0194 ナーレフ騒乱介入戦~凍泉の三つ巴(4)[視点:その他]
11/11 …… "装備品"を追加し、描写を加筆
(生きているか? 死に損ないどもがよ)
カツン、コツンと氷を叩く澄んだ音が響き渡る。
それは自然の音ではない。周囲で響き渡る様々な戦闘音に合わせて、その中に紛れるようにされてはいるが――規則的に長音と中音、短音を組み合わせた「暗号」であり「信号」であった。
(ルパルト班、なんとか)
(同じくシェラザット班も……死んでた方がマシですがねぇ)
【冬司】との戦いと、その中から生じた【氷】の"鬼"達、に加えて、吐き気のあまり自身の臓物をもどしそうになるような異形を通り越した異質なる魔獣達の襲撃――といったイレギュラーが続く中で、ナーレフ軍のうち、ヒスコフ麾下の最精鋭の"生き残り"である16名は、魔法に頼らない手法によってかろうじて互いの状況を知ることができていた。
凍土から一斉に繁茂した氷柱に飲み込まれたる有り様は――『土葬』であると言うべきか。あるいは、遺骸が分解されずに保存されるため"葬る"という意味があるかは疑問であるが『氷葬』とでも苦笑すべきものか。
はたまた"態様"だけを見れば――ヒスコフの経験の中で最も近いのは『樹葬』であろうか。
【西方】の【懲罰戦争】でいくつかの死線から奇跡的に生還したヒスコフであったが、その中で、【星灯りの森林国】の黒森人達の集団詠唱により――戦場に広大な『樹海』が、まるで何十もの大蛇が召喚されたかのように、膨大な"根"の大波となって数百人規模の一部隊を飲み込まれたことがあったのである。
……幸か不幸か、その時の「経験」が、今回たまたま生きて、今自分達は生き残っている。
(ハイドリィ執政が「乾坤一擲」をしろ、と激怒している。この期に及んで逃げ帰ることだけはしないってのは、大した激情家だ)
(逃げ帰っても罪に問われて処刑されるとわかっているだけでは?)
(違いない。自分があの「処刑台」に吊るされる立場になるのだけは、誇り高すぎて敬遠なさりたいんだろうよ)
たとえそれが虚勢でも、軽口を叩く程度の余裕はあるようだ。
――ならば、十分である。
(どの道、"化け物"同士の決戦が終わるまでは【耐寒】の術式が流石に保たない。あの『魔力吸い』のくそったれな肉塊どもが、未だに蠢いていやがるからな)
(そっちを避けても『血吸い』の【氷】が……今更ですけど"雲上人"の魔法って意味不明ですわ)
(娼館で「地雷」を掴まされた時みたいな究極の選択をマシだって思う時が来るなんざ思ってなかったなぁ、隊長)
黒森人達の戦場魔法に呑み込まれた際、運もあったが、ヒスコフが生還できた理由は――いかに自然法則ではありえない速度で成長が早められ、その故に戦場が丸ごと呑み込まれたのだとしても、それそのものはあくまでも"根"という自然物の法則に沿ったものに過ぎないことに気づいたからだ。
"根"は土を這い、土中の水分や養分を求めて根毛を生やして枝分かれさせ、それが後から成長して太くなる……に過ぎない。多少、急成長によって後方からの密度と圧力が増そうとも、どれだけそれが異常な速度であっても、まず根毛が先触れのように生え伸びることさえ分かれば――どの箇所が危険であるか、そして逆にどこに逃げ込めば良いかがわかる。
(一気にやる、てわけですかい。我らが"堅実"部隊長の、何年に一度の"大博打"って奴だ)
(どのみちそうするしかないだろ? 執政殿に魔獣を奏でてもらわなければ、逃げ出す好機だって生まれやしない)
――今回の氷柱でそうした過去の経験が脳裏をよぎった結果、ヒスコフが咄嗟に部下達に叫んだのが「血だるまから離れろ」という言であった。
【冬司】を始めとした【四季ノ司】が、他の魔獣とは一風変わった形で、人々から――神の似姿から"力"と命を奪い取る存在であると知ってはいた。それはさながら異種族同士の契約めいた形で旧ワルセィレの民との間に結ばれた、一種魔術的な繋がりとも超常法則めいた絆のようなものでもあったが……その【冬司】が、内側から、さらに強大な魔獣に乗っ取られていたとすれば、どうであるか?
旧ワルセィレの民以外に対してその【血と涙】を奪い取る権能を発揮する――実に魔獣らしく――などというのは、真っ先に思いつくべき発想であろう。
そしてその故にヒスコフは、執政ハイドリィを打ち破って指揮棒を奪い、同時に自分達を撃破しつつ【血と涙】の一切れと化す氷柱の叢生の如き一撃の中にも一定の指向性があると読み、それに賭けて――かろうじて致命傷を免れながら、凍てついた茨の牢獄の中に単に拘束されるだけで済んだのである。
(そういうわけだ。あの"化け物"どもに……「魔法使いを一人でも残すと怖い」ってことを、思い知らせてやろうじゃないか。さぁ、俺達の意地っ張りで高慢ちきな執政"様"を、もう一度活躍させてやるぞ?)
――余談であるが、件の戦場を丸ごと『樹葬』せしめた黒森人達の戦場魔法は、半刻もせぬうちに戦場に到来したフィーズケール家の【剣仙】によって、数分と経たずに殲滅されている。
勝利に油断したまさにその直後に、黒森人の部隊はそこで多くの精鋭を討ち取られているのである。
……流石に"最強"には到底及ぶべくもない。
だが、心得のある者であれば、その気になれば命を削って魔力に変えた一撃を放つこともできるのが、魔法ないし超常の力を片鱗でも学び扱うことができるようになった存在である。
そんな命知らず者達が、これほどの他勢力の草刈り場と化した"罠"の重囲の中で16名も残っているならば、一泡吹かせる分には上出来すぎるというべきであろう。
(あのデカ物もいやがる。相変わらずクソデカい"歌声"だよ、全く……だが、あいつがいるなら、1割が2~3割ぐらいには好転するよなぁ?)
ヒスコフは、この状況下にあっても己等の生還を諦めてはいなかった。
***
【エイリアン使い】から下賜され、今は己の頭蓋の内側に宿る共覚小蟲を通した短い話し合いをリュグルソゥム一家と済ませたユーリルは、血を蹴って跳躍。瞬間の加速にだけ【虚空渡り】の秘術を用いて先陣となり、両手両肩両肘から【血の杭】を生み出しながら『氷獄の守護鬼』の集団に切り込んだ。
迎撃するように"元魔法兵"である氷鬼達が、その凍てつき青褪めた生気の失われた双眸を一斉にこちらに集中させつつ【魔法の矢】を解き放ってくるが、そこにリュグルソゥム一家の集団詠唱――ただし対抗魔法ではない。
【土】魔法【敵対的な土塊】の焦点を収束させる、と同時に、ゼイモント=ジェミニとメルドット=ヤヌスに率いられた複数の表裏走狗蟲が駆けたのである――臓漿をまとったまま。
中空でユーリルが、まるで外套を翻すように血風を翻しながら【魔法の矢】の斉射を引き付けつついなす中、駆ける表裏走狗蟲達が縦列となって臓漿を一直線に連結。
【土】魔法の効力が、まるで導線に導かれるように一挙に伝達し、半獣半エイリアンの体躯が次々に踊りかかると同時にぶちまけられた臓漿ごと辺りに降り注ぐ、と共に発動。
地盤沈下の如く、氷れる元魔法兵達の足場をクレーターの如く沈ませ、集団詠唱において重要な「収束と集中」の状態を崩す。
と同時に、遊拐小鳥数体がかりによって各地から空輸されてきた氷属性障壁茸達が一斉に【氷】属性そのものを制圧するように消失させ、そこに巨大な魔力の空白地帯が出現。
そこにユーリルと、鶴翼茸達を両腕に装着しながら同じく空輸されてきた戦線獣達数体が頭上から、その剛腕を振りかぶって全力で殴り降ろす構えでの強襲を試みる。
「ただの【氷】魔法じゃねぇって言っただろうがよぉぉお!」
吼えるハンダルスが【竜の氷】によって、竜巻によって海水が天に向かって逆巻くが如く捻じり上げられたかのような氷柱を「地対空」の如く生み出す。
手をこまねいていれば、この意思を持った捻じれる氷柱は戦線獣達を刺し貫いていたであろうが、そこまでは"詰み手"のうち。
次の瞬間にはその氷柱がさらに内側から。
まるで氷柱が脱皮するかのように割れ砕け、新たな直立する氷柱が出現し、直後に自壊したのである。
「残念。消す相手は選べるんだよね、うちのエイリアンちゃん達はね!」
土中を経由したのは【土】魔法だけではない。
リュグルソゥム家は【竜の氷】による氷柱を、さらに内側から通常の【氷】属性の氷柱で割るという離れ業を敢行。
斯くの如くダリドが高らかに煽るが早いか、彼の傍らに【虚空渡り】でベータが出現。
この【異星窟】の"お調子者"が伴って現れた臓漿塊の内側から――子供の胴体ほどもある幾礫もの巨石材を丸ごと一掴みにした鞭網茸が出現、と同時にそれらを空中へばらりと投げるや、【彫刻操像士】としてダリドもまた疾駆。
ルクとミシェールが的確に足元に「足場」として撃ち出した【撃なる風】を蹴りつつ急激に押されつつ急加速し――吸血種ユーリルと戦線獣達が『氷鬼』達の集団に着弾し、周囲の氷鬼達を四分五裂、その氷の腕や氷の足をバラバラにする勢いで乱れ飛ばすが如くに薙ぎ払うのに合わせて。
ダリドが魔導棍――キルメとは逆に【浸魔根】の比率を高めて編み上げたもの――を口に加え、両手を伸ばして十指をバッと広げて振りかぶった。
高度な魔法感知の力を持った者であれば――【感知阻害:中】を破れればであるが――この瞬間、ダリドの両の指先の1本1本から、精緻精妙なる『魔力の糸』が出現した、と思い込んだことだろう。
だが、それはただの【魔力制御】によって生み出された『糸』ではない。
【彫刻操像士】の職業技能【感知阻害:中】を前提技能とする【絡繰擬装】の効果が乗った――極限まで細く伸ばした臓漿と裁縫労役蟲の"糸"を混合した『強化エイリアン魔力糸』とでも呼ぶべきものだったのである。
純粋なる魔力の御業に擬装された10の糸が、ハンダルスの全く無駄な【妨害魔法】指示をあざ笑うかのように宙で踊って精妙なる魔力制御により、鞭網茸が投げ放った10の"巨石材"に結びつく、と同時に。
ダリドはさらに煽り立てるように言い放った。
「今度は飛び出すんじゃなくて、入り込む番だ……ってね!」
『強化エイリアン魔力糸』の急激な伸縮により、一挙に引き寄せられた石材達がダリドを中心に、重力落下せんとしていた慣性そのままに急速に引き寄せられていき。
経路上の氷鬼や氷鬼が取り憑いていた元魔法兵達を質量によってなぎ倒しながら次々に粉砕。
ダリドの周囲にゴロゴロガラガラと転がり集まりながら、ちょうど10個の積み木を乱暴に積み重ねて象ったかのような即席の彫像を、軽い地響きによる氷割れと共に形成してのけたのであった。
「なんだぁあそりゃあ!? アイゼンヘイレ家の"猿真似"だってかよ? 砕け、氷鬼ども!」
「残念だけどもう詰んでるよ、ゲルクトランの"右腕"ハンダルス」
【苔】の謎は、リュグルソゥム家の知識を以てしても未だ解かれていない。
この意味において、ダリドの【彫刻操像士】は、"彫像"や"人形"の類そのものを操るにまでは至っていないが――そのような事情をハンダルスが知っているわけでもなかった。
あえて【像刻】のアイゼンヘイレ家風を醸し出したのは、リュグルソゥム家の評判と合わせて彼に誤認識させ、この即席の"巨石積み人形"を囮とすることであり。
同時に、戦線獣を中心に「叩き壊す」ことを中心とした乱戦によって――『氷の鬼』達を部位ごとに粉々にさせた意味を悟らせぬため。
そしてこの瞬間、リュグルソゥム家の「新生」初代夫婦にして兄妹たる二人もまた、氷上を高速で滑って切り込んでおり――。
次の瞬間、ハンダルスは我が目を疑うこととなる。
そして自身は巻き込まれまいと大きく飛び退くその眼前。
ダリドが十指を振るうたびに『強化エイリアン魔力糸』が翻り、次々に、辺りにばらりと割れ散った『氷の鬼』達の腕や足を攫い絡め取ったと思うや"巨石積みの彫像"に次々に取り付け始めたのである。
わずかでも油断すれば、魔法の護りが無ければ肺腑まで凍てついてしまいそうな氷獄の中である。既に急速に冷凍状態に置かれて冷えに冷えていた"石材"に触れるだけで、『氷の鬼』の離断された氷でできた手足が次々に引っ付いていき――決して動くことのない魂の抜けた彫像の「一部」となっていく。
「はああああ!? なんだぁ、そいつはよぉ!?」
だけではない。
ダリドはまるで熟練の人形彫刻家にでもなったが如く――技能【人形製造:上級】と【彫刻製造:上級】の力にも補助されながら、戦線獣や表裏走狗蟲達が次々に叩き折っていく『氷の鬼』達の四肢を、さらにさらに間断なく10の『エイリアン糸』によって攫って"巨石積み人形"に絶え間なく組み込んでいき、瞬く間にそこに、物言わぬ動かぬ氷の巨像が形成・成長していきながらその威容を吹雪の中に佇ませてしまうのであった。
「何故だ……どうして自律しない!? お前らそれでも『氷獄の守護鬼』か?」
赤い鮮血と共に閃くユーリルの血刃を防ぎながら、【氷礫跳び】によってその機動力に対抗。しつつ、付近の『氷の鬼』達を爆裂させて【氷】魔法の種としながら、その一撃一撃を防ぎ凌ぐハンダルスであったが――彼は明白に困惑していた。
元魔法兵の遺骸に取り憑いた『氷獄の守護鬼』達が、リュグルソゥム家によって次々に壊滅させられてしまうのは、仕方が無いことである。いくら……受肉したとはいっても、高等戦闘魔導師を相手に、ただ単に元魔法兵の肉体を奪っただけの"鬼"達がまともな魔法戦闘できると期待する方が無茶である。
だが、宿った肉体が破壊されても――周囲には有り余るほどの【雪】も【氷】も冷気も寒気も満ち満ちている。その中から【氷の身体】を再構築するのは、この怨霊に近い存在達にとっては容易。
本質的には、砕かれて粉々にされようとも、戦場が【氷】属性に支配された場であれば、半永久的にも戦い続けることができる存在なのである……例外が"2つ"ばかり存在していたが、それは「別の戦線」での話。
――まさか、足止めと時間稼ぎをするはずだった「この戦線」で"3つ目"の例外などと言うべきものに遭遇しようとは。
「彫像兵だっていうのになんで動きやがらねぇんだッッ!?」
どういう手段であるかはわからないが、リュグルソゥム家が【像刻】家の秘技術である彫像兵を会得した、それは良いとしよう。
だが、【盟約】派が解析したところ、それが命ある存在だということまではわかっている『彫像』が形成されたとして、そんなものが『氷の鬼』どもに欠片でも覆われたのであれば――取り憑くことができないはずなど、ないのである。あの元魔法兵の遺骸達と同じように。
だが、リュグルソゥム家の"長男"が繰り出した「命無き」彫像は、さながら粘着性の鼠取り罠の如くに次々に――貴重な【竜の氷】によって氷体を形成している『氷の鬼』達を捉え、しかもその上から通常の【氷】属性によって念入りに押し固めてしまい、もはや彼らは動くことすらできなくなってしまう。
……戦えば戦うほどに、である。
"環境"さえ整えれば無限の再生力と継戦能力を持つ『氷獄の守護鬼』。
しかし、本来は討伐対象の"災厄"であるが故に、まさか【冬嵐】家が堂々と使役していることを知られるわけにはいかないというのに――ただの工作隊長であるハンダルスが動いているのはこのため――よもや、このような形で、絶対に有利であったはずの"環境"の只中で無力化されることなど、想定外以外の何者でもなかった。
「もう一丁追加ぁー!」
再び、例の生きた投網のような触手の化け物が出現。
"石材"を投擲して――強欲なことに「2体目」を形成しようとしてくるのを見て、ハンダルスは決断をせねばならなかった。
すなわち、これ以上戦力を打ち減らされる前の転進――と戦線整理である。
(マクハードの愚図め、まだ手こずってやがるのか……? もう十分すぎるほど馴染んだはずだろうがぁあ! クソが、合流するしかないなぁ!)
その逃走すべきタイミングを嗅ぎ取る嗅覚や良し。
だが、同時にそれもまたリュグルソゥム家が想定していた"詰み"の1つの帰結。
ハンダルスが【ガライェッドの冷幻術】によって自身を極小粒の雪の結晶が生み出す冷たい"霧"に紛れさせ、一切の感知魔法を瞬間的に遮断して逃走する瞬間に合わせ、ルクとミシェールとダリドとキルメの一家4名が通常の【氷】魔法により、砕かれた【竜の氷】の"鬼"達が冷凍。
ならばと通常の【氷】に移ろうとするや――"裂け目"から運び出され、遊拐小鳥達によって空輸されてきた氷属性砲撃茸によってあるいは粉砕され、あるいは氷属性障壁茸によって属性を選択的に消失させられて形を成し得ない。
堪らずに【竜の氷】――すなわち融けない氷に乗り移ろうとする頃には、既にそれはダリドによって動かぬ巨像の一部として貼りつけられ。
『氷獄の守護鬼』という"形態"に対し、2つの【製造:上級】技能による「人形」あるいは「彫刻」としての強制力が優越し、完全に封じ込められてしまったのであった。
そして、ダリドを引き続き念入りに【竜の氷】達を「彫像」と化さしめる"後始末"のためにその場に残しつつ、ゼイモントとメルドットを護衛に置きつつ、リュグルソゥム一家の3人と吸血種ユーリルと『氷の鬼』達を撃破したエイリアン達が、ハンダルスを追って【エイリアン使い】オーマの元へ駆ける。
***
【氷凱竜】ヴルックゥトラという名の【竜主】――の分裂した意識体であり本体ではない存在を称する『半氷竜』と【エイリアン使い】の闘争は、魔力を叩きつけ合う「砲撃戦」とその根源を潰さんと牽制し合う「牽制戦」の様相を呈していた。
『氷竜』が、【冬司】を通してとはいえ、その圧倒的なまでの寒気を叩きつけんとするのを竜人ソルファイドが『火竜骨の双剣』を構え、さながら焔の結界を描くかの如く防ぐ。彼の傍らには絶えず『焔眼馬』クレオンが出現し、補助し、【竜の氷】とも称される"環境"塗り潰しの力によって消し飛ばされるが――そこに次々の【火】の属性の魔力が注ぎ込まれるのである。
【エイリアン使い】オーマの指揮による支援である。
"裂け目"から出現した火属性砲撃茸達と、極寒の空中を死力で飛び回る【火】属性に換装した"杖絡み"の雀達が補助している。
彼らは直接【竜の火】を生み出すことができるわけではない。
しかし――ソルファイドに宿った『焔眼馬』を通して【火】気を注ぎ込むことで、この【塔の如き焔】と称されたる竜を高祖に持つ竜人の裔を間接的に強力にサポートすることが可能となっている。
クレオンは【伴火】としてソルファイドに【火】気を供給しており――【調停者:火】の力によってそれがソルファイドを、彼の存在と『火竜骨の双剣』を通して【竜の火】に転換されながら、【竜の氷】に対して、決してそれによって吹き消しきれぬ煌々たる篝火の如くとなって寄せ付けぬのである。
――片や、先祖返りといえども【竜主】はおろか【竜】そのものには遠く及ばぬ竜人。
――片や、その素性が真実であれば「真なる竜主」の一角でありつつも、その劣化した意識体に過ぎず【竜言】も十全には使えぬ『半氷竜』に過ぎぬ存在。
しかし、凍てつかせんとする暴力的な意思が顕現したかの如き凱なる氷と、煌々とそれに抗い灼き滅し尽くさんとする意思そのものが燃料となったかのような塔焔とがぶつかり合う様は、衝突し合う範囲こそは小さな領域ながらも、"環境"同士の闘争そのものであった。
単なる気候や気圧や気流や気温だけではその「深み」さえも推し測られぬであろうほどの冷気と熱気がぶつかりあい、凄まじい水蒸気が弾け飛び――そこには季節も何も無い。そのようなそよ風が入り込む余地が少ない。
そうして【竜】の力と【竜】の力が壮絶にぶつかり合う境界で、【エイリアン使い】の尖兵達が『雪羊』や『氷鬼』達を破砕し、ソルファイドを狙って【夏秋冬】の3魔獣が動くも、"名付き"達が立ちはだかって切り結ぶ。
山が崩れた際の落石の如き氷礫を【冬司】が飛ばせば――凍った倒木や大岩さえも振り回して――これを連携して撃ち落とし、【夏司】が螺旋の如き豪突を試みればこれを噴酸蛆達の強酸の塊の中に受け止め、【秋司】が地中に再び"泥"を浸透させて神経毒によって眠らせようと試みるのを地泳蚯蚓達が【土】属性操作によって対抗して支配権を奪い合う。
業を煮やした『氷竜』が、ますます【竜の氷】の出力を強めんとするも――【エイリアン使い】オーマは"裂け目"から【火の魔石】の投入を命じてまで、ソルファイドの火勢を支える構えを見せた。
正しく迷宮経済を限界まで戦時体制と化した総力戦の構えである。
しかし、それだけであれば、この消耗戦は、【冬】という旧ワルセィレの【四季】そのものを己の出力装置としていた『氷竜』に分があっただろう。
【氷凱竜】の劣化せる意識体は、其のことをあざ笑ったのである。
それは【冬嵐】家のハンダルスが逃げ込むように合流し――『氷竜』の頭上に飛び乗って【氷】属性の支援を強め、リュグルソゥム一家とユーリルが合流して「砲撃戦」と「牽制戦」に加わっても、多少双方の攻防のバリエーションが変わった……という程度であり、激しさを増しつつも、膠着そのものは変わらない。
――だが。
そうして、圧倒的なまでの上位者と下位種という格の差を誇ってあざ笑う『氷竜』に、むしろ【竜】としての力をますます、ますます、とことんに強く発動させることこそが、【エイリアン使い】オーマの狙いであったのだ。
曰く。
「今、お前の本質は【四季ノ司】なのか? それとも【氷凱竜】なのか? 今のお前は、どっちとしてこの俺に対峙しているんだ?」
と。
果たして、その"亀裂"は。
【泉】を挟んだ反対側より、樹精の群れ――【エイリアン使い】オーマが差し向けていた"別働隊"――が出現したことを『氷竜』とハンダルスが察知した瞬間に明確に表面化する。
壮絶な『魔石較べ』の様相を呈していた【竜氷】対【竜火】に拘束された『氷竜』が、マクハードに【3司】を率いて【泉の貴婦人】の奪取を――【春司】抜きで――命じたのである。
そしてハンダルスが指揮していた『氷獄の守護鬼』達の"生き残り"――未だ『彫像』に磔にされていない者達――を回収して己が『半氷竜』の身体を形成する足しとし、乗り移っていた【冬司】を構成する『雪崩れ大山羊』から分離を試みた、まさに、その時のこと。
――その瞬間をこそ、体温を気絶の一歩手前まで低下させながらも耐え忍び、息すらをも殺して冷凍の仮死状態を演じていた16名の魔法兵達が、乾坤の一擲として狙っていたのであった。





