、『竜が人を支配する時代』とは、何だったんだ? 竜は――何を目指していたんだ? そしてそれが潰えたなら、どうして竜人が生まれたんだ?」
「……俺には……わからない……」
「当然だ、今のお前にそこまでは期待なんかしてもいない。まだ、あの"竜神サマ"に聞いた方がマシだ、こんな些細な疑問はな」
だが、と俺は言葉を続ける。
「知りたくはないのか? お前は、自分が、どうして"人を捨ててまで"――竜を理解しようとしたのかを。お前は、知りたかったんじゃないのか? どうして、竜が"竜を捨てて"――人になったのかを」
――ただ、知りたいだけだった。
――どうして、それが、そうなるかを、知りたいだけであった。
――それがそうであるとただ受け止め、流されていくような器用な生き方ができなかった。
――お前はそういう奴だったよな、と✕✕✕先輩は言ったのだ。
――そして■■■や、その他の皆もまたそういう不器用な生き方しかできなかったのだ。
「意地悪を言ったことを認めてやろう、竜人ソルファイド。お前の言う通り、きっと『竜』の死とは、何もかもが虚無に還って消え失せてしまう、そういうものなのかもしれない。感情が必要ではないはずの『兵器』の末路など、そんなものなのかもしれない。だが、兵器であることを求められて生み出されたことと、兵器自身が己を兵器であると思い続けることは、多分、きっと、違う」
「……お前、は……」
「誤解するなよ、竜人。迷宮領主は何でも知っているように見えて、実は、何も知らない。自分が知っていることしか知らず、自分が求める認識でしか世界を視れない存在でもある――お前を誑かしたどこかの伯爵サマみたいにな」
さて、ようやく"この形"に持ってくることができた。
そう胸を撫で下ろし、俺は即興による折伏を締めにかかる。
「俺は"答え"を与えない、そもそも知らないからだ。俺は世界のことを"何も"知らない。だが、俺の目線で、俺の認識で、疑問に思うことがたくさんある。知りたいと思うことがたくさんある――だがそれは、通り一遍等の教本通りの答えを聞いて満足するようなものでもない。だから、俺はお前の求める"答え"なんて持っていないし、それを対価にしてお前を安心させてやるつもりもない」
だが、と再び言葉を区切ってソルファイドの見開かれた片目を見下ろし、俺は続ける。
「――"お前"が、考えるんだ。答えを見つけるんだ。『竜』とは何なのか。『人』とは何なのか。その狭間にあって、竜でも人でもない、だが同時に、竜でも人でもある『竜人』が、それを俺に教えてくれ。無学な迷宮領主である俺に、闘争と戦いを求めずにはいられなかった、そのために逃げ続けてきた、お前のその業の意味を教えてくれ」
それが、と俺は三度言葉を区切った。
「この『黒穿』をお前の喉に叩き込んでやる条件だ。さぁ、どうする?」
長い沈黙が訪れた。
竜人ソルファイドの片目は見開かれ――しかし虚ろを彷徨うことなく、俺に真っ直ぐに注がれている。
徐々に、その瞳に、闘志とはまた異なる色合いの力強さが灯っていく。それと比例するように、両脇に突き立った『火竜骨』の双剣が、まるで苦悩するように、しかし同時に歓喜するかのように、赤熱の度合いを増していく。
そしてソルファイドからの答えは、かつてル・ベリがそうであったのと同じ形で、訪れたのであった。
――迷宮従徒志願者を検知。種族:竜人族<支族:火竜統>――
――この者の迷宮従徒化志願を受け入れますか?――
***
斯くして、竜人ソルファイドはその生涯を通した"問い"と探究を指向付けられることとなる。
【エイリアン使い】オーマとの遭遇が無ければ、あるいは彼は自力で【人世】へ戻る道を見つけ、「竜に戻りし」殺戮者としてその悪名を歴史に残し、やがて討たれ、時の流れに風化していったであろう。
"人"であることから逃げ、今また"竜"であることからも逃げようとしていたソルファイドの物語はここで終わり、オーマの『牙』としての【竜人ソルファイド=ギルクォース】が、今この時よりオーマの物語に合流することとなる。
読んでいただき、ありがとうございます。
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