0191 ナーレフ騒乱介入戦~凍泉の三つ巴(1)
11/11 …… "装備品"に関する描写を追加
【闇世】Wikiの記録では、【竜】とは神々が相争う中で鍛造した兵器である。
しかし、この戦争の"兵器"達は、神々が相討ちして帰天し、古の【黄昏の帝国】が崩壊した後は――【百亜争鳴】の乱世を収束させて【竜主国】を作り上げた。
この意味で『竜主』とは種族名ではなく"役名"。
諸竜に推戴され、竜達を率いて君臨する……要するに「君主」である。
そして初代竜主【贖罪竜メレスウィリケ】の下に統率された『竜主国』の統治の特徴は――。
「……環境を塗り潰す力、か」
それはもはや【四季】という、一繋ぎとなるべき法則のその中にあるべき【冬】などという範疇では語られない。
≪きゅっきゅぴぃ! みんな極寒さんでやべぇのだきゅぴぃ!≫
≪寒すぎて~……むしろ……ねむぅ……~……≫
≪あはは! 大変だ、ウーノの睡眠欲さんが食欲さんを上回ってら、あははは≫
【四季】と極寒――『氷獄』の違いは明白だ。
四季とは繋がるものであり、【秋】の中には【冬】の先触れが内包され、そして【冬】はいずれ【春】となる芽吹きをその内側に秘めているのである。【冬】の寒気のただ中にいながら、それでもその中で暮らす命は、いずれ必ず訪れる【春】を信じて待ち侘びているのである。
だが――。
肌を突き刺す、などという言葉では足りない。
皮膚を食い破るかのように危険なレベルで寒気が浸透してくる。
かろうじて白雪と銀氷として分かれていた境目が、臨界を越えて凍てついたかのように――灰色に濁った【氷】と化しており、ただそれらの塊が厚いか薄いか、大きいか小さいかの違いしかなく、どんよりと、まるで曇空をそのまま地上に降ろして固めたかのような、それか極地で何万年も凍りついていたかの如き氷床と丸ごと持ってきたかのような……『かつて雪景色と呼ばれていた』としか形容できない、牢獄の壁のように圧迫感のある重苦しい凍土の世界が生まれていたのである。
――かつて【冬司】だったものを中心として。
ちょうど【春司】が、【春】で以て【冬】を内側から新緑に燃していた時のように、【氷】という名の領域が――環境が【冬】を内側から喰らい尽くして溢れ出るかのように、【冬司】を乗っ取った、その氷でできた角や牙や鱗が中途半端に生え出たような姿態を象った存在の周囲に、秒間数十センチという速度で急激に広がり【雪】も【冬】も駆逐しつつあったのだ。
「羊の皮を被った"竜"てところか」
人間など数人まとめて刺し貫けそうな巨大な氷柱が、叩き潰せそうな氷塊が宙を舞っている。粉雪と等しく軽やかで、その凶悪な質量を感じさせぬほどにふわふわと――【冬司】だったものの周囲を、さながら小さな伴星の如くゆったりと旋回している。
そしてその『氷の半竜』の頭骨の央。
凍てついた氷晶の如き頭部の、その眉間の内側に――まるで閉じ込められたように、しかし苦悶の表情など一切無いように、曖昧でどこか不敵な表情を浮かべ目を閉じたマクハードが居た。
「お前が食い破ったのは、この俺でも【血と涙の団】でも、ハイドリィでもない。他ならぬ【四季ノ司】の腸だった、てわけだな?」
『そういうこった、オーマさんよ? ――ハイドリィの野郎を弱らせてくれて、ありがとう』
キィン、と透明な氷を叩いたような、あまりに澄んだ反響が鋭く脳裏に差し込んできた、その瞬間のことである。
≪アルファさん達! 造物主様を守ってぇえ!!≫
惑星を覆う隕石のベルトの如く宙を漂っていた氷塊どもが全て同時に急静止。
するが速いか、アンと数体の副脳蟲どもの【眷属心話】がその氷の刃のような響きを打ち払う。
――と同時に、まるで全神経を集中させていたかのように、コンマ秒数のコマ送りとなったかの如く、俺を取り巻く情景が目まぐるしく遷り変わっていく。
宙に浮かぶ巨大氷塊どもが、剽、と予備動作無しの急加速。
都合、30~40塊もの質量兵器と化して俺や俺の周囲のナーレフ軍目掛けて飛来してくる。
しかし、反射速度という意味では副脳蟲どもの【心話】よりも速く即応していたのが"名付き"達であった。
まず、俺の隣でぴたりと離れず"護衛"の任を担っていた螺旋獣アルファが、螺旋に捻じれたる剛筋の両手で俺を掴んだ、かと思うや、まるで人をロケットか花火のように豪快に放り上げてくれる。
直後、アルファの足下からその半身ほどもの太さの"逆さ氷柱"が屹立した。俺を担いで避けるのでは間に合わない、と即断したのだろう。身代わりとなってあえて片足と腹を刺し貫かれる――だけではない。
その螺旋の如く強靭な筋肉を、貫かれながらも締めることで、逆さ氷柱の勢いを全身全力で減殺しつつ、その刹那に俺を放り投げたのである。
直後、爆酸蝸ベータがその【虚空渡り】の秘技により、炎舞蛍イプシロンを持った城壁獣ガンマを連れてくる。
ガンマはほとんどイプシロンの両足を掴んで振りかぶった状態で【転移】してきたのであろう、出現と同時に爆炎を既にまとっていたイプシロンで、アルファを縫い止めた氷柱を根本から横薙ぎに砕いて融壊させるが――さらに二撃、三撃と新たなる逆さ氷柱が周囲に乱立。
この事態に全く備えられていなかったナーレフ軍の魔法兵達に重傷や致命傷を上げ、辺りに悲鳴と鮮血が舞い散る。
然もありなん。この【氷】は、対【冬司】の備えとして張られていた、あらゆる対【氷】の妨害魔法や対抗魔法の集団術式や、この俺の氷属性障壁茸の力をも、まるでやわ布を引き裂くように突破。『泥濘子守り蜘蛛』によって泥濘化され、臓漿達によって覆われていた土壌を、瞬時に凍てつかせ――要するに雪も氷も排された状態を再び塗り潰すように――ての出現である。
備えろという方が無理があるだろう。
だが、穿たれ砕かれ血を舞い散らせ――それが周囲の【氷】に食われるかのように消失するとかいう激動の中。
まるでぱらぱら漫画を1枚ずつゆっくりとめくるようなコマ送りの視界の中で、マクハード入りの『半氷竜』から砲弾として撃ち放たれた、人間の胴体ほどもある氷塊が降り注いでくる。
内、3つばかり、直撃コースにあったが――俺の従徒にして眷属達である"名付き"らの対応は驚異的なまでに迅速果断であった。
空中を切り裂くように急速旋回してきた風斬り燕イータと。
そして泥中が凍てつく寸前に上空の縄首蛇ゼータに釣られるように地上に飛び出し、さらにその勢いのまま空へ跳び上がった八肢鮫シータが【三連星】の力で以て同時に"体当たり"して氷塊1つの軌道を明後日に打ち払う。
投槍獣ミューがその"角槍"を豪投するが――剛力の射出と同時に、なんとその周囲の臓漿が凄まじい勢いでみちみちと大地から引き千切られるかのように、投槍に引きずられるかのように一気に飛翔したのである。
――この間にベータが次に連れてきていた縛痺蛆ニューの仕業である。
ニューはその【糸繰り術】によって、ミューが放つ"投槍"に周囲の臓漿を縫合するかのように連結させており――まるで地上からパラシュートを打ち上げるが如く、空中でずちゃりと拡がった臓漿が、牽引して飛翔する角槍に「地対空」の如く迎撃された氷塊を巻き取って絡め取り、これまた明後日に払い流す。
そして3つ目については、螺旋獣デルタが切裂き蛇イオータをその装備した繊殻茸ごとむんずと"裂け腕"でひっつかんで力任せに空中へ投げつけ――イオータがすれ違いざまにその鋭利なる鎌で激しくひっかきながら取り付き、激しく暴れて身を揺する。
この際、繊殻茸が独自の判断でイオータからばらりとはだけつつ氷塊に取り付く、と同時に、アルファに放られた勢いで俺の手から離れていた三ツ首雀による三属性の魔法の連撃を浴びせ、その軌道を反らし払った。
そうした一連の"迎撃"を認識するや、俺は空中で何かにぐるりと全身を巻き取られる、と共にグンッと勢いよく引き戻されるのを感じるや、次の瞬間には――すっと、生暖かい感覚と共にやわらかく弾力性のあるちょっとうねる塊に受け止められ。
激しく揺さぶられた終わりにしては、あっけないほど柔らかい衝撃に包まれるように、座らされていたのであった。
≪きゅっきゅぴぃ!? ま、造物主様がああっって、あ、あれれ? お手玉さんされたのに、無傷さん!?≫
≪あれはまさかっ! 造物主様のために極秘開発さんされた『ますたーをダメにする神輿』さん! やったぁ初お披露目さんだぁ!≫
≪あははは、やっぱアルファさん達すっげぇー!≫
≪や……やっぱり、筋肉さんは、万能さんだったんだね……?≫
――副脳蟲どもめ、こんなものを俺に隠れて作っていたのか、と呆れつつ笑みが浮かぶ。
それは"輿"である……ただし俺の眷属達によって形成された。
最外周を骨刃茸で、内側を触肢茸と鞭網茸と少数の繊殻茸で編まれた、ハンモックとザルと縄文土器の中間的な「籠」であったが――すっぽりとそのうねる「台座」の上に俺は収まってしまったのである。
両足はおろか、両膝の裏から尻から腰から背中から首筋にまでかけて――最適な角度と勾配で体勢を整えて俺を受け止め支える触肢茸達が、1体1体が意思を持つエイリアン=ファンガルとして自律的に判断してうねりながら、俺を包み込んでいたのである。
しかも、アルファと護衛役を代わったガンマにがっしりと上空から受け止められながらも、一切その衝撃を俺に感じさせていない辺り、これは……なるほど、確かに「人をダメにする」エイリアン"座椅子"だ。
なお、ガンマの足下からも氷柱が突き出ていたが……アルファの時とは異なり、その強靭なる装甲を穿ちきれず逆に半潰してしまっている。
≪造物主様の心拍数、バイきゅぴタルサインさん、よし! 快適度指数84パーきゅぴ……きゅむむ、これは改良の予知夢さんがまだまだ必要だきゅぴねぇ≫
――物理的な意味でも戦況的な意味でも急転直下であるというのに、まるで吸い込まれてそのまま眠りに落ちてしまいそうな……おい、まさかこの触肢茸【雷】属性で亜種化させて、軽い電圧マッサージ効能まで持たせているんじゃないだろうな?
なるほど、これは――確かにダメにさせられる……ええい、そんなことを考えている場合ではない。
快適さのあまり、あやうく思わぬ入眠に誘われかけるという副脳蟲トラップを回避しつつ、俺は次々に届く状況を処理する。
この間に"名無し"のエイリアン達は、遊拐小鳥や鶴翼茸、揚翼茸らと連携しながら一時退避に成功して被害を抑えてはいるが、それは俺が【エイリアン使い】であるが故の【群体本能】の賜物であるか。
超覚腫や臓漿が副脳蟲どもの「中継機」として働いてはいるものの、【四季ノ司】の【領域】において【眷属心話】の有効射程が半径500メートル程度に制限されている影響を――補うのが、この集団的な技能とも言える能力である。
――だが、このレベルでの"連携"に到れるのは、繰り返すが彼らが【エイリアン】であるから。
「ひゃははははぁ! 隙だらけのガラ空きだぜぇええ!?」
【氷】という名の"環境"が、瞬間的かつ暴力的に俺のエイリアン軍も、ナーレフを発したロンドール掌守伯家の魔法兵軍をも、押し潰すように制圧してその動きを止めさせた、そのタイミングをこそ狙っていたのであろう。
【土】魔法【敵対的な土塊】によって『泥濘子守り蜘蛛』による土壌の泥土化支配に干渉しようとした所を降り注ぐ氷塊に襲われ、迎撃のために距離を取っていたリュグルソゥム一家――と入れ替わるかのように、氷をガチャガチャと噛み潰すような粗野で不快な笑い声。
――【冬嵐】の無精髭の工作員ハンダルスである。
『半氷竜』が生み出した逆さ氷柱の1本から、まるで竹取姫の如く……と言うには粗暴すぎる不良中年オヤジであるが、割れ砕けると共に現れたるはハイドリィらが即席の防壁として最終防衛ラインとしていた2両の『封印葛籠』の合間。
大地から屹立する逆さ氷柱と、頭上から砲弾のように降り注ぎ叩きつけられてきた巨大な氷塊によって、少なくない死傷者を出したことで、まさにハンダルスの言う"隙"が物理的に生じていたヒスコフ部隊のど真ん中からその身を踊らせ、周囲の砕けた氷片を【魔法の矢:氷】に変じて手榴弾の如く四方360度に爆裂させる。
それを目眩ましとし、狙っていたのは――ハイドリィの指揮棒であった。
「させるものか……!」
即座に反応できていない"堅実"ヒスコフに代わって、ついに部下が皆死ぬか昏倒させられている"痩身"サーグトルが【風】魔法に乗ってハンダルスの眼前に立ちはだかる。
彼が入念なる【氷】属性への対抗魔法を詠唱して纏っていることはわかっていたが――ハンダルスが振るう魔導棍から朱色の【氷】の刃が生み出されるのを見て、サーグトルは驚愕し――そして笑った。
「ごふ……ッ」
「こいつは取っておきだなぁ学者"崩れ"がぁ! おら逃げるなハイドリィ! 手前にもたっぷり手前の部下のモノを食らわせてやるよぉぉ!」
「下郎がッッ! サウラディの犬のそのまた犬が吠えてくれるッッ!」
吸血種の【血】とは似て非なる。
それは血中の水分を凍らせて生み出した刃であり――周囲で倒れ伏す魔法兵達から、それはいくらでも流れ出ている。
まるでユーリルの技を彷彿とさせるかのような【氷血】の槍が次々に生み出され、何百倍もの速度で成長する"茨の群れ"の如く辺りを埋め尽くし、瞬く間に飲み込まれたハイドリィの手から、指揮棒がついに取り落とされる。
そこでベータが【虚空渡り】によって転移、奪取を試みるが――。
「【空間】系の技は通じないぜぇえ? 【魔人】さんよぉお!」
ハンダルスが勝ち誇るように新たな【氷血】を、まるで地上から飛び出た緞帳のように広げ――そこでベータがまるで【虚空】の空間から強引に引きずり出されたようにその全身から血を噴き出しながら出現させられる。
≪エスルテーリ家の【空間】避けですね。抜け目の無い男だ≫
≪オーマ様、あの者は、私達が――≫
ルクとミシェールが心話と共に、子らと4人でハンダルスを囲う。
だが、指揮棒はその間にハンダルスの手に一度握られ、そして天高く放り上げられ――氷塊を雨あられの如く降らせつつ、その軌道上の俺の飛行型達を追い払うのが目的であった、といわんばかりに。
巨大な【氷】の気を放ちながら『半氷竜』が既にそこにその"竜頭"を翻しており、確かに、ハイドリィの野心と悲願の結晶たる【奏獣】の技のその核心たる焦点具を――牙の生え揃った大口を開いて飲み込み。
――氷の竜頭の中で笑うマクハードが、確かにその指揮棒を手に握るのが見えたのであった。
『あぁ、待ち望んだぜ、全くよぉ……』
というマクハードの台詞――否、思念が流れ込むと同時に俺の右手の甲が激しく熱する。
【春司】からの警告であると同時に――【春司】を通し、【四季一繋ぎ】であるが故に【冬司】を通して、マクハードのそれが伝わってきたのだと理解する。
――なんという……ことを。なんてことを。
右手の甲が、【春司】を表す"燃える蝶々"の紋が再び疼き熱した。
今はまだ、抑えていてくれ、と俺は念じながら拳を硬く握りしめた。
こんな状態だからこそ、今はまだ、【春司】を出すわけにはいかない。
――『竜主国』による統治の特徴の第二。
それは、人間達を――神の似姿であろうが"亜人"であろうが問わずに――喰らったことである。
【闇世】においてもまた、崩壊後の『竜主国』から落ち延びた多数の竜達が――竜主を名乗る諸竜が――同じことをしようとして、そして、その多くが迷宮領主達に討ち取られていったとされる。
例えば五大公の一角。超大陸の東部を押さえる【美食使い】は、迷宮領主となる以前は名の知れた"旅侠"であったらしく、こうした【闇世】落ちした竜主達を討ち取った逸話が知られている――。
「最悪の組み合わせだな、全く……」
『半氷竜』の中でマクハードが手に入れた指揮棒は、リュグルソゥム一家の分析によれば、ほぼ確実に、旧ワルセィレの民の【血と涙】が魔力あるいは魔法類似の超常の力として【泉】に流れ込むべきその流れを捻じ曲げるものである。
言ってしまえば、【四季ノ司】達に「自分こそがお前達の指揮者たる【泉の貴婦人】である」と宣言し、幻惑し、認識させる効力を利用しているに違いない、とのこと。
この世界の法則に関するこの俺の"仮説"を加味した結果からの、確度の高い確信めいた推測だ。
そして、そのような道具が、【冬司】を内側から支配する『半氷竜』をさらにその内側から操っているマクハードとかいう――たった今、【永遠の番人】とかいう称号が生えた男の手に渡った事実が、意味することとは。
【血と涙】を力に変える法則と、まさに人の血肉と生命を喰らう存在の力とが出会ったことの意味は――周囲で呻いているナーレフ軍の兵士や魔法兵達が、今まさにどうなっているかを見れば、瞭然であった。
「全軍、出撃だ。凶悪なる我が眷属達。相手が"雪崩"だと言うなら、雪を啜り氷を噛み砕いて食い尽くせ。崩し、裂いて、そのまま押し返せ――総力戦の時間だ」
***
まず、【秋】が【冬】の中に融けた。
そして【秋】に擬せられていた【土】の属性が――【氷】に随伴するかのように入り混じった。
次に、【夏】が【冬】の中に呑まれた。
同様に【夏】に擬せられていた【風】の属性が――既に一体となっていた【氷】と【土】に追従するように触れ加わった。
"痩身"という、主ハイドリィにつけられた仇名など一顧だにせぬサーグトルは、吐き出す【血】が、自然でならばありえぬ速度で【雪】に、【氷】に、まるで貪欲な赤子が母の乳を吸うが如くに凄まじい勢いで、己の全身から生命ごと吸い取られていくのを感じながら――その光景を目の当たりにしていた。
「おおぉ……おおぉ……! そうだ……これよ、これだ……ッッ! これこそが……ッッ」
ハイドリィ=ロンドールが、手に負えなくなった【冬司】を、計画の中にその暴走を取り込みつつも、最終的には一度屈服させるべく――つまり打倒すべく3柱の【司】を操る【ロンドールの奏で唄】に頼ったように、あくまでも彼は【冬】と【春】【夏】【秋】を対立させ、退治させようとしていた。
ちょうど、属性魔法に対して他の属性を対抗させるように。
だが……いくら【四季】を属性として捉えたところで、そのように認識したところで、それは「属性を分類する」という思考からは離れられていないのである。
――その厳然なる否定の現象が、今、血を吸われ、全身から魔力を失い……感覚的には「魂すら」吸われているかのように急速に死にゆくサーグトルの、刹那の閃きを惹起するかのように、繰り広げられていた。
それは、あたかも3つの季節が同時に訪れたかのような状態である。
夏と秋と冬という3種類の気候が、気温が、気流が、気圧が、一つに溶け合っていた。そうとしか思えない事態が顕れていたのである。
「くくく…………ッッこれは【冬】なのか……? それとも【四季】か? 【春】が欠けて……【氷】が混ざっていて……? く、ははは、かかかかッッ……カッ……」
あるいは夏秋冬が入り乱れる混沌とした気候、などという表現ではその本質は表現しえまい。細分化されて交互に現れている、とは、本質的に異なるのだから。
そしてこれは、決して【冬】によって――正確にはその内部に内包されている【冬嵐】家の特殊な【氷】によって――【夏】と【秋】が塗り潰されて隷属させられている、というものとも異なっている。
そこに在ったのは、夏でも秋でも冬でもない、当然ながら春とも異なる、言わば「5番目の季節」としか言いようが無い季節だったからである。
一体だれが「あたたかな寒気」など想像しえようか。
一体だれが「実りある乾き」など想像しえようか。
だが、それはそこにある。
【夏】でも【風】でも【秋】でも【土】でも【冬】でも【氷】でもない、しかし、そのどれでもあるという純粋なる魔力と超常の純なる力が、現象としてそこにあるのである。
互いの性質を喰らい合うのではなく見事なまでに調和し、連携し、一個の秩序だった暴威を生み出す"環境"がそこに生み出されていた。
氷刃と泥礫の混合物を複雑な気流の暴風雪に乗せている――そのような「5番目」の季節の中心に、つい先程まであれほどの死闘を繰り広げていたはずの3体が。
雄山羊の如き半氷竜と、竜巻の如き蛇と、泥濘を司る蜘蛛が、まるで互いを慈しんで護り合うかのように並び立ち、"裂け目"から溢れ出てくる異形異質の魔獣達と相対しているのであった。
その有り様を、掠れゆく視界に焼き付けながら、死にゆくサーグトルは求め続けた"真理"を悟る。
「属性とは……"認識"の檻なのだ……ッッ! わ、我々は……そう望めば、どのような魔法……いや、魔法類似……いや、いや、否……ッッ! どのような超常をも……実現できる……ッッ本来はッッ…………! つまり――」
『そうならないように、属性という"認識"で、人々は縛り付けられている。【魔法学】という概念の、その真の目的とは――』。
そんな最期の言葉を発することなく、昂りのあまりに眼窩まで裏返った眼のまま、サーグトルは既に事切れていた。
突っ伏して、ぬかるんだ雪混じりの泥濘を噛み締めたまま。
そんな"痩身"の死に様を正視していた者は、いない。
ハイドリィとヒスコフらは【氷血】の茨に飲み込まれており。
リュグルソゥム一家はハンダルスと――彼が呼び寄せた『氷獄の守護鬼』達との交戦に移り、竜人ソルファイドは"巨漢"デウマリッドとの一騎討ちを続けている。
そして【エイリアン使い】オーマと彼の眷属達は、混ざりたる「5番目」の季節の化身に相対しており――サーグトルの、彼の"追放者"としての最期の成果たる"気づき"に、気を止めることのできる者は、誰もいなかった。
――彼らを除いては。
≪どうしよっ? この人しんじゃった≫
≪あたしらの"保険"ちゃんがぁ~こまったぁ~≫
≪ま、まだ"あったかい"から~もう少し視てよぉ~≫
≪さ、さんせい~≫
それは誰にも聞こえぬはずの不可視不可聴の"声"である。
死したるサーグトルにすら聞こえぬ"声"が――誰にも気づかれぬはずの"声"が、ひそひそと、混沌の闘を増しゆき闘争を先鋭化させゆく【泉】の片隅で、場違いに囁き合い、密やかに、まるで「羽虫」の語らいの如く潜めき合っていたのであった。





