0203 恒常性のうちより揺籃さるるは新たなる因果
11/13 …… "名付き"の構成を一部修正しました。
『司令室』を離れ、副脳蟲どもが待つ『大産卵室』へ向かう坑道。
人の手による坑道の場合は、崩落を防ぐために坑木が敷き詰められて「経路」を成すが、俺の迷宮の場合は『エイリアン建材』や臓漿がその役割を果たしている。
特に臓漿に関しては、『司令室』や事実上の捕虜収容施設の役割を果たす『客室区画』といった、人間が活動することを前提としない――高速移動用の通路にこれでもかと敷き詰められていた。
それはさながら、巨大生物の内臓の中に迷い込んでしまった、少々スプラッタな冒険活劇ものの悪夢的な描写そのままの景色であったが、壁をみちみちと覆った臓漿越しの【魔力灯】が映し出すぼうとした明かりが、生々しさをいくらか軽減していたか。
あくまでも高速移動が目的の幹線であり――より小型のエイリアン達用のもっと高速のものもあるが――そういう意味では、エイリアンの迷宮らしさに溢れた光景が道の先まで続いている。
無論、【領域転移】によって移動することもできたが、幹線となる主要な経路を臓漿で覆い尽くすプロジェクトが完了していたのである。
そのため、いざという時に実測でどの程度、徒歩の場合に移動時間がかかるのかをついでに計測する目的で、俺は配下達を率いて『第二の広間』を越え、『大産卵室』へ向かっていた。
俺の眷属どもは元より、技能【迷宮生まれ】によって親和性が高まっているダリドやキルメなどは、馴れている調子で、臓漿の上をずんずんと踏み締めるように進んでいく。
――臓漿は、生きているのである。
原始的な集合的群体的知性しか示さないが、それでも自ら的確にその上を進む俺達の足裏から、的確な角度と力量で反発し――時にその内部で循環している魔素や命素を通して【魔法】すら補助する能を見せながら――常人が進む速度の2~3倍の移動速度を成す。
意外に感じることかもしれないが、臓漿どもはとても綺麗好きだ。
彼らを生み出す大本の臓漿嚢達が"ろ過"機能の元締めとなり、通りゆくエイリアン達も、この俺も従徒どもも問わずに、身体についたり外から持ち込まれて振り落とされた土埃や汚れの類が吸着され、循環の先で回収されて排出される仕組みとなっているのである。
妙な「液体」であったり、激しい戦闘の後の「血」であったりその他の「臓物」であったりなどは無駄なく臓漿の底面に沈んでいくように取り込まれ――ちょうど人間の体内の血液が全身を巡るように、数日かけて洞窟内を蠕動して集積されるのである。
いわば「血流」そのものの役割を臓漿が担っている、というところか。
迷宮内を巡回する労役蟲や走狗蟲や触肢茸達が、かつて徒歩か走りで移動しなければならなくなっていた時と比べれば、移動革命が起きたと言っても過言ではないだろう。
――そして、この巨大な恒常性は、逆に、踏み込んだ侵入者どもに対しては大いなる加害として働く。生ける肉塊として臓漿がまとわりつき、魔素も命素も奪う上に、移動速度は迷宮の住人である俺達とは逆に2分の1から3分の1にまで制限させる。
吸血種ユーリル少年の襲撃に始まり、その後の【転移】魔獣数十体、【人攫い教団】の武装信徒達、そして【騙し絵】家と追討部隊の連合がその真の実力を発揮し得なかった所以もまたそこにあったと言えるだろう。
斯くして、俺は、主要幹線の「血流」を滑るように歩き来たって――道中で脱走した幼蟲を追いかける労役蟲達や、哨戒担当の走狗蟲達、運搬を行う触肢茸達とすれ違いながら、ル・ベリらを伴って『大産卵室』にまで辿り着いたのであった。
大小のエイリアン=スポアが、迷宮内で最も"厚く"……もはや浸されて浸かっていると言えるようなレベルで臓漿によって覆われた床に壁に天井にずらりと並んでいる。それはただ単にくっついている、張り付いているというものではない。
根とも血管ともつかない"脈"が、臓漿の中にがっちりと通る形で接続されており、一種の生体的な「内壁」となっているのである。
ただ単に、魔素と命素が激しく、洞窟か迷宮を一個の生命に擬した際の巨大な拍動のように鼓動するだけではない。
生暖かく湿った、密集した生体が発する"熱"や、成長の過程で発されるエイリアン=スポア達の"呼吸"だけでもない。
絶えず、蠢きうねる臓漿の間を泳ぐ労役蟲や走狗蟲や遊拐小鳥や突牙小魚達によって給餌され、また不要な成分が排泄されて臓漿では運びきれない分が受け渡され――甘いものから酸味を帯びたようなものから、饐えたような臭いが入り混じった、混沌の坩堝に相応しい『活況』が、『大産卵室』に訪れていたのであった。
――その中に、時折、基準に満たない"処分品"として運ばれてきた形成不全達があげる奇妙な叫びが入り交じっているが、それこそこの場にいる誰にとっても慣れたものである。
「大盛況ですな、御方様」
「今回の戦いで、2割が戦死、1割が戦闘不能。再起可能な重軽傷者も2割に登ったからな、大立て直しだ」
「【人世】の……ルルめの【領域】を接収できたことも大きいですか?」
「【四季一繋ぎ】を"解消"させたから、【泉】の周りのちょっとした範囲でだけだけれどな。だが、ルルが選んだ場所だけあって――魔素と命素が溜まりやすい地形だ。前の『禁域の森』よりもずっと拡張はしやすいし――『ハンベルス魔石鉱山』にも近い」
「まずは、そちらとの"接続"を目指す、ということですか。"遺跡"の探索と連動させることを考えると、堅実な一手ですね」
「そのためにも大量の労役蟲も必要になる……なりますね!」
"総力戦"の代償として大幅に失った戦力の補充や、島内に着実に迷宮経済を広げていく労働力のため、だけではない。
『大産卵室』にわざわざ立ち寄ったのは―― 今回の一連の介入で得た"戦果"を、次に向けて投入するための「一大進化」プロジェクトの状況を確認し、従徒達に共有しておく意図があったからである。
≪きゅきゅぴぃ! 造物主様にみんな、待ってたきゅぴよぉ!≫
自分から硬化してわざわざ歩きやすくしてくれるだけでなく、道中の他のエイリアン=スポア達をずぞぞざぁぁと避けて道を作ってくれる臓漿達を踏みしめながら、『大産卵室』の中央部に至った俺と従徒達。
その頭上から投げかけられたのは、副脳蟲どもの声であった。
「うわぁ、きゅぴちゃん達がついに……ですかぁ」
見上げた頭上に、まるで肉塊に細密な紋様を――要するに脳みその"しわ"――刻んだかのような、他のものとは異なる「エイリアン=スポア」が6つ。
歪な巨大花の花弁をそのままシャンデリアにでもしたかのように、天井で臓漿どもに支えられながらへばり付くように垂れ下がっていた。
副脳蟲達が、ついに彼らの進化――『貴化』――の時を迎えたのである。
まさか、エイリアン=スポアまでまるごとそのままの"脳みそ"の形状を保ったまま、外側だけ蛹化するとは思わなかったが、この俺の精神的恒常性を削る「ぷるぷる」をしばらくの間見ずに済むのはそれはそれで、何かが物足りないような……。
≪あはは、この状態でもぼくらふつーにおしゃべりさんできる、面白いやあはは≫
≪し、進化さんって……もっと、こう、ぐにゅーんでどろーんさんかと思ってたよ……?≫
≪ぐじゅぐじゅ~≫
結論から言えば、【知天則】はやはり副脳蟲どもの"特殊進化"条件だという予想は正しかった。
今回の騒乱介入を含めた一連の"戦果"の中で『因子:血統』がついに解析完了に至っており、それがトリガーとなって、俺が"点振り"をする前に、ウーヌス以下6体どもが勝手に「きゅぴぴぴぴぴ」と小刻みに振動し始めたかと思うや、自己意思型の「点振り」を行い、ステータス画面上で『貴化』が可能となったのであった。
だが、相も変わらず、副脳蟲どもは「きゅぴきゅぴ会議」に興じていたが――実は、これはこれで渡りに船だったのである。
「そして、アルファさん達も。我が君が、さらに大きなお力を手にすることが、我が事のように嬉しく思います」
「グウィース! ぼくも、ぼくも! え、ダメ? にーたまのけちんぼ!」
副脳蟲どもが頭上に歪に花咲く6つの"脳"花弁であるならば、眼前に居並ぶ十数の「エイリアン=スポア」は、蠢動する巨大な果実であろうか。
未だ熟れきらぬ青さを表すかのように、その繭たる蛹としての体表皮は硬いが、しかし、内部ではどろどろに溶けながら、その新たな姿態を――『第4世代』としての新たなる役割を担うべき変異を、周囲から魔素と命素を脈動のように吸入しながら、進展させているのであった。
――副脳蟲どもと上下に「並べ」ているのは、酔狂ではない。
彼らが代理行使するこの俺の迷宮領主技能による「進化ブースト」のためなのであった。よく見れば、魔素と命素の操作のために、ほぼ全ての一ツ目雀達もまた『大産卵室』のあちこちに止まっているのがわかるだろう。
≪きゅっきゅぴぃ! アルファさんの筋肉進化さんは、僕のものなのだきゅぴ! みんな僕にだけ任せるのだきゅぴぃ!≫
うねうねと――ぷるぷるはしていないが――十数の"名付き"達の「エイリアン=スポア」を見下ろす6体の副脳蟲蛹どもが、左右に揺れて踊っているのであった。
「……おさらいと行こうか、ウーヌス。お前達の『報告書』を出せ、共有しておくぞ」
手近な【魔力灯】複数に向けて【情報閲覧】を諳んずる。
と同時に、ルクが【リュグルソゥムの仄窓】をミシェールと共に詠唱し――蛹副脳蟲どもが、まるで太陽を追う向日葵か、魚をちらつかされたペンギンのように一斉にぐるりと、俺が出現させた青白い『データテーブル』に向け、他の従徒達と同様に目を向けたのであった。
■【因子解析状況】
・解析完了済(50種)
肥大脳、強知覚、侵神経、強筋、伸縮筋、瞬発筋、硬殻、鋭利、豊毳、重骨、軽骨、強肺、分胚、骨芽、拡腔、擬装、水和、再生、寄生、共生、殖生、隠形、空棲、水棲、土棲、垂露、噴霧、粘腺、汽泉、生晶、紬糸、酸蝕、塵芥、猛毒、麝香、酒精、葉緑、紋光、強機動、水穣、魔素適応、命素適応、火属性、風属性、水属性、土属性、雷属性、氷属性、闇属性、光属性、空間属性
・解析完了(NEW!!!)
持久筋、血統、溶血、精神属性、重力属性
・竜鱗:32.5% ← UP!!!
・耐圧:18.4% ← NEW!!!
・被鉄:62.0% ← UP!!!
・偏光:26.3% ← NEW!!!
・浄膿:5.8% ← NEW!!!
・振響:45.2% ← UP!!!
・混沌属性:42.1% ← UP!!!
・活性属性:87.3% ← UP!!!
・均衡属性:13.7% ← UP!!!
・崩壊属性:7.6% ← UP!!!
・死属性:2.0% ← UP!!!
・呪詛:31.8% ← UP!!!
・神威:2.6% ← UP!!!
『因子:血統』。
【騙し絵】のイセンネッシャ家侯子デェイール、【明鏡】のリリエ・トール家侯子グストルフ、【遺灰】のナーズ=ワイネン家侯子サイドゥラ、ロンドール家当主代理ハイドリィなどより。
副脳蟲どもの『貴化』に必要な因子として、特にその獲得を意識していた『因子』である。
これが100%になった際の俺自身の意識へのフィードバックとしては――人間のような知性種が社会を形成するに当たって指導層の出現・分化という現象と、それが生物的な血統を形成するという性質と相まって、社会学的な意味での「権力」の獲得に至るという認識が脳裏に焼付き、『エイリアン語』の形式で俺の中の知識や無意識と作用する形での「理解」という形を取った。
それは、より純化した表現をすれば「統率」であり、同時に労働する者や生産する者や戦闘する者が、よりその機能に己を特化させていくことができるための、種々雑多な調整事そのものを本能的に、つまり余計な思考無しに受け入れさせた上で役割分担することに、その本質を持つ。
この故に『因子:血統』は、少なくとも【エイリアン使い】においては、ウーヌス達をただ単なる「調整役」以上の存在に一歩進めさせるための鍵であったのだ。
≪それでも僕たちは僕たち。変わらないよ!≫
≪できることさんが、ちょっと増えるだけだぁ! いやっほぅ、僕たちの時代だぁ!≫
――奇しくも、啓かれたる「第2世代」の副脳蟲系統は6種。
そのそれぞれが、副脳蟲第1期生にして部下副脳蟲どもとは明確に異なり、俺の精神や"認識"そのものから直結派生した存在である6体の脳みそどもと同数であり――厳正なるきゅぴきゅぴ会議の結果、それぞれが、以下の通りの進路選択となったのであった。
■進化系統図
(ブレイン系統)
・ウーヌス → お姫蟲
・アン → 賢者蟲
・ウーノ → 司祭蟲
・アインス → 楽師蟲
・イェーデン → 技士蟲
・モノ → 道化蟲
≪ふふ、ふふふきゅぴぴ……! ついに、この僕が――"お姫様"になるのだきゅぴぃ!! 造物主様に負けない、サラサラヘアーさんを――このぷるぷるきゅぴきゅぴした脳髄さんに生やしたきゅぴまえ!≫
≪どんな姿になるのか~みんな楽しみ~≫
なお、部下きゅぴどもは技能【知天則】そのものが灰色に塗り潰されており、取得自体が制限されていた。技能そのものが完全に潰れているわけではないが――幼蟲の【天恵】技能を優先した場合、【知天則】は潰れることも判明しており、やはり俺の直系である副脳蟲どもと部下きゅぴどもには明確な差が存在することが窺える。
だが、これについては――部下きゅぴどもの数量制限と合わせて、まさに、今行っている『貴化』が済んで「第2世代」の副脳蟲どもが誕生した後に、さらに多くをわかることができるだろう。
――彼らと繋がっている迷宮領主的な感性から、そんな予感がしていたのであった。
『因子:持久筋』、『因子:耐圧』、その他の「UP!!!」連中。
主に【騙し絵】家が【空間】に捕らえていた"魔獣"、正確には【人世】の魔法適応生物などから、一挙に解析されたのがこれら。ジグソーパズル化していたものを、根気強く修復した上で【因子の解析】にかける中で獲得した者達である。
その恩恵は大きく――後に示して検討するが、進化系統図上で"チョークポイント"となっていたいくつかの未獲得因子が判明し、また一気に解析100%にまで至ったことで、新たな進化先を一気に開くことができた一端も担われている。
中でも『因子:持久筋』が、螺旋獣アルファが「次」へ進むために必要であった因子であったこともあり、俺は今このタイミングでの"名付き"達の一斉進化と陣容拡充を決断した理由の一つでもある。
『因子:溶血』、『因子:崩壊属性』。
吸血種ユーリル少年より。
彼らの国の名前にもなっている【生命紅】という、血液のようで血液ではない存在の作用のうち――文字通りではあるが、「血」が「血」として溶かされて、より根源的な生命の材料にまで還元される作用について、俺の【エイリアン使い】の権能において"解釈"されて取り込まれて『因子』化された。
……だが【生命紅】という存在、または現象そのものは、ただ単にそれだけの枠に留まるものではない。
俺自身の"世界認識"上は「吸血種」と便宜的に翻訳されている種族の来歴と合わせて、これについては、今後さらにユーリル少年から主に次の2点を聞き取っていく必要が、あるだろう。
一つには、【生命の紅き皇国】が【西方諸族連盟】の内では、『長女国』に対峙する諸族連盟の雄であり、魔法戦においては魔導の大国である『長女国』にも匹敵する力を持つ存在であること。潜在的に『長女国』とは敵対していくしかない俺という存在にとっては、可能ならばその出方と、折り合える点を探りたい相手である。
そして二つには――この後の"仕置き"のトップバッターとして召還中であるが、俺の従徒となることを決断したユーリル少年が述べた「神を捨てた種族」である、ということの意味について、である。
『因子:浄膿』、『因子:活性属性』、『因子:死属性』。
【破邪と癒やしの乙女】の"加護者"リシュリー=ジーベリンゲルより。
【騙し絵】家より、【人攫い教団】に命じて【四元素】家から拉致された『末子国』からの亡命者にして、ユーリル少年がリュグルソゥム家に預けようとしていた【聖女】である。彼女がついに――目覚めたという報告が入っており、ユーリルが俺の従徒となる決断をしたのは、その直後のことであった。
当初、リシュリーから解析されたのは『因子:死属性』だけであったのだが、目覚めた段階のを超覚腫達が感知した時点で【因子の解析:間接】が発動し、『活性属性』因子の進展と共に、新たに定義されたのがこの『浄膿』という因子なのであった。
――字義からしても、まず、彼女に宿っている"力"との関係が疑われるところである。
当初はこの【闇世】において、【人世】側の神威が発動でもしたのか、と訝った俺であったが……幸い、そういうことではなかったとわかって胸を撫で下ろしたことはユーリルに伝えるつもりは、ない。
無論、【闇世】の迷宮領主として、その危険性は重々に承知しているところであり――故に、この後でそのあたりの懸念を解消または検証すべく、再び、例の教父様にご協力を願う手はずでもあるのであった。
……リシュリーに、その負担が許す範囲において「協力」を要請するかは、その結果次第であろう。
『因子:重力属性』、その他属性系の「UP!!!」連中。
【冬司】の討伐のために進軍していた、ナーレフ軍の輜重の中でも虎の子中の虎の子として確保されていた、特別な【紋章石】に秘められた――頭顱侯【星詠み】のティレオペリル家の秘術が込められたものから解析された因子である。
…… 一挙に100%となった理由を、俺は既に「理解」している。
【空間】属性と【闇】属性と【光】属性と密接に絡み合うイメージの中で、これはおそらく俺が元いた世界での基礎的な科学教育の認識の影響でもあるのだろうが、それによって一気に現象の理解と把握に至ったからであった。
「だが、欲していた最重要のピースだ」
「3代前の大大叔父様が、似たようなことを構想したことが、ありましたね。オーマ様、まさか――空飛ぶ船などとは」
「――彼の『至天国』の"浮蹟都市"の如くに、ですね。偉大なる我が君のお力」
「逆に、どうして【星詠み】家はそうしていないんだ? ……いや、『長女国』のお家芸の謀略合戦でできそうもないってやつか? それか資源の問題かな」
「連中が【継戦】派だったならば、そういう軍事利用に目が向いたかもしれませんが。あの連中は、基本、対『黒森人』の【星囁】部隊でしか出張ることはありませんからね――この話は少し長くなりますが」
「それなら、後回しにしておこう」
かつて、俺はル・ベリに約していたのだ。
いつか『船』に乗せて、逆に大陸まで、母リーデロットの故郷まで連れて行ってやろう、と。
――【風】属性だの【光】属性だの【闇】属性だので、あれやこれや、足りない技術知識や科学知識を副脳蟲どもに裏で検討させ、計算させ、アイディア出しをさせてはいたのであるが。
どうやら、それは大幅に重要なる途中過程と工程を省略して、実現させることができる見通しが立ちつつあるのであった。
『因子:振響』、『因子:神威』、『因子:呪詛』。
【北方氷海】に勢力を構える『兵民』と呼ばれる蛮族にして【呪歌の戦士】デウマリッドより。
現在、厳重にがんじがらめに捕縛して『客間』で監視している。能力の性質的にも、身体能力的にも、暴れられた際に最も厄介な存在ではあるが――短絡的に始末する、という選択を取ることができる存在ではない。彼の"同僚"であったヒスコフと同じように。
故に、確認すべきことを「仕置き」の場で確認してから、判断することとしていた。
特に、後者の2つ『因子』についてである。
相対立すると思しきこれらが同時に取得されるとは、果たして、どういうことであろうか。
……『神威』さえ無ければ、奴のバカでかい声――そういえば【人体使い】の味方にもそんな奴が居た記憶があるが、あれとはまた"質"の違う音響攻撃であったが――からも納得されることではあったのであるが。
「【忘れな草の霧】と、そして"名喰い"か。なぁ、ルク、ひょっとしてこれらは同じ現象だったりは、しないよな?」
「考えられないことではない、かもしれません。それも含めて――尋問が楽しみではありますが」
デウマリッドと交戦したソルファイドが、確かに聞いていたのだ。
"名喰い"という台詞を。
俺の問いに、ルクは即答しない。
リュグルソゥム家は少なくとも『北方』では積極的に活動はしておらず、その200年の知識においても、『氷海の兵民』達については決して深い部分を知り得なかった――だけではない。
どうしてだか、調べようとするとその知識が喪われるという、不可思議な、呪詛めいた現象に歴代数度遭遇するということがあり、【冬嵐】家と直接敵対することが少なかったことや、ほとんど北方の災厄が彼らによって抑え込まれて影響が所領まで及ばなかったことから、調査の優先度が低くなされていたことが原因であったようである。
「――案外、あの漢は、素直に答えそうではあるがな、主殿」
ソルファイドの呟きを耳に入れつつ、俺は次の『因子』とその獲得要因に意識を移した。
『因子:偏光』。【魂魄】。
リリエ・トール家侯子グストルフにして【転霊童子】たる存在と、そして【放蕩息子】サイドゥラより。
前者については、リリエ・トール家の号でもある【明鏡】に符合する。彼らは単なる【光】魔法に熟達した巧者達であるだけではなく――『鏡』という形でも【光】魔法を操ることができ、その力で以て、『止まり木』による精神共有術を除けば、『長女国』内では最も情報共有に長けた一族であった。
その意味では『偏光』という"現象"が『因子』という形で解釈されたのは、まだ納得がいくことである。
だが、予想通りといえば予想通り、予想外と言えば予想外という形で――つまり俺は【死属性】となることをイメージしていた――【魂魄】という属性が、『因子』にはならぬものの、しかしこれまで俺が解析したいずれとも異なり、また当然ながら魔法学における16属性の解釈とも異なる「属性」としての新たな認識が、宿り現れてしまったのであった。
……ちょうど【春司】との遭遇によって、【春】属性という認識を得たのと同じように。
最後の最後に、この俺に対して「してやったり」という笑みを隠すこともしなかった【転霊童子】の"死"をトリガーにしたかの如く。
【死】属性とは似て非なる――【空間】属性と【闇】や【光】属性が異なる程度の距離感で――ものとしての【魂魄】が、俺の中で象りを成す。
それ単体では特に何らかの『因子』とはなり得なかったミシェールの「妊娠」という現象や、グウィースが【幼きヌシ】として行使していた「生命の循環」や、サイドゥラが操っていた【灼灰の怨霊】とかいう哀れな存在などが、まるでバラバラだったピースが一斉に時間を巻き戻されて繋がるように収束し、そうなっていたのであった。
どこか、俺の中の深い部分に残滓のように宿った【四季】と響き合うものを感じているのである。つまりそれは、ある意味では【エイリアン使い】とは別の感覚によるものである可能性が高く――材料が少ない、としか思えない。
……少なくとも、自然現象で「妊娠」したミシェールはともかく、サイドゥラ辺りには問いただしてみなければならない事項の一つとなるであろう。
――斯くして、以上に新たに獲得した『因子』を以て、拓かれた、新たな進化先は次の通りである。
■進化系統図
(ファンガル系統)
(ビースト系統)
(パラサイト系統)
◯現時点で進化可能なもの
・夢廊嚢、次元拡張茸、這脚茸、黒瞳茸
・災厄獣、疾駆獣、灼身蛍、五ツ頭雀
・心囁小蟲、操繰小蟲、微脳小蟲
◯新出(未解析因子が有り、進化不可能なもの)
・惨叫茸、循換嚢、紋電茸、滅衝茸、宙翼茸
・新星蝸、呑癒蚯蚓、雲散蜥蜴、蓄光梟、玻牢裸貝、腐食蚕
◯進化可能であったが、進化個体がおらず、先の系統が表示されていないもの
・<属性>導弾茸、流壌嚢
・檻獄蛛、狂踊蛇、流没蚯蚓、礫棘蚯蚓、榴骨翟、槍牙鯨、凍筒鮙、波嵐鮫、羽衣八肢、幽灯魷
故に、『大産卵室』を拡張する勢いでの「大生産・大進化・大増産」である。
そして上記から、一挙に"名付き"達の陣容を――次の通りとする。
◯既存の"名付き"
・アルファ、デルタ → 災厄獣
・イプシロン → 灼身蛍
・シータ → 波嵐鮫
・イオータ → 狂踊蛇
・ニュー → 檻獄蛛
・ベータ、ガンマ、ゼータ、イータ、ミュー、ラムダ、カッパーは据え置き
◯新たに生み出す"名付き"
・グザイ → 疾駆獣
・ミクロン → 流没蚯蚓
・パイロー → 礫棘蚯蚓
・シグマ → 槍牙鯨
・タウ → 凍筒鮙
・ウプシロン → 榴骨翟
・ファイ → 羽衣八肢
・クァイ → 幽灯魷
・ユーノー、ヘーラー、イーシス → 母胎蟲3姉妹衆
そしてこの一大進化の祭典のために――自分達も絶賛『貴化』中の副脳蟲どもを、休ませずに動員するだけではない。
「……というわけで、キルメ=スェーレイド・リュグルソゥム。我らが偉大なるオーマ様にお付きしながら、きゅぴちゃん達とエイリアンさん達の進化補助の大任、ここに拝命いたします!」
「"仕置き"が終わったら、俺もすぐに行く。先に、任せたぞ、副脳蟲ども、キルメ」
≪きゅくく……死、じゃなくて進化さんは休息さんではないのだきゅぴぃ。造物主様の脳使いは荒々しいきゅぴぃ≫
≪あはは、まぁ一丁みんなで頑張ろうかぁ、あはは≫
このための【因子の注入:多重】のMAX化であった。
その特性は「自然進化時間」の削減である。
これを合計6体の副脳蟲どもによって『代理行使』させつつ、【狂化煽術士】の【命素】操作能力と、数多の一ツ目雀達の【魔素】操作補助能力、そして駄目押しとして臓漿どもの力を存分に加味し――そこにこの俺自身が加わることで。
最終的な"進化速度"は、現時点で、約2,000%増加させることが可能。
【人世】へ出た当初は、加冠嚢を4基生み出すのに全力を注いだ際には最大でも約1,200%だったことを思えば、大幅な進歩である。
素の状態であれば『第4世代』は1体あたり、ビースト系統ならば15~30日、ファンガル系統が30日~60日程度であったところを――その期間を1/21にまで圧縮することができる。
すなわち、ビースト系統ならば約1日前後、ファンガル系統であっても2~3日にまで、進化時間を大幅に圧縮させることができるようになったのであった。
【進化系統図全図はこちらから https://17852.mitemin.net/i813775/ 】





