0174 対【騙し絵】家戦~【領域】の戦い(3)[視点:皆哲]
11/11 …… "装備品"に関する描写を微加筆
ゆらり、と。
魔力が淡い光となって星々の薄暮の如く照らす中。
そこは、どの叉路を通っても、結局は合流するように形成された坑道の"集積地点"である。そこに、それこそ酒場の門を開けて姿を表すとでもいった気軽さで――姿を現した自分達に、【騙し絵】家の姉弟とその他追討隊の4名が軽く瞠目していることがわかり、ルクは苦笑した。
自らの隣に並び、まるで手を取り合うように軽くお互いの片手を握りあって掲げたミシェールと共に、リュグルソゥム家の「残党」として。
自分達を捕らえるか殺すかしたくて堪らず、こんなところまで侵入してきた相手に対して、その姿を晒したのだ。
6名がそれぞれに目線だけ動かして合図しあったか。
油断なくこちらの動きを見ながら、相互に距離を取り、隊形が象られていく。
一見、金糸雀さえも眠っているであろうほどに、穏やかで不気味なほどの静けさの中、"集積地点"の反対側から反対側までという距離であるにも関わらず、地面をこする靴の音までもが聞こえてくるかのようである。
だが、静かであるのは「環境音」のみ。
既にその裏では、対戦闘魔導師戦におけるあらゆる可能性が想定された応酬が始まっている。
各属性の"罠"を警戒した【感知】魔法が乱れ飛び、そしてそれが次々に、これまた予め仕掛けておいた【妨害】魔法や【対抗】魔法によって迎撃されるのである。
そうした走査魔法と妨害魔法同士の「対抗状況」を互いにフィードバックし、そこからさらに選択肢が多彩化する。一点突破を狙うか、それとも陽動を入れつつ弱点を探すか。
戦闘魔導師同士の争い、あるいは魔法や魔法類似の力を扱う者同士の戦いにおいて、強化や弱化や、一定の条件を元に発動する"罠"の存在は戦局に大きな影響を与える。
こうした"魔力戦"における【情報戦】のフェーズは、それ自体をブラフとしていきなり仕掛けるという意味での"奇襲"戦術であるとしても、そのものは避けることができない。
その清冽なる激しさを表すかのように、音としては表現されえぬ魔素と魔力と属性同士の奔流が激しくぶつかりあっていることを仄めかすかの如く、坑道の壁面に浮き出た魔力の光が激しく明滅し、あるいは色を変ずる。
――そうした視覚的な情報もまたフィードバックの対象である。
追討隊の面々が、「リュグルソゥム家は【領域】と【空間】魔法を利用した【転移】による不意打ちによって絶対に仕掛けてくる」と想定していたであろうことは想像に難くない。数の利は彼らにあれども、地の利はこちらにあるのである。
その利をわざわざ捨ててまで、まるで散歩のように軽々しく姿を晒したことに、【騙し絵】家侯子デェイールが興味深そうに嘲ってくる。
「これは驚いた、元頭顱侯にして"大罪人"のリュグルソゥム家侯子ルクと侯女ミシェールのお出ましじゃないか!」
「ご機嫌麗しゅう、我が怨敵【騙し絵】家の"正嫡"デェイールさん? 自力で事態を解決できなかった姉の子守りで、連れ出されましたか?」
「ハッ! 安い挑発だが、くだらない雑談に付き合ってやろうじゃないか。たった2人でよくもここまで築き上げたと言うべきだろうなぁ」
「本当に骨が折れるわねぇ。何十じゃ効かない、一体、どれだけの魔法陣をこの一帯に仕込んでいるのかしらぁ? そんなに、そんなに、マルドジェイミが怖いかしらぁ?」
【剣魔】が、いかにも【魔剣】家の主将然とした悠然とした構えで最前最央に仁王立ちしている。そのすぐ後方にリリエ=トール家のグストルフ――主オーマより【転霊童子】とかいう謎めいた『称号』を保持しているという猫目の青年魔導師、【騙し絵】家の"私生児"の方であるツェリマが控える。
"正嫡"の方はまずは支援と遠隔に回るつもりであるのか、その後方に。
さらに後ろには、【遺灰】家の係累と思われる青年サイドゥラ――あの襲撃と虐殺の日ではその顔は見ておらず、不参加だったのだろう――と、そしてリュグルソゥム家にとって天敵である【精神】魔法の大家マルドジェイミ家の係累【罪花】の"兵隊蜂"トリィシーが控える。
トリィシーの悪態は、うんざりするほどに仕込んだ対【精神】属性の妨害術式に対するものであろう。リュグルソゥム家としての戦いにおいても、この"戦術"のために、ル・ベリが足切りの基準を大幅に落としてキープしておいた小醜鬼の形成不全達の活用という意味でも、彼女を釘付けにし妨害にし続けておくことに意味はある。
「心を尽くして砕いて"歓待"させてもらうんだから。この程度で驚かれていたら困るよ。次は衝撃のあまり、心臓でも止まってしまうんじゃないか?」
「アッハハハ! 引っ込み思案で、自信が無くて、ご家族の顔色ばかり窺っていた……と噂のルク=フェルフ卿がものすごい貫禄じゃないか。どうだい、【闇世】の迷宮の力とやらは、蜜の味かい?」
追討隊は最低限の連携は保ってはいるようであったが、最低限だけである。
トリィシーはトリィシーで【精神】属性関係の各術式に喜々として妨害・対抗戦に乗り出しており――煙管から青い煙を吐き出しながら――グストルフはグストルフで、【光】魔法によって生み出したであろう、リリエ=トール家の秘術である【鏡】の魔法を、さながら狂乱した蛾の群れの如くに次々に飛ばしてくる。
ならば"蛾は蛾らしく"という趣きで、ルクとミシェールが【火】魔法によって【鏡】達を打ち消すが、そこにすかさず飛んで火勢そのものを押し潰してくるのはサイドゥラが操る【灰】である。
火葬した一族の遺灰に浴する【遺灰】家の真骨頂からすれば、【火】魔法に対する天敵性などオマケのようなものであるが、主オーマにせよ、武人たる竜人にせよ、いささか【火】属性を使う者が【異星窟】には多いため微妙に厄介である。
だが、それもまたサイドゥラが【遺灰】家の家人としてどこまでの力を有するかを測ると割り切れば、眉一つ動かすほどの出費にもならない。
むしろ、彼が巻き付けてくる【灰】を【風】魔法によって狂わせ、グストルフ自身の【鏡】にまとわりつかせて妨害してやるだけのことである。たちまちに鏡がくすんでいく、元の構成要素である【光】が撹拌されて衰弱死した蛾の如く次々に墜落していく。
「ルク君にミシェールさん。僕、結構ショックなんだけど、秒で【灰】魔法の特性見破られて応用されてるって……どういうこと?」
「心優しいサイドゥラさんとは、私達の家族誰も"手合わせ"をしていなかったみたいですね? それが、私達一族の在り方なのです」
――三姉ラミエリの最期は、母を焼き殺した【灰】による火葬術式を応用した"自爆"による業炎で、屋敷に迫った追っ手を食い止めるというものであった。
「うちの実家とは対極だ、って言いたいのかな。そこは、その通りなんだけれど――その通りじゃない。家族にしかわからないことがあるってのは、お互い様じゃないかなぁ……」
覇気もやる気も感じられない、とても命のやり取りの前哨戦に立つ戦闘魔導師とは思えぬ、緩い態度をあくまでサイドゥラは崩さない。
対照的に、グストルフとの応酬は徐々に激しさを増しつつあった。
サイドゥラが無為を悟って早々に【灰】を撤収させ、様子見に戻ったため、蛾から蜂鳥にでも変じたかのように機敏性と俊敏性を増し始めた【鏡】達を撃ち落とす作業が激しくなってきたのである。
いくつかの【鏡】が、明確にリュグルソゥム兄妹を直接切り刻もうとする軌道に変わっている。
加えて、デェイールを基点に【空間】魔法が入り交じるようになり、【火】魔法による迎撃が寸前で歪められるようになっていた。物理的にも、魔法流的にもあり得ない瞬間移動で【鏡】自体が転移してくるのである。
――それだけではない。
牽制としてではない"初手"により、【情報戦】から一気に直接の魔法戦に切り替わるタイミングが来た、とリュグルソゥム兄妹は既に備えていた。
【空間】魔法によって転移させられた【鏡】達が、歪められ分断されるままに、まるで鏡の中から鏡が現れるかのように一斉に分裂したのである。そして花火のように眼前でわずかな光跡を残して高速飛翔。
それまでの不規則で気まぐれな軌道とは打って変わり、さながら数学者によって精密に計測されたが如くに等間隔に96の「点」となって、ルクとミシェールの周囲を取り囲むように展開したのである。
さながら、人間を絡め取る幾何学的な立体格子の【光】の牢屋とでも呼ぶべきか。
【リスリンドルの煌格子】と冠名されたるリリエ=トール家の必殺の術式が、【空間】魔法との合わせ技によって、本来とは全く異なる機序の下に発動されたのだ。
「アッハハ! デェイール卿のそういうところ、僕様は大好きだなぁ! ちょっと試しに食らってみてよ!」
96の頂点を成す【鏡】達が、相互に向き合い、鋼線の如き【光】を放って「辺」を成す。
まさに【光】魔法によって形成されたる「九十六面体」が描出され、檻となってルクとミシェールを閉じ込めつつ、急激に増す光量によって眩暈と共に焼き尽くそうとするが――。
【光】魔法が突如消失、途絶する。
膨大な「対抗」と「妨害」が入り混じった力が"集積地点"の外から、まるで叩きつけられるように、面制圧の如く押し寄せ、文字通りに一掃するかの如く【光】の格子達を寸断したのである。
直後、【魔法の縄】によってルクとミシェールが、繋いだ方とは逆の手でそれをそれぞれに振るい、数十の【鏡】を叩き割ってただの魔力に戻して【煌格子】を打ち砕いた。
離れた部屋に【転移】させてきた、光属性障壁茸群による作用である。
グストルフが口笛を吹き、デェイールが眉を顰める。
それもそのはずで、この魔法の応酬による【情報戦】では――【光】魔法に対するそこまで強力な"備え"があるとは彼らは見いだせなかったはずだ。そして、【情報戦】から実際に殺傷意図を有した魔法を飛ばし合う直接の魔法戦に移る中で、新たにこれだけの対抗術式を組み上げるのは、いかにリュグルソゥム家といえども至難である。
――この事実が意味するのは、少なくとも"魔法"を使う「援軍」の存在がリュグルソゥム家の側にもあるということ。
考える時間を与えるまいと言わんばかりに、ルクとミシェールはそれぞれの【魔法の縄】に属性を付与。【縄】の先端を6つに分離、【火】から【氷】までの6属性掛ける2人分の12の【魔力弾】と化して、振るうままに追討隊に応射する。
その尽くは、カッと目を見開いた【剣魔】デウフォンに、文字通り睨みつけられただけで、まるで不可視の斬撃を受けたかのように斬り裂かれ――術式による形態の維持を失ってただの魔素となって霧散する。
だが、これは陽動である。
【魔力弾】によって稼いだわずかな時間でリュグルソゥム兄妹が"次の手"の詠唱を完遂させており、地響きが"集積地点"に響き渡る。と誰もが感じた次の瞬間には、【土】魔法【隆起せる礫波】と【屹立する岩槍】の合成魔法が"追討隊"の足元で発動し、硬層も軟層も綯い交ぜとなった"槍の波"と化して追討隊を襲う。
「さっきの【光】の"妨害"術式といい、今度は【土】の"隠蔽"術式か? 随分と景気よく魔力を消費してくれているが、まだまだこんなものじゃないんだろ? 驚かせてくれよ、もっと」
直撃を嫌ったか、デェイールが挑発しつつも【空間】魔法を発動させ、自身とサイドゥラとトリィシーを短距離転移。同時にツェリマもまた『歩法』によって、とんとんと軽く跳躍した後に足下から【光】を噴射したグストルフと共に突っ込んできて接近戦を狙ってくる。
兄妹もまた、それぞれに先端を飛ばして柄だけが手元に残った【魔法の縄】を【魔剣創成】によって【魔法剣】に作り替えてそれを迎撃する構えを取る、が。
「これは……ッ」
呟くと共にデウフォンが気づいた。
空気を激しく焦がす焼灼音と、応酬される魔法の属性に応じてくるくると"色めき"が移り変わる周囲の魔力光に緑色気配が宿ったのである。
次の瞬間、地面から、まるで間欠泉が掘り当てられたかのように吹き出したのは緑色の濁流。
蒸発するように激しく霧散し飛び散りながらも、空気を焼き焦がし埋め尽くす勢いで辺りにジュウジュウと小さな鉄砲水の如く溢れ出したのである。
「ちょ、ちょ、ちょ。何だこりゃあ?」
「ははは、やるじゃないか! "酸の海"を、こんなところにだと?」
【土】属性の大規模魔法自体は、【春司】迎撃後の"襲撃"で散々に追討隊に披露した通りである。同じ手をあえて見せるのは、そこに捻りを加えた「二見殺し」をするため。
坑道の地面を隆起させ、屹立させたのは、それを直撃させるためではない。
その下に隠していたものを露見させ出現させ溢出させるためである。
ただ、流石は頭顱侯家の係累達であり、即座にそれが【強酸】であることを看破。
とっさの防御魔法を構築することは間に合わずとも、それぞれに身体強化魔法を切って飛び退くが――。
「じゃっじゃーーーん! 酸の中から石を纏って爆裂と共に推参!」
噴出したのは【酸】だけではない。
水柱のように"集積部屋"中に溢れ出た緑色の焼灼音の濁流の、その"柱"の中心が突如弾けた。
無数の破裂した「岩石」――正確には彫像兵もどきを象っていた――が、吐出すると同時に即座に粉々に割れ砕けると共に、【酸】の中から酸を内側から吹き飛ばしながら【酸】まとい巻き込みながら、散弾の如くぶちまけ降り注いだのである。
「3人目!?」
デェイールが【歪みの緞帳】によって自身とトリィシーの眼前に歪曲された障壁を生み出し、強酸も石弾も諸共に歪めて明後日の方向に弾き飛ばしつつ、さらに大きく距離を取る。
だが、相性戦という意味で、この襲撃に取り残されたのはサイドゥラであった。
粒子としては疎ら過ぎる【灰】では、強酸も石弾も防ぐことは難しいのである。
苦し紛れに"灰"を固めた【灰像】を生み出して盾に、致命的な直撃は避けるが、襲撃者たる「3人目」が懐に潜り込んでくることまでは避けられない。
その魔導棍――『長女国』でも滅多にお目にかかれないような強力な"素材"製と思われる――から生み出された【魔法の槌】が襲い来たり、やむなく【灰】を自身の両腕に巻き付かせて腕当ての如くそれを受けるサイドゥラ。相手がそれを見越して「剣」ではなく「槌」状の得物としたことなど承知の上であったが、肉体にそのまま衝撃を受けるよりはマシという判断であり――。
「……え、うそでしょ、"子供"?」
「まだ小っさいからって、見くびると大怪我するよ、【遺灰】家さーん?」
「ああ、うん、これも因果かなぁ……」
――斯様にダリドとサイドゥラがもみ合って近接戦闘にもつれ込む頃。
手刀を構え、"襲撃者"達に向けて魔力の斬撃を飛ばそうとしていたデウフォンであったが、【風】魔法と【水】魔法によって辺りを水浸しのように薄く多いしゅうしゅうと未だに煙き燻る"強酸"を操って吹き付けてくる小さな影を察知。
振り向きざまに【魔剣創成:水】により――浴びせかけられようとしていた【強酸】そのものを【魔剣】の構成要素として奪い取り、【魔剣:水(強酸)】とでも呼ぶべき代物を両手に構えて、その小さな襲撃者に相対した。
「そして"4人目"か」
「悪いけど、【魔剣】家のその澄ました顔面を、ふっ飛ばして見たかったんだよね! 付き合ってもらうよ、【剣魔】侯子さん?」
――斯くして、ダリドとキルメによる2つの1対1が形成される頃合い。
同様に、ルクとミシェールもまた、【空間】魔法と【光】魔法の2種類の手段により高速機動してきたツェリマ、グストルフとの2対2に移っていた。
グストルフが【魔剣創成:光】を五指の先から、後頭部から、かかとから生み出し、戦闘魔導師というよりはもはや暗殺者か大道芸人の類としか思えぬ身体能力による不規則軌道で斬りつけてくる。
その"機動"はおよそ【光】魔法の使い方、というものの常識を凌駕していた。
収束された【光】が噴出して【刃】を成す、その際に生み出される衝撃そのものを、いわば「推力」と成しているのである。つまり、例えば掌底から小さなギロチンのような【刃】が生み出される瞬間、グストルフの掌底には、この【光刃】の出現とは垂直反対方向に力が加わっている。
彼は、その推力をそのまま、回転運動に取り込むことで瞬間的に半身を反転させ、反対側の肘打ちから同様に杭打ちのように【光刃】を出現させてくるのである。
それはもはや、魔力による斬撃と、そして単に筋力によるを越えた推力を組み合わせたデタラメな高速機動であった。
「アッハハハハハ! どいつもこいつも的確に合わせてくるねぇ! 本当にリュグルソゥムと戦うのって痺れるよなぁ!」
グストルフだけではない。元『廃絵の具』を率いる"私生児"ツェリマもまた【歪みの武具】シリーズを駆使して、着実にこちらの魔導棍を弾き飛ばすか、あるいは直接空間ごと抉り取ろうとしてくるのである。
しかも、一撃一撃が精密かつデタラメながら突進の嫌いがあるグストルフとは異なり、こちらが【皆哲】家として、つまり【空間】魔法を習得していることを念頭に――"相殺"を警戒しながら、発動とブラフを織り交ぜた攻勢を仕掛けてくるのであった。
そのような二重の意味での「不規則」な斬撃、殴打、刺突と、更にその間に次々に妨害されては掛け直される強化魔法、あるいは掛けては解除される弱化魔法の応酬が、距離を取ったデェイールとトリィシーとの間でも併行する。
実質的な意味では5対2の状態となっていたが、それを捌き切ることができるのは、ひとえにリュグルソゥム家が『止まり木』に意識を移すことができるからに他ならない。
如何にグストルフがデタラメな、まるで巨人に手のひらの中で丸めて放り投げられたかのような、玩具の人形が遠心力で四肢を裂断しそうなほどの回転軌道を演じようとも。
その派手な攻勢に隠れ、あるいは乗りながら、達人の動きでツェリマが間隙から虚実を織り交ぜた的確なる一撃を加えようとしても。
その全てを『止まり木』で見切り、応じることができるのであれば、リュグルソゥム家に一撃を加えることこそが至難である。
現に『止まり木』内において、この現世における2つの1対1と1つの2対2を、白い霧の中から模した象形が、図画が、実体を伴った幻像が再現されており――それを相手に、一家4名は相互に強化魔法や、対手への妨害魔法を飛ばすという意味での戦術討議すら入念に打ち合わせていたからである。
ダリドがサイドゥラの【灰盾】を打ち崩すべく【風】属性を打ち込む、と同時に、【精神】属性による『止まり木』への意識転移の妨害を諦めて通常の魔法戦に切り替え、飛ばしてくる【対抗】魔法に【妨害】魔法を叩きつける。
キルメがデウフォンの【魔剣:水(強酸)】を【氷】属性で受けて無力化させつつ、既に次の魔剣を構築しているところに――グストルフの【光刃】付きの膝蹴りをいなしたミシェールが、キルメの魔導棍に向けて遠隔で【魔剣創成:雷】を短縮詠唱によって発動。同時にルクもまた【雷】に対する耐性付与を、ツェリマの【歪みの法衣】を切り裂くと同時にその間隙の間にキルメへ飛ばしている。
結果、相対しているデウフォンからすれば、キルメが予備動作無しで【雷】属性を発動。
鍔競り合った【氷】の魔剣と【強酸】の魔剣を経由し、強烈な【雷撃】に見舞われるが――その「視線」に宿る剣気が剣形を為して、渦巻く魔素と魔力と【雷】の属性を寸断した。
「うわ、それ滅茶苦茶ずるい……!」
「戯言を。この程度の児戯すらも、学び取ることのできぬ貴様らに【剣】を理解などできん」
「そりゃそうだよねー。でも、別にあたし達、"剣士"になりたいわけじゃないし?」
挑発を返すと同時に、キルメが【狂化煽術士】の職業技能【命素活性】を発動。一連の攻防の中で、この「眼の良すぎる」【剣魔】ことデウフォンが見慣れた速度を超越し、【活性】属性すらも織り込んで腕の腱が切れるほどの速度で魔導棍――職業とのシナジーを考慮して【浸命蔦】の比率を大幅に増やして編み直したもの――を振るった。
***
「【聖戦】家の『狂化術』だと? 小癪な、無駄に膨れた生命力など、ただの膾だ」
端的に、デウフォンはリュグルソゥム家に与していると思われる竜人と相対することを望んでいた。
何故ならば、ヘレンセル村を襲った【春司】と【火】の魔獣達の撃退戦において、彼の者からは【剣鬼】たる"器"をデウフォンは感じ取っていたからであるが――それだけに、この失望するような扱いは心底がっかりさせられるものであった。
よりにもよって、リュグルソゥム家残党の中でも――何故か「4名」いることの謎の解明にデウフォンは興味を抱いていない――最も弱い者で己を足止めしてくるなどというのは、侮辱そのものである。
だが、それがこの「偽りの"最強"」を奉じていた一族の本質であるのだから、驚くべきことではないが。
最初からこの展開となることを予見していたかのように"4人目"は、魔力によって生み出した魔剣の他に、懐の中に大小の短剣を忍ばせており、それらでデウフォンと打ち合うのである。
いずれも一太刀か二太刀で叩き斬るか叩き壊すことのできるものであるが、それを前提として、砕けた刃を吹き付けて来るなど、ただただ、避けと護りに徹して膠着させ、引き伸ばすためだけの戦闘スタイル。そしてそこに、他の切り結びに興じているかと思った"1人目~3人目"が要所要所で支援の魔法を飛ばしてくる。
おまけに、デウフォンが「眼光」によって魔力を斬ることができる、と理解してからは、そのことも加味した風な"囮"や"ハッタリ"を織り交ぜてきており、遅滞戦術の極みとなっていたのであった。
――斯くして、【情報戦】からの牽制合戦、そして直接戦闘を交えた【魔法戦】にもつれ込むリュグルソゥム家残党とその討伐者達。
「連中の連携を崩せないなら、とんだお荷物だな? 【罪花】の"兵隊蜂"ってのも所詮はこの程度か?」
「うるさいわねぇ、嫌味を言う暇があったらもう少し参加してくれたら? これ、すっごく面倒臭いのよ。一体、何人掛かりでこれだけの妨害魔法仕込んでるか、わかりゃしない」
「あの色んな意味でどこから"湧いて"来たのかわかりゃしない子供二人、どう思う?」
「……普通に考えたら、表に出していなかった"隠し子"ってことでしょうけど? あなたのお姉様みたいにねぇ」
嫌味に嫌味を返すトリィシーであるが、デェイールはあまり真に受け取った様子はなく、唇に掌を当てて考え込んでいるようであった。
その双眸は、3つの戦線それぞれに向けられており、かつ、そのうちの誰かが不意打ちで自身とトリィシーに狙いを切り替えでもすれば、その瞬間に再び【転移】して距離を取ることができるように油断無い。
彼は、待っているのであった。
「それはそうと、"亜人"どもから情報は抜けなかったのかい?」
「ダメね。『人間』に構造が近いってのはわかったけれど、中身はぐちゃぐちゃの粉々。商家に押し入った盗賊だってもう少しお行儀がいいわよねぇ、完全に、壊れているから。少しは良い情報取れるかと思ったんだけどぉ」
必ずしも聞きたかった情報ではないが、しかし、それでもトリィシーの言はデェイールにとっては一つの"補強材料"となるものであった。
要するに、この"亜人"どもが【人世】で『長女国』の【西方】にはびこる連中達などよりもずっと『神の似姿』に近いというのであれば――自分達と同じように"魔法の才"の有る無しがあって当然なのだ。
何のことはない。
リュグルソゥム家は【闇世】でこの"亜人"どもと契約を結ぶか支配して、傘下に加えたに違いない。【魔人】には至ってはいなくとも、数の差を埋めるには有効な戦略であり――獣の調練なども、この蛮族どもと共同したに相違ない。
膠着状態に見せかけて、裏で"魔法を使う亜人"どもが控えていることだろう。
――だが、そうした細かな想定外はあったとしても、大きな意味では想定通りの戦術展開であった。
この膠着状態の中で、彼らはタイミングを測っているのである。
【空間】魔法によって、まだまだ残っているであろう"野獣"の群れと、"亜人"の群れと、そしてそれらに交えた"才有り"の魔法使い亜人どもの投入のタイミングを。
そしてそこで、こちらもまた【空間】魔法によって相殺からの【転移】事故を狙うことに対する後の先を取ろうとするか。
はたまた、本格的に"援軍"として【亜空】から呼び出す『廃絵の具』と本家の支持者達の出現を潰すために【転移】事故を狙ってくるか。
所詮はその読み合いでしかない。
雑兵などいくら集めても雑兵に変わらないのであるから、このような遅滞戦術には、遅滞以上の意味はない。
よしんば、例の「できそこない」の亜人どもに【空間】魔法が――ただ単に"皮に刻まれる"以上の実質的な形で、なにかの間違いによって習得させられていたのだとして。
その"数"によって妨害合戦を制そうとしてきても、そんなものは、相手にならない。
おそらくはそれがリュグルソゥム家の奇策であろうとデェイールは理解し、そして、残念だったな、と内心でほくそ笑んでいた。
果たして、3つの戦線が徐々に交わり始める。
リュグルソゥム家の"4人"が意図的にそうしているのは明白であったが、相互に近づきながら、やがては入れ替わり始めたのである。
サイドゥラに対峙する少年がグストルフの【光刃】をその"生え際"から蹴り飛ばし。
デウフォンの乱舞する魔剣に、相変わらず手を繋いだまま、まるで舞踏会で踊っているかのような足取りで割り込んだルクとミシェールが魔剣同士を交錯させつつ、デウフォンの腹に【魔法弾】を叩き込もうとして、しかしその魔力を切り払われる。
斯様にして、その攻勢は、位置取りも得物も、術式すらもが立ち代わり入れ替わり、激しさを増していくが――そのようなものに目眩まされるデェイールではない。
眼下、彼は確かに【空間】魔法の渦巻くを察した。
【亜空】の中にある、大婆様から借り受けたる存在――【画楽隊】を使うまでもなく、自ら発動した【空間】魔法によって切り払ってきた【領域】が、今ようやくこのタイミングで再び、坑道の奥、リュグルソゥム一家の後方の先から、まるで取り戻すかのような意思を持った津波の如くに押し寄せてくるのを察知した。
(正面から来るつもりだな? その誘いに乗ってやろうじゃないか)
「描き鳴らせ、【画楽隊】」
首飾りに仕込まれた自身の【亜空】の内側に向けて、そう命ずる。
数瞬の後、そこから溢れ出したのは、この世のありとあらゆる楽器を一堂に会したオーケストラ――を絵画で表現したかのような、一切、鼓膜を震わすのではなく網膜に焼き付くかのようなありとあらゆる"色"の如き【空間】の魔力の奔流であった。





