0210 刃の踊り子の渡界奇譚(1)[視点:剣舞]
えっとなー、確か、【闇世】の創造神話に曰くってやつだ。
『九大神』が第2位階の柱たる【夢幻の狭間の遊び子】が、天と大気を成す水気に、その七色の画材を零した……っと。
それで、かの【夢遊子】様だか【夢子】様が描いたっていう幻楼の七色は、【闇世】において【光】の属性を代替した【全き黒と静寂の神】の権能と入り混じり合って――昼間は"黒き"太陽の陽射しを受けて、空は乳白混じりの薄紫色に淡く色相遷移し、夜は深い深い紫色にも似た漆黒の夜空に、およそ【人世】ではありえぬ双子月と星々の煌めきを描き出している……ってことだ。
ちなみに世界の創世では、まぁあたしぐらいしか気づいていないっぽいけど、実のところ【色彩】っていう世界観が最も重要な概念の1つであったわけでさ。
【闇世】でそれを任されているのが【夢遊子】様で、そしてそれがそのまま【黒き神】からの信認の深さを表すものである――とかなんとか。
「うひひっ、どうしたネフィ姉。柄にもなく"神話"を口ずさむロマンチックさがあったなんて、あたしは驚いてしまった! なんだよ、恋でもわずらいやがったか? やめとけやめとけ、どーせあたしらには縁のない話だって、うひひひ」
腹の底から茶化すような底意地の悪い声を"妹"から投げかけられ――【鉄舞う吹命の渓谷】が第三女ネフェフィトは、その魔人らしからぬ褐色の肌と特徴的なる一本角の【異形】を踊らせるように振り向き、メレイネルの胴鎧を軽く蹴飛ばした。
そこは【闇世】の大自然の最中である。
まるで天に空いた巨大な陥穽――"大穴"の如き【闇世】の黒き太陽が地平に沈みゆく。
斯様な天蓋から降りてくる『陽射し』は、種族的な意味でも魔法的な意味でも、そして【異形】的な意味でも、『ルフェアの血裔』こと「魔人」と呼ばれる"人族"にとっては全身の昂ぶった神経を穏やかに整調させるという恩恵そのものであったが――同時に、見つめ続けていると、まるで天に向かって落ちていくかのような、得も言われぬ根源的な仄かな不安を与える存在でもある。
そのような沈みゆく黒き『太陽』に照らされ、【夢遊子】の筆に描かれたかのように「薄」から「深」へと濃度を増していく紫色の天空に見下されるは――『千抉の二層荒原』。
あるいは単に"抉れ二荒"とも呼ばれる……【闇世】では比較的ありふれた地形である。
遠目に見れば、【黒き神】率いる『九大神』の恩寵と、世界の構成要素的な意味での多少の無理により、【人世】に近い自然法則が構築された結果、生み出された荒涼の荒野である。
だが、その"千に抉れた"という名が表す通り――この荒原は「二重の二層構造」となっている。
それは【闇世】の創造の際に、その巨大な力の収斂に耐えられなかった大地が、大規模に褶曲した結果であった。
さながら、一枚の平面であった地表に「津波」が生じて、地表の表層が数百メートルの厚さごとうねらせた状態で固化してしまったかのような地形。
土砂と礫溜まりと地盤と岩盤が渾然一体となった「地波」が、大地から天に向かって弓なりに湾曲しながら逆巻いて"飛沫き"上げるかのように、数平方kmにも及ぶ領域をめくれ上がらせているのである。
この箇所が『上層の荒原』。
対し、海上の高波が筒上にめくれ上がって、そのまま降り注ごうとする「底面」となる部分が『下層の荒原』と区分される。
――なお、後にこの光景を目撃した【エイリアン使い】オーマの表現を先取りしよう。
彼の喩えに曰く。
『あぁ、なるほどな、巨大な"地表高波"てわけだ。サーフィンで言う「リップ」の部分が「上層」で、「ボトム」の部分が「下層」に対応している……てわけだな? 現実には、そうした「波」が幾百幾千とあらゆるベクトルで切り刻みあってるわけだから、めちゃくちゃに複雑な立体構造になっているわけだが――『最果て島』の【樹冠回廊】といい、どうも【闇世】は"二層"構造が人気だな? 重力どうなってんだろうな』
最初は何の変哲も無かった、おおよそ平面である荒原の地表に"波"を立たせて、さながらプロミネンスのようにうねりめくり上がらせ、それを様々な方向から幾重にも幾本にも発生させ、ぶつけ合わせ、混じり合わせて捏ね固めたような地形ということである。
そうした、まるで液状化した上で大陸ごとシェイクされたかのような「地波」が、最終的には金網のザルを大地に半溶接して切り刻んだものを大雑把に「上」と「下」に分けたかのような、複雑な『二層』構造が形成されていたのであった。
そんな『上層の荒原』の"抉れ"て『下層の荒原』を見下ろすことのできる断崖の縁に、【鉄使い】の迷宮から旅出た第三女と第四女は立っている。
メレイネルが粗野な武人の如き声で下卑た笑い顔を浮かべて姉の「詩作」をからかったのは、そんな【闇世】の激しすぎる自然地形の上に立って深き紫色に移ろいゆく空を見上げながらのことであった。
泥土のような濃い茶褐色と黒を基調とした全身甲冑は、さながら『人食い鬼』を模したかのように物々しく異様な威容。それどころではなく、頭部まで覆われた姿とその【異形】による四腕は、鎧の内側にあるメレイネルの本性がただの魔人の女性ではなく、まるで本当に悪鬼であるかのような印象を見る者に与えているのである。
その甲冑のフルフェイスヘルメットの下には、白けた金髪と『ルフェアの血裔』特有の透き通った青白い肌――を焼き潰したかのような"褐色"の肌――をした人形のような容貌があるなどとは、知らぬ者には想像もつかないことだろう。
「五月蝿いな、メリィ。あのな、そこからあたしは、こう続けるつもりだったんだ。『しかし、空から真っ赤な赤い雨がぶちまけられているのであった』……ってな! どうだ、乙ってやつだろう?」
「けっ! 風情も錆びも……じゃなくて寂びってやつも全部台無しにするあたり、期待通りの駄作だな、ネフィ姉」
茶々に対して、苛立ち半分、面白半分に答えたのはネフェフィトである。
本家『人食い鬼』による丸太のような棍棒の一撃を受けても余裕で耐えることができそうな"四女"メレイネルの全身甲冑姿とは一転。
ネフェフィトは、首元から肩と胸、腹から腰へ抜けて下腿にかけた領域を、淡く白く【命素】の流れに応じて発光するかのような生地の薄布で包むのみであり――さながら踊り子のような露出度の高い出で立ちである。
ただし、この"生地"は、彼女達の父たる【鉄使い】フェネス謹製の『稀銀』製の金属糸で織られた衣装。『九大神』が一柱たる【星翳と双月の番人】の"後援"が文字通り煉り込まれた逸品であり、魔法や超常や迷宮の力まで含めた総合的な護りの権能で言うならば、メレイネルが全身を纏う甲冑を優に上回っている。
それが健康的に無駄なく引き締まったネフェフィトの肢体を色気立たせているが、それは淫靡的な意味での艶やかさというよりは、むしろ、その筋肉が身軽さと闘争のための舞い、跳躍と躍動のために駆使されることを見る者に知らしめるような、鍛造された彫刻じみた健康的な艶やかさの類が強い。
そしてネフェフィトが特徴的だったのは、一目には『ルフェアの血裔』とは思われない褐色の肌をしていたことであった。
……それはメレイネルのような後天的なものではない褐色として、である。
【闇世】の『太陽』の陽射しは魔人を傷つけることはない。故に、一般的に【人世】において褐色という、強すぎる陽射しから皮膚と肌を守るための成分を多く含む性質を帯びた"褐色"の肌というのは――自然には生まれ得ないのだが。
「かーっっ! 念願の【人世】行きが決まってからのネフィ姉ほんと気持ち悪ぃなほんっと! 【幻獣使い】んところのあの年齢詐称娘っしぃちゃんの"寄生生物"まだ入れられてねーはずだろうが、かーっっ! げぇげぇ、あっち行け虫唾るわほんと!」
「お! お? お!? こ、この馬鹿! いくらなんでもメリィだからって許さないぞ!? あたしだってなぁ、あたしだってなぁ! ヴィヴィ姉みたいにおしとやかに文武両道でなぁ――」
ぎゃあぎゃあと自らの現在の立場も忘れて大声で騒ぐ"三女"と"四女"。
【鉄使い】フェネスの"五人娘"として知られる存在である彼女達は、現在【叡智に仕え"界"の励起を資さんとする拙き徒達の小派】(通称【励界派】)の"内乱"に対する『監軍』という肩書きで、前線の一つに陣取り戦の趨勢を見守っていたのである。
薄暮と夕闇の中間、薄くも深くも無く、ただどんよりとした「紫」色の空から、【夢遊子】の絵筆から乱雑に振り落とされた絵の具のような赤錆色、文字通り"血"の色をした曇雲が、夏の日の入道雲の如く急激に発達していく最中のこと。
見る者に一目で「不吉」の二の文字を思い起こさせる視覚的不協和色であるが、"三女"ネフェフィトはその血色の入道雲を一瞥。
すぐに足下に広がる谷底の『もう一つの荒原』に鋭い眼差しを送っていた。
――ネフィにもメリィにも"戦略や戦術"はわからない。
もっぱら【鉄使い】の迷宮である【鉄舞う吹命の渓谷】の警邏と防衛に当たってきた二人であり、"対外的なこと"は……それを担当する"長女"に。そして迷宮経営における父の補佐を担当する"五女"に。あとそれらを総括的にサポートする"次女"に。
そうした「頭脳役」達に任せてきた、武闘派にして荒事が担当なのが自分達である、と自認する似た者姉妹であるのがネフィとメリィであった――二人の絆はただそれだけでは語られないのだが。
ただし、どちらも「切込み役」は相方の方であり、自分自身こそが「制止役」であるとお互いに思っているという点で、微妙に自分と相方のことをズレて理解していたわけであるが。
しかし、二人が【鉄舞う吹命の渓谷】の従徒衆と眷属達を統括して「守り」を担当してきた体制にも、"例の会談"以来の大きな変化が訪れる。
迷宮領主たる父フェネスが長年焚きつけ続けてきた甲斐であるかはわからないが、【励界派】がついに"内部争い"を表面化させ、この"決闘"が始まったのである。次女ラフィネル曰く、「ハルラーシ回廊の自治支配の伝統は新たな時代に入ったのです」とのことであり、無論、その意味するところを理解したネフェフィトとメレイネルではなかったが――。
次女ラフィネルは"五人娘"随一の鬼謀で以て、途中過程を何段も跳ばす癖がある。
続く言葉は、「故に貴女達も前線に出なければなりません」であり、頭に何重もの「はてな」が浮かんだ二人をあれよあれよと戦支度させながら、場所と時間を指定して強引に言いくるめ、"前線"にまで送り込んでしまったのであった。
――そのため、二人はこの地はハルラーシ回廊の"どこか"であるとしか知らされていない。
だが、それもそのはずではある。
そこは"とある自治都市"と『とある自治都市』の間に位置する交通の要害であり、それぞれの自治都市の側へ効率よく移動しようとするには――その"抉れ二荒"の近傍を通らねばならない地点。軍事上の要衝であり、たとえ相手が迷宮領主であっても、容易には『地図作成』ができぬよう、自治都市達による"仕掛け"が施されている地だったのである。
しかし、そのような要害を、【励界派】の内乱が始まるや予め計画していたであろうとしか思えぬ手際で眷属軍を動かし、『上層』を占拠するに至ったのが【魔弾使い】であった。
対し、『下層』側から押し寄せるは、血と臓物が混然と一体化して水気を失って渇いて侵された、まるで吸っただけで疫病にかかるかと思うような、そんな死臭を孕んだ"風"。
――それはただの嫌がらせでも仕組み、ましてや【闇世】の極限の環境などでもなく、実際に、今攻め寄せてきている"相手"の眷属達が放つ正しい意味での五覚に訴える"腐臭"なのである。
臭いに入り混じって、まるで風までもが腐れ落ちたかのような、咀嚼音とも肉を引きずるような音ともつかない"地鳴り"が土埃を巻き上げる。腐った喉をばらばらにするかのような水音混じりの"金切り声"のような鳴き声がその中から響き渡ってくる。
だが――ターン、ターン、と一条ずつ、そして時に、タタタタターン、とタガの外れたような連続した鋭く破裂するような炸薬音と瞬間的な閃光が、そのまるでこの世を恨むかのような未練と憎悪に満ちた"金切り声"を切り裂いていく。そして、そこから流れ出る硝煙の臭いが、また、腐った死臭を嗅覚の面からも切り裂いているかのようであり――時折響く爆音が、文字通りに『下層』に血肉の爆煙を撒き散らしていく。
【魔弾使い】の精鋭狙撃部隊『八重奏』の数分隊が、この"抉れ二荒"に防衛陣地を形成しているのだ。
そして、『基本種』としてはあらゆる迷宮領主の中でも"最弱"の一角を占める存在でありながら、コストに対する戦果の獲得が良い、つまり「使い捨て」としては最適な存在である【歩行する屍】の大群を差し向ける【死霊使い】ジャクシャソンによる攻勢を、水際で食い止めているのであった。
「つか、あれじゃなかったっけネフィ姉。あの"死体好き"野郎は、"人形好き"野郎と一緒になって"人体好き"野郎と【情報戦】繰り広げてるんじゃなかったか? 早すぎねぇかぁ! こんな大規模戦闘はよぉ! 燃えてきたよなぁ! うひひっ」
「それあたしも思ったぞ! でも……ラフィ姉、どこから情報取ってきたんだろうな? ここに裏かいて攻めてくるって。そして"見張り役"のあたし達がなんでこんな最前線に送り込まれたのかを教えてくれ!」
「うひひひっ、ラフィ姉も大概だからなぁ。なんだってんだ、ここに私とネフィ姉がいることに『意味があるのですよ』って――おおっと!? うひひっ!」
メレイネルが下卑た笑い声をフルフェイスヘルメットの内側にくぐもらせながら身を引く。
と同時にこれまた完全武装された四椀が翻り、それぞれどこからともなく【防具操作:多重】によって喚び出された四種四様の"盾"達が踊る。一糸乱れぬ動作でメレイネルによって『盾ぶん殴り』の要領で振るわれたそれらが――現れた者の眼前で寸止めされる。
「この馬鹿! 味方に襲いかかる奴があるか馬鹿メリィ! 大丈夫か、あんた……!」
現れたのは短髪に乱雑な刈り込みを入れた青年である。
実際にメレイネルに殴り飛ばされはしなかったが、急な動きに凶行の予感がよぎったのか、彼はとっさに後ろに倒れ込むように飛び退いて、面倒くさそうな表情でネフェフィトとメレイネルを凝視していたのであった。
一目には"不健康そうな青年"という印象であった。
脱いだ兜は紐で首に引っ掛けられており、片方の瞳には【異形:重瞳】が備わっており魔人の戦士である。だが、目の下に異様なほど深い隈ができており、また青白いを通り越して石膏のように"白い"肌がその健康状態の悪さを強く印象付ける青年であった。
いっそ【死霊使い】の配下かと見紛うような、何日もろくに食わず眠らずの籠城戦を戦い抜いてきた幽鬼のような顔貌であるが――身体のラインに沿ったような全身を包む臙脂色の装束、顔面に直接着脱する方式と思しき"望遠眼鏡"、そして【魔弾使い】の名を知らしめる代名詞とも言える『禍々しい鉄筒状の杖』を構えていることから、【魔弾使い】の『精鋭狙撃手』であり、この地を守る【八重奏】の構成員であることに相違ない。
「あー……こちらこそ悪い。1番隊のシヴ・ウールだ……」
ぼそぼそと呟くような声。
だが、ネフェフィトが何かを言おうとした次の瞬間。
シヴ・ウールと名乗った【魔弾使い】の『精鋭狙撃手』の幽鬼のような隈だらけの眼光が、まるで蜃気楼を発したかのように揺らぐや、『鉄筒状の杖』を水平に構える。短く「伏せろ」「避けろ」と【二重発声】が発せられ、ネフェフィトとメレイネルが戦場の流儀に従って反射的にそうするや、轟音と共に『鉄筒杖』の先端から魔素混じりの青い閃光。
――もしそれが、単なる手製の小型の"大砲"からの射撃であれば、【鉄使い】の従徒であるネフェフィトとメレイネルにとっては見慣れたものであったろう。
だが、『精鋭狙撃兵』シヴが撃ち放った一撃は、まさに彼の迷宮領主の権能を表す"魔弾"と呼ぶべき代物。
"三女"ネフェフィトも"四女"メレイネルにも気付かれることなく、『下層』から『上層』に向けて断崖を駆け上がっていた存在が、この場に居たのである。
【肉着の脱衣者】という、こちらは正真正銘の『幽鬼』系の存在である【死霊使い】の眷属の一団である。
襤褸きれたローブを纏い、獣のような鋭い爪を五指から生やした骸骨達であったが――その全ては霊体によって構成された擬似的な身体であり、物理的な干渉をほとんど素通りする性質を有している。
――『監軍』としての見張りに徹していたはずのネフェフィトとメレイネルが、明らかに「そこにいる」と理解した上で、半透明の揺らぎのように宙にわずかに浮遊しながら、崖を直接駆け上って襲撃してきたのである。
それを理解して駆けつけたであろう、シヴが【魔弾】が青い閃光によって空間を引き裂く。
と同時に、それはおよそ"砲"としてはあり得ない、ネフェフィトにとってもメレイネルにとっても常識外の軌道を描いて見せた。
まるで、絵筆の使い方を覚えた幼児が、乱雑な一筆書きを描くかの如く。
直線でなければ曲線でもなければ螺旋とも異なり、跳弾ですらない、ランダムで不規則かつ無規則としか言いようの無い――しかし、対象を穿つという明確な目的だけは宿った狂気の軌道を描きながら【肉着の脱衣者】達を襲ったのである。
小さな砲弾そのものは物理的な存在ではある。『脱衣者』達の眉間を次々に通り過ぎていく砲弾は、物理的な作用としては霊体に傷をつけることはできなかったが――貫通の際に"魔弾"として込められていた魔素が刃のように発散、放出。『脱衣者』達の額の奥で淡く鼓動していた【核】――幽鬼系の弱点たる【遺念核】――を打ち砕いていったのであった。
何をされたかもわからず、ぼろぼろと魔力の流れと化して綻んでいく『脱衣者』達であったが――その苦悶の表情は、果たして『幽鬼』に身を落とす以前からのものであったか。
"標的"に気付かれずに近づいたは良いものの、何もその用を成すことなく出て落ちた【肉着の脱衣者】達と、シヴの腕前を目の当たりにしたメレイネルが口笛を吹く。
「へぇぇ! やるねぇ、あんた。てか、よく見たらイイ男かも? 【魔弾使い】の『精鋭』は若い男ばっかり囲われてるって噂には聞いていたけど――あダメだわ、あたし同世代は無理なんだわー、5年か10年くらいは経ってもっと渋くなってからもっかい現れてくれ、な? うひひひっ」
「はぁ……何バカなこと言ってやがる? さっさと行くぞ……いや、待て。まさかとは思うが、あんたら、聞いてないの……か?」
「おいこらメリィお前この馬鹿! さっきからいきなり何失礼言ってるんだ! 嫌な予感がすると思ってたんだ、どう見てもあたしらが狙われたんじゃないか! 何なんだよぉラフィ姉よぉ、ただの"お散歩"みたいなものですからって、あぁぁーーー!」
"魔弾"によって瞬時に複数の『幽鬼』を屠ったシヴであったが、彼としても今行った応射は負担が大きかったらしい。軽く息を上げながら、全身から魔素と命素を発しており――【異形:重瞳】もまたぶるぶると震えた様子を見せていた。
しかし、それでも彼はこの局面を任せられた『精鋭』。
すぐに、必要な情報を、この二人に合った表現で伝達する。
「これで終わりじゃない、ここは落ちる……というか落とさせるんだよ……【屍塊投擲器】がうじゃうじゃ来てるぞ! あれは【八重奏】の装備じゃ……荷が重すぎるからな」
「はぁ!? ちょっと待て、あたし達はそれじゃどうするってんだよ、今から逃げるのか?」
「うひひひっ! いいねぇいいねぇ、嫌な予感当たって嬉しいじゃないかネフィ姉! どうすんだ? 撤退戦と洒落込むのか? 『守り』ならこのメレイネルに任せな、うっひひひ!」
「逃げる……? 撤退……? 阿呆ォ言え! あぁ……最悪だ、貧乏くじな上に『馬鹿』どものお守りなんて……最悪だ、恨むぞあのクソ年増……! あのなぁ、この……ここの"抉れ二荒"はなぁ、【爆破解体】予定なんだよ! そんであんたらはこれから――」
シヴがまるで血でも吐きそうな、しかしその強い義務意識から絶叫するように"五人娘"の武闘派に超緊急の作戦概要説明を行おうとした、その矢先の時のこと。
『上層』から見上げる"血"そのものの如き曇雲から。
生者への怨嗟の如き叫び声にも似た、それらが幾重にも重なった"豪雨"が赤く降り注ぐのを3人は思わず振り仰いだ。
そして【魔弾使い】の『精鋭狙撃手』達が陣取り、撤退戦の準備を速やかに勧めていた"抉れ二荒"『上層』を徐々に包囲し始める【歩行する屍】達の中から、徐々に"変異体"が形成され始める。
――それは死体を材料とした"器械"だった。
文字通り「骨組み」し、「肉付け」し、継がれながら、接がれながら、有機的に組み立てられていく"兵器"であった。
「"砲撃"が来るぞ……!」「飛び降りろ……!」
【二重発声】によって一呼吸で2つの意を伝達。
と同時にシヴは『鉄筒の杖』を文字通り杖代わりにして強引に立ち上がり、ほとんど前のめりに倒れ込むようにネフェフィトとメレイネルに突進。押し出すように、自分自身もろとも、"抉れ二荒"の『上層』から『下層』を見下ろす断崖、今まさに【肉着の脱衣者】が駆け上ってきた絶壁から身を投げたのであった。
いつもお読みいただき、また誤字報告をいただき、ありがとうございます!
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■作者Twitter垢 @master_of_alien
読者の皆様に支えられながら本作は前へ進んでいます。
それが「連載」ということ、同じ時間を一緒に生きているということと信じます。
どうぞ、次回も一緒にお楽しみくださいね!





