0185 ナーレフ騒乱介入戦~雪山の戦い(2)
1/30 …… 【空間】魔法と【領域】について大幅に加筆改稿しました。
【魔法】として【人世】で理解されている"技術"の本質とは、一人二人ではなくその数百数千倍もの――共通の"認識"によって定式化された、魔素と命素によって織り成され現世に描き出された超常である。
……というのが、技能や迷宮領主能力に関する考察などから、俺が至っている現在の理解である。
16属性論を基礎とする【魔法学】には、その当否は別に、長い"歴史"がある。
何せ『長女国』の独自学説ではなく――彼らはそれを復興したに過ぎない――かつて神々が争った大戦の主戦場であった【黄昏の帝国】で成立した、古くて旧い、その故に非常に強固な正統性と継続性を備えた「共通認識」そのものだからだ。
――強固な意思持てば、それが世界の構成要素を動かすに至れば超常を成す。
無論、個人が自ら認識する『世界』によって、より強固であるはずの他の大多数が生きる『世界』を部分的にでも塗り潰すには、迷宮領主という【闇世】の神に意図されて設計された、とかいうレベルの権能が必要ではある。
だが、"歴史"に裏打ちされ現在でも多数の人間がそうであると信じる「共通認識」は、只人の集団であっても、数が集まることで同等の超常を成す。
【魔法陣】という技術もまた、そうした御業である。
――少なくとも、古代帝国の魔法使いないし研究者達と、その事績を部分的にでも復興させて受け継ぐ『長女国』の魔法使い達の間では、【魔法】と名付けられた超常の発動は、声帯から発される音によってのみ「意味」を成し得る……とは限定されなかった。
"文字"もまた。
"幾何"や"形象"もまた。
"文様"や"パターン"やその連続と変遷と転換という"文脈"もまた、それがそうなればそうである、という「意味」を帯び、術者が現世に描出することを望む「現象」を呼び出し、既存の自然法則や物理法則を塗り潰すものと認識されている。
そして、その故に例えば【騙し絵】家が行いリュグルソゥム家が学習して盗み取った『血管魔法陣』のような応用も効くこととなる。
何故ならば、そこでは意味するものとされるものの因果が逆転しているからだ。
【魔法学】を所与のものとする発想からは、こうすればそうなる、ということを絶対視する他はあり得ない。
しかし、俺が迷宮領主として気づいたこの世界の法則は、その逆。
そうしたいからこうさせる、ということなのである。
求める結果から逆算した経路に意味づけることができるのであれば、それは、既存の【魔法学】も何も関係無しに、意味を持つことになる。
――たとえ、空を飛ぶ異形の生命どもの飛行の軌跡を【魔法陣】と言い張っても構わない。
――たとえ、それそのものが【転移】と同根の「世界移動」現象を引き起こす効果を持つ『異界の裂け目』そのものを【空間】魔法の効果によって【転移】させても構わないのである。
「地泳蚯蚓達に土中を掘らせて、魔石の粉を引かせて【魔法陣】にする……まではまだ理解できます。でも、それを、」
「まるで天空を画板に見立て、絵筆を振るうが如くに飛行系の我が君の眷属達に描き出させるとは」
現在、俺は【闇世】側から【人世】に向けて開いた"裂け目"の際に戦力を集結させていた。
ルク以下の【皆哲】家に、【騙し絵】家戦を経て目立つ怪我に簡易的な処置を済ませた"名付き"達に、そして多数の『戦闘班』達が、静かに号令の時を待つ。
いずれも戦意を湛えながら、下の方を見下ろしていた。
現在、【人世】側に通じる"裂け目"は、元の位置であった急峻なる断崖の"上"ではなく"下"に『裂け目移動』をさせており――さながら塔の上から見下ろした小さなため池のように銀の水面をたゆたわせているのである。
そして断崖には、所狭しと、断崖の表面をズリュうりと覆う臓漿のさらに上からへばりついた触肢茸や鞭網茸らを命綱か足場のようにして、多数の走狗蟲や戦線獣らが取り付いている。
合わせて数百もの双眸が、じっと眼下に「泉」のように水平にたゆたう"裂け目"を見下ろしており、さらに崖上には――臓漿嚢が並んで、いくつもの『臓漿照か玉』を形成していたのであった。
――全軍、飛び込みの準備は既に万端である。
飛び込む先は無論のこと【人世】へ通じる銀色の水面。
この"裂け目"が通じる「先」は――天空であった。
「【森と泉】の【領域】が問題なら、それを迂回してしまえば良い。簡単なことだろう?」
【深き泉】の面積は、正確な計測がこれまではできなかったため、伝え聞く情報などから大まかに推定したものでおおよそ80平方km。元の世界で俺が住んでいた島国で最大の湖のおおよそ8分の1ほどであり、ちょっと「泉」と言うには広大に過ぎるが、そこは感覚の違いであるとしよう。
問題なのは、【泉の貴婦人】や【四季ノ司】がその法則の核となっている【領域】のど真ん中の半径およそ5kmほどの圏内にこの聖なる泉が収まっていたことである。
だが、相手もまた迷宮的存在であるからには、侵入してきた"異物"を【冬司】が即座に察知する可能性をこそ警戒しなければならない。
"裂け目"の接ぎ木による一時的な【人世】側の出現地点の変更を実行するための「座標」を取るためには小醜鬼をより奥深くまで送り込む必要があったが――時間とタイミングこそがこの"両取り"では勝負であった。
この際問題となるのが、【泉】の中心部まで小醜鬼を派遣して回収するに当たって、如何にそれを【冬司】や、あるいは他の勢力に察知されないようにするかであったのだ。
というのも、派遣小醜鬼に現地の「座標」を記憶させる上で、運用上の課題があることが判明したからである。
具体的には、「座標」獲得用小醜鬼には、別の『ゴブ皮魔法陣』による「緊急回収」を使うことができない。いや、正確には使っても良いのだが、その場合にせっかく記憶させた「座標」情報が「緊急回収」側の魔法陣に予め刻まれていた「座標」と混入して上書きされてしまうことがわかったのである。
――簡単に言えば【騙し絵】式以外の方法でこの小醜鬼を回収しなければならない、ということが当初問題を厄介にさせていたのであった。
≪それで、地上が駄目ならば空中を……ということか? いや、理屈はわかるのだが、主殿≫
相手が不完全な迷宮法則的存在であったとしても、その【領域】とでも呼ぶべき旧ワルセィレ地域において既に俺は散々活動してきている。【冬司】が【泉の貴婦人】を他に奪わせぬためにその地から離れることができないため、たとえあちら側も何らかの違和感を感じつつ俺を捨て置いていたのだとしても――軽々に近づいても同じように見逃されると思うほど、俺は楽観的ではない。
小醜鬼や自前で「内なる魔素」「内なる命素」を生み出して存続できる【人世】出身の従徒達と異なり、眷属や【闇世】出身の従徒にはこの俺の迷宮核から維持魔素と維持命素を供給しているのである。
そんな存在が【冬司】に悟られぬように小醜鬼を高速で回収することなど、最初から無理であるし、ましていくらル・ベリの苛烈な調練によって従順化しているとはいえ、マラトンの戦いよろしく50kmもの距離を一切察知されずに俺の迷宮まで帰還させるのは、例えリュグルソゥム一家を動員してもリスキー過ぎると俺は理解していた。
むしろ【冬司】以上に"察知"されぬようにすべき相手は、今敵対するか将来敵対するかの違いでしかない【人世】の魔導大国『長女国』の方であったのだから。
ル・ベリの【魔眼】があるため、たとえ小醜鬼そのものの生死は問わないにしても――それは運び方が変わるだけであって、根本的な解決にはならない。
故に、迂回は迂回でも地上部の迂回では目的を果たせない。
【四季】の法則に覆われたこの【領域】の"中心"こそ【深き泉】に間違いないと断定して良いが、その広がり方に関しては、俺の迷宮のような最果ての島を覆い尽くすほぼ球形に近い形である保証などどこにもなかったからである。
「たまたまあの"聖山"に向けて凹んでいる箇所を探すのも、それをあてにしてわざわざロンドール家の支配域から出てしまうのも危険ですからね! 他の魔導貴族どもの領域を迂回することになってしまいますから」
だが、俺は迷宮領主として、当然のことに気づき至る。
【領域】もまた、自然法則と物理法則を超克する超常の法則に従っていることを思い出せば良い。つまり、その【領域】を成す迷宮領主自身や、または、それを形成する者達の"認識"に必ず拠っている、と考えればどうであろう。
――【四季】という【領域】とは、どこに、どう、広がっている?
「【森と泉】という領域を形成している、その大元の核とは何だ?」
それは無論、【泉の貴婦人】でも【四季ノ司】でもない。
≪魔素と命素……に擬せられた、この地に住まう民達の【血と涙】でしたな、御方様≫
特別な別働隊を率いさせているグウィースのお守り兼護衛として、ル・ベリもまた、作戦決行と遂行の段階に間に合うようにソルファイドと共に先行させていた。現在は……雪にまみれた"森"の中を移動中というところである。
「そうだ。要するに、旧ワルセィレの民が"認識"する土地がその【領域】だ。いいか? 土地なんだ」
≪なるほど。理解した。人とは――大地の上に立つ存在だったな、そういえば≫
旧ワルセィレの民と【四季ノ司】達の特別な繋がりは、あくまでも彼らの存在を前提としたものであり、その"歴史"の上に立つものである。
その始まりの時に、どのように【泉の貴婦人】が関わり……あるいはそこに幻影の少女が関わっているかは定かではないが、しかし、少なくとも。
「日々の生活と暦を取り巻く身の回りの【季節】として、ワルセィレの民と密接して密着して関わっているのが【四季ノ司】達だ。そうだろう? 別に天空からの恵みとして関わっているわけじゃあない」
迷宮領主にとっての迷宮とは小さな『世界』そのものである。故に、【領域定義】の届きうる範囲が"地上"を越えて"地下"や、空中に及んだとしても驚きは無いし、実際にその通りである。
しかし、この迷宮領主を持たない迷宮的に過ぎぬ【領域】については、そうではない。
旧ワルセィレの【四季】の法則が"天空"にまで及んでいると示唆する伝承や、寓話やら、言い伝えやらがほとんど存在していない以上――上空に向けて拡がる【領域】の層は非常に薄いものである、というのが俺の読みであった。
そしてそれは『揚翼茸』によって実証された。
それも、因子『汽泉』『空棲』『強機動』によって遷亜した、名付けて『気球揚翼茸』とその護衛たる飛行部隊による高高度での調査にて――上空10kmを越えた辺りで、明確に【四季】の【領域】の"途切れ"が観測されたのである。
『長女国』では、対【西方懲罰戦争】で諸族と対峙する国境地帯では、飛行能力を持った"亜人"である『空亜』達による空襲――例えば【天雷衆】という【雷】魔法を中心とした強烈な雷撃を雷雲ごと運んでくる精鋭部隊などがいるらしい――への"備え"はある。
だが、そこからは離れた内地であり、また戦略上の攻撃価値も薄い被征服地である旧ワルセィレ一帯にこうした空襲が来たことはなく、その意味では「空」への警戒は高くはない、とリュグルソゥム家の助言を受け入れた"策"である。
加えて、この『気球揚翼茸』達は、ただ単に、高速で上空に打ち上げただけである。しかもそこから鈍色の曇雲の中に紛れさせて【深き泉】の上空にまで、たどり着かせたものであれば……正体が知られないうちは、まだ俺の存在が十分に知られていない間は、警戒されることはないだろうという読みである。
後は簡単だ。
数体の小醜鬼を、可能な限り長く生存させることにだけ特化させるように小細工して――紡腑茸で多少余分な臓器をつけておくなど――気球揚翼茸に括り付けて「座標」を獲得。
【四季】の【領域】からも、そして『長女国』の魔導師達の注意からも外側にある上空を経由して速やかに回収し、ゴブ皮にして剥ぎ取り――見事、極寒の冬空の只中に"裂け目"を接ぎ木出現させる準備が全て完了と相成った。
これこそが、俺が切り開いた「迂回路」。
平面でダメならば、立体面で考えれば良いだけのこと。
「俺の眷属達が思った以上に風雪には弱いのが課題だから、あまり"長居"はできそうにないがな。それでも、この作戦を完遂させるには十分だ」
「……調子に乗ってあまり内陸にまでは飛ばさないでくださいね。流石に、あれは【感知】されます。作戦遂行後の速やかな撤収を具申しますよ、オーマ様」
「ですが今が好機なのも確か。誰も彼も、自分自身の策や野心に忙しいはず。それは、ロンドール家も……そして『氷獄の守護鬼』などという存在を運び込んだ【冬嵐】家もまた同じことです、我が君」
「要は――この1回ばかりは、ロンドール家も他の魔法使いどもがいたとしても、盲点をつけるってことだろ? ……吸血種が奇襲した時も、そうだったからな。あいつら、何でも知ってる顔してるくせに頭硬いからな」
「おおっと、ユーリル? それって、あたしらへの宣戦布告と受け取っていい?」
「うっせぇ! リュグルソゥム家はズル中のズルに決まってんだろうが! いちいち言わせんな!」
マクハードとエリスによってナーレフでハイドリィを焚き付けた後、俺はユーリルには"残業"をさせることはしなかった。一秒をも惜しんでリシュリーの傍にいようとする彼の気持ちを慮り、迷宮に戻らせていたのである。
既にデェイールとの戦いでの貢献などからも、俺の迷宮への協力的な姿勢と態度を疑う必要はなくなっていたからだ。
――まだ、俺の従徒になる決心までは付いていなかったろうから。
それはリシュリーが目覚めた後にでも話し合うつもりであったろう、彼は迷宮で待機させておくつもりであったのだが……どういう心境の変化やら。
リシュリーを匿った迷宮を防衛する、というだけに留まらず、この俺の"目的"のためにこれから行う「介入」にまで、積極的に手を貸す覚悟ができたらしい。
頼むまでもなく、ユーリルはこの作戦への参加を志願して、今ここにいるのである。
都合8基の『気球揚翼茸』が【矮小化】によって小型化させた超覚腫を運び、文字通り空からの"眼"となり、【深き泉】に向けてこの俺の【エイリアン使い】としての【感知】能力を発揮していた。
流石に上空10キロの位置から、細かな行軍の様子や兵士や"鬼"ども1体1体の動きなどがわかるわけではないが――それでも【冬】属性や、【氷】属性といった、大まかな魔法の流れを察知するだけでも十分。
何せ、俺が狙っていた"タイミング"とは――。
≪きゅぴぃ! 【夏司】さんの召喚さん確きゅぴ認! 想定通り【風】属性さん!≫
≪あはは、同じく【秋司】さんもだねぇ。【土】属性さんかなー?≫
≪そ、そして……【冬司】さんの【冬】属性さんの方が、う、動いたよ……! い、【泉】さんに向かって……≫
――ハイドリィ=ロンドールが暴走した、あるいはわざと暴走させた【冬司】を再び撃破して取り込む算段として、他の【四季ノ司】の力を頼っていたならば、必ず初手または劣勢時にこれらを繰り出すだろう。
だが、それだけで【冬司】が怯むことはない。
たとえ主である【泉の貴婦人】を氷らせて閉じ込めるという反逆を犯したとしても、【冬司】は――あくまでも"四季一繋ぎ"の調和を守ろうと動いているのに過ぎない。
右手の甲に一時的に宿っている【春司】が、そんな俺の考えを肯定するように暖かな鼓動を発す。
――ならば、実質的には2年近い時間に渡って『長き冬』に覆われ、要するにそれだけ【冬】属性の力が高められてきた【領域】と化した【深き泉】において。
標高の高い雪山の斜面だらけの窪地にある【泉】において、しかも『雪崩れ大山羊』などという魔獣に宿った【冬司】が、その"名前"の通りの現象を己が武器としないはずが、ないのである。
「横合いから殴りつけるタイミングは、そこだ。指示を待てよ? ――だが、そろそろだ。我が眷属達、我が従徒達、我が協力者ユーリルよ」
確かに、現地で先行後、ラシェットとエリスを見守りながらも俺の指示を待っているソルファイドから、少々気がかりな報告を受けてはいたが、それでもナーレフ軍と【冬司】の衝突は、まずは読んだ通りに推移しようとしていた。
***
【エイリアン使い】オーマが、地上ではなく天空に向けて見出した「迂回路」を経由し、8基の超覚腫付き『気球揚翼茸』が【深き泉】の上空約10kmの位置に展開していた。
彼らは、長らく旧ワルセィレの地を覆っていた『長き冬』の災厄を織りなす曇雲の中に紛れながら――【四季】の【領域】による制約から解き放たれた、本来の通信距離を取り戻した【眷属心話】によって、副脳蟲達の支援を受けながら、曇雲の中に軌跡を描いてゆく。
それだけではない。
彼らが運んでいたのは、超覚腫だけではなかったのだ。
エイリアン=スポアの状態で、1基辺り3羽、進化のタイミングを計算されていた遊拐小鳥達が次々と。
砕いた魔石の粉と――悪夢の75体魔獣の心太という名の「ジグソーパズル」から副脳蟲達の現場指揮下、回収された武装信徒達の遺骸を利用して作り出された『人皮魔法陣』を持って飛び立ったのである。
これらは、【報いを揺藍する異星窟】の『研究室』にて、ル・ベリとリュグルソゥム一家、さらには彼らの"助手"としてその技を学習していた裁縫労役蟲と各属性の一ツ目雀達により、急ピッチで増産された代物である。
なお、紡腑茸によって編み出された人工……否、"エイリアン製"とでも呼ぶべき人皮では「臓器との対応」が不十分という課題は解決されていない。
これについては、魔素の流れを決定し超常の意味を込めることのできる【魔法陣】技術が、どうしても「人間の一部」には描き込むことができない、ということが原因として仮説立てられてはいるものの、乗り上げた暗礁から降りる目処は立っていない。
だが、"魔獣心太"から分離した、数百にも及ぶ人間シュレッダー状態の【人攫い教団】の精鋭も一般も問わない武装信徒達の「皮」を丁寧に編み上げる作業自体は、この「迂回路」の経由作戦に間に合わされたのであった。
その秘訣は、副脳蟲達が、染色噴酸蛆によって"色分け"をするというアイディアを駆使したことで格段に「ジグソーパズル」の精度が増したことであろう。
加えて、腐敗の進行を抑止するために生み出した亜種エイリアン=ファンガルである冷凍代胎嚢達に加え、【氷】属性で換装した一ツ目雀や、属性砲撃茸・属性障壁茸らによる『氷室』が副産物として形成されている。
≪ソルファイドさんは入室厳きゅぴんきゅぴ≫
【氷】属性で技能としての亜種化をしていないエイリアン達では活動性が鈍るという弱点はあるものの、【エイリアン使い】オーマにとっては、ある程度の長期保存の目処が立った、というべきもの。
その後、利用すべき「人皮」と「血液」を抽出後、【エイリアン使い】オーマは彼の元の世界における古の戦国の世の感性に倣って、切り落とされた武装信徒達の頭部を、【嘲笑と鐘楼の寵姫】の弔鐘の音の混じる火勢の中で荼毘に付させた次第である。
――視座を「天空の魔法陣」に戻せば。
"助言"を思わぬ形で取り入れられつつも「一度だけならばギリギリバレないだろう」とリュグルソゥム一家が苦い顔で是認した、この飛行型エイリアン達による雲中での大掛かりな"球形"魔法陣の形成は、眼下の【泉】の上で激戦を繰り広げるナーレフ軍と『氷獄の守護鬼』達に気づかれることなく――当然、内なる【氷】との戦いに忙殺され、己の【冬】の領域の"外"のギリギリのすれすれで為されていたことなど露知らぬ【冬司】にも気づかれることなく、完遂される。
ほとんどコンマ1秒も違わぬ同時の刻限。
【四季】の法則が支配する地上の【領域】を経ず、天空を通って回収された小醜鬼が保持していた「座標」を組み込んだ【騙し絵】式の【転移】魔法陣が転写された『ゴブ皮』が消費され――"裂け目"が接ぎ木される。
その出現位置は、天空に描かれたる球形魔法陣の中央。
遊拐小鳥達が、その中に次々と、【騙し絵】式の"現物"たる『人皮魔法陣』をまるで複雑な装置を強引に動かすための互換性あるスペアパーツを取り付けるかのように飛び込んでいく。
これにより【空間】属性の超常を発動すべき意味を与えられた天空魔法陣が発動――と同時に、【闇世】側から"裂け目"に振れた【エイリアン使い】オーマが、それをかき乱すように、叩きつけるように【領域定義】を発動。
かつて『真』のハンベルス魔石鉱山を【闇世】と誤認させられたデェイールとツェリマの姉弟の部隊が飲み込まれた時と同様に、【人世】側の寒空に出現した"裂け目"が、瞬間的に一切れの雲の如く膨張。
用意されていた幾百枚もの全ての『ゴブ皮』も『人皮』も喰らい尽くすように焼き切れさせながら瞬時に半径数十メートル規模にまで変形拡張し、その状態で「固定」される。
さながら天空に浮かんだ銀色の、ウルシルラを見下ろすもう1つの小さな【泉】の如く。
――"変形拡張"は【闇世】側においても発生していた。
オーマが最初に見下ろしていた時には小さな水たまり程度でしかなかった銀の水面は、数十体単位でエイリアン達が同時に飛び込んだとしても"はみ出る"ことのない、【泉】と呼べる程度の広さにまで瞬間的に膨張していた。
斯くして。
ロンドール家はおろか『長女国』の魔導貴族達にとっても、それまで決して想定することのなかった――天空からの大氾濫とでも呼ぶべき"災厄"が、初めて、【人世】に襲来することとなった。
当事者達以外には、誰にも気づかれることなく。
【エイリアン使い】オーマが、配下の眷属と従徒達に"飛び込み"を命じたのは、その"接続"を確認した直後であった。





