0251 蜂が踊るは泥魔土香が混じる鍋中(かちゅう)(5)
『地中班』からの”最終便”として、流没蚯蚓ミクロンが自ら流壌・臓漿・泥土混合物をまとい操るように浮上。
制圧の最終局面において、”混沌”と評されることとなる戦場の底を支えていた「地中の主」が、大穴を穿たれた【染みの桃花】店の1階へとその異容を表したのである。
ただし、元々ミクロンがこの最前線にまで登場予定は無かったのだが――そうする必要があると”名付き”同士の連携の中で判断されたのは、主オーマが明確に「戦闘停止命令」を、さらには「捕虜確保命令」と「救護命令」を立て続けに下したからである。
このため、ミクロンはまさに1階にその巨大蟻地獄めいた生体ポンプ装置のような土中での”浮揚”に適した胴体を地表すれすれにまで接近させ――技能【大地溶融】によって、噴射の運動エネルギーが放散されて固まりかけていた「泥土」達を操作。さらに、泥土と混ざっていた臓漿や流壌達と共鳴しながら、その内部に取り込まれ生き埋め状態となっていた『客』や『花』や『蜂』や『VIP』といった”捕虜”達の分離・選別と、確保及び救命のための予備作業を開始したというわけである。
――その有り様は、ずずずと、まるで「ごった煮」と化した混沌の鍋の中で具材が選り分けられていく作業にも似ていると言えよう。掻き混ぜ役となったミクロンがこの作業を『地中班』の地泳蚯蚓らと協力して一手に担ったのである。
だが、未だ「後始末」段階には達しておらず。
戦闘という名の抵抗の制圧作業は続いており、故に、ミクロンはより精緻にして繊細かつ大胆な土壌操作――”足場”の構築作業もまた同時並行して行っていた。
幾条もの泥土・臓漿・流壌の混合塊が、まるで水中からテッポウウオによって打ち出される水柱か、はたまた太陽表面から噴き出されるプロミネンスの如く、線条となって空に飛び出していく。
それを足場とするように”名付き”達のうち身の軽いものが機動したかと思えば、なおも抵抗を続ける『蜂』の戦士――中身が”乙女”であるかはもはやわからない――が属性の込められた【魔法の矢】を放てば、その威力を減殺させんとするかのように、泥土と臓漿の「壁」が土中から”射出”されて、狙われたエイリアン個体との間に割って入って阻止をする。
単純に、今立っている「足場」の”硬さ”を操作するだけでも、ミクロンがこの”場”で示す戦場環境操作・構築能力は、名付き達にとってもオーマや副脳蟲達にとっても、当初の期待を上回るものであった。
その一例が、最も機動性からは縁遠いと思われていた重量級のエイリアン=ビースト小系統である城壁獣ガンマとの連携にさえも現れている。
アンカー上の趾によって大地を深く強く掴むことで、生きた要塞ともなり巨獣の一撃すら受け止める城壁獣が――泥の柱に自らを”固定”するままに、地波に波乗って振り回される「分銅」が如く、凄まじい勢いで『蜂』達が組んだ防御魔法陣に正面から突っ込んで物理的に粉砕せしめた。
ミクロンが操る「泥の大波」に導かれたる壊進撃。
まさに、災厄獣となったアルファ、デルタに先んじて、彼らの「突っ込んで叩き潰す」というお株を奪うような活躍とさえ言えよう。
無論、魔法戦闘の鍛錬を受けた『罪花』の乙女達もまた、ただで砕かれるに身を任せていたわけではない。戦場を文字通り動かすのがミクロンによる高度な【土】属性による魔法操作と見てとるや、これに対する対抗魔法を発動し、噴流せる土砂・臓漿・流壌混合物自体の土壌的硬度を脆弱化させんとしたのである。
”名付き”達の少数精鋭性を活かし、優先するあまり、今回の急襲においては『要害獣』――複数の属性障壁茸を背負った――形態としてガンマは参陣していない。このため、ミクロンの【土】属性操作が対抗魔法によって狂わされたことで、泥流・土石があらぬ方向へ転がされるのにも巻き込まれるガンマではあったが、むしろそれで良い。
――当初より、主オーマより「殺しすぎるな」という命を”名付き”達は受けていたのだ。
ガンマが先陣を切るという番狂わせこそあったものの、アルファ・デルタを含めた『巨獣』達が瞬時に連携して相互に自認せるそれぞれの”この場”での役割とは、その巨体を暴威として正面からぶつけ、あるいは圧迫することそのものによって、『蜂』と『花』の乙女達に必要以上の魔力を”浪費”するように強いることだったのである。
――肉でありながら鋼の如く、という矛盾をあえて厚顔かつ堂然と誂えたかの如く。
引き絞られ、みちみちと密度を高められたる暴虐を体現する存在として『災厄獣』の”名”を【エイリアン使い】の世界観から与えられしアルファとデルタ。この2体にとっては、ただ”怯えさせる”などというのは、むしろあまりにも容易い任務であり、その存在に比しても、適量を超えてあまりに贅沢過ぎる運用である……とすら言えただろうか。
ただそこに在るだけでびりびりと大気に悲鳴を奏でさせ、抵抗力の無い生物に生命の根源的な生存本能的脅威と恐怖感を与え増幅させる――という、【おぞましき咆哮】から派生せし系統技能【おぞましき威響】の波動は、【精神】魔法の多重利用によって半束縛的な連携能力を訓練で身につけたる『罪花』の乙女達に対し、奇妙な優位性を発揮した。
薙ぎ払われる剛腕、よじられる剛躯の1つ1つが掠りでもすれば半身を抉り飛ばされるか、という『恐怖』の念そのものが彼女らの間に瞬く間に伝染(約1名、『花』の一人に混ぜられて、異常なほどに強烈な”恐怖”をばら撒いているVIPもこれに大きく寄与したが)。
『活性』属性を中心とした、まるで蜂が乱れ飛ぶような機動戦中心の戦闘スタイルも相まって、乙女達はいささか過剰抵抗しすぎたのである。
さながら、冷静な頭で捉えられれば、1の魔素で十分な程度の跳躍に5の魔素を振りまいたり。あるいは、3の魔素でなんとか剛撃を受け流し凌げる身体補助魔法を7の魔素で発動してしまうなど。
館内が押し流しこまれた臓漿混合物によって強引に【エイリアン使い】の一時【領域】化されたことで、魔素・命素の巡りが臓漿自体の特性も相まって急激に彼女達にとって不利なものとなっていたことや、館内に満ち満ちていた【精神】魔法の媒介たる青き煙の香木・香草・蜜を煎じた香と魔力灯がまとめて泥流によって粉砕された、などということを割り引いても――そうした過剰反応を強いられたこと自体が”名付き”達が目論んだ通りの大きな負担を『罪花』の戦士達側に強いたのである。
結果「対策」と「対抗」にばかり意識を奪われ――さらにその認識が【精神】属性的束縛的連携によって必要以上に共有されたことで――散開し過ぎた乙女達は、さらにそれ以上に散開して機を見計らっていた”名付き”衆側の”遊撃役”と”捕縛役”達に各個無力化されていくこととなる。
その主役は、泥流・臓漿塊の深層に潜んでいた出現したゼータとパイローであった。
縄首蛇ゼータがその『投げ縄』の如き高伸縮の”吊り首”のための尾を撃ち出し、1名また1名と的確にその頭部を絡め取り――”詠唱”を封じるまさに魔法使い殺しの役割――泥流の中に引きずりこんで窒息させるかと思えば。
ミクロンと共に浮揚してきた礫棘蚯蚓パイローがその本領たる系統技能【茨の生じる地】を発動。無数の微細な棘と鈎爪が不規則に生え出たる鋼線の如き「棘」を触手と為し、ミクロンによって流度を高められた土砂の中を素早く這い巡り散って、一斉に土中から突き出したのである。
このような【土】属性優位の戦場において、警戒すべき攻撃魔法の定石の1つである【隆起せる礫波】による猛攻に対しては、『長女国』の魔法戦士として『蜂』の乙女達も警戒を深めてはいた。だからこそ、2階で『血管魔法陣』による魔法妨害装置となった吸血種ユーリルによる館全体の防御魔法陣群への圧迫の中でも、その限られたリソースをなんとか【土】属性への対策に振り分けていたわけであったが……その盲点を突かれることとなったのだ。
パイローの十数もの「棘」触手達自体の土中を切り裂いて潜航しながら対象の足元へ急襲する能力は、パイロー自身の【土】属性能力には依存しておらず(ミクロンによる【土】属性操作に補助はされるが)、言えば極めて純エイリアン的な、すなわち生物生態的な「能」だったわけである。
そして、散華するかの如き地靂。
地中から天に向けた槍衾の如く。
不揃いであることを以て整然たる【毒】の棘が一斉に突き出し、刺し貫かれた乙女達はしかし、即死できぬままに絡め取られて地中に引きずり込まれる。
斯様に【土】の凶獣が渾然となった濁流の上下で踊り巡るような駆け引きにおいては、もはや、不利をわずか一滴でも覆すことすらも能うことはない。そう悟った乙女達――VIPを交えて――が、砕け壊れかけた壁や柱、半ば崩落した螺旋階段に飛びついて、その身体能力をなんとか活かそうと跳躍するように機動的防衛線の戦線を上へ上へと引き直そうとする、が。
雷鳴にも似たような空気を貫く断続音。
ただし、長く響く重低音ではない。さながら空砲を幾重にも解き放ったかのような、スタッカートのように小刻みかつ散弾の如き連続する「裂」と共に、空気を鋭く切り裂いて降り注いだのは――硬度を極めた鋭利なナイフの如き「羽根」なのであった。
空中を埋め尽くす弾丸のような「羽根」を雨あられと射出せるは、風斬り燕イータ。
地上から逃れても、そこは高機動で飛び回る彼の領域。束ねられた”風斬り羽根”は風はおろか空も肉も裂き断つ二振りの刃の如く。それでも中型の魔獣程度はある体躯で「飛び回る」には、吹き抜けているとはいえ館内はいささか手狭にも見えたが――急降下するように体を折り畳めた姿勢から螺旋状に捻り返すような軌道で【風】に乗り、要所要所でわずかにその羽根を振るって「風斬り羽根」を弾丸の如く飛ばす。
それが少なくない数の乙女達を文字通りに撃ち落とし、あるいは羽根の一撃ではたき落とされ――泥土に真正面から落下するままに叩きつけられんとする彼女らが見たのは、噴射の勢いが落ち着いてきた泥流の中からにょきと生えた「背びれ」が2つ。
【土】属性でもミクロンの技能による土壌操作によるものでもなく。
噴出の勢いの余波としての流勢を失い澱り重なりかけていた泥塊が、大きくぼこりと膨れうねる。それはさながら、内側から何者かが、さも力技によって無理やり押し上げて「地波」を改めて生み出すが如く。
さらにさらに、その泥中にて【風】と【水】が組み合わされた【嵐】が発生したかのように、内側から再び激しく「波」となってうねった泥土・臓漿混合物を吹き飛ばし噴射するかのように、蘇った「地波」からその巨体と共に轟と飛び出したるは波嵐鮫シータと筋骨隆々なる槍牙鯨シグマであったのだ。
礫棘蚯蚓パイローがその茨の森の如き「棘衾」を引っ込めているタイミングと入れ替わるように、シータとシグマの”海獣”型2体が競うように、泥の波の中から「水面」に飛び出し獰猛に飛び上がる。
片やその8本のタコめいたきりきりした触手によって、片やその海中だろうが泥中だろうがその逞しきエイリアン的上腕二頭筋及び三頭筋をボディビルダーの如く誇示し鼓舞するかのようにポージングを決めながら木の幹ほどもある太すぎる両腕を広げながら――それぞれに乙女達を乱暴にあるいは力強く捕縛せしめ、只、攫うかのように次々と泥の中に引きずり込んでいくのみであった。
このように狂い混ぜられた”鍋”の中を想起させるような壊乱じみた有り様。
その中で、それぞれに「持ち場」を構えた他の”名付き”達と、転がされ放られ投げられ受け止められ踊らされるは、”具材”に過ぎぬ『花』と『蜂』の乙女と彼女らを模させられた客やVIP達。
そして最後の一刺しを体現するが如く、錯乱と撹乱を以て2体の”名付き”が視界と認識の外側から突如顕現するように姿を見せる。
狂踊蛇イオータと檻獄蛛ニューである。
この2体の手により、彼女らと彼らと彼らは翻弄され、切り刻まれ、幻され、翫ばれることとなる。戦場が「地下」から「空中」へと垂直に貫かれた後、2体がもたらしたのは縦横への混沌の撹拌であったと言えるだろう。
【土】に【風】に、地中で爆酸蝸ベータ、灼身蛍イプシロン、塵喰い蛆ラムダら”噴射組”がせっせと提供する【火】【酸】【毒】などという時点で既に、まるで【四元素】家か複数の中下級魔導貴族家の連合部隊を相手取るかのような多彩なる”属性”に塗れたる様相を呈する館内。
そこに【雷】と【氷】という更なる属性を効果的にもたらしたのが檻獄蛛ニューである。
そのあらゆる角度に対応可能なる蜘蛛格闘によって、どれだけ無茶な方向から乙女らが吹っ飛んできても、あるいは跳躍してきても、空中にて絡め取るが如き捕縛を試み――魔法及び属性対応能力がとうに圧迫されて飽和限界を突破した彼女らに、ハエトリグモの要領で構えた「網」越しに容赦のない雷撃を浴びせ、または凍気を叩きつけていく。
ゼータとはまた異なる形態の”魔法戦士”殺しを体現するニューに、一度絡め取られれば、獲物はそのまま泥土砂の上に痙攣しながら落下するしかない。
そしてそうなれば、即座にミクロンに追随してきた『地中班』の地泳蚯蚓や鉱夫労役蟲によって土中から回収され――望むと望まざるとに関わらずの「救命」を受けながら、さらに地中に形成された【領域】代わりの臓漿”溜まり”に引きずり込まれていくのみであった。
当初こそ、ヴァニシッサにのこのこと案内せられたオーマ一行を逆に包囲して1階からの退路を断たんと動員された『罪花』の戦士達。
その結果は斯様に惨憺たるであったが――”煮”られ”炒”められあるいは”揚”げられる中で、持ち味であった「連携」が崩壊すると、中には、元々の個人的な素質によってむしろ動きが良くなる者も現れたことは一つの皮肉な隠し味であったか。
『ゴブ皮』による門を【領域】上に生み出すために、表裏走狗蟲達はむしろその【共生】せる小醜鬼部分を1体に継ぎ接ぎする形で実質「消耗」していたが、その後は通常の走狗蟲と変わらぬ形態に変異。
いわば裏返らない走狗蟲として”名付き”達に混じって機動戦を展開していたが、彼らにも、交錯して痛撃を与えることのできるだけの個人的実力を持った乙女もいたのである。
――だが、そうした”跳ねっ返り”達をこそ嬉々と相手取ったのが狂踊蛇イオータであった。
蒸気の揺らぎのような靄を常に湛えたイオータが、その鋭敏なる俊敏さを技能【揺らぎの舞踊】によって霞ませながら、ゆらゆらと、混沌たる鍋中にて、その距離感も速度感も曖昧にしながら――気づけばすれ違う。斜めに、横に、円を描くように舞い斬り裂く――乙女達を上下左右の「お手玉」するような状態で他の”名付き”達が機動する中、彼だけは別の次元に属した座標軸をなぞるように、敵はおろか味方である他のエイリアン達さえも翻弄したように斬り踊っている。
故に、すれ違ったことに気付けても、その識の数瞬の後に、乙女らは魔法的な護りさえも易々と突破されて、その身体を深々と斬り裂かれていたことを自覚するしかない。
刹那、彼女らは、なぜ自分が今この位置で斃れているのかさえも理解できていない。イオータの【幻弄】効果によって、身体感覚と意識さえもが、僅かにではあるが、しかし決定的に”噛み合わない”ことを知覚するしかない。
この現象は、ただ単に、アルファら災厄獣が放つ【おぞましき威響】による【精神】耐性削減だけで説明付けることができない。
せめてもの抵抗にと【明晰なる精神】の魔法が唱えられるのであるが、さも「魔法的な精神作用に何の意味があろうか」と嘲弄するかのように、ゆらめきの仄像を散り残しながら、イオータは既にその場にはおらず霞の残像を残すのみである
――それは、タンタン、タタタン、と蛇の尾によって打ち鳴らされる”音”さえも含めた、五感全体に作用するだけではない。さらには【精神】魔法とは無関係でもない、ある種の複合的な認識阻害作用こそが、彼女達がまさに『罪花』の乙女達であるからこそ、過剰な形で降りかかる……そういう作用である。
彼女らはその「訓練」によって、普段から【精神】魔法の多重適用を受け入れていた。それは【精神】魔法そのものには高い耐性を持つという意味であったが――言ってしまえば【精神】属性魔法とは、およそ人の精神と認知に作用する効果のうちのごく一種類に過ぎない。
それは、万全の対策をしたからこそ、ごく物理的な認識の齟齬を自ら一時増幅させてしまっていたオーマ一行と同様である。
すなわち、訓練されていたはずの精神抵抗能力の外側から、乙女達の認識への割り込みが行われたのだ。
イオータが生み出した【精神】属性とは異なる【幻弄】効果とは、まさに【精神】属性とは異なるという事実を以て、むしろ凶獣の襲撃に心折られかけていた乙女達には、非常によく効く作用となったのである。
≪地下からは……ミクロンさん。空中はイータさん……泥の中からゼータさん、パイローさん、シータさんに、シグマさん≫
≪あはは! そしてアルファさん、ガンマさん、デルタさんが正面と左右からぶち壊すさんだね! あははは、トドメにイオータさんとニューさんだぁ!≫
≪ミンチよりひでぇのだきゅぴ。むしろこのお鍋の中、具材さんをできる限り、ぐったんぐったんにしないようにしているアインスのストレスさんがマッハなのだきゅぴぃ!≫
――というのも、楽師蟲アインスがその指揮能力によって、単なる暗号解読だけでなく模倣と拡張と介入と――”乗っ取り”という意味で暗号礼法『蜂の踊り』を解析するどころか魔改造に至らしめていた。
元来は独自の意味を持った所作であり、通信であるべき礼法が、アインスの介入によって、意味と構造を変質させられたことで乗っ取られたのである。
イオータは、その『踊り』を技能【揺らぎの舞踊】を通して”実践”したに過ぎない。しかしまさにイオータが”踊った”ことによって、『蜂の踊り』に認知的な連携さえも依存していた乙女達の集団行動と、所作に対する認知が、ある種の『情報汚染』を受けたのである。
つまり、踊りは暗号としてではなく、毒として舞われたのであった。
思考ではなく、意味をなぞったものでもない。行動と模倣を媒介に、意味が後から乗ってきたものであったからこそ、このような”概念”を持たなかった『蜂』も『花』もそれを拒絶することができない。
まるで一斉に精神ショックを受けた夢遊病患者と化したかのように、最後の抵抗を見せた”跳ねっ返り”達は、斯様に一挙無力化されてしまうこととなったのであった。
≪【精神】魔法さんじゃないんだよね~?≫
≪そういうことだよねぇ! うひゃあ~【精神】魔法さんに長けていた『罪花』さん達だからこその逆効果さんかぁ≫
≪ルクさん達の長年のマルドジェイミ家対策さんを僕達が実現したってことだね!≫
≪しみじみときゅぴきゅぴする合作なのだきゅぴい。きゅほほほ≫
――なお、ここに副脳蟲達の間接的な観察を通して。
【幻弄】因子の解析がさらに進んだ、ということも合わせて付言しておく。
このように、ちょうど『2階』において、オーマが自らと【報いを揺藍する異星窟】が陥っていた認知の誤りを自覚してそれを補正し、同時に、ヴァニシッサにとって想定外であった『援軍』が現れたタイミングと前後して、”名付き”達はほぼ1階ホールの制圧を完了させることとなる。
螺旋階段の崩れた吹き抜けを中心とし、四方八方に泥と臓漿の飛沫が跳ね飛んでこびり着いて、地層の中に押し固めてしまったかのような有り様は――もはや、視界はおろか感覚さえもが前後左右そのものを揺さぶられ掻き混ぜられた後の「鍋」の中を彷彿とさせる。
だが、その結果として、襲撃対象であるはずの乙女達や『客』達への被害は、凡そ4割弱に登っていた。
……それを高いと見るか低いと見るかはともかく、実際のところ、【エイリアン使い】オーマ自身は2割以下に収めることを当初望んではいたのである。
そのためには、臓漿”溜まり”の領域に自身の迷宮領主としての【血】を利用して――副脳蟲に許された【領域転移】技術の代理行使さえも飛ばして――司祭蟲ウーノを転移させ、その技能【融体回癒】による驚異的なる治癒・再生促進の超常をもフル活用させて、なお、この結果だったわけであるが。
……そこには、『罪花』のナーレフ支部の「壊滅」は狙いつつも、乙女達の「虐殺」までをも望んでいるわけではないという【エイリアン使い】オーマの内面における怜悧さと倫理的判断のギリギリのバランスが見え隠れしていたとも言えよう。
然れど、己の判断とそれがもたらした改めての結果に対するわずかばかり、逡巡のような改めての”物思い”は、副脳蟲に限定された【共鳴心域】のネットワークから外に漏れ出すことは無かったが。
***
当初より、この急襲作戦の柱は坑戦であった。
それも『長女国』各都市では当たり前となっている、対イセンネッシャ家の【空間】魔法による侵入や建築物倒壊テロへの対策――を逆手に取ったもの。
特に、単なる”枯れ井戸”達の密輸組織であるだとか、街内のならず者集団を潰すならともかく、頭顱侯と通じる走狗組織の「支部」にて防備を固める相手を直接落とすのである。完全に迷宮に引き込むことができた対【人攫い教団】、【廃絵の具】、イセンネッシャ家部隊の時と異なり、日頃の暗闘という形で魔法戦に心得のある集団を短時間で崩すのは難しい。
何重にも設けられた魔法陣は単なる妨害装置・警報装置であるだけでなく、直接的な罠や半自律的な防衛機構として作用するため、まさに「魔法」戦士達と連携し、連動してその能力を高めるような術式もが高度に組み込まれたものであった。
加えて『罪花』は、頭顱侯と走狗組織の関係性の中においてももっとも”主従逆転”した集団であり、その実力は頭顱侯家の精鋭部隊に匹敵する「訓練」を受けている。
従って、考案されたのが、【エイリアン使い】としての迷宮能力・エイリアン達の特性をも注ぎ込んだ「液状化」と「泥流噴射」現象によって、これらの多層的な魔法的防護ごと押し流し、さらに、押し固めることであったわけである。
しかし、ヴァニシッサが予想外の健闘を行い――そこに何者かの意思が介在していようがいまいが――”坑道潰し”という非常手段で対抗したことが、むしろ被害を増やす結果につながってはいたが。
それでも、ナーレフには元々、この地を一大経済拠点化しようとする前執政ハイドリィの野心的な調整によって、他都市と異なり多くの”走狗組織”の支部が牽制し合いつつも集っていた。
故に、それが『長女国』でいまだに未知且つ未対策である比較優位は期限付きのものであり、この「一撃」は、一挙に【エイリアン使い】の実力――少なくとも【魔法学】と異なる確固たる超常の体系を持つ勢力――を水面下にて知らしめかねない。
実際、曲がりなりにもこうした走狗組織達の一角を占めていた【人攫い教団】のナーレフ支部は、その”親”であった【ハンベルス鉱山支部】ごと壊滅し、街におけるパワーバランスから脱落していたのである。さらに満を持して、その拠点であった旧救貧院を、ナーレフ先住の民の組織である【ウルシルラ商会】が確保したことは、既に知れ渡っており、走狗組織達の間には既に警戒の気配が漂っていた。
この意味で、ユーリルが表裏走狗蟲達を伴って夜な夜な”暴れて”いたのは、示威であると同時にある種の情報撹乱工作でもあり、実際、襲撃対象からはこうした走狗組織「本体」は外されていたのである。
――オーマはこの一撃による成果の「最大」化を狙っていたからだ。
その主要な勝利条件は3つ。
第一に、【紋章】家の番頭を担ってきたロンドール家とハイドリィが、ナーレフを「経済拠点」として発展させていくための重要な布石として確保――『罪花』のナーレフ支店との取引によって――していた「VIP」と呼ばれる者達。
それは【白と黒の諸市連盟】(通称『次兄国』)の『長女国』担当の商人集団。
この点、同じく「VIP」枠に入れられていたジェロームという廃嫡子は、オーマにとっては「おまけ」に過ぎなかったのである。
……なお『客』と『花』が【精神】属性魔法によって”入れ替え”られていたというトラブルは、【精神】癒合事故の歴史を持つリュグルソゥム家では無意識に除外されていた可能性であったこともあり、事前に予測できなかったことでVIP側にも軽微な被害が発生してしまっていたが。
そして第二が、3つの勝利条件の中では最も「長期的」な視座に立ったもの。
都市ナーレフの地下全体に(今回の「急襲」によって街の主要部への浸透を一気に行った)、一気に【エイリアン使い】の【領域】を広げることである。そして、それに気付くか、気付いた上で対策と妨害を行うことのできる能力を持った組織を排除すること。
これこそが、【闇世】の迷宮領主と迷宮の特性が知れ渡り研究・対策されていない、まさに今のうちに、オーマが打って置きたい最大の一手であった。
――ナーレフを単なる「経済拠点」程度で終わらせぬために。
【迷宮都市】として。
否――【闇世】の上位の迷宮領主達にぶち上げた”構想”の一環として、この地を【エイリアン都市】としていく、そのための大きな布石として。
そして、第三。
元来、【紋章石】を回避する措置を施したエイリアン=パラサイトをばら撒いて情報収集を進める中で、『罪花』の影響力が、あるいはハイドリィの予想に及んでいたことは既に【異星窟】側は把握していた。『蜂の踊り』を応用する形での、下部組織や、本人がそうと知らずに『罪花』の”情報提供者”とされているような者達との「ニアミス」は既に幾度も起きていた。
侯都グルトリアス=レリアにおけるリュグルソゥム家の”情報収集”においても、【紋章】家と【歪夢】家の間の占領統治を巡る確執と対立の芽は観測されていたのだ。
すなわち『罪花』もまた、【冬嵐】家や吸血種や【騙し絵】家のように、ハイドリィの野心がもたらした行動を利用せんとするプレイヤーの一人である。彼女らは、ナーレフにおける各勢力のバランス調整と、そして「世論形成」という、ハイドリィとの水面下の蜜月関係を築いた。
そしてその中に、将来的な乗っ取りのための毒と欺瞞を仕込んでいた。
これに対して、確かにオーマは『生還組』とエイリアン=パラサイトを中心とした独自の諜報・情報操作ネットワークを持ち込んでいたが――そのような既存の情報網を、もしも、相手組織の本体から切り離して奪い取り、取り込むことができたならば、どうであろうか。
決して、乙女達の境遇を憐れんだということはないのだ。
故にオーマは、想定不足による被害増に対する呵責は覚えても、それは「良心」というものに対する呵責である、とは自認しない。
元より、【エイリアン使い】として積み重ねてきた実力でもって、まさに【精神】属性魔法によって互いを縛るように連携せる『罪花』の乙女達をこそ捕縛するための手立てで以て臨んでいたのであるから。
以上がオーマが【染みの桃花】店を、単に相容れない存在であり未然に排除するためだけにではなく、壊滅させることを決めた理由。
”壊滅”であって”抹消”ではないのである。
それは、砕かれ、解体された「具材」を、己の側の体系に食らい取り込む行為である。
――このようにして、場面は、第三の勝利条件を達成するための、最後の”仕上げ”に移っていく。
摩耶さんが新しいファンアートを書いてくださいました。(R070420)
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