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0175 対【騙し絵】家戦~【領域】の戦い(4)

1/30 …… 【空間】魔法の描写に関してさらに修正

1/15 …… 【空間】魔法の描写などに関して大幅に加筆修正

10/2 …… 状況描写を少し追加

 片や、リュグルソゥム一家と示し合わされ、調整され尽くしたタイミングで、副脳蟲(ブレイン)達による迷宮領主(ダンジョンマスター)技能(スキル)【領域定義】の代理(・・)行使が成される。


 【空間】魔法側から見れば、その源流(・・)とでも呼ぶべき力が押し寄せてくるのに対し、【騙し絵】家侯子デェイールが切った鬼札こそは【画楽隊】と呼称される"装置"であった。


 サイコロをあしらった小さな六面体の首飾りに仕込まれた、彼個人専用の【亜空】の内側から、まるで様々な楽器がかき鳴らされるかの如く。

 空間の揺らぎそのものが景色や視覚さえをも撹拌してとりどりの色彩に分離させ遷移(グラデート)させたかのような、何重、という言葉ではとても表現したりない幾層幾重もの【空間】魔法が波動となって吐き出されたのである。


 迷宮(ダンジョン)側から見れば、その末裔(・・)とでも呼ぶべき力が奔流となって瞬時に"集積地点"の部屋を満たす、だけではない。

 ざぁぁと、部屋の壁際で、さながら発動される属性の色見装置とでもなっていた鉱石達の魔力の輝きを『(から)』の色に染め上げながら、この広間に通じていた十数の坑道の1本1本に、視覚化された衝撃波の如く広がっていったのである。


 斯くして「源流」たる力と「末裔」たる力が激しくぶつかり合い――迷宮領主(ダンジョンマスター)の権能において最も基礎的にして根幹的な力の一つであるところの【領域定義】は、押し返され(・・・・・)たのであった。


「はははははっ! 見たか、紛い者ども! どうした、お前達の"援軍"はどうした!?」


 デェイールの高らかなる哄笑が奔流に乗ったかのように、【空間】を越えて、その場にいる者もそしてその場を見ている(・・・・)者の元にも同時に届いた(よう)


 と同時に、仮面を被った『廃絵の具』が、まるで色彩の使者の如く。

 デェイールを支持する【騙し絵】家の家人達が、種々の魔導の武具をまとい携えて、次々にその場に出現する。【亜空】内に設置された【転移門(ポータル)】の向こう側、【騙し絵】家の本領内の拠点にこの日のために集っていた彼らは、既に何日も前から【イセンネッシャの画層捲り】を準備しており――まるで坑道の、洞窟の壁のシミから、色も形も認識さえもが()み出してきたかのように人型となり、その場に整然と出現。


 『廃絵の具』の精鋭達と合わせて、合計30名にも近い戦闘魔導師(バトルメイジ)と、"才無し"とはいえ、魔導具の取り扱いに習熟し、また(おとり)肉盾(かべ)となりながらも何年も生き延び続けることで"魔導師(才有り)"達の支援に長けるようになった、熟練の兵卒・卒長・下士官達から成る戦士団が出現したのであった。


「何度試しても無駄だ! たかだか"亜人"が数体か、十数体集まったところで【画楽隊】の計算(・・)能力には勝てない! お前達の"復讐"という悪夢はここで潰える!」


 二度、三度、四度と再び押し寄せられる【領域】を、そのたびに、【画楽隊】と呼ばれる存在がその何倍もの密度(・・)の【空間】魔法の障壁によって押し返す(・・・・)

 リュグルソゥム家の残党達が、この事態を察知するにあたり、明らかにその連携と攻勢の精彩が欠け始めた様子をデェイールも、そして他の者達も見逃さなかった。彼らは、明らかに守勢に傾いていたのである。


 ここに【領域定義】は封じられ、新たなる小醜鬼(ゴブリン)や、その他の使役される【闇世】生物。そして何より異星窟の眷属(エイリアン)達の"出現"は、阻害された。

 『廃絵の具』と【騙し絵】家の"援軍"の出現に合わせて、【転移】事故(同じ手)を引き起こそうなど。4度も同じ茶を煎じようなどというのは、強欲を通り越して愚鈍の烙印が押されるべきものである。


「逃しはしない。備えてきた備えが全部無駄骨になってどぶの中に沈んでいくのを悔いながら、朽ち果てるといいさ!」


 ただ、それはデェイールが望んだような【転移】事故返し(・・)という形までは取らなかった。それが故に、そのことへの僅かな苛立ちと共にデェイールは殊更に己が優位に立ったことを誇示すべく哄笑したが――しかし、形勢と趨勢を一気に自分達の側に傾けるには充分過ぎるほどの一手である。


 今や完全にリュグルソゥム家の残党は、己が拠点と頼んでいた場にありながら重囲され、幽閉された。【空間】は完全に【騙し絵】家の掌握するところとなり――ただ嬲り殺しにされるを待つ生贄でしかないのである。


 デェイールは完全に、リュグルソゥム家に対しても、そしてツェリマに対する「後継競争」においても、己の勝利を確信していた。



 だが――。



「本当に、嗤ってしまうぐらい、おめでたいのですね。【騙し絵】家侯子デェイールさん?」


 水を差すようなくすくす笑いが四重に響いた。


「まぁ、でも、"秘密兵器"の存在はちょっと予想外だったけどさ! 確かに僕達だけ(・・・・)じゃ、相当手こずったかもね~」


()の中に捕らえられたのは、残念だけど、そっちなんだよね。だって、」


「いつから、ここが【闇世(・・)だと思いこんでいた(・・・・・・・・・)?」


 囁き笑い、ひそひそ笑い、くつくつ笑い、けらけら笑い。

 四重に響くリュグルソゥム家のささやかなる笑みの重唱は、【画楽隊】と称された「それ」が放つ、変遷隔絶せる色彩の凄絶さと比べれば、吹けば飛ぶほどでしかない、嵐の中で蝶が羽ばたくようなものでしかないほどの、悪あがきにすらならない実に実にささやかなる(さえず)りであったことだろう。


 ――だが、まるで全てがその瞬間に停止したかのような、侵入者達にとっては、不吉なる凶兆を孕んだ宣告そのものであった。


 そして遠い遠い地響きのような、天井も、地面も、岩壁も、魔力の光も部屋内に充満した【空間】魔法もその全てが震わされるかのような振動が、上下左右ありとあらゆる方角から、都市が一つ音を立てて全ての石壁が崩れ去る予兆かのような百千の破砕音と共に、360度全方位(・・・・・・・)から同時に響き渡ってくる。


 だが、デェイールが、ツェリマが目を見開き、グストルフがくつくつと嗤い、トリィシーが驚愕に煙管を落とす頃には、全てが手遅れなのであった。


   ***


 【盟約】により、たとえ最上位の魔導貴族たる頭顱侯であっても――それも"裂け目"に執着を見せる【騙し絵】家ですらも、軽々しくは【闇世】を訪れることができないことを、俺はリュグルソゥム一家から聞き知っていた。

 つまり彼らは、実際に訪れるまでは、書物や記録上の知識でしか【闇世】の空気(・・)を知らない。


 【空間】魔法などという、遠方から「援軍」を送り込むことを十八番(おはこ)とすることなど容易に想像できる連中を迎え撃つに当たって、俺が最も警戒したのが「討ち漏らして情報を持ち帰られること」である。

 だから、馬鹿正直に【闇世】にそのまま侵入させて――【騙し絵】式の【転移】魔法が通じない(・・・・)と気づかせるわけにはいかなかった。


 最初から、連中の「援軍」込みで戦場に投入させること。

 然る後に、本当に(・・・)【闇世】に引きずり込むこと。


 ――"これ"は、そのための罠である。


 ゴブ皮魔法陣による廉価版の【イセンネッシャの画層捲り】によって"裂け目"の【人世】側の出口を包んだ(・・・)のは、このためであったのだ。

 野営地群を拠点に次々に訪れる流民達を――ある者は【画層捲り】によって本当の『魔石鉱山』に通し、またある者は"裂け目"に触れさせて【闇世】側の『偽魔石鉱山』に通したのは、まさに、【空間】魔法の大家を自認するイセンネッシャ家の侵入者達をこそ騙す(・・)ための"勘所"を掴むための盛大な実験を兼ねていたのである。


 その意味では、吸血種(ヴァンパイア)の少年ユーリルもまた『魔石鉱山』の側に誘引するはずだったのだが、寸前で「リシュリー」などと呟いたもんだから、『偽魔石鉱山』に招待したということに過ぎない。


 ――"これ"は、その成果である。


 【闇世】を訪れるという意思を持った彼らを、ゴブ皮魔法陣を一種の燃料として【領域】の力によって再現した【画層捲り】により『魔石鉱山』へ送り込んだ。

 【騙し絵】式と異なる機序であるからこそ、彼らは違和感を持てなかっただろう。リュグルソゥム家が学習していることまでは想定できても、学習されているが故にそれは【騙し絵】式のコピー(・・・・)であるべきという先入観からは逃れられない。


 "裂け目"を通る感覚と、【領域】の力を使った"画層捲りもどき"の感覚を誤認したのである。

 そうしてまんまと【闇世】のつもりで――魔素と命素の仄光を偽装もしたが――『魔石鉱山』の奥深く、目標地点まで誘引。リュグルソゥム家という最上の(エサ)を出撃させ、追い詰めたと確信させて「援軍」を吐き出させ。


 真に【騙し絵】家をその"悲願"の地にお招き(拉致)するための、俺の本命の仕掛けが作動する。


「4番煎じでカモフラージュ(・・・・・・・)した"2番煎じ"が、見事に決まったようだな?」


≪見事に、ですな。まさかここまで上手く行くとは……≫


 副脳蟲(ぷるきゅぴ)に任せた『魔獣心太(ところてん)ジグソーパズル』の再建作業で、武装信徒が1名、どうしても「指が1本」見つからない、という報告は既に受けていた。

 加えて、優先的に「再建」させたその遺骸を分析したところ、墨法師達とは異なる新しいパターンではあったが――『緊急回収(フェイルセーフ)』の術式であることはリュグルソゥム家が看破済みであった。


 ――流石に、【空間】魔法に【領域定義】をぶつけて【転移】事故を引き起こす戦術を3度もやられれば、対策をしてくることはわかっていたのだ。

 だが、策士が策に溺れるのは、相手の必勝手段を破る対抗手段が成就した、と思い込むその瞬間にある。


 だから、俺は最初からこの"2番煎じ"の方を本命としており、そこに誘引するためにこそ、『魔石鉱山』の方に【騙し絵】家&追討隊の連合を招き入れたのであった。


≪きゅぴぃ。造物主様(マスター)の突貫工事さんの指示さんはいつものことだけど、最初に聞いた時はお耳さんが歌いたがったのだきゅぴぃ≫


≪も、もう一度(・・・・)『ハンベルス鉱山支部』さんを『球形魔法陣』さんで囲め、だなんてねー……≫


 寄生小蟲(センシズリーチャー)母胎蟲(パラサイトマザー)越しではない、リアルタイムかつ直接の情報として副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもの【共鳴心域】を通して伝わってくる。

 それがさらに副脳蟲(ぷるきゅぴ)達によってフィルタリングされ、まるで俺自身がその場(・・・)を見下ろしているかの如くに、『性能評価室』と『大陥穽』が接続された"殺し間"に【転移】させられた【騙し絵】家の戦士達の動揺がありありと伝わってくるかのようであった。


 それが【領域】を起源とするならば――【騙し絵】式という形で【空間】魔法を頭顱侯の条件たる「秘匿技術」にまで昇華させた本家本元(・・・・)である以上、イセンネッシャ家によって【転移】事故はいずれ対策される可能性は、想定していた。

 例の武装信徒の"指1本"が回収されていなくとも、それこそ競合するプログラムの干渉部分のソースを書き換えるようにして、【騙し絵】家の本家の魔術師であれば、対応してのけることはできたであろう。


 故に、俺が狙ったのは地泳蚯蚓(アースワーム)による『球形魔法陣』の"2番煎じ"であったのだ。


 かつて、夢追いコンビの2元老人が取り仕切っていた『ハンベルス鉱山支部』を、丸ごと『魔石鉱山』に変えた。

 その際に、作戦前段階では、支部内から【騙し絵】家への『緊急回収(フェイルセーフ)』を阻止するため。そして後段階では、支部全体を直接『魔石鉱山』という、嘘から出た真に変貌させるための巨大な【空間】魔法の発動のため。


 『ハンベルス鉱山支部』戦の要であった、地泳蚯蚓(アースワーム)達による『球形魔法陣』を再利用したのである。


「旦那様が、【異星窟(我々)】が【転移】事故現象を会得した、という情報そのものは重要ではなかった……!」


「それを、ここまで大規模に(・・・・)発動させる力があるということそのものが……! イセンネッシャ家から騙し(・・)おおせたが故の勝利ということでしたか……!」


 再び発動された『球形魔法陣』が巨大な【空間】的な爆縮を引き起こす。

 と同時に、"裂け目"の接ぎ木(上書き)によってデェイール達がいる中央に――【領域】に満たされた『魔石鉱山』の最奥の誘導目標地点に――出現。


 急激に凝縮された『球形魔法陣』と"裂け目"の『座標』が入り混じり合い、瞬間的に"裂け目"がその部屋を満たすかのように急膨張。

 銀色の水面が、さながら坑道に生じた毒ガスの入道雲の如く、ありとあらゆる視界を塗り潰し――。


「「【闇世】へようこそ」」


 リュグルソゥム兄妹によって告げられた"言葉"によって、その意識が誘導(・・)される。

 この瞬間、その場の誰もが――否、【空間】魔法を切り捨て(・・・・)た者がいるが、その者を除いたほぼ全員が強制的に"裂け目"の銀色の飛沫に触れ、【闇世】へ往くという「認識」を持っていたがために。


 いわば『魔石鉱山』のその一室(・・・・)ごと、この俺の迷宮(ダンジョン)へと【闇世】落ち。

 【闇世】側の"裂け目"に次々と出現した連中が、さらに足元で既に発動済であった『人皮』による方の【イセンネッシャの画層捲り】に巻き込まれ――このためだけに【領域】を外すことで"転移事故"を起きさせぬようにしていた――『偽魔石鉱山』という名の"殺し間"に【転移】させることと相成ったのであった。


「……【剣魔】デウフォンを取り逃がしたのは想定外だな。お前達でも知らない"力"だったんだな?」


≪申し訳ありません、オーマ様。【歪夢】の"兵隊蜂"も共に難を逃れたようです。よもや【空間】魔法が斬られる(・・・・)などとは、予想することができませんでした≫


≪今から俺がそちら(・・・)へ行って狩ってくるか? 主殿≫


「……いいや、タイミングが悪すぎる。"侵入者"達を始末したら、すぐに次の(・・)作戦行動が控えているからな。お前とル・ベリは、引き続き、作戦通り(・・・・)にしろ」


≪御意のままに≫


≪了解だ≫


 この世界(シースーア)に来たばかりの俺と比べて、実に200年分もの歴史を持つリュグルソゥム家の"知識"をして、【魔剣】のフィーズケール家にそのような「力」があると知られていなかったならば、【剣魔】デウフォンと【罪花】のトリィシーを取り逃がしたことは痛いが仕方の無いことだろう。


 だが、そういう力があるとわかった以上、デウフォンに「次」は無い。


 俺はそのまま『魔石鉱山』側の方で待機している鉱夫労役蟲(マインレイバー)達に、今回のこの"2番煎じ"のために掘り抜かせていた坑道群を崩落させる指示だけ下す。その程度でこの両名が生き埋めになって死ぬタマとは微塵も思わないが、数日から数週間程度は足を止めることはできるだろう。


 ――その他の者達に関しては、今や完全なる袋の鼠であった。

 グストルフ、サイドゥラ、『廃絵の具』に【騙し絵】家本家から呼び寄せられた家人達である。


 【血と涙の団】の団長の死骸を。吸血種(ヴァンパイア)ユーリルを。

 そして侵入させた【人攫い教団】の武装信徒達を運び手(キャリアー)として本家の【画層捲り】を仕込んでいた手管あらば、必ず、同じような効果を引き起こすことのできる「魔導具」を"装備"しているだろうと踏んでいた。

 つまり『座標』への干渉能力を持つものを、である。

 そしてそれが相手ならば――【領域定義】の力が押し付けるように制圧する【領域】全体において、それらは最初から不発を運命づけられていると言えた。


「よほど『廃絵の具』の持ち運び(・・・・)を見せつけたかったんだろ。デェイールの失態は、【空間】魔法以外のフォローアップ手段を用意しなかったことだ。遠くから【感知】魔法だかで自分達を監視させる手下を配置していただけで――デウフォンみたいに一人か二人は【人世】に残せたかもしれなかったな。【空間】魔法が使える術者を、な」


 不可思議には思わなかったのだろう。

 奇妙であるとは思えなかったのだろう。


 【闇世】とかいう、神話の時代から敵対しているはずの「世界」に入り込んだにも関わらず――【人世】側の【騙し絵】家本家との【空間】魔法による接続が維持されている、ということに彼らはついに違和感を持てなかった。


 そのための知識が欠けていた。

 リュグルソゥム家こそが"黒幕"であると誤認していたがために。

 あくまでも同じ魔導貴族同士の発想において、その土俵で思考し、対策と、対策の対策への対抗手段を用意して、それで読み勝ったと自認していたが故の陥落である。


 なにせ『魔石鉱山』に張り巡らせた【領域】もまた、全て、デェイールかツェリマに【空間】魔法で相殺させるための鳴子であると同時に、そこが【闇世】であると誤認させ、さらに(・・・)、【空間】魔法で対処可能であると思い込ませるための囮であったのだから。


≪きゅっきゅぴぃ! また【空間】魔法さんの大合唱(・・・)がやってきたのだきゅぴぃ!≫


「捻り潰せ。できるだろう? 副脳蟲(お前達)なら」


 ダリドや副脳蟲(ぷるきゅぴ)ども曰く、デェイールが【画楽隊】と言っていた"秘密兵器"の存在は、確かに多少想定外であった。

 分析するに――まるで数十人(・・・)分の【空間】魔法が「同時」かつ「連携」して「並列」的に実行されてきており、明らかに俺の【領域】に対する"相殺"速度が予想を上回っていたからである。


 だが、それだけだ。

 超常や、魔法などの存在があるため、一概に単純比較することはできないが、副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもは単純な"脳力"で言えば1体1体が生身の人間十数人分にも迫る。なぜなら、彼らはそのため(・・・・)に生み出され、その役割を担うために進化し変異変態した俺の眷属(エイリアン)なのだから。


 たかだか(・・・・)数十人分「程度」の詠唱によって、覆される差では、ない。


≪いやっはぁ! 僕達の脳みそさんをフル回転だぁ!≫


≪あはは、なーんかその【画楽隊】さんって、あはは! 似た匂い(・・・・)さんを感じるなぁ? あはは≫


 副脳蟲(ぷるきゅぴ)達が小さなコンロと化したかのような知恵熱を一斉に発し始め、ほとんど秒レベルで【画楽隊】とやらが発する【空間】魔法が【領域定義】の代理行使によって文字通りに押し潰される。

 なおも二度、三度、四度とがなり立てるように騒々しい「合唱」が試みられるが――【人世】で鳴子用に使っていた、相殺されることが前提の【領域】とは違う。


 ここは【闇世】で、迷宮領主(ダンジョンマスター)たるこの俺の迷宮(ダンジョン)の【領域】なのだ。

 【領域】という形を取ることができず、あくまでも【空間】魔法という形でしか(・・・・・・・)抵抗できない時点で、【騙し絵】家は【領域】戦というフィールドでは完全なる敗北を喫している。


 そしてその意味するところは、更なる【人世】からの"援軍"を望むことはできない、ということである。

 装備している【転移門(ポータル)】から、強引にでも追加で呼び寄せようとすれば――副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもが≪きゅおおお! 1秒間に16回連続発動さんんんん!≫などと無駄に張り切っている【領域定義】に即座に塗り潰され、その瞬間にも【転移】事故が、下手をすれば【転移門(ポータル)】ごとそれ越しに【騙し絵】家本家にすら連鎖的に起きかねない。


 デェイールも、流石にそれはわかっているのであろう。

 新たな戦闘魔導師(バトルメイジ)や、兵器なり、それこそ設置型の「魔法陣」なりといったリュグルソゥム家が全て事前に想定していた「援軍」が追加される気配は全く無い。


 死地に叩き込まれたのだ、という悲壮感が瞬く間に伝染し、蔓延していく。

 もはや【空間】魔法の優位性は、完全に失われたことは明々白々に突きつけられた事実であった。


「だから、言っただろ。"ただのカモ"だって」


 ――【領域】に対抗し得るのは【領域】のみなのだ。

 この点だけが、気がかりであった。


 すなわち、仮にイセンネッシャ家の始祖たる『画狂』殿が元迷宮領主(ダンジョンマスター)か、その力の一部を引き継いだ従徒(スクワイア)であったとして――果たして【騙し絵】家は【領域】を定義する権能を有しているのか否か、ということ。

 否である(・・・・)、とリュグルソゥム家の知識から推測はしていたが、しかし、この点が賭けではあった。


≪我が君。我が子らの"仮説"によれば、あの【画楽隊】なる存在の正体は――≫


   ***


 全ては最悪の一言に尽きた。


 リュグルソゥム家の仕掛けではなかったのだ。

 この悪夢の復讐者どもをすら従えてしまった何者か(黒幕)が狙っていたであろう【転移】事故を阻止したのは予定通りである。そのために、わざと『廃絵の具』と本家の手下達を【亜空】の向こう側に待機させ、呼び出すタイミングを狙わせたのであるから。


 だが――【画楽隊】が押し負ける(・・・・・)ことなど想像の埒外である。


(1割が破裂した(死んだ)、だと……? 馬鹿な、そんな馬鹿なことが、あるのか……? 【騙し絵】家の【画楽隊】だぞ……ッッ!? 大婆様が育て上げた……おのれッッ……)


 動揺する【騙し絵】家の戦士達を尻目に、この危機をむしろとことん愉しむかのような様子でグストルフが哄笑し、一人でリュグルソゥム一家4名を相手取る。

 サイドゥラがその支援に付き合わされており、普通に考えれば畳み掛ける好機なのであるが――押し寄せる【領域】の力が、先程までの空間とは全く、根本から密度も濃度も勢いすらも異なった津波の如くなのである。そのような怒涛波濤の勢いの【領域】をなんとか押し留めようと、デェイールも、ツェリマも、『廃絵の具』も、"援軍"の者達も誰もが【空間】魔法をがむしゃらに展開していた。


 全てが悪手となっていた。

 特に、本家から呼び寄せた手下達が、様々な【空間】魔法の"兵装"やら"魔法陣"やらで重武装した状態で出現したことが、最悪だったのである。


 ――このまま押し負ければ(・・・・・)、押し寄せてきた【領域】の力が、この場から一時的に【空間】魔法の力を歪めて消し飛ばして爆散させるだろう。


 術者が自ら発動する【歪み】系列の魔法はまだマシである。

 その本質は「座標」ではなく拡張や変形であることから、発動の大元は本人が握ることができる。術式の「計算」の側面からも、仮に狂ったとしてもその"調整"はほとんど技術レベルで対応可能な範疇に収まるのであるから。相殺されども、致命的なる【転移事故】に至るものではないのである。


 だが、外側から付呪したり、編み込んだり焼き付けたり刻みつけて構築した【空間】魔法の"兵装"や"魔法陣"達は、そうではない。


 ――茶番であるとはいえ、しかし、近い将来に父ドリィドから地位を受け継いだ暁には自身の手足となるべき支持者達が無惨に【空間】魔法的な意味で爆散(・・)することを嫌って、デェイールはこの押し寄せる【領域】に対する迎撃指示を【画楽隊】に対して、出した。出してしまった。


 まさか、数十人分もの(・・・・・・)魔法使いの(・・・・・)"()"を【空間】魔法医学的に融合・癒合させたる、【空間】魔法を多重発動させ、しかもその1つ1つの【空間】魔法同士が干渉し合わないように「計算」することをこそその存在意義とした、生ける魔導装置とすら呼ぶべき【画楽隊】が。


 純粋純然たる「計算速度」によって真正面から押し負ける(・・・・・)などという事態を、デェイールは全く想定することはできなかったのだ。


 ――負荷に耐えきれず、この【領域】との(・・)戦いとも呼べる魔法戦の"初撃"だけで、50余名から成る巨大融合脳髄型魔導装置【画楽隊】の1割が壊死と崩壊に追い込まれるなど。


 そして。

 巨人を生きたまま残虐に屠殺した際に聞いたような、喉奥のそこから、腹の底から、まるでこの――【転移】させられた巨大な洞窟全体そのものを腸としたかのような、ありとあらゆる生体組織が狂おしいまでに鳴動させられたかのような【おぞましき絶叫】が、業々(ごうごう)と周囲一帯から鳴り響き渡る。


「よぉ、デェイール。また会ったよな……今度は、僕の番だ。覚悟しとけよ」


 臓物が形を為して蠢くかのような気配が、洞窟全体が一個の狂獣と化したかのように、ざぁぁと、実際の物理的な形跡以前に肌に感ぜられる生物の生得的なる危険本能の顕現として、デェイール達の全身の皮膚を粟立たせ総毛立たせた。

 そしてその最中、【闇】の狭間から声が投げかけられる。


「――血だるまの化け物め。どうしてここにいる(・・・・・・・・・)? お前達【血の影法師(ブラッドシャドウ)】の【闇】属性の技など……いや、そうか」


 挑発に対する怒りと、そしてそれ以上の困惑を滲ませるデェイール。

 しかし、実際のところ彼は――既に「何が起きたか」については直感的に察することはできていた。彼が【騙し絵】のイセンネッシャ家の"正嫡"であるが故に。


 何故、『関所街ナーレフ』で"梟"と会っていたはずの吸血種(ヴァンパイア)が、時を置くことすらなく、そして【空間】魔法の大家たるイセンネッシャ家に察知されることもなく【闇世】で"敵"として堂々とその姿を晒したかなど、答えはただ一つしかあり得ない。


「そうさ、【闇】じゃない。俺の力じゃないぜ? ――【空間】属性の(お前達の得意な)"技"で、特急で会いに来てやったんだ」


「名実一致だな。【闇世】に堕ちたか? 【闇】から生まれた"化け物"め」


「はっはっは! "若"様は相変わらず豪胆だなぁ」


「ある意味、気兼ねなくやれるというものだな」


 ――投げかけられる声は吸血種(ヴァンパイア)だけではない。

 見覚えの無い、しかし、どこかで見覚えのある【人世】出身者と思われる存在がどこからともなく現れ――。


「馬鹿な。貴様らまさか……ゼイモントに、メルドット、だと?」


 デェイールよりも先にその"正体"にツェリマが気づく。

 それを聞いて、デェイールは自身の笑みが引きつっていくことを――怒りか、はたまた狂気か――自覚する。


「その姿……"死"を偽装しただけではなく、まさか若返り(・・・)、だと? 【聖戦】家も【悪喰】家もそこ(・・)まで至ってはいないのを、お前達が?」


 それもまた、リュグルソゥム家がやった……ということにしたのか? という喉元まで浮かび上がった自嘲に近い皮肉を、デェイールはすぐに噛み潰し、血の混じった唾と共に吐き捨てた。

 姉上ェェ(ツェリマ)は未だ、その可能性(・・・・・)を否定する材料を探して逡巡しているようであったが……もはや、事ここに至った限りは、認める他は無かった。


「いるんだろう? 【魔人】」


 【騙し絵】家を罠にかけた存在が、リュグルソゥム家などではないということを。

 ……だが。


「見ていないで、ご尊顔を拝謁させてはくれないか? これでも、一国の高家の係累なんだ、はははははっ」


 ――なんという、不運であろう。

 ――なんという、悪運であろう。


 デェイールはむしろ高揚するような嘆きが全身を貫くのを感じていた。

 よりにもよって、この己が……未だ当主の地位に至れぬこのタイミングで、【魔人】が【人世】に現れるなどとは。


「国はおろか、世界までをも売り渡したな? リュグルソゥム、叛逆者どもめ。貴様らを討ち漏らしたことを心底残念に思う」


 きっとやろうと思えば【妨害】することもできたのであろうが、絶望を見せつけることを意図したに違いない。デェイールが放った【生命】感知の魔法があっさりと周囲一帯に通る(・・)


 そこには――百や二百では効かないほどの、夥しいまでの、今か今かとこの『殺し間』に討ち入ることを備えている、蠢く"獣"か、はたまた"蟲"の如き【おぞましき】者達の気配で充満しきっていた。

 血に飢えたる、狂乱せる、しかし【騙し絵】家の"鹵獲魔獣(児戯)"とは異なり――本当の意味で、正しく「統率」されたる【闇世】の"眷属"達に、相違なかった。


 ――そして【領域】が渦巻く。

 【空間】魔法のようでいて、似て非なる、皮肉なることにそれこそが【空間】そのものの"本家本元(・・・・)"たる力であると、知識からも、そして己の身に流れるイセンネッシャ家の血族としての血からも、本能的に悟らされる、そのような【領域】の魔法とでも呼称するしかない力が――周囲一帯を星々のように青と白の仄光で覆う洞窟内の妖しく淡い輝きの中で魔力が集積。


 果たして、そこに現れたるは、おぞましき狂獣にして凶獣としか表現のできない迷宮の眷属(ばけもの)どもを従えた、異装の青年であった。


「"珍獣売り"オーマ。やはり……お前だったのか」


 【空間】魔法が著しく制約されており、【筆遊び】によってやり取りをする余裕など無い。

 だが、伊達に同じ血を分けた血族ではないということか、ツェリマもまた同じ結論までは至っていたようであり、苦々しく呟いたのであった。


 【魔人】の到来を見て取り、グストルフとサイドゥラが一時撤退して、【騙し絵】家の一行にまで合流する。だが、死地にいるというのに、片方は酷く愉しそうであり、もう片方は、まるで自分自身が死ぬことなど大した問題は無いと達観しているかのような醒めた表情であった。


 既にデェイールは【画楽隊】による"抵抗"を中断させ、本家部隊に全ての【空間】魔法の"兵装"を破棄させている。


 ――もはや逃げることはできない。

 ――だが、だからどうだと言うのか。


 デェイールはますます笑みを引きつらせつつ、自身でも目が血走っていく感触を自覚できていた。


 彼もツェリマもまた、覚悟を固めていたのだ。


「久しぶり。そして、初めまして。【人世】からの珍しいお客様方、この迷宮(ダンジョン)の主【エイリアン使い】オーマだ。短い間かもしれないが、よろしく(・・・・)な」


 逃げられないならば死あるのみ。

 生きて還れないならば――如何にして【情報】を、本家に遺すかのみであると。

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― 新着の感想 ―
[一言] ぷるきゅぴの方が強いのもそうだけど 領域の方が空間魔法より負担が軽そうなんだよな 空間魔法は領域戦のない人世の限られた環境だから強かった感 絵画使いまでいかないと闇世に通用するレベルの空間…
[良い点] 画楽隊、よくもまあ恐ろしいことばかり思いつきますね… 空間的に脳を接続癒合、脳外科技術は現代より進んでそう うまくやれば皆哲並の精神的連携が可能なのかもしれない ただ、リュグルソゥムも時間…
[一言] すごい面白かった この一話でデェイールさんも好きになったし、たぶん他の人達もこんなにも魅力的なんだろうなって 色々な人の視点で観られる、視点切り替えが本当にありがたいです 魔法技術の産物も…
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