0220 三重選択は三重強化へと至る
俺が最初に訪れたのは『研究室』である。
『研究室』は、元々は浸潤嚢が数基と作業台をいくつか配置していた小さな空間に始まった施設であるが――様々な「検証」を行う舞台として拡大してきた。
特に【遷亜】と【天恵】と【煉因】の三重選択の検証と、【人世】に出てリュグルソゥム一家を加えた後に【騙し絵】家の勢力と数度争い、その結果得た各種の資源の利用と研究を通して、である。
今や、ちょっとした地下アパートサイズほどもの大きさにまで拡げられたこの施設は、複数の区画に分かれていた。
入ってすぐ手前で曲がった区画には、演算浸潤嚢に【遷亜】させた3基が並び、そのゼラチン質ともガラス質ともつかないぶよぶよとした"槽"から湯気を放っている。
俺の権能である【エイリアン使い】の核心たる『因子』――現象の設計図――の解析については、現在56の因子が解析完了しており、最新のものでは『幻弄』を含めた14が解析途中である。今後、俺が新たに獲得しうる因子があとどの程度残っているかはわからないが、頭打ちに来ていることを意識すべきタイミングではあるだろう。
少なくとも、獲得される新しい因子のペースと、それを解析しきるペースという意味では、【遷亜】させたこともあり現在の3基でも既に十分。新たな浸潤嚢を生み出す必要があるという状況には無いため、最も初期の小さな区画そのままに配置しているという状況である。
そしてもし将来、本当に『因子』が全て解析完了となったならば――お姫蟲ウーヌスによって幼蟲に戻してから他のエイリアン系統に変異させることも可能という意味では、長らく役割を果たしてきてくれたものを切り捨てるという選択もする必要が無いというのが精神衛生上良かった。
ただし、活動の本格的な縮小はまだ先である。
近々、『進化系統図』上の明らかなボトルネックでありながら、なかなか解析が進まない『因子』である――『被鉄』因子の大々的な獲得計画があったのである。
一応、『最果ての島』の沿海で稀に見つけることのできる『鉄脚ウミサソリ』という中型の海棲生物がこの『因子』の獲得元である。その他【人世】での【騙し絵】家による"魔獣ジグソーパズル"でも少量得ることができていたが――ウミサソリが多頭竜蛇の出現範囲にしかいないこともあり、十分な量を未だ狩ることができないでいたのだ。
だが、一方で現在『被鉄』因子が解析されれば新たに進化・胞化が可能となるエイリアン系統は10種にも及ぶ。加えて【遷亜】の切り替えが比較的容易となりつつある今、名前から想像できるその"現象"の効果としても亜種化させる価値の大いにある『因子』である。
戦力と対応力の拡大という観点から、多少の"犠牲"を払ってでも手に入れたいと考えた結果――俺は"現象"から逆算することを思いついた。
……そんな俺の"狂科学者的閃き"に基づき、今ちょうど『研究室』の浸潤嚢区画に次々と荷車労役蟲達が数体がかりで運んできたのは――量産した"名無し"の城壁獣達が3体ばかりである。
だが、ただの城壁獣ではない。
そのいずれもが"城壁"と冠名され、ガンマの活躍によって大いに有効性が証明されているその分厚い硬殻に――明らかに素の城壁獣では備え得ない、やや赤みを帯びた金属的光沢を、まるで奇病の如き特大の斑点のように混じらせた状態で――ぐったりと動きの少ない状態で運び込まれ、緑色にぐつぐつと沸騰したエイリアン液を湛えた演算浸潤嚢の肉槽の中に、『研究室』の力仕事担当である触肢茸達の力を借りて取り込まれていくところであった。
――そして俺の脳内に響く『被鉄』因子の解析が進行したという通知音。
どうやら成功のようであった。
「売っても二束三文にしかならないどころか、出処を大真面目に調べられたら厄介だった金属製品どもの始末もできて一石二鳥ってところだな?」
「小醜鬼どもを活用できれば良かったのですが、役に立てることができず申し訳ないばかりです」
≪きゅぴぃ、城壁獣さん達だけだけど、適合さんが見つかって良かったのだきゅぴねぇ≫
何のことはない。
要は『被鉄」とは――鉄を被るということ。
元の世界におけるスケーリーフットや、鉄脚ウミサソリが海中火山から噴出されるある種の鉄化合物を取り込み、それを体内で精製するが如くに分泌して身体を鎧う作用がこの"現象"の本質ならば――同じように「鉄」で鎧うことを、手段を問わずに実現できれば良いのではないか。
そういう発想であった。
そのための"材料"として俺がまず目をつけたのが、『ハンベルス鉱山支部』の攻略や、『聖山ウルシルラ』での戦いで得た戦利品のうちの――鉄製の武器防具の数々である。
一部、特殊な付呪効果がなされたものや芸術性などの観点から希少性が高いものを検分した「それ以外」の雑多な品々を、まとめて、ソルファイドの火力を利用して作った簡易的な『溶鉱炉』によって鋳潰したのだ。
そうして精製した融けた鉄を、最初は小醜鬼に"試し"た。
予想通り、単なる小醜鬼では効果が無いことがわかった後は、あらかじめ維管茸などによって十分な救命措置を講じた上に司祭蟲ウーノにも監督させながら、【巨大化】させた走狗蟲で"試し"たが――結果は芳しく無かった。
即死こそしないものの、冷えかけとはいえ数百度にも至る融けた金属を少しずつまとわせるだけでは、自身の身体の一部として生成しながら纏う、という"現象"とは見なされなかったのである。
そこで、今回の『進化祭り』に合わせて量産したエイリアン系統達にも検証の幅を拡げ――最初に試したのが、この城壁獣であった。
ル・ベリが『盾』として扱うなど、城壁獣から引っ剥がした"硬殻"は生体素材としても非常に強靭な存在であり、自然に再生する。これはこれで鋼材として使うことができるため、元々『再生』因子や『硬殻』因子を更に重ねる形でいわば"生産"用の城壁獣亜種を揃えるつもりではいたが――そこに『火属性適応』因子をさらに加えて少しでも耐熱性を増した上で、この融けた金属を取り込ませた。
一度硬殻を引っ剥がした部位から、その再生に合わせて、少しずつ融けた鉄を混ぜ込み物理的な焼灼効果も合わさって血肉すらもをもその鉄の皮膚に焼け混ぜ込んでいくことにより、誕生した鉄壁獣とでも呼ぶべき"亜種"である。
これでダメならば、次は量産した投槍獣や骨刃茸などの『骨芽』因子組で試すつもりだったが――結論から言えばこれで「当たり」であるようであった。
「一番耐久力がある城壁獣で成功して良かった、と言うべきだろうな。それに、今ならイプシロンの【焼灼再生】もある」
熱されれば熱されるほど、灼身蛍イプシロンという特殊なヒーラーによって【活性】属性の効果に転換されるという意味では、鉄壁獣達の苦痛は今後最小限度とすることができるだろう。
演算浸潤嚢から次々に得られる情報を俯瞰するに、やはり少々"力技"が過ぎたのか、鉄脚ウミサソリ1体などに比べればずっと解析率の増加は少なかったが――それでも、あと30~40体ほどを"解析"させれば完了となる計算であった。
そして、この"鉄"の硬殻は、もし不要ならまた剥がしてしまえばよい。
さらにお姫蟲ウーヌスがいる以上、必要ならば彼らを再び幼蟲に戻してから他のエイリアン個体とすることも可能なのである。その意味で、こうした「実験」における無駄を省いていくことができるというのも戦力と資源の集中を成すことができるようになったと言えるだろう。
もしも急ぐならば、幼蟲に戻す前提で浸潤嚢を増員しても良いのであるから。
この他にも似たような発想で『振響』についても獲得できないか検討を進めているところである。
具体的には『強肺』と『拡腔』で【遷亜】した戦線獣に【おぞましき咆哮】から『振響』因子が取れたりはしないか。イオータと同じく『汽泉』を付与することによって他に『幻弄』因子が取れる者が現れないか……などである。
前者に関しては、結論から言えば「単なる振動」と衝撃波は異なっているようであり、フェネスや【鼓笛使い】もそうであったのだが――何かを伝えるということをその現象の本質として備えていることがわかったため、エイリアン達の肉体的構造や機構による再現は線が薄いと判断して取りやめているところである。
だが、この他にも灼身蛍イプシロンが見せた、再生とは根底から機序の異なる"癒やし"の作用から――ルクの発言もヒントとなったが、何度も実行させた結果【活性】因子が解析されたこともあり、決してアプローチとしては間違った発想ではないであろうと思われる。
***
浸潤嚢区画を後にし、『研究室』の奥まで進んでいくと、そこにはいくつもの太い縦にも横にも伸びた『搬入区画』が拡がっている。
ル・ベリが管理する『小醜鬼工場』や、グウィースが管理する地上部の『大農場』や『大牧場』などから"物資"を搬入するための『運搬班』用の経路群である。
これらは、基本的に臓漿に覆われてその「高速道路網」の一部となっており、『進化祭り』に際してグザイと共に羽化した疾駆獣や這脚茸らが早速運搬役に入り混じっているが――実験動物として常に需要がある小醜鬼や、迷宮内で代胎嚢などによって養殖した野生動物の類は言うに及ばず、島と迷宮領域から様々な資源が集まる地点の一つとなっている。
というのも、同じく『進化祭り』で30基余りにまで大増設した煉因腫達のうち、20基を「解析」モードとしており、走狗蟲や労役蟲だけでなく触肢茸や戦線獣、骨刃茸だけでなく【巨大化】した凝素茸といったエイリアン=ファンガル系統など。
主要な、その強化が俺の迷宮の経済と戦闘能力の総合的な向上に寄与するエイリアン系統達の『煉因強化』を一斉に解析・開発しており――そのために必要な、煉因腫が要求する様々な資源を島内から集めるための区画というわけである。
なお、浸潤嚢による解析を終えた鉄壁獣から"剥がした"ものを含め、戦利品を鋳潰した鉄くずもまた個々の煉因腫から要求されている「素材」であるのだが……別にそれで獲得される煉因強化は『聴覚強化』とかいう"鉄"要素が関係ないものであったりする。
いかんせん、獲得される強化と要求される素材の関係性に脈絡が無さすぎて、一応何か気づいたことがあればという程度で副脳蟲どもに確認の指示は出させているが、今のところ脈絡も規則性も見出されてはいなかった。
――そこはかとなくある種の「ランダム性」みたいなものを感じないでもないが。
なお、【人世】側では正式にマクハードやヴィアッドの商団を"珍獣売り"に吸収合併した、新たな「商会」を結成予定であり――煉因腫がその気まぐれとしか思えないレベルで要求する妙な資材に関しては、必要に応じてここを通して手配することもできるという意味で、解析は今後さらに加速していくことだろう。
そして『搬入区画』を抜けた先。
今言及した30基の煉因腫のために拡張した『煉因区画』は、研究用の【遷亜】を行うための専属の加冠嚢が数基配置されており――それらの間を、先行していた技士蟲イェーデンがせわしなく這い回っていた。
今や、正しく、技士蟲イェーデンこそが『研究室』の"主"である。
≪つぎの幼蟲ちゃんおいでぇ≫
≪ぷるっしゃーぷるるるむぅ!≫
なお、この仕事のために生み出された部下きゅぴ……いや、"助手きゅぴ"とでも呼ぶべきドゥバとトゥリィの胴体(脳だが)が、心なしか他の部下きゅぴどもと比べて――具体的には10%程度長いと感じたのは気のせいであろうか。
『搬入区画』を通して、『研究室』内に併設されている小規模な『産卵室』からもぞもぞと動く幼蟲を運びながら、2体の副脳蟲が臓漿に乗りながら――這脚茸を新たな一員とした俺の神輿の多脚の間を滑りながらくぐりぬけてイェーデンに合流する。
≪い、イェーデン! そ、その手さんがあったんだきゅぴね……これは、僕もドゥオとトレースをはやくふりふりさんにしてやらねば……!≫
≪うぉおおおお! みんなにパワーこそ新たな力で新しい冒険さんに導くのが僕の使命なんだよぉお!≫
第1世代の副脳蟲から二回りほど大きく、そして巨大芋虫の如く伸びた身体で煉因腫を1つずつ点検している……というのが本人の言。
その口吻から生え伸びている、様々な工具や実験器具や、無機物であろうと有機物であろうと調整するのが役割であるようにしか見えない、十数もの多用な形状をした先端の触手で煉因腫や加冠嚢達に文字通りの意味での触診をしている場面なのであった。
そしてその"成果"が俺の中にも【共鳴心域】上のエイリアン=ネットワークを通して共有されてくる。
"羽化"の前後でも、その大まかな能力は既に把握できていたが――実際にイェーデン自身が『研究室』で煉因腫や加冠嚢達と触れ合うことで、【天恵】を含めた三重選択が解消されたどころか、強力な鉄の三角同盟とでも呼ぶべき強化に至る詳細な機序が判明したのであった。
具体的には、以下の通りである。
まず、加冠嚢から選抜走狗蟲が出てくる。
こいつは『ウルシルラの戦い』に参加した【氷】属性で【遷亜】した個体であったが――お姫蟲によって【遷亜】情報ごと退化したのである。
そして幼蟲まで一旦戻し、既に一定の位階を得ていたためにそのまま【天恵】を取得して実質ただで15点の技能点を追加しており――ここであえて労役蟲に進化させ(進化時間的な意味で)さらに幼蟲に退化。
想定通り【天恵】も含めて技能取得状況はリセットされていたが……あわよくば【天恵】の無限取得ができやしないかと考え、取得してみて無事に「2度目のボーナスは無い」とかいう"制限"が加えられていたことを確認して、また労役蟲進化させてからの即退化を行ったことは余談である。
重要なのは、15点のボーナスを得た状態で【天恵】技能が「未取得」状態に戻っていたために、つまり【天恵】を取らずに改めて走狗蟲に進化させた際に――エイリアン=オリジンからエイリアン=ビーストへ種族変化する際、【天恵Ⅰ~Ⅲ】技能が問題なく【遷亜】技能に置き換わっていることがちゃんと確認できたことであった。
これにより、この15点のボーナスをそのまま【遷亜Ⅰ~Ⅲ】に点振りすることが可能。
幼蟲による小醜鬼喰いから、そのまま3つの因子による【遷亜】という流れが順当に構築されたのである。
……なお、その他のオリジンとビーストの間での"対立"技能に関しては、技士蟲やお姫蟲の力で何か新しい影響を及ぼせたということは無かった。
【天恵】と同じくこれらは『継承技能』にも載らないため並立は不可であるまま。
具体的には【闘争本能】と【逃走本能】は両立せず、【矮小化】と【巨大化】もまた並立しない。そしてそれらは技能系列単位で同等であり――幼蟲時代に【逃走本能】や【矮小化】などを取った個体は、それがそのままエイリアン=ビーストになろうがエイリアン=ファンガルになろうが、その派生先も派生前も含めて丸ごと、オリジンの種族技能のままであったというわけである。【矮小化】させた個体は【HP強化:弱】のままなのである。(物理的に考えれば当然だろうが)
この意味では、やろうと思えば【逃走本能】系列を取得した【巨大化】個体も生み出せるということ。
ただし、リセットされた後も「未振り」の技能点というパラメータとして残る【天恵】とその他の技能との間に明確な違いがあるのは明らかであった。【天恵】技能の特殊性――技能システムの中に押し込まれた幼蟲という存在の特殊性であると言うこともできるだろう。
――話を技士蟲の機序の本線に戻そう。
このような経緯を辿った"準名付き"たる選抜走狗蟲の映えある「第1号」は、今までであれば加冠嚢による「進化」に受け付けられることはなかった。
しかし、技士蟲がドン・キホーテじみた無駄な雄叫びを上げながら加冠嚢にドッキングし、助手きゅぴドゥバとトゥリィの声援を受けながら――その十数種類の様々な形状の触手を加冠嚢に、物理的なハッキングを行うかの如く接続。
するや、加冠嚢の全ての権限と権能がイェーデンの制御下に下り――この俺の拡張端末としてすら開けなくなる――ドゥバが「第1号」に対して≪次の走狗蟲ちゃんどうぞー≫と促して、その"槽"の中に入らせる頃には、同じく『研究室』配置となった這脚茸が「伝播モード」の煉因腫を近くまで運んできたところであり。
この煉因腫にさえもイェーデンは、その長く伸ばした器具工具触手によってドッキング&コネクト。
自らがある種の中継機となる形で加冠嚢と煉因腫を接続させ、その全身の脳髄をぴくぴくぷるぷると、この俺を幻惑させるシナプスの蠢きを踊らせ始めるや――この選抜走狗蟲への煉因強化の付与と、そのまま、いわば選抜戦線獣とでも呼ぶべき存在へのそのままの「進化」を開始してしまったのであった。
――以上の技士蟲の働きには、三重選択を三重強化に至らしめる重要な「転換」がある。
それは、系統ごとの「煉因強化」解析を――世代と系統を跨いで持ち越させることができるようになった、ということであった。
例えば、現在「122%」まで解析が進展していた「走狗蟲:筋量増加」という煉因強化であったが――「第1号」がこれを保持したまま進化することで、これはこのまま「戦線獣:筋量増加」に"転換"してしまうことを意味していたのである。
≪流石に~122%のままとはいかないみたいだねぇ~≫
≪それでも苦労して1%ずつ獲得していた最初の頃さんに比べたら、初期コストさんを大幅に減らせるよね!≫
すなわち煉因強化の「共通化」と言っても過言ではないだろう。
俺はもはや、戦線獣や触肢茸や疾駆獣や母胎蟲ごとに『筋量増加』という煉因強化を1%ずつ解析することをしなくても済むのである。
何故ならば――走狗蟲や労役蟲といった安価で大量にすぐ生産できる個体達によって煉因強化のメニューをとにかく生み出しても、それはもはや腐らない。
何故ならば、これは、そうやって得た煉因強化持ちの個体を一度でも技士蟲によって他の系統に進化させ――さらにお姫蟲ウーヌスの退化により別の系統にも進化させることで、使い回すことができるということを意味しているのである。
何か珍しい煉因強化が発見されたとしても、そのエイリアン系統の性質と噛み合わないものであった場合に無駄となる――というのが煉因腫運用の際の問題点の一つであったが、それが解消されたのだ。
とりあえずどの系統でも何でもいいから、とにかく煉因強化を獲得してしまう。
そして――イェーデンとウーヌスのコンビネーションによって、煉因強化を保ったまま「退化」させることによって幼蟲や労役蟲や走狗蟲版の「その珍しい強化」をいきなりある程度解析できた状態で獲得し、後は、20基の解析モード煉因腫達によって同系統のエイリアン達にそれを一気に獲得させる――そういう運用が可能となった、ということである。
例えばその一例として。
シータが八肢鮫時代に解析された『鑢肌化』という煉因強化を――潜水労役蟲に付与して更に水泳能力を高めることだってできる。
凝素茸から『枯渇耐性:魔素』や『枯渇耐性:命素』という煉因強化が解析されたことも――迷宮経済をさらに収支向上させる重要な貢献であると言えるだろう。
「【騙し絵】家がツェリマから情報を聞き出していても……既に性能が違う状態の『エイリアン』になっている、ということですか。流石に、私達の予測をも越えていますよ、オーマ様」
「ですが、それこそが――"進化"ということ、ですね? 我が君」
「煉因腫のランダム性のうち、厄介なものが一つ解消されたからな。そしてこの強化を支えるための迷宮経済の構築も一気に進んでいる。仮に【騙し絵】家が今から他家に土下座して"連合軍"を組んだとしても、半端な戦力で入り込んできたなら逆に新たな肥やしにしてやろう、ということだよ」
「あの、オーマ様、ひょっとしてその『煉因強化』と『遷亜』の相乗効果って――魔法学的な意味での属性にも適用されちゃったりなんだったり、してますよね?」
然り。
ダリドの述べる通り――元々対立要素として認識されていた【遷亜】と【煉因強化】が相乗関係化することの意味は大きい。
例えば『筋量増加』と『因子:強筋』が合わされば。
あるいは『火属性適応』で【遷亜】した個体にさらに『火属性強化』が強化られれば。
≪きゅぴぃ、まさにダンシング3日間合わざれば刮目ゅぴするべしなりなのだきゅぴぃ!≫
……『毒耐性』だか『呪詛耐性』だかが必要になりそうな台詞をドリルタンク姫が吐いた気がするが、あながち強引な喩えでもない。
まさしく3日間もあれば――2,000%でなくとも、副脳蟲どもだけの1,200%だけであっても、数十単位で走狗蟲どもはその性質を変化させた戦闘グループを構築させることが、できるであろう。
「そのような旦那様の偉大なる勢力の"草創"に立ち会えるとはなぁ……!」
「長生きはしてみるもんだなぁ、まぁ以前の俺達とはすっかり別物っちゃ別物なんだがな」
「おいおい、まるで他人事のように言うじゃあないか、夢追いコンビのお二人さん――忘れたか? お前達もまた【遷亜】していて、本来なら進化できずにそのままでいた個体だ、そうだろう?」
厳密には、理由はそれだけではないのだが。
『共生』因子の【遷亜】の力を借りることで、名前を持つ個体としての自己認識による"人間部分"を維持していたゼイモント&メルドットであったが――融化労役蟲への煉因解析により、『共生体消耗抑制』という煉因強化もまた「メニュー」に登場していたのであった。
エイリアン=シンビオンサーという【転移事故】によって誕生した存在という意味では、この2人に直接適用できるものではなかったが――技士蟲を経由するのであれば、それはもはや制約とはなり得ないのである。
「……まぁ、今はまだもう少しだけ【人世】で活動と引き継ぎ作業をしてもらわないといけないが、な。お前たちに相応しい系統も、目星をつけているんでな。その時を楽しみにしてろ」
「おお、それは、それは――!」
「我ら、さらに変貌してしまうのだなぁ。人を越えた存在になるか、面白いことだまったく」
「えーっと、『長女国』の貧民街に生まれて新興宗教の幹部になったと思ったら、"えいりあん"と融合した存在になってしまいましたーってこと……だよね」
「人生って何があるかわからないんだね、ねーさん」
夢追2老人の"夢"を本格的に達成させてやると共に、俺の「構想」にも役立てるという意味で――"珍獣売り"はマクハードに任せつつ引き継ぎつつ、『関所街』の掌握後に本格稼働させる想定で『ハンベルス地下遺跡』の調査についても体制作りの準備を進めていた。
"追討部隊"のうち、【闇世】に拉致しそこねた【剣魔】デウフォンと『罪花』のトリィシーの"狩り"を兼ねた捜索兼探索部隊は送り込んであるところであるが、その件はまた後に回そう。
俺は次に、グウィースがもたらした「食料革命」について確認するために、地上に向けてレクティカごと転移すべく【領域転移】を諳んじ始めたのであった。





