0218 黒視と歪曲が誘う夜色の無間
4/9 …… 摩耶さんからのファンアートを1つ、本文中に追加しました。
元URL:https://twitter.com/uqVQRpvExrB7GCZ/status/1756158075420221746/photo/1
1/8 …… もろもろ修正しました(「黒瞳"茸"に修正など)
エイリアン=ビースト系統よりは一回りか二回りは大きなエイリアン=スポア達として、走る管や浮き出る血管、鼓動する生体装置として体液も魔素も命素も属性も、因子も現象さえも循環させるかの如き「第4世代」のエイリアン=ファンガル系統達が『大産卵室』の最外周に並ぶ。
しかし、副脳蟲どもや"名付き"達などと同じこの瞬間にお披露目のタイミングを合わせたのは、これらのうち各系統で1個体ずつとしていた。
その意図は、そもそもファンガル系統の進化には時間がかかること。
正確な能力や働きがわからない中で、進化速度2,000%アップのために1基で2~3日、俺に加え全副脳蟲とキルメが拘束されることのデメリットが大きいことを考えれば、まず、能力把握として1個体ずつはせめて……ということである。
他の個体達は、第5世代である『夢廊嚢』と合わせ、一旦の進化開始の指令だけ下して、後は放置しているという状況であった。
「では、今から、今後の活用における"能力把握"の開始といこうか」
≪きゅほほほ、僕は敏腕リきゅぴルーター令嬢≫
≪ちょっと遅れましたけれど、ユートゥ=ルルナただいま到着しました~。あら、素敵なドレス≫
≪きゅぴぃ! やはり"振り袖"仲間さんのルルさんこそ僕のダンスパートナーさんに相応きゅぴい……! さぁ、踊りましょうさんなのだきゅぴ!≫
≪あ~~れ~~≫
臓漿特急に乗ってきたであろう、巨大"逆さま"半魚人にして元【泉の貴婦人】の「ルル」がのたのたと現れる。しかし、そこにイオータとのダンスを終えたウーヌスが襲来。
そのドリルでロールなツインテールをルルの胴体(魚と人間の継ぎ目)にしゅるるると巻き付けたかと思うや――まるで独楽を回すかのように、江戸時代にあったとかなかったとか言われているちょっとお色気な"帯回し"を開始したのであった。
「悪の後に"代官"をつけたキャラ崩壊の罪によりリクルーター失格で。代わりに他の5きゅぴ、能力把握の補助をしろ……全く」
***
○黒瞳茸
≪あははは、てことで一番の"問題児"から片付けちゃおうか~、とモノが言っているのだきゅぴ、とうーぬすしゃまがもうちておりましゅ!≫
≪はらから声だせぇ!≫
こいつは第3世代ファンガル系統である。
正確には他の第4世代達と同時に羽化した個体ではないが――色々と問題があるということでモノの指示の下で隔離されており、リュグルソゥム家によって「解析」されていたものである。
その姿形は、邪悪な大幣めいたトーテムポール、と過去自ら評したことがある超覚腫の「中段」が肥大化・球状化し、全体的にくすんだ黒色となった形状。しかし色艶や光沢というものは無く―― 唯一、生命の容赦の無さを体現するという意味での"熱"的な存在である俺の眷属達の中にあって、どこか冷え冷えとした存在感を放つ「くすんだ黒色」とでも呼ぶべき存在。
この中段の球形には、表面に「目玉」……の紋様が、細かな襞によって編まれたように織り込まれる形で形成されている。つまり、実際の生物器官に相当する「目玉」ではない。
だが、特に「それ」が問題であるのか、ドゥオとトレースを通したウーヌスを通したモノのやんわりとした「警告」により――この俺とは直接相対することが無いように他の従徒や眷属達の向こう側に隠され、壁に向けさせられているこの「目玉」は、黒瞳茸が能力の発動を念じるや淡い魔素の青を放つ。
そして発動されるのは【精神】属性による強力な感応波であった。
「正直、驚きましたよ。【歪夢】のマルドジェイミ家の技に、完全にではないですけど、ちょっと近かったんですから」
リュグルソゥム家の誅滅事件において、ルクの叔父ガウェロットとその子らは【西方】の最前線に参陣していた。この際に【精神】魔法の大家であるが故に"天敵"たるマルドジェイミ家によって『止まり木』を阻害・妨害されたことが明らかとなっている。
黒瞳茸は、『元素適応系』のエイリアン達とは異なる独立した『属性適応系』であり――いわば実質的な『精神属性』の"砲撃茸"である。
そしてその力は俺の眷属や、亥象や葉隠れ狼や小人の樹精達にも影響を及ぼすことはない。
人間種にのみ、まるで見つめられ、縫い付けられたかのようにその場に立ちすくませ、顔をそらすことすらできない精神的なショック状態と化してしまうという力を発揮したのであった。
「【明晰なる精神】で対抗可能ですが、視られた後で本人が詠唱しようとしてもそれを阻害されますし、対抗され返されます。ただ動きを止めるだけとはいえ、オーマ様の迷宮の性質を考えれば、それだけで致命的でしょうね」
なお、この人間種には竜人も吸血種も、そして小醜鬼も含んでいる。ル・ベリのような魔人も含んでいるという点で同じであり――それぞれがリュグルソゥム一家による補助の下で行った検証では、皆、口を揃えて次のように言うのである。
まるで俺から【情報閲覧】をされた時のような感覚を――より不快にさせたかのような感触であった。
まるで「夜闇のような深淵」に覗かれたかのような不安さを感じたかのようであった、と。
――モノへの「質問」の件がなければ、より直接的に諸神が、それも主神である【黒き神】がその"名"の通り直接に俺の迷宮に干渉してきたかと思うような力である。
だが……だからこそ、モノが「違うよ」と告げたことに、俺は一抹の引っかかるものを感じていた。
従徒達が口を揃えて言っていた、その視られるという感覚。
それを聞いて、俺もまた連想するものがあったからである。
≪諸神以外の何かがある、とでも言うのか?≫
それは誰にも向けていない、少なくとも「エイリアンネットワーク」に向けた"心話"であった。
副脳蟲にもエイリアン達にも、そして従徒達にも向けていない、心理的独白のようなものである。
だが……それに答える者が現れた。
≪そうですよ~マスター≫
≪……お前を"除外リスト"に入れ忘れていたな――ルル≫
目線だけ向けたとところ、ウーヌスがルルに対して『4回転スローサルコウ』を決めたところであったので、俺はすぐに目をそらした。
氷属性砲撃茸に「スケートリンク」まで作らせて何をやっているのだあの姫重機は。
しかし、1対1の心話領域で、ルルに対する「まだ何か知っていることや隠していることがあるのか?」という念が言語化する前に先回りされるが如く。
≪"モノ"さんから、お話を聞きました~。それで、イノリ様も前に同じようなことをおっしゃっていたのを思い出したのです~≫
などと言う。
曰く、ピラ=ウルクになる以前の動物的な知性で覚えている範囲であったが、諸神だけじゃないというフレーズが――かつて彼女が【水源使い】として構築していた【眷属心話】の領域で何度か流れたことがあった、ということであった。
だが――モノがわざわざ、ルルに「お話を聞かせ」たということ自体が示唆的であるか。
未だ名前や間接的な事跡、技能システムに現れるその真名でしか存在を知らず、直接的にやり取りをしているわけではない諸神であるが、さらに、そこに最低でも現在【人世】はおろか【闇世】においてさえも語られていないか、被造物たる知性種達においても明確には知られていない何かがある――そんな"警戒心"を高めつつ、俺は、今はこれはこれでどう迷宮防衛に活用するかの検討をモノに丸投げることとしたのであった。
○属性導弾茸
進化前の属性砲撃茸が、属性結晶から対応する『元素系』の属性を直接、魔法弾のような形で撃ち放つのに対し。
属性導弾茸は、凝素茸時代の「白いオカリナ」の"殻"を完全に脱ぎ捨てつつ、魔法弾の基点となる属性結晶を身体の中心に包み込んでほとんど採取不能なまでに融合して取り込み――その"肉の蘭"めいた全身をねじるようにして伸長させ、肥大化させ、まるで「砲身」のような鼓動する筒状に真っ直ぐ伸びた器官を発達させた姿形となっている。
≪えっと……内部では幼蟲ちゃんもどき? さんが、生成されるみたいだよ……≫
撃つように命じるや、属性導弾茸がその「肉の砲身」を含めた全躯を収縮。数秒の"溜め"の後に、圧縮された肉感的なみちみち音のぎゅるぅんごぱぁという肉裂音と共に射出されたのは、アインスの言う通り、一見して幼蟲に見えつつも――口吻と牙まである――その腹部から魔素の青白い仄光を放ちながら高速で打ち出された「生体弾」なのであった。
肉と皮と骨と、さらに神経と筋繊維によって形成されたるこの『幼蟲もどき弾』は――ただ1点、内臓のみが無い。その内臓の代わりに、属性導弾茸の体内に装填されていた『属性結晶』がこめられており、しかし、対象に着弾した際の凶暴性は、飢餓状態に陥らされた際の幼蟲そのもの。
相手が岩盤だろうが小醜鬼の胴体であろうが、壮絶に、自壊せんばかりの「食わば死ぬ」「食わば諸共」「両刃の牙」の如く喰らいつき、食い破りつつ、数瞬遅れてその内臓に代替されたる属性結晶が爆裂して圧縮された魔力波を放って対象を飲み込む――という構造をしていたのであった。
「グウィース。種 み た い !」
「ええ……グウィースちゃん、たしかにある種の樹木は、なんか"実"にガスを溜めて種を遠くまで飛ばすって聞くけれど」
「グウィース! それ! それ!」
「ふうむ。この幼蟲もどきは、母胎蟲と寄生小蟲達の関係に近いのかもしれません。繋がっている限りは、栄養はそこから供給されてる、と」
「系統技能を見るに、保持しておける『幼蟲もどき弾』を増やせるようだな?」
さながら"弾薬ベルト"の如く属性導弾茸の身体の周囲に、切れ込みのような生体ポケットがあり――その中で小さな肉芽が育っていく、という塩梅。
同時に、属性導弾茸の体内に核として取り込まれた属性結晶が成長し、言わば結晶の子株とでも呼ぶものが生じて――それをこの"もどき"弾の中にねじ込んでいく過程が観察されたのである。
そして、この機序を見ていて、俺はふと気づいてしまった。
「"もどき"じゃなくて、"本物"の幼蟲の方を入れてみたら、どうなるんだ? これは」
果たして。
"もどき"弾の代わりに属性導弾茸に装填されたる幼蟲"本体"弾は問題なく装填。されると同時に、なんとその内部で属性導弾茸によって内臓をくり抜かれて連結され――おそらく「射出」までの栄養供給のためだろう――そこにできた空洞に属性結晶が挿入・癒合。
何の問題もなく発射から魔導爆発の炸裂が確認されるどころか、"もどき"弾よりも威力が高まる傾向が――それも特に喰らいつきにおける破壊力と突破力の圧倒的な差が観察されたのであった。
「生命の容赦のない執念のその輝き自体を破壊力に成す、か。幼蟲1体分を"消費"するのに対するコスパが良い、てだけじゃない。幼蟲自体を強化したら、その分威力も増すだろうな、これは……」
現状、単なる魔法の砲撃を行うだけであれば、属性砲撃茸を揃えるだけでも十分と言えるだろう。その意味では、この極めて物理的な食い破り効果を持つ生体弾の使い所は、それこそ魔法に対する対抗能力を持った巨獣か、はたまた構造物に対する突破能力であるといったところと思われた。
「対抗魔法だけで防げない、ていうのが最悪だよねこれ」
「小さな魔獣を弩で打ってきているようなもの……だよねぇ?」
「いやー……あたしはむしろ小さな"魔剣"とか、魔導具の類を発射しているようにも見えるかな」
例えば対多頭竜蛇であったり。
他の迷宮領主の「拠点」や施設そのものに対して、あるいは【人世】の『長女国』の魔法的防護の張られた建築物などに対しても、一定の効果を発するだろう。
○流壌嚢
単体で既に、その用途や役割、さらには応用においてまで「完成」している嫌いのある臓漿嚢。それが、自然界における土壌との融合に特化した粘壌嚢を経て、至った第4世代エイリアン=ファンガルが流壌嚢であった。
この小系統の共通の性質として、半液体の分泌物を生み出すという点では同じである。
臓漿嚢は強度のエイリアン親和物質である『臓漿』を生み出し、粘壌嚢は今やグウィースによる『大農園』には欠かせない肥料兼土壌の半有機物質たる『粘壌』を生み出している。
そしてこれらに対して、流壌嚢は、まず周囲に集まってきた労役蟲達から【凝固液】をその幾本もの管状の器官から取り込み――さらに運ばれてきた土砂と、さらにこれに加えて取り扱い注意であるはずの塵喰い蛆の"針"の如き『塵芥』をも取り込み。
胴部にミキサーのように発達した槽の中で自らが分泌したエイリアン体液と混合して、どろりと、薄い灰緑色をした不透明な液体を生み出すのである。
≪少しぬるぬるだね~≫
これこそがその分泌物たる『流壌』である。
一見すると単に沼地から沼をそのままドラム缶いっぱいにすくい取ってきただけにしか見えない代物。高粘度の流体粉塵とでも呼ぶべき独特の"ねばり"を見せる"ねばり"はあるものの、それでも手で軽く触れる限りは概ね液体としか思えない範疇には収まる程度。
だが――高速かつ質量のある一撃が加わるや、『流壌』はそれまでと全く異なる性質を示した。
それはいわゆる「ダイラタンシー」現象である。
不揃いの粒子同士が入り混じり、そこに液体が入り込んで特定の比率となることで――瞬間的な衝撃に対する強烈な耐衝撃性を発揮するのである。
「流体でありながら"鎧"となる、というのか。面妖だな」
「それだけではない。踏み込んでもがけばもがくほど、どろどろにまとわりついてより深みに引きずり込む……底無し沼のようなものですな、御方様」
≪つまり罠さんとしても活用できるってことだね、あはは! ただ単に地泳蚯蚓系列のみんながやるだけじゃ、こうはならないからねぇ、あはは≫
このような、使い方によって2つの性質を併せ持つ代物を分泌物として生成できる、ということがポイントであったのだ。ただ単に「流砂」や「底なし沼」といった罠のように活用するだけではなく、もしも臓漿などと組み合わせて迷宮全体に循環させることができれば――より広範な意味での施設の防護も成るであろう。
そのような可能性を感じさせる能力であると言えた。
○這脚茸
これもまた触肢茸から新たに派生した第3世代であり、"羽化"そのものは既に十分に確認済みであるだけでなく、一定数の「量産」も済んだエイリアン=ファンガルである。
そしてその特徴も――装備型として、非常にわかりやすい。
"運び屋"と呼称される通り、這脚茸は「生きた台座」として、ファンガル種でありながらぐねぐねとまぁまぁの速度で這い回り、運ぶことそのものに特化した存在なのである。
喩えるならば、同じ長さの芋虫と百足の「上半分」を切り取り――百足の「下半分」をひっくり返して、芋虫側の断面の上に接続した、とでも呼べば良いのだろうか。
「台座」とでも呼ぶべき這脚茸の上部は、わさわさと逆向きに多数生えた百足の肢のような器官によって、載せられたエイリアン=ファンガルをがっちりと挟み込むだけでなく差し込んで神経レベルで連結。
その状態で、下部を成す巨大芋虫の脚部によって這う形で、爬行ではあるものの、比較的自由に歩き回ることが可能となったのであった。
無論、臓漿高速にも適応している。
ある程度の踏ん張る力もあり、多少の段差ならばカタツムリかナメクジの如く登ることも可能である。
流石に土木部隊である触肢茸に関しては、その自力移動の方が速度が高かったが――その「がっしりと掴む」という逆百足型の上体部の台座の性質により、何なら運ぶことができるのはエイリアン=ファンガル系統だけではない。
"回転移動"のできない局面における噴酸蛆や塵食い蛆などに関しては、同じ恩恵を受け取ることができるのである。
そしてそれだけでなく、例えばエイリアン建材によって練り上げた"壺"やら、坑道掘削の過程で生じた多数の土砂礫やらを運ばせるのにも向く。
さらに、連結した際にその状態を維持するために通常必要となる追加の維持魔素と維持命素を削減する系統技能も保持しており――より効率的なる「運搬」のために、疾駆獣と合わせて『運搬班』に新たに組み込んだというわけであった。
これにより、労役蟲や走狗蟲などによる牽引、または装備に大きく頼っていた大型のエイリアン=ファンガル達の輸送を這脚茸達のチームに任せることができるようになり、労働効率が大いに増したと言えるだろう。
≪さらに期待大大さんなことにぃ! 成長性さんが二重丸なんだね! やったぁ!≫
現在、自然進化に任せてはいるが、這脚茸からはさらに3種類の第4世代が派生していることがわかっている。
それぞれ『尾鰭茸』、『履帯茸』、『連脚茸』であり――脚部の形状が代わりつつも、基本的にエイリアン=ファンガルその他を運ぶ、という役割は共通していることが見受けられる。
特に1つ目の『尾鰭茸』に関しては、その名前から想像するに、水中用であろう。
属性砲撃茸や超覚腫などを水中・海中でもある程度自由に泳いで移動させることができるようになることの価値は――今の状況においては非常に大きいと言え、リソースを割く意味のある進化先であるとも思えるのであった。
○次元拡張茸
○次元歪曲茸
≪今季のドラぷるト1位の指名選手なのだきゅぴぃ! とうーぬすしゃまがもうちておりましゅ!≫
≪つり上げろぉ!≫
そして、待ちに待ったエイリアン=ファンガル系統の"大本命"。
黒瞳茸が【精神】属性版の属性砲撃茸や属性障壁茸であるというならば――その【空間】属性版を成す存在こそが、凝素茸小系統の第3世代『次元拡張茸』、そしてそこから派生した、現在の因子解析状況においてすぐに進化させることが可能だった第4世代『次元歪曲茸』なのであった。
それぞれの見た目は、属性砲撃茸と近似している。白いオカリナのような形状である凝素茸が、その"殻"を割り砕き――常時その周囲に発生している【空間】的な斥力によって、生え出ている自らの不揃いの触手ごと浮遊させているというものだ。
なお『元素系』達との最大の違いとして、属性結晶に相当するものが存在していないという点が挙げられるが、これは黒瞳茸と共通である。『元素系』属性と『非元素系』属性全体の共通点とまで言えるかどうかは現時点ではまだわからないが。
話を次元拡張茸自身に戻せば、その"能力"は明快であった。
まず第4世代の次元歪曲茸は、【騙し絵】式【空間】属性魔法で言うところの「歪み」系列の力を生み出す。ある程度狙ったところに「歪み」を発生させ――単に目で見える空間だけでなく物理的な現象さえも、まるで空間そのものをアメーバのように伸び縮みしたかのようにずらすことが可能。
【歪みの剣】のような"離断"こそできないものの、【歪みの盾】や【歪みの法衣】のような形で物理現象を逸らすことにより――【空間】属性によって相殺するなどといった対抗手段無しでは、ほぼあらゆる物理的襲来物に対して無類の影響力を誇ることができるようになったのである。
ただし、これは第3世代次元拡張茸の性質をより"特化"させた能力。
それも、より直接的な干渉能力という意味においてである。
罠を生み出したり、戦闘補助という意味では次元歪曲茸の存在が、空間的な意味を含めて遥かにいろいろと柔軟にさせてくれるが――俺の迷宮の文字通りの「拡張性」という意味で、大本命はむしろ、第3世代の次元拡張茸なのであった。
その能力は、一言でいうならば『次元房室の生成』である。
「【騙し絵】家の連中が生み出す【歪みの宿】のようなもの……ですか。なんと、強力な」
≪どこで○ドア~?≫
≪いや、どっちかというと壁○けハウスかなぁ? 壁とか床とかさんにくっつかないと"お部屋"さんは作れないみたいだし!≫
その"範囲"は系統技能【房室創生】と【空間拡張】の技能レベルによって変わるが、次元拡張茸自身を中心とした約3メートルから最大数十メートル(予測値)を半径とする「部屋」を生み出す――という能力である。
ただし、何も無い真空を生み出す、というわけではない。
賢者蟲アンが述べたように、次元拡張茸による【房室創生】は、次のような流れを辿る。
<説明1>
次元拡張茸が、最低でも自身の体長の1.5倍程度の壁(あるいは床や天井)に取り付く。
<説明2>
そこで技能【房室創生】が発動され――次元拡張茸が、その取り憑いた壁の裏側にぐにゃりと【空間】魔法的な意味で裏返る。
当然だが、この時、実際にその壁の裏側には次元拡張茸はいない。
壁に裏側が存在しない岩盤であっても「岩の中にいる」ということにはなっていない。
<説明3>
次元拡張茸が取り憑いていた場所に、銀色の半透明の"渦巻き"が出現し、この新たに生み出された部屋の「入り口」となる。
なお、この「入り口」は次元拡張茸自身の意思である程度その大きさを決めることができることがわかっている。素の状態では最大でも半径50cmと、人が通るにも少々窮屈。
<説明4>
「入り口」を通ると、その先には、上で述べたような半径が約3メートル(可変)の「部屋」が存在している。
<説明5>
この余剰次元、余剰空間とでも呼ぶべき「部屋」の全周を覆う"壁"は――次元拡張茸が<説明1>の時点で取り付いていた素材によって覆われている。
つまり岩壁に接していれば概ね同質の岩壁によって。
氷に接していれば氷に、固めた木材に接していれば木材によって形成された、半径3メートルの球形の部屋として【房室】が創生されており――次元拡張茸自身はその内部で、特に指示をしない限りは「入り口」から最も遠い位置で、ちょうど<説明1>で取り付いていたのと同じ姿勢でじっと動かずに佇んでいるのである。
<説明6>
この「部屋」の物理的な性質は、次の通り。
まず、重力やその他の物理法則も、魔法法則も、果ては技能システムさえもが【闇世】のものと一致している。ただし光量であるだとか、酸素濃度といったものは――これがこの「空間」の正体を捉えるヒントだが――<説明1>で次元拡張茸が取り付いていた場所を基準としたものだったのである。
つまりちゃんと光も空気も届いており――さながら「取り付きポイント」を基点に、あたかも本当にそこに元々そういう数十から数千立方メートルの空間が元々存在していたとしたら、同じ3次元的空間の内部で、そこには「このように光が当たり、このように大気などが満ちて」いるかのように、当たり前のように周囲と同じ諸法則が連続している、とでも言うべきか。
……誤解を恐れないで説明するならば、新しく「部屋」が作られると考えるから混乱するのであって、そうではなく、元々ある空間の一部が【空間】的に圧縮されており、物理的には別の位相に存在している状態――に近いと言えるのかもしれない。
これを正確な科学的表現で説明できるだけの物理学の知識は俺には無かったが、しかし、このように捉えればこの「部屋」の内部が周囲と同じ"環境"であることは納得できるだろう。
その意味では、次元拡張茸が生み出した「境界」が「取り付きポイント」と概ね同じ材質であることも、感覚的には理解できることなのかもしれない。
<説明7>
そして問題は、ではこの"壁"を剥がしたり破壊したらその先には何があるのかについて。
結論から言えば、どこぞのオレンジ色の繋ぎを着せる収容施設めいた"検証"を小醜鬼達を何体も放り込んでやることになったが――「入り口」同様、次元拡張茸の【技能】によってこの"壁"の厚みは可変であり、それを破壊した先には。
「純然たる原初の【空間】属性としか思えない巨大な"斥力"……ですか」
その先に広がっていたのは、星の光すら存在しない、宇宙空間における銀河団と銀河団の狭間に広がっているかと思えるような、無間とすら思えるような深い深い夜色の虚無。
そしてそれを根源から満たしているかのような、圧倒的なまでの密度を感じる【空間】属性の力――いや、【空間】そのものが圧縮されたかのような「圧」そのものであったのだ。
つまり「取り付きポイント」の素材の"壁"のもう一枚外側に、球形に360度広がる無限にも思えるもう一枚の【空間】の壁があった、というわけである。
この【空間】の壁そのものは触れても問題が無く、その上を立って歩くことさえ可能である。
……しかも奇想なことに、目に見えぬ【空間】でありながら、その"反発"だとか"摩擦"だとか、それこそ表面の感触などは剥がして破ったはずの「1枚目の壁」と非常に近似しており――適度に凹凸のある岩壁由来の【空間】壁ならば、手指で感触を確かめて窪みに引っ掛けて登攀すら可能という有様であった。
つまり、このもう一枚の壁は、一枚目の壁を構成する材質をそのまま「透明」にしたかのような代物であったのだ。
しかし、ならばそれをさらに破壊してみたらどうなるのか――という俺自身の称号由来の感性が疼く。果たして、その結果はルクが頭を抱えて呻いた通り、一枚目の壁の材質の強度を破壊するレベルの干渉を行うと――巨大な【空間】魔法めいた"斥力"となって強烈に押し返して来て、元の「透明な岩壁なり透明な氷なり透明な木の板」なりに戻ってしまう、という原状回復性が示されたのであった。
……だが、それだけではまだ俺の"好奇心"が留まることはない。
小醜鬼を犠牲にするつもりで、人皮魔法陣を投げ込んで遠隔で【空間】魔法を発動させてみたのである。
結果は、【空間】魔法同士の座標衝突現象が発生したのか、そこそこの広範囲で【空間】壁が崩壊したが――それでも瞬時に、元の次元拡張茸が【房室創生】を行った部屋サイズにまで、何事も無かったかのように巻き戻ったのであった。
「さらに大きな【空間】魔法をぶつければ、もっと破壊することはできるかもしれないが……流石に徒労だな」
「あまり私の心臓を縮ませないでください……御方様。迷宮全体が、【騙し絵】家に対してやった『転移事故』のようにでもなったらどうするのですか……」
「そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない、としか言えんなぁ。だが、少なくとも迷宮領主たるこの俺の力から生まれた権能だ、これは。だから、少なくとも【領域】の力と干渉することだけは無いことはわかっている」
言うなれば、これこそがこの2枚目の【空間】属性の壁が、少なくとも【騙し絵】式ではないと断言できる理由である。
【騙し絵】式が、迷宮の【領域転移】の力の歪な再現ならば――実はデェイールやその手下どもの死体の解剖と解析がさらに進み、ほぼその正体と思える重要な発見ができたのだが、そのことは今は置いておいて――次元拡張茸の力は純然たる派生能力として生まれてきたものだと言えるだろう。
<説明8>
なお、指示を出しておかなければ「部屋」の最奥に陣取る次元拡張茸だが……普通にこの「部屋」から外に出られる。
技能【房室多生】によって、1基で最大3つまで生み出すことができるようであり、検証する限りはどれだけ距離を離しても一度生み出された「部屋」は、その解除を命じない限りはその場に存在し続けることができる。
制約も次元拡張茸自身の維持魔素・維持命素がわずかに増える程度であり――おそらくだが殺されたとしても、他の次元拡張茸が余剰の【房室多生】の"枠"を持っていれば、そこに引き継がれるのではないかという予想も俺はしていた。
いずれにせよ、外に出すことができる、というのは活用を考える上では重要な情報である。
「部屋」を作るだけ作っておいて、その維持者である次元拡張茸自身は安全な場所にまとめて隔離しておくという運用も可能となるだろう。
そして――。
<説明9>
次元拡張茸が、俺にとって「盤面を変える駒」たる所以。
第一に、この隔離された【房室】に通じる「入り口」は――これまた技能に依存はするが次元拡張茸の意思によって移動が可能。
第二に、これらの「部屋」の内部に新たな「入り口」を移動させることも可能。つまり、"入れ子"とすることができることがわかったのであった。
「その気になれば、無限に続く樹状図の如く、どこまでもどこまでも部屋を繋げ、枝分かれさせていくことができる……ということですね? 我が君」
「いや、かーさ……母上。【騙し絵】家の"空間巾着"効果と同じ魔導具としても扱うことができるから、オーマ様の言った1つ目の効果だけでも大概、かも」
リュグルソゥム家の2番目の双子の女児の方ティリーエの指摘通りである。
これが、どれだけ俺の迷宮の有り様を変貌させてしまうかは、語るまでもないことだろう。
次元拡張茸の保護や、2枚目の【空間】壁の正体といったそれなりに厄介かつヤバい可能性の高い問題も無いわけでは無いが、極論、その気になれば俺は今の迷宮を全て丸ごとミシェールの言う「無限の樹状図」式に連なる「部屋」の中に収納してしまうこともできるのであった。
「生憎と『入り口』が1つしか作成できないから、迷路ほど上等な構造にはできないだろうがな。だが、そんなことわざわざしなくても――そこらへんの通路の天井や、部屋の片隅や、調度品の真下に隠した『部屋』から次々に俺の眷属どもが出現するような構造にだって、できる」
「大事なものをその『部屋』の奥の奥にしまっておくこともできますなぁ!」
「しかもティリーエ殿の言う通りに使うなら、整理整頓も非常に楽である、と。それどころか改装も、その逆にシャッフルしてしまうことも楽ときた! 伝え聞く【騙し絵】家の侯邸顔負けじゃないのか?」
伊達に元鉱山支部の幹部ではないといったところか、ゼイモントとメルドットの理解もまた早い。
簡単なことで――俺の迷宮経済の"生産力"が【領域】に、3次元的な地形に制約されているというならば、簡単なことである。
例えば『結晶畑』なんかを大量にこの「部屋」の内側に作ることができれば――どれだけ「収入」が高まるだろうか。労役蟲達に重労働をさせてまで、坑道を拡張する必要もまた無くなるのである。
はっきり言って"壊れ"としか思えない性能――そう思っていたのだが。
いつもの迷宮核からの通知である。
ちょうど、副脳蟲どもの時と同じことが起きたのであった。
――迷宮領主【エイリアン使い】において"次元操作種"の誕生を検知――
このことが意味しているのは――無限空間迷宮もまた、【闇世】の迷宮領主達にとっては、全員がそうではないだろうが、それでもある程度は「共有」された知識である可能性が高いということ。
げんなりすると同時に一気に警戒心が湧いた心地のまま【闇世】Wikiを調べるに――『次元操作種』そのものについては当然の如く爵位権限不足で弾かれたが、一つ気になる情報には至ることができた。
それは【絵画使い】――『画狂』イセンネッシャとの関係が疑われる存在――が編集した記事のうち【破廊の志士の誓約連帯】とかいう、確かフェネスが俺に「紹介」してやるだとか言っていた"テロリスト集団"に関する『参考文献』にて。
次の通り記されていたのであった。
『……(中略)……志士達の大義により、【回廊使い】を討滅するための次元拡張領域間戦争の趨勢は今なお予断を許さない。』
知れば知るほど、学べば学ぶほど、検証を重ねれば重ねるほどに――そこに広がる仕組みと法則の複雑さに圧倒される思いを同時に感じている。
次元拡張茸がゲームチェンジャーなのは間違いないが……それでさえも、少なくとも【闇世】においては、俺が"第一人者"というわけではない。
潜り込めば潜り込むほど、見つめれば見つめるほど、見通そうとすれば見通そうとするほどに、まるで夜色の深淵が俺を無数の眼差しによって包み込むように見つめ返してくるような虚脱感に囚われながらも、俺は頭を振り払いながら【エイリアン使い】として"できること"に向け、副脳蟲どもを巻き込んで頭をフル回転させていくのであった。





