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0024 半に始まり汎へと至る

 俺がル・ベリと共に2氏族競食作戦を進めている間、労役蟲(レイバー)達の昼夜を問わない労働により『司令室兼生産部屋』は、見違えるように(なら)され、また磨かれていた。


 一度(ひとたび)指示が下された労役蟲(レイバー)達の仕事ぶりは「徹底的」の一言につきる。彼らがどこまでできるか、を試す意味で「1mmの段差も作るな、1度の傾きも作るな」と告げた俺だったが、その指示は絶対の基準として守られていた。

 地面は磨かれているとはいえ、さすがに金属や鏡のようにとまではいかない。しかし、通路拡幅のために掘り出された岩礫破片を、鋏脚で器用に丹念に砕いてから【凝固液】と混ぜ、即席の簡易コンクリートもどきを生み出し、まるで塗装か舗装の作業のように床を平らにならしてく労役蟲(レイバー)の姿は、熟練の職人集団を思わせるものだった。


 この仮の『司令室』に限れば、ごつごつとしたわずかな起伏すらも存在を許されていない。今も数体の労役蟲(レイバー)が交代でその"均し"と"研磨"作業を、床から徐々に壁まで広げているところである。

 つまり、天井から垂れ下がる岩柱にまでは"研磨"の手はまだ及んでいない。

 だが、ぽたぽたと垂れる水滴が気になったので、俺は「溝を作って水滴をまとめられないか」と、その具体的な工事イメージを頭の中に思い描いて【眷属心話(ファミリアテレパス)】に乗せ労役蟲(レイバー)達に送ってみた。すると、図面も無しであったが、俺の意図を理解したようにきびきびと動き始め、通路拡幅や『司令室』の研磨といった作業ローテーションの中に「天井の溝掘り」をすぐに組み込んでしまったのだった。


 労役蟲(レイバー)達が、1つ1つの水滴の通り道を探り当てていく。そしてそのわずかな水流が壁の方に流れるように、表面張力を利用した水の通り道としての無数の"切れ込み"を、岩柱の合間を縫うように削り込んでいく。

 これでひとまずは、上を見上げても水滴が目に入る事故は無いだろう。これもまた、数体の労役蟲(レイバー)達が今も天井を動き回りながら、少しずつ小さな溝を切り込んだ領域を広げているのだった。


「まるで蜘蛛が協力しあって1つの大きな巣を作っているかのようですな」


 二次性徴を迎えていない、アルトボイスの高音で嘆息するようにル・ベリが俺と同じく天井を見上げた。

 いかに研磨しようとも、魔素と命素が染み出すこの鍾乳洞の"岩壁"の性質は変わらないようであり、天井はちょっとしたプラネタリウムのように仄光を明滅させていた。

 それが、研磨されきった床の方でも明滅することと相まって、立体プラネタリウムにでも迷い込んだかのような心地となる。束の間、ここが【エイリアン使い】の迷宮(ダンジョン)であることを忘れてしまいそうだった。


「だが、惜しいことをしたかもな。『司令室』はもっと奥の方に建て替え予定だ。この部屋にこんなに力を入れることもなかったかもしれない」


「恐れながら、それが御方様のお考えであれば、この部屋は『客間』か『応接間』とするのがよいかもしれません」


 ル・ベリの母リーデロットは従徒(スクワイア)としては「メイド」という身分であったらしく、おそらく『職業(クラス)』もそういった系統のものと予想された。

 なお、彼女が仕えていたという【人体使い】の迷宮の名前は【(くさ)れる肉の数珠(じゅず)れ城】という、城だか屠殺場だか訝しむような名前だったが――それが少なくとも「城」タイプのものであるが故の、ル・ベリの今の提案だろう。


「悪くない考えだが、俺達が当面迎えることになる"お客様"は、そんな上品な連中じゃあないな」


「御意。ですが、本当に良かったのでしょうか? 全てを迷宮(こちら)へ連れ込んできてしまって。あれらを利用すれば、他の9氏族も少しずつ切り崩す策もあったかと」


 ル・ベリの献策は、予想よりも多く生かすことになった小醜鬼(ゴブリン)を利用して、他の氏族の内情を探るというものだった。

 悪くない策ではあったが、やはり時間がかかることが問題である。今回のように2つ、3つまとめて征服するやり方が、あと何度通じるかわからない。中途半端なタイミングで警戒され、連合されて手こずらされることは避けたかったこと。また、明らかにこの『最果ての島』を己の庭のように囲い込んでいると思しき多頭竜蛇(ヒュドラ)の行動を俺は警戒していた。


「竜神サマのあの力が小醜鬼(ゴブリン)を操る力、と仮定しよう。腹を満たすために海に飛び込ませてもいいし、暇を持て余した戯れに、手頃な迷宮領主(ダンジョンマスター)の懐に飛び込ませたっていい。俺達は、まだわからないこと、知らないことが多すぎる」


 故に、小醜鬼(ゴブリン)達に"次"を仕掛ける時は「9氏族同時」に。

 それが俺の構想であり――そのために現在、俺の眷属(エイリアン)達の生産体制は労役蟲(レイバー)の割合を非常に高くしていたのだった。


「御方様のご賢察、卑小なる私めの及ぶものでもありません」


「いいや、そんなことはないさ。献策を聞かなくなれば俺は独善のままに溺れていくかもしれない。思いついたことの遠慮を禁じる。お前にはまだまだ働いてもらわないといけないからな」


「御心のままに……」


「それでは、お前の力と"ビルド"を改めて決めていこうか、ル・ベリ」


 傅き、畏まるル・ベリ。

 俺は改めて、彼の変貌した"姿"を見た。


 魔素の青と命素の白が明滅する鍾乳洞にあって、銀の総髪が入り込む風にわずかにたなびいている。

 「競食」作戦で【異形】を発現後に、俺と小醜鬼(ゴブリン)達の間に割って入ってきた時は、その勇猛さもあって大きく見えたが――改めて見てみれば、どちらかというと華奢な体躯であった。身長は160cmと、俺より頭一つも小さい。小鬼術士(ゴブィザード)の着ていた"鱗の服"を、さらに他の布地で継ぎ足して手作りした衣服に身を包むその小柄な姿は、俺の元の世界の基準で言えば中学生ぐらいにも見えた。


 しかし、陶器のように青白い肌は"魔人族"特有のものであり、野性的な生活を続けてきた中で鍛えられた筋肉は柔弱とは程遠い。手足は貴種を思わせるすらりとした長さであり、バズ・レレーが狩ったという葉隠れ狼(リーフゥルフ)の頭から尾までの毛皮をマントのように羽織る姿は、さながらマセた歌舞伎者の小姓、といったところ。別の言い方をすれば、ちょっとアクの強い衣装を着せても映えるモデル体型の子役といった具合。

 所作に宿る気品が野性味を打ち消しすぎている嫌いがあり、じっとしている分には、中性的な顔立ちと彫りの深さが相まってオリエンタルな彫刻を思わせる。本人が「母に瓜二つ」と言ってしばらく放心していたその顔は、切れ長の目に不機嫌と憂いと、そして俺への畏れを帯びた碧色の妖しい双眸と合わせて、魔性と言っても良い雰囲気をたたえていた。


 彼が並の魔人ではないことは、既に発現させているその【異形】からもうかがい知ることができる。


 ちょうど両手の甲、手首の骨の付け根の辺りと、両足の(かかと)の付け根、アキレス腱がある辺りから、手首と足首と同じぐらいの太さの"触手"が伸びていた。だが――よく観察してみれば、それらの"根本"は手首と足首ではないことがわかる。

 ル・ベリの腕と脹脛(ふくらはぎ)に、まるでベルトのように平べったい形状となった触手が、蛇か入れ墨のように絡みついていた。手首、足首から伸びていたのはその先の余った部分であった。

 そして"根本"は両肘と両膝に繋がっていた。肘と膝の関節は骨と筋肉がやや盛り上がって膨らんでおり――伸び縮みする触手が出し入れ可能な塩梅で"収納"できる骨と筋肉の収納袋とでも言うべき器官が形成されていた。


 ル・ベリはその"収納袋"から、自らの意思で"触手"を伸ばしたり、また掃除機のコードのように"巻き取る"ことができるようだった。試しに限界まで伸びさせたところ、1本2mにも達した。

 ただ、その全てを肘と膝に収納できるわけではないらしい。

 邪魔にならないよう平べったく伸ばしてから、腕と脚に大蛇の入れ墨のように巻きつけ、それでも余った分が、手の甲やかかとの先から垂れているのであった。


 これこそがル・ベリに発現した【異形】――ではない(・・・・)


 俺は最初に見た時の苦笑と驚きを思い出しつつ、改めて、彼に【情報閲覧】を発動してそのステータス画面と技能(スキル)テーブル画面を開いたのだった。


【基本情報】

名称:ル・ベリ

種族:人族[ルフェアの血裔系]<汎種:異形特化> ← Change!!!

職業:獣調教師(ビーストテイマー)

従徒職:※※未設定※※(所属:【エイリアン使い】

位階:19 ← UP!!!

技能点:残り26点


【称号】

『羽化せし者 (ゴブリン)』 ← Change!!!

『ゴブリンの憎悪者』

『第一の従徒(エイリアン使い)』


技能(スキル)一覧】~詳細表示


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 まず、これは完全に俺の予想を越えたことだったが、ル・ベリは『種族』が変化していた。

 一応、あくまでも文化的な意味では『ルフェアの血裔』であることは変わりが無いことを示してか、何かの新種を表す固有名詞が現れているわけではなく「汎種:異形特化」という追記が現れる形での種族変化だった。


 だが"ルフェアの血裔"の範疇にあるとはいっても、その変化は如実に『種族技能』テーブルに現れていた。

 素の"魔人族"における、いくつかの魔法への適性や属性への耐性といったものが無くなっている。その代わりに「異形特化」と言うだけあって【異形】に関係した技能が倍増し、さらに【魔眼】系統や【魔闘術】系統の技能と連携した上位技能が新たに現れていた。

 さらに『純種』の魔人と比較して【異形】と【魔眼】での必要な技能点量が減少していた。これが技能レベル1ごとの効果が圧縮されて1.25倍となっている、つまり結果的な技能点の節約になっているのか、それとも系統の技能の種類が拡張された代償であるかはまだわからないが。


 俺は確かにル・ベリに「お前自身の望むお前をイメージしろ」とは伝えた。

 それはある仮説の検証でもあった。

 例えば俺の【エイリアン使い】だが、これは明らかに異世界出身である俺自身の知識や「認識」に影響されている。この世界に迷い込んでから半月近くが経とうとしていたが、数々の迷宮領主(ダンジョンマスター)としての技能(スキル)にしても『称号』にしても、システム通知音によって、俺自身の「世界認識」が変化したり最適化(・・・)されたりするたびに、各技能の名称や使い勝手が変化していた。


 そこから俺が抱いた仮説は、こと迷宮領主(ダンジョンマスター)に関わる技能や権能は、その使い手が「世界をどのように認識しているか」に強烈な影響を受ける、というもの。もっと言ってしまえば「自分の思った通りに世界が変わってしまう」という作用が、強く働いているのではないかというもの。


 そして、もし迷宮領主(ダンジョンマスター)がそうであるならば、その力の一部を受け取ることのできる従徒(スクワイア)もまた――「認識によって現実を変える」ことができるのではないか。


 だから俺は「競食作戦」の中で、ル・ベリにベータとイプシロンの回復を任せることを思いついた。たとえ技能としての【魔素操作】と【命素操作】は持っていなくとも、母リーデロットから魔素に関する手ほどきは受けていたことと、俺の従徒となったことで、俺ほどではなくとも近いことができるはずだ、と考えたのだ。

 そしてそのために命素の奔流をル・ベリにぶつけて学ばせ――そこで彼の"せむし"がまるでエイリアン達の進化途中の繭のように反応しているのを見て、こう思いついた。


 【異形】を発現させてしまおう、と。

 そしてル・ベリが、自分自身の「認識」によって己の【異形】を決定しうるかどうかについて、検証しようとした。その中で、技能点の点振りルールのその1である「成長の意思ある時に未振り点があれば、その技能に点振りされる」という別の仮説も同時に検証しようと欲張った、というわけだった。


 そして、その結果が目の前にある。

 ル・ベリが発現したのは【異形:鋳蛹身(いようしん)[四肢触手]】という、一捻り加わったものとなっていた。


「勇敢なるル・ベリよ。俺がお前に【異形】の発現を命じた時、お前はどんな自分をイメージした?」


「アルファ殿達の如く。御方様の"エイリアン"は、御方様に仕えるために虫繭の如く自身の根本までをも作り変える――その有様に焦がれ、私もまたそのようにありたい、と強く祈念いたしました」


 どうも、ル・ベリは【眷属心話(ファミリアテレパス)】によってアルファ達と日々交信し、連携している中で、獣調教師(ビーストテイマー)の勘によって「エイリアン」のかなり本質的な部分を理解してしまっていた。

 そして溢れ出る俺への忠誠心から、自分も同じようになりたいと考えて――さながら、蝉が羽化するかのように「古い自分」を(さなぎ)の如く脱皮し、殻を破り、文字通り脱ぎ捨ててしまった……それを裏付けるかのように、迷宮領主(ダンジョンマスター)では干渉が許されなかったシステムである「称号」の「変化」もまた起きている。


 『偽装されし者 (ゴブリン)』が、いつの間にか『羽化せし者 (ゴブリン)』になっており、技能【偽装術】からの派生が1つ増えていたのだった。


 この"脱皮"もまた、俺が思うにはル・ベリの種族変化の原因だろう。

 【鋳蛹身(いようしん)】という"異形"は闇世Wikiにも乗っておらず、調べたところシステム通知音で「編集提案をしますか?」という問いかけがあったため、おそらく【闇世】で初の異形が1つ生まれてしまったことは確定だと言えた。


 そしてその表記は【鋳蛹身[四肢触手]】である、というのがその性質を表す重要な点と俺は考えている。というのも、【四肢触手】という異形自体は、闇世Wikiにも乗っているれっきした異形の一種だったからだ。これを包含する形で【鋳蛹身】は発現していた。

 それがル・ベリの「エイリアンみたいに自分も進化したい」と言う思いの現れであるとすると――。


「なぁ、ル・ベリ……お前もしかして、やろうと思えばまた"殻を破"れたりするか?」


「む。言われてみれば――あ、できますな、御方様。疲労困憊になって数日間は寝込むかもしれませんが……今、やりましょうか?」


「いや、いいや。お前のそれ、多分、脱皮(・・)するたびに『異形』をリセットするやつだわ、それ」


「なんと……!」


 そう、まるで俺のエイリアン(眷属)達が、俺が求めた「役割」を果たすため何度でも進化をするかのように。【異形:鋳蛹身】とは、その身を「(さなぎ)」と化し「鋳型(いがた)」となって、己の望む身体に変貌する――ル・ベリに彼自身の「世界認識」を強いたのは俺であったが、どう考えても俺の【エイリアン使い】の影響を受けた、新たな「異形」が誕生したと言う他は無かった。


 なお、もう過ぎたことであるが、俺は「ル・ベリを元の姿に戻してやる」ことについては、実は【異形】の発現が不発に終わった場合の代替案を用意していた。

 というか【エイリアン使い】の影響下でやる、という意味ではこちらが本命だったが……【代胎嚢(グロウキーパー)】を使うつもりでいたのである。ともあれ、【代胎嚢】については、後で紹介をすることとしよう――ル・ベリでなくとも、新たに手に入れた捕虜(ゴブリン)達を使って、その能力を再確認することはできるのだから。


 話をル・ベリのビルドに戻そう。

 ステータス画面を見ながら、次に俺が気づいた重要な変化は「技能点」であった。


 確か、前回が位階17であり振り済38点、残り16点であったはずだ。

 「1位階3点」ルールによれば、ル・ベリは「初期ボーナス」が無い状態、かつ称号ボーナスが1つ分しか無い状態であった。これはおそらく、称号の技能点ボーナスは、もらえるものともらえないものがあるということだろう。『ゴブリンを憎悪』するだけで、強大な力を得る可能性もある技能点(スキルポイント)が手に入ってしまうのは、簡単すぎるのかもしれない。


 ともあれ、前回そうであったのが今では位階19に振り残し26点となっていた。

 【第一の異形】へ5点振り、作戦後に位階が2上昇して6点獲得。その後、『羽化せし者』への称号変化がボーナス対象だと仮定するとさらに3点獲得。この段階で6点まだ足りないが――俺は自分自身の技能テーブルを思い出して、新たな技能を取っていたことを改めて意識した。


 ル・ベリがさらに追加で獲得した技能点は、おそらく【眷属技能点付与】の効果ではないだろうか。ここで言う「眷属」とは、従徒(スクワイア)も含む広い概念としての「眷属」ということだったわけだ。

 なお、ル・ベリの位階19に対し俺の【眷属技能点付与】がレベル10で、6点もらえているというのはどういう計算式であるかと俺は疑問に思ったが、考えてみれば位階上昇(レベルアップ)のための経験点を積み重ねた眷属(ファミリア)たる配下達は、他にもいた。彼らの確認をする際に、大凡の計算式は当てることができるため、この考察は今は後回しとする。


「問題は、この26点で何を伸ばすか、だな」


 実のところ、俺はル・ベリの現在の『職業』である『獣調教師(ビーストテイマー)』は、【エイリアン迷宮】とはあまり相性が良くない、と考えていた。


 技能テーブルをざっと見回す限り、その特性は、使役する鳥や獣の強さに依存した職業であることが窺える。だが、元の数字が低ければ何を掛けても低い数字にしかならない。亥象(ボアファント)や肉食の獣を操るならまだマシだろうが――そうした獣達は、ル・ベリに使役させる以前に『因子』として俺には入用であったのだ。

 そもそも【エイリアン使い】の本質は、様々な生物を取り込み『因子』を得て「エイリアン」を多様に分岐進化させ、連携させながら運用していくというもの。今後、行動範囲を『最果ての島』の外にまで広げて様々な生物を捕獲できる機会があったとしても、ル・ベリに戦力として使役させるよりは、『因子』を取り込んでしまう方が俺の迷宮(ダンジョン)の総合力を向上させることは、想像に難くないことだった。


 また、ル・ベリ本人が【異形】によって華奢な見た目に反した武闘派的な動きができるにも関わらず、本人の能力を強化するような技能がほとんど無い、ということが痛かった。シナジーが薄いのである。

 無論、闇世Wikiによれば『上位職業』の存在は示唆されている。これが例えば【魔獣調教師】であるとか、もしあればだが【竜調教師】のようなものでもあれば、ひょっとすると海を支配するあの竜神サマ(ヒュドラ)への対抗札にできるかもしれない。だが、上位職業は基本的に下位職業という下積みがあってそこから派生することができるものである。

 そのためにル・ベリに獣調教師(ビーストテイマー)の「生き方」を強い続けるのは、あまりにももったいなかった。


 ――この魔人族の少年は、卑屈に育ってしまった部分はある。

 だが、まだまだ俺の力で矯正可能な範囲だと思われた。賢く勇気があり、狡猾さと忠誠心を兼ね備え、また技と礼儀も叩き込まれている。仕込んでいけば、俺の迷宮運営においてもっともっと重要な役割を果たすことができる、と俺は期待していたのだ。


 故に、『職業(これ)』は「変える」。

 俺は明確な意思を持って、ル・ベリの『職業』に触れた。


――従徒:ル・ベリに迷宮領主権限による『職業干渉』を行いますか?――


 その通り、と俺は心の中でシステム通知音に答える。

 すると、ル・ベリの『職業』欄から小さな新しい青く光るウィンドウがポップアップし――そこには次のような項目が並んでいた。


『選択可能職業』

・整体師

・軽業師

・奴隷監督

・樹海農学者


 もしこの世界が、この世界に生きる者の「認識」の影響を大なり小なり受けるというのであれば、おそらく『職業』の選択候補もそうであろう。

 母リーデロットから「人体」について技を叩き込まれたために『整体師』は候補として出てきたのだろうし、またどう考えても曲芸に役立ちそうな【異形】を有しているからこその『軽業師』だろう。『奴隷監督』は彼の小醜鬼(ゴブリン)達への激しい憎悪の念と、俺と出会うまでは『獣調教師(ビーストテイマー)』であったことから派生した選択肢に見えた。また、『樹海農学者』に至っては、薬師として様々な薬草・毒草の知識を持っていることからも納得ができる選択肢だった。


 俺はさらにそれぞれの職業の文字に触れたが――残念なことに、そこから個々の『技能テーブル』が開かれる、ということは無かった。


 ただ、俺はル・ベリ本人の戦闘能力の改善と、そして可能ならば迷宮の経営に役立つ技能を欲していた。それを彼のビルド方針にしようと考えていたのだ。特に、この豊富な"異形"系統の技能を順当に伸ばしてシナジーを考えていくことが有効だろうと思われた。どのような異形を獲得するかわからない、という点では多少のランダム要素があったが――【鋳蛹身】はそれをリセットする潜在力を秘めていた。


 このような方針でル・ベリのビルドを考えた時、『整体師』『軽業師』と『樹海農学者』は、それぞれ戦闘能力と内政能力に役立ちそうである。だが、逆にそれにのみ偏りすぎているのではないか、という点が気になった。

 そうなると消去法で『奴隷監督』となる。

 どうであろうか、と俺はその職業をさらにイメージしてみるべく、夢想の翼を思考の大空の中で羽ばたかせた。"奴隷"とした存在を反逆させない武力は持ちつつ――彼らを支配し、操り、また働かせるという技量も、その求められる役割であり生き方である――そんなイメージが頭の中に次々と湧いてくる――。


 『奴隷監督』は、癖が強いかもしれないが意外と"ハマり役"かもしれない。

 それに、よほど魅力的な技能があれば多少のつまみ食いは考えるが、基本的にル・ベリの『職業(クラス)』に関しては、俺は様子見のつもりであり、また「ゼロスキル」――技能点を振らずとも「取得可」状態でそれなりの効果を発揮する技能――狙いだった。

 まずは『種族技能』を徹底的に強化して、後からもっと相応しい職業があれば、それに変えるというのでも十分に間に合うのではないか。少なくとも『獣調教師(ビーストテイマー)』からは、変える。万が一にも、俺の把握していないところで位階上昇して、しかも俺が気づくより先に余計な技能に"点振り"されてしまわないように、ということを優先したのである。


 それで俺はル・ベリの職業を『奴隷監督』に変更。

 さらに、【異形】系統を中心に技能名に次々触れ、システム通知音の問いかけに「応」と答えながら、技能点を振り切っていった――どういう風の吹き回しかわからないが、俺の『第一の従徒』たるル・ベリに"注目"を与えてくれた、九大神が一柱たる【嘲笑と鐘(クィーフ=)楼の寵姫(オフィリーゼ)】に「神の点振り」をされないように予防をする、という意味で。


 その結果はこの通りである。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 まずル・ベリの2つ目の異形だが……15分ほど苦悶を必死に抑え肩を怒らせていたかと思うや、脱ぎ捨てた毛皮のマントの下、両肩が関節の辺りから肉が裂けて血を撒き散らし新しい触手(・・・・・)が生えてきた。【異形:双肩触手】である。これでル・ベリは6本触手となってしまった。

 ただ、同時に本人の戦闘能力を高める意味で【異形格闘術】を取らせたため、これはこれでありなのかもしれない。魔人族、あるいは人族という見た目からは想像できないようなトリッキーな動きで、確実に対人戦闘では初見殺しを決めてくれるだろう。

 なお、『職業技能』では【鞭術】というものがあったが、ル・ベリの伸縮する「触手」ならば、あるいはその効果が乗るかもしれない。この点は、当初の想定通りに「ゼロスキル」として運用してみて、本人に使用感を確認してから、場合によっては点振りも考えてよいだろう。


 さらにダメ押しで「触手による格闘術」の性能を強化するために、称号技能の【偽装術】にも振った。これは、発展技能である【羽化転身】が気になったためでもある。場合によっては【異形:鋳蛹身】とのシナジーも想像できたが、まだ可能性の段階なので、今後の更なる位階上昇待ちというところ。

 なので、ひとまずル・ベリに「脱皮リセット」はさせないでおく。

 よほど変な【異形】を引いてしまった場合は別だが、まずは【第五の異形】まで取得してから考えるのでも良いだろう。


 それからこれは当てが外れたことだったが――"転職"をした場合、元の職業に振られていた「技能点」が丸々リセットされて「未振り」になることを俺は期待していた。もしそうなってくれれば、15点分"振り直し"ができていただろう。だが、さすがにそこまではさせないルールであったか、なんと『継承技能』テーブルなるものが新たに出現し、元の職業で技能点振り済の技能が丸々そちらに移っていたのであった。


 おそらくだが、これは「種族変化」にも適用されるルールだろう。そして、元の技能テーブルは引き継がれず、既に振られた技能点分は維持される。

 ――そして「新しい生き方」に誘導する。そういうものと思われた。


 ル・ベリは急激に身体が変化し、また"生き方"を変化させられたショックに()てられて、少しふらふらしているようであった。ちょうど俺が『因子』を解析しすぎて"解析酔い"になったのと同じく、言うなれば"点振り酔い"とでも言うべきものであるか。

 それでも俺の前で決して無様な姿は見せない、と硬く心に誓っているのか、姿勢を全力で保っている姿が少しだけ痛々しかった。だから、俺はこう言うことにした。


「ちょっとエイリアン達の様子を見てくる。色々と、お前に協力してもらったことで発見もあったからな、それを検証したい。戦利品の検品と整理をもう少し進めておいてくれ、その後は新しい力で、ちょっと小醜鬼(ゴブリン)達の"調教"を進めておいてくれ。すぐに――代胎嚢(グロウキーパー)で実験してみたいからな。それじゃ、よろしく」


 一気に言い、俺は円卓から立ち上がってその場を後にした。

 横を通り過ぎた直後、ル・ベリが円卓に突っ伏したのが見えたが、それは見ないことにして、俺は俺の眷属(エイリアン)達が待つ区画へ足を向けたのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ゴブリンの憎悪者は技能点付与無しのようですが、ゴブリンを憎悪するだけで果たして技能点が付与されるのかと考察していることについて、潜在的に全ての魔人はゴブリンを憎悪していると思いますが、…
[良い点] まさか種族が変わるとは。 属性関係のスキルが2個なくなるだけで異形関係が増えて、点も2点減るのならかなりお得なのでは。 種族技能以外に使う技能点がなくなりそうだけど。 なんていうか、アイ…
[良い点] これはいいな…問題としては触手以外が出るのかって話だけど… [一言] 触手以外が生えてるル・ベリも見たいけど触手以外が生えてるル・ベリとかもはやアイデンティティの喪失では…?って思ってしま…
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