0178 対【騙し絵】家戦~【迷宮】の戦い(3)
『殺し間』が『殺し間』である所以は、いくつかの理由から成る。
第一に、【土】属性魔法に加え地泳蚯蚓の能力によって、土壌が様々な意味でぐずぐずとなっており、その中をファンガル種"装備"の地泳蚯蚓達が潜泳していることの効果が大きい。
対『廃絵の具』では鞭網茸が必殺となったが、まるで殻をおぶるヤドカリのように"装備"されているファンガル種自体は――それだけではない。
強力な探知能力を持つが故に逆に探知されうる超覚腫も、"本拠地"での迎撃で使う分にはそのリスクは無視できるからだ。
また、各属性の属性障壁茸達の存在も、少なくとも『属性』という思考に縛られ【魔法学】の範疇で行動してくるというならば、実質的な【対抗魔法】の代替として活用することができる。
この意味では、例えば【騙し絵】家が強引に各属性を備えた本格的な魔法兵を含めた部隊を、数十人単位で転移させてきたとしても、迎撃すること自体はできていた。
もっとも、この侵入が"正嫡"デェイールと"私生児"ツェリマが功名のために競争と協力を行った結果としての独断……まではいかずともある種の「先駆け」であるならば、そうはしないだろうというのがリュグルソゥム兄妹の読み。
相手からしても、地勢が未開の敵地では少数精鋭と、そして状況把握後の【空間】魔法による援軍投入という戦術を相当程度高確率で採用することは読んでいた。
故に、『殺し間』では『魔石鉱山』から【転移】し、まとめて攫うことを優先した構成と成ったわけである。
そのためには、リュグルソゥム家の解析と魔法技術を以てしても、『大陥穽』の底面全体に「魔法陣」を――地泳蚯蚓による地中に魔石の粉末を撒くものを含む――張り巡らせる必要があり、属性障壁茸装備地泳蚯蚓との兼ね合いから、通常の各種の地雷的な魔法陣運用という一家の18番は見送ったわけだが。
代わりに、臓漿による強化と弱化を組み合わせたのが『殺し間』たる所以の第2というわけであった。
【四兄弟国】間の役割分担により、【闇世】に討ち入る経験がほぼ『末子国』に独占され、しかも【騙し絵】家が【盟約】の破棄を謳う【破約】派の筆頭であるならば――この弱化が【闇世】に特有の現象によるものか、臓漿という俺の迷宮の特性が合わさったものであるのか、判別はつかないだろう。
そこの判断を誤らせるという意味でも、『魔石鉱山』を【闇世】と思い込ませて進軍させる策の成功は意味が大きい。
≪【強酸】も【塵芥】も節約して、最小限の配分で撃破できそうですな、御方様≫
無論、この迷宮内に今ル・ベリが上げた"仕掛け"達は、ある。だが、それらは【騙し絵】家+αという侵入者達を撃退した後に――【深き泉】へ向かったその後で投入するためにこそ温存すべきものであった。
≪そもそも雑兵どもはともかく、【空間】魔法の使い手達には効果が薄いよ……ですからね!≫
その意味では、想定を超える被害が"戦闘班"に出たのは、あまり資源と時間をかけずに撃破したかったという都合があり、あえて2兎を追うために、ギリギリの戦力分配と調整を行った結果である。
臓漿の大部分も、"工兵役"としての地泳蚯蚓達の「主力」の方も、ル・ベリもソルファイドも、既に「両取り」を目指すと決断したもう片一方に配置済みである以上、許容しなければならない損害であった。
さらにこの上、【騙し絵】家がもう1枚か2枚、この状況を逆転しうる奥の手を繰り出してくるならば、潔く【深き泉】や【泉の貴婦人】に対しては"長期戦"に切り替え、そちらに振り分けた戦力を呼び戻すことにもなるだろうが――。
≪オーマ様。リリエ=トールの軽業師が、怪しい動きを。あのガキ……どうして【遺灰】家の"灰吹き話術"を使えるんだ?≫
『長女国』という一国の上位貴族層を成す者としての責任と矜持。
はたまた、属する一族への忠誠や誇りによるものであるかはわからないが――【騙し絵】家の姉弟は諦めてはいない。【空間】魔法の魔導具による"通信"だけではなく、直接に不定形の、小さなアメーバ状の"切れ目"を互いの眼前に召喚し合うとかいう"会話"を披露し始めたのである。
出力が小さすぎることと、おそらくは象形文字ばりにその「形状」に意味をもたせているであろうために、ごく瞬間的な発動のみで意思疎通が可能であるということから、【領域定義】によっても潰し得ないほどの小さな【空間】魔法である。この状況下でも、より価値のある敗北を拾おうとしているという意味では、未だに諦めていない根性は流石と驚嘆すべきである。
ただ、どれだけ悪あがきをしようとも【空間】魔法が相性的に【領域】技能を天敵とする以上、【騙し絵】家にできることは限られている。
その意味では、未解明の部分も大きいリリエ=トール家の【鏡】の技や、ナーズ=ワイネン家の【遺灰】の技に絡んで何らかの「秘策」や「奥の手」の類が試みられてもおかしいことではない。
……だが、その気配を察知したルクの報告は、困惑を孕んだものであった。
どう思考し、討議をしても、グストルフ=リリエ=トールが、リュグルソゥム家ですら解明できていない【遺灰】のナーズ=ワイネン家の「情報通信手段」を当たり前のように――煽ってくるかのように部分的に使ってくるということを含めて――流暢に話すことが、違和感まみれだと言うのである。
加えて、その"灰吹き話術"混じりの「提案」を耳にしたサイドゥラが、読唇術なり【風】魔法で音を拾うなりあらゆる情報取得手段をこちらが有しているであろうことを承知の上で、グストルフに対して驚愕の反応を示しているのは、果たして何かを誤魔化そうとする演技であるや否や。
そして、そもそもその"違和"は、とある理由から、俺の中でも増幅されている。
称号【転霊童子】。
ヘレンセル村で【情報閲覧】を通した時と変わらぬ字面が、再びこの技能を発動した俺の眼前に青白い仄窓上の文字となって表示されながら流れ消えてゆく。
――称号が神々の望む展開を予見するためのキーワードであるとするならば。
グストルフが『霊を転じさせる童子』であるとは、果たして、どういう意味であろうか。
少なくとも、リュグルソゥム家から従徒献上した知識からは、リリエ=トール家が【死】や【霊魂】と関わりのある一族であるとは、にわかには思えない。
それはむしろ、かつて【騙し絵】のイセンネッシャ家の台頭と交錯するように没落し、粛清されたという『死霊術』の技を秘術としていた【九相】のルルグムラ家や――。
≪流石は"厄介者"どもってところだ……ですよね! 【灼灰の怨霊】を使える【遺灰】家の血族がまだいたなんて、お爺う……"前"当主様の時代でも把握できていなかったみたいです!≫
――【遺灰】家の【灰】魔法は単なる【火】魔法の封じ手程度ではない。
その片鱗を示す"技"の奥義の一端として、ナーズ=ワイネン家は、自らの血族を焚べて【遺灰】と化し、それをその魔法――ということにしている「秘技術」の核としているのである。リュグルソゥム家は、ルクとミシェールの父母と兄弟姉妹が尽く殺戮された際に、やっとそのことを知るに至った。
そして、少なくとも【灰怨霊】を相手取るには、俺の眷属達では相性が悪すぎた。極高温にまで熱され、しかしその独特の性質から発火することはできず、俺の知る物理法則を捻じ曲げた次元で熱を溜め込んだ結果、赤熱どころか橙熱としか表現できない状態にまで煌々たるきらめきすら帯びた子供の形をした灰である。
生身の存在や有機物がそれに触れようものならばたちまち、燃やされるのではなく、純然たる熱エネルギーによって瞬時に破壊されてしまうだろう。
そんな焦熱を圧縮した灰の塊どもが、ただ暴れて「ぶつかる」だけで、並の自然法則系の属性魔法であればそれだけで押し潰されてしまう。そのような存在であるが――【死】属性因子が確かにそこから【因子の解析】できたことから、彼らもまた【死】や【霊魂】という概念に近しい一族であると言える。
あるいは、その他で事例を挙げれば【生命の紅き皇国】の『遺念術』などであろうか。
……それらと比較して。
俺にはどうしても、リリエ=トール家が。
【聖墓教】という"新教"から見て"旧教"と称される、英雄王以前の諸神崇拝の教義を奉ずる、東方のオアシス連合国家【マギ=シャハナ光砂国】において光の神を奉じていた神官家の一族が。
【死】だとか【魂】だとかに関わる力を第一に奉じているとは、思えなかった。
確かに、従徒献上された知識から、【聖墓教】において輪廻転生という概念自体は存在していることはわかっている。
だが、リリエ=トール家は"信仰を捨てた"一族として【魔法学】に宗旨変えをしており、宗教性は皆無と言って良い。少なくとも所属の上では、彼らもまた【四兄弟国】の一員として【聖墓教】の信者達ということにはなっているらしく――それもまた【転霊】という語とのそぐわなさを高める情報である。
こう捉えた場合、サイドゥラやリュグルソゥム一家の反応を綜合すれば、【転霊童子】という称号はリリエ=トール家の関係ではなく、グストルフという個人に付随したものと考えるべきであった。
そしてその論理的帰結は――「グストルフ」という"肉体"は、あの【転霊童子】なる存在にとっての最初の生ではない可能性が高い、ということである。
このことを前提とすれば、グストルフが【遺灰】家の"灰吹き話術"を知っている理由を説明可能である。そして、それだけではない。
キルメとダリドが目を回さんばかりの勢いで愚痴り気味の実況をしてきているが、グストルフの戦い方は、リュグルソゥム家をして「こいつは"詰み手"を理解してやがる」としか思えないものであるという。
近接戦闘職を虐殺するような性能である【灼灰の怨霊】との連携もそうであるが、それ以上に、『止まり木』で事実上無限に"詰み手"を更新して戦術的に畳み掛けることができるはずのリュグルソゥム家の【高等戦闘魔導師】達(職業的な意味ではなく)を同時に相手取りながら、グストルフはむしろ圧倒さえせんばかりに大立ち回りを演じきっていたのである。
――それこそ、かつて「何度」はおろか「何十度」か、果ては「何百何千度」という水準で手合わせしたことがあるとでも言わんばかりに"癖"や"傾向"を瞬時に見抜かれて対応されていると、珍しくルクとミシェールがこの現世で焦った様子を見せている。
グストルフが、それこそ過去に【遺灰】家に生まれ、【騙し絵】家にも生まれ、あるいは――リュグルソゥム家にも生まれたような事があるとすれば、彼が単なる新興頭顱侯家の侯子であったとしても、あまりに知りすぎていることの充分な説明になるだろう。
最善は【転霊】などさせずに、捕らえること。
しかしこれほどまでに激しく抵抗されているとなれば、それは難しい部分がある。ルク達は明確に「殺さずに捕獲は不可能」だと既に答えていたからだ。
ならば次善として、ひとまず捕殺してしまえば――次に生まれてくるであろう"種族"次第ではあるが、成人・成年に達するまでの数年だか十数年だかは「悪さ」の範囲は限られるだろうか。
少なくとも称号がわかる俺の周囲に現れた際は、確実に、見抜くことはできるだろう。
しかしそれでも、ほぼ確実に「知識」を持って冥府に一時撤退される、というのがわかっているのは、今後大きく警戒しなければならない頭痛の種になる確信がある。
だが――【死】についても、【魂】についても【霊】についても、リュグルソゥム家も、今の俺の【エイリアン使い】の力では手を出すことができないのである。
今、俺の中では、グストルフという青年、いや、その皮を被っている【転霊童子】という存在は、素性も真の目的も知らせることなく、しかしおそらくはそれを達成したためにこの地域から去ったであろう、"梟"のネイリーと最低でも同等以上の「指し手」であるという疑念が暴走する不安のように膨らんでいた――が。
――そう気張りすぎるなよ、マ■■。
――来るものは、来るんだからな。
焦燥のあまり、混沌としかけた思考の中。
珍しく、現れたのは白い少女の幻影ではなく、生と死を刹那の交錯の如く別の意味で見据えるかのような、眼鏡の奥から放たれたような眼光であった。
――意識を幻と現世の境目で逡巡させていると、6体の脳髄型巨体幼児型エイリアンどもが、ただじっと黙って俺に視線を向けていた。
だから、俺は一呼吸をおいて、泡のように浮かんできた狂気にふっと息を吐きかけてそれを割った。
逃げられるなら、それを止められないならば、逃げさせてやれば良い。
それはそれで、後日の厄災となろうとも、受けて立つしかない。
だが……黙って見過ごすことはしない。
せめて、【転霊童子】という存在の目的の一端でも聞き出すことができれば。
――【情報】こそが力なのだから。
***
3体の【灼灰の怨霊】達が、まるで遊具に突進する児童の如く――年相応に――両手を広げ、浮遊感と共にリュグルソゥム一家へ迫る。
それだけ言えば、どこか微笑ましさすらする表現であるかもしれないが、彼らは【火】も【水】も【氷】も【雷】すらも鎮圧する焦熱の化身である。抱きしめられることはおろか、指先を掠められただけでも、並の防護魔法など貫通した熱撃を与えて瞬時に皮膚を爛れさせ肉を炭化させてしまうであろう。
加えてグストルフが――彼らの放つ橙色の輝きに乗って文字通りに「光速」で移動する技を披露して見せた結果、完全にリュグルソゥム家が泡を食ったように焦りを見せたのだ。そして彼らの協力者……いや、主人であろう【魔人】もそれに応じたか。
損害を覚悟で、あの、とてもこの世の生物とは思えない、思おうとすると全身が嫌悪感と虚脱感を併せたかのような本能レベルの吐き気を催すかの如き「冒涜」を体現せる魔獣どもを差し向けてきたのである。
(あぁ、まぁ被害覚悟ならそうなるよねぇ。蓄えてた『魔石』ももう尽きそうだよ、なんだこの空間。滅茶苦茶魔力が吸い取られるなぁ)
重囲、と呼ぶに相応しい。
ぱっと見は「盾」のようにも見える――巨獣の硬殻とでも呼ぶべき何枚もの頑丈な"皮"を構えた「足爪」達が、四方八方から【灰怨霊】を物理的に抑え込みにかかったのである。
――それらは、数の多さからしても、この迷宮の"軍勢"としては「雑兵」か、または「尖兵」というところであろうが、最下級の兵を以てこちらの秘術を潰すか測ろうとするその判断は、正しい。
たとえ触れれば消し炭になろうとも、数秒、動きを制限されるだけでも、まさにその「秒」の世界で切り結ぶグストルフには確実に影響があるだろう。
そして、そこまで【魔人】やリュグルソゥム家が知っているということはないだろうが……【灰】魔法の弱点として、あまりに"消し炭"を増やしすぎ、まかり間違ってそれが混じることにでもなれば――精度が落ちるのである。
そのことに気づかれたわけではないだろう。
この全く油断の無い相手達が仮にそれに気づいたならば、わざわざ兵隊を飛び込ませずとも、十分な量の枯れ草の束を放り込むだけで【灰怨霊】の力を弱められると気づくはずだ。
だが、このまま「雑兵」を燃やし続けさせられていれば、確実にサイドゥラは消耗して"魔力切れ"に陥り、彼の術式との連携に頼っていたグストルフもその戦闘力を3~4割は落として現在の優勢は逆転されるだろう。
(でも、こっちの"勝利条件"は違うんだよねぇ。既にグストルフ君は、乾坤一擲に出ちゃったし)
――本当に、サイドゥラにはグストルフという青年が謎であった。
"私生児"ツェリマに集められた"厄介者"の一人として、サイドゥラもまた一族の恥部として、知られていたとしても良い噂では語られていない存在であったはずが――まるで何十年来の友人であるかのように、己が生まれる前から己を知っているかのように、気軽で気さくで気安く、馴れ馴れしく話しかけてくる存在であった。
――不思議なほどに、自分の懊悩を。
話してもいないはずの、その"距離感"をわきまえたその上で、からかい、煽り、いじってくる青年であったのだ。
――この訳の分からない無茶苦茶な猫目のクソガキがやろうとしている無茶苦茶に、死に場所での最期の戦いで付き合ってやるか、と思わせられる程度には、絆されたという自覚があったのだ。
――故に、訝しみ警戒はしつつも、文句も言わずにその要望と戦術提案を受け入れた。
第一に、灼灰の怨霊達を充分過ぎるほどに焦熱化させてから拡散させること。
3体の"弟と妹"達が、まるで爆発するように周囲数メートルに渡って広範囲に拡がる。充分過ぎるほどに熱され、熱され、執念じみた怨念の深さがそのまま込められたかのような熱量が煌々ときらめく粒子のように、キラキラと、キラキラと。
――まるで極小の【鏡】のように広範囲に展開する。
(どうして、うちの実家の連中だって知ってそうにないこんな性質まで知ってたんだか)
そしてそこからがグストルフの独壇場であった。
オーマという名前の【魔人】が、リュグルソゥム一家のそれに比べれば稚拙な、しかし威力だけはある【魔法】を操りながら参戦し、誰何するも、哄笑したり驚いてみせたり訳の分からない言動で煙に、いや、"灰"に巻きつつ。
グストルフは数億千万もの極小の【鏡】の粒欠片が蒸れ霞む存在と化した"灰の塊"の内側で、数十や数百では効かない【光】魔法を編み出し、自らもまた光速の回転移動を開始。
そのまま――リュグルソゥム一家も【魔人】オーマも異形かつ冒涜の体現たる魔獣どもも無視してツェリマの元へ。
デェイールからの指示により、『廃絵の具』達が、【転移】事故によって四肢が千切れ飛ぶのを厭わずに【亜空】の内側に消えている。
彼らがどうなったのか、何をするつもりでそうしたのかは、グストルフが言うには――。
『あいつら、あの"色もどき"どもはさぁ! これから【画楽隊】に加わるんだよぉ、アッハハハ! 相変わらずドン引きするほどの忠誠心だと思わない? アッハハハハ!』
――斯くして【画楽隊】が蘇る。
【空間】魔法と【領域】と呼ぶしかないこの【闇世】の迷宮の力同士の激しい鬩ぎ合いで、一方的に削られ、抵抗しつつも更なる圧力によって押し潰されるままであった【画楽隊】の力が――息を吹き返したかのように、【領域】の力を跳ね除ける。
だが、まるで世界そのものが圧力となったかのように、押し潰そうとする【領域】の力は強大にして巨大である。
『廃絵の具』改め【画楽隊】は、加わる端からその身を潰れさせるほどの負荷を負って、己を犠牲にするのと引き換えに、わずか数秒の時を稼ぐに過ぎない。
しかし、数秒と、そして数十センチ程度の【空間】をこじ開けたことは紛れもない事実であった。
ツェリマはその渦中へ飛び込み、溜めに溜めて残しに残していた全ての魔力を【空間】魔法に変え、自身を塵一つ残さずに自裁しつつ、わずかな情報をイセンネッシャ家本家に届ける算段なのである――グストルフが確信を込めてそう言ったのだ。
だからこそ、グストルフはその一瞬に、極小の【鏡】の雲霞と化した焦熱と光速で無数の光線が乱反射する狂ったように光輝く「雲」ごと光を追い抜かんばかり、猛然とツェリマの【空間】へ飛び込み割り込んだ。
『【魔人】が作り出す【領域】は【空間】魔法なんてぶち殺す、そんなのどんな【魔人】だって気づかない方がおかしい。でもさぁ? 【相性】ってのは面白いもんだからねぇ? イッヒヒヒ、【闇】が【空間】に裂かれるように、【光】だって【領域】に抵抗できるんだよ! アッハハハハ! あのイレギュラーな【魔人】君は、そのことを知っていただろうかな? アッハハハハハ!』
――全て「肝心の箇所」のみ"灰吹き話術"によるものである。
まるで、それ以外の部分はあえて【魔人】やリュグルソゥム家に哄笑と共に聞かせようとしているかのように。
果たしてその言質の通り、『廃絵の具』達がその身を犠牲にして、つまり【画楽隊】の一部と化してそのまま潰れたことによって稼いだ貴重な数秒を、グストルフが十数秒に変えた。
その中で彼は、あろうことか自らを粒子よりも細かな粉微塵に砕こうとしていたツェリマの自裁を妨害し――その結果、胴体を盛大に【空間】魔法的な意味で吹き飛ばされて首と四肢を花火のように四分五裂させつつ。
『逃がすな』というリュグルソゥム一家の怒号の中。
首だけでニヤリと彼らに、そして【魔人】に嗤いかけ、次にツェリマに――全身の【滅却】は免れつつも、両腕を粉微塵に吹っ飛ばしてしまい、気絶してしまうツェリマに――何事か彼女にだけ聞こえる声で呟き。
そして最後に、最悪なことにサイドゥラの方を向いて、はっきりとこう言ったのであった。
生首だけとなり、声帯が潰れているはずであるから肉声が届いたはずは、ない。だが、サイドゥラは、まるで己の【魂】に直接語りかけられたような、凄まじい悪寒が背筋を走る感覚と共にその言葉を聴いた。
「また会おうぜ? 兄弟」
と。
そして、"拡張"された【空間】内で、一欠片の情報だけでも持ち帰るはずだった『廃絵の具』達の「最後っ屁」は、そうするように指示をしたデェイールにとっても全くの予想外であったろう形で幕を閉じることとなる。
――グストルフが真に"拡張"したのは、『廃絵の具』改め【画楽隊】がこじ開けた【転移】術式による「穴」である。
あるいは両腕を失って「ちょうどよい」サイズにでもなったのか、ツェリマ本人が意識を失ったまま、そのまま迷宮の外へ、そして【闇世】の外へと【転移】させることに――成功して、しまったのであった。
「あぁ、なんてこった」
どっと疲れて灰を撒き散らしながら、汚濁と肉塊の中間のような、嫌に魔力を吸い取ってくれるおぞましい"沼"の中に倒れるサイドゥラの視界に映るは、悲壮さと怒りを入り混じらせながら猛然と迫るリュグルソゥム一家の姿。
「これじゃあ、彼らは僕を殺しちゃくれないよなぁ」
先に"魔力切れ"した魔導師など、赤子のように抵抗もできずに捕らえられるのが定めなれば。
灰の海に沈み込むような感覚と共に、サイドゥラは頭部を襲う鈍撃の感触と共にぶつりとそこで意識を途絶えさせた。
いつもお読みいただき、また誤字報告をいただき、ありがとうございます!
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■作者Twitter垢 @master_of_alien
読者の皆様に支えられながら本作は前へ進んでいます。
それが「連載」ということ、同じ時間を一緒に生きているということと信じます。
どうぞ、次回も一緒にお楽しみくださいね!





