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0243 往来を物見するは夢と法則を暴くため

【盟約暦514年 歌い鷲の月(6月) 第15日】

 ――あるいは【降臨暦2,693年 合鍵の月(6月)第15日】(146日目)


 中緯度地域の夏の入りの昼前であるが故か、日差しは高く上って照る。

 【闇世】の黒き太陽とは異なる【人世】の太陽――縮尺はやはり元の世界のものと同じ――であるため、直視するには瞳には辛い。


 だが、街並み(・・・)の印象を随分と明るい(・・・)ものに変えているのは……日差しだけの効果によるものでもないだろう。


 関所街ナーレフの昼前の大通りを、俺はゆったりと歩いていた。


 ”新市街”を構築する大小の建物は、ややくすんだ灰色を基調とした石材によって建設されている。

 これらの産地はナーレフから見て東南東方、『長女国』と『末子国』を隔てる【礎廟山脈】。【聖墓教】の”墓石”にも利用される石材資源生産の中心地であり、そこで【騙し絵】家傘下の【幽玄(サヲンニ)教団】や、リリエ=トール家傘下の走狗である【鶴嘴(つるはし)と灯火の同胞連(略称:灯火連)】が、相競い相対立し相潰し合うように、『末子国(地元)』の組織を排除するようにして削り出したものであるようだ。


 だが、そうした資材を利用することができるのもまた、ロンドール家が【紋章】のディエスト家の”大番頭”として、『長女国』における物資流通を掌握することで蓄えた財産を惜しみなく集中投資した結実であるともいえよう。


 俺自身が、こうして生身で直接ナーレフに踏み込むこと自体は初めて。


 だが、街を、大通りを、路地を、あちこちでカビのように蔓延って覆っていた「不穏さ」――かつて眷属心話(ファミリアテレパス)の「リレー」やラシェット少年などの出身者から聞いていた――は、然ほどはもはや感じ取られない。


 まるで年末の大掃除のように、隙間に入り込んだ埃やゴミや虫の死骸の類を隅々まで(さら)い、はたき落とし、洗い出して、追い払ってから、窓を一気に開いて新鮮な空気と日差しを取り込んだ一室であるかの如く。


 密告と監視という目に見えぬ鎖をも駆使した圧政から解放された人々は、活気を取り戻したような様子で往来をせわしなく行き来しているのである。


 これこそは、新指差女爵エリス=エスルテーリと、そして街の”参事”となったマクハードの手腕によるものだろう。


 ――これは謙遜ではない。

 ナーレフの混乱と不穏を収拾するという一点においては、俺は自分自身の利益につながる部分でのささやかな助言(アドバイス)をしたに過ぎず、たとえばこの街の象徴でもあった『関所(・・)』の開放と新たな通行審査基準を定めたことなどは全てエリスの手腕によるものだ。


 だが、慈善事業ではないので、そのささやかな助言(アドバイス)の裏に隠れた、これまでの彼女やエスルテーリ家への支援の”報い”として、俺もまたこの街――もはや『関所街』とは呼ばれなくなっていくだろう――の”参事”の末席に、しれっと、どさくさに紛れて名を連ねてもらったことは、今後の活動を有利に進めていくための求めていた報酬ではある。


 ……ナーレフの流通・経済・産業拠点としての将来性に関する話は、また後ほど従徒(スクワイア)達と方針を再確認・再考察するとして。


 俺は往来を行く人々に眼を向けていた。

 ただぼうっと、あるいは物見遊山気分で視ているのではない。

 彼らに向けているのは、この俺の迷宮領主(ダンジョンマスター)【エイリアン使い】としての”(まなこ)”である。


 要はヘレンセル村で行ったことの続きである。

 俺は、杖に偽装した三ツ首雀(トリコスパロウ)カッパーによる技能(スキル)補助を受けながら【情報閲覧】を絶えず起動しており、【人世】の市井の民における『位階・技能点システム』に関するデータを収集していたのだ。


 さすがに”街”だけあって――道行く人々の『職業(クラス)』はヘレンセル村の時と比べてずっと多岐に渡る。


 半自給的な生活が中心であるヘレンセル村においては、直接資源(リソース)に関わる一次生産職と二次生産職が多かった。”生き方”の種類がそれぐらいに限定されているから、とも言えよう。

 人がその文化における一定の水準で行きていくためには、必要とされる物資があり、その文化集団全体としてそうしたものの生産に振り分けられる人員の割合による、とも言える。旧ワルセィレ地域自体がかつては【四季一繋ぎ】という超常の法則に包まれた土地であるという意味では、それはより顕著だ。


 翻って、”街”は、そうではない。

 各村が生産の拠点であるならば、街はそれらを集積し消費する拠点である。

 もちろん街自身の中にも、更なる二次生産物があり、それを種々の『○○職人』系の職業(クラス)を生み出してはいるが――そうした数々の物資を流通させる『○○商人』のような職業(クラス)も目立ってくる。


 いわゆる三次生産職(サービス業)である。

 それは個人商店のように自らが生産し、生み出している場合は、それらが複合したような職業(クラス)となっていたり、あるいは連れ立つ夫婦で片方が職人系、片方が商人系と組み合わされるような形であったり。


 または、ナーレフのように様々な組織集団がある場合には、その構成員としての特徴や特性を表すような形で分化されていたり。


 『統計データ』としての情報を得つつ、こうした『職業(クラス)分布』の情報もまた、それはそれ自体がナーレフにおける産業構造・組織関係を把握するための一助となるものである。


 ……ナーレフだけではない。

 想像よりも多くの”職業魔道士(ぎじゅつしゃ)”系が、街にいたのだ。


 たとえば【水】属性の『流水技術士』や『治水魔道士』や【土】属性の『地脈整備士』や『整地魔道士』、【風】属性の『気候観測士』や『航海魔道士』など。

 さらに『長女国』の魔導農業大国性を表すものとしては、【活性】属性を中心にいくつかの元素系が複合された技能(スキル)構成を有する『魔導農術士』や『農政魔道士』。

 他に、ナーレフにおける建築の需要が未だ旺盛であることを示唆するように、建築や解体に関係した技能に特化しているであろう魔道士、または魔導技術士なども散見されている。そして、こうした者達の中には結構なレア属性である【均衡】【崩壊】属性を修めた者もごく少数であるが混じっていることがわかっていた。


 ――なぜ、正確に【属性】まで断定できているか、だって?


 詳細はまた後で、我が迷宮(ダンジョン)眷属(ファミリア)達の”仕事ぶり”を再確認する時に検討するが、簡単に言えば、【報いを揺藍する異星窟】は、既にナーレフ中に超覚腫(オーバーシアー)達を秘密裏に配置することに成功していた。要所に絞って、であるが。

 彼らによる各種の”感知”情報が、同じくより広範に張り巡らされたエイリアン=パラサイト達によるネットワークを経由することで、俺に伝えられている。


 あえてナーレフのこれほどまでに魔道士人口(・・・・・)も多い往来を、焦って【領域】化せずとも、こうした情報を組み合わせることで、ただの【情報閲覧】で得られる以上の考察と思索を深めることができているというわけ。


 話を『職業(クラス)』システムに戻そう。

 こうした『職業魔道士』系の『職業(クラス)』は、リュグルソゥム一族が秘匿技(カンニ)術を暴い(ングし)ている各頭顱侯家一族とその係累達の”専用”職業(クラス)とは異なり、『長女国』内においてある程度浸透した存在であると言えた。


 つまり、ある種の「資格職」のようなものと言える。

 まず「魔法の才がある(枯れ井戸ではない)」ことがスタートラインにはなってしまうが……そこから各種の養成機関を経て専門知識を身につけた者達のうち、『長女国』内の各地での技術活動などに携わる層が、職業魔道士(彼ら)である。


 ただし、13の頭顱侯家を頂点として「各業界が壟断」されていることが『長女国』の支配構造と産業構造の主柱。

 故に、こうした職業魔道士達もまた、おそらくはそれぞれの養成機関に紐づけられる形で(強制加入団体みたいなものか)、ある種の「職業組合(ギルド)」のようなものを形成しており、そして、それが、最終的にはいずれかの頭顱侯またはその傘下の中級魔導貴族か走狗組織に首輪をつけられている――という高度に分化され棲み分けられた階層社会であることが、リュグルソゥム家への質問と回答から裏付けられていた。


 それもまた、俺が【情報閲覧】のための往来闊歩をして集めようとしている情報(データ)

 こうした職業魔道士(技術者)(どれい)達の動きを、まぁ手段を選ばずに追っていけば、さらにそうしたナーレフにおける利害の構造や、ひいては『長女国』全体におけるそうした権益の力学を掴んでいく端緒となるであろう。


 ――決して、13頭顱侯だから「13の業界」などという単純な話では、ない。

 例えば【騙し絵】家がその秘匿技術を「医術」の他に「鉱物資源」に投入していた。だが、そこに、近年力を一気に増して頭顱侯化した【明鏡】のリリエ=トール家(あの【転霊童子(グストルフ)】の実家)が、【灯火連】とかいう組織を走狗として殴り込みをかけている……要するに、頭顱侯達は絶えず『長女国』内でそうした経済戦争を兼ねた暗闘を繰り広げ合っており、その点では、各産業界の支配構造は流動的な面があるのである。


 そこに付け入る隙が、あるのかどうか。


 この意味で、【紋章】のディエスト家の差配によって送り込まれてきた職業魔道士(ぎじゅつしゃ)達の情報を追うことは重要。

 ナーレフの”復興”と発展を臨時代官エリスからジェロームに引き継ぐに当たって、『長女国』の大諸侯としての体裁を整える意味で、それぞれの派遣元(強制加入団体)の類との交渉が行われたことは想像に難くなかった。


 そして、その中でもどれだけの職業魔道士達がディエスト家が自前の”お抱え”であったかどうか、ということを把握すること自体が、『継戦』派閥の領袖にして王国最富裕たるディエスト家の実力だけでなく、さらに『長女国』全体において、各家または走狗達との利害関係やコネ関係がどう絡んだ仕組みとなっているかを解き明かしていく手順となる。


 ――俺としては、実地でこうして実際に目で見て、そうしたより具体的な活動(・・)のイメージが湧いたといえる。(知識としてはすでにリュグルソゥム兄妹から従徒献上(アップロード)を受けていたが)


 なお、サウラディ家と協力する【魔導大学】は、この意味では単なる研究機関であるだけではなく養成機関の中でも最も強大な存在だろう。『長女国』全体に「職業魔道士」要するに「技術者」を派遣する大元の元締め存在であり、政治・経済に与える影響力の強さもそうした部分を淵源としているのかもしれない。


 話を『長女国』の産業構造とそのナーレフにおける実例という視点に戻そう。

 「生産」活動のほとんどをこうした職業魔道士達に任せることができ、さらに、それが個人あたりで非常に大きな生産性を発揮できるというのは、さながら、米国的な粗放的大農法と東アジア的な集約的農法を少数でいいとこ取りできるようなもの。


 要するに――非常に、非常に、その農業収穫高が高い。

 国力の何倍、十数倍、下手をしたら何十倍もの人口を食わせることができるほどに。


 ――俺は【ウルシルラ商会】の宣伝(・・)のために、あえてグウィースが生み出した彼の”森”の幸を『聖泉詣で』の参拝者達の食料として出すようには指示していたが。

 実際、関所が実質解放されて人々だけでなく多くの荷車が行き交うこの光景を見るに……別にそれがなくとも、エリスは然ほどの苦労をすることもなく約1,000名分の数日分の食料を用意自体はできていたであろう。そしてその浮いた(・・・)分が『救貧院』での”炊き出し”に繋がったわけであるか。


 そして、それほどまでに食料に困ることが無いならば、それはそれは、人があぶれ(・・・)て仕方が無いだろう。


 なにせ、この農業生産力は非常に高効率大量収穫的だが、安定はしていないのだから。

 ――数年ごとに”荒廃”による大凶作が発生することで、”食い詰め者”と呼ばれる貧困層が農村から溢れ出し、『長女国』内の各街で(王都においてさえも)貧民街(スラム)を形成するのである。

 だが、皮肉なもので、貧民街(スラム)の厳しい環境下ではある種の弱肉強食と淘汰圧が働く。そこで生き残った気骨のある者や一芸に秀でた者などが、最底辺ではあっても、各家の壟断的統治を支える走狗組織達のそのまた手足となる合法・非合法組織への人材供給源ともなっている。


 この流れはナーレフにおいても同様であった。

 まぁ、ナーレフの場合は被征服地であり、”食い詰め者(スラム予備軍)”とは別に、そもそも抑圧されて厳しい経済状況に追い込まれていた「被征服民」達もあったわけだが。


 ただ、ちらほらと、堅気(かたぎ)ではない『職業(クラス)』の者も散見されるのはこうした仕組みによるためである。


 無論、ナーレフの南北の関所を結ぶ最主要のこの大通りで、日中から狼藉をするような輩はほとんどいないが――大掃除(・・・)によって集める(・・・)よう指示を出した張本人はこの俺だが――それでも、まぁこの大層な活気と人混み故に、ぶつけたのぶつけられたのだのと、ちょっとした諍いや揉め事も起きたりする。

 しかし、それを目ざとく見つけた市衛兵(元【血と涙の団】の構成員も含まれている)がすぐにやってきて当事者同士を引き離して言い分を聞き、裁定をしている様子などを見るに、政権崩壊と被抑圧民の急激な立場回復による混乱は最小限に抑え込まれており、治安は十分に良好な状態が保たれていると俺は受け止めていた。


   ***


 そうしたナーレフの新たな「日常」の様子を見渡しながら、俺は『位階・技能点システム』における『職業(クラス)』の性質についてさらに思考していた。


 諸神(イ=セーナ)が何らかの目的を持って、主に、これの存在を知らない市井の者達に対しては、その「生き方を誘導」するために構築したとしか思えない『位階・技能点システム』。


 その基礎となる法則が、言うなれば”認識の多数決(・・・)”であった。

 これは、その物理的な実態は一旦おいておいて、職業はおろか種族や称号という形で適用されるものであり――多数決とは要するに「それについてみんながどんなものであると認識しているか」によって、後から変動(・・)する。


 ――そしてこの「変動」に、魔素と命素を基礎とした超常(まほう)による現実変容現象が作用して、実際に、元の物理的な実体さえもが、本当に「そうなってしまう」のである。


 無論、多数決とは単なる例えであり、例えばその「認識する主体(観測者)」同士の力関係のようなものもあるのではないかと思っているが……俺は、既に【最果ての島】の小醜鬼(ゴブリン)達の明らかな変化という形で、この現象に遭遇している。


 それは、そうだろう。もし誰でも彼でもちょっと認識(想像)しただけで何もかもが変容してしまうなら、この世界は不安定な悪夢のように絶えず物理法則さえもまだらの幻の如く移り変わっていってしまうが――”夢解き”のように――そうならないだけの「世界を固定」させるような作用も、存在していると言える。


 ……だが、その「固定」作用がこの世界(シースーア)では弱いのだ。


 ……だが、だが、例えば己の支配下にある迷宮(ダンジョン)に対する絶対者である迷宮領主(ダンジョンマスター)の【○○使い】という権能は、極めて「不安定な悪夢」的ではないだろうか?


 話を『職業(クラス)』システムの考察に戻そう。

 ナーレフの往来を行き交う人々の多様な職業(クラス)を観察しながら、俺が考えたのは「では、世界に対しての超常的な強制力をそれほど強く持たない一般人達の”多数決”」についてである。


 時代が変わり、社会が変化して技術も必要も変われば、それに応じて人々の活動が変わる。

 そこで新たな活動が生まれることもあれば――過去のある活動が別の意味を帯びることもあるだろう。それが日常において、日々の生活においての要不要から発生する自発的なものであらばこそ、こうした変遷に応じて、ある概念(そこに職業(クラス)が含まれる)は変動し浮動しているのである。

 すなわち、原始時代に誕生した【木こり】という職業(クラス)が、現代社会にでもなったら、当初は備えていなかった【チェーンソー適性】とかいう技能(スキル)を持つようになる、というようなものか。


 ――その技能をその職業が持つことが自然であり、当たり前である、と人々が認識したならば。


 この意味では『職業(クラス)』とそこに内包される『技能(スキル)』テーブルの決定者とは、誰でもない、大衆かはたまた彼らの潜在意識が繋がる共有認識の大海とでも呼ぶべき領域において、”自律的”に定まっていくかのようなものである。


 ……だが、だが、だが、先にも考察した通り完全に自動的ではない。


 何故なら、この俺(・・・)迷宮領主(ダンジョンマスター)として従徒(スクワイア)達の『職業(クラス)』に干渉することが許されているのである。(システムのバグが突かれたのかは、それこそイノリに聞いてみたい小さなことの一つ)

 そして、この俺が自身の生み出した迷宮(せかい)迷宮領主(マスター)であるならば、シースーアの諸神(イ=セーナ)もまた同様の干渉を行いうることは、過去に既に考察した通りである。


 つまり、俺の覚えた違和感は、こういうものだ。

 『職業(クラス)』や『種族』が極めて自律的に定まる反面、『称号(タイトル)』システムが、神々にとってのこの世界における人々や個人やイベントの誘導・調整装置であることは間違いない。だが、その作用を『種族』や『職業(クラス)にも(・・)適用できるという抜け穴を残していたのは何故だろうか? ということ。


 何らかの目的でこの世界を誘導するならば(例えば急速には発展しにくい停滞した世界とする)、『種族』や『職業』における概念の変動(認識の多数決)という仕組みは、自律的に働くがままで置いておけばよかったものだろう。

 これがあることで、少なくとも元の世界に比べれば、日々を生きる人々は、既に世界に存在しているそうした目に見えないある種の概念(レッテル)に実生活上も()()()()()引きずられ、その範疇の生き方に誘導される……という十分な影響を受けていたはず。


 そこに、管理者としての神々ならばともかく、独自世界を生み出すことでその世界においては神として振る舞うことができる迷宮領主(ダンジョンマスター)が配下に対しての、こうした相対的に強力な「認識の決定力」(要するに不平等な多数決制というところか)を持つことができたのは――最初からであったのか、それとも【闇世】に逃れた際にシステムを改造した【黒き神】の意思であったのか、はたまた想定外の産物であったのか。


 微妙に、噛み合わないのである。

 『種族』と『職業』までも(・・・)が、上位者の思惑一つで恣意的に、つまり「この職業だったらこんな技能を持っているはずだよね」という願望や期待を簡単に反映できてしまう――繰り返すが『称号』技能についてはそれで別に違和感がない――ということへの違和感が、観測と統計データを収集するにつれて、俺の中で深まっていた。


 だって、そうだろう?

 だったら最初から全部『称号』システムで誘導すればよい話だ。

 あえて社会と歴史と人々の認識の変化によって”自律的”に決まり、そして変動する仕組みを構築しておきながら――それが()()()ている。


 そこに、改めて俺は『位階・技能点システム』の中途半端さを意識する。

 だが、それは前に別の部分で考察したような「絶妙な塩梅」とは異なる、どうしてもしっくり来ない、まるで虫にでも食われたかのような違和感なのであった。


 無論、確かに現時点で【人世】も【闇世】も「不安定な悪夢」に崩れ堕ちてはいない。(【闇世】はちょっとだけ怪しい気もしないでもないが、まぁ多分)

 だが、以前に「認識」と『位階・技能点システム』との関わりについて思考した際に感じたほどは、これがその「絶妙性」を維持している、とは思えなくなりつつあるのが今の俺の正直な心境――迷宮領主(ダンジョンマスター)としてはこの点は大いに利用はさせてもらうのだが。


 そうして、俺の思考は一つの連想に至る。


 ハイドリィの配下であった、反16属性論の論者であったサーグトルの「神による大いなる罠」という発言と、そして、ルルナと議論した、諸神(イ=セーナ)とそして【精霊】とさえも対峙している”何者か”の存在であった。イノリもまた明確に”それ”の存在を意識していたという、その”何某か”。



 ――そういえば、あの”何か”を俺が感じ取るのは、いつだって、決まって、俺が「夢」の中にいる時だったではないか。



 ……と、そうこうしているうちに「目的地」についたことを、仄かな魔力的アラートで”杖”たるカッパーが伝達してきたため、俺はこの思考を一旦中断することとした。


 そう。俺はただ物見遊山的に情報収集をしていたのではない。

 迷宮領主(ダンジョンマスター)【エイリアン使い】として、そしてナーレフの新たな”参事”に内定したものとして、ちゃんと目的を持って行動し移動していたのである。


 思考に没頭するあまり、副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもが既にエイリアン=ネットワークと俺の技能を代行行使することで編み出した≪GきゅぴーS≫能力によって作成済みであった「ナーレフさん地図」に沿って、ほぼ無意識かつ自動的に(カッパーに誘導されるまま)大通りの一角を外れて路地を歩み進み。


 そこは、貧民街と旧市街の間に構えられた一件の宿屋兼酒場である『木陰の白馬』亭。

 元【血と涙の団】のナーレフ内部の大幹部であった女将ベネリーの店にして拠点であり、現在は【ウルシルラ商会】の傘下となった――要するに俺の勢力下に置かれた地点である。


 ここで、俺はル・ベリやソルファイド、ユーリルといった、ナーレフでの戦闘を兼ねた工作のために派遣していた従徒(スクワイア)達と合流する手筈となっていた。

 そして、この酒場でもいくつかの用事を済ませつつ、その足で、今日の本題・本命となる「目的地」へとお邪魔(・・)をしに行く。そしてそこでの「所用」を始末して、その後、代官邸に赴くという段取りであったわけだが。


 ふと迷宮領主(ダンジョンマスター)的な感知能力によって、他の誰でもない我が【第一の従徒(スクワイア)】の気配がしたので、二階建て宿屋のその屋根を見上げる。


 そして、俺は何故か、でかい蜘蛛か何かのようにこそこそと窓伝いに屋根に向かって、そろりそろりと抜け出して、やたら辺りを警戒するように壁をよじ登る、我が忠実なるル・ベリ君と眼が合った。


 ル・ベリが超強力な【氷】属性魔法でも食らったかのように固まり。

 そして意味不明さのあまり、俺が何か声をかけるよりも早く、更なる意味不明なことが起きた。




「ル・ベリさまぁ~~~~~~~~~~~んっっ! 待ってくださぁ~~~~~いっっ!!」




 とかいう黄色すぎる声が響き渡ると同時に、宿屋の表扉がバンッと開かれ、ゆったりとした質素な色合いのローブに全身を包んだ女が飛び出す。

 そして俺と目が合うや、熟練の狩人のように俺の目線を追って屋根によじ登ったル・ベリを見すくめ、簡潔ながら優雅な一礼をしてから【活性】属性の身体強化魔法か何かを発動させるや。

 質素なローブには不釣り合い過ぎる、仄かな花の香のかぐわしさをその場に残して女が壁に向かって跳躍。まるでハエトリグモのような、いっそ気持ち悪いほどに無駄に優雅かつ無駄に機敏な動きで壁に取り付き、カサカサとル・ベリ目掛けて登り始めた彼女に向けて。


「ここには来るなとあれほど言っていただろう! 何故よりにもよってこのタイミングで現れるのだ、お前は! ああああッッ!」


 と、小醜鬼(ゴブリン)どもに対しても見せたことが無いほどの狼狽かつ苛立ちを腹の底から吐き出して怒鳴りながら、ル・ベリが屋根の向こうに遁走。


 お待ちになってぇ~、と、こいつむしろ愉しんでないかと思うような黄色い声を再び響き渡らせながら、ローブ女が敏捷な身のこなしで素早く距離を詰めつつ、颯爽と追跡。ル・ベリが怒声を更に路地2、3通り向こう側から響かせながら、両者ともに遠ざかっていったのであった。


「……は?」


 衝撃的な展開でありすぎたために、俺が思わず声を漏らしたのは、それから数秒経った後のこと。

 そして、目線を開け放たれた『木陰の白馬』亭の扉の向こうに向ければ、頭を抱えた女将ベネリーが座っているのが見え、そして俺に気付いた様子のソルファイドが――やや戸惑った様子で――歩み寄ってくるところだったのであった。

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― 新着の感想 ―
こういった世界観に深みが出る話はすごく好きです。 魔法系の職業って色々あるんですね。 難しいけどレア属性使える人間から上手いこと因子取れないかと思ってしまいますね。 オーマは状況次第で【木こり】に直接…
だ、誰だ…!? 新キャラかー!?
シーシェ嬢だとしたら、大分変更したなぁという印象。キャラの性格的バランスもあるのかもしれないですね。オーマが今後ナーレフにて、迷宮領主の権能でどんな悪さをするのか、とても楽しみです。
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