0177 対【騙し絵】家戦~【迷宮】の戦い(2)
【エイリアン使い】の力は、【人世】においてかつて【闇世】を撃退した『英雄王』の業績を引き継ぐ一国の、その中でも上位の戦闘職に対抗しうる。
眼前で繰り広げられる戦闘を睥睨しながら、俺はそのような手応えと確信を得ていた。
無論、それは俺の眷属という存在が万能を通り越して全能である、などという意味ではない。
『生きた魔法字引』であるリュグルソゥム家による相手の手札・手数・手立てに対する分析と、エイリアン達の情報収集能力のシナジーによるものであったし、シナジーという意味で言うならば、吸血種ユーリルの【血】を操る力とのそれもまたそうであった。
――少なくとも、何かデタラメで問答無用に有無を言わせない【神威】の力が入り込み、手も足も出せずに敗退するしかないというパワーバランスではない。
詳細は、当然【闇世】側で今後調べていかなければならないことだが、『長女国』においては、国母ミューゼの【浄化譚】の一端としての大氾濫への対応として。また、『末子国』においては、聖アルシーレの【神聖譚】の一端としての"異界の裂け目"への討ち入りや封印として。
俺が思うよりは、【人世】は"平和ボケ"ではなく――【闇世】の存在との交戦経験そのものは、あるのだろう。
【騙し絵】家の"本家"から呼び出されたであろう、中下級軍人などを中心とした"デェイール派"と思しき「援軍」達は、群がり来たるエイリアン達の重囲の中で磨り潰された。
決して、予めそこまで看破してそうしたわけではなかったが、まず【人世】側で迎撃して対抗可能だと思わせてから【闇世】へまとめて【転移】させる――武装信徒達の遺骸から得た数百体分の『人皮魔法陣』あればこその力技――という策により、イセンネッシャ家の致命的な判断ミスを誘発できたことが、この状況の根本的な理由である。
【画楽隊】とかいう侯子デェイールの"秘密兵器"は、リュグルソゥム家の分析によれば、魔法使い達の「脳」をそのまま【空間】魔法に閉じ込め、ただひたすら命じられた魔法を発動させ魔素を操るための生きた魔法装置に変えられたものではないか、という。
……この世界において、魔法を含めた超常の力が、それを発動する者の「認識」によって定められるならば、それがどこに宿るか。
ロボトミー手術という技術にすら至り、人体における「脳みそ」の役割を理解していたであろうイセンネッシャ家ならば、そのことにたどり着いていてもおかしくない――という理解にリュグルソゥム家もまた『止まり木』での討論で至り、そう献策してきたのである。
この分析の当否は今は良い。
いずれにせよ、強力無比な魔法またはその発動機構を彼らが用意していたとして、それが本当の【闇世】に入り込んだ際には無力化される、ということを思い知らぬうちに「拉致」できた、ということが決め手であったのだ。
≪あらかじめそうだと知られていれば、迂闊に【闇世】へ入り込むことは無かったでしょうな。もしくは、対抗できる状態まで備えてから、攻め込んできていたか≫
その通りである。
【人世】に初めて一歩を踏み出した時から、俺の方針は、己の正体や力について知られることを可能な限り遅らせること、であった。
その甲斐あって、追討隊も【騙し絵】家も、黒幕はリュグルソゥム兄妹であると誤認し――彼らを仮想敵としてハメ殺し、裏を掻き、1枚か2枚隠し玉があってもそれを食い破ることのできる対抗札と、さらに用心深いことに切り札まで備えてきたわけであった。
――だが、そもそも黒幕も敵も文字通りに次元が違う存在であった。
≪もし、副脳蟲殿の存在が先に知られていれば。御方様の力を上回るだけの規模に【画楽隊】を再編してから攻め込んできていた、ということですな?≫
その場合は、さらに悪いことに、ミシェールが述べた通りに再び13家が一致団結して、一斉に攻め込んで来ていたかもしれない。
少なくとも【四兄弟国】圏での活動は絶望的となり、俺は【西方】へ行くしかなくなっていただろう。そしてその場合でも、『長女国』に対抗する"力"を求める【西方諸族連盟】を利用するには、それなりの程度俺自身の迷宮領主としての"力"を開示する必要に駆られていただろう。
≪……主殿の目的が"人探し"であるならば、そこで大いに足止めされたことだろうな≫
力を示し存在を明かせば立場と地位を得ることはできる。
だが、それは同時にそれに見合う実力を証し続けなければならなくなることを意味しており、そういったしがらみにまみれて、簡単に移動することすら難しくなるだろう。
――世界征服でも望むならば、それでもよかったのだろうが。
今はまだ、それは俺の方針として上位に上がってくるものではないのである。
故にこれは、備え、備え、手繰り寄せることができた幸運であり、機会であり、だからこそ得ることのできた『状況』ではある。
かつて――あの複合企業に対して"仕掛け"た時と同じように、俺は、己の全精力と全知力を傾けている。
≪"残党"の抵抗が激しいようで。必要があれば、すぐにでも呼び戻しください。御方様の身に何かがあってからでは遅うございます≫
ル・ベリの指摘通り。
【騙し絵】家の軍勢、デェイールの支持者達は【闇世】のそれも迷宮領主の【領域】の中という最悪の【相性戦】の中で、準備してきた兵装・魔法陣の数々を一切役立てることもできずに鏖滅しつつあった。
――それでも予想を倍する被害が出ているのは、曲がりなりにも『長女国』最上級の頭顱侯の私兵であるということではあるか。
そして貴種たる戦闘魔導師の4名に至っては……リュグルソゥム兄妹と比べても、いささか、殺傷力が高すぎる者ばかりである。
数と時間をかければ押し潰すことはできるだろう。
だが、今はその「数」について、次がつかえているため必要以上の損耗を避けたいというのが本音である。
故に、現在の布陣となっていた。
この【闇世】の【領域】にあって、劣勢ながらもなんとか抵抗しうる【空間】魔法の"核"を成す侯子デェイールを吸血種ユーリルで抑え。
サーカスの軽業師であってもそのようなデタラメな空中演舞はしないであろう、滅茶苦茶な軌道で飛び回る【光】魔法の使い手グストルフ=リリエ=トールと、まるで煙のように【灰】をまといながらゆらゆらと移動する【遺灰】家のサイドゥラ=ナーズ=ワイネンのコンビをリュグルソゥム一家が襲う。
そして、同じく【騙し絵】の"私生児"ツェリマと、デェイールではなく彼女の麾下に戻ったかのように見える『廃絵の具』達と、俺の眷属達の中でも最高戦力たる"名付き"達が斬り結び、壮絶に殺し合っている――。
その趨勢を見極めるために、俺は『黒穿』と三ツ首雀カッパーを構えながら、神経と感覚を【共鳴心域】内に展開される「エイリアン=ネットワーク」に集中させ続ける。
***
『三連星』の指揮下、雑兵をほぼ掃討し終えたことを認識した"名付き"達は、その布陣を速やかに、一個の生命のように変じさせていく。
主オーマの護りを螺旋獣アルファが一手に引き受け――【光】魔法による狙撃を既に数度"盾"となって防いでいる――代わりに城壁獣ガンマが、硬質さと重厚さを備えた巨体を揺らすように"前線"に向けて、大地をアンカー状の趾で臓漿ごと食い込ませるように鷲掴みながら、今にも駆け出さんばかりに身構え始めたのである。
対するは【空間】魔法の使い手ツェリマと、彼女に率いられる十数名から成る『廃絵の具』の部隊。
既に螺旋獣デルタと、切裂き蛇イオータが突撃を敢行済みである。前者は"裂け腕"の先端にそれぞれ異なる形状の骨刃茸を装備して振り回し、後者はその「刈る」という意識と自認が具現化したかのような湾曲した双刃から繰り出される秒間十数撃もの斬閃を繰り出す。
そのいずれもが、まるで胸当てやら肩当てやら膝当てのように覆う【歪みの盾】によって最小の動作でいなされ、致命打には至らない。
だが、デルタとイオータもまた反撃の機会は与えない。
【歪曲】の術式が、主オーマや副脳蟲が常に上書きのように張り替え続けている【領域】と干渉しにくいというのは、言い換えれば、それだけ斥力としては「弱い」ということである。
デルタの剛撃を、イオータの狂刃を歪めて弾き飛ばし、これらの致命打を身体に届かさぬようにはできても――例えば根本から寸断したり、捻り曲げてあらぬ方向に筋繊維を断裂させながら折る絞る、といった芸当までは困難である。
故に、この最前線戦闘を任され、またそれに馴れ酔う存在たる2体は、そうして弾かれること自体を計算に入れた軌道と機動で攻め立てるのである。
その限界を見極め、測るために。
すなわち一撃でも多く【歪曲】を発動させること。その強度は、頻度は、間隔は、射程は、どうであるかを。
たとえ戦闘魔導師であろうと、無限に戦い続けることはできない。
いかに魔素が溢れた【闇世】ではあっても、ここは迷宮領主の【領域】であり、しかも臓漿達が床下から天井にまで根を張り巡らせて蠢く空間なのである。
【歪みの盾】が万能の盾ではないことは、既に、その間隙を抜けて『廃絵の具』達の戦闘魔導服にいくつものかすり傷や切裂き跡がつけられていることからも明らかである。
無論、攻め立てているのはデルタとイオータだけではない。
走狗蟲や遊拐小鳥達の中でも【遷亜】や【煉因強化】によって特に機敏で回避に長けた者達を中心に、デルタとイオータの連撃の合間を縫うようなヒット・アンド・アウェイを波状的に仕掛けているのである。
これに対して、『廃絵の具』達もまた、元部隊長による訓練が精緻かつ徹底的なものであったか、よく連携して凌ぎ、防ぎ、反撃してくる。
【歪みの剣】やその派生系である各種の不可視の"武器"に関しては、デルタの"裂け腕"やイオータの刃をも両断しうる切れ味を備えたものだったからである。
被害の予想外の大きさは既にデェイール支持者達との攻防で共有されているところであり、エイリアン達はその連携を回避に専念させる。時に【歪みの剣】の軌道上の味方の四肢をしたたかに蹴り飛ばし、また、首や胴を断たれるよりは四肢を、四肢を断たれるよりは指先か尾の先を、という具合のダメージコントロールによってツェリマに思うような反撃を行わせない。
入れ替わり立ち代わり切り替え斬り換えながら、『長女国』の中でも高度に連携し少数精鋭戦闘に特化した存在であるはずの『廃絵の具』を防戦一方に圧倒。
――そして、その最中で、投槍獣ミューが気まぐれのようにその『槍角』を豪投し、その壮絶な速度と質量に伴われた暴力による"狙撃"を行う。
堪らずその「運動エネルギーの塊」を防ぎ、歪めて弾き飛ばすために、相当量の魔素が周囲から消費されたことを、全ての"名付き"とエイリアン達が察知していた。
それを防ぐために、意識的に相当量の魔力を【歪みの盾】に振り分けたのであろう、『廃絵の具』の一名が、それまでの斬り結びのパターンから言えば防げていたはずのイオータの斬撃に浅くではあるが胴を薙がれて血を飛び散らせたのである。
即座にカバーに入って追撃を防いだツェリマの影、その傷跡自体は他の仲間によって【空間】魔法的に縫合されてしまうが――失った血液と体力はすぐに戻るものではない。
このことが意味するのは、【空間】魔法とは、特に、その中でも【歪曲】の力とは、少なくとも乳脂塊を熱した短刀で切り裂くことができるような、一切の抵抗なく両断できるような力では、ないということ。
故に、城壁獣ガンマという「質量の塊」の突撃という一手である。
≪やはり質量きゅぴ。圧倒的な筋力さんが全部解決するのだきゅぴぃ! 黄金の鉄の塊ガンマさんのストライクアウトさんなのだきゅぴ!≫
噴酸蛆達の【強酸】や、風斬り燕イータの"風斬り羽"や、塵喰い蛆ラムダの【針毛】のような"軽い"ものは尽く、それこそ気まぐれな風に舞わされたようにいなされる。
だが、面制圧的な意味での手数にはなりうる――という意味で、デェイール支持者達が一人また一人斃れていく中で『三連星』による波状攻撃を対ツェリマ&『廃絵の具』に振り分けた、と見せかけた中での"質量兵器"としてのガンマの特攻であった。
それを見て、露骨にツェリマが舌打ちをする。
ミューの『投槍』によって【歪みの盾】の"強度"が測られていることに既に気づいていたからである。
猛然と傲然と、アルファによる全力の押し出しによって急激な初速を得て、ほとんど坂道を転がる巨石の如き勢いで吶喊してくるガンマに対し――ツェリマは懐の中に仕込んでいた【空間】魔法付きの短刀をばらまく。
一時的にでも【領域】の力を阻害し、【短距離】転移を行うためである。
『廃絵の具』達もそれに倣い、次々に投擲された短刀が地面に突き立ち、あるいはエイリアン達に弾き飛ばされながらも拡散し、歩法を発動できるだけの「余裕」が生じる。
斯くしてガンマの吶喊はツェリマや『廃絵の具』達の"残像"を次々とすり抜けるに終わるが――散らされたことそれ自体が彼女達の不利となる。
"脳力"対決というシチュエーションに高揚せる副脳蟲達の、「秒間16連打」という自らへの鼓舞は誇張ではなく、【画楽隊】を以てしても抑え込まれた【領域定義】を相手に、十数本程度の【空間】魔法付き短刀を強引に展開した程度では、拡張できた歩法の"自由"などはわずかなものだったからである。
そこで、攻勢と防勢の均衡点はそこにあり、とばかりに『三連星』が動く。
さらに『因子:強肺』によって【遷亜】されたアルファの【おぞましき咆哮】が、魔素も魔力も【空間】魔法さえも吹き飛ばさんばかりにビリビリと殺し間全体を揺さぶり、間髪すらも違えることなく、エイリアン達が一斉に飛びかかった――と見せかけて。
ツェリマや『廃絵の具』達がガンマの突撃を飛び退いたそれぞれのその地面が割れた。
表層を覆う臓漿ごと、ズリュウゥォオと肉肉しい質感と嫌に硬質めいた質感が諸共絡み合うが如くに相まって隆起し、まるで幾本もの「指」が、大地に埋まっていた巨獣がその鷲爪を突き出すが如くに屹立し、且つ、しなったのである。
「なんだこれは……!」
鞭網茸である。
ツェリマと『廃絵の具』構成員のそれぞれの足下から、臓漿まみれのままに、弾け飛んだベアトラップの如き勢いでそれぞれの"枝"が出現、鞭の如く亜音速に至る速撃のままに叩きつけ絡まりついて縛り絞り上げんと依拠に巻き締めんと迫ったのである。
【領域定義】によって相殺されることを厭う余裕も無い。
数名が咄嗟に【歪みの法衣】を発動し、この致命的なる拘束から逃れようとするが――【空間】魔法の強度は既に十二分に分析済みである。歪ませられ、たわめられ、弾かれて捻られる【空間】ごと、例えるならば不可視の層が一枚あることを前提にそのまま上から鞭網茸の硬軟兼ね備えた"鞭"の如き"網"が、そのまま数名を縛り上げたのであった。
この鞭網茸達は、ただ単に地中に潜んでいただけではない。
地泳蚯蚓達に「装備」された状態で、吸血種ユーリルが対デェイールに発動した体内の『血管魔法陣』による【土】属性魔法により、充分に軟かくされたものを泳ぐように移動しており――さらに臓漿の下に覆われて在ることで感知を避けながら、常にツェリマと『廃絵の具』達1名1名の足元を潜泳し、好機を待っていたのである。
同様に、この"好機"を見逃すほど甘い"名付き"達ではない。
それまでずっと天井の切れ間や洞窟内の凹凸起伏や、ユーリルが生み出していた【濡れ潰す曇黒】の暗がりに潜んでいた隠身蛇達と共に、彼らを目眩ましかつ尖兵として巻き込み伴いながら切裂き蛇イオータが閃移。
四方八方どころではなく全方位から身体を締め上げる鞭網茸に対して中途半端に発動された【歪みの法衣】【歪みの盾】が案の定、許容量を越えて霧散したその間隙、鞭網茸の間隙、そして肋骨の間隙という3重の「隙間」に刃を滑り込ませるが如くに、2名の『廃絵の具』の心肺の臓腑を抉り裂いたのであった。
「リーカス、マイグナッド! ……おのれッ!」
一時的に拘束されかけつつも、【歪みの盾】ではなく【歪みの剣】を発動したツェリマ以下が鞭網茸の鞭と網の如き「枝」を断ち飛ばす。
さながら広葉樹が冬の訪れを前に禿げるが如くに無力化される鞭網茸達であるが――エイリアン達にとっても、そしてオーマにとっても、それは「問題にならない」。触肢茸系統のこのエイリアン=ファンガル種達にとって、生え伸び出づる"先端"は、たとえ切り飛ばされ叩き潰されたとしても、下部の"胴"さえ無事ならば、いくらでも再生できるのである。
むしろ、その数撃のためのリソースを使わせたこと自体が"詰み手"の一環となる。
「鞭の網」をバラバラにされた鞭網茸は、次の瞬間には「装備手」である地泳蚯蚓達によってズボリと一斉に地中に引きずり込まれるようにして潜ってしまい、戦線離脱。
代わってデルタが、その"裂け腕"に戦闘の中でいつの間にか換装していた触肢茸や骨刃茸を振り回しながら突っ込む。
――それだけではない。この触肢茸達の1つ1つがミューが豪投した『槍角』や、ガンマから引っ剥がされた「硬殻」の皮盾を装備しており、獰猛性によって手数と質と量の暴力を併せ成したのである。
斯くの如き猛撃を前に、ツェリマも『廃絵の具』達も、装備していた全ての「小道具」を使い切らざるを得ず。さらに「足元」からは新手の鞭網茸装備地泳蚯蚓達を警戒せざるを得ず、堪りかねて【空間】魔法により跳躍しても――今度は鞭網茸装備の鶴翼茸達がこれみよがしに視界を飛来して牽制とプレッシャーを仕掛けてくる。
然れども、【騙し絵】家を象徴する特務部隊としての意地か。
はたまた、"私生児"として己が存在を世に知らしめんとする意地か。
指揮官と配下らが一丸となって抵抗し、かろうじて全滅は凌いで再び合流するも、既に次に同じ攻勢を食らった際に凌ぐための手札は尽きていた。
そしてその最中――それでもデェイールと、【領域定義】と【画楽隊】が鬩ぎ合う間隙でやり取りしていた【イセンネッシャの筆遊び】による"通信"を通し。
ツェリマは己が「覚悟」を定めつつあった。
***
「ふんふん、なるほど、なるほどねぇ? イッヒヒ……」
「考え事するなんて随分余裕があるんだね、グストルフ君。僕ぁ、今にも家族達のしでかしたことの報いを、あっちの家族から食らって死にそうだよ」
もはや"手加減無し"となったリュグルソゥム一家4名を相手取り。
八面六臂に立ち回り飛び回るグストルフは、どういうつもりか、デェイールとツェリマの方にばかり意識を傾けている様子であった。
リュグルソゥム一家4名が各属性で仕掛けてくる「連携」攻撃を、"詰み手"と恐れられる一連の手数を凌ぎ切ってなお、そうする余裕があること自体が、サイドゥラにとっては畏怖すらせんばかりのレベル。
――いや。
まるで見たことがあるかのように。
ある一手の次はこちらの死角から、それが凌がれた場合にはその"凌ぎ方"に応じて、複数の罠が――といった具合に、盤上遊戯の如く何手も何手も先まで仕掛けられているリュグルソゥム家の詰み手を、グストルフは全て受けきり掻い潜っていたのである。
それどころではない。
サイドゥラが――見せていないはずの【灰】魔法の秘術までも、まるで知っているかのように次々に指示を出してくる。
――【召喚:灼灰の怨霊】を。
3親等以内の肉親の【遺灰】を持つナーズ=ワイネン家の者にのみ使用可能な秘術を、"放蕩"して己の存在を一族からすらも遠ざけていたはずのサイドゥラが扱えるなどという情報を、成り上がったばかりに過ぎないリリエ=トール家がどこから得たのであろうか。
しかもそれを、あのリュグルソゥム家でさえもが「知らない」ということを知っており、それを前提とした奇襲反撃を指示してくるなど。
(ごめんね、みんな)
3体の弟と妹達の"成れの果て"たる【灼灰の怨霊】を駆ることに集中するサイドゥラ。
【火】魔法でも【水】魔法でも、およその属性魔法によっては【対抗】も【妨害】もできない、ナーズ=ワイネン家の秘術である。それを戦闘の基点とし、グストルフが文字通りに"光"の速さで飛び回り、リュグルソゥム家が仕掛けようとする「詰み手」を片端から先回りして叩き潰しては、それに4名が入れ替わりながら応じるというイタチごっこが繰り広げられていた。
だが、ここは敵地であり、自分達に補給は無い。
いずれ均衡が崩れて斃れ去る――"善き"死に場所となるに過ぎない、そのような場所であるというのに。
グストルフもまた「そう」であると思いこんでいたサイドゥラにとって、この猫目の馴れ馴れしすぎる盗撮魔がこの期に及んで「何か企んでいる」ことは、何かを逆転しようとしていることが、ひどく、意外なのであった。
「ツェリマの姐さんもデェイール君も、情報を持ち帰らせないために【空間】魔法で自分自身をばらばらにするつもりだ」
「いつの間に聞いたんだい?」
「ヒヒヒ……わかるんだよ、僕様にはなぁ! そして!」
――知りすぎている。
いくらリリエ=トール家が、【光】が届く範囲で視認できる情報であれば、その一切を知りうる力を持つ【鏡】魔法の一族であったとしても、グストルフの知識量は閉口すべきものだった。事ここに至って、サイドゥラは、リリエ=トール家ではなくグストルフこそが異常なのではないかとの思いを深める。
「デェイール君は今頃、欠片でもいいからあの"魔人"の情報を持ち帰る目を得るために――――――とかいう『指示』を出しているはず」
「……ちょっと本当に君の"正体"が気になってきたんだけどさ。何者なの? 君は」
「そこで君が――――――する。そして僕様が――――――して、デェイール君に――――――する! そうすればツェリマ姐さんが――――――って寸法さ! アッハハハ!」
当然のことながら、サイドゥラのそのようなささやかな疑念と好奇心に答えてくれるグストルフではない。だが、そのあまりにも確信に溢れた、サイドゥラからすれば仮定に仮定を重ねたに過ぎない手順が本当に奏効するのか否かを――確かめたい、という気持ちにはさせられたのである。
そして【騙し絵】家の姉弟が動く。
と同時に【鏡】と【遺灰】の青年魔導師もまた動いた。





