0176 対【騙し絵】家戦~【迷宮】の戦い(1)
1/30 …… 【空間】魔法の描写に関して加筆修正
かつて神代の時代に、諸神同士の対立の果て、【人世】より切り離されし【闇世】という異形の領域において吸血種は地を蹴り、そして血を駆った。
迎え撃つ【騙し絵】家の侯子という『長女国』でも最上級の貴種の一人を相手に、刃で見えるのは"二度目"である。
だが、今回は――探しものを見つけるために、そうするのが最短で最速だと"梟"に言い含められた結果、わざと敗北を演じた前回とは異なる。
腕を振るう、と共に【血刃】を創成。
人間と同じ身体構造でありながらも、それを越えた吸血種の膂力で力任せに【血刃】を飛ばす。
噴射された【血】が急速に凝固しながら半流体半固体のまま硬化しながら半孤を描き、さながら先端に刃を取り付けた鎖の如く、高速かつ硬速でデェイールに迫る。
「馬鹿の一つ覚えか? 吸血種」
言うや吸血種よりも血に飢えたかのような血走った眼を見開き、デェイールが【歪みの盾】を構えて【血刃】を散らす構えだが――直後、顔を歪めたデェイールが『歩法』に切り替え、3、4歩で十数歩分の距離を大きく飛び退く。
それは大袈裟な反応ではない。
【闇】魔法の力が渦巻き――ユーリルが予め仕込んでいた【濡れ潰す曇黒】によって光の法則を無視して作り出されていた暗がりから、【虚空渡り】の秘技によって凶獣『ベータ』が出現したからである。
ベータは、まるで丘の民達が戦場に持ち込む「背負籠」のように、その背に丸く大きな硬質な"殻"を負っており――デェイールとユーリルに嗤いかける。
「化け物どもが、すぐに打ち解けるとはな。今後、吸血種を欠片でも『人間種』だとは思わないことにしてやる」
その「殻」の中に何かろくでもないものが入っている、とユーリルも、そしてデェイールも確信したのであろう。だからこそデェイールが歩法によって瞬時に退避していたわけであったが、その表情には若干の苛立ちが混じる。
それもそのはず。
彼の歩法もまた【騙し絵】式【空間】魔法の力による"魔闘術"の一種であるが――ベータが的確に【虚空渡り】を発動のオンオフを超高速で切り替えていたのである。
【空間】属性が【闇】属性の技を引き裂くのと同様に、【闇】属性の技もまた【空間】属性を狂わせる。
置き土産のようにその場に投げ捨てられた【歪みの盾】は、ベータの出現と共に、まるで小さな水滴がより大きな水流に破られるかのように打ち消されてしまう。術式の形成が阻害される以上、妨害の用を成すにも役には立たず、思うように距離を取れなかったに違いなかったデェイールは、それでもイセンネッシャ家の継子としての意地とばかり、ユーリルが飛ばした【血の鎖鎌】を回避するが――そこでベータが持ってきた"爆酸殻"が出現と同時に炸裂する。
内部から夥しい量の血が爆裂、特大の水風船を破裂させたかのようにぶちまけられる、と同時にユーリルの【血刃】がそれに触れた。
「【血の影法師】の力を思い知らせてやる、【騙し絵】家め」
いずれも、【報いを揺藍する異星窟】に侵入した際、ユーリルの体内に仕込まれていた『血管魔法陣』による【転移門】から最終的には現れ、ろくに何もできないまま鏖殺された【人攫い】教団の"武装信徒"達から抽出されたる「血液」である。
その央に、まるで自ら放った【血の鎖鎌】に引き寄せられるように【虚空渡り】を瞬間的に発動したユーリルが飛び込み――技能【血喀狂宴】によって瞬時にそれらを己の【生命紅】の支配下に置く。
次いで起きたのは、まるで加速された春の芽吹きの如き、爆発的な【血槍】の叢生と繁茂であった。
意思を与えられたかのように、大型獣が背負うことができるほどのサイズの「殻」からぶちまけられた、人間にすれば何体分にもなる量の【血】が全て硬質化し、凶器となり、爆裂する勢いのまま四方八方からデェイールを襲ったのである。
しかし、相手も伊達に【騙し絵】家――"暗殺合戦"において【聖戦】家に先立ち、長らく【血の影法師】達と殺し合いを演じてきた一族の、指導者筋ではない。
ユーリルが生み出した十数の【血槍】の軌道を数瞬にも満たぬ秒間戦闘の中で見切ったか。最小の詠唱と、最小の動作で生み出した【歪みの盾】【歪みの剣】によって次々に空間ごと分断し、まるで目に見えぬ巨人が目に見えない空間を雑巾のごとく捻って絞って【血槍】をまとめて捌き散らす。
――だが、こんな派手な技は"目眩まし"と相場が決まっている。
"名付き"と呼ばれる、【エイリアン使い】オーマの眷属達の中でも特別な力を持った存在の一体であるベータが次弾を取りに行くべく【虚空渡り】によって消失、しつつデェイールの歩法を掣肘するその瞬間にユーリルもまたタイミングを合わせ。
全身に、リュグルソゥム家によって仕込まれた『血管魔法陣』の一部を、自分自身の胸を肩を鎖骨を内側から【血刃】を生み出しながら引き裂くように、物理的かつ魔法的という2重の意味でそれを"展開"。
【氷】属性魔法【凍れる鳥籠】が、ぶちまけられた血中の水分を媒介に発動し、まるで血と氷でできた茨を召喚したかのように、鋭く疾く、凝固だけでなく冷凍作用による強固な硬質化を経て、【空間】魔法によって捻じ曲げられて分断されたその側から再度、デェイールに襲いかかる。
と同時に。
ユーリルの体内に仕込まれていた『血管魔法陣』は、それだけではない。
【隆起せる礫波】と【屹立する岩槍】の合成魔法もが、ぶちまけられた血の海を媒介に、より大規模な形で発動して、その足場から襲ったのである。
「訂正してやるぞ、化け物め。貴様はリュグルソゥムの玩具に成り下がったなぁ! ははは!」
いずれもリュグルソゥム家の生き残り兄妹が得意とする中・大規模範囲魔法の術式であるが、それが魔法使いではない吸血種ユーリルを媒介に、まるで時限装置のように立て続けに発動した、という事実が重要である。
およそ、吸血種と『神の似姿』が敵対する者同士であるという前提で物を考えてしまう並の魔法使いが相手であれば、それだけで不意を討たれ屠られたであろう。
だが、敵するは【騙し絵】家のそれも本家指導者の血筋。
哄笑しつつも1つ1つの魔法に対して【空間】魔法によって致命傷を避けるように対処される。
連携の戦術という意味では、そこにベータが再び、姿を顕さず【虚空渡り】による妨害だけを"置き逃げ"する構えではあったが――その手管は既に見抜かれている。
さらに、相対的にではあるが【歪み】系列の空間掌握・疑似的武具創成の術式の方が、この【闇世】の【領域】にあっては妨害されにくいということを看破したかのように、デェイールが【歪曲跳躍】により、足元の【空間】を瞬間的に膨張させて大きく跳び上がった。
……だが、それもまたユーリルの頭部内に寄生した共覚小蟲を経て、オーマの眷属達の【眷属心話】とかいうふざけた代物を経由して伝えられてくるリュグルソゥム家秘術『止まり木』とかいう二重にふざけた代物により伝達されたる――"詰み手"の予測の範疇である。
実質、これらの『血管魔法陣』を展開して発動した"使い捨て"の魔法の全てがフェイントであり、ユーリルもまた【虚空渡り】を発動。
【蝙蝠術】によって身体に降りかかる重力を変転。次々に頭上から飛来してきた鶴翼茸や揚翼茸達を足場にして飛び移りながら、一挙に高くまで跳び上がった侯子デェイールの懐に、弾丸の如く飛び込むように一挙に肉薄したのであった。
「ブチ切れ過ぎて頭の血管も目玉の中の血管も血走ってやがる。お前こそ"血だるま"になる番だな、デェイール!」
「ほざけ、今度はその血肉の一片、ミリ単位で寸断して全部固結びにして『冬祭り』の飾り付けにしてやるよ!」
睨み合い、喝し合い、中空に【血】と【空間】が可視と不可視の剣戟となって壮絶に切り結ばれる。
【騙し絵】家の【歪みの剣】は、ただ単に空間ごと敵対者を物理的に寸断する技ではない。
わずかでも触れれば、その触れた先を「始点」として、【空間】魔法的な意味において対象を含めた小領域全体に新たな歪曲効果を発生させる基点となることを意味するのである。
【血刃】が触れる側から曲げ飛ばされ、鋭く刺突された【歪みの槍】がユーリルの胴体を抉る端から、周囲数十センチごとを捻じり吹き飛ばすが――例え仕属種であっても、全身の大部分を【生命紅】で構成される吸血種にとっては、心臓を直撃され破壊されなければそれは致命傷とはならない。
腰断された、その断面からも【血刃】が生み出され、デェイールに確実に襲いかかるのである。
こうした【血刃】の一撃一撃は、直接に【空間】魔法を貫通することができるものではない。
また、他の魔法属性と異なり、【エイリアン使い】オーマは未だ【空間】属性に関する属性衝撃茸や属性障壁茸を生み出せているわけではなく――デェイールの【空間】魔法を掣肘する手段は、ベータとユーリルの【虚空渡り】を除けば、副脳蟲による代理行使を含めた【領域定義】に限られている。
――だが、その【領域】に一応は対抗し、抗い、【空間】魔法の力全体を支援強化しうる【画楽隊】をユーリル一人を以て抑え込むことができるという目論見から、彼がデェイールの足止めに投入されたのである。
ベータが中空に、今度は血と捩れを絡み合わせ弾け飛ばしながら切り結ぶ両者を見下ろす位置に現れ爆酸蝸の本領たる"殻"を再び爆裂。そこから多量の【血】が降り注ぐ。
これらは、あらかじめユーリルが【生命紅】を浸透させていた代物であり、デェイールが【空間】を歪ませてユーリルの四肢をひねり飛ばす端から、その断面に融合して、まるで巻き取られる飴細工だか熱されたガラス細工が熟練の職人の手によって瞬時に整形されるかのように「人型」を成す。
これこそが吸血種の、それも【血】を操る力に特化した尖兵達と相対する戦闘魔導師達にとっての悪夢である。
「馴染んだ瞬間に使いこなすか。聞きしに勝る恐ろしさだな、【魔人】とはなぁ」
【エイリアン使い】のこの"支援"が無かったならば、ユーリルは瞬く間に、まるで乱切りにされる根菜類のように容易く身体のパーツを雑に削り飛ばされながら、ついに心臓を守れずに破壊されていただろう。
だが、ベータが次々と補給で支援する限りは――延々かつ永遠とデェイールを、より正確には【画楽隊】の指揮者としての彼を釘付けとすることができるのである。
――無論、数百名に上る武装信徒達から抽出したとはいえ、【血】には限りも鮮度もある。
だが、戦闘の中で豪勢かつ贅沢に使用して弾け飛んだ"血"を回収する遊拐小鳥達が、決して一定距離内には近づかずに飛び回っていることにユーリルもデェイールも気がついていた。
こうして回収された血液は、部屋を覆う臓漿に吸収されてろ過・回収され―― 一箇所にまとめられてそれをベータが再び回収し、自らの「作り置き」の"殻"に回収して回っているのである。
なお、リシュリーを"保護"した【エイリアン使い】の力は「でたらめ」の一言に尽きるが、その中には【血】を生み出す「迷宮の眷属」――紡腑茸という、血どころか脳みそを除くあらゆる"臓器"すらも生み出せる存在らしいが――もあったのだが、どういう原理かそれに生み出された【血】は【生命紅】には馴染まなかった。
そのような「命無き血」が馴染まない、というのは【生命紅】によって身体を構成されているユーリルにとっては感覚的には至極当然のことではある。
もしも、こうして生み出される無尽蔵の【血】を扱うことができるとすれば、足止めだけではなく、もっと直接的にデェイールを圧殺できたかもしれないが。
「ご自慢の"ラッパ隊"はどうしたんだ? デェイール。僕なんかを相手に手こずらされて、見事に各個撃破じゃないか、いい気味だな」
「塞いでも切り刻んでもふっ飛ばしても減らない口だよ、この血管の玩具め。今、一撃でお前を粉微塵にする方法を計算中なんだ、楽しみにしてろ」
***
デェイールが、量と面によって叩きつけるように迫り来る【血】の暴力によって拘束された影響は、別の戦線で如実に現れていた。
「化け物どもめ……! 化け物どもめぇぇええ!」
白を基調としつつ、黒によって縁取られた戦闘衣。
そしてその中にワンポイント、ツーポイントとして差し込まれた琥珀色の"飾り"により、デェイールの支持者であることを表す【騙し絵】家の家人達は、四方八方から群がってきた凶爪の凶獣達に群がられながら、必死の防戦を行っていた。
突撃する走狗蟲達の恐るべき足爪や、十字に開かれた獰猛な牙、だけではない。【狂化煽術士】キルメによって高らかに高揚され、興奮せられた戦線獣達が、各々に触肢茸や各種の形状骨刃茸で突っ込んできたのである。
これらを【空間】魔法を発動させることによって、いなすことのできる魔法使いや戦闘魔導師達はまだそれらの剛撃の難を逃れることができている。
だが、彼らを支援する役割を負った者達は、そうではない。頭顱侯家の侯軍といえど、当然ながら『長女国』の全ての人民が"才有り"ではない以上――臣民から選抜・あるいは徴兵あるいは志願によって構成された軍勢の多数部分は、職業軍人ではあっても、一般の兵士から成る。
公には「後継者問題」など存在しないとされている【騙し絵】のイセンネッシャ家において、それでもあえて次期当主としてのデェイールの支持を公言するのは、【騙し絵】家の家人達の中では、特に侯軍を構成する実家の継承権が下位にある従爵の次男坊以下や、こうした中下層以下の兵士達に多かったのである。
何故ならば、"雲上"の利益構造が頭顱侯ごとにブロック化・固定化し、身を立てて上昇する機会がごく限られた者達にとっては、それぐらいしか、同じような立場の者達から頭一つ飛び抜けて出世の目を掴む機会が無かったからだ。
それが実を結ぶかどうかはともかくとして――輪番により、【西方】の戦線に赴くことなく【騙し絵】家所領に駐屯するこうした士官・下士官・兵士達の内で、いち早く、デェイールに忠誠を誓い必要以上にツェリマを敵視する姿勢を示すことを「忠誠心」として、彼の目に留まろうとしたのである。
斯くして形成された「デェイール派」であるが……当のデェイールは、それを本家の「ツェリマの意外な実力を評価する」者達に対する牽制として扱った。
その意味では、確かにこれらの者達は「彼の目に留まる」という目的を果たしはしたが――。
響く怒号と絶叫。吐き放たれる【おぞましき咆哮】。
面制圧の如くに吹き付けられる【強酸】の豪雨からは、いかな【空間】魔法であっても――【領域】によって制限された状況下で"才無し"達を守るほどの範囲に展開できる者は、ただの支持者に過ぎない侯軍の魔法兵達にはいない。
その"穴"という"穴"から降り注ぐ【強酸】に焼かれるだけではない。
遠方からバリスタの如く射出される投槍と同様に、味方が【歪みの盾】で弾いた其れ自体がフレンドリーファイアとなって"才無し"を屠り吹き飛ばすのである。
だが、ごく一部の部隊とはいえ、元来は頭顱侯家の侯軍。
例え相手が、この世のものとも知れぬ、生理的な嫌悪を催すかのような冒涜的な外観で形成・構成された悪夢の体現たる凶獣ではあっても――時に大氾濫に対応すべく戦闘魔導師達に随伴する戦士達である以上、一方的に蹂躙される謂れは無かった。
しかし、彼らが身を守るための「兵装」が――例えば【歪曲】の効果を発揮する魔導の剣戟や、【西方】の戦線では天から降り注ぐ『空兵』達の射撃をことごとく歪め飛ばす【歪曲】の鎧や外套といった、本家から持ち込んできた魔導具・魔法陣の数々が、全て破棄せざるを得ない事態に追い込まれ、いや、引きずり込まれたのである。
無論、襲いかかるエイリアン達も無傷とはいかない。
【領域】の力と、それを≪きゅおおおお! 怒りの脳力大決戦さん! ぼきゅぴ達の存在さんを知らしめなければならないのだきゅぴぃ!≫と称して徹底的に発動している副脳蟲達が、特に【画楽隊】という名の"脳髄集合体"による致命的な【空間】魔法の発動を抑え込んでいるとはいえ――【転移】事故の影響が少ない【歪曲】系の術式までは相殺しきれない。
走狗蟲の脚が断ち飛ばされ、戦線獣の剛腕が抉り折られる。攫おうと頭上から急降下飛来した遊拐小鳥が弾き飛ばされ、歪められた空間によって隠身蛇の鎌刃が空を切るなど、損耗もまた発生している。
だが、それでも引きずり込まれ出現させられた場所が、デェイールが想像した以上に「最悪」であった。
いかな精強な精鋭部隊であっても、その実力を十全に発揮できない場で、せめて抵抗し対抗するための即席体制構築の準備時間すら無い中で乱戦に持ち込まれれば、形勢を覆すことは至難に等しい。
片や、自らを守るので精一杯の魔法兵のフレンドリーファイアに巻き込まれた"才無し"が斃れていく中。
片や、絞首蛇ゼータ、風斬り燕イータ、八肢鮫シータら『三連星』までもが加わったエイリアン群は、逆に被害を著しく低減させることができていた。
致命傷が重傷に、重傷が軽傷に、軽傷がかすり傷に。
首を飛ばされるか致命の一撃さえ受けなければ――流石に頭部を歪め割られた個体は即死だが――引っ張り戻された個体は即座に、控えていた『救護班』の労役蟲達の【凝固液】によって離断面を止血・応急処置されて後方に撤収していくのである。
そして入れ替わるように、攻撃の激しさと密度を緩める気は無い、とばかりに新手の集団がそこに飛び込む。
表裏走狗蟲達を率いたジェミニ&ゼイモントとヤヌス&メルドットが、その生命の容赦の無さを体現したかの如き「エイリアン」という存在の、それを初めて見た者の感情中に惹起する冒涜性を『人間』にまで及ばせた裏返りを見せつけながら。
「せめて叫びながら逝け。恐怖が少しは紛れるだろうよ!」
「こうなってしまっては"雲上"人の軍勢でも脆いか。旦那様が腐心して仕込まれたわけだなぁ」
――斯くの如く、デェイールがユーリルに釘付けにされている間。
時間だけが過ぎて【画楽隊】はさらに1割、また1割と着実に【亜空】の内側で潰れていく。
彼らさえ、健在であれば、例えば"兵装"がなくとも【歪みの法衣】によって、このような爪や牙といった直接的かつ物理的かつ暴力的な破壊からはほとんど無傷でいることができたであろうに。
「き、貴様らも……『人間』じゃ、ないのか? どうして"魔獣"に……何故……!?」
歪み捩れ飛ばされることを厭わず、数体の走狗蟲がほとんど自爆覚悟で抑え込んだ魔法兵の喉をジェミニ&ゼイモントの足爪が掻っ切る。
何のことはない、リュグルソゥム家が小醜鬼の形成不全を利用して行った「フィードバック」と同じである。
エイリアン達はたとえ負傷し、絶命するとも、決して「只で」屠られることはない。
その受けたあらゆる感覚が、オーマ直下の副脳蟲達のそのまた直下の副脳蟲達に集約され、統合されており――数合の中で、十数秒から長くても分の戦闘の中で、たった30名であれば、個々の兵士達の【空間】魔法の技量が測られてしまったに過ぎない。
「今のところ『お前達』と『我ら』は相容れないからなぁ。こっちを通すためにどいてもらわないといけない」
「偉大なる旦那様の望みを叶えるために、な。必死なのは、こちらだって同じことだよ。付く者を間違えた、ということだな」
故に、一部の走狗蟲達が自爆覚悟で特攻することで、本命の一撃を与える者にまで【歪曲】の力が届かぬ"間合い"が次々に突かれ、デェイールの「支持者」達が致命打を与えられていく。
元人間として、顔は当然知らずとも、かなり広い意味では「同じ組織」に所属していた者同士のよしみとしてか、はたまたエイリアンと混じって変容した精神性の中に残存した人間性からのものであるか、ジェミニとヤヌスは淡々と処理を行っていく。
それでも、より激しい抵抗の可能性を想定した"備え"もあったが――瘴気走狗蟲の投入であるとか、魔法戦に備えた『ゴブ皮魔法陣の利用』であるとか――これに頼るまでもなく、戦いは蹂躙を通り越した、ただの"処理"となりつつあった。
数体の戦線獣が戦闘不能となり、十数体の走狗蟲が戦死し、数十が重軽傷を負ったが、ただそれだけで終わりである。
【エイリアン使い】オーマが、その"2番煎じ"を"4番煎じ"によって覆い隠したことの効果が現れたのは、まさにこの点においてであった。
デェイールにとって、敵地における【騙し絵】家部隊の運用は【画楽隊】の存在を前提としたものであった。
だが――もしもこの"脳力"対決が『魔石鉱山』で早々に行われていた場合、不利を悟った【騙し絵】家と追討隊は早々に撤退するか、さもなくば【人世】にあって制約されていない【転移】魔法による更なる本格的な増援を呼び寄せることを判断できていただろう。
同様に、『魔石鉱山』を【闇世】と誤認させる――各種の属性障壁茸を利用して「属性バランスの不均衡」を演出してまで――という仕込みを行わず、最初からユーリルのように【闇世】に即招き入れていれば、これもまた、早期に撤退の判断をされていたことだろう。
敵はリュグルソゥム家である――。
厄介な力を得てはいても、対応可能である――。
【エイリアン使い】オーマにとっては、これはむしろ最初から思考を誘導することに腐心した甲斐があったと言える、その当然の帰結である。
だが、それは駒として「デェイールの目に留まった」者達の運命についての話。
デェイールを始めとした、他の戦闘魔導師――『長女国』の魔導貴族家の直系の係累達――は、片や得体のしれぬ悦楽によってか、片や己が身に課されそして背負うもののために、激烈なる抵抗を繰り広げる。





