0261 鮮血と退廃の都に交錯する死戦(4)[視点:その他]
その全ての基点が【客人】の青年オーマの差配によるわけではなかったが、彼が直接把握し得ぬ遠地、西の商都にて、彼が羽ばたかせた一陣の風が奇矯に荒れ狂った一つの結果としての激突が引き起こされる。
第一に、【エイリアン使い】オーマが【闇世】にて、自身の活動の自由を確保するために上位の迷宮領主達――特に【鉄使い】フェネスと【宿主使い】ロズロッシィの両名に約した”構想”の実現を監視する要員として、【人世】に派遣された女戦士ネフェフィトである。
【鉄使い】その人の従徒にして”第三女”たる彼女は、その職業【刃の踊り子】の力と、”武器系”の魔獣たる眷属達を操って戦うのが本来の戦闘スタイル。
さながら自律し飛翔する複数の生ける剣戟達を技能【武器操作:多重】によって群れの如くに率い、まとい、操り、しかし自らもまた操者に留まることなく力強く前線に踊り込み、肉薄して剣戟を手に取りあるいは踏み台として跳躍の舞踏として立ち回る。それは艶やかさではなく、むしろ剣の鋒の狭間を縫い擦れるが如き力強い踊り子にして戦士のそれである。
――とはいえ、【闇世】から切り離された『ルフェアの血裔』が【人世】でこのような力を払うことはおろか、活動を継続することには代償が必要である。【闇世】の法則に適応しすぎた魔素・命素変換装置としての【異形】(ネフェフィトは額から伸びる【一本角】)は、そのままには【人世】の法則から生命と存在と力を維持する魔素・命素を抽出することができないのである。
これは【闇世】では『魔素枯渇症』と呼ばれている。
だが、そのための「道案内役」としてのキプシーであった。
【異形】持つ【闇世】の種族という点では彼もまた同様の課題を抱えていたが、それでも"旅侠"の中でも【人世】に出入りする者として知られた所以がある。
それは彼だけが"産地"を知り、秘匿する【黒璧鋼】の存在。
この魔力をよく通す素材の存在は、フェネスを含めたごく一部の迷宮領主には知られており……秘密保持も兼ねて、フェネスにネフェフィトのお守りが依頼されたわけである。
額から突き出た【一本角】にシャラリと結えた飾り紐には小さな【黒璧鋼】の結晶が備えられている。これと、あらかじめ彼女に"姉"達から持たされていた「お弁当」――魔石と命石の――を合わせれば、少なくとも【エイリアン使い】オーマの元に合流するまでは十分過ぎるほど保つはずではあった。
……のだが、案内役であるはずのギプシーがそのオールラウンドな実力を隠密にも発揮したことで、迷宮での警戒と戦闘しか知らぬネフェフィトがそれを追跡できるはずもなく。
広大にして雑多に入り組むシャンドル=グームを舞台にした追いかけっこを彼女は早々に諦めさせられ、ひたすら"お弁当"を温存するための赤貧倹約なる生活に窮々とさせられていたわけである。
そうした、動くに動けぬ(元来ネフェフィト自身は体を動かすのが好きな性質)フラストレーションも溜まっていた時分。
通行人から通行人へ、まるで噂話が意思を持って羽を生やして飛び込んできたかのように、彼女の元へキプシー=プージェラットが『高級斡旋屋』に訪れるという報せが届き――彼女はついその【闇世】の上級伯級迷宮領主の従徒としての実力を発揮。
種々の運動・舞踊系の身体強化に彩られた全力疾走により。
ただ真っ直ぐに、日々の迷宮防衛戦の中で培われた対集団突破走法を商都大通りの道行く群衆に向けて敢行し、一目散まっしぐら一心不乱に――その戦場に駆けつけたのであった。
同様に、この激突に直接関わることとなった第二の人物は、まさに【刃の踊り子】ネフェフィトをこの策謀に引きずり込んだ吸血種工作員の戦士。【エイリアン使い】オーマに投降し、臣従したユーリル少年の”幼馴染”の片割れにして、彼の身を案じる少女にして職業は戦闘特化の【血の狂戦士】たるアシェイリである。
ユーリルの後を追って”里”から出てきたアシェイリにとって、シャンドル=グームは単なる通過地点であり、先にこの街で情報網を構築していたタレーエンと落ち合うための地に過ぎなかった。
しかし、彼女の道行きは思わぬ妨害を受ける。ユーリルの身に何があったのかを知ると思しきもその詳細を語ろうとせず、逆に、アシェイリとタレーエンの『使命人格』を操作してその手駒となることを強制したネイリーという吸血種が現れたのであった。
シャンドル=グームに勢力を張っていた他の複数の有力な吸血種の集団と互角に渡り合うネイリーに、アシェイリとタレーエンは正攻法での抵抗を断念。
その使命下に降って機を伺っていたところ――ネイリーが欲を掻いたか。彼は異なる背景を持った2つの目標(内1つがネフェフィトとキプシーという【魔人】)に対し、アシェイリとタレーエンをそれぞれ派遣するという愚を犯す。
アシェイリとタレーエンは互いの『使命人格』を”説得”し”納得”させるための意見調整の討論を行うことで、互いに架せられた元々の『大命』と、そしてそれを利用して上書きする形で刷り込まれたネイリーによる『使命』を拡大解釈することに成功。
ネイリーから与えられた任務を実行しつつ、同時に、シャンドル=グームから離れて東の都市『ナーレフ』へ行くための合理的なる論理を構築したのであった。
……もっとも、それはアシェイリの監視対象であった【魔人】組に対し、タレーエンが監視を命じられた【遺跡】組である『長女国』からの強力な厄介者をぶつけ、襲撃させ、そこに助太刀をすることで知遇を獲得する――という割となりふり構わぬ力押しの策であったわけだが。
吸血種が持ち、あるいは習得する能力のうち、特に【血】にまつわる権能を大きく破壊に特化させたのが【血の狂戦士】である。
侍属種によって人間種から変異させられたか、または侍属種同士の交配によって生まれた仕属種である以上、アシェイリもまたその精神も身体もほぼ人間種と99%同等であると言って差し支えはない。ただし――その身を血として流れる【生命紅】による強靭な再生能力のほぼ全てを、自壊を厭わぬ破壊の剛撃に特化させているのである。
その象徴とも言えるのが、背に負った、彼女自身の身長と同等とも言えるサイズの剛斧である。
今でこそ慣れたものだが、当初、”里”における鍛錬で初めてこの剛斧を背負ったまま訓練を開始された頃。アシェイリは、ただ移動するだけでも全身の筋肉が断裂し骨が軋んで、血と血漿が噴き出す有り様であった――幼馴染であるユーリルやタレーエン、その他の”里”の幼き仕属種達も誰も似たような境遇ではあったが。
――今でも、よく観察せねば鍛えられていることのわからぬ華奢で小柄でむしろ速さを売りとする猫のような身体は、いっそ剛斧に自重で押し潰されてしまうかと思わせるようなアンバランスさを視る者に与える。
だが、彼女は【血の狂戦士】。
此度の「出撃」までに積み重ねられてきた鍛錬は、彼女の全身を流動する【生命紅】のその巡りを”最適化”させていた。
剛斧を振るう衝撃で筋繊維が断裂する前から、反動で骨髄が砕ける前から、先回りするように職業技能【過剰再生】が常時発動・展開。自壊を前提とするならば、その自壊する身体部位そのものを瞬時に命素の集中投下によって再生させ、その爆発力で持って剛斧を振り回すという正面突破型の戦闘スタイルを構築したのであった。
そして、今回の激突におけるアシェイリの行動は実にシンプルである。
それは監視対象である【魔人】組が動くのに合わせて、動く、というもの。
特に【魔剣】のフィーズケール家の侯子が関係者のうちにおける最も厄介な実力者である――ということは、対『長女国』の工作員として学ぶ基本事項であり、タレーエンとの共通認識。この故に、その実力をさらに縦横に支援・発揮されることが無いように、あらかじめタレーエンが別動してデウフォンの同行者であるトリィシー(【歪夢】家の関係者)を陽動・偽情報・餌情報で釣り出し、戦場となる『高級斡旋所』へ合流できないように拘束するという段取りであったのだ。
……そうして戦場に【剣魔】デウフォンの大規模破壊魔法が降り注ぐのを視るや、割って入るように、戦亜種の彫刻やら芸術画やらがまとめて瓦礫の一部になる区画を叩き壊し崩しながら突入した、は良いものの。
折か、運か、間かはわからぬが、とにかく何かが”悪”かった事により。
大規模な魔法戦闘の気配と破壊による粉塵の中でならば、多少の露出は気にすべきではない――と判断したネフェフィトが【鉄使い】が打ちだしたる『生ける剣戟』系の眷属達を展開。
一陣の剣群をまとった勢いのまま、飛び散る飛礫を撃ち落としながら突入。
互いに、想定していた破壊魔法の使い手以外の侵入者の存在を知覚。
両者とも飛び伏せて避難せるキプシー=プージェラットの存在を認め、次いで瞬時に互いを潜在的な敵性存在と認識する。
ネフェフィトが剣戟達に離合集散が如き乱打連斬の波状襲撃を命じるのと、アシェイリが大きく振りかぶりつつ踏み込み、円運動の要領で――しかし剛斧の全重量を回転軸と化した自身に受け止めるあまり、文字通りに体幹が砕けんばかりの勢いで、軋む自身の体から発される血風ごと横薙ぎに肉薄するのは、ほぼ同時であった。
ネフェフィトはその健康的ながらも華奢な体躯から、アシェイリは鍛えられていながらも一見小柄な体躯から、侮る者があるとすれば想像のつかぬ怒声を互いに腹の底から繰り出すように。
双方、退くこと無く勢いを湛えたままに鉄撃の群れと鉄血の塊が激突する。そして、単純直接的な衝撃力において勝ったのはアシェイリの巨斧であった。
【鉄使い】の武器型眷属のうち『首狩りの呪斧』と『鎖無しの鉄球』が正面からそれぞれの刀身を芯まで割り砕かれ――両断粉砕されぬまでも、他の剣戟達を庇うように――ながら叩き落されるが、アシェイリが相手にしているのは単なる飛矢や石礫の類ではない。その基は意思なき武器であっても、【鉄使い】の世界観により迷宮【鉄舞う吹命の渓谷】にて命を吹き込まれた生ける無機物達なのである。
先鋒を努めた『呪斧』と『鉄球』が叩き割られた隙間を埋めるように、速やかに数振りの『踊る刀剣』と『蓮座の円刃』が回り込む。剣戟達と円刃は、まるで熟練なれど透明な剣術の使い手によって振るわれているかのように舞い――しかし人間の剣士には不可能であると思われる急な軌道で――相互いに連携しながらアシェイリの剛斧を牽制し、いなすのである。
より具体的には、その斧の刃とあえて鍔迫り合う者、横から斧の腹を殴りつける者、さらに柄を、柄を持つアシェイリ自身の手首を狙う者に別れ、曲線を描くような軌道で同時に斬りつけたのである。
だが、吸血種の少女戦士はそれを避けるということをしない。
全身を深く斬り裂かれ、手首も皮一枚残すように鋭く斬り落とされる寸前となるが――彼女は【血の狂戦士】である。
切り裂かれる前から、既に剛斧を振るう際の自己破壊的身体断裂によって周囲に飛び散っていた血風と今しがた生ける剣戟達によって新たに傷つけ生み出された創傷から飛び跳ねた血が、技能【血肉繋ぎ】によって筋腱を補ったのだ。
故に、飛び交う生ける剣戟達が剛斧を支える両手の喪失と反動での身体バランスの崩れを予期して仕掛けた更なる攻勢は、地から天へ跳ね上がるように返された斧刃によって蹴散らされる。
だが【血肉繋ぎ】による仮初の赤い筋腱もまた盤石ではなく、飛沫をぶちまけたように剛斧ごと吹き飛び――しかし、しかし、剣戟と剛斧の応酬のすれすれの合間を縫いながらアシェイリの背後まで待ったネフェフィトが突き放った貫通の一撃を鮮血の煙幕によって逸らさせた。
「――な……にッ!?」
長柄の槍に鉤爪のような”返し”がついた形状の武器である「画戟」をベースとした武器系魔獣『裏切りの画戟』は鮮血の惑わしごと確かにアシェイリの腰部を貫通したが――直後、噴射した血液が固く堅く硬く凝結。まるで幾重もの網か縄の如くに、固定するかのように絡め取ってしまったのであった。
「……やっと捕まえた――この、お転婆さんのじゃじゃ馬さん……!」
ネフェフィトが咄嗟に画撃を両手から離し、身を捩って柄を踏み台に飛び退こうとするも、アシェイリのほとんど斬り飛ばされていた手首が――手と手首を繋ぐ鮮血が鞭の如くしなり、踊り子の胸ぐらに叩きつけられるのが早い。掴まれ、引き寄せられつつ踏み込まれて肉薄され、ほとんど互いの顔と顔が至近に急迫した状態のまま。
アシェイリが鋭い眼差しを横に送ってネフェフィトに示した。
「私は、お味方です――ッッ!」
剛斧をほとんど放り投げたのは、逆に、その質量でもって反対側に反動的推力を生み出すため。
ネフェフィトを掴んで巻き込むようにアシェイリは、諸共にその場を大きく飛び退き横切る――その直後のこと。
圧縮された魔素が奔流となることを二人が遅れて知覚するや刹那の間。
轟、という擬音がその場に後を引き痕を刻むかのような灼熱の【火】。
惨、という擬音がその場に軌を残し光を曳くかのような白靂の【雷】。
二条、或いは、二振り、と呼ぶべき引き絞られた魔力嵐が、二人のいた場所を縦横に抉った。
「【魔剣】家め――!」
デウフォンが二人を目掛けて放った一撃である。
彼はその両の手の交錯のみで【火】と【雷】の【魔剣】を同時詠唱・招来し、それを二人の少女戦士に向けて薙いだのである。血飛沫と刃の舞踊がきりもみしつつ、互いに弾くようにして距離を取りつつ、アシェイリとネフェフィトはようやく離れる――と同時に、双方を睨めつけつつも、デウフォンの更なる【闇】属性の斬撃を同じ呼吸で避けた。
「無差別ってことかよ? お前もお前で一体何が目的なんだッッ!」
「吼えるな、それは求めていない。舞え、踊れ。貴様の剣舞には視るものがある」
冷淡でいながらも、どこか揶揄いと侮蔑が入り混じりつつ――油断なく注視するような複雑な意図が入り混じった言であった。
この戦場に見えたる第三の役者。
【魔剣】のフィーズケール家の【剣魔】デウフォン・サレイア=フィーズケール。
派手な演劇役者のような出で立ちでありながら、近づく不埒者はことごとくその眼光だけで”斬られる”ような踵を返して近寄ろうとしない青年である。
【エイリアン使い】オーマが都市ナーレフを掌握する前段。
イセンネッシャ家の『廃絵の具』部隊を率いる”私生児”ツェリマと、彼女の弟にして”正嫡子”デェイールが率いる部隊が合流し、【報いを揺藍する異星窟】への侵入と攻撃を試みた戦いにおいて、この二人だけは、デウフォンの【剣魔】としての直観により、空前絶後なる迷宮への【転移】の大仕掛けを回避。
そのまま、地下遺跡内を走狗蟲達を始めとした【エイリアン使い】の眷属達による追跡と追撃を回避し、撒いた上で、両名にとっても予想外であった『シャンドル=グーム』近郊という土地から地上への帰還を果たしたのであった。
……のであるが、それが、シャンドル=グームにて『梟』ネイリーの耳目に引っかかり。
タレーエンという手駒を繰り出して両名を監視させた、その矢先のこと。
【剣】の求道とフィーズケール家――ひいては『長女国』における一部の頭顱侯達――の”系譜”に興味を抱いたるデウフォンは、吸血種アシェイリとタレーエンが自らの行動の自由を勝ち取るための「策」にそのまま乗った。
彼らが演出するがままに”大敵”を演じ、彼らに求められるままに”襲撃”を行い――それを通して、この数奇なる戦場に集った強者達を前に、静かなる高揚を冴えさせるのである。
『長女国』最強の戦力たる血族集団であったとて、否、であるからこそ、フィーズケール家の係累は王国の内側でこれほどまでに暴れることを許されてはいない。【盟約】と【破約】と【継戦】の三大派閥の間にて水面下では熾烈な暗闘が行われていても、フィーズケール家がそうした”遊び”に参加することは、まず、無い。
なぜならば、彼らが参加するようなことがあれば――それも【五剣】を号する者であったならば――それはもはや暗闘では済まされなくなるからである。
【殲滅魔導師】に加減無し。
【殲滅魔剣士】に躊躇無し。
【魔剣】家の血族に容赦無し。
この故にフィーズケール家の血族の闘争性や、破壊衝動や、あるいは求道心といったものは、自ずと彼らの血族自身に向かうのであった。
「最強」の号を賭けて争う関係にあった【皆哲】のリュグルソゥム家とは、この点において、つまり血族同士の”仲”に関しては極めて対象的であると言えるのかもしれない。
――然もなくば。
その求道の活路は、外側に向けられなければならない。
同行者トリィシー=ヒェルメイデンにとって、それはそれで全く理解しがたい生態ではあったが。
この故に、彼女は吸血種タレーエンによる「足止め」をほぼ引き受けさせられることとなるが、それもまたデウフォンという剣狂の同行者となった不運であると達観するのもまた――彼女が属する組織【罪花】と【歪夢】家の関係から来る経験則であるか。
なんとなれば――トリィシーは元来、より狂った存在の傅役であったならば。
だが、今は崩落した高級人材斡旋所を戦場として相互いに相見えた者達の交錯に視座を戻そう。
【剣魔】侯子の動機は至極単純であった。
大破壊を行い、仕掛けられた思惑に正面から乗ってまで踊って見せたにも関わらず――現れたる吸血種の少女戦士と【魔人】の少女戦士が、己の眼前で互いしか眼中に無いかの如く舞い始めたからである。ならば、彼らがここに集った意味を思い出させねばならない――ただそれだけである。
【魔剣】家の血族に「剣」を唱えさせたならば、その死線と死戦の剣舞は彼とこそ舞わねばならぬ。
それこそがフィーズケール家にとっての自然であり、自明であり、自若であるなれば。
「お前も”傍観”は許さぬぞ? 女剣士。この場に居合わせた意味を私に示し果たせ」
交差された両腕から改めて振られ、繰り出された二条の混合属性の【魔剣】が再び殲轟を閃かせるが――それは両者既に飛び退いて距離を取り、デウフォン=サレイアの一挙手一投足を全霊で凝視していた二人の少女戦士を素通りする。
其の代わり、放たれたる【風】と【氷】の殲轟の端たる切っ先のそのまた先。
まるで魔力撃同士が干渉しあったような「波」が大気を震わせるや、戦亜の戦士の一個小隊ならばそれだけで消し飛ばす勢いであった混合【魔剣】が。
冬の水面の凍霧を思わせる、淡青色の淡い光となって、散らされてしまったのであった。そして――それが如何なる超常の原理による作用であるかを、第一から第三の演者達はただちに測り兼ねる。
デウフォンの【魔剣】をいなしたるは、この場に居合わさせられたる第四の戦士。胸甲と肘、胸や内臓、局部といった関節や重要部を守る箇所以外はほとんどその肌を露わにさせたる女剣士であり、彼女は、元々は『高級斡旋所』を訪れた「爛れ目殿」の”護衛”であった。
だが、特筆すべきは、その鍛え上げた男の格闘士さえも霞ませるほどの頭が2つ3つばかり高いその肉体の鋼然たる筋骨隆々さと、もはや美丈夫と喩えても違和の無い堂々たる巨躯である。
実際、生物学・人体学的見地から観察して取れるごくわずかな身体の”丸み”から、彼女は生物としては女であるとわかる者にはわかるのみであり――デウフォンはその構えから【魔剣】家の内部闘技の中で観察した血族の女達との共通性などから――ひと目に卓越した戦士であることが三者の目に瞭然。
――その場では最も、長身のデウフォンよりも威風たる長躯を誇る彼女の名は「クィンフォル」。
しかしクィンフォルはデウフォンによる破壊に際して、積極的に相対しているわけではない。
なぜなら彼女はあくまでも、あくまでも『護衛』として”爛れ眼”に雇われただけの身であり――想定を越えた長期雇用とはなっていたが――ただその任務を全うしようとしているに過ぎない。
その技量と、オルゼ地方に住まう者達には一見、縁も知識も遠く皆無なる神秘の全ては彼女の”雇い主”を【剣魔】の殲撃から退かせるためのものなのである。
だが――デウフォンはそのような傍観行為を許さなかった。
さらに続けて二度、三度とクィンフォル目掛けて【魔剣】【魔法の槍】【魔法の玉】【魔力撃】を続けざまに放ち、放ちつつ、その一部は彼女が護る”爛れ眼”の男をも狙う軌道を描いたのである。その中で、最小の動きで、しかし的確な剣技によってデウフォンの殺断の斬線を受け切るのである。
その貌には怒りも苛立ちも焦りも、ましてや歓喜や興もなく、ただ、わずかばかり面倒そうに眉間を歪ませた怜悧なる眼差しでデウフォンの剣気を見据えるかの如く、護衛者の誇りを湛えた双眸を離すことなく、そのしばしの遠距離戦に臨む。
そしてこの間。
ネフェフィトとアシェイリもまた疑心と対立を交錯させており、一触にて即発が再発しかねない状況は続いていた。
デウフォンが降り注がせる【魔剣】の局地的な嵐を掻い潜らせつつも、一度大きく距離を取りながらも、共に――その共通の”護衛”の対象となっていた【魔人】の男キプシー=プージェラットの元に駆けつけ、駆け寄っていたからである。
ネフェフィトから見ればアシェイリは襲撃者たるデウフォンとさほど変わりは無く、アシェイリにしてもそのように警戒と敵意を満載に睨めつけてくるネフェフィトに対し、沈静化させるといったような友好かつ有効的な交渉能力は持っていなかったからである。
デウフォンという共通の脅威が明確に認識されたためにそちらに警戒を向けたが、互いへの疑心と牽制を忘れるわけではない。そんな両名の様子を、図らずも守られ争奪される側となった旅侠キプシー=プージェラットであったが――彼は【異形:重瞳】をくるくる回転させながら、少女戦士両名の、探り合い牽制し合うような遣り取りを観察することに徹していたのである。
――いずれも自身を巡る思惑や目的であることは技能を使わずとも明白に、己が撒いた種であるとも言える。
だが、キプシーがその場で仲裁をすぐに試みなかったのは、そこに更なる脅威が迫り乱入してくることが明らかだったからに他ならない。
「遠距離戦」から吶喊後の斬り結びという超接近戦に移行せるデウフォンとクィンフォル。
それは魔法と神秘を織り交ぜた応酬とは打って変わり、絶技と精技の死線が交錯する剣閃の演武・演舞のようにも見立てられた。【魔剣生成:土】に【均衡】属性が織り交ぜられたる【鉄使い】顔負けの「金属剣」を両掌から柄ごと構築してのけた【剣魔】侯子は、そのまま、双剣の間合いでクィンフォルの巨躯と大剣の懐に斬り込んだのである。
瞬きする間に十数合の火花が飛び散り、露出された女剣士の筋肉に紅い軌跡が刻まれ、返す刀閃によってデウフォンの派手な出で立ちを形成する飾り羽やら装身具やらが斬り飛ばされていく。
それは一見一転、技の精髄を比べ合うかの如き達人の立ち合いにも見紛うもの。
技は互角。速さはデウフォンが上回り、柔剛のいなしにおいて女剣士クィンフォルが利する一歩も引かぬ剣域がその場に現出するが――デウフォンはクィンフォルのみを狙っていたわけではない。彼が”試し”たいのは剣演などという枠内のものではないがために。
少しずつ、だが大胆に、そしてその意図が明白に伝わるように。
デウフォンはその剣域や生成されたる【魔剣】撃の余波を、クィンフォルが護衛する”爛れ眼”に届かせようと意図した斬撃・魔弾・破壊魔法を放っていたのである。それもクィンフォルの対応力を試すかのように――たとえば剣を振り切って関節構造上すぐには動かして阻止できないような角度を貫く方向から――その身体性能上の限界を。
刃を合わせるクィンフォルは、当然ながら、デウフォンが発し拡げようとする剣と魔法の殲滅空間の外に雇い主を置くべく、膂力と巨躯とそれを上回る女剣士としての体幹からの威圧と剣圧によってデウフォンを押し出して行くが――それらはフィーズケールの【剣魔】にとっては、計算されたものだった。
飛剣舞。鉄血嵐。
魔剣殲。柔剛剣。
さも、山道の洪水が急激にその流れを変えて対岸から凄迫してくるかの如く、クィンフォルの思惑と意図をおびき寄せるかのような奔流と激流にまで助長したデウフォンは、その勢いと剛撃を引き受けるままに、牽制し合っていたアシェイリとネフェフィトの元にまでクィンフォルごと突入。
それぞれに異なる流儀と鍛錬と自己統一結果に基づいた剣が、四重に衝突し合い、干渉し合い、混ざり合ったのであった。
そこに生まれたるは巨大な斥力にも擬されるべき空間であったか。
鉄砲水に吹き飛ばされて混ざりあった土砂流石は、軽重の分離と安定に至る以前においては、相切り相削り相琢いて相磨き合うが必定。
その中では統一された秩序だった整列や配置というものは存在し得ず――【16属性学】における【混沌】属性を構成する一概念として捉えられるものにも等しい(フィーズケール家の独自解釈)”乱雑”と”遠離”が入り混じった、だが、その故にこそ不可解なるほどの求心的引力が如き中心点が4名を引きずりこんで逃さぬかのような状態が現出。
蒼白になって歯を食いしばり、一条一条が死に直行する剣閃と剣殲の合間をネフェフィトが縫うように舞い、すれすれで躱しつつも躱しきれずに浅く皮膚を斬りつけられたる創傷を無数に重ね。
アシェイリが、自身の頑丈なる血肉そのものをデウフォンによる破斬の余波を押し留める盾にしようとしつつその意図を見抜かれて調整された貫撃に忸怩たる苦い顔になって舌打ちせんばかり。
当初は想定していなかった両名の少女戦士の警戒と牽制が過剰化した”嵐”の剣戟に引きずりこまれた長身巨躯の女剣士クィンフォルは、然れど、むしろ護衛対象と距離が空いたことでより攻撃的に剛剣を振るって彼女らを打ち払おうとする。
――この4色の「剣」の真っ只中。
ど真ん中、ど正中、ど中心に有り。
デウフォン=サレイア・フィーズケールは四肢を引き伸ばし、関節を折り曲げ。
まるで複雑に投げられた円盤が複雑な軌道を描きつつ、さらに自ら魔力(魔剣に至らない程度)を複雑な方角から発しながら、くるくると螺旋とすら言い難い奇天烈とすら言える次元で、その全ての剣閃を受け、躱し、返し、結んでいたのであった。
あるいは【遺灰】家のサイドゥラ青年がこの場にいたならば、グストルフの”曲芸”を見事に盗んだのかい、と皮肉の一つもデウフォンにくれてやったことであろう。
二体でも三体ですらもない四体の剣士・戦士達の、斯様なる4つの意志と4つの剣流により組み合わされる十数もの剣と意志が傷つけ合う引力と斥力が奔流しながら、構築して、生み出したる其の”均衡”が続いたのは、わずか数秒足らずのことではあったが。
デウフォンが「酔いしれた」ことを見抜いたクィンフォルが、その肘から膝から手首から放たれる【魔剣】を巧みに捌きながら両少女剣士に押し付ける形で一抜けし――既に彼女に目線で合図を”爛れ眼”殿が送っており――這って逃れたか、この剣と超常の只中でわずか程度に衣がかすれた程度にしか、不自然なまでに傷がつけられておらぬ、離れた場所で倒れ臥しているカイ=セン少年目掛けて瞬歩の要領で駆け寄ろうとする。
――しかし、そのような形での死線の交錯する剣域に対する邪念に気づかず、また、許すような【剣魔】ではなかった。