0257 紋章の亀裂は腐れる脳裏より生じられ[視点:その他]
オーマによる『ナーレフ浸透』では、流没蚯蚓ミクロンを長とする『地中班』のエイリアン部隊が最大の活躍を果たしていた。都市ナーレフを、その外周からぐるりと文字通りに囲い込みながら、細く引き伸ばされた臓漿・流壌混合体が網目状のネットワークを形成し、いくつもの「地下拠点」を生み出していった。
この中でも、特に中心的な拠点であったのが、旧【血と涙の団】大幹部である”女将”ベネリーが経営する宿屋兼食事処【白馬の木陰亭】の”地下室”である。
そこを基点とし、これらの「地下拠点」を都市全体に拡張・拡大させていったのは、【生命の紅き皇国】出身にして「長女国に大乱をもたらせ」との”大命”を架されし仕属種の破壊工作員たる吸血種の少年ユーリルの暗躍と【エイリアン使い】の配下達がその足並みを揃えたことの成果である。
元より、ナーレフの統治者ハイドリィ=ロンドールの配下――として長らく【紋章】家に潜んでいた吸血種にして”梟”こと老翁ネイリーの、そのまた手下として、ナーレフの闇社会を熟知していたユーリルではある。
とはいえ、職業【血の影法師】としての”技”の数々を駆使したとて、わずか2、3週間足らずで、それも独力でナーレフ中の”闇の住人”達を駆逐することは流石に困難。
相手は貧民街や、旧市街、裏通りや市郊外に隠れ家を持つならず強盗団、追い剥ぎ団、密輸団といったならず者集団だけではない。
ハイドリィの懐刀であったレストルト率いる『猫骨亭』の、つまりロンドール家の抱える特務工作部隊の残党らが未だ跋扈していたのだ。吸血種という核心的な正体までは察知されていなかったが、ネイリーの配下として行動するユーリルと『猫骨亭』率いるレストルトの部隊は、互いの存在を認知していた。
常日頃から、水面下では手の内を探り合い、双方、牽制し合う競合関係にあったのである。
――だが、そうした均衡関係は、ユーリルが正式に【報いを揺藍する異星窟】の主オーマの従徒となり、その迷宮の権能たる【エイリアン使い】の力を受け入れて組み込まれたことで、あっさりと崩れ去り傾いた。
第一には、ユーリルの種族『吸血種』と【エイリアン】能力の親和性である。
通常の、生きた知性ある者には、埋め込むこと自体が多大な医学的リスクを引き起こす代物である『エイリアン=パラサイト』系統のエイリアン種を、ユーリルはほぼノーリスクで組み込むことができた。【生命紅】の塊たる疑似人間種的生命体がその本質であるところの吸血種として――ユーリルは共覚小蟲を文字通りその脳裏に、血管と神経の接続レベルで完璧に癒合させることができていたのである。
……もっとも、これについてはリュグルソゥム一族が事前に『止まり木』において、医学的な検討を十分に行ってから、その知見を現世のル・ベリとユーリルに伝達して執刀する、という手順も踏まれてはいたため、ユーリル自身の特性とは言い難いかもしれないが。
それでも、この「改造」により、ユーリルはほとんどオーマの眷属同士の間のエイリアン的共鳴に迫るレベルでの連携を従徒として唯一実現。
地中を走る臓漿網に乗って【眷属心話】によってエイリアン達と連携し、特に、【ウルシルラ商会】が”珍品”として持ち込んだ小醜鬼に化けた表裏走狗蟲達――と彼らを率いるゼイモント、メルドットと共に、文字通りに神出鬼没の活動を行うこととなる。
元より、【聖山の泉】を巡る思惑者・介入者達の争いの中で傷つき、死にかけて【異星窟】に”保護”され――命を救われる代わりにエイリアン=パラサイトを埋め込まれた「生還組」の兵士や戦士達について。
彼らから収集されたる”生きた(あるいは死んだ)”情報を元に組み上げられた、ナーレフにおける「人間と組織の関係ネットワーク」を元に、ユーリルが元々ネイリー配下として保有していた情報網を加えることで、ナーレフの内外に蔓延っていたならず者やその集団・組織は、その大凡のところを既に最初から従前に十分すぎるほどに特定され切っていたのであった。
これが、副脳蟲達がオーマの固有技能を代行することで地図化され――眷属心話と組み合わされた共覚小蟲による同調・連携能力と有機的に接続されることで、ユーリルと彼に合流しあるいは分流して逃散する表裏走狗蟲の群勢は、一晩で十数もの拠点を流れるように襲撃。
並行して、オーマから、護身兼監視兼相棒として「クク」という名前の”猫”に扮した【矮小化】個体の表裏走狗蟲を与えられていたラシェットを経由し、「表」のエリスによる統治と治安部隊への指揮と足並みを揃え、効果的かつ効率的にハイドリィによる抑圧・監視・恐怖支配の残滓を駆逐していったのである。
さらにこの動きと機を合わせるようにして、地中においても伸ばされ形成される臓漿”溜まり”から「簡易拠点セット」とでも呼ぶべき次元拡張茸を中心としたエイリアンの一団が出現し、既存の人間の隠れ家を乗っ取る形で、文字通りに臓漿で塗り潰していく。
この中で、より短期的な制圧力が必要な場面では、ル・ベリやソルファイドなども合流しての文字通りの掃討が行われていった。
――そこで、彼らは人を狩ったのである。
あるいは、刈った、と記すべきか。
残された「地下拠点」には副脳蟲達による【領域定義】の代理行使が行われ、迷宮化して【領域転移】が可能となることで、更なる活動の自由がオーマの眷属達に与えられることとなる。
斯様なる暗夜の暗躍の集大成の一つにして、他の同格組織への最大の示威ともなったのが、売春組織【罪の垂蜜と絢花の香】のナーレフ支部に対する「崩落」戦略の行使であった……とも言うことができるだろう。
……なお、その過程で、ユーリルはル・ベリを付け狙うとある『花』との腐れ縁にかかずらわされる羽目となるわけであるが、そのことについては割愛しよう。
【エイリアン使い】の従徒として、ユーリルに組み込まれた第二の”傾斜”は、これまたリュグルソゥム家が関わったものであるが、彼らがその頭顱侯としての魔導知識の粋を結集しようと意気込んだ『血管魔法陣』技術――の執刀であった。
語弊を恐れずに喩えるならば、血肉の”粘土”の如き性質を示す【生命紅】は、リュグルソゥム家がイセンネッシャ家のそれから観察し、摸倣し、分析・推論・討議して、実践して習得したその人体への手術技術との高い相乗効果を発揮し――彼を生きた「複合魔法陣装置」へと半ば作り変えてしまったのであった。
果たして、人間種たる「神の似姿」の大国『長女国』の最高位魔導貴族家の技が、種族的にも国家的にも”大敵”たる【生命の紅き皇国】の隷下にその身も意思も置いた存在の性質と融合するなどと、双方、誰がその可能性さえをも予見することができたであろうか。
これそのものは、ユーリル自身が仕属種でありながら高度な破壊工作員としての調練を受け、且つ、稀なる『大命』を他でもないアスラヒムの皇血種から受けたその上で――そうした事情をも観察によって大まかに把握したオーマの言質と折伏と、そして庇護の申し出の中で巡り合わされた「合作」とでも呼ぶべきものであった。
故に、広く捉えるならば、これもまた【エイリアン使い】の権能の下でユーリルに与えられた強化であるとも言えよう。
ユーリルの全身に文字通りに”編み”込まれたこの技術は、【罪花】ナーレフ支部の崩落戦にて、一般的な走狗組織の対魔導戦を備えた各種魔法陣を撹乱する「装置」としても十分に機能する水準のものであったが――。
実のところ、その真価としては、ナーレフにおいてオーマの情報収集と情報操作の要となった寄生小蟲達の対【紋章石】感知魔法からの「保護」に発揮されていたことをこそ語らねばなるまい。
”関所街”として知られたナーレフでは、市内と街道を往来する人物・物資・情報を監視するために、【紋章】のディエスト家が支配する都市領域の他例に漏れることなく、持ち運びと設置・交換が容易な「簡易的魔法陣」としての【紋章石】の技術がふんだんに活用されていた。
それらは種々の感知魔法――【紋章】家がその権謀術数で集めた珍しいものまで含めて――を備え網羅した堅牢なる、オーマ曰く「セキュリティシステム」とでも呼ぶべきものであり、各種の属性魔法はおろか、ユーリルにとって本来的に天敵となるべき【聖戦】家の対吸血種感知魔法【ラダオンの腐れ血帳簿】までをも備えたものだったのである。
だが、歴史的な抗争の中において、吸血種の工作員達はその突破の術をいくつか編み出していた。
その一つが――ユーリルにはそれが実践可能だと信じられるものではなかったが――ネイリーによる、枯れ枝の如く痩せ細る極限までの飢えと渇きへの耐えと共存。あるいは、ユーリルがネイリーとの会合場所としていたのが『肉屋』であったように、他の生物の"血"の生臭さによって【腐れ血帳簿】を偽装するための施しである。
だが、その問題もまた迷宮下における宿敵同士の合作の中で、更なる効果的な解法を得ていた。
――リュグルソゥム家の最終的な分析報告に曰く。
【紋章】家の技術の核心は「歴史」の「超常」化である。
彼らは、共有化され固有性と冠名性を失った「一般魔法」側にある、いわば簡素化の指向性を保って発展してきたロジック・記述式的な『魔法陣』技術とは対極に、現象の複雑さをその起源と経緯とをすべて織り込み編み込んだ象形的圧縮物語としての紋章の作成技術を誇っている。そして理論上は――オーマが警戒する限り――狭義の魔法に留まらず、迷宮領主の権能すらをも含む魔法を【紋章石】の中に閉じ込めうるのである……が。
それは、肝心の「封印」の部分が一族独自の技術ではない(可能性が高い)ことの弊害であろうか。
複雑性の保存と再現をこそ本質としていたディエスト家の秘技術は、『長女国』最富裕の一族にして対西方【懲罰戦争】に注力する【継戦派】の領袖という地位と責任に起因する"大量生産"戦略の悪影響を免れることはできなかった。
いや、むしろそれは直撃レベルで、彼らの力の根本部分を静かに侵していたと言えるだろう。
複雑であるべき【紋章石】は大量使用のために粗悪な劣化コピー、廉価な粗雑転写を繰り返されることを余儀なくされ、下級の兵士の間では暴発するという報告を伴う不安定さを、日々日々、いや増しつつあったのである。
オーマ率いるエイリアン迷宮が突いた弱点こそが、まさに、この点であった。
感知魔法避けのための妨害魔法等がその体表に魔法陣として刻み込まれた寄生小蟲や共覚小蟲。それらを頭部に埋め込まれ組み込まれた"生還組"からの、その効果に関するフィードバックが収集され――リュグルソゥム家と副脳蟲達は、粗悪な【紋章石】の中にとある脆弱性を見出した。
――すなわち【紋章石】が「物語」を組み込むことで、その事象を再現する仕組みであるならば、その物語を改竄すれば良い。
「封印」技術の強化に施された高品質品であればあり得なかった内部の魔法回路の漏出の常態化が観察されたことで、エイリアン=パラサイト達に刻み込まれた魔法陣は、単なる魔法陣から少しばかりの、しかし劇的なる改良を加えられることとなる。
それは寄生者(特に知性ある者)の"認識"に、例えば心囁小蟲による囁き効果を加えて、ある【紋章石】に封じ込まれた感知魔法の「物語」に対して――被寄生者の意識レベルにおける「一部上書き」を施して干渉させ、不発化させる、というものであった。
具体的な事例を出そう。
部外者が訪れるべきではない地点への侵入を察知する【オリトゥオンの影散らし】という【均衡】属性の魔法がある。これは、かつて冠名者である魔術師オリトゥオンが、ある時に襲撃されて拉致監禁された際に、その影の動きを数え分析することで敵対者達の正確な数を探り当てた……という物語を起源とする感知魔法である。
これに対し、エイリアン=パラサイト達の宿主の認知認識との合作的「上書き」においては、オリトゥオンは影を数えるもののその影は気まぐれで不安定な月明かりによって朧かされ、幻され、踊り狂うかのようでいて、とても数えることなどできない――という断章が妨害魔法的効果によって挿入されている。
結果、その【紋章石】は内部に保有した物語を改竄され、本来意図され期待されていた【オリトゥオンの影散らし】の魔法効果を再現することを損なわれ、不発に終わることとなるのである。
これは、その独特なる来歴を持つオーマという青年が早期に気づいた、シースーアにおける「認識」と「超常」の相互作用論的な視点が迷宮領主の権能と合わさり、より実際的な細部への適用においては、リュグルソゥム家の技術によって、【紋章石】の脆弱性を突く形で実現した裏書きとでも呼ぶべき"攻略"だったのだ。
理論の基礎は、リュグルソゥム一族による、彼らの滅びた侯都グルトリアス=レリアへの潜入作戦において、その地を占領統治していたマルドジェイミ家の走狗【罪花】の支部と、【紋章】家の分家であるアンデラス家への内偵活動の中で実践的に構築されたものである。
それでも、この裏書きを魔導に長けたリュグルソゥム家以外の者、たとえばエイリアンそのものであったり、生還組を含めた生物達に最適化するためには、実際にその者に魔法陣付きエイリアン=パラサイトを何度も埋め込み、効果を検証してからまた取り出し、魔法陣を調整してからまた埋め込む、という過程が必要となる……当然、それは宿主となる生物に多大な負担を強いるものであったのだ。
――故に、魔導貴族と吸血種工作員による宿敵同士の合作は、この問題点にブレイクスルー的解決を与えた。
何のことはない。その本質が生命紅という血肉の粘土に宿る吸血種たるユーリルは、たとえ脳まで粉微塵にされたとしても、意識と魂と自己認識の連続性を断たれることなく再生することができる。
……すなわち寄生小蟲に書き込まれるべき微細なる魔法陣の回路を微修正・微調整するために、頭はおろか脳をも開く手術を何十何百回と受けようが、実質的な被害や損害はほとんど無きものと見積もることができたのであった。
なお、本人が受ける精神的な不快感とストレスは軽微であると、かつて学部生時代にカウンセリングをかじったこともあるマ■■もといオーマは笑いながら診断したわけであるが。
斯くして『長女国』の最高位魔導貴族家の中でも異次元の学習速度で知られたリュグルソゥム家にすら「異常」と評されるほどの急激な研究開発が一挙に、物理的な意味でのユーリルの脳裏の内側において、この「紋章殺し」たる感知魔法避け技術が確立。
そしてそれが”生還組”の兵士・戦士達や、静かに市内に侵入していった鳥獣擬態型の表裏走狗蟲達に改めて再導入され――ナーレフ内外を舞台にしたこの【情報戦】において、ロンドール家を喪ったこと以上に、【紋章】家のディエスト家は、未だその全容さえも正確には認識し得ていなかった「エイリアン迷宮」に対し、完全、且つ、完璧に、完敗的な遅れを取ることとなったのであった。
――そして、この効果は当然、吸血種への天敵魔法であった【ラダオンの腐れ血帳簿】を組み込んだ【紋章石】に対しても十二分に発揮されている。
元より豚などの屠畜の死臭と血糊を浴びることで「吸血種臭さ」を偽装し、また、ナーレフ市内における血の餓えに耐えて【腐れ血帳簿】を避けていたユーリルであるだけに、その物語への改竄は「鳥獣の血をぶちまけられたラダオンが、追っていた吸血種をすんでのところで取り逃がした」という内容に変換され、あっさりと、その効力を失わされたのであった。
つまり、ここに魔導貴族の全面的支援を受け『長女国』内において従来の常識を超えて活動可能な【血の影法師】という前代未聞の存在が誕生した、とも言うことができる。
そして、それは当然、それが『大命』にとっても有利なものとなるが故に、ユーリルの中の【使命人格】は、むしろ【エイリアン使い】への従属という点に関する主人格の判断に同意し同調を続けていたのであった。
だが……この”影響”に、リュグルソゥム家よりもル・ベリよりも副脳蟲達よりも、より強い興味を抱いたのは他ならぬ【異星窟】の主オーマであった。
ユーリルは、アスラヒムの吸血種の『仕属種』に過ぎない。『侍属種』同士か、または、彼らが隷畜に戯れに産ませた存在としての混じりに過ぎないのである。
過ぎないのである、が――その”混じり”の「生命の紅き種」であっても、【報いを揺藍する異星窟】とこれほどまでのシナジーを発揮した。
――ならば、その全てが純度100%の【生命紅】で構成されていることが見込まれる【皇血種】の正体とは、なんであろうか。
――または、オーマと【異星窟】と迷宮の権能で以て、たとえばル・ベリをそうしたように、あるいはリュグルソゥム家をそうしつつあるように、ユーリルもまたその自認ごと彼の種族とそのあり様を変質させて「純血」の吸血種と化すことができたならば、今以上の、どれほどのシナジーが生まれ得るだろうか。
それこそが、オーマがユーリルに誘いをかけた動機の一つ。
さりとて、それは、ユーリル自身のリシュリーを護るための力を求める覚悟と決意、に働きかけながら、どうにか、潜在的には敵対可能性も十分にある『吸血種』という種族とその国家、さらには【使命統治】という独特のシステムを持つ存在に対し、可能な限り、己の権能のコントロール下に置こうという判断の中から導き出された”提案”であった。
あるいは、吸血種達にとっての”神”にも等しい超常の君主たる『皇血種』階級に匹敵する存在に変貌できるならば。
ひょっとして、ユーリルは彼を種族レベルにおいても個人レベルにおいても生かしも縛りもし続けてきた、その『大命』からも自由になることができるのではないか――双方、言葉にせずとも、そこまでの期待と不安を孕みつつの、そんな”誘い”であったのだ。
かつての教え子であるかもしれない(そうだとオーマ自身は確信している)イノリという名前の、200年前の迷宮領主の活動の痕跡を追い求め、北方の【氷竜】と【兵民】達を後回しとし、オーマは南方――【ネレデ内海】沿岸地域への進出と調査のための従徒達の派遣を、ナーレフ掌握後の最初の一手として、方針決定していた。
このうち、内海の北東岸の商都――吸血種が『峰国』から租借した土地――たる『シャンドル=グーム』へは、”梟”との因縁を確かめに行くというユーリル自身の個人的な事情も含め、あわよくばこの旧き吸血種から『長女国』と『皇国』の間に横たわる因縁に関する情報を得ようというオーマの考えも重なり、ユーリルが派遣されることとなっていたのである。
これに加えて、【遺灰】のナーズ=ワイネン家と距離を置き、世を捨てたように遊び隠れるあまり【放蕩者】という称号を付与されていたサイドゥラ青年もまた、まさに、彼の「庭」がシャンドル=グームであったが故に、ユーリルと同道して「探り」に赴くことが内定していた。
――問題は、その”前”に、ユーリルの種族変化を開始しておくべきか否か、ということである。
【罪花】のナーレフ支部の物理的な崩落に伴い、【エイリアン使い】の勢力の急所を突く形で各走狗組織と連携し合い、また、その情報をそれぞれの頭顱侯家に迅速に持ち帰ることができる可能性の芽は未然に摘まれ、オーマはこの都市を掌握していくための更なるフリーハンドを得ている。
夜と裏の領域から、やや力技的に、都市に蔓延る”残党”達の大掃除を行うユーリルの役割は一旦は終了。市内の治安維持は、指差女爵エリスと、彼女の下でナーレフの統治に組み込まれた旧【血と涙の団】の団員達の戦力に本格的に引き継がれ――このことにかかるユーリルとラシェットの交流についても、また筆を改める――オーマのナーレフ掌握は「次の段階」に移っていくことと、なる。
その中で、ユーリル少年に対する【進化】が、試みられていくのだが――。
ナーレフから見た西方。
峻厳なる赫陽山脈を幾峰幾条も挟んだ西方の、西方諸種族が様々な意味において交流する、血と退廃の商都『シャンドル=グーム』。
――【闇世】からの使者にして、オーマの動きを監視するために合流を目指していた、【鉄使い】の”第三女”ネフェフィトと彼女の道案内兼交渉役として同道する『旅侠』キプシー=プージェラットという2名の『ルフェアの血裔』は、まさに、その『シャンドル=グーム』に一時的な拠点を構えていた。
その最中、風よりも早い商人の口に乗って伝えられたるは「オーマが都市ナーレフを掌握しつつある」という噂を裏付けるものばかりであり。
いい加減、散々自分自身の”本業”――【人売り】――に精を出して動こうとしなかった旅侠キプシーに業を煮やしたネフェフィトが、実力により、この蛇の舌の男の尻を今日という今日は、蹴飛ばして、ナーレフに向けて出立をしようと幾度目かの決意を怒りと共に固めたのと、同じ頃であった。
――これまた、同じく風よりも早い”【血】の臭い”を。
――特に、その”変質”をこそ。同胞の”それ”をこそ、鋭敏に嗅ぎつけ察知することのできる2人の若き吸血種の少年と少女が。
赫陽山脈を挟んだ東方に、宿敵たる「似姿」達の国に『大命』によって潜入したはずの幼馴染の、その【血】の決定的なる【変化】に、気づいたのであった。





