0201 戦果を喰らうは勢威を増すがため
11/11 …… 各人に関して、説明を追加しました
【盟約暦514年 飛天馬の月(5月) 第10日】
――あるいは【降臨暦2,693年 百眼の月(5月)第10日】(111日目)
かつて【森と泉】と呼ばれた土地に根付いてきた累代の情念が、抑圧された中でまるで呪詛か反抗の如く立ち上り、一帯を押しつつんでいた『長き冬』は消え去った。
そしてそれは、かつての『四季一繋ぎ』という超常の法則のように――予定されていた【春】によって不自然に取って変わられるという形を取るわけではなく。
さらに周囲の、周辺の地域から、巨大な気団と気候そのものが四方から波のように押し寄せ、埋め尽くされていくかのように、急速に、鍵括弧の付かぬ初夏へと転じて行ったのである。
それは一つの地域が、閉鎖しながら独自の文化と命脈を保ち、静かなものから激しいものまでを含めた、侵略者に対する反抗が一つの区切りを迎えたことを意味している。
その渦中に自ら飛び込んで――そもそも、始まりの"一石"を投じたのはこの俺自身であったが――リスクを負い、賭けも行ったがそれに勝利し、俺は迷宮領主としても、かつて「マ」の字であった男としても、注目すべき数多くの成果と戦果を得ていた。
そして、こうした戦利品達の吟味と選定と考察のため。
さながら、【深き泉】のある聖山もまた雪が急速に融け消えた後には、なにも痕跡を残さずに初夏の新緑が躍動するように繁茂する中で一切が遷り変わってしまうのをなぞるかのように、俺と俺の配下眷属従徒達は、全てを"裂け目"に回収して撤退していたのであった。
――俺の迷宮へ通じる"異界の裂け目"を、【深き泉】の水底に張り付かせて。
【闇世】は『最果ての島』。
島の地上部、周辺の近海域、そして地下部に張り巡らされ掘り進められて構築されたる広大な坑道からなる【報いを揺藍する異星窟】の『司令室』にて、俺は主だった従徒らを円卓に囲う。また、現在この場にはいないが、副脳蟲どももまた【共鳴心域】越しに迷宮全体に俺の眼を通して同じ光景を視て参加をしていた。
既に、ぽたぽたと水滴が落ちる音が遠くから近くから聞こえる天然丸出しの洞窟ではない。
【人世】に初めて踏み出て以降、絶えず、労役蟲達が内装の研磨を続け、あるいは『エイリアン建材』によって『内壁』と成して整える作業をたゆまずに継続してきたのである。
『司令室』を含めたいくつかの重要施設は、磨き上げられた鏡が切れ目なく連なったかのように滑らかであり、静謐なる神殿の如きひんやりとした気配を全体的に漂わせているが――同時に、漏れ出る魔素の青と命素の白からなる仄光を、各属性の【魔石】から成る"灯"が集めることで魔力光を淡く発しているのである。
それは洞窟内の、俺の迷宮内を循環する魔素と命素の波動に応じて明滅もするし、各属性である以上、各色が淡く互いを塗り混ぜ合う色合いでもあったが――哨戒か、あるいは運搬か、常時視界に数体はその横切る姿が見える走狗蟲や労役蟲達の影をゆらゆらと壁に天井に床に映し出している。
静謐ではあるが、決して静寂ではない。
リュグルソゥム家の貴族趣味や、副脳蟲どもが好き勝手に俺の記憶から引っ張り出した、元の世界の建築様式やら造形様式やらが魔改造的に折り合わされ――どこか人工的で奇妙ながらも、妙な洗練を感じさせるような、不気味だがぞわぞわと心地よく引き込まれるような調度品の数々もまた並べられているのである。
なるほど、表面や外形は――ゴシックだとかバロックだとか寝殿造りだとかいう歴史文化用語程度でしか知らない俺であるが、デザインとしては細密に模倣され象られている。
だが、問題はその内部構造、骨格の部分。
建築や美術が、実は緻密な計算によって造形されているが……それはあくまでも「人間の計算技術」によるもの。例えば柱であったり、例えば梁であったり、例えば坑道を崩落から防ぐ内壁であったりに、どうしても、ある種の真社会性の昆虫が様々な自然の素材を積み上げて構築するかの如く。
人間が生み出した芸術の皮を被った――とまでは言わないが、それを「エイリアン的群体の感性」でもって取り繕ったかのような造形によって。
整然と、しかし、その裏において歪然と。
……こうした施設としての骨格部分も、それらから生えてきたような調度類もまた、不規則に明滅しあるいは光量を増減させる【魔石灯】の光を受けてその不安定な造形を投影し、まるでそれこそが「エイリアン」であるかのような伸縮し左右に揺れるように形を変える"影"を産み出している様は、むしろ、生々しいほどに躍動的であるとすら言えるかもしれない。
内装を整えよ、と命じた当の迷宮領主であるこの俺自身が、得も言われぬ異質さを感じる『司令室』ではあったが――のたうつ植物の根か、血管か、それともそれらを模した"触手"なのかわからぬ紋様が細密画のように円卓に刻み込まれている――"凄み"という意味では、一介の迷宮領主の『居城』としては、様になってきただろうか。
居並ぶ配下達の眼下、技能【情報閲覧】の発動を諳んじる。
それは円卓の中央に埋め込まれていた、周囲のものよりも二回りほど大きな【魔力灯】に投影され、【リュグルソゥムの仄窓】が応用された術式が発動。
にわかに周囲でめいめいの"色"をゆったりとグラデートさせていた【魔力灯】達から魔素が集められ、供給され、そこに青と白の仄光から成る『ステータスウィンドウ』が、『技能テーブル』が、俺以外の者にもはっきりと視認できる形で浮かび上がり、描き映し出されたのであった。
「まずは俺からだな。こうして、お前達に俺自身の"力"を見せるのは、初めてだなぁ」
【基本情報】
名称:オーマ
種族:迷宮領主(人族[異人系]<侵種:ルフェアの血裔>)
職業:火葬槍術士
爵位:副伯
位階:43 ← UP!!!
【技能一覧】(総技能点151点)
実はこの「連戦」の中で、位階の上昇量としては、俺が一番であった。
無論、配下達はそれぞれの受け持ちを分担していたということも大きいが、それでも「年齢を越えた位階は上昇が抑制される」という仮説があってなお、である。それだけ、俺が迷宮領主として得た"経験点"が大きかったということか。
「【人世】の敵を、そして侵入者どもを多く多く屠り、打ち払いましたからな。御方様の成された覇業の報酬としてはむしろ少ないばかり」
「あるいは【竜】を撃退したこともかもしれんな。そして……【聖女】と"教父"の確保、か」
従徒二人が指摘した要素もひょっとしたらあるかもしれないが、単純に、配下達が「迷宮の眷属」として成した行為も全てこの俺の「迷宮領主としての経験」にフィードバックされているからということもあるだろう。
『魔獣』と定義される存在を数十。
【騙し絵】家を中心とした、上位の魔導戦士を含めて数十人からなる部隊。
そして合計すれば千に届こうかという『神の似姿』達――たとえ死んでおらず一命を取り留めていたとしても、撃破して捕縛しその生殺与奪の権を握ったことそれ自体が、俺の「経験点」となっているのであろう。
加えて、かつて【客人】であった称号が【四季に客う者】へと進化したが、これは新しい称号の獲得として取り扱われたようであり、その分の技能点も受け取っている。
そして、これらの技能点を、俺は主に【第一の異形】と【因子の注入:多重】に注ぎ込んだ。
【因子の注入:多重】は、今回得た"戦果"を活用して俺の【異星窟】を強化していくにあたり、本格的に「第3世代」や「第4世代」のエイリアン達を量産していくための進化速度向上のためにMAXにまで。
そして【第一の異形】は……連戦の中で、いつの間にか不可抗力によってさらに"自動点振り"されてしまったものを、毒食らわば皿まで、の境地で勢いにまかせて振った、というところである。
本当はもう少し、ゆっくり上昇させるつもりだったのだ。
元来、【闇世】Wikiの知識によれば、【異形】とは『ルフェアの血裔』が【闇世】の環境と法則に適応しあるいは"外なる魔素"を体内に取り入れるための器官である。故に、そもそも魔素を自活できる俺のような融合型の迷宮領主である俺には必要性が薄かった。
だが、元々はこの世界で最初に人間達を手にかけた際に、ル・ベリが事例となったように、俺自身の"認識"の変化がどう影響するのかを体感的に確かめたいという思いで少し振っていたもの。
「どうも技能は、俺がどれだけ干渉したとしても、本人の変化で一気に振られることがある。劇的な経験とか――な。だが、まぁ"神"に振られるよりはマシだろ」
――それだけ、【氷竜】の劣化意識体を打ち破り、元【泉の貴婦人】ユートゥ=ルルナを配下に加え、同時に元【春司】を俺自身の深い部分に迎え入れたことが、何か、自覚しきれない部分で俺自身の有り様を【異形】という形で表出させんとするほどの、大きな変化となったということか。
それは、少しばかり俺の想像とは違う"形態"で現れたのであった。
「で、オーマ様に生えてきたのがその……触手? 尾? というわけですか」
「ル・ベリのものほど強靭なわけじゃないけれどな。間違っても掴んで引っ張ったりするなよ?」
≪どきゅぴ……どきゅぴ……ぼ、僕も欲しいきゅぴ、造物主様みたいなサラサラヘアーさんが……!≫
気づけば1点振られていた、というわけである。
斯くして、偏頭痛にも似た、物理的に頭が割れるような激痛に苛まれること2、3時間。俺の後頭部の付け根から、一房だけ異様に伸びた"辮髪"の如く垂れ下がりたる、此れなる異形の名は【勁絡辮】。
適宜、労役蟲達に"散髪"させていた俺であったが、ちょうど延髄の辺りに、この「髪の毛に覆われた」触手のような、親指ほどの太さの器官が異常発達したのであった。
――あくまでも"器官"である。
確かに今、脳天気な副脳蟲野郎が「サラサラヘアー」と言ったように、髪の毛に包まれてはいるが、この【異形】の芯は"触手"に近い筋肉の塊。ある程度は、俺の意思に沿ってかなりうねうねうにょうにょと動かすことができる。
「きゃっきゃっ」
「ば、馬鹿者グウィース! それはお前の玩具ではない!」
ほれ、ほれ、ほうれ。
≪きゅぴい! 造物主様のポニーテールさんが象さんのお鼻さんみたいに――あっち向いてきゅぴっ! ダリドさんとグウィースちゃんの負け!≫
――甘いな、我が副脳蟲よ。
グウィースが蔦を伸ばして俺の『勁絡辮』を絡め取ろうとするのをル・ベリが触手戦で阻止し、便乗して遊んでいたダリドがキルメに思い切り足を踏まれて声無き苦悶に悶絶する中、俺がやっていたのは――。
≪う……ウーヌス……造物主様のそれ……トンボさんを捕まえる動きだよ?≫
≪あなたはだんだん~ぷるぷるさんになる~≫
≪あははは、創造主様の尻尾さんの先っちょから、なんかもしゃもしゃさん出てきてる。ウーヌスが目を回してら、あはは≫
≪きゅうううん≫
気が済んだので俺はその「もしゃもしゃさん」を引っ込めた。
それは、この辮髪型の細長い後頭部触手の先端部分から剥き出しに露出した『神経の束』であり、筆先のようにちょろちょろうねうねと顔を出させることができるのである。
その数、おそらくは数百は下らない『神経の糸』であり――『辮髪』を形成する髪の毛も筋肉も、これらを包み覆う"管"なのであった。
故に『勁絡辮』である。
ちょうど、辮髪の先の"口"の部分で筋肉を微妙に加減することで、露出した神経糸をわさわさにょきにょき、ちょろちょろうねうねと出し入れしたり動かしたりすることも可能。
だが、神経の束である以上、しかも俺自身の脳みそに直結している感覚がある以上、強引な刺激はそのまま激痛となって直接脳髄に届けられるため、悪戯や乱暴な扱いは厳禁である。同じく、視神経によって脳に繋がっている眼球が人間の急所であるのと同じことだ。
そのため、とりあえず、保護と洒落を兼ねて辮髪をさらに外側から布でぐるぐる巻きにしている。
少なくとも、牙や爪のように直接の武器として活用する類のものではないことは明らかである。ただ、俺自身、その"名称"からなんとなくの"機能"の予想はついているが――検証は、もっと俺の眷属達の種類が増えてからにすることとしたのであった。
話を俺自身の技能に戻せば、後は【領域転移】と【火々葬々】が同様に自動点振りされて上昇していたというところである。今回は特に【転移】と【領域】を多用したことと、【氷竜】を最後に崩壊せしめた【火葬槍術士】としての業が、よほど俺の中に経験として馴染んだということであったか。
「後は、【悲劇察知】はあえて上げておくことにした。『称号』が神々の盛大な展開予測だっていうなら、少しでも、展開を感知できる力があった方がいいからな――次、ル・ベリの番だ」
「に い た ま の 秘 密 !」
【基本情報】
名称:ル・ベリ
種族:人族[ルフェアの血裔系]<汎種:異形特化>
職業:闘技士
従徒職:内務卿(所属:【エイリアン使い】)
位階:34 ← UP!!!
【技能一覧】(総技能点122点)
「『色変皮』が有用だったからな、それと『四肢触手』が同時に出るまで――ちょっと【鋳蛹身】での"蛹化"を何度も繰り返してもらった。悪く思うなよ」
「御方様の望みを叶えるために、この身を幾度も作り替えて洗練させることは無上の喜び……おい、グウィースやめろこの馬鹿者! 俺の右足を伸ばすな」
「きゃっきゃっきゃっ」
≪きゅぴっきゅぴっきゅぴっ≫
「ウーヌスちゃん復活早ッ!?」
【第四の異形】を取得させ、また【魔眼】については"蕾"まで進化させたのがル・ベリの位階上昇処理のメインである。戦闘能力を上昇させる、という意味では【異形:双ツ心臓】というものも途中で出ていたが――最終的には今の組み合わせで妥協した。
ちょっと右足がゴム人間の如く伸びやすかったり、ユーカリの葉を食べる獣のように親指が2つあったりするが、手袋かなんかでうまく誤魔化せるだろう。
【異形】ルートの目的は、さらにこの先である。
派生された【異形習合】や【異形進化】などを取っていくことで、【鋳蛹身】とは更なるシナジーが見込めることを考えれば、まだまだ現時点での組み合わせなどは"途中経過"に過ぎないための妥協、というわけである。
それに、最初からあえて最効率を狙うものでもない。
【異形格闘術】をル・ベリ自身の、単なる技能ではなく身体知として馴染ませるという意味では――こうした様々なタイプの【異形】をあえて取らせていくことも、必ず、その「経験」となるはずだという読みがあったから。
なお、余談であるが【鋳蛹身】を何度も繰り返したことによるル・ベリの身長上昇は、必ずしも毎回発生するわけではなかったようである。
元はと言えば、当初は本来の身体的成長を母リーデロットの愛によって抑え込まれていたものが解き放たれたようなもの。その"余波"が、解放されきったというところであろうか、今はこれ以上伸びはしなくなっていた。
……グウィースの奴、まさかそれが不満でル・ベリを物理的に伸ばそうとしているんじゃないだろうな。
気を取り直すように頭を振って――【勁絡辮】がぶるんぶるんと揺れて――技能テーブルに目を向けた俺に、ミシェールが補足するような問いを投げかけてきた。
「そして【好敵手察知】……というわけですね、我が君。神々の思惑を、わずかでも、他の何者にも先んじて"察知"するために」
「御方様に仇なす可能性がある者は、何者であろうと、その"芽"のうちから見抜いてご覧にいれましょう」
「【魔眼】を進化させたのもこのタイミングだからこそ、だ。具体的にどう強化されたかは――いくらでも試せる、そうだろう? ミシェール」
「我が君の大いなる恩寵に、家族皆ひれ伏す限りです。ル・ベリさんにご協力いただけること、心より嬉しく思います」
「【魔法】の使い方を稽古してやってくれ」
正直なところ【魔法】関係の"力"については、いくらでもこの俺の【エイリアン使い】としての力で補ってやることが、できる。必要があればル・ベリにも一ツ目雀を"装備"させてやればよいのであるから。
それよりは、【異形】を多数使いこなすように経験を積ませていく、という方針は大きく変わっていない。
次へ行こう。
【基本情報】
名称:ソルファイド=ギルクォース
種族:竜人族<支族:火竜統>
職業:牙の守護戦士(剣)
従徒職:武芸指南役(所属:【エイリアン使い】)
位階:42 ← UP!!!
状態:心眼盲目(※一時的)
【技能一覧】(総技能点152点)
「クレオンの調子はどうだ? ソルファイド」
「問題ない、すこぶる良好だ、主殿」
問いかけに答えるや――ふわりとやわらかな熱気がさぁっと『司令室』を薙ぐ。
その姿形を表すのに最低限必要なだけにまで、火力を極限まで落として顕現したのは、元は『焔眼馬』という【人世】の魔法適応生物であり、今は【火竜】の末裔の竜人ソルファイドの【伴火】たる火焔の魔馬であった。
「きゃっきゃっきゃっきゃっ」
≪きゅぴっきゅぴっきゅぴっきゅぴっ≫
「ええいグウィースこの馬鹿者! 燃えるだろうが、登ろうとするな! とっとと引っ込めろこの赤頭め!」
今回の【人世】行きは、ソルファイドにとっても重要な転機となったことは間違いない。
彼に「竜とは何かを問い求めろ」と、その燃え尽きかけていた生に新しい"目的"を灯した張本人は俺であったが――『竜人傭兵団』に、接触してきたというギュルトーマ家の手の者より知らされた【拝竜会】というキーワードは、いずれも『次兄国』に纏わるとされているものであった。
これについては、早速、次の通りにリュグルソゥム家がその知っている所を述べる。
「【拝竜会】については、ここ数年ほどの間ですが、聞くようになった名前です。その名の通り、竜を尊拝する集団である、とか。ですが、」
「『次兄国』ではなく【西方】で。特に戦亜どもの跋扈する【ウル=ベ=ガイム氏族連邦】で広まっている、と聞いております。それをわざわざ『次兄国』で、とソルファイドさんに言うというのは……」
「【拝竜会】とかいうものを、この赤頭の"同族"どもが広めている可能性がある、ということか。わざわざ、"同族"どもとは異なる地域の竜人だと言った上で、だったな?」
「――それは、ウヴルスの、俺の里の教えからすれば、真っ向から反するようなことだな」
かつて強大なる【竜】達が他種族を支配した【竜主国】。
力ある【竜主】達の内紛に乗じて、これを打ち倒し、竜による統治を否定した存在こそが「人になる」ことを選んだ竜人達であったのだ。
だが、その当の竜人達が、よりにもよって「竜を尊拝」しているなどとすれば、それは種族の始まりや歴史そのものに対する裏切りや冒涜とも言えるのかもしれない。特に、その「教え」に従って隠れ暮らしてきたという旧【ウヴルスの里】出身のソルファイドにしてみれば。
そんな思いが反映されてのことであるか、【原初の記憶】が自らの意思による点振りで、数点上昇しているのが観察された。
「あるいは他のことを、指しているのかもしれない。だが、この世界の事情に通じたお前達が『次兄国』で【拝竜会】という風に連想するのなら、間を繋ぐ存在として『竜人傭兵団』が連想される――というわけだな?」
「後は、御方様、そのレドゥアールなる者がわざわざギュルトーマ家の身分を明かしながら、赤頭に【拝竜会】について伝えたことには裏があると感じます。状況と、聞く限りの能力からして、其奴は――あの【氷竜】のことも知っていたはず」
「そうですね、ル・ベリさん。元【重封】家ならば、おそらくは」
ル・ベリが指摘した観点で、ギュルトーマ家の狙いもまた、要警戒とすべきところではある。
片や北方の氷海、片や南方の内海という隔たりはあるものの、【竜】という要素を通して――【拝竜会】と【冬嵐】家には何らかの関係がある可能性すら想定できた。
無論、陽動の可能性もあるが。
「ギュルトーマ家が、ソルファイドさんとオーマ様の繋がりまで、接触時点で把握していたとは思いません。ですが、竜人であるソルファイドさんに【竜】について調べさせたい……、」
「そういう思惑が見え隠れしているとは、我らも感じているところです、我が君。ギュルトーマ家は蝙蝠の如く、次から次へと仕える者を変えてきた連中。【冬嵐】家に対する陰謀の一手である可能性は、ご警戒を」
無論、そうであるならばそんなものにあえて付き合い、あるいは利用されてやる意味は無い。ルクとミシェールの助言を念頭に、俺は改めて対『長女国』の戦略をまた後に練り直すことを今後の予定に加える。
ただ、それもそれで重要な方針の決定であるが――対応や接し方を考えなければならない相手という意味では『次兄国』もまた、このことで大いに浮上してきた存在であった。
というのも、ソルファイドが『次兄国』へ、その眼帯の下の双眸に宿る強い関心を向けているのは『竜人傭兵団』もとい【拝竜会】のことだけではない。
あの【氷凱竜】がソルファイドに何かを伝えようとした謎掛けの存在もまたあったのだ。
"答え"とやらを告げる前に、俺とソルファイドで奴は滅ぼしてやってしまったが――そんなものは聞くまでもない。
多頭竜蛇は『海竜』である。
その先祖が、かつて【人世】で覇を競った【竜主】の一体であったならば――そして少なくとも『長女国』の南方の旧ワルセィレに自身の"裂け目"から、あの『逢魔のピラ=ウルク』を逃したという【水源使い】イノリの配下だった、というならば。
「やはりヒュド吉は……いいや、あいつの"本体"であるところのブァランフォティマ殿が【闇世】落ちしたのは――『次兄国』側の海が、一番可能性が高いだろ?」
「【ネレデ内海】ですね、我が君」
「交易の海。ただし、"海魔"と海亜どもの脅威に常に晒される、機会と危険の海」
この辺りについては、後に改めてルルことユートゥ=ルルナやヒュド吉から詳細を聴取し直しつつ、検討する事柄である。
今は、話をソルファイドの成長に戻そう。
俺が想定した以上にソルファイドにとって【竜】に纏わる情報が集まったことと合わせて、やはり重要なのは【調停者:火】であろう。
もしも【竜】の力が、文字通りに"環境"そのものであるとすれば――ただの竜人であるとはいえ、先祖返りであることに加えて、彼の力の本質を"認識"しうる迷宮領主たるこの俺の従徒たるソルファイドが扱うことのできる【火】もまた、"環境"の片鱗を宿すべきものなのである。
……そしてそれは【氷竜】が【冬】を喰らい従えていたことを思えば、あらゆる【火】に纏わる現象を【竜】の力の元に"環境"化して束ねるようなものである、と推察される。
無論、単なる属性や魔力の現れとしての【火】それ自体としては、対抗魔法や妨害魔法などの餌食となりうるものであるのかもしれない。
だが、仮に【氷凱竜】のような存在が――【冬嵐】のデューエラン家の秘術の"正体"であったが――稀であるにしても、ソルファイドという一人の竜人にできたのならば、どうして他の竜人が【竜言術】という"環境"にすら干渉しうる超常を扱えないと断定できようか。
どうにも、俺には【竜言】というものが、単なる神々の戦争兵器としての破壊の力であるだけではない、という印象が拭えなかった。もしそれが単なる破壊の力であるならば、ソルファイドの【竜火】は、あの聖なる山をまるごと焼き尽くしていてもおかしくはなかったのだから。
だというのに――言葉としては【調停】であり、今、ソルファイドの従者として現れたるクレオンは、凪のようにおだやかな熱風としてのみ存在しているのである。
故に、俺は【竜】を理解するという意味でも、『竜人傭兵団』という集団に対抗するという意味でも、ソルファイドにはその目覚めた【調停者:火】の称号とのシナジーを重視して、各種の火属性を強化してやるようにしたというわけである。
「――その上で、一応の保険だが【竜血鎮め】を上げておいた。まぁ、もうお前が【憤怒】に支配されることはない、と信じているがな」
「わかっていると思うが、必要あれば貴様のその【火】も全て御方様に献上するのだ。御方様もまた――貴様とは違うが【火】の力に目覚められつつある」
「心得ている。そして、ル・ベリよ、頼みがある」
「ほう? 殊勝だな。何を企んでいる?」
「お前の力が増した【魔眼】を、もう一度、俺に掛けてくれ」
――ソルファイドの申し出の意味を、俺はすぐに察した。
彼の腰に佩いた『火竜骨の双剣』が、わなわなと震えていたからである。
既に一度、ル・ベリの【弔いの魔眼】の時にソルファイドは彼の"先祖"の死に様をそこから垣間見ていたが――もしも【弔辞の魔眼】によって高められた力が、それ以上の何かを見せてくれるのだとすれば、それはソルファイドにとって【竜】と【竜人】を巡る問いにとって重要な何かを新たに示すものとなるかもしれない。
俺は、二人して俺の方を向いてきた第一と第二の従徒に、黙って首肯してやるのであった。
いつもお読みいただき、また誤字報告をいただき、ありがとうございます!
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■作者Twitter垢 @master_of_alien
読者の皆様に支えられながら本作は前へ進んでいます。
それが「連載」ということ、同じ時間を一緒に生きているということと信じます。
どうぞ、次回も一緒にお楽しみくださいね!





