0179 対【騙し絵】家戦~【迷宮】の戦い(4)[視点:その他]
10/2 …… 少し加筆
【輝水晶王国】第2位頭顱侯【騙し絵】のイセンネッシャ家侯子デェイールは、斯くの如き思わぬ「展開」に、失笑し、苦笑し、そして哄笑するしかなかった。
「リリエ=トール、いや、グストルフめ、クソガキめ。なんて"大道芸人"らしい無駄に派手な最期を迎えやがるんだ、粋が良すぎて妬けそうになるな、全くなぁ」
「お前も終わりだ……! 得意の【空間】"遊び"が、もう露骨に弱ってるじゃないか」
「【魔人】から法外レベルの力を借りたとはいえ、吸血種一人屠れないなんて。なるほど、こりゃあ確かに――僕は力も、運も、足りていなかったなぁ、ははは」
【画楽隊】は文字通りの意味でも、比喩的な意味においても潰えた。
『廃絵の具』達を生贄に捧げ――だが、それ自体は単なる"先取り"に過ぎなかったが――この魔力に対して不気味な制限と負荷をかけてくる「肉のような汚泥」をひとすくい、こじ開けた【空間】を通して【人世】に送り返すという算段であったのだ、当初は。
ところが、グストルフが大いなる番狂わせを行ってくれた。
一切の油断も警戒もしていないつもりであったが、まさかそう来るとは。
それこそ指一本でも回収することができればと思っていた、それをツェリマという自分の姉ごととは。
【騙し絵】家にとっては"僥倖"となるであろう。
だが、己にとっては間違い無しの"終焉"である。
曲がりなりにも【闇世】へ至り、足を踏み入れることができるという、一族の悲願への重要な一歩を踏み出す。そんな大事な大事な転機となるべき「功績」を"姉"に奪われたのだから。
――悲願を妨げようとする【聖墳墓守護領】との壮絶な暗闘は、もういつから始まったのかもわからないというのに。
【騙し絵】家に『廃絵の具』あらば、『末子国』に『秘色機関』あり。
――いいや。かつて画祖イセンネッシャは、『秘色機関』に対抗するためにこそ『廃絵の具』の前身を結成し、【騙し絵】家を描き上げたのである。
今や、五体満足とはいかずとも帰還を果たしたことで、【闇世】との接触を回復させた存在として、このままでは自分ではなくあの"私生児"の姉が、本人が理解できず想定すらしていないレベルで重要な存在となり果てることだろう。
屈辱である。己の全てを否定されたも同義である。
この身は全霊をかけてあの"姉"を、彼女を産み落としたその"母"を、お家騒動「ごっこ」に興じた彼女の支持者達を罵ってくれよう。
――だが。
【空間】魔法によって分断されることを厭わず、何となれば傷口がどのようなものになるのかの情報を収集しているのかとすら疑いたくなるほどのバリエーションに富んだ「飛びかかり方」をしてくる、十字の牙と顎の凶猛なる魔獣達を迎撃しながら、デェイールの口角は表情筋が痙攣するほど吊り上がり続ける。
「貴様ら全員生き足掻け! 己の存在を証明するがいい、ははは! 人も、獣も、邪悪なるものも善なるものも関係あるものか。上を見てみろ、どこまでもどこまでもこの"雲"の層は厚いんだ、ははは! 等しく、押し潰されそうなほどのこの全てに対して、限界のその限界までその身を絞ってみろ! 化け物どもめ、このデェイール・トゥロァ=イセンネッシャの死に様をその身に刻みつけるがいいッッ!」
【蝙蝠術】によって揚翼茸の上を次々に飛び移りながら、ユーリルが三度【血】の塊を爆発させ、血の刃に槍に投網に鎖に変換しつつ、その間隙を縫うように爪牙で飛びかかる走狗蟲達と共にデェイールの【空間】魔法に飽和攻撃を仕掛ける。
――【エイリアン使い】が蓄えていた【人攫い教団】武装信徒達の"血液"そのものは数百名分である。だが、いくら【血の影法師】とて、吸血種はその全てを恒久的に【生命紅】として維持し続けることができるわけではない。
彼らはあくまでも、あくまでも「人の形」を保つために必要な分量の【生命紅】をしか、本来的に必要としないのであるから。
だが、一時的に浸すことはできる。
それが、【エイリアン使い】オーマ――リュグルソゥム家やリシュリーの現在の保護者――の"力"によって、臓漿とかいう名前の意思を持った肉塊型のスライムのような汚泥が集積した存在の内部を経由して「鮮度」が保たれたまま、再活用できることを利用した広域の【血操術】であった。
きっと、他のどの【血の影法師】達であっても、条件が同じならば可能な芸当だろう。
しかし、精鋭たる【血の影法師】であるとはいえ―― 一介の『仕属種』に過ぎない己が、上位の侍属種か、下手をすれば最下級の貴属種にすら匹敵するほどの力を行使できるという事実は――ユーリルにとって戦慄すべきものであった。
――これだけの力を、大乱を起こせと命ぜられたる"使命"のために、使うことができれば。
(馬鹿が……! 借り物の力を勘定に入れるなってんだ! クソッ……!)
ラシェットとエリスという神の似姿の護衛という【エイリアン使い】からの"依頼"は『関所街』までであった。無論、『関所街』の支配者たるハイドリィ=ロンドールが、彼らを害そうとした場合は――即座に介入して救出しなければならず、下手をするとユーリル自身と引き換えになる可能性もあったが。
……「そう」なることはなく、ユーリルは予定通りに自身の体内に、リュグルソゥム一家によって刻まれた【転移】魔法の『血管魔法陣』を発動させ、秘密裏に迷宮へ舞い戻っていたのである。
この意味では、リシュリーとの別離や彼女の生命の危機、という目前の大きな問題は一旦、安全圏に収まっていた。
だが、それによってユーリル自身に余裕が生まれたればこそ、その余裕そのもののうち、より多くを奪い取っていくのは彼の中に巣食う"使命人格"である。
この修羅場において、戦場においてなお、使命人格は【騙し絵】家の侯子がここで滅ぶことの意味や、それをどのように利用していくかの考察、果ては【紅都シャンドル=グーム】で待つと宣言した"梟"とどのように接触すべきかなどに、思考力を奪おうとしている。
――それでも、デェイールとの戦いにおいてユーリルは"足止め"役でしかない。
この目の前の問題そのものは、遅かれ早かれすぐに解消される類のものである。
四度目にぶちまけられた大量の【血】――の中に"異臭"が混じっていることに、デェイールが即座に気づいた。次はどんな風に驚かせてくれるのだ、とでも言いたげに目を見開きながら、かき消されることを前提で展開される複数の【歪みの盾】と【歪みの法衣】。
そして中空と戦域を埋め尽くすかの勢いでばらまかれた鮮血の渦中――【虚空渡り】が発動してベータが出現、合わせてユーリルも【虚空渡り】を展開させる。
もう何度目かになる攻防である。
二重の【虚空渡り】を通して展開される【闇】属性の力が、デェイールが肌上数センチに展開したる【歪みの法衣】を削り剥がす。
だが――彼の【法衣】は既に1枚ではない。
さながら玉ねぎの如く、極薄の羽衣の境界の如く、何層にも渡って【歪みの法衣】が重ね合わされているのである。そしてそれだけではなく、いつの間にか、自らの両腕を【滅却】しながら【転移】したツェリマが残した"短刀"や、壊滅した「支持者」達が打ち捨てた"兵装"などをデェイールは自らの手元に【転移】させて回収していたのである。
それらをもフルに活用した多層陣であったが――この四度目の攻撃の「本命」は、ベータでもユーリルの【血】でもない。
ベータに連れられて出現したのは、まるで巨大な蝙蝠型の魔獣――アスラヒム皇国の『蝙獣』と比べればずっと小柄だが――をベースに、もう一対、つまり4枚の体高よりもずっと長大な"翼膜"を、笹のように折り畳んだ状態からばさばさと大傘のように広げ、そこから大量の空気を焦がすようなシュウシュウという焦げ散ず"汗"を発する存在。
――そして瞬間的に高まる【火】の気配である。
【エイリアン使い】が、回収された【血】の利用法として浸すことを許可したのは【生命紅】だけではない。
炎舞蛍イプシロンがその2対4枚の肉でできた虫羽の如き翼膜から絶えず分泌している可燃性の【強酸】もまた、このリットルにして数十数百は下らない膨大な血液の中に浸されていたのである。
次の瞬間、イプシロンが引き起こしたのは、展開されたばらまかれた周囲の全ての血液を焼き飛ばし焦がしあるいは瞬時に蒸発せしめんとするほどの爆発的な爆炎であった。
イプシロン自身は、その張り裂けそうなほどに広げられた長大な翼膜に爆風を受けつつ。
またベータは【虚空渡り】により、そしてユーリルは【血蹴り】によって3者ともに離脱。
血錆と業炎と強酸と【火】が荒れ狂う。並の生物ならば、それらが入り混じった強烈な刺激臭によって鼻がもげ、さらに爆風によって二重の意味でもげ吹き飛ぶが如き衝撃が――デェイールを襲う。
副脳蟲達とオーマが、デェイールがこの爆炎の衝撃波をやり過ごすことができないよう、その【空間】魔法を押し潰すための【領域定義】を畳み掛ける、が。
「皮膚が焼け、肉が弾けたぐらいで、このデェイール・"継子"=イセンネッシャが痛がってやるとでも思ったかよ!」
怒号。と同時に肉が焼け皮膚が爛れて弾け飛ぶ気配とわずかな生理的悪臭は、しかし当人であるデェイールの鼻腔をくすぐることすら無しに、まさに彼の眼前眼窩を薙ぎながら焦がし吹き飛ばされる。
――デェイールは、【騙し絵】家本家の魔導師たる格を見せつけるかの如く何層にも渡って精緻に張り巡らせていた【歪みの盾】や【歪みの法衣】を、まるで見せつけるかのように「解除」していたのである。
戦闘魔導服が焼け千切れ飛び、皮膚はおろかその裏の真皮も肉もが熱によって致命的なまでに貫通・破壊されることなど一切厭わぬ"肉切り"であったが――その狙いたる"骨断ち"はすぐに明らかとなる。
ツェリマの短刀、支持者達の兵装を始めとした【空間】魔法が込められた魔導具をも動員して、デェイールは"護り"に振り分けていた全ての魔力と魔法操作能力を、ただ一点。
己が足下に込めていたのである。
ただ単に【空間】が延びる、のではない。
爆発に対しては爆発によって応ずる、という趣向で以て、【風】によるものでも【火】によるものでもましてや【雷】によるものでもない【空間】属性の爆発が、怨、という擬音が鳴り響いたかとその場の誰もが聞き紛うかの如く。
三半規管ごと、主観的な意味でも客観的な意味でも視覚的な意味でも聴覚的な意味でも【空間】を逆方向に爆縮させた衝撃が収束発散。
――デェイールを人型の"弾頭"と成したのである。
「な……! しまった、オーマさんッッ!」
【虚空渡り】でユーリルが駆けるが、デェイールの【空間】の方が疾い。
――狙うは【魔人】の首なり。
とばかり、生きたまま全身の生皮を焼き剥がれた激痛さえも血走った笑みで嗤い潰し。
決死にして最忠の"盾"として敢然と立ちはだかった巨躯なる螺旋獣アルファの螺旋の四肢から繰り出される剛撃の嵐を、生を捨てたる侯子は驚くべき方法で回避した。
いや、それは回避ではない。
アルファの捻じれた筋肉塊の悪魔的洗練の粋たる一撃、二撃、三撃四撃を、デェイールは全て己の両手両足で順番に受け止めつつ――それらを自ら【空間】魔法によって離断したのである。
「まさかこの僕が"大道芸人"の真似ごととはなぁァァアアアはははは!」
ただそれだけならば、空中で急激に身体の重力バランスが決定的に崩れ狂い、あらぬ方向へ軌道を変えて吹っ飛んだことだろう。
だが、皮肉にも"姉"に倣ったかのように自身の四肢を犠牲にしたデェイールが駆使したのは、【光】属性の戦闘魔導師としてのグストルフの曲芸であった。
【空間】魔法による瞬間的な歪曲効果を、さながら、グストルフが【光】の収束発動によってジェットエンジンのように推力を生み出していたのと同じように活用したのである。
それは言うなれば一種のベクトル操作の如く、自身の血をぶちまけながらも回転運動すら含んでアルファの剛撃によって撃墜されることなく、「軽業」と言うにはあまりにも凄惨な執念と共に回避・回転・奇怪なる反転と奇抜なる軌道で機動。
口元に【転移】させたツェリマの"短刀"を一本、その柄を剥き出しの犬歯で喰らい噛みしめるように咥え固定し、まるで己自身を刃の一振りと化したように【エイリアン使い】オーマの懐に飛び込んだのであった。
「ろほだい、【まひん】さんよぉ? いっひょにうれなひらはまひはろうぜ?」
"杖"に徹していた三ツ首雀カッパーがにわかに暴れ、間に割って入るが、デェイールの一睨みにより――彼の体内に、彼がユーリルを使って実験していたことによって可能となった自分自身に仕込んだ『血管魔法陣』が発動して弾かれ歪み折られながら吹き飛ぶ。
この瞬間、デェイールは、【魔剣】家がかつて持っていながら今は失ったものである、と内心で蔑んでいる「一振りの刃」たる矜持を――なんとなく理解した。それは、生の最期にも学びはあるということ、そしてそれを求めるほどに人とは貪欲なのだな、と酷く納得した心地であった。
デェイールにいなされて体勢を崩しながらも、アルファが後ろ足を主オーマに引っ掛けて転ばせる。転ばされながら、転ばされたことによって稼がれた十数センチの隙間に周囲から跳ね跳んできた臓漿が殺到してデェイールを妨害しながら数瞬を稼ぐ。
その間に、オーマが――。
そして、赤黒い鮮血が――。
「……なんだよ、そりゃあ。そんな道具」
まだ体内にこれだけの血が、吐き出せる血があったのか、と本人が驚くほどの血をごふりと吐き出し、デェイールは咥えた短刀を己の血と唾液と胃液だかなんだかわからない溢れ出る"体液"にまみれさせながら吐き落とした。
そして血走った眼球だけを動かし、自身の胴体を貫く、黒い光沢と――未解読の神代の古代文字のようにも見える無数の象形が泳ぐようにその表面を白く踊る【槍】を見据えた。
「悪いな、侯子デェイール。こりゃ俺にだって予想外で、想定外の効果だった」
「クソ……野郎、めが……くくく……」
――予定外野郎にとっての想定外が重なったというのなら、もう、すっぱりと己が"不運"であったと受け止めることに迷いなどあろうものか。
そんな怨念じみた眼差しを、血が吹き出して眼球ごと飛び出てしまいそうな眼光に込めながら、デェイールはオーマを睨み据えた。
当然であるが、咥えた短刀は【空間】魔法を通す魔導の兵装である。
それを通して――デェイールは自身の体内に仕込んだ『血管魔法陣』を発動させ、殺せずとも腕の1本や2本はこの【魔人】から捥いでやるつもりだったのだ。
だが、オーマが咄嗟に突き出したる【黒穿】が――【領域】の力を帯びたる異形の槍が――それを防ぎ、かき消し、打ち消していた。
「……お前は……運の良い奴だよ……【魔人】……くくく……ごふぅ……ぐぅ……ッッ」
「良いんだとしたら、それは悪運だな、デェイール。ふと、このままお前に屠られていたら、と思ってしまったよ。眷属と従徒どもには秘密にしておいてくれよ?」
「……くくく……ッッ人間ぶり……やがってぇ……!」
この期に及んで永らえることはない。
だが、デェイールは何ら悔恨であるとか、あるいは憎悪か、果ては悪意の類を遺すことは選ばなかった。血と共に吐き出される彼の言葉に込められたのは、その陰惨にして凄惨にして凄絶なる有様からすれば、どこかやり遂げてすっきりとしたかのようにさえ思われる念。
「……あの女さぇ、姉上ェェさえ……生まれて、来なければ……なぁ……はははッッ」
本家の兵力と手練を引き連れ、そもそも【紋章】家内の叛逆など気にかけることもなく、万全の状態でこの迷宮に攻め込んでいたのは自分と、そして「現当主」たる父ドリィドその人であっただろう。
「……その力で……勝った、と……お前に、思わせずに……驚かせて、やれたのに……なぁ……ッッ」
直にその身に――胴体をぶち抜くオーマの【黒穿】を通して――【領域】の力を受け止めて。
己に宿る『画狂』の血の一滴一滴がまるで歓喜に震えるような感覚が全身を奔流のように、最後の力さえ奪いながら駆け抜けていくのを感じながら、デェイールは、この情報をこそ実家に持ち帰れないことを残念に思った。
たまさか、招かれざる【魔人】が居たために自分達は【領域】の力とまともにぶつかることとなってしまったが――やはりこの"力"こそは、家中の誰もが"失伝"した知識から半信半疑であったが、この"力"こそは、【空間】魔法の祖たる力なのだと、我が身の命と引き換えに、彼は確信していたのであった。
その情報を、【騙し絵】家に持ち帰ることができないのは、ひどく残念である。
……だが。
もしも"私生児"が生まれておらず、今よりもさらに早い時期に、【騙し絵】家の総力を上げてこの"裂け目"に、この迷宮に攻め込んでいたならば、まだここまで力をつけていなかった段階でこの【魔人】は――神の似姿でありながら【領域】の力を扱うイセンネッシャ家と対峙していたこととなるのである、という認識のその逆。
(呪われし姉上ェェめ……今この瞬間だけ、同情してやるよ。喜ばしいことじゃないか?)
"私生児"と"正嫡"の跡目争いという名の功績競争とかいう形を取ってしまったために、非常に中途半端な戦力で攻め込むこととなり――【騙し絵】家はその正体も、本質も、この育ち始めたばかりの脅威に知られることとなったのだ。
リュグルソゥム家とかいう「生き字引」のような連中を傘下に収めていることの意味を、さっさと察することのできぬデェイールではない。
重要な情報の中でも特に重要な情報を死と引き換えに得た自分ではなく、肝心のところで気絶して、死ぬことすらできずに"大道芸人"に救われてしまった姉上ェェが戻ったところで。
肝心のところが伝わらないのでは――既に学んだ【魔人】と、学べていない【騙し絵】家がまたもぶつかったところで、最低でももう一度、大敗北するのみである。
そこまでが、死にゆくデェイールには視えてしまったのだ。
だが。
「本当に……いい気味だなぁ……ッッ」
いつも澄まし顔の、己の存在の厄介さを多少でも悔いるなら、周囲に与える迷惑を恥じるなら、とてもあんな鉄面皮などできないだろう、存在そのものが"厄介者"たるあの姉、だけではない。
――父たる「現当主」ドリィドにすら。
只で勝利の果実を得ることはできない、強大で強烈な"障害"が。
全てを賭して打倒し、足掻き、抗わなければならない将来の"大敵"が出現したのである。
「【魔人】……どうせ、お前の道は……血と棘にまみれているさ……ははは……ッッカッッ……!」
リュグルソゥム家を掌中に収めたならば、なるほど、『長女国』の頭顱侯家や【魔法】については重要な情報と知識を得ることができるかもしれない。
だが、それは毒餌と呼ぶべきものである。
彼が相手にするのは、自分達【騙し絵】家や、他の頭顱侯達だけではないことが、それで確定したようなものである。
その末路を嗤ってやれないことは残念だが、それでも、実に痛快ではないか。
デェイールは声にならぬ声で嗤い、最期の血を吐き出した。
――と同時に、彼の生命が潰えたことを感知せる緊急術式が発動する。
「記憶」という名の情報の塊が宿るその場所として、【騙し絵】家では既に、"脳"こそがそれであると解明されていた。
その一部分が、的確に、自動発動された【空間】魔法によって【滅却】され、デェイールは事切れたのであった。
***
斯くして、【輝水晶王国】の辺境に現れたる"裂け目"のその先を巡る第一の戦いは、侵入せる自他ともに"厄介者"と認める者達の生存と死亡を以て一旦の終焉を迎える。
だが、"裂け目"より来たる争乱と闘争は、未だ「これから」である。
この"迎撃"において、【エイリアン使い】オーマは自らの対応が満点には程遠く、合格点をつけることができるにも怪しいと自省反芻しつつ。
しかし、筋道立てて動き出した段取りが既に後戻りを許さぬ状況へ変転していることを知らぬ彼ではない。
幾つかの細やかな疑問が解消され、そしてその何倍もの不可解なる謎が生じたことそのものを腸の内に抱えつつ、【報いを揺藍する異星窟】は次なる戦場へ、直ちに飛び込んでいくのであった。
――文字通りの意味で。
いつもお読みいただき、また誤字報告をいただき、ありがとうございます!
気に入っていただけたら、是非とも「感想・いいね・★評価・Twitterフォロー」などしていただければ、今後のモチベーションが高まります!
■作者Twitter垢 @master_of_alien
読者の皆様に支えられながら本作は前へ進んでいます。
それが「連載」ということ、同じ時間を一緒に生きているということと信じます。
どうぞ、次回も一緒にお楽しみくださいね!





