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0196 ナーレフ騒乱介入戦~凍泉の三つ巴(6)

 ナーレフ執政ハイドリィ=ロンドールとヒスコフ以下生き延びた6名の魔法兵達が、マクハードから指揮棒(タクト)を奪取することを、【氷凱竜】ヴルックゥトラの"劣化意識体"は積極的に止めようとはしなかった。


 ――全ては"余興"だったからである。


 【冬司】という旧ワルセィレを巡る一連の思惑の坩堝の急所への浸透も。

 あるいは【冬嵐】家と己と、現状に至る数奇なる(・・・・)"因縁"も。


 氷海と氷獄の狭間。

 その遥か遥か深き海底(うなそこ)に"本体"が眠り、封じ込められている限りは――この己(・・・)が何を経験しようが、何を見聞きしようが、何を記憶しようが、全ては泡沫(うたかた)の夢と還る定めにあるからである。


 ――それこそが忌々しき"名喰(なく)い"という【呪詛】の御業(みわざ)なれば。


 だが……だからこそ、後腐れることもなく、この"余興(たのしみ)"に浴することもできようもの。いっそ、この"余興(しげき)"を共有できぬ"本体"に同情の念さえ覚えるものである。

 たとえ氷海の底の小さな海泡と消え入るとも、"この己"が、それを楽しんではいけないなどという法は諸神(イ=セーナ)にすらも定めることはできぬが故に。


 ――其の『氷竜』にとって、ハイドリィとヒスコフ達が再びマクハードを『雪崩れ大山羊(アヴァランシェゴート)』の内側に【雪】と共に固めてしまい、束の間、自意識を取り戻した【冬司】がすぐに【ロンドールの奏で唄】によって他の2司と共に操られ……【泉】へ猛然と突き進んでいくのを見るのもまた"余興"。


 ――其の『氷竜』にとって、【冬嵐】家が、まるで家畜どもに群がる血吸い虫の如く、己の"血"を飲み干して――幾多の犠牲を厭わず――得た禁断(借り物)の力を振るい、幾度となく"本体"や"この己"とは違う"あの己"や"その己"を現世に呼び出そうとも……むしろその痛痒(つうよう)こそが、長き幽閉による飽きを癒やす"余興"。


 ――其の『氷竜』にとって、よもや【人世】にあって真なる(・・・)竜主(・・)】の力の片鱗を呼び起こす竜人(ドラグノス)と遭遇するという――それも因縁深き【塔焔竜(ギルクォース)】の末裔なれば――こともまた、類稀にして極上なる感情のうねり巻き起こす、やはり"余興"。


『【黒き神(ルーファ)】の使徒の力を借りて、燐寸(マッチ)を【塔の如き焔】と成すなんて、面白いじゃないか。【氷原に(かちど)く】が如きヴルックゥトラ……の"劣化体(あわ)"たるこの身と、どちらが本物(ホンモノ)に近いのか、一つ力較べと洒落こもう』


   ***


 ハイドリィとヒスコフ率いる魔法兵部隊の乾坤一擲は、俺の想像を越えて――いや、そう在れと期待し望んだ通りに炸裂し、マクハードから指揮棒(タクト)を奪取するに至った。

 【泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】を確保できねば、ハイドリィもマクハードも"詰み"である。その最中、グウィースとル・ベリという別働隊が【泉】を挟んだ反対側に出現したことで、彼らの意識は、そもそも追い込まれてとはいえこの状況を生み出した【冬司】の防衛本能と混じり合い――同じ方を、【泉】の方を向くという形で合流する。


 対して、ソルファイドと彼に莫大な【火】属性の支援を継続する俺の眷属(エイリアン)達に意識を向ける『氷竜』は、そうではない。


 結果、【冬司】が完全に真っ二つに裂け(・・)、物理的な意味においても"離脱"する形で解き放たれた【冬司(雪崩れ羊)】が、【夏司(イタチ蛇)】と【秋司(子守り蜘蛛)】を伴い、全速全霊を込めたと思しき反転・転進を図ったのである。


 ――そして、ここがこの戦いにおける転換点である。


≪ゼータ、イータ、シータ。イプシロンと共に『飛空班』を指揮しろ、可能な限り妨害して足止め(・・・・・・・)ろ、お前たちの【三連星】としての力を見せつけてやれ≫


 命ずるが速いか、既に風斬り燕(エッジスワロー)イータがその身を翻らせる。

 次いで数体の遊拐小鳥(エンジョイバード)八肢鮫(バインドシャーク)シータを掴み上げて空中に運んだ、かと思うや遅れて飛び寄ってきた2基の鶴翼茸(ウィンドライダー)がその背中に取り付いて"装備"状態化。一ツ目雀(キクロスパロウ)達が【夏司】が生み出した乱気流から"拝借"する形で生み出した気流の波に乗る(・・・・)形で飛翔し――流石にこの高速飛翔の邪魔になるのか"杖"は鶴翼茸(ウィンドライダー)達に投げ渡しつつ――既に空中で『飛空型』達を率いていた縄首蛇(ラッソースネーク)ゼータと合流。

 小さな爆発を発生させながら推力を増していく炎舞蛍(ブレイズグロウ)イプシロンがそれに続く。


≪"亜種"でも因子でも煉因強化(バフ)でも、少しでも【火】属性と関わる"名無し"達は全員ソルファイドと『焔眼馬(イェン=イェン)』の支援だ。『氷竜』とその眷属どもは、全てここに焼き付けろ――あちらもその気のようだしな?≫


 ソルファイドが斜め十字に交差させる『火竜骨の双剣』が煌々と赤熱し、気炎すら幻視するまでの熱量を放つ。そこに絶えず、もはや己自身の火身そのものを燃料の如く焚べ続け、消失しては俺がエイリアン達を通して注ぎ続ける【火】属性をまとって再出現するクレオン=ウールヴ。


 『氷竜』は、この単純なる"力比べ"によほど興じたか。

 『氷獄の守護鬼(フロストガード)』達を回収して――【竜】と呼ぶには(・・・・・)相応しい、鱗に覆われた、極限の氷獄の中でも凍てつき崩れることなく、まるで氷河の城壁がそのまま動き出したかのような威容を誇る巨躯を構築しているが……如何せん、小さい(・・・)という印象を拭うことはできなかった。


 ――目測ではあるが、多頭竜蛇(ヒュドラ)よりも(・・・)小さいのである。


 無論、そこに込められた【氷】属性は圧巻の一言に尽きる。だが、同時にその威力を維持するためであるのか、少しずつ周囲の【冬】の領域が、ゆっくりとではあるが縮んでいることが俺には感知できていた。


 亜種化により【氷】属性への耐性をつけておらず、さらには一ツ目雀(キクロスパロウ)氷属性障壁茸(アイスシールダー)達による魔法的な防護に守られている個体でさえ、この"環境"下で活動するエイリアン達はパキパキと表面を凍てつかされていくという意味で、大きな脅威であることは変わらない。

 ただそれに対抗するだけで、俺は迷宮(ダンジョン)に蓄えていた魔石と命石を次々に注いでいる状況なのだ。"裂け目"の向こう側とこちら側をローテーションさせる形で、強引にソルファイドに"補給"し続けるという意味での「前線」の意地でなんとか回している状態。


 ――だが、激烈な勢いで己のリソースを消費し続けているのは『氷竜』もまた同様であることは明らかであった。


 【冬司】の力に寄生し、旧ワルセィレの民からハイドリィが集め貯めた【血と涙(ねがい)】の"量"を以てなお【竜主】と呼ぶには(・・・・・)到底足りない(・・・・)ことが、その存在感と威容の割りに"小さい"ことの所以であるかもしれない。

 しかし、そうであるならば、それはまさに俺の目論見通りということだ。


≪ラムダは『混入班』を連れて撤退、【闇世】側でのローテーションを副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもとサポートしろ≫


≪ぎゅぶるぶるぎゅぶる……ご、ごのままだと僕達はきゅぴ氷さんになってしまうのだきゅぴ……! ぷるぷる味の……海の家の水着ゅぴさんの人気者……!≫


 "裂け目"から、部下副脳蟲(ぷかきゅぴ)ども込みで、X機掌位(メリーゴーランド)による【共鳴心域】上の「エイリアン=ネットワーク」を維持・構築する副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもの勇姿が見えた。


 ……【人世】側に出現するや即座に凍りついていき――【闇世】側では、なんと『ソルファイドさんの温泉さん』の湯を引っ張ってきてその火力によって一気に身体を温めて体表の氷を溶かし、再び【闇世】側に出現しているお前達の体質はどうなっているのだと思わず小一時間問い詰めたくなったが、≪だったら造物主様(マスター)にもこの感覚さんを味あわせてやるのだきゅぴ≫とウーヌスが言い出しかねないため、それを意識的に黙殺したが。


 指揮に意識を戻せば、対『氷竜』が量対量ではなくなったことと。

 そして何より、『氷竜』が分離(・・)した分だけ――マクハードまたはハイドリィによって操られる3体の【(つかさ)】達の【夏秋冬(なきゆ)】としての自己"認識"は、逆に強化されたと考えるべきであったこと。


 以上により、俺は戦況を量による奇襲制圧戦から、精鋭部隊による心臓部の奪取戦へと認識を変えたのである。


≪リュグルソゥム一家とユーリルはソルファイドと連携。あの【冬嵐】の『工作部隊長』をなんとしてでも狩れ。グウィースとル・ベリはそのまま【泉】へ進軍、迎撃部隊が現れたら派手に(・・・)戦ってやれ。"珍獣売り"コンビは、戦場の「掃除」だ≫


 【人世】に出て、最初に遭遇した展開(イベント)にしては、随分と多くの関係者が関わっているなと、俺は軽く心中で嘆息する。だが、これは権謀術数渦巻く一国で起きた「それなり」に大きな事件であって、RPGゲームの類ではない。

 ――むしろ関わっている"黒幕"が、もっと多くてもおかしくはなかったのだ。


 その渦中ど真ん中に飛び込みながら、しかし、そうであると可能な限り悟らせないための立ち回りとしては、果たしてこれで最善・最優の解であったかなどはわかろうはずもない。

 最悪なのは、ここまでやっておいて例えばハンダルスを取り逃がして【盟約】派の首魁【四元素】家に俺の存在が知れ渡ることであろう。言葉遊びであるが――然れど"認識"こそがこの世界(シースーア)では力を持つが故に――【()元素】家こそが最初(ハナ)から【()季】の"力"に関心を抱いて、全てを裏から仕掛けていた可能性が高いというのは、リュグルソゥム一家が既に指摘していた通りである。


 だが、仮にそうであったとしても――そういうパターンを込みで(・・・)、俺は『構想』をぶち上げてやったはずだったのだが。

 あの亡国の解放闘争の戦士でありつつ、確かな商人としての実力で頭角を現した男に。


≪アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イオータ、カッパー、ミュー、ニュー。俺を連れて(・・・・・)【泉】まで一気に詰めて寄せろ。この騒乱を――いい加減に終わらせてやる時間だ≫


 ――そして、俺は『エイリアン輿』に深く腰掛け、体重どころか姿勢そのものを全て預けたまま、最終局面への号令を下す。

 "群なれど個"たる"名付き"達を、"名付き"達という一個のグループとして、エイリアンという巨大な群体のその中でさらに自律して判断しつつ行動することのできるグループ内グループとして、その存在を再定義し――"役割"を果たせ、と宣言するように命じた。


 すると、俺を担いでいた城壁獣(フォートビースト)ガンマが丸まる(・・・)

 直後、螺旋獣(ジャイロビースト)デルタと、応急処置から戻ってきた――紡腑茸(ヴィセラウィーバー)編んだ(・・・)肉塊で縫合した――アルファが、その剛力によって、2体がかりで全力でガンマをぶん殴り飛ばすように転がらせ(・・・・)る。

 そして次の瞬間には『エイリアン輿』が自律。

 下部を形成する骨刃茸(スラッシャー)達が、その先端を突き出させ、さながら、大玉に乗るサーカス団員のあんよ(・・・)の如く。

 ロードローラーと化したガンマの鎧が、重厚なる回転によって氷上を爆転爆進するその上を、玉乗り(・・・)の要領で、恐るべき平衡感覚により一切の振動も衝撃も俺に感じさせずに――飛行機が飛び立つ際に似た圧迫感が多少は全身を"背もたれ"に押し付けるが――『エイリアン輿』は運び始めたのであった。


   ***


 『氷竜』と分離したとはいえ、それは形状と形態においての話。

 むしろ、分離したが故に――己を通して【四季一繋ぎ】という法則の力を、マクハードという媒介を通してより強力に吸い上げられている、ということに【冬司】は気づいていた。


 だが、それはそれで都合が良い。

 マクハードの意識が削がれている分に、ほとんど同一化している己の意思を埋め合わせる形で、【冬司】は【夏秋司(兄弟達)】に語りかける。


 ――この意味において、ハイドリィ=ロンドールと"痩身"サーグトルが生み出した【ロンドールの奏で唄】は、万全のものではなかった。

 マクハードという"媒介"は、逆方向(・・・)の作用ももたらしていたからである。


 すなわち【冬司】は、旧ワルセィレの民の【血と涙(ねがい)】の力によって己と兄弟達を操ろうとする作用を、逆にマクハードを通して、あえて逆流させて自身に侵させた『氷竜』の力によって対抗・抵抗したのである。

 奇しくもそれは【エイリアン使い】オーマが『混入』を試みたことから、神性としての直感力によってこの機序を悟り得て学習したことによるものである。


 斯くして、【泉】までの数キロの道を、それぞれに全速前進で駆ける者達の闘争は、複雑な三つ巴(・・・)の様相を呈する。


 【泉】への先着を競う【エイリアン】使いとハイドリィ一行と【冬司】の衝突の当初。【冬司】は、後背から傲然と追いすがってきたこの異形にして異質なる存在達を排除・脱落させるべく――まずは【奏獣】にその身を合わせた(・・・・)


 【泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】までの氷泉上の道の半ばにて3司が迎撃体勢を組む。

 『旋空イタチ蛇』が暴風を引き起こし、『雪崩れ大山羊』が吹雪を呼び寄せてぶつかり合わせ、その只中に氷塊の砲弾と泥石土の混合物が乱れ飛ぶ領域を生み出して、侵入者を拒んだのである。


 だが、そのような風雪礫濘(ふうせつれきねい)に毛ほども怯むことの無い"名付き"達が、主オーマの命に従い――さらにその命を自らの判断で越えて斬り込み、躍り込む。


 先陣を切ったのは【三連星】の風斬り燕(エッジスワロー)イータと八肢鮫(バインドシャーク)シータであった。

 氷と泥が砲弾の如く雨(あられ)となって降り注ぐ中、巧みな空中機動と連携によって、乱気流によって形成された"竜巻の大蛇"の内部を、ひょうひょうと泳ぐように遊離する『イタチ蛇』の本体を追い回したのである。


 体格差から言っても、両者はちょうど梟に狩られるネズミか、鮫に食われる小魚のような関係。

 圧縮された小さな暴風域の中、という意味では確かに「地の利」は『イタチ蛇』の側にあったものの、八本の触手が鞭のように振るわれ、乱気流の切れ間(・・・)を【風斬り羽】が切り裂いていく。

 イータとシータはこの小さな本体を、"竜巻の体"の外へ外へと追い立て、追い詰めんとしていたのである。


 くねくねと身を踊らせ、時に周囲の乱気流の密度を高めるようにして加速と減速を繰り返しながら、イータとシータを振り切ろうとするイタチ蛇であったが――不意にその眼前至近で爆炎が炸裂した。

 炎舞蛍(ブレイズグロウ)イプシロンが、翼膜から垂れ流す可燃の酸液と【火】魔法の火花による小爆発を引き起こしたのである。イータほど器用に飛べないイプシロンであったため、直接に"竜巻"の内部に突入はしていなかったが、代わりに自らの爆風に乗りながら周囲をデタラメに飛び回り、追い立てられて"表面に浮上"してきた『イタチ蛇』の本体を焼かんとしたのである。


 竜巻の"外側"からの絶え間ない爆撃に対抗して『イタチ蛇』が、より多くの【風】の魔素を集め、乱気流をますます鋭く舞わせ、その"竜巻の体"を大きく大きく膨張させて「緩衝」と「遊泳」のための空間を確保していく。

 このため、致命傷こそ与えられないイプシロンではあったが―― 一連の爆撃は、確実に『イタチ蛇』を圧迫しつつあった。


 【風】を成す空気の流れとは、そもそも四散し拡散する性質を持つが故に。

 それを曲がりなりにも「大蛇」の形に束ね、圧密させ、さらに破壊力を持つに至る乱気流と化させしめるには、その見た目の暴威以上に精密な風向風速操作が必要。

 ただでさえ『イタチ蛇』はこの"竜巻の体"を【冬司】の生み出す吹雪と織り合わせて【夏秋冬(なきゆ)】と成しており――【火】魔法で生み出された爆風による"風の乱れ"まで勘定に入れることは難題となっていた。


 言わば、"竜巻の大蛇"を維持するために倍の魔力操作に意識を割かねばならなくなっており――これに加えて、侵入したイータとシータ――更にはまるで狙撃するように『投げ縄』の如き尾を射撃するように叩きつけてくるゼータを加えた【三連星】の"狩り"にも全霊を傾けて逃れなければならない。

 これらのどれか一撃でも本体を掠めれば、たちまちのうちに"竜巻"の外でギャアギャアと揶揄(からか)い遊ぶ遊拐小鳥(エンジョイバード)達に寄ってたかって捕まってしまうことだろう。


 しかし、かろうじて【冬司】もまた暴風と吹雪に飛ばす氷塊氷礫を操り――『氷竜』の力によって――振り回すようにして叩きつけ、遊拐小鳥(エンジョイバード)達を追い散らし、イータとシータが決定的に『イタチ蛇』に肉薄するのを阻止せんとしていた。


 ――だが、ある程度の損害を前提に量による肉弾戦を仕掛けてきていた"名無し"のエイリアン達への対処とはまるで異なり、【エイリアン使い】オーマ率いる"名付き(精鋭)"の少数追撃への苦戦を強いられたのは『子守り蜘蛛』も同じであった。


 切裂き蛇(リッパースネーク)イオータが両腕の鎌を白く閃かせて神速の斬撃を見舞うや、『子守蜘蛛』が巨人の掌ほどもの量の泥土を隆起させて"盾"とする。しかし、イオータは連続で繰り出す白刃の閃き自体を『子守り蜘蛛』の全集中と複眼を引き付けるための目眩ましとしていた。

 自身より一回りほど小さな、しかし大蜘蛛の姿の魔獣(同系統の存在)が、前脚に織り合わせた"糸"の束を風呂敷でも広げるように構えながら、すくい上げるように足元に飛び込んできたことに気づくのが遅れたからである。


 縛痺蛆パライズマゴットニューである。

 足下の泥土は『子守り蜘蛛』の支配下にあり、踏み込めばたちまち泥にまとわりつかれてゆっくりと引きずり込まれるはずであるが――ニューは自らの糸繰りによって使い捨ての「糸のいかだ」を形成し、泥濘に引きずり込まれる寸前にそれを乗り捨てるようにして突進。


 縛られれば神経毒によって生物を麻痺させることのできる【手翳し網】で以て、『子守り蜘蛛』を絡め取らんと組み付いたのである。

 咄嗟に身を翻し、自身が自身の泥濘に突っ込むことをも厭わずに【麻痺糸】に絡め取られることは避けるが――ニューを引きはがすことはできない。苦し紛れに【泥糸】を紡ぎ生み出しつつ、片や大蜘蛛の魔獣が、片や大蜘蛛を模したエイリアンが合わせて16本の肢を乱れ撃つように組み撃つ。


 さながらそれは大蜘蛛同士の「格闘」術と形容することもできるだろう。

 互いに似た効果の【糸】を有しており――片や眠らせ、片や痺れさせる――それによって抑え込む(・・・・)ことを前提として組んず解れつもんどり打つ。


 だが、大蜘蛛同士は1対1の決闘をしているのではない。

 『子守り蜘蛛』が周囲の暴風を飛び舞う氷塊を泥の糸で捕らえ、引き寄せてニューに叩きつけようとすれば、これを投槍獣(アトラトルビースト)ミューの角槍の剛擲によって撃ち落とす。

 【虚空渡り】によって神出鬼没の如く現れる爆酸蝸(アシッドスネイル)ベータが置いていく【爆酸殻】の空砲(・・)に紛れ、イオータが空中のゼータと互いの尾を結びつけるようにして空中から一気に襲撃するヒット・アンド・アウェイを敢行。わらわらと亡者の手の如く広域に出現する【泥糸】を、その白刃の閃きによって斬り散らすが――"同じ手"は食わない、とばかりに泥の大波を生み出してイオータを捕らえる、その次の瞬間に【冬司】が泥土を凍てつかせてイオータを泥と氷の檻に拘束してしまう。


 しかし、それもまたイオータの、今度は我が身を囮とした"違う手(目眩まし)"であった。

 ミューが2本、螺旋獣(ジャイロビースト)アルファとデルタがそれぞれ1本ずつ合計4本の角槍を豪投する。それらは、まるで狙いを大きく狂わせたかの如く『子守り蜘蛛』からは外れており、『イタチ蛇』や【冬司】などにも直撃しないコースであったが――いずれもが水平面において『子守り蜘蛛』を通り過ぎ(・・・・)た、その時であった。


 グンッと激しい衝撃と共に『子守り蜘蛛』は後ろ斜め上(・・・・・)に向かって全身を引きずられ。

 まるで網にかかった(・・・・・・)魚群が勢いよく水揚げされるが如くに、望まぬ浮遊感と共に浸かっていた泥土から引き離されて飛翔する、と同時に全身の皮膚から神経に食い込むかのような凄まじい【痺れ】によって痙攣しながら吹っ飛んだ。


 ――『子守り蜘蛛』を絡め取った物の正体は、ニューの【痺れ糸】の網である。

 ベータが【虚空渡り】によって数度、『子守り蜘蛛』の周囲に"空砲"を置いて注意をそらした真の目的は、ニューが伸ばした【痺れ糸】を『子守り蜘蛛』の周囲に広げさせるためであったのだ。この、泥の下に捕獲罠として張り巡らされた【痺れ糸】の網のそれぞれの"端"を目掛けてミューの角槍は豪投されており――4本がそれぞれの4端に見事引っかかる形で、そのまま剛擲の加速のままに『子守り蜘蛛』を中空に攫った(・・・)のである。


 そして、この好機を逃す【エイリアン使い】オーマではない。

 城壁獣(フォートビースト)ガンマの担ぐ『エイリアン輿』の上ですっと――触肢茸(タクタイラー)達に支えられるように――立ち上がり、一瞥。

 三ツ首雀(トリコスパロウ)カッパーに換装されていた3属性のうち【水】と【雷】を、魔導の焦点具代わりに、つまり"杖"として振りかざした黒き槍【黒穿】を通して、一息に撃ち放ったのであった。


 放射状の噴水のように打ち出された水流が、泥と大地から離れて一時的に無力化された『子守り蜘蛛』を包み込む――と同時に【氷】の力が瞬く間に水流を凍らせる瞬間、紫電と放つ雷撃が太い導線と化した氷を伝って『子守り蜘蛛』の全身に伝播。


 【痺れ】と【雷】の二重の雷撃に見舞われた『子守り蜘蛛』が、その全身を激しく焦げさせながらおぞましい絶叫を上げるが。

 そこで、【冬司】の頭上に、それぞれ【氷】魔法によって自らの足やらを固定させることで強引にしがみついていたヒスコフら魔法兵部隊の対抗魔法(アンチマジック)が、遅れ馳せながらも間に合った。


 絶命には至らぬまま『子守り蜘蛛』がどちゃりと墜落して泥の中に半身を沈める。


 その、次の瞬間である。

 文字通りと言う他は無い、この"目の上のたんこぶ"達が全力で【エイリアン使い】の精鋭達に対抗することに全神経を向けたその瞬間をこそ、"目の下の"【冬司】は待っていたのであった。


 『風に乗った霜混じりの泥の糸』が、ハイドリィの足元から一気に伸び、腰から肩を経てその指先にまで一気に這い登って指揮棒(タクト)に到達。

 変事を悟ったハイドリィが叫びながら【氷】【土】【風】属性で立て続けに対抗魔法(アンチマジック)を試みるが――【夏秋冬(なきゆ)】の力を同時に打ち消すためには、ただ単に3つの属性を重ねただけでは不可能であると、瞬時にその気が回らない。


 そして気が回ったとしても――従来の【魔法学】の思考を越えた"属性"を具象(イメージ)して詠唱できるほど、彼は"痩身"サーグトルに感化されていたわけでもなし。


 ――斯くして、【冬司】は自らが自らを"奏でる"事により。

 オーマが"名無し"達に命じて"裂け目"に運び込んで隠すことを試みていた、ナーレフ軍が輸送していた【血と涙(ねがい)】の一部を直接自分自身の中に流入させることに成功。


 『イタチ蛇』と『子守り蜘蛛』が、再び【夏司】と【秋司】としての(さが)をその前面に出し――ただし【冬司】に従属する形で――暴風雪濘(ぼうふうせつねい)と化して【冬司】の足元に飛び寄るや、追いすがる"名付き"達を、ここぞというタイミングで()雪崩れの如く、地下(・・)から。


 『子守り蜘蛛』が土中まで浸透させ泥濘化させていた、その泥濘全体を【雪】と混ぜ合わせたかのような、土壌沈下の際に液状化した軟土が噴水となって噴き出す作用がさらに大規模化したかのような【泥雪崩れ】が大波となってオーマと"名付き"達の眼前に噴き上がり、即席の長城となり、視界を覆い尽くし凍てついて氷泥塊となりながら降り注いだのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前作の内容が頭に残っているせいか 竜の憤怒が厄ネタスキルかと思っていたけれど 抑えになっているのが「竜血」鎮めだったんだよな 竜言術を扱う為に進化、改造してきたのが竜という説明と今回の件を…
[良い点] 過去、竜人達はよく竜主を討ち取ったなと思いましたが、少なくともソルファイドよりも血が濃かったのはあるかもしれませんね。それでも勝てるイメージは湧きませんが…。その血や遺骸ですら強大な影響力…
[一言] 200話到達おめでとうございますきゅぴ \(╮╯╭)ノ
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