0227 母なる船は銀雲の内に駆らるか(2)
2/6 …… 計算を大きく間違えていたので描写を修正しました。非常にお恥ずかしいです、大変申し訳有りません。誤字脱字で指摘してくださった方、ありがとうございました。
無論、このような『母船』は一朝一夕に『建造』が可能な代物でもない。
どれぐらいの費用がかかるかをちょっと計算してみよう。
要素を単純化するために、『建造』に当たっては1立方メートルの『エイリアン建材ブロック』を活用すると考えるとすると……骨組みとしては、最低でも触肢茸・骨刃茸・鞭網茸・維管茸らを複数組み合わせる必要があるだろう。
強度の問題もあるため、最適な"比率"はまだこれからの検討事項であるが――この『ブロック』1組あたりの維持魔素・維持命素について500、いや、1,000ずつと仮置きしてみよう。
いかに次元拡張茸の力を借りて"省スペース"化と"省コスト"化を両立させ、第一型はそこそこの大きさで建造するとしても――例えば元の世界の『戦艦』程度の大きさを想定してみよう。無論『戦艦』型にするとも決めてはいないが、参考値として。
艦船部分が全長約250メートル、幅約40メートル、高さ約25メートル。
艦橋部分については長さ約50メートル、幅約30メートル、高さ約25メートル程度のものが艦船部分に乗っている、2つの巨大な積み木である。
この場合、艦船部分で約25万立方メートル(㎥)、艦橋部分で約3.75万立方メートル(㎥)。合計すれば体積は約29万立方メートル(㎥)。
――ただし、これはみっちりと中身まで隙間なく詰まっている場合である。
"厚さ"を2メートル、艦船部分をざっくり3層構造、艦橋部分をざっくり5層構造とでもした場合は、もろもろの表面積計算をすっ飛ばすと……最終的な『ブロック』の必要数は、艦船部分で約11.3万立方メートル(㎥)、艦橋部分で約2.6万立方メートル(㎥)。
要するに、1つあたり1,000の魔素と命素を消費する『ブロック』が約14万個とほぼ半減する。厳密にはここに【遷亜】や煉因強化やその他の削減効果などがかかってくるだろうが――それらを考慮しないとしても、1日あたり1億4千万単位の魔素と命素が必要となる計算である。
現在の凝素茸が1基あたり魔素か命素を315単位ずつ、計550基によって157,500単位を1日あたり吐き出していることを考えると、魔素特化のものと命素特化のものをそれぞれ約44万基程度。
現在の約800倍程度にまで『結晶畑』を増加させなければならない。
今の迷宮からすれば、これは莫大な数である。
だが、俺は既に『次元結晶畑』の構築命令を出している。今後、技士蟲イェーデンの力によって凝素茸自体が強化されていくことや、その他の収入手段によって底上げがなされていくことも考えれば、魔素と命素の資源効率が更に加速していくという意味では――十分に実現可能な範疇にあると思われた。
無論、この中にさらに実際の戦力となるエイリアン=ビースト系統を中心とした部隊や、設備や施設の役割を果たすエイリアン=ファンガル系統達を搭載することを考えれば、1日あたりの維持魔素はもう2倍か3倍になるかもしれないが――換言すれば「800倍」が「1,600倍から3,200倍」になる、ということ。
だが、それでも流石に"年単位"の時間を必要とする、とまでは言えないだろう。
工夫次第だが。
俺にとってはそれぐらいの時間感覚であった。
「それで、主殿。肝心の"血液"の問題は、どう解決するというのだ? まさか主殿自らが吸血種になるなどということはあるまい?」
ソルファイドの思いつきにぎょっと三白眼を見開くユーリルであったが、俺は笑ってそのアイディアを否定する。
確かに「選択肢の一つ」としてそれも検討には入れていた。ユーリルが階級で言えば最下位たる仕属種――侍属種が人間を孕ませたか、または侍属種同士が交わることで誕生する存在――でさえ、人間の"血"を驚異的な勢いで『生命紅』に変換してしまう力を持っている。
だが、それがまさに生命紅であって血液そのものではない――ということが、迷宮領主的にどう解釈されるかがわからない。また、そもそも迷宮領主が吸血種になるということの影響についても、予想が立てられないでいた。
「少なくとも【闇世】に吸血種である迷宮領主がいる……とは【闇世】Wikiからは読み取れなかったからな」
加えて吸血種は、ユーリルから従徒献上された知識によるところ――魔人すなわち『ルフェアの血裔』によって使い捨てにされた、として、『長女国』の魔法使い達の次に忌み嫌っているという。
訓練に明け暮れた幼少期を送ってきたことと、すぐに『大命』を与えられて長らく『長女国』や『末子国』で活動をしてきた仕属種であるため、ユーリル自身は【闇世】にも"裂け目"にも関わることがなく、精鋭たる【血の影法師】として訓練されつつもそうした「基礎的な座学」以上の知識は持っていないようであったが。
『生命紅』それ自体は確かに【エイリアン使い】と相性が良かったが――それはエイリアン「から」生命紅に対する相性の良さであり、例えば、紡腑茸が生み出す「血液」は生命紅による"同化"対象となることができないことが既に判明している。
また、そもそも通常の"人間"であっても、その変異体である『侍属種』となるためには最低でも『貴属種』によって全身に生命紅を注ぎ込まれる必要がある……ということを鑑みれば、そう簡単にこちらの都合だけで成ることができるというものでもないだろう。
「だとすると……【異形】ですかね? 新しい『心臓』だとかを手に入れたら、その分だけ、オーマ様の"造血"能力が増えると思いますけど」
「"造血"作用があるのは『心臓』じゃなくて『骨髄』だよ! アーリュス、『医学』の勉強サボってたねー?」
「ご、ごめんなさいねーさん」
どうやら『止まり木』では相互に教師役となって各学問を切磋琢磨しあっているのがリュグルソゥム家であるようだが、"長子"キルメが述べた通り、そういう【異形】は有る。
『骨髄』が増えれば良いわけで、背骨か胸骨あたりを増大させたり強化させたり、あるいはもっと直接的に【異形:溢血気】という直球のものもあることがル・ベリの【鋳蛹身】ガチャを通して既にわかっていたが――残念ながら、この俺はそれができない。
もちろん、ある程度俺自身の"認識"で指向付けて狙って取ることはできるのだが――【溢血気】を取得するのはあくまでも次善策のつもりであった。
「それだと根本解決にはならない。『母船』を動かすためには、俺自身が常時、"裂け目"に張り付いていないといけなくなる」
「あくまでも拠点と割り切るというのも……御方様が離れている間に無防備になるというのもまずいでしょうな」
「そうなると、微臓小蟲を『骨髄』に化けさせてオーマ様に寄生させるというのも同じ理由で微妙ですね――紡腑茸で作った"血"を輸血して、それをオーマ様がご自身の『一部』だと認識するまで馴染ませる……てのも考えましたけれど」
「オーマ様! もーう、そろそろ聞かせてください、"腹案"って奴を!」
流石のリュグルソゥム家であっても、今与えられている情報からでは、思いつくことができなかったか。
然もありなん。
彼らは見かけ上は瞬時に最適解に至っているように見えるが――その実質は、現実の時間を越えた長時間の議論を可能とする共有の精神世界『止まり木』で時間をかけてアイディア出しとそのブラッシュアップをしているに過ぎない。
これはいわば思考における指向性のようなものであり、あるいは俺の迷宮領主または魔人として有している知識のその前提的な思考の有無である。"思いつかない"ことにまで長時間の精神世界内議論の時間をかけてしまうことが、ある面では彼らの「弱点」となりかねない危険性ともなりえることを俺は意識しつつあったが、今は"腹案"に話を戻そう。
結論から言えば――微臓小蟲を活用する、というのが最も正解に近い線であった。
ちなみに、この一連の問答をしながら【領域転移】を発動させていた俺は、そのまま一同を――。
『小醜鬼工場』にまで、連れてきていたのであった。
元『獣調教師』であり『奴隷監督』でもあったル・ベリによる徹底した"調教"の下で、かつて『最果ての島』で最も繁栄した半知性種族であった小醜鬼達は、すっかりとその知性を失うに至っていた。
それは、彼らを半ば意図的に知性化させていた多頭竜蛇ブァランフォティマが【竜言術】によって引き起こしていた"海憑き"現象が途絶えて久しいことも原因であったが――それでも『生産』から『労働』と『処分』と『選別』という一連の過程を織りなす「単純労働」の役割分担と組み合わせが既に確立しており、初期のようにル・ベリが『工場』で絶えず"鞭"を振るう必要は既に無い。
食料の大増産もそうだが、紡腑茸や微臓小蟲達の活用により、身体欠損的な意味での畸形の再活用率が大幅に改善。
そこに加えて、ル・ベリの【魔眼】が進化したことによって"死の経験"を与えるための能率もまた大幅にアップしており、形成不全の発生率が減少していたのである。
くさいくさい! と何故かぷりぷり怒りながらグウィースが小人の樹精達を指揮して植えまくったらしい、芳香を放つ植物が十数種類も、緑化事業の如く『工場』内に敷き詰められて覆っていたが――まるでガラスの目玉を埋め込まれた動物型機械人形のような無個性的かつ機械的ささえ感じさせる揃った動きでキビキビと移動していく様子を眺める。
「いやに真剣に見ているな、主殿。そして……ル・ベリよ、お前もか? どうした、あれほど"劣等生物"どもと唾棄していたくせに」
従徒達の中ではル・ベリの次に古参であるソルファイドが、やはりと言うべきか、気付いたようであった。
そう。俺はル・ベリから小醜鬼達について「とある報告」を受けており、その有様を実際に俺自身の目でも見てみたわけだが――。
「ソルファイドから見ても"そう"だと見えているなら、やっぱり、これは偶然じゃないだろうな? ル・ベリよ」
「ふう、むう……」
元"人間"であり現"魔人"だる俺は元より。
自身の経験も含めて――それが亡き母が彼を護るための手段であったとはいえ、元「半ゴブリン」に身をやつしていた――ル・ベリは小醜鬼という存在に強烈なまでの種族的憎悪心を抱いていた。それこそちょっとした『称号』にさえなるほどのものであったのが、ソルファイドの心眼から見て、その"憎悪"が減じているのだという。
無論、小醜鬼という存在が今や、この俺の迷宮における単なる資源の1つであるという位置づけは変わらない。
しかし、たとえば粗相を犯した個体に対する処罰の苛烈さであるだとか、【弔辞の魔眼】を使って"死の記憶"を与える際の、まるで宿命の「仇」を討つ際に似たカタルシスのようなものが薄れている。
それがル・ベリから内々に上がってきた報告であった。そして彼ほどではないにしても、俺も同じような、この「小醜鬼」という種族――魔人を穢すために誕生した存在――への興味の"変化"を自覚していたのである。
だが、これは俺やル・ベリが変化した、ということではない。
「ソルファイド、覚えているか? 小醜鬼どもは――あんな姿だったか?」
ソルファイドが眼帯越しであるが、眉間を寄せたような凝視を、妊娠した雌個体を運んでいく数体の「小醜鬼」達にじっと向けたのがわかった。
一時期とはいえ、彼もまた『竜神の使徒様』として一部の氏族と行動を共にしていたのである。そんな竜人の眼力をもってしてか、あるいは視覚ではなくより超自然的な感覚においても何らかを察知したか。
「小醜鬼……ではない、というのか? いや、だが、あれらは――」
「そうだな、そうだよな。お前までそう"認識"したら――もう決まりかもなぁ」
全体的な"比率"や、大まかな身体シルエット自体が大きく変わるものではない。
だが、例えばその筋肉の密度であるだとか(元々『因子:強筋』は小醜鬼から採れたのだ)。あるいはその肌の浅黒さの度合いだとか、そうしたものが――微妙に変化していた。
小醜鬼が、"劣等生物"であるとはいえ、集団で狩りを行い言語によるコミュニケーションもする程度の「知性」があった存在であるとしよう。他者を罵倒して虐げ、常に己の功績や強大さを示威して威嚇しあいマウントを取り合う中でその「社会」のバランスが保たれていたのだとすれば……その精神性の"変化"が身体構造にまで影響を与えたか。
迷宮経済自体が大幅に強化されゆく現在の【異星窟】においては、もはや『小醜鬼』達には、労働力としてのささやかな価値すらも無い。それでも彼らを一定数飼い慣らしているのは、何もバイオトロフィーとして絶滅危惧種の保護活動を行っているというのでも何でもなく「人間」に近い存在でありながら活用するのに心を痛めないで済む、この俺の迷宮領主としての「倫理問題」をギリギリ回避できるための都合の良い資源としているため。
特に、俺の迷宮に入り込んだ"異物"として、特に幼蟲達に食い殺させて『経験点』というのがその存在意義である。
だが、"精神性"に加えて、彼らの生殺与奪を握り活用する者(つまり俺達)の"認識"すら、このように変化したとなれば、どうであろうか。
「……オーマ様。まさか、アレは――もはや、」
「小醜鬼と呼ばれた種族とは別物に変貌している、ということでしょうか?」
従徒達の目を細めたり、息を呑んだり、それぞれなりの考え込む仕草を横目にしながら俺はぽつりと漏らすように答える。
「まだだ……今は、まだだ、な。だが、もう遠くは無い」
言うなれば"過渡期"にあるのだ。
「それを僕達に聞かせること自体が――促進でもある」
「それが"認識"の作用、ということでしたっけ……うわぁ、うわぁ」
元来、小醜鬼とは【闇世】では『大陸』ではとうに絶滅させられた歴史上の存在であったはずなのである。そして当然ながら【人世】に、小醜鬼に相当する存在はいない。
正真正銘、現存する小醜鬼とは『最果ての島』にいた11氏族と、その生き残り達であったわけだが――彼らの"精神性"も、そしてその管理者にして絶対者たるこの俺の"認識"も。
そして何より、代胎嚢によってすでに何世代も何世代も「世代交代」させられて11氏族時代の文化も歴史も伝承も途絶えた「彼ら」自身の"自己認識"は、一体全体、どうなっているのであろう。
――「この生物達」は今、己を"何"であると規定しているのであろうか。
まだ、この俺自身の「世界認識の最適化」が"種族定義"について発生しては、いない。だが……状況を見るに、それはもはや時間の問題である。それは、もはや彼らを"小醜鬼"として憎悪しえないこの俺とル・ベリの心境の変化が第三者の目から見ても明らかであることからも明白なものであった。
「いずれ"こいつら"は自意識を無くす、と俺は見ている」
「となると、オーマ様の"認識"仮説からすると――我々がどう思うかが、あれらの在り方を変容させてしまうことになりますね」
「ふむ……不思議だが、感慨深いものがあるか。あの劣等生物どもを"憎悪"できなくなったことが少しだけ残念だが、御方様の役に立つ存在に『練り』直せたのだとすれば、それは俺には大きな喜びよ」
あるいは最も大きな"影響"を行使したのがル・ベリであるか。
ならば、この"小醜鬼"かもしれない「生物」達は――この俺に、それも迷宮領主【エイリアン使い】としての「この俺」に『役立つ』ための存在に、今後、変異することとなる可能性が非常に高いのである。
「え……まさか、オーマ様の"腹案"って……!?」
「落ち着け、ティリーエ。まだ、そうなるとは限らない」
適切な「材料」さえ与えられれば、リュグルソゥム家が"答え"に辿り着くのはすぐである。
何故なら俺も同じ可能性をとうに考えたからだ。
――例えばこの「まだ小醜鬼である生物」達が、この俺の迷宮領主としての「本体」と言い張れるような存在に変貌する可能性がある、だとか。
「で、でも……にーさんとねーさんが言う通りなら、僕達も含めて、みんなに『そう』思わせようとしてはいるんですよね……!? 『そう』なるように……」
「まぁな、その通りさ、アーリュス。だが、今すぐ『そう』なるわけじゃない。そしていつ『そう』なるか待っているよりは――今すぐできる"活用法"もあるぞ?」
ル・ベリに目配せするや、"純"なる魔人たる己を既に十全以上に自得できているこの忠実なる青年が【異形】の鞭で床をタンタタンと叩く。
ただそれだけで、眼前で小醜鬼ではなくなろうとしている者達が反応し……数体が俺達の前に出て傅いた。
その間、俺は【領域転移】で母胎蟲の"名付き"である『豊穣の母』イーシスを呼び出す。
とにかく「数」を重視して多数のエイリアン=パラサイト系統を単独で維持できるように特化させたイーシスであるが、その数十もの"孔"から。
ずりゅりと這いずり出てきたのは、一見すると赤黒く血濡れたぶつぶつした組織。それは、生物の背骨を引きずり出してその中身を割って出てきたものをすり潰した肉と骨の「おろし」のようなわしゃっとした塊――つまり『骨髄』――に全身を変化させた微臓小蟲達であった。
「あぁー……うん、いい線はいってたわけでしたか。いやぁ、嬉しいなーははは」
「とーさん、棒読み過ぎ……」
「ねぇねぇダリド。これって、つまり『ゴブ皮』じゃなくなるってことだよね?」
「そうだなぁ、『人皮』に近づくなら『魔法陣』としては、もっと使いやすくはなりはするのかな? 100工程は流石に仕込みが疲れるってば……」
リュグルソゥム家の嗣子達のひそひそ声を尻目に、ル・ベリが小醜鬼達をまとめて【異形】の触手で引き倒して押さえつける。そして慣れた動作で刃物を取り出してその背中の中心部を次々に切開し、俺自身の『骨髄』の塊に扮した――臓器としての生理機能もきっちり模倣している――手のひらサイズの微臓小蟲達を別の触手でイーシスから受け取りながら、露わになった小醜鬼達の"脊髄"の中に放り込んでいった。
……脊髄である。つまり神経の塊である。
常人であれば、その食い破られて潜り込まれる感覚そのものが壮絶なまでの激痛となろうものだが――「なり損なっていないなり損ない」としか呼べないその生物どもは苦悶に歪むこともなく、表情筋をぴくりと動かすこともなく、見開いたままの剥製のような無感動な眼差しのまま、微臓小蟲達を受け入れていったのであった。
「この俺の『骨髄』を移植された小醜鬼……もどきの体内から、新たに生み出される『血液』は、果たして誰の血液になるんだろうな?」
「まぁ、拒絶反応で駄目になる可能性もありますがな。ですが……」
「どうした?」
「どうしてこんなにも感慨深いのか、気づきました、御方様」
「言ってみろ」
「我が母リーデロットが、この私めに成してくれたのと同じこと、ですからな」
――かつて小醜鬼の生殖力と『人間種』を襲う性質を利用し、"移植"技術を用いて、リーデロットはル・ベリを純粋なる魔人として生み出すことができたのだ。
「それを思えば、きっと成功するのではないか、と楽観的な心地でおりますよ」
仮に失敗しても、次に繋がっていくという意味では大いに検証する価値がある。
何より、ここまでしておけば――後最後の一押しは、副脳蟲どもに頼めば良い。
この小醜鬼から変化しつつある存在を、いわば「臓器タンク」とするのである。
ちょうど【騙し絵】家が【人攫い教団】の信徒達にやったことと同じ。その意味では紡腑茸と深く組み合わせることも可能であると考えれば……生存性を高めること自体はそれほど難しくはない、というのが俺の想定である。
そして――。
「いつまでもナリッソ殿に頼るのも、申し訳ないからなぁ」
「そういうことかよ……ありがとう、オーマさん」
「まぁ、ル・ベリの言う通りまだ成功するかはわからないけどな。でも、紡腑茸が駄目だったことと比べれば、まだ目も芽もあると思いたいところだよ」
紡腑茸から直接生み出した【血】が駄目でも、小醜鬼もどき経由で生み出した「人間の骨髄由来の人間の血」であれば、吸血種はそれを『生命紅』として取り込むことができるのではないか。
小醜鬼が――人間を穢すために人間から創られた可能性が高いこの存在が――さらに"変質"することの意味が、果たして人間からさらに遠ざかるのか、それとも再びまたそれに戻るように近づくのか、どちらになるのか、それとも斜めに向かうのかはまだわからない。
だが、だからこそ、従徒達を連れて『工場』にこうしてやってきたわけである。
この俺の迷宮の従徒たる彼らの"認識"をも巻き込んで、指向付けて変化の方向性を加速させるために。
≪きゅぴぃ。しゅびびっと良くいけば、造物主様の"血液"さんを小醜鬼さん達から『全自動まる絞り機』さんを作れば良いってこときゅぴねぇ! きゅほほほほ、腕がなりますわきゅぴぃ!≫
≪う、ウーヌスお姫、お願いだから……その"ふりふり"を振り回さないでね……! あぶなぁい! ぎゅぎゃー≫
≪アイン死ス~?≫
≪あはは、まぁそれなら創造主様の遠出問題さんも『母船』さんと両立できるようになるもんねぇ!≫
それこそが、『母船』の心臓部の大まかな設計である。
これに加えて、さらに船体そのものを【領域定義】したまま"維持"するべく「相対位置」を固定するために次元歪曲茸を活用するつもりであるが――『全自動まる絞り機』と合わせて、この2つが主な周辺機能となるだろう。
≪わかったぁ! 僕達がX機掌位するための観覧車さんも、そこに加わるってことだね!≫
≪次の幼蟲ちゃんどおぞぉ!≫
≪ぷるるしゃーぷるきゅぴぴぴぃ!≫
流石にそこまでゴテゴテさせてしまうと、普段の【人世】と【闇世】の行き来に影響を与えるかもしれないが、何、その場合はイセンネッシャ姉弟を【闇世】に拉致した際の手管を用いれば良い。
触れさえすれば良いのであるから、【騙し絵】式【空間】魔法で"裂け目"を急膨張的に「変形」させれば――世界移動のための"裂け目"の「本来機能」の活用も問題なく継続利用できるだろう。
いや、それさえもこの『心臓部』の機能として設計してしまえば良いだろう。
次元拡張茸が生み出すことのできる『次元部屋』を活用すれば、難しいことではないだろう。
ただ、流石にグウィースの『樹冠大農園』ごとは厳しいかもしれない。将来的にさらに迷宮経済が、それこそ桁を1つも2つも3つも増やすほどに発展させていくことができれば――いずれこの『母船』は『最果ての島』サイズとなるだろうが。
その意味では、当面は『最果ての島』は生態系を維持する森としては引き続き拠点とするべきではあるかもしれない。
「だが、それは『地上部』だけだ。地下部は――全部くり抜くぞ、今のうちからな」
「一応聞きますけど、その弩級の『土木作業』を急がせるのは……何を企んでいらっしゃいます?」
「何。ちょっとした『タコ壺』を作ってやろうと思ってな?」
入り込んだらもはや出ることができない、一方通行の"罠"とでも呼ぶべきか。
ちょっとした皮肉気味に言ったつもりだったが……存外、ストレートに俺が戦意を滾らせていることに気づいたのはソルファイドであった。
「多頭竜蛇、だな。確かにあれの構造は『タコ』に近いと言えば近いな――そうか、主殿はあれを完全に捕らえるつもり、なのだな」
下位の存在であり、自称するには"混じり"ものであるとはいえ【竜】たる種を侮ることは迷宮領主としては避けるべきである。
そして立場と取引の結果、確実に討伐して俺の実力を示さなければならない障害にして試金石でもあるが、だが、同時に俺にとっては"探しもの"である少女の行方を知る重要な手がかりたる存在でもある。
――故に、一工夫も二工夫もしなければならないところである。
だから今このように動いている。
この順番で動くという大方針を立てている。
全ては繋がっているが、後はどこまで読み切り、そしてどうせまた今後次々に現れてくるであろう、様々な思惑を持った者達の介入を『称号』の"先読み"などにも頼りつつ、アドリブを交えて対応していくか――である。





