0222 氷室より暴かるるは血潮の昂(たか)ぶり
1/23 …… 表記ミス(計算ミス)を直しました
現在、俺の迷宮の収支は次の通りとなっていた。
※※※迷宮経済※※※
・収入の頁
・総魔素収入 …… 約 89,300単位
・総命素収入 …… 約128,200単位
(詳細)
・魔素収入(迷宮核分)…… 約 4,500単位 ← by グウィース
・魔素収入(領域定義)…… 約 11,000単位 ← by グウィース
・魔素収集倍化 …… 効果:5%UP(+775単位)
・魔石収入(凝素茸分)…… 約 69,300単位
・地上生産(魔素換算)…… 約 3,800単位 ← by グウィース
<魔素収集担当:220基>
・命素収入(迷宮核分)…… 約 4,200単位 ← by グウィース
・命素収入(領域定義)…… 約 13,500単位 ← by グウィース
・命素収集倍化 …… 効果:5%UP(+885単位)
・命石収入(凝素茸分)…… 約104,000単位
・地上生産(命素換算)…… 約 5,700単位 ← by グウィース
<命素収集担当:330基>
・支出の頁
・総維持魔素 …… 約 83,000単位
・総維持命素 …… 約118,900単位
(一部詳細)
・亜種化煉因化コスト(魔素)…… 約 10,800単位
・亜種化煉因化コスト(命素)…… 約 14,600単位
・眷属維持コスト削減(魔素)…… 効果:3割カット(約-46,400単位)
・眷属維持コスト削減(命素)…… 効果:3割カット(約-63,000単位)
・凝素茸のコスト削減 …… 効果:32単位/基ずつカット
(魔素・命素共に-17,600単位)
・冷凍睡眠節約分(魔素)…… 約 7,700単位
・冷凍睡眠節約分(命素)…… 約 10,500単位
・収支の頁
・総魔素収支 …… 約 6,300単位
・総命素収支 …… 約 9,300単位
※※※エイリアン個体数※※※
計 3,688体(基)
(以下、名付きや遷亜・煉因強化個体についての個別表記は省略)
<エイリアン=オリジン>
幼蟲 …… 300体
<エイリアン=ブレイン>
副脳蟲 …… 24体
お姫蟲、司祭蟲、賢者蟲、技士蟲、楽師蟲、道化蟲 …… 各1体
<エイリアン=ファンガル>
労役蟲 …… 500体
揺卵嚢、代胎嚢、臓漿嚢、次元拡張茸、鶴翼茸、這脚茸 …… 各50基
加冠嚢、煉因腫 …… 各30基
粘壌嚢 …… 各10基
流壌嚢、垂酩嚢、黒瞳茸 …… 各5基
瘴塵茸、紡腑茸、骨刃茸 …… 25基
浸潤嚢 …… 3基
凝素茸 …… 550基
属性砲撃茸 …… 65基
属性導弾茸、次元歪曲茸 …… 各1基
属性障壁茸 …… 45基
触肢茸 …… 100基
鞭網茸、維管茸、揚翼茸 …… 15基
繊殻茸 …… 3基
超覚腫 …… 40基
<エイリアン=ビースト>
走狗蟲 …… 350体
戦線獣 …… 50体
螺旋獣、炎舞蛍、縄首蛇、風斬燕 …… 各15体
災厄獣 …… 2体
城壁獣、地泳蚯蚓 …… 各45体
投槍獣、剣歯鯆 …… 各20体
疾駆獣 …… 25体
噴酸蛆 …… 80体
塵喰蛆 …… 8体
縛痺蛆 …… 5体
檻獄蛛 …… 1体
爆酸蝸 …… 35体
灼身蛍、狂踊蛇、流没蚯蚓、礫棘蚯蚓、榴骨翟、槍牙鯨、凍筒鮙、波嵐鮫、羽衣八肢、幽灯魷 …… 各1体
隠身蛇 …… 60体
切裂蛇 …… 10体
遊拐小鳥 …… 55体
一ツ目雀、撥水鮙、毒幕魷 …… 各30体
三ツ首雀、八肢鮫 …… 各5体
突牙小魚 …… 80体
<エイリアン=パラサイト>
母胎蟲 …… 50体
寄生小蟲 …… 250体
共覚小蟲 …… 35体
幻肢小蟲 …… 20体
操繰小蟲、微臓小蟲 …… 各15体
微脳小蟲 …… 7体
融化幼蟲 …… 100体
***
第一に、グウィースが構築した【人世】と【闇世】の"間の子"とでも呼ぶべき『森域』が結ばれて生態系が多様性を帯びて豊かになったことにより、【領域】自体からの収入が増えている。ここには地上で生産した豊穣の作物・果実の各種と、それらを潰して『地下牧樹園』に搬入して生み出す野生生物達の肉を魔素・命素に換算した分も含まれる。
そして、このいわば【領域】の"豊穣化"によって凝素茸達の魔素・命素の収集効率自体が倍々化していたことが非常に大きい。
具体的には、系統技能だけでなく『因子:魔素適応』と『因子:命素適応』で今まで以上に魔素と命素に特化させた各凝素茸において――1基あたりの魔石・命石の密度が増したのである。
その魔素・命素への換算レートは約10.5単位にまで伸びており、要するに1基あたりの供給量が1.5倍の315単位にまで伸びていたのであった。
≪きゅほほほほ、凝素茸ちゃん達は、まだあと2回のバージョンアッぷるさんを残しているのだきゅぴぃ!≫
≪流石に『結晶畑』さんが手狭で【巨大化】ができなかったからね!≫
俺の迷宮がある洞窟の拡張自体は、地泳蚯蚓を先行させてから鉱夫労役蟲達によって『掘削班』の力で今も拡げられている。
しかし、まさかリッケルのように「地下坑道」自体を海底をもぶち抜いて"超大陸"に接続させるというのは、流石に年単位の時間がかかろうというものであり――俺は既に迷宮自体を「別の形」で移動させることを視野に戦略を組んでいる。
その意味では「掘削」の目的はスペース確保ではない。
だが、凝素茸達の場所問題に関しては、既に解決の目処が立っているのである。
すなわち次元拡張茸達による「次元小部屋」の創成である。
これから【闇世】で俺が行っていく大工事のためには、『研究室』や『大産卵室』といった他の重要な施設含めて、一旦この「次元小部屋」に放り込んでいかなければならないが、その"引っ越し"作業において先行するよう指示を下したのが『結晶畑』の移設。名付けるならば『次元結晶畑』とでも呼ぶべき施設の構築であった。
これにより、凝素茸の大きさをもはやほとんど気にすることなく敷き詰め、量産していくことができるようになり――ファンガル系統の共通技能である【巨大化】なども遠慮なく取得していくことができる、というわけである。
――それだけ、俺がこれから必要とする魔素と命素は膨大である。
既に第一陣として100基あまりの凝素茸達が新たにエイリアン=スポアからの羽化待ちとなっているのだが……計算上は、凝素茸をたかが数倍に増やした程度では、まだ足りないのである。
なお、お姫蟲ウーヌスの最初の仕事もこの"お引越し"の補助となった。
【巨大化】を含めた資源生産効率上昇のための技能を網羅させるためには、凝素茸自身も十分な経験点を取得していなければならないが、当然、凝素茸としては日々ゆっくりと"経験"を積み重ねることしかできない。
そのため、お姫蟲を投入して既存の凝素茸達を幼蟲にまで退化させてから適当な小醜鬼や野生生物の形成不全を貪らせ、【天恵】を取得させてから再び凝素茸に胞化させるという作業を開始させているのである。
無論、並行して【天恵】取得済み幼蟲達や、労役蟲のうち十分に働いてきて経験を積んだ個体もまた新たな凝素茸へと次々に化さしめていく。
現在、技士蟲として煉因強化の管理に忙しいイェーデンと、エイリアン=ネットワークの縦横の管制役となった楽師蟲のアインスを除けば、司祭蟲ウーノ、賢者蟲アン、道化蟲モノとその部下きゅぴ達が「進化」加速作業の中心とはなっているが、それでも彼らだけで約800%の進化加速が可能である。
これは戦線獣であれば約2時間半で1体、凝素茸ならば約4時間半で1基というペースとなっている。
そして、そこから生み出された魔素と命素を元手に――ファンガル系統を中心に増産していく段取りであった。
――多頭竜蛇ブァランフォティマを狩るための準備を兼ねて。
以上が収支の向上と迷宮経済の大幅拡張に関する第二の要因である。
なお、俺自身の迷宮領主技能として【収集倍化】というものもあったが――これの効果がかかるのは迷宮核による変換分と、【領域】からの収入分のみであり、凝素茸による魔石・命石の産出には影響を与えないのである。
すなわち、それぞれ位階1まで進めた【収集倍化】については、今後MAXまで増やしたとしても、8000単位程度までは増やすことができる。そこにさらに長い目で見て、爵位が上がり、領域が拡がってそこにグウィースの【生きている樹海】の構築じみた多様化の効果が乗れば、そこそこの収入とはなるだろうが……ならば凝素茸を20~30基も新しく生み出せばペイできる程度の収入増でしかない。
そのため、迷宮領主自身が「迷宮経済」の中心となるような迷宮法則でなければ活用が難しい、俺にとっての"罠"技能だったという印象が拭えない。技能点MAXにすれば何か追加の権能が与えられる可能性はあるが……それを確かめるために技能点をさらに18点も費やす優先度は、今は無いと言えるだろう。
亜種化・煉因化させたエイリアン個体の増加による維持魔素・命素が増大しているという事情はあったが――それを打ち消すような新たな消費削減の"術"を開発できていたからだ。
グウィース謹製の『樹冠大農場』から徒歩数分ほどの位置に、地下洞窟に通じる"入り口"があるが――そこに広がるのは、戦線獣や亥象といった大型生物すらも数体まとめて飲み込むことのできる『貨物用臓漿エレベーター』である。
その生体に対する高速移動機能を利用して次々に『大農場』で生産された果実を取り込み、直下に広がる『搬入区画』へ。そしてそこから『地下牧樹園』や、『研究室』や、『大産卵室』や、『小醜鬼工場』といった各種施設に仕分けられており、一部直接臓漿高速で運ばれていくものもあれば、その上を疾駆する『運搬班』の荷車労役蟲などによって迷宮内に運ばれていく。
なお、生産される資源が多角化しつつある現在、この『搬入区画』の存在が俺の迷宮のいわば"心臓部"に変化しつつあると言えるだろう。
それは労役蟲達用の労働のための通路や、迷宮防衛を担う走狗蟲達のための通路などとは別に、迷宮経済全体を支える巨大な循環系のようなものであり、『大産卵室』や『結晶畑』の役割の重要性は変わらないものの――ここが途絶えれば全体が停止するという意味で重要性を増している、ということだ。
次元拡張茸というゲームチェンジャーを加えて、迷宮全体としてはこのことも加味した「大改装」が行われている最中にあるとも言える。
そしてそんな"搬入先"の新たな一箇所として、他の『区画』とは離した一画――特にソルファイドが生み出した"風呂"やら"高炉"やらとは真反対側――に、新たなる施設である『大氷室』はあった。
【人世】での活動で獲得した多数の生体資源は元より。
迷宮経済への本格的な「タンパク質」の導入――命素を補う的な意味で――によって生産した「肉類」や、グウィースの『大農場』から運び込まれた果実その他を"保管"するための領域である。
氷属性砲撃茸数基と担当の一ツ目雀らによって温度が氷点下近くにまで保たれた空間は、ひんやりと霜に包まれているが、その床も壁も天井も『因子:氷属性』と『因子:酒精』で【遷亜】したる『氷室臓漿』によって覆われているのである。
収穫した生体素材であれば、この不凍液的な半固体性質を帯びた『氷室臓漿』に"漬けて"置くだけで、いわば生体冷凍庫兼除菌装置として、臓漿が汚れや雑菌を喰らいつつ長期保管をすることができる。
ここには、元々小規模な『氷室』を形成していた数基の冷凍代胎嚢達があったが――彼らはいずれもお姫蟲ウーヌスによって通常の代胎嚢に戻され、『地下牧樹園』へ転勤することとなっていた。
より安価な代替能力を持つ亜種として、『氷』『拡腔』『共生』で【遷亜】させた『冷凍触肢茸』を新たに導入したのである。
ポイントは、鮮度を保持しなければならない"収穫物"の衛生を保つ『酒精』の効果は『氷室臓漿』に任せることで、こちらはその分を逆に『共生』因子に差し替えて冷凍環境下における生体に対する「保存」効果を高めたことである。
この冷凍触肢茸達はさらに技能【巨大化】と【内臓流動】によって生体寝袋性を高めており――"隙間"に氷室臓漿を詰めることが可能。
言ってしまえば「生きた冷凍睡眠」装置と化し、取り込んだ他のエイリアン個体達を「冬眠」させることができるようになり、エイリアン達の代謝を大幅に落とすことで、維持魔素と維持命素の消費を大幅に削減効果することができるようになったのであった。
なお、これはまだ稼働開始段階であり、実験段階である。
迷宮を大幅に改装している現在にあって、多くの「働ける」エイリアンはビースト系統であっても働かせている現状においては、これを大々的に活用するのはまだこれからであるが――コストの大きなビースト系統の純戦闘班を大量に冷凍睡眠してプールしておき、戦時に応じて"解凍"してから運用することを想定している。
例えば噴酸蛆や炎舞蛍といった、内政では運搬役としてすらも活用する機会が少ない系統であろうか。
冷凍役を代胎嚢から触肢茸に切り替えたことの意味はここでも発揮されており、要するに大きな個体であれば複数基の触肢茸で囲んでしまうということもできるのである。
そうして非戦時は消費を抑えつつ、消耗が前提となるような大規模な戦いの時は一挙に投入するということである。
「ですが、旦那様。それではその『予備戦力』を呼び出した際に、魔素や命素が一気に枯渇してしまうのではありませんか?」
「確かご説明では、迷宮から供給される維持のための魔素と命素は、一斉に消費されるはず。そのために、収支が赤字とならないように慎重に調整されていたのでは?」
「安心しろ。無論、そのことへの対策もセットになっている」
懸念を表明する、経済力によって新興支部の雄となった元『鉱山支部』のトップ2名に対し、臓漿の新たな"活用法"について俺は答える。
端的に、氷室臓漿は――臓漿嚢本体から切り離されたとしても、ただちには崩壊せず、しばらくは持続することが判明したのである。
そしてその意味は、予めこの「冷凍睡眠」状態のエイリアン達の体内に、魔石と命石の粉末を十分に含ませた氷室臓漿を食わせておけば、解凍した後に直ちに迷宮領域から直接維持魔素と維持命素を吸い取ることにはならない。
少なくとも与えておいた『冷凍弁当』を消耗し切るまでは活動することができ、何ならこの非常時の『冷凍組』に対しては『因子:拡腔』で【遷亜】しておくことも検討の余地が十分にあると言えた。
「ああ、そういえば……そうでしたな! 【魔石】という形で蓄えておくことができるのでしたな」
「元はと言えばお前たちの前身……いや、前世か? その"肉体"の元になった老人達も、それに釣られてやってきてこうなったろうに」
「これは確かにル・ベリ殿の言う通り! いやぁ、どうにも【人世】の常識が通じませんなぁ」
「「はっはっはっはっは!」」
「まぁ、気持ちはわかりますよ。比較的貴重品であるはずの【魔石】をここまで大量に生産。そしてプールし、一気に消費していく……我ながら元『長女国』の出身としては、感覚がぶっ壊れそうになりますから」
「ええと、もう壊れてると思いますよ? とーさ、当主様」
「後の"害"を考えなければ、魔石を大量に市場に流せば大混乱だけなら簡単に引き起こせそうだよねー」
――流石にその行為は、今はまだ選択肢には入らないか。
【人世】を混乱させたとしても、俺の行動は必ず、様々な形で【人世】にアンテナを張っているであろう【闇世】の他の迷宮領主のそれも大物達に察知されるだろう。現在の、少なくとも【黒き神】が望んでいるとされる"膠着状態"を乱す行為と判定されれば、【闇世】側から俺を討伐するような動きを起こされては敵わないが……逆に言えば、その辺りが解決すれば、やろうと思えばやれるということでもある。
今は、まだ、俺自身の迷宮を急速に改装して拡張して変貌させるために、ほとんど全てを自前で消費しなければならないため、やはりまだ選択肢に入れるものではないが。
さりとて、今後控えている【紋章】家との"交渉"次第では一部扱い方も考えるところではあるが、その件はまた後にしよう。
話を『冷凍弁当』に戻せば――多少の時間、エイリアン達の体内に「切り離した臓漿」を入れておくことができることの価値は、それだけではない。
例えば『属性結晶』を入れておけば、それだけで簡易的な対元素系の魔法や超常の技に対する耐性的な意味での強化になるのである。
しかも、それだけではない。
この一時的に「ぶつ切り」にしても大丈夫な存在と言える氷室臓漿を、将来的に【転移】させることができるようになれば。例えば、直接、エイリアン達の胃袋の中に放り込むなどできるようになれば、どうであろうか。
「ほぼ無限に補充できるようになる、ということですな。『大氷室』という名前から想定される"役割"以上の役割を持つ、ということになりますな」
「そのために、あと一押し解決しなければならない事柄があるがな」
『冷凍弁当』を『拡腔』エイリアンの"胃袋"に放り込むためには、当然ながら【空間】魔法の力に頼らなければならない。【領域転移】はあくまでもこの俺の迷宮領主としての"認識"の範囲で、自らの付属物として、いわば装身具と同じように"名付き"や従徒や眷属達を呼び出す権能である。
そのため、活用すべき技術の方向性としては人皮魔法陣・ゴブ皮魔法陣を通して【領域】の力を借りて再現可能となった【騙し絵】式【空間】魔法である【イセンネッシャの画層捲り】であったが……発動の触媒として、あくまでも、元々人皮に描かれていた魔法陣をゴブ皮に転写して冗長化させたものを活用しているに過ぎない。
つまり人間の皮膚の上に描く、という『長女国』の頭顱侯の秘匿技術であるとはいえ、魔導の一族たるリュグルソゥム家をしても「どうして、そうする必要があるのか」という問題を解決しなければ、これを俺の眷属達に応用することができないのである。
なお『因子:空間属性適応』で臓漿嚢を【遷亜】するというのは、実は既に試していた。そしてその結果は、副脳蟲どもの報告書の通り、【遷亜】効果としてはただ単に【空間】属性に適応して耐性がつき、俺の【領域転移】で呼び出す際の速度が上がるというものであり――しかもそれは臓漿嚢本体に対するものであって、個々の臓漿に恩恵が与えられるものではなかったのである。
「ゴブ皮魔法陣をエイリアン達の胃袋の中に入れる、というのは……流石に入り切らないか」
「逆にお前がそれをやられたいか? 赤頭よ、何度も使うことはできず焼き切れてしまうのだぞ? どう考えてもあのような汚物、害しか無いに決まっているだろうが」
ただ単に「人皮」や「ゴブ皮」を生み出すだけならば、紡腑茸の力によりそれは可能である。何となれば、これはウルシルラの戦いに際して俺の迷宮に回収して保護した"送還組"のナーレフ兵士達や【血と涙の団】の団員達、エスルテーリ家の兵士達などに応急手術をする際にもフル稼働で利用したが。
だが、「人皮魔法陣」や「ゴブ皮魔法陣」が、そもそも人体上の各部位などに対応させて必ず描かねば製作できないものであるというのは、既にリュグルソゥム家が解析した通りである。そしてそれは"面積"の都合からさらに工程を分割し、冗長化をも加えたゴブ皮魔法陣であっても同じ。
今後、さらに小醜鬼工場の稼働を拡大していけば――これについては、ル・ベリから非常に面白い、興味深い報告があったのだが――1エイリアン胃袋ごとに1セットのゴブ皮魔法陣を入れられるようになるかもしれないが、それでも【巨大化】させることが前提であろうし、何より体内に何枚も貼り付けるのは逆に正常なる胃腸機能を害すというもの。
「冷凍睡眠」から起きた非常時戦力と割り切るなら強引にそうしても良いかもしれないが、もし臓漿転移が成るのであれば、それはむしろ【人世】に這い出て活動をするエイリアン達をも対象とした活動期間の延長化策として活用すべきものであった。
「もしも自由に【転移】術式を、それこそ【画層捲り】じゃなくて【緊急回収】術式の方だってエイリアン達に組み込むことができれば、活動の自由度はもっと高まるよな?」
「グウィース。身体に貼 っ た ら ? 『共生』いんしで」
「それは俺も考えたんだ、グウィース。ただ、『共生』の条件は――対等な生命同士であること、だからな。ただの死んだ"皮"は、そのまま吸収されてしまうから結局意味が無い」
「あとね、グウィースちゃん。それ試してみたら、魔法陣自体が機能しなくなってしまったんだよね……多分だけれど『人皮』に描いて術式に意味をもたせるべき魔法陣の回路が、エイリアンっていうまぁ少なくとも『人じゃない』生物の身体とくっついたせいでバグを起こしたっていうか」
肝心の【空間】属性の"現象"そのものは、【騙し絵】式でなくとも良い。
そこは迷宮領主の【領域】に関する権能の力で補えば良く――それができる可能性が高いのは『次元操作種』などという概念が存在することからも強く推定できる――後必要なのは、この術式の完全な解明であった。
それも、グウィースの疑問に今ダリドが補足を述べた通り、特に「人体」に描かねばならないという"制約"の突破であったのだ。
そしてその鍵となったのが、【騙し絵】家侯子デェイール本人を初めとした"生体資源"達であった。
「現実として、魔法陣が必要なのはイセンネッシャ家の直系血族や『廃絵の具』のような連中から力を与えられた術者達以外の連中だった」
イセンネッシャ家の血族が魔法陣無しで【騙し絵】式を発動できていたのは、今更言うまでも無いことである。
しかしこの事実は、同じく魔導の大家にして、いくつもの他家の術を学習したリュグルソゥム家が、既製品を俺の力を借りて強引に稼働するという劣化的な再現しかできていないことと比較して重要な示唆であった。
――あまりにその部分の解析が進まないので、ルク、ダリド、アーリュスのリュグルソゥム家男子3人組が「後で消す」ことを前提に、墨法師達のものと同じ魔法陣を自らに刻み込もうとまでした程である。
だが、それをやる前に、検証してみるべき事柄が一点あることに俺は気付いたのだ。
そして結論から言えば、それが「正解」であった。
「【騙し絵】式を発動するに当たって、イセンネッシャの血族には必要無いもので、"才無し"たる墨法師や他家の魔導師達には必要なものとは何だと思う?」
「……魔法陣、だろう? 主殿」
「50点だ、ソルファイド。魔法陣は確かに必要だ、それはその通りだよな? だが、それだけじゃなかった」
ごく単純な話である。
「その魔法陣は―― 一体全体どんな素材で描かれた代物だったのか。これを、俺達は見落としていたな?」
魔法陣という技術は、その術式を構成する図形や象形に"意味"を与えられ、超常を引き起こす。図画や文言、計算式や"回路"による「詠唱」と呼ぶこともでき、その故に、俺は地泳蚯蚓達による「掘削道」や、遊拐小鳥達による「飛行の軌跡」さえも魔法陣として行使することができた。
だが、最初からそのような「自由」な形で応用できてしまったために――基本の大元において、そもそも墨法師達の身体に刻みつけられたるこの「入れ墨」が、元々は何であったのか十分に調査することを、俺もリュグルソゥム家も見落としてしまったのだ。
――そしてそれこそが、イセンネッシャ家の「秘匿技術」の最奥であった。
「連中の"血"で描かれた、とか言うんじゃないだろうな?」
血の匂いを漂わせながら現れたるは吸血種ユーリル少年。
『性能評価室』から逃亡でもしてきたのか、随分と試された痕をその全身に刻みつけつつ、まさに生命紅の作用によって再生しつつ――吸血種ならば確かに気づきそうである点を口にする。
多少息が上がっている当たり、死物狂いで逃走してきたか。
ベータが追いかけてきていない所から察するに、一応、アルファ達に下していた諸項目の「テスト」は最低限達してきたのだろう。そうアルファに【眷属心話】で問いかければ、是という答えが帰ってきたのであった。
――吸血種という"生物"もまた、難儀な生態をしているものだな。だが、その件も後で確認することとしよう。
レクティカの触肢を動かしてユーリルにも『エイリアン清酒』を一献無言で勧め、怪訝な顔で口にしつつけほけほと咳き込む少年をみやりながら、俺は「不十分だ」と答えを返してやる。
「当たらずとも遠からず、だ。そんな"単純"な話だったとしたら、もっと早い段階で吸血種が看破していたかもしれないな」
「なんて酒だよこれ……けほっ……! で、オーマさん、もったいつけないでよ。結局何なんだ? その"絵の具"ってのは」
「"血"は"血"でも、ただの血族の血なんかじゃない。あれは『画狂』イセンネッシャの血肉――いや、こう言い換えた方がいいかな」
【騙し絵】式の正体。
新たなる走狗を欲した【騙し絵】のイセンネッシャ家が、"才無し"の墨法師達に「同じ力」を行使することができるように"入れ墨"として刻みつけたる『絵の具』の正体は、俺にとっては、酷く"単純"なものだったのだ。
"絵の具"は、迷宮領主の身体の一部である。
tantan_konkonさんと正午真昼さんよりいただいた亜種アイディアを一部活用させていただきました。
アイディアをくださった皆様、改めて、ありがとうございます。





