0031 経世済民、形成不全
【16日目】
「世界の罅」、またの名を"異界の裂け目"。
迷宮の数だけあるこの空間の断裂から、まるで【闇世】全体が呼吸をしているかのように――膨大な【魔素】と【命素】が【人世】から流れ込んでくる。
"魔素"とは、大まかには「魔法」や【技能】に代表される、自然法則を超越した超常の力を成す媒体となるエネルギーのようなものであり、"命素"とは、これもまた乱暴に言えば生きとし生ける存在が持つ「生命エネルギー」に近いものである。
実際には【技能】の発動や、俺の迷宮領主としての力の発動には「魔素」だけでなく「命素」も必要であるので、「命素」とはもう少し複雑な存在であったが、迷宮の「経済」を成り立たせる最重要の2資源がこれらであるとされている。
「報告では聞いていたが。これは、簡単には出れないし、仮に侵入してくる者がいたとしても、命がけだな」
誰に呟くともなく、俺は目の前に広がる絶壁を見上げて独りごちた。
それに答えるように戦線獣のアルファが唸る。そこは、まだアルファとベータが走狗蟲であった時に既に見つけていたらしい【人世】の側への"道"だ。
本格的に迷宮の拡張を進めるためには、"異界の裂け目"は切っても切り離すわけにはいかない最重要の地点。これの位置の考慮を抜きに、大規模な迷宮の構造を考えることはできない。
だが、遠い。
見上げんばかりの絶壁の高さはゆうに100メートルを越えており――果たして"異界の裂け目"とやらがどのような姿形をしているか見てやろう、と俺は思っていたが、遥か頭上に仄かな「銀色」の揺らめくのみであった。
加えて、たどり着くまでの道も上下に入り組んでいる。
最果ての島での最高標高地点は、小醜鬼達によって『帰らずの丘』と呼ばれる、俺の迷宮のある鍾乳洞の出口であり、せいぜいが数十メートルである。必然、【人世】側の"裂け目"まで100メートルもの絶壁があるということは――鍾乳洞の入り組んだ奥深くをさらに三桁メートルも地下深くまで潜った場所にある、ということである。
道中の起伏は、俺が最初にアルファ、ベータの2体と"外"へ出た時の比ではない悪路の連続であり、まるで地下洞窟の中で山をいくつも越えたかのような強行軍を、何時間も続けねばならなかった。
走狗蟲が交代を含めて総勢20体がかりで順次「筋肉エレベーター」を構築し、戦線獣のアルファが俺を担ぐことで、やっと辿り着くことのできる難路であった。
俺は改めて絶壁を見上げる。
魔素の青と命素の白によって明滅する仄光以外は、地下洞窟は完全な暗黒に包まれていたが、その中にあって、まるで仮初めの星のような銀の灯りを放ち、ゆらゆらと水面のように揺らいでいる"裂け目"。そのぼうっとした光に照らされる木の根や蔦の類を見つめながら――俺は思わず顎に手を当てた。
このような地下深くに木の根の類が伸びてきているとは考えにくかったからだ。洞窟深くの、この場所に至る道中でだって、キノコの類はあれども、光合成を前提とするような植物の"根"だとかが生え伸びてきている……ということは無かったはずだ。そんな代物が、明らかに頭上彼方の"裂け目"の方から垂れ伸びてきていたのである。
簡単に言えば"裂け目"の向こう側から根を下ろしてきた【人世】の植物の可能性があるのだ。
――不思議なことに、ぼうっと灯る銀色の"もや"の向こう側は杳々として見通せない。高さのせいもあろうが。
目を凝らしてどうこうというレベルの高さではないため、確かめるには、そこまで登る必要があるだろう。だが、残念なことに、身軽で俊敏な筋力を持つ走狗蟲ならば単身で"裂け目"の向こう側、【人世】へ送り込むこともできるかと思って【闇世】Wikiを調べたところ、どうもそれは爵位権限不足であるらしかった。
ただ、今回は珍しく「不足」の詳細が見れた。
曰く、公爵未満は迷宮領主自身か従徒しか"裂け目"を通過させることはできない――とのこと。
【人世】に対する逆侵攻の門として"裂け目"が利用され、迷宮がその拠点となっていた時代に、公爵以上が司令官となって組織的・戦略的な攻撃を行ったことの名残であるらしい。
しかし【闇世】が"戦国時代"と化してからは、本格的な侵攻としては【竜公戦争】と呼ばれる竜族との戦い以外では、【人世】へ赴く者は激減。必然【人世】側の情報共有についても、俺のような下級爵でも見れる程度のものでは、当たり前のように「最終更新日が数百年前」であるような、やっつけ同然のメモに近い書き殴りばかりであった。
【人世】調査を本気でやろうとするならば、今の段階では俺かル・ベリにしかできない。
しかし"魔人族"とは【人世】の人族が、ルフェアの血裔を恐れ、また侮蔑する言葉なのである。正体がバレた時、厄介なことになるのは目に見えていた。
故に、今は捨て置き、後回しとする。
ここまでの経路の整備もゆくゆくはしたかったが――それは最低でも『最果ての島』を掌握し、多頭竜蛇の動向を見定め、安全を確保してからでも遅くはない。あるいはその逆で、俺自身が敗北を重ね、最後の賭けとして【人世】行きを敢行しなければならなくなったその時でも遅くはない。
≪走狗蟲1体でいいから、交代で見張りだけはしておいてくれ。僅かでも【人世】から何者かが来そうだったら、静かに監視しつつ、大至急報告を寄越すようにしておいてくれ≫
【眷属心話】で"名無し"達の群体意識に指示を出しておいた。
今はそれで十分である。
この数日間、迷宮化を進めていた鍾乳洞に引きこもり、来たる「9氏族」の一網打尽に向けて、俺は現時点での「できること」の限界把握に務めてきた。
幼蟲を増やし、労役蟲と走狗蟲を増やしていき――ついに"魔素"と"命素"の「限界の流量」の把握が一歩進んだのである。
【現在の眷属数】
・幼蟲……147体
・労役蟲……90体
・走狗蟲……55体
・戦線獣……3体
・噴酸蛆……2体
・揺卵嚢……5基
・代胎嚢……1基
【迷宮経済】
・眷属維持コスト削減……効果:3割カット
・総維持魔素…… 1,232単位
・総維持命素…… 2,399単位
・総魔素収入……約1,425単位以上
・総命素収入……約2,400単位
噴酸蛆と代胎嚢を除いた多くのエイリアンは、維持コストでは圧倒的に「命素」に偏重していた。これらは第2世代以上であるため、すぐに量産したり、また簡単に数を減らして良いものではない。
そのため、魔素の収入については未だ限界は不明だったが、命素に関しては、現時点で1日約2,400単位であることがわかっていた。それが判明した、検証時点での眷属数は次の通り。
【検証時の眷属数】
・幼蟲……510体
・労役蟲……35体
・走狗蟲……30体
・戦線獣……3体
・噴酸蛆……2体
・揺卵嚢……5基
・代胎嚢……1基
【迷宮経済】
・眷属維持コスト削減……効果:3割カット
・総維持魔素…… 1,425単位
・総維持命素…… 2,402単位
幼蟲以外がこの数で、ちょうど幼蟲が510体を越えた時点で――目に見えて、周囲のエイリアン達の動きが悪くなり始める。そして【情報閲覧】で確認するや【状態】の項目で『命素欠乏』というものが、ほとんどのエイリアン達に表示されるようになった。
そして、身体が小さく体力も弱かったであろう、幼蟲が数体死ぬことで収支が釣り合う。全エイリアンの維持命素の合計が2,400単位を下回ったところで、全体の衰弱も止まって俺の眷属達は急速に回復し、俺は多くを理解することができた。
幼蟲を犠牲にしたのは事実である。
だが、俺の軍量や軍勢の限界点を知るためには必要なことであって、そして最も"軽い"被害として許容できるのが幼蟲だったからこそ、俺は彼らを犠牲にした。そして、見ればわかる通り、510体まで幼蟲を増やすことで割り出した「最大命素供給量」に釣り合わせるように、走狗蟲と労役蟲を増やしていった。
――引き換えに、約350体の幼蟲を土に還したのだ。
いずれ俺は、今以上に彼ら"名無し"をただの数字と捉える日が来るかもしれない。だが、だからこそ今のこの感情を覚えていようと、初日に【魔素操作】と【命素操作】をミスして幼蟲卵を無駄にしたことを思い出したのだった。
たとえ無数無名の"名無し"であったとて、タイミングと運命が異なれば、その350体の中からまた別の"名付き"が現れていたかもしれない。
だからこそ、俺は犠牲にした分だけ、徹底的に成果を上げ、検証を固めなければならないと自分自身に発破をかけた。
そして、単なる迷宮の『領域』からの魔素と命素の供給以外に、例外的にだが、維持コストを支払う方法があることが整理できた。
その第1は、俺自身の保有魔素と保有命素を供給してやることである。
これは【魔素操作】と【命素操作】で簡単にできるが――肝心の俺自身がガス欠になってしまえば終わりである。位階あたり100単位ずつ、俺が保有できる魔素・命素量は増えているが、これが減った分の補充もまた、エイリアン達の維持コストと食い合う。
つまり、全体が赤字になってしまえば、俺の保有魔素・保有命素も回復が止まるのだ。
これは、いざという場面では危険であった。俺にとってこのパラメータはMPに近いものであり、【技能】の発動でも必要なのである。考え無しに眷属を増やしてしまえば、迷宮全体が自滅してしまい、それは迷宮領主を一蓮托生に巻き込みうる。
【黒き神】が作り上げたという迷宮システムの、かなりシビアで冷徹な部分を垣間見たような思いがした。
だが一方で、第2の方法はなかなか、可能性を感じることのできるものであった。
通常は他の野生生物のように食事を取らない眷属であるが――実は食料を与えることで、その一部が体内で"魔素"や"命素"に変換され、維持コストを一部だけだが代替できることがわかったのだ。
これは、代胎嚢が眷属以外を魔素・命素で養うなら、その逆もあり得るのではないか、と考えて試したものである。
どれだけ食わせても魔素・命素コストの100%代替は不可能であったことと、命素と比較して魔素の代替となるような食物がほとんど見つからないという2つの問題を除けば、もし俺が今以上の迷宮の軍勢を増強しようとした場合、大真面目に「農場」や「牧場」といった食糧生産設備を作るという選択肢が現れたと言える。
そしてそのデメリットは、迷宮経済の複雑化である。
現時点で既に「魔素」「命素」「時間」という3つの資源がある中で、「食糧生産」という現実の国造りや組織運営、つまり「現実の経済」ですら臨機応変の求められる資源管理を迷宮経済と融合させなければならなくなる。
言い換えれば現実の経済が持つ"弱点"を抱え込み、「迷宮経済」の強みを自ら半減させるものだ。
たとえば『最果ての島』を全農場化して、その資源量で養える量の軍勢を抱えた場合、当然ながら食料の備蓄を奪われたり焼き払われたりすれば、たちまちに俺の眷属達は全軍が一斉に餓えてしまう。一方、もしも軍勢の維持が「迷宮経済のみ」である場合は、放っておいても魔素と命素は一定量湧いてくるため、管理の手間や防衛の手間という意味ではこちらの方がずっと物事はシンプルであった。
俺は目を閉じて夢想を広げ、この情報を元に、島を制圧した後の構想をさらに思い描いてみた。
元獣調教師にして、薬草知識も豊富なル・ベリであれば、優秀な労働力さえあれば「大農場」と「大牧場」を管理運営することは容易だろう。周囲の安全を確保し、情勢を安定させることができれば――たとえば小醜鬼を労働力として大規模農場させるのはどうであろうか。
亥象は"品種改良"を進めれば、肉として、命素の重要な供給源にできる。同じように、小醜鬼もまた"品種改良"を進めることで、労役蟲と使い分ける労働力とすることができるのではないか。
「だが、やはり前提として、万が一焼き払われても"迷宮経済"の方が致命傷を負わない体制づくりが必要だよな……」
事あるごとに"絶滅"を主張するル・ベリであったが、俺はそういう意味で、小醜鬼に利用価値はあると考えていた。
人の形をした、人型の生物ではある。そのような存在を利用することへの忌避感が【強靭なる精神】が発動したことで薄れてしまった、ということはあるにしても――逆に言えば「人型の生物」であり、そして俺やル・ベリを含む魔人族全体にとっての公共の敵であるからこそ、堂々と「実験動物」にしてしまう大義も立つように思われた。
――本物の"人間"を使うよりもマシなことである。
代胎嚢にしてもそうであったが、俺自身の道徳観とは別次元のところで、どうも【エイリアン使い】は当然に「他の生物と"関わる"」こともその権能の射程範囲内にしているように思えてならなかった。
であるならば「もっと過激な」ファンガル種が出てきても驚くわけにはいかない。その中にあって、「人間ではない人間型の生物」として、利用することができる小醜鬼もまた――貴重な資源であると言えた。
――新たな称号の獲得を検知。称号【怜悧なる狂科学者助手】を定義――
――称号の取得により技能点を3点獲得しました――
「……はぁ」
ただし、現状では代胎嚢を使って小醜鬼を急速に成長させることにはまだ問題があった。
その"検証"をするために、待つこと20分。
2体の走狗蟲が連れ運んできた「それ」を目にして、俺は最初に「それ」を見た数日前のように改めて言葉を失う。
それは……概ね小醜鬼、であった。
そして何を隠そう、代胎嚢によって「成長」し、成体となったはずの小醜鬼であった。
だが、あの小醜鬼憎悪者たるル・ベリですらもが、小醜鬼相手ならば立て板に水を流すが如く淀みなく溢れ出る悪罵が止まるほど、困惑したように顔をしかめて黙ってしまったのが「それ」である。
小醜鬼のようで小醜鬼ではない。
ぱっと見の造形や姿態、大ざっぱな見た目は同じである。しかし、細かい部分でどこかが違う。上腕と下腕の比率が微妙におかしかったり、鼻の位置と口の位置のバランスが微妙におかしかったり、瞳の虹彩の位置が微妙におかしかったり。
――元の世界で見たことのある怪奇画像で説明するならば、あの手の「怖い画像」で一番、見る者に不安感を与えるのは「不気味の谷」である。
人の形をしているにも関わらず、たとえば唇の角度がおかしかったり、ある部位の長さがおかしかったり――そうした精神的なおぞましさや冒涜性が、まるで「人間」の境界が溶け崩れるかのような強烈な不安定感を見る者に与える類の「怖い画像」。
ちょうど、それと同じことが、代胎嚢から出てきた小醜鬼には発生していた。
当然だが、使い物にならない。
代胎嚢に入れる前の幼体であった頃よりも、さらに知性が低下して野生動物以下という状態。さすがに戦慄したル・ベリが、直ちに処分しようとしたが――それでも俺の都合で「それ」にさせてしまった「それ」である。
せめて、裂け目に来た時にやろうと思っていた"検証"に使おうと考え、ここまで運ばせてきたのであった。
「……やるか。まずは【領域定義】」
1点だけ、その権能の在り様を見定めるために取得していた迷宮領主の"基本技能"の発動を諳んじる。
すると俺自身を中心とした周囲数メートルを半径とした球状の領域が知覚された。
それは迷宮領主と眷属との間に繋がるリンクに近い、迷宮領主と「領域」そのものとの間に働くリンクであった。
この「球域」は、俺自身の意識と認識に応じて大小に領域を拡大させることができる。
ただし、あまり激しく広げたり縮めたりすると、指数関数的に保有魔素と保有命素が減少していく、という制約があったが。
技能レベルが1でしかないから、この程度であるのかもしれない、と考えつつ、俺は保有魔素と保有命素の9割近くをそこに注ぎ込み――半径20メートルほどの球状の領域が、明確に俺の迷宮の「領域」として定義されたことを感覚的に理解した。
その証拠として、たった今浪費した俺自身の保有魔素と保有命素が、じわじわとであるが、たった今"定義"した領域からにじみ出る魔素と命素を吸い取り、回復し始めていた。
迷宮領主にとって「領域」とは、単に眷属を使って物理的な意味で構築した城や迷宮などの構造物を指す言葉ではない。
超常にして自身の迷宮領主としての「全能」に近い権能があまねく及ぶ空間こそが「領域」なのだ。その一番わかりやすい能力こそが、「領域」からは"魔素"と"命素"を収穫することができる、ということである。
つまり、【領域定義】によって「領域」自体を増やした俺は、今この瞬間、迷宮経済における「魔素収入」と「命素収入」が増えたのだ。
無論、おそらくだが爵位と技能レベル辺りに制限されて、広げることのできる「領域」は無限ではないだろう。しかし、これは「迷宮経済」を「迷宮経済」のまま拡大させることができる方法である。
このことを知ったのは"異界の裂け目"の調査に出かける直前だったが、これもまた俺が『最果ての島』の農牧場化を急がなくてもいいと判断した理由の一つであった。
そして技能名が【領域定義】であることから予測できるように、一度やった「定義」は、後から外すこともできる――となれば、「定義」する場所に応じて魔素と命素の収支も異なるのではないか? と俺は考えた。
そのために"裂け目"調査を早めた、というわけである。
"裂け目"の近くほど、高い魔素と命素の収支が期待できる場所も、無いだろう。
それが今【領域定義】を行った1つ目の検証事項である。
そして、2つ目の検証事項。
「【情報閲覧】、対象はそこの小醜鬼……かもしれない何か」
魔素と命素の渦巻き方と集まり方が、明らかに"外"とは異なっていた。
そして、結果は即座に、厳然と俺の目の前に現れる。ほぼ完璧な「ステータス画面」が、青白い光のウィンドウとなり、その「概ね小醜鬼」に関する様々な情報を俺の前に表示していた。
【基本情報】
名称:ズグズ=ジャーウ
種族:小醜鬼<半種:形成不全>
職業:※※未設定※※
位階:1 ← DOWN!!!
状態:自失
2氏族競食作戦の時に、時折不完全ながら情報の一部が【情報閲覧】できる、という現象があった。
それについて、今の目の前の結果から、俺は一つの仮説を立てた。
あの時、俺は眷属の軍勢を率いて、あの場を一時的に支配する状態にあったが――もし「領域」には段階があり、たとえば「一時的領域」のようなものがあり得るとすれば、あの時、俺はムウド氏族集落の周辺を「一時的領域」化していたのではないか。
完全な「領域」であれば、迷宮外の生物であっても【情報閲覧】がほぼ完璧に近い形で通る。さすがに技能テーブルは眷属か従徒でなければ駄目であるようだったが、それでも相手の「名前」「種族」「職業」「位階」「状態」が分かってしまうというのは、凄まじいアドバンテージである。
(と同時に、迷宮領主の誰もがこの技能を取得する可能性が、ある。だからこそ【情報隠蔽】なんていう技能も、用意されているんだろう)
ただ単に侵入者を撃退し、拠点として迷宮を拡張するだけでは『領域』足り得ない。魔素と命素の収入拡大のため、そして【情報】戦のため、『領域』については慎重に設定し、また運用する必要があるのだろう。
だが、嫌な可能性に気づいて俺は頭を押さえた。
"無主の地"に勝手に『領域を定義』できるならば、そして軍勢の量がその地の「一時的な領域帰属」を左右してしまうのが迷宮領主の力であるならば――【領域定義】は内政や迷宮経済管理のためだけの技能などでは断じてない。
『領域の奪い合い』は、相手の眷属を倒し迷宮を攻め落とすのと同じか、それ以上に重要な闘争手段であり、迷宮領主同士が戦う場合における無視できないステージであることになるからだ。
故に、そういうことも加味した【領域定義】を俺はしなければならなくなった。
なので、そのことを考えるのは一旦後回しにして――俺は「形成不全」の小醜鬼に視線を戻した。
位階が「1」に「Down!!!」している。
つまり『種族経験』が得られていないどころか、喪失してマイナスされてしまっている。加えて状態も『自失』というものであり、まず使い物になるとは思えない。
そして極めつきが、出かける前に試した他の正常な小醜鬼達と比べて、明らかに種族が別物に、弱体化したとしか思えない「形成不全」などというものに変化していることであった。
やはり、代胎嚢の量産は見送って正解だったか、と俺はため息をついた。
こうなった原因が、よくわからなかったからだ。
この「形成不全」ができて度肝を抜かれたのが数日前だったが、その後、試しにということで捕らえてきた亥象や葉隠れ狼などでも検証をしたのである。
それらの野生動物については、亥象が少々、代胎嚢の大きさでは肥育しきれずに『状態:発育不全』となって、体格が酷く小さな成体の亥象になってしまった以外は、種族が「形成不全」になるなどということはなかった。
――あるいは、まがりなりにも「知性を持つ生物」であるから、小醜鬼は失敗した、という可能性があるか。
どうにも、代胎嚢の運用には、まだ謎があると思われたのであった。
「まぁ、引き続きの検証課題だな。戻るぞ、お前達。形成不全は……先に運んで戻して、ル・ベリに引き渡しておけ。≪ル・ベリ、処分は任せた≫。それじゃあ、アルファ、俺達も戻ろうか――そろそろ、進化が終わる頃合いだからな」





