0256 破約は秘されたる信仰の狭間の異夢(いむ)
副脳蟲どもが一応は体裁を取りまとめた――主にネタとぷるぷるとお遊びと、そして時折するどい洞察に彩られた――『報告書』を反芻しながら、俺は俺の迷宮【報いを揺藍する異星窟】の『司令室』で思考を続けていた。
それこそ、当初は「第一遭遇【人世】国家」としか思っていなかった『長女国』――正式名称【輝水晶王国】――の、【闇世】との根深い因縁が、徐々に明らかになってきたからであった。
だが、まぁ、それを意外などと言ってしまうのは、ある意味では「ゲーム脳」が過ぎる……とでも言ったところであろうか。
始源の世界であった【シースーア】が、一つの世界として成り立つ上での、その創世と知的生物種誕生とそれ以降の、創造者たる『諸神』達の思惑が絡まった、積み重ねられた歴史というものが確かに存在している。それは、極限の環境に覆われ闘争と混乱に紡がれてきた【闇世】の迷宮領主達においても、同じであったのだ。
だから、公式には相互に断絶し、また否定し、敵対している……と記されているのが”表”の歴史であったならば、【英雄王】という存在がそれこそ彗星のように現れ、【旧教】を駆逐しつつ【新教】の礎となる形で(実際の【聖墓教】の創始者は彼の末娘アルシーレ)登場して『四兄弟国』の始祖となった――その一連の動きにまつわる”裏”の歴史があったと考えてもおかしくはない。
――俺の「前任者」として働いていた【イノリ】という迷宮領主が、その活動期間にて【人世】に関与していたというならば、なおさらのこと、【闇世】における【最果ての島】は、片一方の世界の”最果て”ではあっても、両界を繋ぐという意味ではまさしくその境界・結節点にあったと考えることができる。
まさしく、そうした相互作用の事例として、【騙し絵】家の始祖イセンネッシャや、イノリの「最後の配下」として【人世】に送り込まれた【泉の貴婦人】という存在が、あったのだから。
それこそ開き直って本当に「ゲーム脳」的に考えるのであれば、本当ならば、このような文化・歴史・勢力の重大な結節点かつ『諸神』達の注目が集まっているような土地ではなく、それこそ打ち捨てられ荒廃した――しかし「成長性」は備えた――僻地・辺境の類を「第一遭遇」としたかったというのは、今となっては単なるささやかなる過去の希望の類でしかないが。
話を『長女国』に戻そう。
都市ナーレフを掌握する過程で、思ったよりも多くの勢力――頭顱侯関係でいえば、接触の仕方を問わないなら、ルクやサイドゥラらも含め、実に7家――と交錯することとなった。
「雲上」とされる支配層のうち半数に及ぶわけであるが、手を広げすぎた、と嘆息するのも徒労だろう。思った以上に、根の部分で彼らは相互に絡み合い、対立し合うことで、逆に依存し合っているとも言える構図が、おぼろげながら見えつつあったからだ。
この”関係性”の真のところを解き明かしてくことが、最終的には『長女国』とどう相対していくかというこの俺自身の構想と戦略に大いに関わる部分である。
――例えば、リュグルソゥム家の仮説が正しいならば、どうして【四元素】のサウラディ家はミューゼの子孫であるという”真の王統”であることを隠して一介の頭顱侯に退いたのか、とか、そもそもどうして彼らが【大粛清】を生き延びることができたのか? だとか。
今は【紋章】のディエスト家の掌守伯である元頭顱侯【重封】のギュルトーマ家が、走狗組織でもある【王立禁言封印図書館】と共にその秘密を他の頭顱侯から一切を厳守している、【大粛清】以前の体制と合わせて、非常に興味深いところである。
そして俺のこの「興味」は、必然として、次のことへと移らざるを得ない。
500年前に成立した『長女国』において【国母】ミューゼの高弟達の家系が初期頭顱侯家を占めていた体制が、完全に崩れ、崩壊した、200年前の大国難たる【大粛清】の時期に台頭した【騙し絵】家――イノリの元部下にして、彼女にトドメを与えたということとなっている【画狂】の青年イセンネッシャの活躍へ。
迷宮領主としての限定的な【領域転移】能力を【空間】魔法ということにして「秘技術を持つ魔導貴族家」を興し、しかし、それが自身の血肉を子孫に活用させる形で累代の継承を重ねた結果、「認識」が変化したことで――本当にそういう【空間】魔法として成立してしまったのが、イセンネッシャ家の【魔法】であった。
大体にして、それほどまでの【大粛清】に関わっておいて、用済みとして消されることなく「生き残った」という時点で、より裏の部分での関わり等があったことは濃厚としか思えない。挙げ句、副脳蟲どもも指摘していたように、彼らは「第2位」などというほぼ最高位の頭顱侯家としてのし上がっていた。
であるにも関わらず。
その立ち位置は、「第1位」たるサウラディ家率いる【盟約派】と先鋭的に敵対する【破約派】の領袖なのである。
ここに一つの謎、というか奇怪さがある。
初期の『廃絵の具』の破壊的な性質を考えるならば、サウラディ家には、いくらでもイセンネッシャ家を「粛清」する動機と好機があったと考えるのが自然。だが、その全てが、まるで歴史の分岐点を全て真逆を選んだかのように看過していき――【破約派】は一大派閥に育った。『長女国』における基本統治体制である「荒廃の抑制」という責務を分割・共有しつつも、その根っこの部分では、イセンネッシャ家は王国の潜在的な不安定化要因として存在感を誇示し続けているのである。
「まるで意図的に【破約派】は育てられた、とでも言いたげだよね? オーマ閣下」
――故に、俺はこの”奇怪さ”を語らう相手役として、サイドゥラ青年を呼んだのであった。
当初は”エイリアン様式”とでも呼ぶべきであった『司令室』の殺風景さは、この美的感性も備えた「放蕩者」が加わったことで、より構造的な部分への改良が施され始めたかに思える。
一族の頭数が増えたことで、リュグルソゥム家の共有知識世界『止まり木』においてはより深い『美術史』が復活されたようであり――その”知識”を引っ提げたミシェールと、サイドゥラ青年は思いの外に意気を深く投合。まるで、自分達が追い出された『長女国』の貴族趣味的建築様式を、あえてこの【エイリアン使い】の迷宮に再現してやろうとかいう意気込みを発揮しつつ、従徒としてこの俺の眷属たる【エイリアン】達と交信しやすくなった権能を存分に生かし、労役蟲達に細かく図面レベルで指示・監督していったのだ。
……その成果が、お前はどこの大○博物館だと言わんばかりの、緻密な彫刻で覆われ始めた『司令室』と言ったところか。
地味に、ダリドの【人形術】の「仮説・検証・実験」の残骸としての臓漿彫刻どもも活用されているのが気味悪めに小気味良い、とでも言ったところか。
だが、まぁ無論ただの芸術作品の無料展示場、というわけではない。
そこには【紋章】家から、限定的にではあるがリュグルソゥム家が解読し、会得した【紋章】的魔法陣の技法が編み込まれているのである。
びっしりと、まるで細密画のように、絵巻物を壁に拡げたかのような「物語」が模された彫刻が編み込まれたる「椅子」の一脚に、慣れた様子で気だるげにゆったりと腰掛けるは、サイドゥラ青年であった。
……その【灰】魔法の副作用として、彼の周囲には常時『灰』がどこからともなく生成されて漂っており、専属の「お掃除役」として労役蟲が一体ついて、ぱたぱたとその後ろからついてきているところであるが。
「単純な逆張り思考、発想の逆転ってやつだ。互いに日々死人が出るような抗争を各所で繰り広げていながら、王国全体としては逆にそれで安定している。それが当たり前で、【盟約派】にとってはこの状態が損でもなんでもないのなら、じゃあ、逆にこうなるように最初からお膳立てされていた……と考えるのは、邪推が過ぎると思うか?」
「正直、【遺灰】家としては――彼らが何を考えてるのかなんて、よくわかっていない、というのが実情ではあるけれどね。ちょっと、灰桶の中に隠れながら生き延びることに、忙しくてね」
「”彼ら”とは、両方のことを指しているんだろ?」
元【九相】のルルグムラ家が、当時、何をしでかしたのか、あるいは何に触れてしまったのか自体はわからない。そのことにまつわる知識は失伝してしまっているようであったからだ。
ナーズ=ワイネン家の始祖として、正体を隠蔽しつつも【死霊術】系の秘技術を備えた一族を再興させたのは、宗家ではない分家の端くれだった人物であったという。
だが、それでも仇敵筋に当たるはずの【騙し絵】家に【破約派】として与するようになった経緯は、それなりにやむにやまれずといったものであったらしい。
「既にオーマ閣下にはお見通しの通り、うちの家系は【闇世】の『九大神』を信仰している。それも【魂引く銀琴の楽女】をね」
”隠れ信仰”。
【破約派】に属する大中小の魔導貴族達の全てではないにせよ――意外と、いたのである。
その中でも、頭顱侯家においては【遺灰】家と【歪夢】家、そして最も最近では【悪喰】家が、公然の秘密として、このことが既に露見している。まぁ、公然の秘密であるため、表沙汰として糾弾されているわけではないらしいが……当然、そこには彼らが【破約派】として結束して、手出しされにくくしているという側面もある。
「灰になってしまった文献を拾い集めながら、これでも色々と調べてきたんだ。放蕩者だなんて罵られてきたけれど……酷くない? うちの家は、元は祭葬の家系だったんだよ。それが、何の因果か、【生命の紅き皇国】で【死霊術】なんて学んできてしまったのか――しかもそれが、【灰】魔法になんぞに捻じれ果てたのか。面白いよね」
正攻法で捉えるならば、『長女国』の魔導貴族達が日々対峙しているのは、【闇世】からの災厄と尖兵そのものたる”裂け目”と、そこから溢れ出してくる”荒廃”をもたらす瘴気である。(その本質は、【闇世】の自然・世界法則と【人世】の法則との間の不整合だが)
これに対峙する中で、特に、実働部隊として頭顱侯の下で働く掌守伯家以下は――いわば対峙している存在の強大さや遠大さに逆の意味で感化されうる。まして、十字教における「悪魔崇拝」とはやや異なり、歴史において悪しざまに描かれつつも、かつて1つだった世界を二分した神々の反対側の一派として、現実に超常の作用を及ぼす存在達なのである。
……俺が思っていた以上に【闇世】側からの情報の伝播があっただろうことも考えれば、いわば現世利益を優先した形での”隠れ信仰”が発生してもそこまで違和感は無い。
加えて、マルドジェイミ家に関しては未だ不明だが(【嘲笑と鐘楼の寵姫】信仰は違和感が一切無く、納得できすぎるが)、ナーズ=ワイネン家――の祖であるルルグムラ家の、そのまた祖先は、まだ明確に神々が二派に分かれていなかった時代にすら、遡ることができる可能性があるのだという意味では、特別な立ち位置であると言えるのかもしれない。
「だが、【闇】魔法が禁じられているように【死霊術】だって『長女国』では禁忌だ。【死】を司る【銀琴の楽女】の信仰だなんて、知られれば即刻粛清ものだろ?」
「そう。だから――三代目当主の時代に、しょうがなく、仕方がなく、【騙し絵】家の側について連中の支援を受けることになったのさ。【歪夢】家も、時期的には同じくらいだったかな? 【悪喰】家は……うん、あれは自業自得だけれど、連中は始末も歯切れも”腹持ち”も悪い厄介者だからね」
「イセンネッシャ家自身は”隠れ信仰”は無いんだろ? そこも”奇怪”だって思うけれどな」
だが、俺は既に知っている。
”隠れ信仰”などでなくとも、イセンネッシャ家は、そうした【闇世】に関連する事柄の中でも特に濃い部分に関わり、継承してきた存在である。彼らは、それこそ【黒き神】や『九大神』の尖兵として最も強大な力を与えられた、迷宮領主の力――の一部を引き継いでいるのである。
【闇世】の神々や、その在り様や、瘴気と共に溢れ出る異界法則に裏打ちされたある種の力は、頭顱侯となるための条件として「秘技術(【16属性論】の枠外)」の開発や獲得が求められる魔導貴族達にとって、ある時期には抗いがたい魅力となる場合もまたあり得ただろう。
必然、その力を拒絶し、打ち払い、鎮め治めることこそを国是とする『長女国』において彼らは異端とでも呼ぶべき徒であるが――だからこそイセンネッシャ家の率いる【破約派】に身を寄せざるを得なくなる。本質的に、どちらも【闇世】に近い側に片足を踏み込んでいるのであるから。
かつてルクとミシェールのリュグルソゥム兄妹もそうだったではないか。
彼らは最初からそうしようとしていたわけではないが、追い詰められた末に、そこにこの俺の迷宮があったからこそ、もはや『長女国』に身を置いていては打つことも得ることもできぬ起死回生を求めて踏み込んできた。
この点では、サイドゥラ青年もまた同じである。
グストルフに付き合いながら、しかし、彼は最終的に虜囚の扱いを受けることを選んでまで、この俺の迷宮の軍門に降ることを望んだ。それはナーズ=ワイネン家の歪なる「家族観」の犠牲となった、彼自身の【灰】と化した肉親を弔って葬るため――”隠れ信仰”が既に明らかとなっている今、彼は、きっとナーズ=ワイネン家もその祖先たるルルグムラ家においても、誰にも真面目に調べようとする者のいなかった、さらなる「祖」である『葬送の家系』について、【銀琴の楽女】との関係性に焦点を当てていたのだ。
この俺と出会わずとも、いずれ、何らかの形で彼は【闇世】に堕ちていたかもしれない。
紅き退廃のシャンドル=グームで放蕩していたのも、【死霊術】の本家である吸血種達のお膝元の都市にて、ルルグムラ家のルーツを調べるためであった――と本人は言う。
斯様に、戒め、忌み、封じる対象であるからこそ、その存在に惹かれる者達が、粛清と糾弾から身を守るために【騙し絵】家の【破約派】へと参じていったのだ。
「だからといって、安易にこの俺がイセンネッシャ家に取って代われる……とかいう単純な話じゃないのはわかっているがな」
そもそも『四兄弟国』の【盟約】体制とは、始祖の英雄王アイケルの遺志と業績を引き継ぎ、【人世】において【闇世】からの影響を封じ込め続けるための、四兄弟による役割分担であった。
『長兄』が東方を制し。
『長女』が西方に睨みを効かせ。
『次兄』が他の兄弟達の活動資金を確保し。
『末子』が”裂け目”に攻め討ち入る。
その中にあって、【闇世】の迷宮領主の従徒となり、この俺の持つ知識を自らの『止まり木』の知識と綜合させ、さらにナーレフを巡る一連の活動の中で情報を収集したリュグルソゥム家によって示されたのは――単なる”反体制派”である以上の【破約派】の扱いの異質さである。
イセンネッシャ家は、とてもとても、寛大な領袖などではない。
格としては同じである他の3頭顱侯家も、同じ程度には自家の利益を優先する者達だ。
だが、それでも、彼らの庇護下になければ、【盟約派】と【継戦派】による圧迫に耐えることのできない魔導貴族や走狗組織もまた多いのである。この故に、およそ掌守伯以下の中下級の魔導貴族家に限定した戦力においては【破約派】が最も弱体であるとも言われる。
そういうわけで、それぞれの事情や思惑、経緯と歴史があるにせよ、【闇世】に惹かれうるという点で彼らは【盟約】体制の終焉を目指すという動機を共有している。
いわば『四兄弟国』体制の最終的な”解体”が彼らの利益となっており――それを通して、それぞれが【闇世】に求めるものを、何かを、もはや制限されることなく大手を振るって求め手に入れに往きたい、というような願いによって、彼らは、互いを嫌悪しつつも、嫌々ながらも、【破約派】として一応の結束を見せているのである。
――だからこそ、イセンネッシャ家と【破約派】は非常に中途半端な形で放置されてここまで育った、としか思えない。
それが『長女国』の【大粛清】以後の200年の歴史に対する俺の印象であった。
「後に【闇世】関係のあれや、これや、しがらみなんかを一掃してしまうために一箇所にまとめた……っていう単純な話でもなさそうだよね。閣下のその考察を聞くとさ」
「そうだな。だったら1回目の【大粛清】は、そのためじゃなかったのか? という話になる。だからそういう『単純な話』にするには、なんていうのかな。確かに”隠れ信仰”とか【闇世】絡みの共通項があるくせに、でも、それでも【破約派】には、まとまりが無さすぎるんだよ」
これが例えば、SF伝奇小説にでも出てくるような、外なる邪神を現世に復活・顕現させるための狂信的かつ求心的な統率された集団であったならば、とてもわかりやすい構図だっただろう。
だが、そうではない。
今調べられる限りにおいては、少なくとも、4頭顱侯家のそれぞれが【破約派】として【盟約】体制の終焉を望み、あるいはそういう方向に導こうとする点では同床であるとしても――彼らが【闇世】に求めるものには隔たりがあり、異夢の類としか思えないのであった。
【騙し絵】のイセンネッシャ家は、おそらくであるが己の迷宮領主由来の能力のルーツを【闇世】そのものに求め、その力の来歴を知るか、または取り戻すことが動機。
【歪夢】のマルドジェイミ家は【精神】属性の根源である【嘲笑と鐘楼の寵姫】。
この俺の【第一の従徒】ル・ベリとの因縁を感じるが、この因縁に【嘲りの寵姫】自らが関わっているのであれば、次の台本の方向性にある程度の目星をつけられそうでもあるか。
故に、俺はル・ベリとの以心伝心(迷宮領主的な意味で)によって、あえてシーシェの監視役ということにさせているわけだが……話をマルドジェイミ家に戻せば、そうとはっきり言われたわけではないが、おそらくはより深遠なる領域と感度において、彼らの美学・世界観における退廃と悦楽の探求が目的であると思われる。
次に【悪喰】のフィルフラッセ家に関しては【混沌】属性を司る【無邪気と遠目の悪童】信仰であった。
その「調理技術」と「食材」に関する知識について、まだ文献からの仮説レベルではあったが、長らく【西方】において”異界の裂け目”を「森」の中に封じ込めてきた【黒き森】のエルフ達の技術との関係がリュグルソゥム家によって指摘され始めていた。
そして【遺灰】のナーズ=ワイネン家は、先にも述べた通り、【死】属性を司る【魂引く銀琴の楽女】を。
己が今有している力の来歴を【闇世】に逃れた「より旧き信仰」に求め、まるで、粛清され生き延び変質しながらも脈々と受け継がれてきた一族の因縁を解き明かそうとするか……あるいはその逆。それを徹底的に、墓所と灰壷の内側の奥底にまで封じて眠らせ、永遠に火種が再び燃ゆることがないようにするかのように――そのような二面性を有している、というのが、サイドゥラから従徒献上された”知識”から受けた印象であった。
だから、サイドゥラこそは、そうしたナーズ=ワイネン家の集合的無意識を最も敏感に体現してしまった、そんな青年であるのかもしれない。
それで彼は【放蕩者】という『称号』を”タグ”付けされることとなったのかもしれないが。
「ははは、頭顱侯どもは全員ぶっ殺そう! なリュグルソゥム家の皆からじゃ、確かにあんまり冷静な意見が出てこないような話題だからなぁ、これ。閣下とは、ちゃんとした議論ができそうだ」
「何か、そうしなければならない理由か、それともそうした方が得だという理由があった、と考えている。多分だが、お前たちの”麗しき”『長女国』での正当・正統・主流の魔導貴族連中には置いておくことができないような……そういう連中を【破約派】として固めておきたい理由が、あったんだ」
「単純に国を二分して内戦させるよりも、かい? 国王家をただのお飾りにして、大事なことは【魔導会議】で決めたって体にしつつ、でも、実質は”荒廃”の処理と【晶脈石】の管理さえちゃんとしていれば、ほとんど独立自治領主みたいな大きな大きな権限を与えてでも――繋ぎ止めておきたかった、と?」
それでも最低限の制御は、できていると言えるかもしれない。
【晶脈石】のネットワークの正体は、別に【闇世】から流れ出す異界法則が原因である”荒廃”を消し去ったり浄化したりする類のものではない。
ハイドリィが悪用することを狙ったように、それは【16属性論】のある意味での具現化であり、使い方次第では、特定の頭顱侯家やその傘下の中小魔導貴族達の領域に、意図的な”荒廃”を引き起こすことを通じた脅迫が可能な装置でもあった。
「でも、派閥単位なら抵抗はしようと思えばできるかもしれない。だからブロイシュライト王家だって、その”宝刀”を抜こうとしたことは、これまでの歴史では……あー、【遺灰】家としての知る限りの”歴史”においては、まぁ一度も無かったと思うけれどね」
「【盟約】体制を壊そうとする連中を【破約派】として取り込んだのがサウラディ家なら、あるいは、【盟約派】にとっては逆説的だが、その『壊そうとする』連中を飼っておくこと自体が、【盟約】を護る……そんな視点にだって立つことはできるよな? ――まぁ、だからどうだっていう情報の少ない仮説の一つに過ぎないがな」
「”視点”というなら、閣下。一つ気づいたことはあるよ、単純なことだけれど」
額に曲げた指を押し当てるような仕草をし、目を細めるような仕草で、サイドゥラがいやに神妙な表情で考え込む様子を見せた。
「リュグルソゥム家がほとんど【継戦派】に鞍替えしかけていた、ということは、知っているよね? ――今回、ハイドリィ君のやらかしで、とても苦しい立場に立たされるのは……」
「【継戦派】の領袖の【紋章】家だな」
リュグルソゥム家が頭顱侯家であった頃の、彼らの基本戦略は「親『末子国』」であった――厳密にはさらにその中における「親【破邪の乙女】の加護者」だが。
この意味では、元々彼らは「王国護持」という観点から【盟約派】に名を連ねてはいたが、同時に、思惑によって激しく繰り広げられる【盟約派】と【破約派】の抗争・暗闘とも可能ならば距離を置く機会を探っていた。
その中にあって、彼らは【継戦派】が王国にて大きく勢力を伸ばしてきた意味と役割を知るのである。
すなわち【懲罰戦争】という対外的な軍事行動の定例化と組織化を通して、盟約・破約対立という、国内の大派閥同士の対立を停滞・凍結させている……というものである。
リュグルソゥム家が、その誅滅前にはほとんど【継戦派】の一員のように行動し、西方の【懲罰戦争】にも血族と魔導部隊を派遣していたのは、そういう繋がりからであった。
無論、【継戦派】が理念集団というわけではない。
現状は、あくまでもそれぞれの頭顱侯家が、それぞれの立ち位置や目的などに応じて、自家の利益追求を目指して行動した結果に過ぎない。
だが、結果として――そこに何者かの幾許かの操作があったにせよ、なかったにせよ――サイドゥラの言う通りに視点を変えれば、【継戦派】とは、王国内で発揮されてしまう魔導的抗争のエネルギーを適度に外に向けさせているものと言えるかもしれない。
――そんな”重し”の役割を果たしている【継戦派】と関わりのある新鋭頭顱侯家が誅滅され、ほぼ拮抗する中での第一人者に過ぎないとはいえ、一応の領袖である大家が不安定化させられるというのは、一体全体「誰」を利するのだろうか。
「【冬嵐】家の抜け駆けということに一応はなってはいたが、【盟約派】も、しっかりとハイドリィの件には首を突っ込んでいたよな。事実を上げれば、そういうことだ」
それこそが、道化蟲モノが述べていた【第二次大粛清】という可能性の指摘である。
そしてその意味は、【継戦派】が血祭りの生贄に上げられようとしているのではないか、ということ。”仲裁役”であった彼らがもしも消え失せるという事態になれば、いよいよ、【盟約派】と【破約派】の戦いは激しさを増すことになるだろう。
それを通して、もしもこれが思惑によって調整され導かれてきた状況だというのならば、サウラディ家――始祖アイケルの長女ミューゼの血統たる【真の王家】――の数百年来の狙いというものが、明らかになってくるだろう。
――そしてそれは【闇世】絡みである。
一見”隠れ信仰”などの、ある意味では対【闇世】的にはポジティブと言える要素に対し、ネガティブなものではあるが、あるではないか。
【精霊】という、迷宮領主や迷宮の創造物にとって大いなる天敵性を持つ【精霊】という存在達を、【四元素】のサウラディ家は抱えている。
そのあたりに、まだ、最も重要なピースがいくつもかけている感覚はある。
そこがあるため、現時点での大きな方針を変えるには至らない。相対し、利用して食い込みながら、俺の目的のための勢力と実力を確かに確保していくこと、である。
……だが、最もではない重要なピースならば、既に得ているものや、今回得ることができたものなども、あるのであった。
「確かユーリル曰く、『大乱』だったな。そして、お前達には『シャンドル=グーム』を庭にしているとかいう共通点があったよな? ――ウーヌス、ユーリルを呼んできてくれ」
≪呼ばれて飛び出て呼びに行くのだきゅぴきゅほほぉ!≫
正直に言おう。この『長女国』という枠を超え、『四兄弟国』地域の枠すらをも超え、行き着くところは【人世】と【闇世】の間の因縁に絡んでいるであろう謎と歴史の探求めいた思索を、俺は、楽しんでもいた。
――そういうの好きだったよね、せんせ。色んな難しい本を読んでいたの、知ってるよ。
いいや。
まぁ、楽しい、と思えるのは、それだけではないけれどもな。





