0232 精(しょう)と呼ばるるは相滅の力
今やリュグルソゥム一家は、この俺の対『長女国』戦略の中のブレーンである。
彼らが分析した情報のうち、対【紋章】家に関する熟議は、直接、次の一手にかかわるものであった。
関所街ナーレフに、エスルテーリ”新”指差女爵となったエリスに多勢の「生還組」を添えて送り返すという手によって――【紋章】家は、想定される中でも最も消極的反応を示したからだ。
すなわち、忠実なる手足であったロンドール家の自らの手による粛清。
そして、この地を統治する正式なる代官(つまりハイドリィの如き『執政』ではない)として、【紋章】侯ジルモの長子にして「廃嫡者」であるジェロームという者が派遣されてくる――御目付役であろう家臣団と共に……というのがマクハードら現地組からの報告であった。
この事態は、事前に戦略を立てていた通りだが、次の行動を開始するために、「2,000%」の生産体制を一旦終わらせると共にル・ベリを始めとした従徒達を一度【異星窟】まで呼び戻すトリガーである。
第4位の頭顱侯にして【継戦】派閥を率いる【紋章】のディエスト家は、他家につけ入れられる隙を作ることを嫌ったと見なして良いだろう。
”俊英”ハイドリィの実家がディエスト家の支配下で担っていたのは、西方の”亜人”諸国に対する【懲罰戦争】という一大国家事業を支えるための、大規模な輸送・物流網の監督であった。
その陥落は、さながら、緻密に組み上げられた地下鉄路線網の中枢にあるターミナル駅が突如崩落するに等しい衝撃をもたらしている。単に流通が停滞するだけではない。ある種の複雑なシステムの管制塔が失われたかのように、そこに関わっていたすべての車両や旅客や貨物や路線そのものが――要するに大小表裏問わない諸組織を巻き込んだ混乱という事態に陥っていると言えた。
寸断された各「路線」の管理者達が、血走った目でダイヤグラムを書き直す作業が目に浮かぶかのようだ。
それは泥縄をなうが如くにその場しのぎの対処療法でしかないだろうが、それでも必死に「経路」を書き換えていく然中、時間になっても動き出さない地下鉄の車両から、不安に駆られた「旅客」達が秩序を失ったかのようにあちこちに勝手にさまよい出ていくことは、想像に難くない。
……そのような波紋が、【リュグルソゥムの仄窓】の青く淡い幻光によって作り上げられた「人間関係図」や「組織関係図」から、揺れて浮かび上がってくるかのようであった。
無論、地下鉄だのダイヤグラムだのは喩えであり、現実にこの剣と魔法と超常の異世界において「地下鉄」が停止しているわけではない。(その気になれば似た物は作られうるだろうが)
しかし、ロンドール家の失墜はそれだけで看過できない混乱を生み出していることが、概念図として一見して明らかであるように見て取れる。そしてこの事態の収拾と交通整理には、もはや「主家」が自ら乗り出さねば収まりがつかないということを、俺も従徒達も皆確かに納得できた。
ハイドリィは勝ちもしなかったが、ハイドリィから何かを奪うはずだった者達もまた決定的に勝たず――誰にも想定外であり織り込まれなかった「闖入者」としてのこの俺の勢力が実を取ったのだから。
「……”梟”の奴が言っていたのは、こういうことだったんだな。あいつは、ずっとハイドリィの野心を焚き付けていた」
その狡知と先見は認めざるを得ない、といった具合にユーリルが悔しそうな顔で呻いた。
この吸血種の少年が言う通り、強いていえば、混乱そのものを勝利条件としていた”梟”ネイリーは「勝ち」を得た側であるとはっきり言えるだろう。
「そもそもハイドリィが成功しようが、失敗しようが、実にいろいろな勢力がそれぞれの思惑で手を突っ込んで、それこそいろいろな意味で滅茶苦茶になる……というところまで、その”梟”とかいう爺さんは読んでいたってわけだ」
「だからこそ、我が君の実力を御業を知って、その手塩にかけたハイドリィを我が君への生贄とする機転を働かせた」
「それが、より大きな混乱を……いや、吸血種君の言葉だと『大乱』だったか、それを引き起こせると踏んだわけですね」
「その第一の標的が【紋章】家だったわけだ」
ハイドリィが成功していれば、【紋章】家はその最初の標的として【奏獣】の力によって攻撃を受けていただろう。その攻撃が失敗したとしても、ロンドール家の後始末を誤れば、【紋章】家は他家からの強烈な糾弾に晒されることとなる。
「そのような窮地を避けたければ、自らの手でロンドール家を成敗するしかない、ということですな。しかし、ロンドール家は金庫番役。成敗したならば成敗したで、任せていた”仕事”を自らやらなければならなくなる」
ロンドール家が担っていた”裏”の現場にも、である。
もしくは、それを嫌うかそもそも手が足りないならば、拡げていた手を大幅に手仕舞いしなければならないだろう。
「そんな状況下での『関所街ナーレフ』の【紋章】家にとっての”価値”が、どれほどのものか、ということだよ」
――まさにその価値を測り、ロンドール家の手の長さを試す意味も込めての、エリス=エスルテーリの派遣だったわけである。
「ただの歴史学者だか紋章学者だかの家系が、本来の強みを越えてあまりにも組織をデカくしすぎた弊害かな? 【紋章】家は、頭顱侯として抱え込んでしまった利権も、知識も、物語も、切り捨てることができない。下手にそんなことをしようものなら、その地位を狙う他の連中に骨の髄まで刻まれて啜られることになる――『長女国』は、そういう世界なんだろう?」
ハイドリィ=ロンドールが引き起こした「大混乱」を、形式上は陪臣とはいえ、王家に忠誠を誓うエスルテーリ家の若き”新”女爵が綺麗に収拾したという事実がもたらす政治的な意味を、【紋章】家は無視できない。
しかし……ナーレフという都市は、あくまでもロンドール家が家運を賭けて莫大な投資を行った地であって、【紋章】のディエスト家にとっての要地ではないのである。
「ええっと確か、ディエスト家から西に【像刻】家、【魔剣】家と、そして【聖戦】のラムゥダーイン家の『副侯』領を通って西方の前線に向かうルートこそが、連中の”金の卵”だったんですよね?」
アーリュスが【リュグルソゥムの仄窓】に干渉して、ティリーエと共に、青い魔力光の地図中に『長女国』を東西に貫く交易ルートとその周辺の交易圏を描き出す。
東は”新”頭顱侯となった【明鏡】のリリエ=トール家を経て『光砂国』に至る、王国横断の大動脈こそがディエスト家の”最富裕”と称されるほどの財力の本命なのだ。
関所街ナーレフは、そこから南に『次兄国』に接続せんとする新たな支流である。
しかし、十分に成長して経済的な重要性を発揮する前に今の事態に陥った。
管理者たるロンドール家が失墜した今、戦略ゲームなどでいえばもはや「捨て」るべき土地となっていたが、政治的な意味合いから、この地の統治において影響力を失っていないという体面はかろうじてでも保たねばならない。
【紋章】家にとっては、一種の焦げ付いた負債のような忌み地に見えていることだろう。
……といって対応に割くべき余力もない。旧リュグルソゥム家領という難地に、分家筋のアンデラス家という「予備兵力」を派遣してしまった今、手駒が不足しているというのがルクらの見立てであった。
――元の世界の大陸のやたらと人妻が好きだったらしい古代政治家での逸話に引っ掛ければ、美味だが食いでが少なく固執すると徒労ばかり積み上げる「鶏肋」とは、ちょうど、逆の意味を持つ土地と化したのだとでも言えようか。
その辺りの詳細については、これからこの俺が自ら乗り込むに当たって存分に鑑定させてもらうこととしよう。
それが――ナーレフ進出後に纏う予定となる次の「身分」である。
***
「それじゃあ本題に入ろうか」
≪きゅほほほ。ここは僕たちの出番さんだきゅぴね! お姫と愉快なみんなの参上なのだきゅぴ!≫
これは、これでよい。
既に想定した絵図の一つの通りに事態が転がり出しており、ナーレフの掌握自体は時間の問題だろう。慎重を期しつつも、こんなところで躓いてはいられない。
対して、リュグルソゥム一家が分析した情報のうち、俺が遥かに脅威を感じていたのは別のものである。
それは、同じタイミングで副脳蟲どももまた【感知】していた――より破滅的な形で――【精霊】という存在についてであった。
今把握することのできている事実から、振り返ろう。
一つ。
『長女国』の第一位頭顱侯にして、国母ミューゼの第三弟子を祖とする”最古”の頭顱侯【四元素】のサウラディ家は、単なる自然系の属性魔法の大家であるだけでなく、『精霊』と呼ばれる不可視の存在の力を借りることで大きな力を有している。
特に、彼らの家中には【精霊の愛し子】と呼ばれる”予言者”に近しい存在を囲っており――その力の下で、凶悪なる【騙し絵】家による大小の工作活動・破壊活動を筆頭とする他家との抗争・水面下での暗闘と渡り合って生き残り続けてきた。
一つ。
【四季】を【四元素】に見立てたかの如く、【冬司】に干渉していたサウラディ家の分家たる【冬嵐】家の工作員ハンダルスに取り憑いていた「力」とも「存在」とも呼ぶべき何かが、この俺の【八覚感知】技能を獲得していた超覚腫に感知された。
そしてこの「連中」は、超覚腫を含めたこの俺の眷属達を、跡形もなく抹消――ウーヌス達はそれを「対消滅」と報告してきた――してくれたのである。
≪超常の力さんが、その大本さんの魔素さんと命素さんが解けて……とかじゃないのだきゅぴ≫
≪魔素さんとか命素さんごと本当に消えてしまったんだよ!≫
一つ。
「その力」を、従徒として「エイリアン=ネットワーク」との同調を深めていたリュグルソゥム家もまた感知。それこそが【精霊】である、と、まるで長年の宿敵の隠れ家を見つけたかのような狂喜を湛えて断言したのである。
リュグルソゥム家の判断には重要な傍証もあった。
それはハイドリィの部下であり、元【魔導大学】の異端の追放者であった”痩身”、あるいは「マイシュオスの再来」を自称していた魔導士サーグトルの遺骸の分析結果である。
「デューエラン家の使いハンダルスの遺骸とも比較して分析した結果、サーグトルの方が、より濃厚に【精霊】の力……と言いますか、”気配”を宿していたことが、わかりました」
「なるほどね? 順序的にはサーグトル君の中にずっと取り憑いていて、その後でハンダルス君に移った、ってことかな。でも、当主君、ちょっと奥歯にものが詰まったような言い方だよね、”気配”だなんて」
「……頭顱侯家の血筋の端くれなら、お前もわかっているだろ、サイドゥラ」
それぞれの「秘匿技術」は異なれども、魔導の探求者たる側面を持つ『長女国』の貴種同士が、複雑な感情と研究者同士の討議が入り混じったかのような視線を交わらせた。
サイドゥラ=ナーズ=ワイネンという青年からは、明確な敵意というようなものは無い。彼は既に己の求めるところを開示しており、行動で協力の姿勢を示していた。
それでも彼がさらにその腹の底の燃え尽きた灰の一欠片の内側に別の思惑を隠していないか、と問われれば、100%の保証というものは何も無いのである。
しかし、そうした悪魔の証明そのものである意地の悪い疑念をぶつけられた上で、貴種の言葉として、そして魔導の探求者の言葉としても、サイドゥラは「安心してもらえるなら、何でもするよ?」と言っていたのである。
直後に、「君達の一族は、ちょっと、見ていられない」と余計な台詞を挟みつつ。
その上で、ルク達がリュグルソゥム家として下した判断は――サイドゥラがこの俺を裏切ることができぬようにするための”とある提案”である。
それは、サイドゥラにエイリアン=ネットワークの力を借りた【精神】魔法と、あとささやか程度に、この短期間に急速に研磨された”桃割り”の精神操作技術を掛けることで、彼をその望み通りに『止まり木』空間に招待する形で取り込み、拘束し、「リュグルソゥム家の守護者」として縛り付けてしまう、というものであった。
彼の【灼灰の怨霊】と化した弟妹への特別な感情に干渉し、それを拡大解釈する形で――。
無論、俺はそれをすぐに認めている。
――この俺を裏切れないように、というのはリュグルソゥム家にとってちょうどよい口実であることなど承知だし、俺が承知した上で何も言わずに認めることさえも、ルク達は織り込んでいるのだろうよ。
サイドゥラ青年もまたそれを理解していたように、耳飾りを風鈴のように揺らしてくつくつと笑っていたのであったから。
……きっとこの「短命の呪い」を与えられた一族は、彼らの”主”という立場で接するこの俺や、俺に忠実なる他の従徒達とはまた異なる立場で――「対等」に、己らのどうしようもない在り様を認めてくれる存在を求めたか。
俺は、そこに一種の皮肉さを感じずにはいられない。
互いの「秘匿技術」を徹底的に隠し、しかしそれを裏で暴き合おうとして謀略と工作と抗争に明け暮れていた元頭顱侯の係累同士が、この俺の迷宮【報いを揺籃する異星窟】の元でもろともにその秘密を暴かれたことで、きっと初めて、互いの存在を斯くも不器用な形で認めようとしているとは。
――まるで、傷つけられるのが当たり前だった子供同士が、初めて同じ境遇の存在を知り、恐怖と期待を綯い交ぜにしながらも、手を震わせながら伸ばし合うかのように。
そこまで考えてから、俺は意識を”脅威”への考察に戻す。
ルクが強調したのは、【精霊】という存在が魔法という手段では感知できなかったことについて、である。
リュグルソゥム家は、あくまでも【闇世】に属するこの俺の迷宮領主の従徒として、つまり「エイリアン=ネットワーク」に接続された存在としての感覚を動員することによって【精霊】を感知できたに過ぎない。
【精霊】を知覚した大元の存在は、この俺の眷属たるエイリアン『超覚腫』の【八覚感知】技能だったのであるから。
「その点で言うと、【精霊】ってオーマ様の言葉でいう”超常”的だ……ですよね。【闇世】に属する力で感知できたんですから」
「ダリドの言う通り、魔法、じゃない。でも、迷宮システムを消滅させるだなんて、それは本当に【闇世】に属する力……だと言えるのかな?」
「俺としても、【竜言】とも違う、とは言えるか。ダリドにキルメよ、たまたま主殿の『迷宮』の力が狙われただけで、もともとその『消滅』の力という魔法や、秘匿技術があった――ということはないのか?」
第2世代の長子双子の検討に、ソルファイドが素朴な疑問をぶつける。
しかし、リュグルソゥム家が知る限りは、この「消滅」などという形での力の行使が『長女国』内において、例えば頭顱侯間の抗争や西方での【懲罰戦争】で行使された形跡は無いとのことらしい。
まぁ、よほど巧妙にサウラディ家が隠してきたならば別だろうが。
副脳蟲達が感じた脅威度に照らしても、現時点では「精霊=迷宮特攻」とでも呼ぶべき力であり存在である、と俺は仮置きしていた。
≪そうなのだきゅぴ。あれは危険が危ない過ぎるさん、危ないがデカすぎるさんなのだきゅぴ≫
≪あははは、あいつらに触れたら僕達もみんなイチコロってくらい危険だからねー。無論、創造主様もね≫
重要なのは、ルーファ派九大神の力によって構築された迷宮システムの、その中で「技能点・位階上昇システム」によって識別された技能に捉えられる力であった、ということ。「迷宮≒【闇世】特攻」的でありながら、しかし同時に魔法としては感知されず、しかししかし、【闇世】の力の枠外でもないということである。
その解釈の微妙さが、リュグルソゥム家によって”気配”と表現されていたのだ。
「ルク、確認だが、この場合の『魔法ではない』というのは『16属性論の枠外』という意味、だよな?」
「そうですね、その通りです……まぁ厳密にはどんな馬鹿げた『秘匿技術』であっても『16属性論』で説明してしまうからこその『16属性論』だと今は思うわけですけれど」
「秘匿技術もまた超常であるなら、魔法を説明する”論法”としての『16属性論』から説明することはできるはず、だな。そしてそれは迷宮の力にしても、【闇世】の法則にしてもそうだった」
「そう……ですね、オーマ様。だからこそ、魔法で一切感知できなかった【精霊】は、少なくともこの【人世】の法則では説明がつかない存在、ということになります」
「だが、それではおかしいではないか。御方様の御知識によれば――【闇世】は九大神が【人世】に反撃するために、その法則をより近い立ち位置から構築した世界。【闇世】の力を”抹殺”するような力が……【闇世】の力の一つであるというのは、どういうことだ?」
(何やら難しい話になってきたな、ゼイモント)
(まぁ旦那様の疑問点はわかるぞ、明らかだろう? ル・ベリ殿が言いたいのは、【闇世】の力を殺す力が、現にこうして【四元素】家に駆使されているのだから……)
(そんな力を【人世】に奪われるようなら、そもそも生み出した”神々”は何を考えていたのか、ということだろう? 全く、我らが旦那様が相手になさっているものはどでかいなぁ)
≪まったくなのだきゅぴ。心配さんでご飯さんが喉を通らんのだきゅぴ、若くてきゅぴちきゅぴちな僕達には栄養さんが満天に必要な気持ち、ゼイモントさんとメルドットさんならわかってくれるはず!≫
((はっはっはっはっは!))
≪きゅっほっほっほっほ!≫
……などという能天気組のひそひそ会話(心話込み)を尻目に、生粋の研究者でもある魔導貴族の若者達の議論は深まっていく。
灰被りの青年サイドゥラが、冷笑的な笑みを浮かべて、重要な指摘をした。
「【闇世】の力に対して特別な効力を発揮する、という点だけ切り取るんだったらさ。なんだか、国母様の【浄化譚】を思い出しちゃうよね?」
「でも、サイドゥラにー……さん。それだと【浄化】の御業の正体が……実は【闇世】に属しているかもしれない力であった、ってことになりかねないよね?」
「あれ、アーリュス君、それの何がおかしいんだい?」
リュグルソゥム家の”守護者”として、その『止まり木』に史上初めての非血統者として取り込まれた、家族想いな青年魔導師が囁くように笑う。
「【騙し絵】家の正体だってそうだったんだからさ。別に国母様も実は【闇世】と関わっていたとしても、そこまでおかしいじゃないって思えない?」
「それだけじゃないよな、魔導師さん達。サイドゥラさんの言うことってつまり――」
第一位頭顱侯ではあっても王家ではない【四元素】のサウラディ家が、その「消し去る」力を持つということもまた絶妙に疑念が深まるポイントであった。
500年前、英雄王アイケルは、初代界巫クルジュナードが生み出した”大裂け目”を消し去ったではないか。そしてその長女ミューゼもまた、高弟達と共に、流れ込んだ【闇世】法則によって荒廃した大地の【浄化】に終生を捧げたという。
もしもこの【浄化】の力が、今回【精霊】どもが引き起こしてくれた「対消滅」と同種・同根の現象であるのだとすれば――。
「そういうこと、なんだろうな、吸血種ユーリル……オーマ様。私達は、サウラディ家の秘中の秘の片鱗を掴めたのかもしれないのです」
それこそがリュグルソゥム家にとっての【精霊】を感知したことの真の意味であり、快挙とすら捉えられる成果であったのだ。
――曰く、【四元素】家が、英雄王の娘にして『長女国』の実質的な創始者である【国母】ミューゼの血を引いている可能性がある、ということ。
「……え、ちょっと待ってくれよ。だって、それってさ」
吸血種ユーリルは、宿敵たる『長女国』への潜入任務に臨むにあたり、【四兄弟国】についての歴史と教養と常識なども知識として”里”で叩き込まれていた。特に、標的となりうる貴種達について、彼の知識は単なる工作員に求められるレベルよりもずっと深いものとなっている。
そんな彼をして曰く。
「実は『長兄国』のイェヘリンガル家とか、『次兄国』のヴァイケリーリ家と同じレベルの血統ってことになるよな……?」
――サウラディ家こそが『長女国』の真の王家である。
最低でも、彼らは家格的にその資格が十二分にあることが疑いようがなくなる。
……リュグルソゥム一家の見立てが正しいのであれば、であるが。
「国母様は、生涯、子供を持たなかったって言われてるね。でも、やることはちゃんとやってたってわけだね」
「仮にそうだとすると、どうしてブロイシュライトが”王家”ということになっているのか気にはなりますが、」
「同時に、サウラディ家が『最古』とまで呼ばれるほどにしぶとく生き残ってきた理由は、納得できますね」
【晶脈石】のネットワークによって国土を繋ぎ、魔法の属性のバランスを均すことによって災厄を抑え――実質は”荒廃”の押し付けによる領域への強制的な巻き込みなのだが――魔導大国としての権威と領域の一体性を生み出している”王家”ブロイシュライト家の力もまた、十分に根幹的なものであり、無視することのできないものである。
だが、リュグルソゥム家がこの俺の迷宮に溶け込んだ結果として【感知】し、そして分析するに至った【精霊】の力とは、もはや、単なる物理的な脅威であるには留まらないのであった。
≪消滅さん~怖いけど、対抗さんするだけなら~数の利さんで押し通せそうだからね~≫
≪やったぁ! たくさん食べてたくさん生き残った方が勝ぁつんだよぉ!≫
≪いざという時はこのきゅぴが開発さんした臓漿こたつさんで造物主様を何重さんにも包み込めば……きゅふふほほ、なんきゅぴとたりとも近づけはしないのだきゅぴぃ≫
図らずも、『長女国』の隠された”秘史”を垣間見たようなものである。
そして、俺が今まるで肌がピリピリとひりつくように感じているのは、その何らかの、どうせろくでもない理由によって隠されたる部分に端を発しているかもしれない”力”の淵源への、ゾッとするような直観的嫌悪にも似た拒絶感めいた警戒心であった。
サウラディ家の秘密を暴くこと、【精霊】について対抗していくための情報を集めることとは、そういう意味を孕むものであり――それが、ウーヌス達の言う物理的なものとはまた異なる危険性を孕んでいる。そう、得体も知れない感覚と共に、迷宮領主オーマとしてのこの俺の部分が訴えてくるかのようだった。
「で、どうしてそんなものがサーグトルに取り憑いていたか、が問題なわけだな」
そんな俺の呟きは、しかし、議論が次の段階に移ったことの合図でもあった。
話の途中で一時退出していたル・ベリが――【弔辞の魔眼】を発動した後の残光を仄かにたたえながら戻って来る。
リュグルソゥム家が散々に解析し、分析してあらゆる魔導的な痕跡を搾り取り尽くしたサーグトルという男の残骸から――その死の直前の想いの残り香の抽出が、完了したのである。
『属性とは……"認識"の檻なのだ……ッッ! わ、我々は……そう望めば、どのような魔法……いや、魔法類似……いや、いや、否……ッッ! どのような超常をも……実現できる……ッッ本来はッッ…………! つまり――』
サウラディ家の走狗組織たる【ゲーシュメイ魔導大学】の異端の追放者。
『そうならないように、属性という"認識"で、人々は縛り付けられている。【魔法学】という概念の、その真の目的とは――』
”複合”属性の研究者としての事績ではなく、あくまでも【風の】魔導師として名を残されしマイシュオスの、その『再来』を自称していたる最左の学者崩れの今際に曰く。
『【16属性論】とは、古賢と先人達が積み重ねてきた叡智の探求の結晶などではない。それは、真逆のものであり――神々が仕掛けた大いなる”罠”である』
――と。
お久しぶりです。
異動によって環境が激変し、ペースがずっと乱れておりました。
また、執筆のペースを再構築していきます。
Twitterなどで執筆状況をつぶやいておりますので、よろしければ、ご参考にしてください。
エイリアン迷宮を、どうぞ、今後ともお楽しみください。





