0230 かつて哲たる血流は異星の超常と混ざりたり(1)[視点:皆哲]
竜人ソルファイドがル・ベリの【魔眼】を通して「見たもの」が共有された後、同じように、リュグルソゥム家が「調べてきたもの」もまた【報いを揺藍する異星窟】に属する者達の間で共有されることとなる。
だが、報告に先立って、新生リュグルソゥム家の面々は共有精神世界『止まり木』の中で彼らの一族の中での今後の方針や情報の整理と共有について、熟議と討論を重ねていた。
既に、ルクとミシェールがたった二人だけ生き延びた後に、この白い霧に覆われた世界で再構築した四阿ではない。吹きさらしたような質素な作り――『止まり木』世界に現世におけるものと同等の自然現象としての風は無いが――その「再出発の場所」を基点とするような円形の『屋敷』が構築されていたのである。
ルクとミシェールの2名だけいれば良かった頃とは異なり、既に8名が『止まり木』世界にはいたために。
単純に各々が『止まり木』での日々を送る個室も必要であり、また、共同の作業を行う部屋なども必要となっていたからである。
食事も睡眠も不要な共有の精神世界で長い時間を過ごすこととなるリュグルソゥム家とはいえ、肉体は現世で生き続けなければならない。現世に戻った際に「感覚」が乖離しないよう、寝所や炊事場などを始めとして、食事や睡眠・掃除や衛生管理といった「生活」行為を"慣らす"ための一通りの設備は必要だったからである。
その故に、在りし日――【エイリアン使い】の従徒となる以前――の『止まり木』には、現世のものと瓜二つに再現された侯邸が構築されていた。
しかし、小さな四阿からルクとミシェールが"再出発"した現在の『止まり木』において、その"屋敷"は貴族の邸宅と比べてしまえば未だ慎ましやかなものである。
古き共有知識の澱である『侯邸』が消えたわけではないが、それは今や、少しずつかつての一族の知識を引き出すための、ある種の禁書庫のような扱いとなっており、『止まり木』におけるリュグルソゥム一家の活動の拠点は"屋敷"へ移っていたのであった。
そんな屋敷の『会議場』に、親子と兄弟姉妹達が集う。
いずれも茶系の色彩を持つ髪――金がかっていたり栗色に近かったりと濃淡はあるが――と青い双眸を持つ者達である。
だが、最年長であるはずのルクとミシェールでさえも、肉体の年齢は17歳程度でしかない。あえて『止まり木』世界での容姿と外見をさらに老いさせる必要も無く、現世と同じ年代で"再現"されていた。
"当主"の夫妻がそうである以上、長双子たるダリドとキルメ、次双子たるアーリュスとティリーエもまた『止まり木』世界での「年齢」をそれぞれ15歳程度に留めているのである。そしてそれは実は現世における肉体年齢においても同じであり――「新生」リュグルソゥム家としての"始祖"となる父母の年齢をあえて越えぬように文字通りに己等の成長を留めている子らの心にあえて突っ込むルクとミシェールではない―― そこは一見すると、青少年が集う『会議場』であった。
「あー、うー!」
「だぁだ? まぁま?」
加えてルクとミシェールのそれぞれが"第三双子"をそれぞれ抱きかかえているのであるから、リュグルソゥム家の特殊性を知ったとしてもなお、この集まりは少々若々し過ぎると言えよう。
「――うん。やっぱり、オーマ様の"力"が流れ込んでるな、はぁ」
「喜ばしきことですね、ルク兄様……本当に、本当に、我が一族は我が君にお救いいただけた」
ため息をついて眉間にシワを寄せるルク。
その心労積み重ねた貫禄だけで言えば、なるほどもはや「17歳の若造」などとは言えない凄みが宿りつつあったが――『止まり木』世界における彼の顔に少々疲労が色濃いのは、そのせいだけではない。
現世の何十倍何百倍以上もの速度で時間を過ぎる『止まり木』においてさえ、三男と三女という新たな一員が一族に加わったばかりというのは、つまり、そういうことであった。
「当主父様、つまりこれって、晴れて僕らも"エイリアン"に仲間入りしたって……ことですかね?」
「それは言い過ぎだよ、ダリド。現世に生きる同じ『人間』達であっても、産土に影響を受けて個人差や個体差が現れるから」
「あはは、言われてみればそうですねー。私達の場合は、それがちょーっと、キツめに現れた――みたいな?」
だぁだぁと、まだ『止まり木』世界では言葉すら習得しておらぬ程度の"時間"しか過ぎていないことがわかる三男三女に、長双子と次双子の目線が注がれる。
三男には『耐寒強化:102%』とかいう『煉因強化』が。
三女には『聴覚強化:103%』とかいう『煉因強化』が。
それぞれ新たに与えられていたのであった。
「とーさ……当主様。これっていわゆる"渡りに船"というか、なんというか……ですね」
アーリュスが呟くのに合わせ、その隣でこくりと頷いたティリーエが【リュグルソゥムの仄窓】を詠唱する。気付いたキルメがすぐに補助詠唱に入り、瞬時に『会議場』の円卓の中央に、魔素の青と命素の白によって形成されたる――主オーマが『ステータスウィンドウ』と呼ぶものに近似した光の盤面――が、まるで世界に開かれたる"窓"の如く顕現した。
これは厳密にはオーマの【情報閲覧】の再現ではない。
リュグルソゥム一族が単独で発動する【仄窓】は『止まり木』の内部でしか機能せず(現世側ではオーマの【情報閲覧】と連動するが)、表示されるのもまたリュグルソゥム家の「知識」に限定されるものではあるが――あらかじめ現世側で【眷属心話】によって伝達された情報であれば、知識に加えることで、それを『止まり木』世界においてリュグルソゥム家としても単独で表示することができるのである。
まだ精神世界においても赤子でしかないルストリとミケリナの『ステータス情報』を見て、【状態】の項目に確かに『煉因強化』という新たな小項目が発生していることを確認し、ルクが目を細めた。
「それじゃあ、現世で決めた通り、ルストリは【真雪の猟兵】。ミケリナは【鎧套護衛士】かな」
一族を滅ぼされて【闇世】の迷宮領主【エイリアン使い】オーマの元に身を寄せ、その"力"の影響下に下ったリュグルソゥム家が「新生」であると自認される所以がここにある。
世界の法則に関する「知識」を知らされた彼らは、従来のリュグルソゥム家の職業であった『高等戦闘魔導師』を捨てる決断をした。
代わりに――仇敵たる『長女国』の13頭顱侯達の秘匿技術を暴くために。
彼らの勢力の、それぞれ主要な職業に、迷宮領主オーマの力を借りて就くことで、復讐に繋げることを選んだのであった。
長男ダリドは【像刻】のアイゼンヘイレ家の『彫刻操像士』に。
長女キルメは【聖戦】のラムゥダーイン家の『狂化煽術士』に。
次男アーリュスは【魔剣】家の『殲滅魔導師』に。
次女ティリーエは【四元素】家の『四元素術士』に。
三男ルストリは【冬嵐】のデューエランの『真雪の猟兵』に。
三女ミケリナは【纏衣】のグルカヴィッラ家の『鎧套護衛士』に。
それぞれ既に成っており、あるいは内定していたのである。
なお、次双子が生まれる前は一旦は後回しとされた【魔剣】家の職業については、オーマの眷属たる『エイリアン』達の進化と分岐とその対応力・柔軟性の爆発的な拡がりがリュグルソゥム家の想定を越えていたことが挙げられる。つまり、彼らは「合わせる」つもりでいて――実際は「合わせられる」側に過ぎないほどに【エイリアン使い】の力の潜在性が強大なものだと見積もり直したからである。
要するに、リュグルソゥム家の側からオーマに"気を使って"職業を選ぶ必要などない、となったということである。
そしてそれだけではなく、侯都グルトリアス=レリアへの"潜入"という一手に合わせてアーリュスとティリーエの「育成」が急がれたわけであったが、超少人数による工作がリュグルソゥム家の本領であるとはいっても、強力な個人戦力があるに越したことは無いという判断がある。
リュグルソゥム家がそれまで過去に戦ったことのあるどの「魔剣士」をも越え、実力の底を見せぬ存在であった【剣魔】デウフォンを警戒するという意味でも、その【魔剣】の秘密を暴くための職業選択がなされたということであった。
なお、このことと合わせて、当初はティリーエが『鎧套護衛士』となる予定であった。
その意図は、謎が深まるばかりであった【像刻】のアイゼンヘイレ家の秘匿技術の正体を暴くため――かつて【魔剣】家の落し子ヴィッラと【像刻】家の落し子グルカとの間で【纏衣】のグルカヴィッラ家が誕生したという過程を再現するためである。
だが、主オーマが――【精霊】に関する警戒と調査優先度を高めたことと、旧侯都であったグルトリアス=レリアへの潜入・偵察が決まったため、ここでは逆にその意図を忖度する形で、先に【四元素術士】を選ぶことを家族会議によって決めたわけであった。
そしてこれはこれで無駄とはならない。
【四元素術士】については、かつてリュグルソゥム家では「"専門化"の弊害」についてリュグルソゥム家のスタイルそのものとは相性が悪い、として後回しとされていたが――ダリドとキルメが現に【高等戦闘魔導師】ではないにも関わらず、大した遜色も無しに「である」通りに訓練も戦闘もこなし、家族間で連携できることが改めて実証されていたのである。
加えて、この"専門化"が『元素系』に適応したエイリアンとシナジーをもたらす可能性が指摘されており、当初懸念されたほどは無駄とはならない、という予想と共に再び選択肢に上がったわけである。
そして、そもそもが第三双子のルストリとミケリナを『四元素術士』と『真雪の猟兵』とする計画であった。
宿敵の中でも最も強大な存在である第1位頭顱侯サウラディ家の秘密を暴くという意味で、かつて彼らの分家から自立・独立したデューエラン家の職業とも"比較"することが構想されていたということである。
故に、その「順序」が入れ替わっただけ。
この意味において、ダリド&キルメとは異なり、次男アーリュスと三女ミケリナが、次女ティリーエと三男ルストリが、それぞれ将来的には娶されることとなるが――それこそが、新生リュグルソゥム家の『家族計画』であった。
「……ここも、賑やかになってきましたね」
ミケリナをティリーエに預けながら、ミシェールがぽつりと呟いた。
子供らを含めても一族の中で最も白い肌をした彼女であり、ルクが記憶する限りは病弱さもあったが――【エイリアン使い】の庇護と補助……いや、もはや"介護"とさえ呼べる生理機能的依存の下で、今や、6人の子を産み落とすに至っていた。
「あと2人。最後の弟と妹がやってきて、それで私達の世代は終わり。次は、あなた達ですよ」
ミシェールの優しげだが神妙な眼差しを受けながら、特にキルメやティリーエが瞳の奥に黙考の光を宿らせる。彼女達も、そして男子陣も、既に『止まり木』における長い共同"精神"生活の中で、己等の役割や一族の立ち位置やその在り方と運命について理解し、受け止めているのである。
「1世代8人。それが3世代で24人で……ギリギリ、前のリュグルソゥム家時代の『戦術魔法陣』を単独で構築できるようになる、てことでしたよね」
「今でもオーマ様の眷属達と連携すれば、だいぶ、色々とできる……ますけれどね!」
「それでも、自前で以前の実力を取り戻すことは重要だからね」
「よりオーマ様のお役に立つために、ですか?」
「それだけじゃないよ、ティリーエ。父さんと母さんの"ご家族"の無念を晴らす、その力を身につけるためにねー」
――和気の混じった調子で話ながらも、仄かな緊張もまた誰の言葉にもこもっている。
まだ生まれたばかりの第三双子を除いて、この場の6名は理解していた。
その「無念を晴らされるべき"家族"」に、いずれ現世における近い将来、ルクとミシェールが加えられる。そして時を置かずにダリドとキルメが、アーリュスとティリーエが、そしていずれはルストリとミケリナも、そしてその後も――。
一族が共有する"力"は、既に『止まり木』だけではなかったから。
【疾時ノ咒笛】という迷宮領主の権能と知識をもってしても手の出しようが無い、その意味では世界の裏側のそのまた深淵に属すると考慮されるべき強力な呪詛もまた、今や、かつてのリュグルソゥム家と"新生"したリュグルソゥム家とを隔てる新たな「絆」となっていたのであるから。
おおよそ、人の肉体の時間がきっかり「3年」にまで圧縮されたる"咒笛"。
それによって20分の1から30分の1にまで加速されたる「残り時間」までもが、主オーマの【情報閲覧】の力によって、リュグルソゥム家の一人一人について仔細に見通されているのであった。
呪詛を受ける前の時間もあるルクとミシェールについては例外ではあるものの、それぞれ、次の通り。
○ルク
・没年月日(予定):盟約暦516年10月27日(【適者の意思:3】)
・残り寿命:2年4月13日
○ミシェール
・没年月日(予定):盟約暦517年3月11日(【適者の意思:3】)
・残り寿命:2年8月27日
○ダリド&キルメ(長双子)
・生年月日:514年4月27日
・没年月日(予定):517年5月28日(【適者の意思:3】)
・残り寿命:2年11月14日
○アーリュス&ティリーエ(次双子)
・生年月日:514年5月14日
・没年月日(予定):517年5月13日(【適者の意思:0】)
・残り寿命:2年10月29日
○ルストリ&ミケリナ(第三双子)
・生年月日:514年6月12日
・没年月日(予定):517年6月11日(【適者の意思:0】)
・残り寿命:2年10月29日
「【適者の意思】を位階10まで振ることを前提にすれば……4ヶ月弱はそれぞれの寿命が伸びますね」
「3年と3月と18日。それが、私達一人一人の"時間"ということ、だね」
既にダリドが郷愁を抱いていた通り。
『止まり木』世界ではそれこそ何十、何百年もの時間を家族と色濃く過ごすリュグルソゥム一族であったが――現世において、彼らは既にそれ以上に深く太く【エイリアン使い】の眷属や他の従徒達と関わりを持ってしまっていた。
端的な話、例えばグウィースというおおらかなる『半樹人もどき』が"大人"にまで成長する姿を見ることはできない。
そのことを思い知らされるものの、しかし、動揺そのものは少ない長子の双子である。
既に、そのことへの覚悟は『止まり木』で精神を成長させていった<十数年間>でできていたから。
しかし、兄と姉の目から見て、やや気弱な嫌いが強いアーリュスが、何か手立てがあるのだろうかという念を口にする。
「【死霊術】は、ダメ、なんですよね?」
「そうだね。あれは死者を元通りに巻き戻す類の力じゃないんだ。原型の【遺念術】にしてもそうだけれど――生前の人格を保っていられるようなものじゃない」
「【魔獣】の一種と考えた方が、まだ理解しやすいですね。ルク兄様」
「……しかも、もしも失われた魂を、"精神"を、仮にもその【死霊】に宿らせることができるのだとして――」
「きっと『止まり木』には、戻って来ることはできないでしょう」
それはリュグルソゥム家にとって、肉体の死に等しいもう一つの死であると言えた。
『止まり木』から除外されることは、リュグルソゥム家の係累に取っては、己の存在の基盤・来歴を全て失い、何者でも無い者となるほどの"恐怖"を本能の内側より惹起するような、そら寒い想像であったからだ。
だが――アーリュスが食い下がるように、本命としていた"問い"を両親と兄姉に投げかける。
「だ、だったら……! オーマ様は、魔法や"超常"の力を新たに己がものと取り込む力を持っていると聞いています。もしも、あの――【転霊】というのは、"生まれ変わり"というのは……」
ル・ベリの【弔辞の魔眼】の力によって【氷凱竜】の"記憶"を覗いた竜人ソルファイドが、オーマでさえ顎に手を当てて目を細めて考え込むような「想い」を口にした。
曰く、己が遥かなる祖先である【塔焔竜】の"生まれ変わり"であるかもしれないと感じた、という。ソルファイドは"生まれ変わり"と言及するに当たり、さらにオーマを見つめてそれ以上の何かを口にしようとして、しかし首を振って口を噤んだのであったが。
【人世】における人々の信仰について、【四兄弟国】圏で圧倒的に広まっているのは『末子国』を総本山とする【聖墓教】である。だが、これは全くの新興宗教ではなく、いうなればある種の学派か改革派に近い。
特に、教義の主要な部分における『諸神』信仰については「旧教」すなわち【聖墓教】が生まれ出て分離したとされる【八柱教】とほとんど教典を共有していたのである。
そしてその中に"生まれ変わり"という教義は確かにあった。
神々の大戦の以前は【魂引く銀琴の楽女】が司り、彼の女神が【闇の神】に付き従って【闇世】へ移った後は【破邪と癒やしの乙女】がその役割を引き継いでいる――ということが【八柱教】では謳われているのである。
しかし、"生まれ変わり"という現象は神の御業の領域にあるものであった。
【癒やしの乙女】の加護を受けた『聖人』であっても、歴史上【魂】の領域にまで至った者はリュグルソゥム家の知る限りは存在していない。
「アーリュス、気持ちはわかるけれど、あれはそのような代物じゃないと考えた方がいい」
家族の数が、つまり『止まり木』を維持し拡張することのできる存在が増えたことで、新たに再アクセスすることができるようになった"知識"のうち、『神学』や『宗教学』の分野を参照しながら――白い霧の中から分厚い古書の形で具現化してぱらぱらとめくり――当主たるルクが険しい顔でアーリュスに諭して曰く。
「"記憶"は肉体に、脳に宿っている。【魂】があって【霊】があって、それが【遺念術】やら【死霊術】やらに横槍を入れられることはあっても、基本的にそいつらが流転して"生まれ変わり"という形で新しく受肉したとしても……"記憶"は引き継がれないよ、基本的には」
「"記憶"が断絶しているんだったら、それは、同じ存在なのだろうか? ってことですね、父う当主様!」
「そうだ。だから逆説的に、【転霊童子】は明らかに異常な存在なんだ。例えば――私は先代の当主様から色々な"知識"を受け継いだ。でも人の身には"知識"と"記憶"は不可分だから、記憶を受け継いでいるということに近いかもしれない。でも、」
「ルク兄様はルク兄様。シィルお父様とは別の、この世界にただ一人のルク兄様です」
「――だから"記憶"を保ったまま肉体を入れ替えるなんて芸当ができるんだとすれば、それは魔法や神威よりも性質の悪い『超常』の力だ、と思う」
無論、現実には"生まれ変わり"を示唆するような……まるで「前世の記憶」を垣間見たかのように幼子が振る舞ったり、語ったりするという現象はこの世界に存在していた。
だが、ルクがこれほどまでに【転霊童子】を警戒し、よりにもよってその「力」にある種の救いを求めようとするアーリュスを強く戒めたのには、理由があったのだ。
「アーリュス、ティリーエ。リュグルソゥム家に最大の危機があったことを、一つ、お前達は肝に銘じておかなければならないよ」
それは約70年前、ルクの祖父がまだ若くして当主となった頃のことである。
『クレイモル』という名の一族の男子が、数名の一族の者と『止まり木』で"精神融合"という前代未聞の大事件を引き起こした挙げ句に逃走。さらに数代前に起きた吸血種達による"雲上狩り"の混乱でさえも漏洩しなかった『止まり木』の秘密が、【歪夢】のマルドジェイミ家の知るところとなり――リュグルソゥム家にとって不倶戴天の大敵にして天敵たる存在にまで成長したのであった。
畢竟、クレイモルの所業が周り巡って、リュグルソゥム家がこうも容易く誅滅されてしまうという因果の巡りの一つとなっている。
このような因縁への無念と悔恨の念も込めてか、ルクとミシェールは、この『クレイモル』こそが【転霊童子】だったのではないか、と強く疑っていたのであった。
そして、もしも"そう"であるならば、東方の大国【マギ=シャハナ光砂国】から亡命してきた「旧教」の神官家系に端を発するリリエ=トール家の御曹司なんぞが、リュグルソゥム家の『詰み手』に対抗してみせたり、【騙し絵】家の技や【遺灰】家の技にまで幅広く適応し連携してみせたことが説明できるのであった。
「それにそもそも【魂】というのなら、殺された父上や叔父上達も、みんな――『止まり木』に眠っているよ。多分、下手に"生まれ変わり"なんてしたら……それでも私達は戻ってこれなくなるんじゃないか、と感じている」
物憂げに、どこか寂しそうにルクが言う。
アーリュスにその意味はわからなかったが――未だ"教育"が全て終わっているわけではなく、一族の数が少数であることもあり、兄ダリドが『継子』であるのに対して、彼はまだ何者でもなく、リュグルソゥム家の特別な"知識"にアクセスする権限を持っていない。
対して、ルクの物言いは、"当主"と"代行"(今は該当者はいない)にのみ許された知識によるものか、どこか確証めいたような言いぶりであったように子らの目に写ったのであった。
それ故に、アーリュスは少し気落ちした気持ちで、「そう、ですか」と引き下がった。
その肩にティリーエがそっと手を回すのを横目に、ルクは議題を切り替える。
ミシェールとたった二人だけの時に構想した『家族計画』の大枠が固まってきたからであった。
「肉体年齢……いや、肉体はオーマ様の代胎嚢でどうせ加速してるか。『暦年齢』で"1歳"になったら、各双子が次の双子を儲けること」
「我が君の御力との融合や連携、共鳴の状態に応じて"組み換え"と"増員"は臨機応変にしても大丈夫でしょうけれど、基本的には、その『4血流』の体制ですね」
ダリドとキルメ。
アーリュスとティリーエ。
ルストリとミケリナ。
そして、名前が既にラキットとイェサラと決まっている、ルクとミシェールが産む子供という意味では最後の双子。
"咒笛"によって縮められた寿命が約3年と少しであることを念頭とするならば、各世代が1歳となってから次の双子を儲けることで、2年後には4血流3世代24名とすることができるというわけである。
主たる迷宮領主オーマがその「勢力」を広げていく状況に応じて「血流」を増やしていくこととなるが――今後、呪詛に関する研究が大きく進展して基本的な寿命が変動でもしない限りは「子を成す」間隔そのものが変わることは無いだろう。
なお、このような非常に"単純"化された「血流」とすることを決意せしめた最後のダメ押しとなったのは『煉因強化』がリュグルソゥム家にも適用されたことが判明したことであった。
……以前のリュグルソゥム家では、血が薄れて『止まり木』からは切り離された血縁者らからなる"分家"などを利用しつつ、超近親婚によって血が濃くなりすぎるという弊害を中和するための婚姻政策は、それなりの時間を喰らう議題だったのであるが。
その超近親遺伝による弊害さえもが、代胎嚢と煉因腫を介して交わることによって「中和」されうると、理解してしまったのだ。
この意味でも彼らは既に「新生」リュグルソゥム家である。
その自己認識は着実に変容しつつあり、【報いを揺藍する異星窟】全体の視点から見れば――奇しくも、かつて小醜鬼であった者達が変容しつつあるということとの対比となっていると言えるかもしれない。
だが、それでもまだ自分達は『神の似姿』である。
そんな念を込めた眼差しで、ルクとミシェールが一人ずつ――赤子たるルストリとミケリナを含め――子らの顔を見回した。
これに対して、長子と次子の双子の兄妹達もまた、それぞれの心に去来する念を表情に出したり秘めたりしつつも、一人ずつ父母に頷いて返すのであった。
それが己等が生まれてきた意味であると知っていたから。
非業の死を遂げた父祖と、そしてこれから遂げようとしている父母と、兄弟姉妹と、そして未来にそうなるであろう子孫らへの責任として、一人一人が背負わねばならぬものの重みを噛み締めていたのである。
アーリュスとて、その意味や責任から逃れようとしたわけではない。ただ、能うるならば少しでも家族を、この宿命から生まれるであろう苦しみから遠ざける術があれば、と願ったに過ぎないのだから。
「それじゃあ『旧侯都』で仕入れてきた情報をもう一度整理するとしようか。現世ではほんの数秒から十数秒だけれど……まぁ、オーマ様が今か今かと報告を首を長くして待っているからね」





