0221 深き新しき緑彩の中に、杯を傾きて
酒を酌み交わして語らえば、花すらも満開になる。
一杯、一杯。また、一杯。
――両人対酌山花開、一杯一杯復一杯
(李白)
【盟約暦514年 歌い鷲の月(6月) 第11日】
――あるいは【降臨暦2,693年 合鍵の月(6月)第11日】(142日目)
「6月」を迎えた【闇世】の四季は、俺の元の世界と同じような年暦を刻む。
未だ実りの秋には少し遠いが――【人世】で散々に味わった長き冬の気配は既に遠く失せ、まるで体内から活力が萌えいづるかのようにさえ感じられる。
それはきっと『黒き太陽』が、魔人としての俺の身体を内側から――内なる魔素と命素を――柔らかく、しかし暖かく活気づけているからに他ならないと言えるだろう。
それもまた種族の主神という意味での【黒き神】の恩寵であるか。
陽気が誘う、まるで身体はおろかそれを乗り物とした精神までもが伸びるような心地は――この世界に落ちてくる以前からずっと続いてきた、この俺にとって当たり前となってしまっていた「緊張」の二文字すらも、今は夏風と共に薙ぎ飛ばしてしまったかのよう。
適度に間引きされて地上部に届く光量が明らかに増えた、『樹冠回廊』からの陽射しが眼窩に落ち込んでいく。
それは痛みではなく、まるで目の周りのツボというツボを同時に按摩されたかのような"熱"として、顔面の経絡を基点として、まるで全身の神経とリンパを流れて体内を筋繊維から内臓の隅々にまで、毛細血管の先々にまで巡り辿るかのような心地であった。
【領域転移】にて、黒き陽射しを浴びてどこか煌めく銀霞を軽くかき分けながら、まるで無限にして最短なる【空間】と【領域】のトンネルをくぐり抜けるようにして、俺はレクティカと共に『最果ての島』の地上部森林の内に切り開かれた『大農園』の"入り口"に姿を現していたのであった。
そしてその先で――鼻と、そして"腹"をくすぐるかのような様々な匂いがぐっと立ち込めたように感じたのは、視界が緑色に晴れた瞬間だったか。
「ほぉ……これは、これは。想像以上に彩とりどりの様子じゃあないか」
「グウィース! おーまたまへの さ ぷ ら い ず ! だよ!」
小屋が7~8軒、20人程度が住めそうなちょっとした"集落"を丸ごと覆う領域に『大農園』は拡大したと報告を受けていたが――露店を数軒まとめてこの場に持ってきたかのように、ちょっとした市場の如く、眼の前に幾山も積み上げられていたのは、種々の『森の幸』なのであった。
それらの間から、ひょこりと新緑色をその両腕と下体にまとったグウィースが顔を覗かせ、甘い匂いを漂わせながらたたたと駆けてくる。
【勁絡辮】を通じて俺の意思を瞬時に伝えるまでもなく、自ら思考するレクティカが俺を下ろし――ふんわりと、まるでふかふかの羽毛か新雪の上に立ったかと誤解するほどに黒く濃い茶色の土壌の柔らかさに驚きながら、その上に俺は降り立つ。
果たしてグウィースが駆け寄り、満開の笑顔で両手で「はい!」と、大輪の花びらの"お皿"の上に載せて差し出してきたのは、こんもりとまぁるい黄色の"瓜"のような見た目の果実であった。
だが、ほのかに鼻腔をつんとくすぐる香りは、どこかというと夏みかんのような柑橘類に近い。
あまりにもグウィースの笑みが大輪であったから、俺も思わず釣られてくすりと笑ってしまい、それを手に取る。
既に従徒献上された知識では、それは『島姫甘ウリ』という名の果実。
その"最初"の収穫のうち、それもグウィースが手塩にかけて最も大きく育てたものの「献上」というわけであった。レクティカを構成する骨刃茸がすすすと隣に伸びてきて、甘ウリを持ち上げる俺の手の動きを邪魔することなくスパっと果実を切り分けていき――みずみずしい黄色の見た目の割に、思った以上に皮が分厚かった――内側に芯のように鎮座する種塊を器用に取り去ってグウィースに渡す。
俺はそのまま切り分けられた一切れを手に取り。
さらにレクティカが切り分けた幾つかをグウィースと、いつの間にか俺の近くに侍っていたル・ベリにそれぞれ渡し、舌先の味覚芽に染み渡るような熟した甘みがぎゅっと濃縮された、まるでメロンのような食感と味わいを口に含む。
≪きゅあまあああああいきゅぴぃ! 芳醇さんが豊穣さんなのだきゅぴぃ! 記憶さんもいいけれどリアルタイム造物主様の味わいが僕達の脳髄をとろけさせるのだきゅぴいいい!≫
むしゃり、と思わず『島姫甘ウリ』の分厚い皮を"皿"代わりに果肉を噛みしめる。
元来、迷宮領主と化して魔素と命素によって生きる存在となり、厳密な意味では食事が不要な存在となっていたこの俺である。
――この世界に来てまともに"食事"などしたのはいつ以来だったろう。
そんな念が脳裏をよぎり、一瞬、胃腸が退化して弱ってしまっていやしないかなどと考えた俺であったが――その問いには他ならぬ俺の身体自身が"答え"を返す。
迷宮領主として、【エイリアン使い】としての同調能力や、【勁絡辮】を通して鋭敏になった感覚を通して、味覚と嗅覚と触覚を併せもった――「食」の感覚が喉の奥から食道を経る心地よい嚥下感が、胃に"落ちたな"と自覚できるようなすとんと小気味よい満腹感へと変化する。
太陽と、土と、水と風と、そして魔素と命素によって育てられた果実の細胞の一粒一粒までもが身体の中に取り込まれた。
そんな、どこか満ち足りた感覚を取り戻しながら――俺は活力以上の何かが体内に充足するのを感じた。
「御方様、どうぞこちらを」
そんな、食した甘ウリの残り香がほどよいタイミングを見計らったかのように。
ル・ベリが差し出してきたのは、まるで漆器のような高級感を感じる光沢を放つ朱黒塗りの木製の杯であった。
既に何ヶ月ぶりに食道と胃腸を刺激したかわからぬが、だからこそ、その余韻のままに自然にそれを受け取って顔に近づける。中に入っていたのは、なんと垂酩嚢より分泌されたる『エイリアン酒』であった。
だが――甘熟した果実の味わいの後に嗅ぐその香りは、とても俺が知る"生"の『エイリアン酒』のそれではない。
「風流じゃないか」
何の花であろうか。
清酒の如く薄められた、エイリアンの生命の凝縮とも言える酒精に浮かんだ白桃色の花びらを避けるように、俺は目を閉じてこの『エイリアン清酒』に唇をつけ、口の中に含んでから滲み込ませるように飲み干す。
進化途中のエイリアン=スポアから直絞りしたかのようなどろりとした野性味と、何よりその生命の"容赦の無さ"の味覚的表現であった強烈な味が、清冽なまでにすっと澄んでいた。
だが、それは決して味が薄くなったというわけではない。
最大の特徴であった、口の中で暴走するかのような"暴れ"が抑えられたことで、逆に口腔の奥から脳天に突き抜けるような冴えた辛みを際立たせていたのである。
――誰と飲むかだ。
持て余されたモラトリアムを空回りさせて燃焼させるかのように馬鹿騒ぎという形を取った「飲み会」も、静かに味わってサシで滔々と語らい飲むような飲み方も、そのどちらも全霊で向き合い、嬉しんでいたようにも思えたXXX先輩の姿をふと思い出していた。
「清流で漱いで蒸留し、煎じました。そこにグウィースのあの新しい"蜜作り"達、果液の葉精達の糖蜜を加え、最後にソルファイドめの『火酒』の技で炙った一献となります。お気に召したようで、何よりです」
出来上がったニ回生、三回生達が、花瓶のようなガラスピッチャーに一杯の赤ワインを、さも同量のビールと同じように飲み干して陽気に騒いでいた日が懐かしい。その中に率先して混じって、大声を出していたXXX先輩の赤ら顔が――目だけはますます冴え座り――思いがけず、思い出されて、俺はまた俺の意思と関係なく口元がふっと緩んで笑みを作ったように感じた。
気づけばソルファイドが杯を手に現れ、竜の火で熱した贅沢な一献を飲んで神妙な表情をしている。僕も僕もと言うグウィースに、お前にはまだ強すぎると制して自らも一献飲み干すル・ベリ。
「見事な実りだな。だがこれは……【人世】の果実も混じってるだろ?」
桜大根にも似た根茎食用の根菜類がこんもりと土の匂いを香らせれば、何房もの実をつける豆類がそれぞれに濃度の異なる青々とした薫りを漂わせる。
だが、一番種類が多いのはやはり「果実」の類だろうか。
『島姫』と冠名されたる甘ウリが筆頭だが、それ以外にも大小様々な、主に温帯から亜寒帯地方で取れそうな「皮」のしっかりしたものか、もしくは実が固めのものが中心である。
……なお、果実が"野菜"か"果物"であるかの論争には立ち入らないでおこう。
いちごのような可食できる微粒状の粒を表面に帯びたキュウリのような果実は、実がシャキシャキとまるで梨をかじるようであった。かつて亥象を操る際に活用したポラゴの青い実もまた、瑞々しさが跳ねてくるかのように表面の水滴を陽射しに煌めかせている。
柘榴を裏返したような――つまり表面にびっしりと種のような粒粒が食欲をそそる朱色の実は、まるでデザート職人が粋を凝らして「明太子」を果肉で再現したかのようにきめ細かい。
その一つ一つを賞味しながら、そこにグウィースが結びたる「森の幸」の意味を知る。
――これほどの種々の"果実"を生み出したる『大農園』。
それはもはや、ル・ベリに小醜鬼の強制労働をさせていた頃とは質においても量においても大きく変貌しており、いわば「グウィース方式」に塗り替えられていた。
より具体的に言えば、これは『樹冠大農園』とでも呼ぶべきものとなっている。
ただ単に、何十メートルも上方で陽光を全て奪い尽くす天井のような『樹冠回廊』に適度な"穴"が穿たれた、というだけではない。
粘壌達が、まるで苔か寄生樹の蔓蔦のように、この巨木達の"幹"を這い登るようにまとわりついており、そこにグウィースが両界から集めてきた種々の野草や花木や農作物の類が植えられていたのである。
それは作付のための表面積を増やす、という意味においてはこの上無いことだろう。
一部の根茎類や、性質上土中に深く根を伸ばさねばならない植物だけが入り混じりながら大地に根ざしているが――上に上に、高く高く伸びる茎や蔓蔦の類は、【人世】の土とすらも混ぜ合わされた粘壌によって仲立ちされるように巨大樹の幹に絡みつき、しかも、そこから栄養を受け取る形で『樹冠』まで。
その『回廊』まで、圧倒的なまでの巨木に支えられるように高みにまで生え伸び、そしてそこで、木漏れ日ではない陽射しを受け取って開花しているのである。
さながら、巨人の肩の上に一人一人が全く異なる小さな子供達や、小さな鳥獣の類が並んで日向ぼっこをするかのように――淘汰圧さえもが【ヌシ】の御業によって調律されたように組み合わされている。
そう、組み合わされているのだ、土中の"根"のレベルで。
連作障害を防ぐために人間が編み出した知識が「輪作」であるというならば――その本質は、土中で異なる栄養を消費し、あるいは供給するための作物同士の組み合わせだろう。だが、それを「年」または「収穫期」単位で交代させるというのだって、人間の暦を優先したものに過ぎない。
もしそれができるなら、最初から全ての植物達が、それぞれに互いの過不足を補い合えば良いのだから。
工業化された粗放式の大農法の如き、どこまでも同じ光景が続いている有様とは全く異なる。
さりとて、資本と資材を集中的に投入して単位あたりの作量を最大化しようとする集約式農法に宿るある種の執念深いまでの窮屈さもそこにはない。
大も小も、疎も密も、蔓も花も、根も茎さえもが何次にも及ぶような共生関係の中で互いに寄りかかり合うかのような――斑と縞を交互に織り合わせた新緑と深緑の水墨画の如き濃淡を作り上げるような光景。
1本1本の巨木は「寄りかかられる大樹」として在りつつ、しかし決して単なる苗床として搾取され尽くす運命にあるわけでもなく、重量計算などしていないが、印象論だけで言えば、ただ単に巨樹同士が寄り添い合うように巨大な『樹冠回廊』の重量を支えるに過ぎないと思われたある種の頼り無さが――小さき、しかし雲霞となって群生する同居人によって補強されたかのような、主観的な心強さを快さの中に感じ取ってしまえるのである。
――まだこの島を、走狗蟲だったアルファとベータを引き連れて観察した際には、木漏れ日群生地は種々の低木・草花の類が熾烈な生存競争によって鎬を激しく削る、それぞれが異なる色合いを見せる小さな生態系であった。
それは、個々の種がその生存のための戦略(特化した性質)をぶつけ合い、一歩でも他を出し抜こうという、見方を変えれば角逐せられる何がしかの生命のエネルギーのようなものが削れ合うことで、つまり無駄となることで洗練され合う場だという印象を受けた。
だからこそ、初期にあれだけ多くの『因子』を俺もまた一挙に獲得することができたとも言えるだろうが――グウィースは、それらを一体のものに結んだのだ。
それは決して、個々の植物の有り様をグウィースが捻じ曲げたとかではない。
ただ単に、活かしただけ。
小人の樹精と、その派生種達がこの小さな【ヌシ】の手足となって木々の、植物の間を走り回って仲立ちしており――熾烈さの中にそれぞれの生存戦略として何らかを特化させた、その特化させたる性質を(例えばある栄養分を生み出すだとか)、互いを傷つけ合うものにではなく、複雑なパズルを組み立てるように、ただグウィースは繋げたのだ。
そこに【人世】の植物達さえをも【闇世】の『最果ての島』の上で娶せて。
しかも、その中にはこの俺の力たる【エイリアン使い】から生まれた粘壌が、あるいはこの世界における諸神の対立の一つの思わぬ帰結でもあろう、イレギュラーなる落とし子の如き【浸魔蔦】と【浸命根】達さえをも組み込んで。
土壌という土壌、土中という土中。
そして巨木という巨木すらをも、苗床ではなく、一つの産土の如くに扱いまた取り持った、それこそ数千年か数万年をかけて環境と共に諸生命が巨大な共生関係を構築していくかのような――そんな代物をこそ、生み出しつつあるのであった。
グウィースは文字通り、樹木の1本1本を識っている。
この森域に生きる虫の一匹、苔の一欠片に至るまでの生命を「把握」しているも同義。
俺が受け取ったのは、文字通り、そんな巨大な循環の中からの"果実"であった。
グウィースの眷属の"糖蜜"を含み、ソルファイドの【火】で通され、ル・ベリの眼力によって清められた『エイリアン清酒』の酒精が、魔人と化したはずのこの身を内側から浄めるように灼くような心地であり――。
あぁ、と俺は気付かされた思いであった。
――ハンガーストライキなんて馬鹿のすることだ。そんなものは罰にだってなりゃしない。
――やだなぁ、先輩。そんな高尚なつもりなんて、別に無かったんです。でも、痛い所を突かれたような気持ちになるのが納得行きません。
――マ■■せんせは、慎重そうでいて、ちょとつ猛進さんだからね。
――どうせ、寝食を忘れた、て言って……飲まず食わずだったんでしょ?
――何年も。
――俺は仙人かよ。食べちゃいたさ、食べちゃな。
――馬鹿な奴め。
飲み込む時間。
飲み干す時間さえもが、ただ、惜しかっただけであった。
だが――魔人と化したことを、あるいは必要以上に【重い】ことだと受け止めていたのは、俺自身であったのかもしれない。
決して、誰も、今現れた追憶の中の存在達も、この場にいる何者達もそんなつもりはないだろう。それでも俺は、この一献によって、自分の中の何かが少しだけ赦されたような心地がしたのであった。
「『長女国』の"魔導の叡智"と比べて、どうだ? ルク、ミシェール」
いつの間にか合流してきたリュグルソゥム一家を知覚し、俺は『エイリアン清酒』を花びらごと飲み干してからそう告げた。
「"多毛作"という意味なら、同じことは無論、可能です」
「ですが、これほどの"種類"を組み合わせて、しかも等しく――となると、」
「「流石はグウィースちゃんだってことだよね!」 いやーすごいものずっと見せられてた気分」
キルメの言葉を引き継いだダリド曰く。
【植物】魔法だとか【土】魔法だとか、そんなちゃちなものではない、もっと別の何かの片鱗を見せつけられた――とのことである。
事実、まだ6月なのである。
しかしこの31日余りで、既にほぼ1回目の"収穫"に至っている。そして特に芋類や豆類に関しては、潰して炭水化物の塊と化して【命素】の代替食物として――『地下牧樹園』に、要するに量産した代胎嚢達による野生動物を"果実"として産み落とすための樹林や、同じく紡腑茸達によってそれらの部位をこれまた"果実"として収穫するための施設に供給する主要な栄養と成すためのものである。
いいや。
もはや、この『農場』から供給される食物は――【命素】の代替物ではない。
【魔素】さえも含む"果実"達には含まれていたのである。
どうも、グウィースと粘壌が「力を合わせた」ことによって、次のことが起きた。
【闇世】の土中に含まれていた魔素と命素が、臓漿の性質をも共有する粘壌を通して滲み出して『森の幸』どもに他の栄養素と共に取り込まれ、含有されるようになっただけではない。
――グウィースはなんと、海からも巨大な魔素と命素を引っ張ってきていたのであった。
「なるほど、リッケルの『網脈の種子』か……」
『最果ての島』に拠点を構築するための先行投資として、リッケルが五大公が一角【幻獣使い】に負った巨大な借款たる魔素と命素。
それを一挙にここまで送り込んできて――返す刀で【人体使い】側に送り返そうとした、それなりの時間をかけて海底に構築していた魔素と命素の"道"は、多頭竜蛇ブァランフォティマによって寸断されていた。
だが、それは、この迷宮領主にとっての基本的な資源が決して少なくはない程度の量が海中に染み出したことを意味しており――それが『最果ての島』の土中にも届いていたものを、グウィースは得たのだ。
藻や海藻、海草といった類に始まり、マングローブのように塩気に対する高い耐性を持った海岸樹木達さえをも森に取り込んだ結果である。そこで循環される「栄養」がおこぼれとなり、『漁場』もまた急激に発達していたが――ここに、この森域の一部となった【浸魔蔦】と【浸命根】が加わったことで、他の栄養と抱き合わされる形で『農場』の植物達に共有・循環されていったのである。
「それがこの成長速度の正体てわけだ。大量の魔素と命素を喰らった"果実"だが、当然イコールじゃない。魔素と命素と通常の栄養分がひとまとめになって――利用する側からすればむしろ増えている」
魔素30と命素20と栄養20(抽象化しているが)で生まれたある果実を代胎嚢や紡腑茸達が取り込んだ際に得られるのが「魔素70」である、ということ。
つまり事実上の栄養分の魔素化・命素化である。
凝素茸達にさえも「他エネルギーの変換」はできないことを考えた場合、この"果実"達の価値はある意味では【魔石】や【命石】を越える側面すら帯びると言える。
斯様な豊穣たる"質"を兼ね備えた"量"によって【報いを揺藍する異星窟】の迷宮経済が底上げされた――だけではない。
「まだあるのですか!?」
「これだけでも雲を飛び越えたような話だがなぁ」
「旦那様は既に、例の『次元拡張茸』で『結晶畑』を大拡張できることが確定していますからなぁ」
実は、必要な"肉"を得るために『牧場』を地下樹園化させつつ――地上部から野生動物達を一掃などしてはいない。人間の農法の限界では、特定の作物を作付する面積を増やすためには、踏み荒らし食い荒らす他の野獣達は排除するのが当然の論理となっているが、グウィースを【ヌシ】に頂く『森』は違う。
『亥象』も『根喰い熊』も、『葉隠れ狼』も、『水風船カエル』も、『血吸いカワセミ』さえも、野生のままこの緑の渦のように統合的多様性が強化されるが如くに彩られた森域にあってその"彩り"の一つとなることで。
つまり「多様性」が増せば増すほど、この地を【領域】化した際に俺の迷宮の収入となる魔素と命素の『基礎算出量』が強化されることがわかったのであった。
――つまり凝素茸が固めて生み出すことで高効率で収集される【魔石】と【命石】の純度も強化を受けることと、なる。
いいや、むしろ「多様性」によって盤面が変わる次元で底上げされた『基礎算出量』を受け止めるには、凝素茸が「少なすぎる」とすら言える状況となっていたのだ。
その故の、更なる量産指示である。これが、ゼイモントとメルドットが言及した、まさに次元拡張茸達にまず『次元結晶畑』の構築を命じていたことと併せて、ある種の乗数効果めいた起爆が、俺の迷宮の迷宮経済に起き始めていたのであった。
「グウィース! まだまだ、おーまたまに さ ぷ ら い ず !」
酒精にだけではなく、何かもっと色々なもの――例えば世界レベルでの"循環"であるだとかそういうものの片鱗――に中てられたようにほろ酔い心地の俺に、グウィースが更なるお土産をもたらしてくる。
そしてそれはル・ベリも事前に聞かされていなかったようであり、おいなんなんだ聞いてないぞと言いながらグウィースに近寄ってくるが……グウィースが、ぱああと"咲く"のが早い。
小気味の良い活声と共に、グウィースが【第二の果実】を技能として明確に意識して、諳んじ、発動させたか。
その広げた"樹身"の全体に、ほとんど黒色に近いほどにまで濃い緑色の皮に包まれた「果実」が次々と生えてくる。そしてその中には――既に解析済であるため新たな「%」が定義されたりはしないが、しかし、多量の魔素が含まれていることが迷宮領主たる俺には察知できた。
――と思っていると、とてとてと駆け寄ってきたグウィースが、レクティカをよじ登るようにして俺の耳元までやってきて、小声で囁くように、一言。
(あのね、おーまたま。とても だ い じ な、報告が、あるよ)
――あえて眷属心話を使わず、直接、俺に伝えるために駆け寄ってきた。
ちょうど『進化祭り』の眠りにつく前に「みなみの”森”」について報告をしてきた時と、同じ様子であった。その表情は真剣そのものであったし、グウィースという俺以外の何かを感じ取っていることがほぼほぼ確信される存在をして、ここまで言わせるものである。
なので、後でそれをちゃんと聞く時間を作ることを約束してから、途端にニコニコした顔に戻ったグウィースを下ろして、俺は『果実』を改めて堪能したのであった。
「……【元素系】の属性を含んだ"果実"って、マジですか?」
それは柘榴のようである。
ただし、その実を割って果肉を検めた内側に――七色の淡光を放つ"種衣"が【火】【水】【土】【風】【雷】【氷】【闇】【光】の属性を帯びたる魔力を仄かに漂わせているのであった。
名付けて『虹色柘榴』とでも言ったところであるか。
ぽかーんとしていたダリドの口の中に一粒放ったところ、もがもごと言いながらそれを嚥下したダリド曰く「元素系の防護強化魔法」みたいな効果が得られたとのこと。ただし全属性に対してではなく――食べる時にイメージした属性に対してのみ。
そのようなものを見せつけられながら、俺はどこか可笑しくなってしまって、くつくつと笑う。
そしてル・ベリに『エイリアン清酒』をもう一杯所望する旨を伝え、一杯、一杯、復た一杯と、その七色虹色な柘榴の種衣を摘みながら、レクティカにどっかりと胡座をかいて座り直して、しばし深緑と新緑が渦を為すかの如き『森域』の風情に耳を傾けたのであった。





