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0231 新興と盛衰の波紋は歴史の章(しるし)[視点:皆哲]

 【輝水晶(クー・レイリオ)王国】500年の歴史において、リュグルソゥム家は"新興"の家系である。

 それは、結合双生児リュグルとソゥムに始まった一族の系譜そのものは例えば【騙し絵】家と同じく200年という歴史を誇るが……『頭顱侯』という『長女国』の為政に参画する雲上人にまで上り詰めた時期が、という意味において。


 この意味での"新興"であったが故に、彼らの所領は非常に小さかった。

 王国南東部にて、いくつかの農村や集落を取りまとめる地域の『晶脈』ネットワークの管理を担当していたが、実質的には侯都グルトリアス=レリアを中心とした掌守伯程度の範囲にしかその支配は及んでいなかったのである。


 『止まり木』という特殊過ぎる精神共有空間で、一族の歴史と"秘密"をいささか共有し過ぎて(・・・)いたことも原因ではある。

 かつてのリュグルとソゥムが、互いにとって分かつことのできない半身であったかの如く――そう在る(・・・・)ことを一族に属する者は皆求められており、対立や敵対や裏切りや別離といったことを許されていなかった。


 故に【皆哲】の号は、彼らにとっては自尊であると共に自戒の意味をも孕む。


 結果的に、リュグルソゥム家が辿り着いたのは超近親婚によって血脈を保つという方策であった。

 このために、貴族としては珍しく"分家"という観念が彼らの中では十分に育っていない。姓名を分けるという発想すら無く、一族は皆、文字通りに血を分けた対等な存在。あくまでも、身体機能に生じる遺伝的な障害を避けるために、つまり血の濃さを適度に薄めるための「傍系(調整弁)」が生み出されはしたが、こうした集団が、例えばグルトリアス=レリア以外に任せられる新たな都市を育てていくだとか、姻戚関係によって他家と融合するであるだとか、そうした形での所領の増大は見込めなかった。


 それがリュグルソゥム家の「家系」としての歴史である。


 加えて『長女国』における主戦場は【西方】における【懲罰戦争】への参加も限定的であった。

 始祖リュグルとソゥムに奇跡を与えた【癒やしの乙女】への感謝と帰依を誓い、親『末子国』の一族として王国南東部に小さな所領を得たことと相まって、旧ワルセィレや旧ゲルティアのような拡張先は近傍には無かったのであるから。


 リュグルソゥムの8人の子ら50名を越える孫達が50年をかけて侯都グルトリアス=レリアを育て上げたものの、内政面での発展はそこで頭打ち。傍系を"分家"として独立させて、例えば戦功を立てて【西方】に独立した所領を新たに得る……というような発想は根本から無かったのであった。


 そして20日余り前のこと、そのようなかつての"侯都"に。

 【エイリアン使い】オーマの眷属(ファミリア)たる代胎嚢(グロウキーパー)の力に依存する形で、次子たる双子アーリュスとティリーエの誕生と肉体の成長促進によって最低限の頭数(・・)を揃え、かつて生き残った最後の兄妹となったルクとミシェールは、新たなる一族の始祖となって再びグルトリアス=レリアに帰還という名の潜入を果たしたのであった。


 なお、アーリュスとティリーエの誕生と成長促進は多少"無理"をして早められている。

 追われる身であったルクとミシェール、そして【騙し絵】家へ帰還したツェリマの報告によって長子双子ダリドとキルメの存在が共有されている可能性が見越されたからである。無論、これはこれで、顔が割れたからこそ ここであえて侯都へ潜入することによって、敵の目を【エイリアン使い】から改めてリュグルソゥム一族に向ける、という陽動の意味合いもあったが。


 しかし、それ以上に、副脳蟲(ブレイン)達の『エイリアン=ネットワーク』を経由して【精神】属性に関する理解を深めた結果――叔父ガウェロットの一家は『止まり木』への精神転移を妨害されたまま殺されたため――『新生』リュグルソゥム家は、これまでにないほど【精神】属性への理解と習得を深めていたことが大きい。


 さすがに宿敵マルドジェイミ家ほどの高位術式は無理でも(例えば魔法抵抗力の無い者を"洗脳"して意のままに操るだとか)、容姿を記憶されにくくするような【霞がかる顔貌】や、オーマ曰く「自白剤みたいな効果だな」と言わしめたる【ガントドイの正直なる舌】という上位術式までを解析(・・)して見せたのである。

 加えて、必要あらば【騙し絵】家から習得した技術をも交えた「記憶(いじ)り」による対処が可能となっている。

 これらの力を『高等戦闘魔導師(ハイ=バトルメイジ)』の一族たる状況判断能力と組み合わせて駆使し、顔の割れていない次子双子が前面に立つような役割分担をする形が構築された。


 これらによって、上位の魔法兵や魔導師や魔導貴族の類に接近することは困難であっても、グルトリアス=レリアを掌握する「駐留兵」や「一般人」や「走狗の下位組織の関係者」達程度であれば、情報を少しずつだが確実に引き出すことができる見通しが立ったことで成った旧侯都行きでもある。


 こうした努力の下で判明した旧リュグルソゥム家領の状況は、北の【歪夢】のマルドジェイミ家、東の【明鏡】のリリエ=トール家、そして南西から【紋章】のディエスト家に派遣された掌守伯家の一つによって3分割されているというものであった。

 そして侯都グルトリアス=レリアは、13位頭顱侯の役割を引き継いだ(奪い取った)リリエ=トール家が、マルドジェイミ家の協力を得て、ディエスト家麾下であるアンデラス掌守伯家と共に分割管理していた。


 侯邸への攻撃と虐殺には、この他にも【四元素】家や【纏衣】家の兵らが加わっていたことがルクとミシェールにとっては記憶には生々しかったが……貴家同士の駆け引きか取引の結果であるか、これら【盟約】派の勢力は既に領内からも引き上げていたようであった。


 無論、この残留した三者の関係が良好であるはずはない。

 リリエ=トール家は、『長女国』から見て南東の砂漠の大国【マギ=シャハナ光砂(ひすな)国】――"旧教"の総本山――からの亡命神官家を祖としている。リュグルソゥム家以上の"新興"であったが、今回の頭顱侯への昇格は、『長女国』の序列からしても慣例からしても異例の大抜擢、あるいは大抜け駆け(・・・・)とでも呼ぶべき事柄。

 本来であれば、派閥原理からいっても【紋章】家の麾下から――最も可能性が高いのがギュルトーマ家と目されていたが――新たな頭顱侯が誕生するはずであったことを考えると、アンデラス家からのリリエ=トール家への感情は良いものではないというのがリュグルソゥム家としての認識である。


 むしろ、潜入調査だけでなく「謀略」を仕掛けることにさえ適していたであろうこの状況は……しかし【歪夢】のマルドジェイミ家という宿敵にして天敵にして不倶戴天の大敵たる存在によって、困難なものとなっていた。

 より正確には、マルドジェイミ家を実質的に"お世話(支配)"している実働部隊たる走狗組織『罪花』が侯都に入り込んでいた。そのような者達の監視の目を誤魔化しながら、潜入のために【精神】魔法を駆使するのは困難である。


 同様に、リリエ=トール家も【光】魔法の大家として暴く(・・)ことにかけては非常に強力な特性を有する一族である。

 侯子グストルフが【転霊童子】という怪物であったため、彼が見せた数々の「技」がリリエ=トール家内で共有された技術であるかどうかは現時点では定かではないが……【光】属性によって【空間】属性を妨害する知識や、その独特の高機動な戦闘スタイルは油断して良い手合ではない。


 故に、新生リュグルソゥム家による潜入調査は非常に抑制的なものとなった。

 いや、露見して無為に捕らえられるリスクを考えれば、むしろ出直すという選択肢もあったかもしれないが――それは以前のリュグルソゥム家であったならばの話。


 しかしそれでも今回の旧侯都行きが成ったのは、ルク以下6名の親子兄妹達による【エイリアン使い】の麾下における『新生』化に恥じぬ秘策(・・)の備えあらばこそ。


 鍵となったのは、瓶詰めの小醜鬼(ゴブリン)の"脳"であった。

 主オーマによれば、いつの時代かは不明であるが『神の似姿(にんげん)』を"穢す"ために生み出されたもう一つの『人間(にんげん)』である可能性が高いこの種族の『脳』には、【精神】属性が通るのに(・・)も関わらず通用しない(・・・・・)、ということが『ハンベルス魔石鉱山』における前哨戦でトリィシーと戦わせた小醜鬼(ゴブリン)部隊の死骸から明らかとなっていたのである。


 それらに寄生小蟲(センシズリーチャー)によって共生化・延命したこの"脳"を魔法的に処理して、いわば生体的な魔道具とでも呼べる代物に改造・加工。

 すなわち、マルドジェイミ家が逃亡者であるルクとミシェールを感知して捕らえるために張り巡らせていた【精神】属性の魔法陣群に対する、強力な(デコイ)である。これにより、その監視の目を明後日の方向に逸らすことが可能となり、潜入は大過無く速やかに進められた。

 無論、本職の魔導師を相手に使えるほど信頼性の高いものではなかったが、直接の戦闘や接触を避けて影で諜報を行うだけならば、十分過ぎるほどの行動の自由が確保されたというわけであった。


 そうしてルク達は、まず、侯都グルトリアス=レリア内におけるリュグルソゥム家の4つの"傍系"や高等戦闘魔導師(ハイ=バトルメイジ)部隊を構成する"直臣"達との合流を目指したが――明らかとなったのは徹底した粛清の痕跡のみであった。


 ――破壊されて瓦礫の山と化したまま打ち捨てられていた侯邸を墓標とするかのように。

 赤子に至るまでの「リュグルソゥム狩り」が行われ、見せしめのように各属性の魔法によって生み出されたと思われる"人型の染み(・・)"の数は――『止まり木』に記録された傍系や直臣(彼ら)の数と一致していた。


 ……正直なところ、ルクとミシェールは、"傍系"や直臣達の中にも「裏切り者」がいた可能性を意識していた。

 『止まり木』によって情報共有し、一族の結束した熟議によってほぼ最善解を最速(現世(うつつよ)基準)で事態に対処できるリュグルソゥム家をまとめて罠にかけた以上、内部情報が漏れたという前提で考えるべきであったからである。


 『止まり木』から切り離され(・・・・・)た"傍系"血族たる者達が。

 『止まり木』への帰還に対して特別な情念と衝動を有していることを、「本家」たるリュグルソゥム家の血族は知っていたから。


 あるいは、そのことをすらも取引材料として彼らの一部が引き込まれた可能性も最悪想定していた。それは同時に「裏切り者(彼ら)」がそのまま敵との接点になるという意味で、今回の潜入調査における"当たり"の部類と同義であるはずだったのだが。


 疑ったことを恥じれば良いのか、はたまた、彼らもまた「係累」として皆殺しにされたことへの心痛に沈めば良いのか。13頭顱侯によるリュグルソゥム家の「誅滅」は、ルクらが経験して認識していた以上に凄惨で徹底的なものであったのだ。


 侯都で虱潰しの捜索が行われたことは、ところどころ崩れた家屋や、魔法による破壊の跡などからも明らかだったからだ。

 明らかに、往来を行く人々が減っている。それでも用向きがあって出歩かねばならない住民は、そそくさと隠れるように移動している。

 監視の目が入りにくい裏路地などで数人がたむろしていることがあっても、リュグルソゥム家としての特別な手管を駆使しなければ、"よそ者"と目が合っただけで彼らは逃散してしまう。


 だが、領内を覆う陰鬱さも情報収集という観点ではプラスとなる。

 後々にル・ベリに【魔眼】による解析を依頼するために――抗争や事件などによってできた、あるいはルクらが自ら手を下すことで生まれた"死体"からも記憶という名の情報を引き出すことができるのであるから。

 そこから得られた情報は、【エイリアン使い】の迷宮(ダンジョン)に戻った後に、リュグルソゥム家が『止まり木』で飽くことなき熟議と討議の議題でもあったのだ。


 そして結論を言えば、リュグルソゥム家は200年の累積の知識と一族の結束という(おご)りを完全に突かれたと言えた。


 【歪夢】のマルドジェイミ家と『罪花』は極端に過ぎるとしても、通常、走狗組織であっても頭顱侯に100%従順である場合は少ない。確かに【騙し絵】家のように完全に支配しているパターンも存在するが、それは彼らが元々は破壊と暗殺と粛清を活動の基本としていた集団であったからであり――【四元素】のサウラディ家と【魔導大学】や、【像刻】のアイゼンヘイレ家と工廠都市『石(ことわり)のヘマクート』のような、むしろ互いに補い合い絡み合いながら成長してきた「頭と手足」の関係であることがほとんどである。


 手足は頭がなければ動けないが、頭もまた手足がなければ枯れ死ぬのである。

 その関係性は決してわかりやすいものではなく、時に非常に複雑なものである――という「分析」にリュグルソゥム家は囚われすぎてしまっていた。


 他の12の頭顱侯家の全てが結託するということは、それ以上に、走狗組織を中心としたその何倍もの数の"系列"勢力同士が結託していたということであったからこそ、その可能性は「無い」であろうし、もしそうした動きがあるのであれば、血族が自ら諜報活動に勤しむリュグルソゥム家の情報網で捉えられないはずはない……という認識であったのである。


 だからこそ、この"結託"は異常であった。

 しかもそこには、特に【盟約】派と【破約】派の対立の原因であるはずの「盟約体制」に深く関わる存在である『末子国』の勢力が――それも【聖守】が絡んでいるのであるから。


 ガウェロット一家の【西方】戦線への派遣に前後して、リュグルソゥム家が接触を持った頭顱侯直属の走狗組織だけでも【魔導大学】と【氷靴衆】と【ギュルトーマ家】である。

 ギュルトーマ家は、正確にはロンドール家を通しての「情報提供」という形であったが……旧ワルセィレを巡るロンドール家の野心と、その中で暗躍していたギュルトーマ家の関わり方について、ハイドリィ及びレストルト他から「桃割り(・・・)」して取り出した情報を、さらに『関所街ナーレフ』でマクハードらが集めてきた情報とも突き合わせるに。


 ()頭顱侯たる旧号【重封】のギュルトーマ家が、複数の派閥を結びつける上で大きな役割を担っていたという可能性が浮上していたのであった。

 ソルファイドに独自に接触をしてきたことからも、何か、彼らも彼らで「よほど」の思惑を抱えていることは想像に難くはない。


 それが何なのかまでは、行動を制限された侯都での潜入調査では看破できなかったが――主オーマの動きを受けてそれに連動する形で、リュグルソゥム家の『詰み手』もまた変転していた。


 ――すなわち「馬を射んと欲すれば先ず将を射よ」である。

 ギュルトーマ家を揺さぶるというオーマの方針に乗っかることは、リュグルソゥム家の意思でもあった。この意味で、旧侯都においては「対処する難易度」という観点からも消去法的にアンデラス家への諜報活動に比重が増していくこととなった。


   ***


「ディエスト家の開祖ディエスト……のそのまた祖先が何をしていたのか、ようやくわかったんだ」


 『止まり木』の議場にてルクとミシェールと子らが"確認"作業を続ける。

 現世(うつつよ)では、まるで一瞬で意思疎通をし合っているように見えるリュグルソゥム家であるが、実際のところ、彼らの「やり方」は他者と変わらない。情報を持ち寄り、互いの考えを述べて意見を出し合ってすり合わせ、対立があればとことん話し合ってから同じ理解に至る――根気強く根気強く。


 一族の間での結束が何よりも重視され、いや、結束しないことが禁忌レベルに許されざることも同義とされたことも頷けよう。


「【創始冠名ノ制】によって、魔法の制作者が名を残す。魔導の一族だって、大抵は名を残した"開祖"の名前が(かばね)に、なる。だから、」


「どうしてもその"最初の魔法使い"にばかり目が行ってしまう……そこが、盲点でしたね」


 『紋章師』ディエストの祖先は、なんと【魔導大学】に属していたこともある「歴史家」にして「考古学者」である。

 それが、ディエスト家と血縁関係も持っているアンデラス家の駐留部隊への内偵を進める中で、偶然にも助けられてリュグルソゥム一族が得た情報なのであった。


「そしてオーマ様のご出身(・・・)の"世界"でのお話だね」


「うーん、魔法の有無とは関係なく、歴史とか文化がどこかで収斂するっていうのは、なんか面白いねにーさん」


 『紋章(ヘラルドリー)』とは、いわゆる戦場での敵味方を識別する旗指し物の類などとは異なる、というのが主オーマの言である。

 それはただの記号を越えて、その意匠や図形に記された諸物・事物の中に様々に象徴的な意味合いを含んでいる。描かれた植物や、動物や、文様の一つ一つにその意味するものだけでなく、それがどのように扱われてきたのか(例えば"家訓"などが込められればそうしたエピソードすらをも含む)という「歴史」か、はたまた「物語」とでも呼ぶべき背景が堆積しており――。


「象形一つだけで数十年から数百年分の"歴史"を語ることもできるってことだから、それと比べたら、我々の200年なんて確かに新興(・・)だよね、まだまだ」


「ええっと、歴史と物語の"絵巻物"が……キルメ、オーマ様の言う"絵巻物"って何?」


壁画(レリーフ)みたいなものじゃない? こんな感じ」


 キルメが『止まり木』の領域において、主オーマが出した彼独自の"喩え"を、自分なりに解釈した「物体」を描き出す。それが描かれる媒体はともあれ、文章や絵画が「一連」となって展開していく形式の脈々と続いてきたものであるということを表すものを――いわば「1つの意匠」に押し固めたものが『紋章』であると言えた。


「どんな一問多答だよって感じだよねー」


 知識の無い者が見れば、多少複雑で執念深く書き込まれた細密な「紋章」にしか見えぬであろう。

 だが、それこそが【紋章】のディエスト家が取り扱ってきた技術の性質を表す号であり――彼らが魔法使いの一族となる以前の生業としていた「知の集積」そのものであったのだ。


「でも、これが『魔法陣』とはどう違うんでしょう?」


「根本から違うよ。だって『魔法陣』って魔法発動のための効率重視だからさ、なんて言えばいいのかな」


「"無駄"な情報って削ぎ落とされていっちゃうんだよね。オーマ様が指摘したことだし、私達もみんなわかってることだけれど……『冠名』が残ってる魔法と、残ってない魔法の差ってなんだと思う?」


 ある種の魔法は【アケロスの健脚】のように、その魔法を開発した者の名が残り続けている。他方、【魔法の矢】のように、もはや『冠名』が成されない名称で呼ばれることが一般的となったものもまた多い。

 そしてそれは当然ながら「開祖」がいないか歴史の闇に忘れられた、という意味ではない。


 ダリドとキルメが出した問いにアーリュスとティリーエが頭をひねっているのを見ながら、ルクが解説役を引き取った。


「『一般化』の有無だよ。【魔法の矢】は誰でも使う、誰にだって使える。複数の属性で発動できるけれど、実はあれにそれぞれで別々の『開祖』がいる――だから(・・・)一般化されて、あれを【魔法の矢】たらしめる共通要素(・・・・)だけが取り出されていって【魔法の矢】になったんだ」


「そうそう、当主(フェルフ)様の言う通り! でも【アケロスの健脚】は、言ってしまえば、未だに『アケロス式』しかない。【闇世】じゃ当たり前の【命素】の活用術がもっと解析されて広まればわからないけれど……」


 捨象されていくものは単にそれぞれの『冠名』者だけではない。

 その、かつては【ラクラヌーマの火槍】であるだとか【イリルドの水刃】だとか呼ばれていたものが、単に【魔法の矢】と呼ばれるようになったことで――火の魔導師ラクラヌーマや水の魔導師イリルドがこの魔法を編み出すに至った歴史や物語や背景などもまた、学者か書物好きぐらいしか知らぬ知識となっているのである。


「けれど、魔法は発動される。詠唱は通り、魔法陣もまた現象を塗り替える、ということだ。このようにして魔法はよく言えば"洗練"されていくけれど――」


「【紋章】はそうではない、と……押し固めた何十枚もの壁画(レリーフ)そのもののように"無駄"な情報が詰まっている、ということ、ですね? とーさん」


「ディエスト家の連中に対してちょっと神々しすぎる表現になるかもしれないけれど、語弊を恐れずに言うなら、連中は【魔法】を駆使しているんじゃない。その【魔法】が生まれた"物語"ごと呼び出している――ちょっとした神威(イリセナ)みたいなものだよ」


「そして、それが【騙し絵】家や【星読み】家、【悪喰】家などの"(わざ)"を【紋章石】に取り込んで見せた秘密だった、ということですね。ルク兄様」


 ルクとミシェールの解説を聞いて、子らは一様にふと思った。

 魔法(ちょうじょう)を"物語"という形で『紋章』化する――魔石に封入して【紋章石】にするという形でしか扱えないのだとしても――ことができるならば、それはリュグルソゥム家を遥かに越える「学習」の力ではないか、と。


 それは彼らが『長女国』の【魔法学】という先入観を持たない【迷宮生まれ】たる子らだからである。

 すなわち、【紋章】家が本気を出したならば、相手の"歴史"や"物語"さえ理解したならば――取り込むことができるのは、いわゆる狭義の魔法に限られない。


 極論、条件さえ整えば【エイリアン使い】の力さえも『紋章(ちから)』にしてしまうことができるのではないか、と。


「きっと、そうだね。連中にはそれができるんだろう。でも、できるのに大々的にはやらなかった。どうしてだかわかるかな?」


 長子と次子の双子2組4名が、自らの出した問いに関して話し合い、議論し合う。

 その様子を当主(フェルフ)として――まさか自分がこのような立場になろうとは想像することさえ無かったルクは――どこか眩しく感じる気持ちで見ていた。嬉しい、頼もしいなと思う反面、どうしてだか昔の"落ちこぼれ"時代の自分のように隠れてしまいたい気持ちに、である。


 そんなルクの心理を察したか、ミシェールがそっと手を握ってくる。

 それは、当主(フェルフ)として子らを率いる立場であるが故に、弱い表情を見せてはいけないという叱咤であるようにも感じられたが。

 苦笑しつつ、ルクは威厳を示すために、改めて子らに「補助線(ヒント)」を与える。


「たった一つの意匠に何千枚分もの"歴史"と"物語"が込められているとして、そんなものを、気軽に量産できると本当に思うかい?」


 あ、と得心したように手を叩いたのはキルメであった。


「"転写"する際に劣化する……ってことかぁ。それが市場にたまに流れてくるのがあんなにも粗悪な理由ってことじゃない!?」


「あーそうか、歴史書を写本する作業だと思えばいいのか。普通は丁寧にじっくり時間を十分にかけてやらないと駄目だけれど、」


「ディエスト家も、その手下達も【紋章石】を使ってしか魔法を使えないから、大量に必要。中途半端に"転写"された『紋章』は――正確な力を持っていない、と。なるほど……」


「結局のところ、そこが【紋章】家の急所なんだ。連中は――ちょっと、組織としてはデカく(・・・)なりすぎてしまったね」


 『長女国』における最富裕(・・)の一族たるディエスト家は、【西方】の【懲罰戦争】という最前線を含めた国内の流通を取り仕切る。しかしそれは、単に戦争や闘いのためだけではなく、民生や内政においても【紋章石】を活用することが前提の体制であった。

 その中で生み出された莫大な富によって、彼らは最()の【魔剣】家と最()の【聖戦】家を抑えて【継戦】派の領袖の地位にすら至ったものの。


 そのような"無理"は、1つ1つを緻密に丁寧に、その背後にある"物語"までをも理解しながらでなければ本来の力を有する【紋章石】が生み出せないという性質と噛み合っていないのだと言えた。


「そしてそこにおそらくだけれど、ギュルトーマ家の【封印】術が応用されている」


「……えっと、父上じゃなくて当主(フェルフ)様。それ、ギュルトーマ家とディエスト家の関係って、本当に言われて(・・・・)いる通り、なんですかね?」


 ロンドール家がそうであったように、強欲なるディエスト家が屈服させて支配下に組み込んで、その力を奪い自らの"走狗"とした、というのが多くの者の理解である。

 だが、リュグルソゥム家の誅滅と旧ワルセィレを巡るギュルトーマ家のどこか明確な目的を持った暗躍を見るだに――その"逆"もまた想定しなければならない。


 すなわち、ギュルトーマ家がディエスト家にあえて力を渡して育てた(・・・)、という視点である。両者の力関係は、世間一般で思われている通りではない可能性が強まっていたのであった。


 問題は、それが「寄生型」なのか「共生型」なのかであるが――。


「ディエスト家の連中が直接僕らを殺しにこなかったのも、それが理由だろうね。決して直接戦闘に向いた力じゃないし、その秘密を見られるわけにもいかなかっただろうし――」


「子らが気付いたように、既に危険視されているのかもしれませんね?」


 ロンドール家の一件は、その始まりの前段から、主オーマによってもある程度見抜かれていたように、最初から当事者達以外の様々な勢力がその思惑を絡みつかせていた。


 『アスラヒム』の"梟"然り。

 【氷凱竜】などというとんでもないものを顕現させた【冬嵐】家然り。

 この件を利用して"裂け目"を確保しようとした【騙し絵】家然り。

 便乗してこそこそと暗躍していたギュルトーマ家然り……である。


 斯様に、そもそもハイドリィは失敗することが運命づけられていたのだとすれば――その政治的な意味は上役たる【紋章】のディエスト家に対する"仕掛け"なのである。


「少なくとも【紋章】の目にはそう見えたことだろう。だから、形振り構わずにロンドール家を粛清した……そのしわ寄せが、旧侯都にまで及んでいたのは流石に驚いたよ」


 ロンドール家は掌守伯家でありながら"走狗"と数えられるほどにまで【紋章】のディエスト家に長く仕え続けてきた家系であり、その金庫番として『流通』に関わる重要な役割を担い続けてきた。しかもそれだけではなく、いわゆる「暗部」としても、要するに『廃絵の具』のような連中と闇の領域における最前面で対峙し続けてきたのがこの一族である。


 しかし、そのような存在をディエスト家は自ら――他家に糾弾される前にであろう――裁いたことによって、端的に言って、若干ではないレベルの混乱が発生していたのである。

 "分家"の掌守伯たるアンデラス家が駆り出されつつ、しかし、人手不足のためにリュグルソゥム家の旧領を『新興』たるリリエ=トール家と分割しなければ統治もままならない状況が、混乱の根深さを如実に物語っていた。


「……ひょっとすると本当に【大粛清】が再現(・・)されるのかもしれないな」


 『止まり木』世界でのルクのそんな呟きを聞いたのは、彼の隣を定位置とするミシェールのみであったか。


 主オーマが眠っている間に、あまり迷宮(ダンジョン)を探索させたくもなかったこともあり、最悪は死んでもいい囮にして捨て駒としてグルトリアス=レリアに伴っていった【遺灰】家の青年サイドゥラもまた、ルクのこの考えを支持していたのである。


 ――かつての『画狂』による破壊の嵐は、切っ掛けにしか過ぎないのである。


 権勢を誇った【九相】家の没落と滅亡はただの始まりに過ぎず、その後、次々と――当時まだ王家と【四元素】家以外にも残っていた「ミューゼの高弟達」の血脈たる頭顱侯達が、それぞれに異なる出来事(事件)によって滅び、あるいは没落し、あるいは粛清され、あるいは皆殺しにされ、あるいは互いに殺し合って相討ちとなって消え去っていった。


 リュグルソゥム家がもしもかつての【九相】家のような号砲(切っ掛け)であったならば――今、次に何か(・・)がありそうなのは【紋章】家である、と思わせる程度には、その無防備さが露呈されていたのだから。


『でもそんなこと関係なく、君たちは頭顱侯家(僕ら)を皆殺しにしちゃうつもりなんでしょ? でも、それってさ。それが成功したとして、さ。結果だけ見るとやっぱり……【大粛清】の再到来に見えてしまうんだよなぁ』


 というのは灰被りの青年の言であったか。

 【灰】魔法によってリュグルソゥム家だけでは感知し得なかったマルドジェイミ家の"仕掛け"を看破して今回の潜入調査の成功の一翼を担ったサイドゥラである。

 ルクとして、この青年の達観しすぎた態度は非常にいけ好かなかったが――何故だかダリド以下の子らが彼を気に入ってしまっているのも事実。


 主オーマ風に言えば、思惑があれども、役に立ったのであれば【報い】を与えなければならないのが【異星窟】の流儀であったのだ。


 故に、ルクは家族との熟議に意識を戻す。


 リスクを取って旧侯都に潜入して得てきた、特に主オーマにとって「次」の行動の詳細を定めるために重要な情報をどのように報告するのかという整理作業に家族総出で入りつつ。

 合わせて、腹の底で何を考えているのかはわからないながらも「協力」の姿勢を示してきた灰被りの青年の扱いについて、リュグルソゥム家としての考えを取りまとめ、主オーマに提案するために。


 『止まり木』での議論はその後さらに数日に及ぶが、しかし、主や他の従徒(スクワイア)達が待つ現世(うつつよ)の肉体の方では――わずか数秒にも満たぬ時間なのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 紋章石に矢鱈粗悪品ばかりあるのはそういうことかぁ
[良い点] 鮟鱇かな?ってくらい捨てるところがないゴブリンたちェ…便利すぎて逆に怖いまである
[気になる点] 「馬を射んと欲すれば先ず将を射よ」? これだと手先をヤるならまず頭を潰せって事になってしまいませんか?いや出来ればそれが一番早いんでしょうが… 「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」では…
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