0183 野良犬は雪中に主を定めんと[視点:伯楽]
ロンドール家の軍勢は、主家に倣って【紋章石】による種々の魔法効果に護られており、文字通りに足も軽い。雪氷混じりの泥濘は、魔法兵達が交代で先駆け班を出し、【氷】【水】【土】の諸属性によって最低限ではあるが均していくのである。
【深き】と接頭される地にある【泉】であるため、決して標高が低くはなく、森を越えた先には傾斜の深い山道も続いているが――【アケロスの健脚】に代表される【活性】属性の強化魔法を、汎用魔導具とも言える【紋章石】を集中的に運用することで"才無し"にまで行き渡らせ、行軍速度を高める、というのがディエスト家軍の基本である。
そして、ハイドリィがこの乾坤一擲のために投入した道具は、それだけではない。
どちらも少量ではあるが……第一に、【悪喰】のフィルフラッセ家で開発された"ベムト"と呼ばれる「魔法使い」向けの優良なる兵糧丸。そして第二に、【星詠み】のティレオペリル家で長らく門外不出であった――秘技術である【重力】魔法により、【重力軽減】効果を吹き込ませた【紋章石】である。
……いずれも、リュグルソゥム家の討滅のために、直接戦闘には参加しなかった頭顱侯家からも協力させることで、その門外不出性を破られた代物ばかりである。
リュグルソゥム家の脅威を正しく推計し、確実に滅ぼすための「道具」を用立てるという意味では、実際にはそこまでは使われない可能性があったものの、ここまで備えられていたのである。
そのような代物を横流しすることができたのは、【紋章】家が12頭顱侯+1掌守伯による誅戮作戦に直接参加はしなかったものの輜重役を担ったから。
そして、ロンドール家こそは、【紋章】家の下でその財布を預かる番頭役を努めていたからであった。
無論、【悪喰】家にせよ【星詠み】家にせよ、それを供出すれば、他家に秘術の一端を知られ、解析されるリスクがあることは念頭の上であろう。だが、そのような"型落ち・格落ち"の技術ではあっても……【魔剣】家とすら打ち合うことのできるリュグルソゥム家という高等戦闘魔導師集団との直接戦闘に参加せずに、そのような代物を合法的に集めることができた【紋章】家は、確実にこの事件を通して利益を得た存在。
……そこから堂々と、利益の一部をこれまでの"忠勤"の対価としていただくことができたロンドール家は、もはや勝ち組と言っても過言ではないかもしれない。少なくとも、事情を知る当人達はそのような認識であろう。
これにより、雪道のそれも山道にかき分けていくという、特別な力を持たぬ者の集団からすれば過酷であるはずの行軍は、実に順調に、数日で【泉】にまで至ったのである。
『長き冬』を引き起こしていた【冬司】は、確かに魔法の力を以てしても強大な存在ではあるが――その"力"の源泉が、文字通り「泉」の下にその権能たる【氷】によって閉じ込めているであろう【泉の貴婦人】であるとハイドリィ以下幹部は知っており、つまり、奇襲のようなものをある意味では気にする必要はない。
そういう判断もあってか、ナーレフ軍の行軍は日を追うごとにその足を早めた。
具体的に言えば――せっかくマクハードの煽動によって、竜人ソルファイドを【春司】の化身であると誤認させられて奮起しながら合流した【血と涙の団】を置いていくほどに、である。
魔導の恩恵を持たぬ只人の集団でもあった【血と涙の団】の団員達ではあったが、一応は"他の恩恵"も受け止めている。
旧ワルセィレの民であるからか、【冬司】が引き起こす豪雪と強風は――彼らの周囲でだけ、幾分か穏やかであったのだ。
しかし、その程度の"ささやかな"恩恵では、雪深い山道に入った後ではより顕著であるが、魔導の恩恵に浴する「魔法兵」達の進軍速度についていくことができるわけではない。
『毛長馬』という、胴も足も太いため、移動用というよりは荷駄役である貴重な存在まで駆り出したのは、ただ【泉の貴婦人】に見えるための道行だけでも、非常に過酷なものであると覚悟しているからである。
それでも、多少は、ナーレフ軍が「整地」していった多少マシになった山道を往くことはできている。各人が覚悟したほどに激しい消耗ではなく、ナーレフ駐留軍に対する遅れは、おおよそ四半日程度であったが。
片一方で、"戦力"としてアテにされ、指揮系統に組み込まれたエスルテーリ指差爵軍は、行軍の中で徐々にナーレフ軍に統合されつつあった。
それは【紋章石】という魔導具の汎用性もさることながら、ハイドリィがいざ乱心を起こして強行的に【深き泉】へ押し入ろうとした際に、王都と近隣に伝令を飛ばしつつ可能な限り妨害することを想定した前指差爵アイヴァンの訓練の賜物か。
……はたまた、ロンドール家に降って、そこで一軍を率いる地位に――たとえば老アイヴァンの討伐後にその後釜として「エスルテーリ指差爵」を拝命することを目論見、ロンドール家風の訓練を取り入れていた従士長ミシュレンドの"努力"によるものであるか。
一度は合流しつつも、結局は引き離された【血と涙の団】は別として、全体としてはリュグルソゥム一家と副脳蟲達が試算した中でも「早い」方にブレる形で、ナーレフ軍は【深き泉】までの道を踏破していったのである。
――それでも、エスルテーリ家軍のど真ん中で、エリスの個人的な護衛のようにその側を離れず、ミシュレンドやその一派を見張るラシェットは"心強さ"を感じていた。
(ソルファイドさんが近くにいるってわかる。これも……オーマ先生の言っていた"力"、か)
エリスについて、ヘレンセル村から『関所街』へ行く時は、マクハードと彼の商隊と、そして彼の正体であった【血と涙の団】の団員達が合流して護ってくれていた。
そんな彼らが、雪道をずかずかと魔法の力によって切り開き進んでいくという速度差によって露骨に引き離されつつも――しかし、ラシェットはなんとなくではあるが、確かにソルファイドというオーマの側近であった竜人の【火】の気配を感じ取ることができていたのである。
オーマから渡された、不思議な【魔石】によって。
まるで、一本の目に見えない"線"のようなものが、ソルファイドと自分との間に繋げられているかのような。それを通して――腹の底から熱と力が湧き上がってくるような、そんな感覚があった。
だから、エリスを護ることに関しては、問題無い。
自分などは、単に多少頑丈で生き意地が張っているだけのガキではあるが、それでも、ミシュレンドが良からぬことを考えた際に、ソルファイドが駆けつけるまでの時間を稼ぐ程度のことはできるだろう。
【西に下る駆け月】によってエリスと共に凶獣はびこる"森"の中に放り出された折。
"死"を意識して、しかし腹の底から湧き出るクソ度胸でエリスの「盾」となった体験は、その時の心は、今も自分の中に確かに熱いものとしてあるのである。
それに関しては、覚悟はできているのだが――。
眠る時に、自身のテントに入っていく際の横顔にわずかだけ、弱音だか憂いだかわからぬ不安のようなものを浮かべ、しかし翌朝出てくる時には「女爵」の顔で出てくるエリスが、近くて遠い存在にラシェットは感じられてならなかった。
『関所街』での大立ち回りの後に出立する際に――マクハードがこう言っていたことをラシェットは思い出す。
曰く、ハイドリィにとってエリスを「どうにか」することの優先度や致命度が下がった、と。
必ずしも、殺す、という手段によってコントロールしなければならないという緊急度が下がったならば……例えば政略結婚によって囲い込む、ということもあり得るだろう、と。優しげではあるが、酷く、意地悪な表情でそう告げてきたのであった。
あるいはマクハードはラシェットを試したのであろう。
オーマのラシェットへの"頼み"は『関所街』までであったことから、さらにそこから先までついてくるというのは――結果的にはソルファイドという非常に非常に強い存在を送ってきて庇護してくれているが――更なる危険に飛び込む覚悟を問うていたのだろう。
だが、自分とエリスの間にある"壁"を。
あるいは、井戸から湧き出でる一筋の水の流れのような"差"をラシェットは意識せずにはいられない。
エリスには「エスルテーリ家」という、守るべきものがあるのだから。
きっと、父がかつて誰かを護って死んだ時のような、信念を優先しているのだ。
……だが、もしもそのために、敵であったロンドール家が懐柔のために、それこそマクハードが冗談めいて言ったような「政略結婚」を持ちかけてきたら――彼女は、それを受けてしまうのだろうか?
そのことを考えると、どうしても、気持ちが追いつかぬ焦燥に駆られる。
駆られてラシェットは、ミシュレンドと彼の一派を必要以上に睨みつけたり、監視したり、少しでも不審だと思った行動をしているのを見咎める度に、それを――「クク」と名付けた、オーマから贈られた"猫"に、明らかに人語を理解していつの間にか消えたりいつの間にか現れたりするこの小さな相棒に伝えるようにして、心を鎮めていたのであった。
――自分はもっとエリスと話して、彼女の気持ちを聞くべきなのだろうか。
"家"を守る決意を固めているからといって、そういう風に冷徹に見せた態度をまとうことができるのが貴家の子女の礼儀のようなものだとして、彼女がそれで納得しているのかどうかを、ラシェットはついに聞けずにいる。
だが、それはエリスだけの問題、というわけでもない。
ラシェット自身が、それを先送りしていたのだ。
「こんな状況だし」という思いもまた彼の中には確かにある。
最低でも、まずはこの貧民街出身のガキにはどれほどの影響が広がっていくことになるのかもわからない"騒乱"の、その最前線からなんとか抜け出して――エリスを護って無事に帰すことに専念し、集中し、全意識を傾けなければならないとラシェット自身はひとまず納得していたわけである。
……あるいは、それを言い訳にして、エリスと向き合わない自分がいるかもしれない。そんな内なる囁きを、くしゃくしゃに掴んで握り固めた雪の塊と共に遠くへ放り投げるように。
(だって、エリスの「答え」次第じゃ――)
兵士にでも護衛にでも従士にでも、彼女の「盾」となって、彼女が家を守るためにどのような選択をすることも受け止めて、共にエスルテーリ家へ行くのか。
あるいはオーマの小間使として、その「手」や「目」となって、あの余裕そうな表情の裏にどこか張り詰めた悲壮さが見え隠れする"先生"についていくのか。
選ばなければならないのである。
……そのことに気を揉んでいては、これから起きる可能性のたかい「いざ」という時に、エリスを抱いて逃げることなど、とてもではないができないだろう。
一面においては、決断を先送りするという決断は、今この目の前の状況においては正解であったのかもしれない。
(でも俺は、オーマ先生の秘密を知ってしまった)
全てではないが。
学も金も地位も経験もないガキでも、知らされて、仄めかされて、また与えられた情報から、察することができる事があることもまた一面の真実であった。
そのような秘密を知っておきながら、彼についていかない選択肢を――そんな"裏切り"のような真似を自分ができるのだろうか。
ラシェットの心を覆う葛藤はそのような形となっていたのである。
だから、ラシェットはオーマから与えられた「切り札」すらも使う時機も見計らうことができずにいた。
もしも、オーマの秘密が自身の「予想通り」であるならば。
例えば、後先何も考えずにエリスを抱き締めて『その呪文』を唱え、エスルテーリ家の従士達にも、ナーレフの兵士達にも見られているかもしれない中で、エリスを安全な場所へ離脱させてしまった場合に――どれだけの疑念と疑惑が降りかかることになるだろう?
――いっそ、わざとそうしてエリスを巻き込んでしまえば。
邪悪な思考をするもう一人の自分を、断じて心の中で二度と立ち上がれぬように殴り倒す。
それは、エリスもオーマも、自分の欲望のために窮地に追い込む最悪の行為であった。当然、そんなことをするわけにはいかない以上、ラシェットには"先送り"しか無かったわけである。
現実的な話、「切り札」を使うには、今はまだ整然としすぎていた。
最低でも――魔獣と遭遇して戦闘が始まり、混乱が広まったタイミングを狙うしかないだろう。その前にソルファイドが救出に来てくれる可能性もあるが、それをアテに行動してはいけない。
こうした理由からも、ラシェットは気を張り続けている。
それでも体調だけは崩れない頑丈な身体に産んでくれた父母に、そっと感謝しながら。
***
――たくさんの【血】と【涙】が近づいている。
――たくさんの"願い"が近づいている。
深い灰色と銀色が濃淡を織りなす、しかし圧力に関しては明確に"濃い"と呼べる雪景色に【泉】を閉じ込めたその存在――【冬司】は、すぐそこまで迫ってきた存在達の集団を確かに知覚していた。
数多くの神の似姿達が、まるで【冬】を切り開くように雪を溶かし退けながら、整然かつ悠然と迫ってきている。
遅れて【森と泉】の"子"らが、【貴婦人】が慈しむべき"子"らが、確かに近づいてきている。彼らの歩みには……"熱"が込められていることが、踏みしめられ踏み固められ、あるいは踏み溶かされる【雪】の感覚から伝わってきていた。
だが――。
行き場の無い"願い"が、まるで怨念のように条理を曲げて渦巻く、叫びのような【血】と【涙】が、自然法則を捻じ曲げてまで長き冬を厚く厚くのしかからせる【冬司】をして――"重たい"と感じせしめるほどの圧を伴った「塊」が。
迫り来る、数百から千程度の人数からは想像もできないほどの、それ以上のものが迫っていることを、【冬司】は感じ取っていた。
――何が欲しいの? どうして欲しいの?
と、【冬司】はその「塊」にほんの少しだけ、己の心を飛ばして触れる。
だが、それはまるで、1つ1つは綺麗な雪の結晶であったものが、しんしんと降り注ぎ降り積もった後には、圧縮され圧潰された【氷】の大地となるが如くに潰れて混ざってしまっており、一つ一つの"願い"が読み取れない。感じ取ることができない。
であるというのに、とても強烈で悲壮な、それこそ【四季ノ司】である己の身をして「飲み込んで」しまいそうなほどのにまで膨れ上がった気配と存在感を迫らせていたのであった。
――わからないよ。わからない。【貴婦人】様。
――でも、あれをどうにかしなければ、いけない……どこに行ったの? 兄弟達。
それは心から助けを求めた。
己の手に余るものである、と、まるで生物でいえば"本能"に相当するような、存在誕生以来の生得的な存在意義の根源から悟っていたがために。
それが【四季ノ司】の役割であり、在り方であったから。
だが――。
【冬司】は、己の中にいる別の何かの声を聞いた。
――何とも美味そうじゃあないか、涎が垂れて凍ってしまいそうなほどに。そうだろう? 同胞よ。
【泉】を覆う銀灰の衣の中で、まるで大気全体がぶるりと、内側から震えたかのようであった。
だが、冬が冬であり、雪が雪であって、浸るような重い寒気が寒気であるが故に、そんなまるで【冬】の中に【冬】が生まれたかのような違和に気づくことができた者は皆無であった。
――やめて。お願いだから、もうやめて。
――無体を言うもんじゃぁないさ、同胞よ。こんなにこんなに、助けてきてやったじゃないか。そうだろう?
――出て行って。出て行け。もう、出て行って。【泉】にお前は、いらない。
――馬鹿だねぇ。今眠ったらどうなる? 【貴婦人】様が、あのとても美味そうな……おっと、強力で不気味な"願い"を、何を言い出すかわからないあの"願い"を聞いてしまうかもしれない。そうだろう?
――【貴婦人】様はお前にも渡さない。
――"それ"こそ、要らないよ。馬鹿だねぇ、同胞よ。だって、見てみなよ、あんなにあんなに美味そうなのに……ね? "力"が欲しいのは同じだろうに。そうだろう?
喘ぐような、苦しむような気配である。
一介の神性とされている存在にあって、それは、むしろ最も年若い幼子が、年長の兄弟達を探し求めるかのように――そして互いに気づかぬままに、悪意ある何者かに拐かされたかのように戸惑う気配である。
……既に【夏司】と【秋司】が近づいていたにも関わらず。
それは決して、誰にも……少なくとも尋常の生命には、知られることもなく、感知されることもない鬩ぎ合いであった。
まるで【雪】と【氷】が戦っているかのような。
まるで【白】と【銀】が互いを塗り潰しあっているかのような。
まるで【寒さ】と【冷たさ】が砕きあっているかのような。
片方が必死に懇願めいた抵抗を続ける。逃れ拡がり、捕らえられぬように【白】を膨らませて、しかし同時に内側から、重く鋭く固めようとする、もう片方の【銀】を抑え込もうとするかのように。
だが、総体としては"彼ら"は【冬】であり、概念的には【冬司】と呼ばれるべき存在なのである。
また、外形的には……100年に一度の災害として扱われる魔獣『雪崩れ大山羊』なのである。
誰も、気づくことはできない。
魔導の秘奥によって現象を書き換える力を持つ魔法使い達も。
【四季】と深く繋がる旧ワルセィレの民達も。
名付け得ぬ『氷海』を出奔した【呪歌の戦士】でさえも。
冷たさその停滞のその最も細緻なる澄んだ領域で、奪い奪われまいとするその静かなる闘争に――。
ただ一人を除いて気づかない。
紅く朱く赫く、【竜の火】をその左右の腰に、剣の形で佩いている赤髪の竜人を除いて。
***
ナーレフ軍の魔法兵隊長"堅実"なるヒスコフ=グリュンエスもまた、【冬司】の内部で繰り広げられる内なる闘争に気づかなかった一人である。
だが、彼は持ち前の第六感のような――危難を察知する勘、それは実態としては物事の些細な違和感にも気づくという類のものであるが、奇しくも、それによって外なる闘争の存在には気づいていた。
折しも、旧ワルセィレでは聖地として、山々に囲まれた中腹の窪地に拡がる雄大なる【泉】。
近づけば近づくほど【冬司】の力が高まっているのか、【紋章石】をも駆使した雪よけや【氷】属性への対抗魔法や、広域の防寒効果をもたらす魔法は、逆に駆逐されんばかりの勢いで吹き散らされており、流石の魔法兵達であっても肌を刺す厳しい寒気に耐えるように「作戦開始」の号令を待っていたところであったが――。
『氷海』出身であり、主には【冬嵐】家が戦っている「兵民」という蛮族の出であることを隠さないトラブルメーカーのデウマリッドが、何度も何度もこう繰り返していたことが今になって電撃のように頭の中で嫌な予"勘"となって瞬間的な冷や汗とともに吹き出したのである。
(『嫌な』寒さだと? 雪国どころか"氷の国"そのもの出身の、あのデカ物がそう言う……それは、つまり、【冬】が強すぎる、のか? いや、待て……これは、直接的なのか? 【氷】……!?)
思わず、足を止め、手をあごに当ててヒスコフは辺りを見回した。
幾人かの部下が訝しむように声をかけてくるが、彼らに指示を出す時間すら惜しく、ヒスコフは感知魔法を詠唱して発動させる――【氷】属性にもろもろの要素を加味したサーグトル流の【冬】属性感知とでも言うべき術式で。
そして同時に純粋なる【氷】魔法でも感知魔法を、目についた周囲の銀雪そのものに叩きつけるように走査させた。
「……馬鹿な、【氷】属性の方が、強いだと……!?」
「ヒスコフ隊長? あの、執政殿が呼んでおられますが……隊長!?」
部下を振り払ったヒスコフが突如駆け出す。
ハイドリィとサーグトル、そしてレストルトがちょうど『封印葛籠』を解き放とうとしていることは、わかっていたからである。【奏獣】の力を今まさに実証するために。
――それを、今すぐに止めなければならない。
どうしてそうする必要があるかなど、部下にも、そしてハイドリィ達にさえも説明している暇は無かった。
なんという皮肉であるか。
要らぬ時は常にちょっかいを出してきていながら、よりにもよってこんな時に限って、あの異様に声のでかい厄介者が――己の近くにいないとは。
(【泉の貴婦人】経由の力が【四季】属性……"痩身"殿の珍説通りなら、辺りは【冬】属性にまみれてなきゃならない。それがただの【氷】だと……!?)
【冬】属性も微かに、あるのだ。
微かにある、ということ自体が問題であった。
――【泉】の上に、渦巻くようにして巨大な【氷】属性が……【氷】属性魔法で感知できる何かが聳えるように膨れ上がっており、【冬】属性がそれから逃げるかのように追いやられていく様子を【感知】できてしまったのは、幸運であると同時に特級の災厄の予感そのものであったのだから。
あるいは、全ては奇しき事であると言えようか。
サーグトルの『属性分類不要論』という"珍説"が、たまたま慎重さと勘の良さによって生き延びてきたことで、いくつもの幾通りもの魔法類似現象を目の当たりにしてきたヒスコフの認識と合わさり――彼は"それ"の存在に勘付いた「二人目」となったのである。
【冬】を喰らう【氷】のような何かが奔流となって自分達に迫ろうとすることの意味は、すなわち、【泉の貴婦人】を劣勢に追い込む正体不明の超常が【冬司】の中にいるということに他ならない。
そんなものの前で、不用意にも、同じく【夏】【秋】である存在を解き放ってしまっては――。
「執政! ハイドリィ! サーグトル! おい、聞いているか! あれは……」
しかし、ヒスコフの警告は間に合わない。
異変が起きたのは、ハイドリィらが『封印葛籠』に手をかけ、"解印"のための術式を、まるで鍵のように差し込んだその瞬間のことであった。
いつもお読みいただき、また誤字報告をいただき、ありがとうございます!
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■作者Twitter垢 @master_of_alien
読者の皆様に支えられながら本作は前へ進んでいます。
それが「連載」ということ、同じ時間を一緒に生きているということと信じます。
どうぞ、次回も一緒にお楽しみくださいね!





