0036 9氏族陥落作戦(2)
『最果ての島』の北東、小醜鬼諸氏族のうち「ザビレ氏族」として知られる集団は、島内最大の勢力であるレレー氏族の膨張と反比例するように、北東へ北東へ、海側へ海側へと追いやられるように"森"から追い出された氏族であった。
本来、氏族長となって小醜鬼達を導くべき"ゴゴーロの血筋"たる血統は、10年前のレレー氏族との大規模な抗争でことごとく討ち取られた。そして他の戦士もまたその多くが屍を晒して葉隠れ狼達の餌となっていた。
そうして縄張りを追いやられ、「樹冠回廊」を高速で駆け回る葉隠れ狼自体の恐怖からは逃れられたものの、小醜鬼達にとっては生と死の象徴そのものである竜神様に最も近い、海岸沿いの断崖に集落を築いていた。
島の内陸部では、まだ影響は軽微であるが――ただ単に森が震わされる"海鳴り"ですら、海岸側の氏族からは少なくない「身投げ」が発生する。
まして、ひとたび竜神様がその姿を現してを"歌う"などすれば、木々によってその咆哮が多少なりとも遮られることもなく、真っ先に、一身に浴びせかけられるのは彼らなのである。
そのため、ブエ=セジャルの弟子衆による情報交換の中では、ザビレ氏族はこのまま手をこまねいていれば、あと2度か3度、竜神様が"歌っ"たが最後、確実に滅びる宿命の氏族であると見なされていた――。
だが、実はこのような評価は、ブエの"追放弟子"の一人であるゲジェラによる半ば確信犯での巧みな情報操作によるものであった。
ゲジェラはあえて、ザビレ氏族が斜陽どころか墓標の土に片脚を踏み込んだような氏族であると自ら他の兄弟弟子達に晒していたのである。何故ならば、このような氏族を任されたことを、彼女はむしろ幸運であり好機であると見たからだ。
氏族長筋の血統はおろか主だった戦士達までもがレレー氏族に殺されて途絶え、女子供や老人ばかりで避難したザビレ氏族は――本来であれば、最果ての島における氏族同士の戦いの常として、レレー氏族に吸収される運命にあった。
その中にあって、小鬼術士ではあれども、本来であれば子を成す道具として一生を終える雌であったはずのゲジェラは、サビレ氏族を利用して己の力を拡大することに成功していたのだ。
ブエの弟子のうち、魔術に関してはグ・ザウをも凌ぐ実力を持っていたことから、雌でありながら唯一その高弟に名を連ね"追放"の任を負ったゲジェラ。
彼女はザビレ氏族の女子供老人達を掌握して「森から出る」ことを敢行。年々多くの小醜鬼達が海へ身を投げていく中にあっても、彼らを脅しあるいは慰撫することで、自分自身の忠実な信徒達に変えたのであった。
この際に用いたのが【魅了(小醜鬼)】の魔術である。
ゲジェラはレレー氏族を含めた近隣から、自身が雌であることを利用した「雄狩り」を実行してザビレ氏族の雌達に子を産ませ、氏族の新たな幼体達を子供のうちから教育して彼らの"母"となることで、自らの地位を盤石とした。
さらに彼女は、ブエによる「縛り付けて海に飛び込むことを防ぐ」ことで"竜神様の教え"を理解させる、という修行法の重要性を他の兄弟弟子達よりも最も理解しており、それをも信徒達の教育に利用したのである。
5年間の間に、役に立たない老個体はことごとく海へ突き落として生きた漁礁と化した。そして徹底的に"海鳴り"を浴びせて教育した、彼女を母とも崇めるザビレ氏族の戦士団を生み出したのである。
個々は柔弱で、他の氏族の戦士達には罵倒されるものでしかなくとも、他の氏族を任された祭司達の中では自分自身が最も忠実な戦士団を擁している、というのがゲジェラの自認であり誇りである。
その「全」戦力である100余体もの小醜鬼の集団を率い、ゲジェラは老師ブエの檄文に従って、まさにかつてレレー氏族に奪われたザビレ氏族の縄張りを取り戻さんばかりに、森の中に進軍していたのであった。
――そしてそこに、彼女をして想像すらし得ない「恐怖」が襲来する。
まず聞こえたのは、野獣の断末魔の絶叫かと聞き紛う「おぞましき」絶叫であった。
それはゲジェラが聞いたことのある、如何なる獣のそれとも異なる。小醜鬼として本能的な恐怖が刻み込まれていた"竜神様の歌"は、小醜鬼を当惑させ混乱させて思考力を奪い自失させる類のものであったが――皮膚を貫いてその内側の肉を引き千切るかのようなその「おぞましき」咆哮は、まるで森全体が巨大な野獣の腸の中に変わり果てたかのような、異質な恐怖をザビレ氏族の戦士達に与える。
そして、集団として足を止めてしまった、その瞬間のこと。
得体の知れぬ絶叫が伝播したかのように、激しく木々が裂けるかのような、若枝が皮を引き剥がされるような乾いた音が何重にも頭上から響くや――目端の利く数体が気づいて周囲に警戒を呼びかけるのももう遅い。
幾百の枝が砕け折れ、幾千の葉が巻き込まれるかのように、彼らの頭上の天蓋が崩落。
複雑に絡まった「樹冠回廊」を構成する、膨大な質量の枝の塊がまとめて崩壊し、質量と重力の暴力となって、進軍していたザビレ氏族の頭上から降り注いだ。
――当然、新たな「木漏れ日群生地」が偶然誕生した、というわけではない。
この崩落劇を引き起こしたのは、オーマがザビレ氏族を抑えるために派遣した「特別襲撃班」を構成する"名付き"たるガンマ、デルタが率いる6体の戦線獣であった。
あらかじめ、ザビレ氏族がシャガル氏族への合流に向かうルートや、『帰らずの丘』に直接向かうルートなどで進軍するであろうポイントをオーマがピックアップしており、戦線獣達の手による崩落寸前の破砕が行われていたのであった。
ザビレ氏族の戦士が十数体、落下した枝の塊の質量に滅茶苦茶に巻き込まれ、臓物と血しぶきを撒き散らして即死する。その上から、彼らの恐慌をさらに煽るようにガンマ、デルタを中心とした戦線獣による走狗蟲を越えた肺活量から繰り出される【おぞましき咆哮】が降り注ぎ――次の瞬間、空気を焼き払うような裂音と共に、緑色の液状の球体がいくつも、崩落した樹冠回廊の狭間から死の雨となってザビレ氏族に降り注いだ。
「特別襲撃班」をアルファに代わって率いるベータと、彼とイプシロンを含めた4体の噴酸蛆による「酸爆弾」である。
運良く巨枝塊の直撃を避けたゲジェラと、彼女が老師ブエの真似をして育て上げた数体の小鬼術士達が、とっさに【風】の魔術などを使って緑色の酸の雨から身を守る。しかし、噴酸蛆達が放った「酸爆弾」はいずれも的確に小醜鬼戦士達の"密集地点"に着弾しており、さらに十数体が即死、周囲の数十体が重傷から軽傷を負って恐慌が伝播する。
ベータ達噴酸蛆による「爆撃」は数十メートルも彼方の樹上からであったが――「特別襲撃班」では噴酸蛆1体ごとに遊拐小鳥が随行しており、酸爆弾を叩き込むべき場所を伝える"観測手"の役割を果たしていたのである。
ザビレ氏族が、およそ最果ての島の歴史の中で全く受けたことの無い「攻撃」に大混乱に陥る中、さしものゲジェラとてそれを鎮めることは能わなかった。
間髪を容れることなく、樹上から数十メートルの距離をガンマ、デルタ率いる戦線獣達が、崩壊したザビレ氏族の戦列のど真ん中に飛び込む。丸太のような剛腕によって、小醜鬼達を叩き潰し、また両腕をミキサーのように振り回して地の肉塊の旋風を巻き上げる。
そこに、追撃役として「特別襲撃班」に随行していた10体の走狗蟲と、流動する戦況の中で独自の判断で合流していた"南東方面"の「中継班」の内2体の走狗蟲が足爪を振りかぶりながら切り込んだ。
ところで、ゲジェラは自身が作り上げた「戦士団」の価値を正確に理解していた。
個々の暴力は決して他の氏族の戦士達に叶うものではなく、その点では他の祭司達に罵倒され馬鹿にされることも覚悟はしていた。
しかし、"竜神様の歌"の使い方をどの弟子達よりも理解し、それを実践して氏族のほぼ全個体を掌握して戦力として献上することが、老師の目にどのように映るか、ということまで彼女は考えていたのである。狡猾さと小鬼術士としての実力から、グ・ザウが後継筆頭ではあったが、この功績によって一気に老師の後継者たらんとゲジェラは考えていた。
……だが、それは要するに、個々の戦士としては弱卒も極まるということでもあった。
そのような小醜鬼の氏族ごと、ブエ=セジャルの"弟子達"の細かな事情まで把握していなかったオーマとル・ベリにとっては、結果的には「特別襲撃班」として派遣した戦力は過剰とすら言えるほどのものであった。
オーマとしては、悪い可能性を考えて「戦力をせめて半壊させろ」とベータに命じており――『連星』の三番手である突牙小魚のシータなどは、わざわざ数体の同系統のエイリアンと共に海側から海岸沿いを5時から1時の方角へ回ってザビレ氏族の後背を襲撃する手筈であったが、その用心は完全に無駄となった。
もはや乱戦とすら言えぬ一方的な虐殺となったザビレ氏族戦線であったが、ゲジェラ率いる小鬼術士の部隊は多少の抵抗を見せる。
風斬りの刃が走狗蟲を薙ぎ、投げつけられた小さな火球や魔法の石つぶてが戦線獣の目をくらませてその剛腕を空振りさせる。
しかし、劣勢を覆すには至らず、走狗蟲達が複数体で威嚇するように小鬼術士達の周りを駆けながら――『三連星』の次鋒イータ率いる遊拐小鳥達が次々に小鬼術士の頭上から襲来し、1体ずつ四方から掴んで空高く飛び上がり、"胴上げ"の要領で宙へ放り投げていく。
その奇襲に、頭上への警戒を叫ぶゲジェラであったが――背中を守るべき弟子達が排除されたことに気づく間もなく、音も無く背後に忍び寄った『三連星』の先鋒ゼータの蛇身に締め付けられ、鎌爪により喉を掻っ切られ、その野心を潰えさせたのであった。
同胞達がザビレ氏族を難なく制圧する様子を、身体を丸めて樹冠回廊の太枝を転がり移動してきた体勢のまま、ベータは満足げに見下ろしていた。偉大なる創造主から与えられた作戦時間の半分にも満たない、快速の快勝である。
ならば、残党狩りは随行の走狗蟲達の一部と合流しつつあった"北東方面"担当の「監視班」である隠身蛇達に任せ、"名付き"たる自分達が先行して創造主の下へ戻るべきである――そこまで判断して、樹下のガンマ、デルタと目配せをした、その時のことであった。
刹那、ベータは周囲全てを【火】に包まれたかのように感じて、その灼熱の舌に全身を薙ぎ焼かれたかのような苦痛を幻視した。そして瞬時にそれが幻覚であり――偉大なる創造主と自分自身の"眷属"としての繋がりを通して流れ込んできた感覚であると、理解した。
そのような"名付き"としての思考と同時に、エイリアン達を連携させる"群体知性"によって樹下のガンマ、デルタと、一瞬だけ目を見合わせる。そして同胞の2体が、たった今自分と「同じもの」を見たと直感した。
次の瞬間、ベータは弾かれたように転がり始めていた。
数瞬、遅れて樹下のガンマとデルタが周囲の小醜鬼の遺骸や崩落した枝の塊を弾き飛ばし吹き飛ばし崩しながら猛然と駆け出す。さらに遅れてイプシロンとイータ、ゼータが続く。
"名付き"達は、自らの命と存在を賭けて、誰よりも何よりも早くそこへ向かわねばならない、という絶対的な本能と、そして自身の直感的な思考に従い――オーマとル・ベリがシャガル氏族を迎え撃つはずの「迎撃の裂け目」をただ一身に目指してひた駆けていった。
***
――時は、ベータ達がザビレ氏族を掃討した場面から少し遡る。
俺はアルファの背に担がれながら、ル・ベリと合流し「迎撃の裂け目」までたどり着いていた。
労役蟲達を総動員して島中に地下道を掘り進めさせ、各氏族の集落を下から崩すという「9氏族陥落」作戦は、"使徒"の登場によってブエが動き出したことにより、プランBの形で実行せざるを得なかった。
だが、途中までとはいえシャガル氏族、ゴゴーロ氏族側に向けて掘り進めた坑道が無駄になる、ということはない。要は集落の直下が無理でも、その道中を"崩落"させることはできるのである。
その予定地点を俺は「迎撃の裂け目」と名付けていた。大地が崩落して「裂け目」ができるのは、まだこれからのことであるが。
"使徒"の号令か、老祭司ブエ=セジャルの檄かはわからないが、西部方面担当の「監視班」からの報告では、シャガル氏族がにわかに行軍の速度を増した。しかも、ル・ベリを使って亥象などの野獣の類を突っ込ませたゴゴーロ氏族からは、小鬼術士と思しき集団が戦士団と分離し、先行してシャガル氏族と合流するように足を早めたとのことであった。
ならば、このまま「迎撃の裂け目」まで踏み込ませ、予定通りに迎え撃つ。撃滅して撃退できればそれでよし、持ちこたえるならば「特別襲撃班」や「掃討班」「遊撃班」の合流まで耐えるか、耐えられなければ坑道へ撤退する手筈。
――道中、隙あらば「監視班」の隠身蛇を「暗殺班」に役割変更させて、老祭司ブエ=セジャルか小鬼術士を1体でも減らせないか【眷属心話】を通して確認したが、"使徒"がなかなかに戦い慣れした勘の鋭い奴であるようであり、そのような隙を見せなかった。
斯くなる上は、迷宮に帰還する前に一当てして、その実力を測るか。
その意味を兼ねて、俺はアルファ、ル・ベリと共に西部戦線に率いてきた走狗蟲30体と共に、巨樹の影や樹上に潜み――息も気配も殺して、タイミングを待った。
やがて森の奥から、軒昂なる気勢を上げる気配が何十と迫ってくる。
小醜鬼は小規模な狩猟部隊である場合は、肉食獣を恐れてこそこそと移動することも多いが――逆に、明らかに数で押して勝てるだろうと判断した場合、その暴力性と罵倒し見下す習性は、他の生物に対しても発揮されるようであり、明らかに示威するような咆える声や戦士達が木の槍を盾に打ち鳴らすような音が、森の奥から空気を揺らしてくる。
だが、俺の眷属達は深山の湖面の如く、波一つ立たせぬ静けさによって生命の気配までも消していた。それでも、小醜鬼達は俺達の存在を確信したかのように、躊躇することもなく森を踏み歩いて近づいてくる。
そして、迎撃の裂け目となる"予定"の「木漏れ日群生地」の開けた視界に、鬱蒼とした森の奥から連中のギラギラした緑色の双眸の光がいくつも現れる。ぎゃあぎゃあと蛮族が叫ぶような声と共に、槍と盾や石造りの山刀を持った戦士達が一斉に立ち止まり、それまでの喧騒が嘘のように静まり返る一瞬。
「掛かれ雑兵ども!!」
轟、と爆炎が引き遊ぶかのようなよく通る男の声が鳴り響く――小醜鬼のものとは異なる明朗なるオルゼンシア語である。
瞬間、堰き止められた川が堤防を破砕して溢れ出るように、森の奥という奥から小醜鬼の戦士達が悪鬼羅刹の形相で猛然と駆け出してくる。その数実に20、30に迫る。
だが俺も、エイリアン達も息を殺し続ける。
凶器を振りかぶる暴徒の群れの如き小醜鬼集団の"中心"が、その地点まで迫る。
十歩。
五歩。
三歩。二歩。一歩。
「≪今だ崩せ! 「崩落班」よ!!≫」
実際の声と【眷属心話】とで同時に俺もまた喉が痛むことなどお構いなしに大喝した。
そして次の瞬間、地下数メートルの位置の「空洞」まで、坑道を繋げていた労役蟲の一団が、その空洞内に構築していた仮初の"支柱"を鋏脚の一撃によって叩き崩す。支えを失った、木漏れ日はその中心に座す、何十年前だかに樹冠回廊から崩落してきたであろう巨大な枝の塊の重さに耐えきれず、地面が一気に液状化。
波打つかのように、土埃を巻き上げ、まるで地面が表土をめくり上げるかのように、鬱蒼とした森の小さなオアシスとも言うべき木漏れ日群生地の珍しい植物や菌類からなる小さな、しかし激しい生存競争で彩られる生態系ごと崩れ果て――蟻地獄の巣のように小醜鬼の戦士達を一気に飲み込み引きずりこんでしまったのであった。
――出鼻は挫いた。さらにその鼻っ面を顔面に陥没するまで押し込んでやろう。
「アルファ、やれ!」
号令一下。
俺の傍らで身を伏せながら――丸太を掴み、両腕の剛腕に力を溜めていたアルファが、【おぞましき咆哮】と共に、伏せていた姿勢から背筋を跳ねさせるように起き上がる勢いのまま、その人間の背丈ほどもある丸太を真正面に向けて片腕で投擲。丸太が回転しながら軽い放物線を描いて、小醜鬼の戦士20体余りを飲み込んだ崩落地点の向こう側に投げ込まれる。
絶叫と共に数体が潰される様子が伝わってくるが、まだ終わらない。アルファがもう片方の腕で掴んでいた、同じぐらいの丸太を、全身を円運動のようにひねりながら続けて投擲。オーバースローの要領で力任せに投げられたため、今度は縦回転しながら丸太が、わらわらと飛び出してきた小醜鬼達に迫るが――。
「喝ッッ!」
瞬間、まるで旋風のような熱気が吹き抜けた。
と同時に、小醜鬼達の奥から猛然と飛び出してきた何者かが、上段から正眼に赤く紅く赤熱する剣を振り下ろし――炭が激しく焼けるかのような音と共に、真正面から縦回転する自身の身長と同じほどもあろうかという丸太を真っ二つに焼き切って両断したのであった。
――両断され、左右に吹き飛んだ丸太が周囲の小醜鬼を巻き込んで被害を与えるが、その「剣士」は気にする様子を見せない。
≪あれが"使徒"サマだな……何者だ、あれは。「ルフェアの血裔」じゃないな≫
≪申し訳ありません。あのようなものは私も見たことが……ふうむ、まるでトカゲのような鱗と尻尾ですな≫
その剣士は長身隻眼の偉丈夫であった。一見して小醜鬼ではない。
隆起した上半身の筋肉から、武人であり明らかに直接的な闘争に長けた戦士であることがうかがえる。赤熱した剣――俺の方で回収した剣と瓜二つの火気をまとう魔剣を構えており、それと同じぐらいに真っ赤に燃え盛らんばかりの色をした髪の毛を逆巻かせている。
胸当てとリングメイルを織り込んだような独特の"服"を着ていたが――"人族"でありながら、明らかに「魔人族」とは異なる特徴を有していた。
第一に、腰と尾てい骨の付近から伸びた"尾"の存在である。それは地面に垂れ下がりながらも油断なく踏ん張っており、第三の足、というよりもむしろ第三の腕として警戒すべきと直感が告げる。
そして第二に、顔は目元から下、首にかけて、皮膚を覆う"鱗"の存在であった。顔つきはむしろ俺やル・ベリとも大きく生物学的に差は無い風貌でありながら、まるで重度の皮膚病か何かの呪いのように全身を覆う紅く煌めく"鱗"が、その男の異質さを浮き立たせていた。
ル・ベリが「トカゲ」と評したように、案外そういう種族であるのかもしれないが――。
≪だが、どんな輩が出てきたとしても、対応できるように備えていたわけだからな――【情報閲覧】発動、対象はあの"鱗"の男だ≫
迷宮領主としての特権たる超常を諳んずる――あらかじめ、俺はこの「迎撃」地点もまた俺は【領域定義】により「領域」に加えていたのである。
魔素と命素の流れが渦巻き、鱗の剣士には見えない角度で小さな青白いウィンドウでその男の【情報】が表示された。
【基本情報】
名称:ソルファイド=??????
種族:竜人族<支族:火竜統>
職業:牙の守護戦士(剣)
所属:??????
位階:27
技能点:?????
【技能一覧】
??????
【称号】
??????
――竜人。この世界での"読み"は「竜人」。
【闇世】Wikiによれば、かつて「竜が支配する時代」を終わらせた竜の末裔なる存在。
そんな男が、この最果ての島にやってきた背景も、経緯も、俺には全くわからない。
ただ、「領域」内で発動した【情報閲覧】であるにも関わらず、多くの情報が「???」と表示されていることに、否が応でも――迷宮領主の種族技能たる【情報隠蔽】が存在すること、すなわち「他の迷宮領主」の存在を意識せざるを得ない。
……だが、少なくとも今眼の前のこの「ソルファイド」という名前の剣士に相対する最低限の情報は得られたのであった。
「我が名はソルファイド、『塔焔竜』ギルクォースが裔なり。そこにいるのだろう、迷宮領主よ。迷宮の奥に引きこもっているかと思ったが、その大胆不敵さ、気に入った。俺の"剣"を返してもらおうか!」
≪ル・ベリ、あの"鱗"の剣士を足止めしろ。奴の剣には気をつけろよ、絶対にあれには直接触れるな≫
≪御意のままに――あのトカゲ男を蒸し焼きにして御方様に献上いたしましょう!≫
樹上で枝々がざわめく。
潜んでいたル・ベリが猛然と落下してきたのである。その背中に、まるで大蜘蛛のように広げた6本の【異形】の触手の1つ1つには、旧レレー氏族と旧ムウド氏族から接収した木の槍と木の盾が握られていた。
「喝ッッ!」
ソルファイドがあの危険な火の魔剣を薙ぎ振るい、ル・ベリを受け止める。
「走狗蟲達よ、襲いかかれ! 小鬼術士を優先して排除しろ! アルファ、お前も突っ込め。ル・ベリがまずそうなら加勢しろ! 『監視班』は『暗殺班』に転身だ、死角から奇襲しろ!」
ソルファイドなる「竜人の剣士」の闘気と闘志は、ある意味では俺の予想を完全に越えていた。おそらく一当てして撤退、などと虫の良いことを言っている余裕は、無い。
(ベータ達の加勢が間に合うまで、持たせられるか……?)
俺は『黒穿』を握りしめ、呼吸を整え、じっとその多頭竜蛇とも迷宮領主とも関わりがあろう、"使徒"として小醜鬼達を率いてきた男をはっきりと見据えた。





