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0166 均衡と調停と渇望の三相補(3)

 【幼きヌシ】グウィースによる"均衡(バランス)"。

 【調停者】としてのソルファイドや、ヒュド吉、多頭竜蛇(ヒュドラ)による"調停"。


 では、翻ってそうした――他の生物に干渉して、少なくとも1個体としての生命を越えた"影響"を与える作用は――迷宮領主(ダンジョンマスター)の権能と比較すれば、どうであろうか。


「例えば"均衡(バランス)"。グウィースの行いは、"森"という言葉で喩えられる、複数の相互に連環する多数の生命が織り成される様を――その「結び目」の中心にたって交通整理するようなものだな? そういう視点で見てみたとしたら、どうだ、ルク」


≪確かに【均衡】属性と【崩壊】属性は、謎が多いですからね。今世で使われている魔法の多くは、それこそ【魔法学】が誕生した大昔から引き継がれたものばかりですからね≫


 例えば、対吸血種(ヴァンパイア)魔法である【ラダオンの腐れ血帳簿】。

 例えば、かつて【風】魔法の使い手としても研究者としても第一人者にして、今なおその名を『長女国』の歴史に刻む人物であるマイシュオスによる【命風(たまかぜ)読み】。

 例えば、俺と出会う前に既にルクとミシェールが『呪詛』を破るために一縷の望みに縋って詠唱した、【トモリスフィスの悪意避け】。


 【エイリアン使い】の権能によって、俺は【因子の解析(ジーン・アナライズ)】を通し、"属性"のイメージを直接に五感どころかそこから1つか2つは増え生えた(・・・)かのような感覚と感性によって、既に【魔法学】における【均衡】属性にも、そして【崩壊】属性にも触れている。


 そうした認識(イメージ)から導かれる【均衡】属性とは――『乱れたるを(なら)すこと』。


 物事や事物、現象や概念について、有り得べき(・・・・・)状態が仮にあるとしよう。

 ……この仮定自体、認識(イメージ)の強度だか集合無意識的な「多数決」的な種族や職業(クラス)の変容という、この世界(シースーア)世界法則(システム)に関する俺の仮説と対立することを一旦置いておけば、【崩壊】とはそれを乱す(・・)ことであり、【均衡】とはそれを均す(・・)ことである。


戻す(・・)とは違う、というのがポイントかな。【均衡】は、崩れて壊れて乱れて、元の状態からは変わってしまった"何か"を――時間を巻き戻すように元通りに快復させるわけじゃない≫


 例えば、獣に襲われたり事故で怪我をしたり、戦闘なりで肉体が傷ついたとする。

 損傷した血肉や骨に対して、【活性】属性の魔法であれば、細胞分裂であったり生命が自然環境の中で有する生来の自然回復力を……少々過剰(・・)なまでに刺激して快復させるという機序である。見た目としては元通りであるが、1つ1つの細胞について言えば完全にテセウスの船のようなものか。


 それでも当人の認識としては、つまり己の意思も肉体も絶えず入れ替わる要素が構築する1つの連続性を保ったものとしては――"戻った"ように受け止めることだろう。


 これに対して、【均衡】属性は細胞分裂を刺激するわけでも治癒力を高めるわけでもない。

 何故ならば、そうしたあくまでも自然の作用と物理法則の中で肉体が傷ついたとしても――それはあくまでもあくまでも自然作用の中における"正常"な変遷であり、何かが【崩壊】したわけではないからである。


≪説明がどうしても循環論法になってしまうが、【崩壊】属性とセットでしか上手く表現できない部分が、あるな。【均衡】と【崩壊】はセットなんだ≫


 『呪詛』と聞いて、俺の頭にまずに浮かぶのは、小醜鬼(ゴブリン)の術士達が使っていた技の数々であったが……例えば【トモリスフィスの悪意避け】はその作用を散らす。


≪あぁ、なるほど? オーマ様のその言い方だと、そうですね。『呪詛』には、基本対象(ターゲット)が"確定"される作用と、その対象(ターゲット)に向けて"集約"される作用があります。でもそれって、つまり、≫


≪『呪詛』の力に、指向性が加えられたせいで濃淡が生まれる。しかし【均衡】属性は、それを強制的に(なら)してしまう、というわけですね。ルク兄様、我が君≫


 おそらく、これがまだわかりやすい(・・・・・・)説明であろう。

 あるいは、感知魔法である【風】属性との複合属性魔法である【マイシュオスの命風読み】について言えば……酸素を利用して生きるよう進化した生命であるならば、避けることのできない「呼吸」という現象に焦点が当てられる。

 それを【風】属性による空気振動感知と共に、それこそ、酸素だか二酸化炭素だかの"濃度"が変化する作用を捉えるのが――【均衡】属性が入る部分であるのかもしれない。


 だが、そうなってくるとよくわからない、とされていたのが【ラダオンの腐れ血帳簿】であった。


≪『命素』への大まかな理解と、後は……あの【血の影法師(ブラッドシャドウ)】が"加護者"リシュリー様にしている行為。あれで、少しだけわかりました≫


 吸血種(ヴァンパイア)は人間種の"血"を喰らい、奪うことで永らえる存在である。

 【生命の紅き(アスラヒム)皇国】には、まさに文字通り彼らにとっての「生命」そのものである"血"を搾り取るための家畜扱いである『隷畜』という社会階級が存在するらしいが――俺の「ヴァンパイア」という"翻訳"のイメージとなった元の世界における存在と比べると、この世界(シースーア)吸血種(それ)は、さらに徹底した存在であった。


 ――基本的に、ただ力任せにバラバラにするだけでは吸血種を殺すことはできないのである。

 どれだけ"血"をぶちまけさせようとも、吸血種(ヴァンパイア)はその血の一滴一滴が、再び一箇所に、彼らの核となる心臓に集まり戻る性質があり――単なる「再生」どころではない。


 ……だが、そのことが意味しているのが――むしろ吸血種(ヴァンパイア)とは"血"によって肉体の全ての要素が"逆"から構成され、構築された存在である、としたら?


≪どれだけ人間種に近い格好であろうとも、それこそルクが言うには、人間との間に生まれた仕属種(サヴァント)……要するに"半"吸血種(ヴァンパイア)ですな。それであっても、血が肉や臓物を、擬している、ということになりますな?≫


≪全部"血"が元になっている、と考えたら――ある意味、それが血じゃない肉体を象っているのは、濃淡、と言えないか?≫


 翻って、グウィースが【幼きヌシ】として成したる「均衡(バランス)」とは。


≪グウィース! みんな、一緒! みんな、げ ん き !≫


 数多の相互に複雑に多層的に連環し合う生命の渦。

 その中で、個々の生命の間に生じたる、生と死と、あるいはその中間にあるだろう"何か"を――(なら)している、と理解することができるのではないだろうか。


 事実、一連の過程で、グウィースの【人世】での【ヌシ】たるやを観察したことで、新たに【均衡】属性の解析が進んだのであるから。


 相関性は明らかである。

 だが、完全なイコールであるとまでは、言い切れない。

 シースーアにおける、非常に深い部分の法則の、その何がしかのキッカケか、切っ先か、わずかに【魔法学】という解釈であったり、グウィースのこれまた詳細がまだ掴みかねる【ヌシ】の力の、そのわずかなわずかな表出したる先端。


≪そんな"力"さえも、まぁ俺の【エイリアン使い】としての世界観においてだが、因子(ジーン)として取り込んでしまっている辺り、迷宮領主(ダンジョンマスター)の力も大概だって改めて思うがな≫


≪あ、あのー、オーマ様。それにちちう……当主(フェルフ)様。素朴に疑問に思ったことが、あるんですがー≫


 ――言い方だけは、まるで礼儀正しくといった風。

 しかし、控えめな口調とは裏腹に、ある種の確信を持ったような様子でダリドが気づいたことを話すに、それは至極もっともなことであった。


 曰く。

 濃淡を(なら)すというならば……何故、『長女国』は【均衡】属性を使って"荒廃"に対処しないのか、と。


≪だってそもそも属性の"不均衡"な、わけだよ……ですよね? なんでちまちまちまちま、【火】に対しては【火】とか、反対属性で相殺とか、そんなみみっちいことしてるんですかね?≫


 まぁ、リュグルソゥム家の新世代ではあっても、既に『長女国』の臣下ではない立ち位置から、随分と簡単に言ってくれるな、と俺は苦笑する思いであった。

 別にその"不均衡"の原因たる『瘴気』を垂れ流している(もちろん比喩的な意味)張本人たる【闇世】の側の住人であっても、その浄化(・・)ができているわけでは、ないのであるから。


 【異形】とは。

 元神の似姿(エレ=セーナ)たる『ルフェアの血裔』も含めた【闇世】の生物全般にとっての、言わば、世界の構成要素の歪みの中でもなんとかそれをいなし(・・・)ながら生きていくことができるようにするための器官なのである。


 ただ――。


 【国母】とまで謳われた建国者にして終生を【浄化譚】に捧げ、"裂け目"を消し去る力すらあった【英雄王】の"長女"であったミューゼが。

 そしてその意志を継いだ高弟達の立場を受け継ぐはずの「(あたま)」達が。


 "荒廃"を鎮めるための【均衡】属性や【崩壊】属性に関して精力的に、国家主導的に優先課題として位置づけて活動しているようには、リュグルソゥム家から従徒献上(アップロード)される知識の中からも見出すことはできないのであった。


≪同じ"均す"は"均す"でも、どちらかというと"荒廃"そのものの圏内に周辺の領域を組み込む形で"均し"てる感じだよなぁ≫


 きっとそこに何らかの、それがミューゼの隠された意思なのか後から『長女国』がそう変質したのかまではわからないが、"裏"があると思えてならなかった。


 だが、今は『長女国』全体のことよりは、目の前(・・・)の対処すべきことに意識を戻そう。

 そしてその前提となる、俺の中に、一時的であろうとはいえ新たに宿ってしまった【春司】のことを考えよう。


挿絵(By みてみん)


 俺は【因子の解析(ジーン=アナライズ)】を通して【春】を理解した。


 それこそ「因子」的な解釈では、【春】そのものは、例えば『分胚』だとか『垂露』だとか『葉緑』だとか、あとは『命素』だとか『土属性』であるなどといった、既に解析され定義済みであった複数の「因子」に分散されて【エイリアン使い】の力として取り込まれている。

 ちょうど、ツェリマのリュグルソゥム家追討部隊に混じっていた【遺灰】のナーズ=ワイネン家の青年が駆使していた【灰】魔法を視て、【塵芥】だとか【火属性】だとか、そして何故か【死】( ・ )属性という判定(・・)、つまり解析率の上昇には至らなかったような「複合」現象と同じである。


 その意味だけで言うならば、【エイリアン使い】として得たものは皆無だったわけであるが――そこからは離れた部分で、俺という個人について言うのであれば、実質的に『涙の番人』となったのと同じ"時間"の経験を俺は経ていた。

 浸潤嚢(アナライザー)に自分から入り込んで、副脳蟲(ぷるきゅぴ)達の力を借りて俺自身の認識をちょっと改竄(いじ)るのに近い。しかし、【春司】を経て遭遇したあの"春夏秋冬(ひととせ)"の巡りそのものは……あれほどまでに、明晰に意識が保たれつつ、同時に「変容」を実感するという感覚もまた滅多なものでは無いだろう。


 だから技能(スキル)四季(ひととせ)の残滓】が宿るのはわかる、のだが。

 その先に新たに生えた(・・・)【時空察知:微】などという称号技能は、一体全体、何であろうか。


 ただでさえ、俺の称号(タイトル)技能テーブルには、既に【超越精神体】とかいう、考え無しに手を出したらどんな対価を支払う羽目になるかわからない――副脳蟲(ぷるきゅぴ)の中でも俺の"警戒心"を担うモノが特級に反応し警告をしている――代物が存在しているというのに。


 そもそも、俺は異世界転移者である。

 そうであることを示すのが、変化前の【客人(まろうど)】であったと理解しているわけだが。


 まるで「世界を渡る」経験を、例えそれを原因も手段も一切わからず感覚すら感じないうちに経たものであっても、その経験(・・)を経たならば、時空(せかい)の境目について認識できてもおかしくはないだろう、とでも決めつけられているかのような飛躍だった。


 【火】の記憶の果てとして、元の世界からこの世界(シースーア)へと空間を越えた。

 そのシースーアにおいても、さらに【人世】と【闇世】の"裂け目"を行き来することを強いられ、あるいは指向付けられている。納得し、自ら選び取った道であるとはいえ。


 それが今また【火】を孕んだ【春】によって――"年日秒(ひととせ)"という名の時間に対する感覚を植え付けられ、時と空が俺の中で混じり合って「時空」となった……とでも筋書か(・・・)れているようである。

 そんな、どこか違和感の強い、上書きされたような、無理やり履かされたような"ゲタ"という感触がどうしても拭えないのであった。


(そもそも「察知」するだけで、しかもそれが()弱な力なら……例えば「元の世界」に戻るだとか、そんなことができる力だとはまず思わない方がいいだろうしな)


 そして「これ」が【四季ノ司】、つまり【人世】に侵出して土着したであろう、何れかの迷宮領主(ダンジョンマスター)の力と世界観に浴する迷宮(ダンジョン)の力を経由したものである、ということが俺にとっては何より象徴的である。


 ――同じ"根"として。

 さながら春風に乗ってもたらされたという意味では、グウィースの中でその使命であるかのように花開いた"均衡"と、ソルファイドの中に謎めく形で顔を覗かせた"調停"とも、同根でありながら、しかしこの手に握らされた力は……果てのない"渇望"に近い何かであった。


 ――探しものがあるんだろう、と。

 ――その探しものを探すために、冗談のつもりが本当に(・・・・・・・・・・)、世界すらをも越えてしまった。


 ――ならば、どこまででも。

 ――幾千幾億の時空を越えてでも、探すが良い、と。


 そう煽られているような心地だったのである。


 ――わかっては、いたのだ。


 旧ワルセィレが200年は続いた法則(システム)であり、迷宮(ダンジョン)のそれこそ「残滓」のようなものだったとしよう。

 迷宮領主(ダンジョンマスター)には事実上の不死が与えられるため、寿命で、ということはなかったのだろうが――もし仮に、多頭竜蛇(ヒュドラ)やヒュド吉や、【泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】や【四季ノ司】達が仕えた「イノリ」という名前の迷宮領主(ダンジョンマスター)が、本当に俺の知る「イノリ」という存在だったとして。


 その存在が、今、旧ワルセィレのこの迷宮(ダンジョン)の如き領域にいない(・・・)のは、どうしてなのであろうか。


 【擾乱の姫君】という"名"についての記述は【闇世】Wikiには無い。

 当然ながら「イノリ」という単語についてもである。


 【深海使い】のように「大逆者」扱いを、あらゆる迷宮領主(ダンジョンマスター)達が共通でアクセスすることのできる共有知の箇所にプロパガンダのように記されていることを思えば――例えば、更に重い処罰として、記録そのものが抹消されている、ということも考えうるだろう。


(何をやらかした、ことやら。それとも、やらかした、で済むならまだマシだとでもいうことやら)


 いずれにせよ、まだ(・・)、警戒したままでいることはできるだろう。

 予想よりも状況は複雑になっており、『長女国』のこの辺境の征服領域とは、油断することのできない関わり方をせざるを得なくなっているが、それでもまだ【超越精神体】にも、【四季に客う者】にも頼らざるを得ないような局面に追い込まれているわけでは、まるでない。


 だが、何かを求めるあまり、己自身の「世界」すらをもその眼と思考を越えて現実の世界にまで溢れさせる――要するに迷宮領主(ダンジョンマスター)の「適性」を持った者の"渇望"とは、ただ目の前のことだけを処理するために無から有を生み出すなどというちゃち(・・・)なものではない。


 未だ見果てぬものに手を伸ばすため。

 今目の前の必要なものを手に入れ、踏み越え、さらにその先にまで見据えて、何処に手を伸ばしていけばよいかを、未だそれが何であるのかもわからぬうちから意識せしめられ己が己を駆り立てるかのように指向付けられる、そういうものなのである。


 何故ならば、それは【人世】の子世界たる【闇世】のそのまた子世界ではあるものの、独自の法則によって貫かれた一つの「世界」を生み出す力であるのだから。


 "均衡"も、"崩壊"も、"調停"もまたその一つ一つの「小さな世界」に内在しているのである。


 【エイリアン使い】の権能によって構築されたる生命が、例えば餓えきった幼蟲(ラルヴァ)なんかに典型的なように、暴力的なまでに生々しく、しかしどこまでもその与えられた世界観の中における"役割"に対して純粋であることを思えば――既に成立しその中にできあがった法則を保ち、その中で生きる生命や秩序や法則を保つという意味での"均衡"や、あるいは"調停"などとは指向性が違うのは、明らかなことなのだろう。


 ――突き詰めれば、この世界(シースーア)が元の世界などと比較して圧倒的に「超常」の力が優位であるのは【魔素】や【命素】の作用によるものとしか説明ができない。


 だが、そうした一種、定量的な見方だけではきっと見えてくることのない、ある側面が……俺と配下達が遭遇したこの一連の事象の中から、浮かび上がってくるような心地なのであった。


 果たして、それらは、これらは、ただの【魔法学】における用語であるのか。

 はたまた【情報閲覧】を通して視ることのできる、世界の裏側の法則(システム)上の定義された用語――【人世】と【闇世】に住まう全ての(・・・)観測者達の集合知的な認識(イメージ)の最大公約数的な捉え方の現れであるのか。


「謎が深まるばかりだよなぁ」


 そう言って俺は自らの迷宮(ダンジョン)内。

 俺は天を仰いだ。


 ミシェールが夢追いコンビのアイディアを精査し『止まり木』内でダリドとキルメに手伝わせる形で"設計"した図面の通りに、迷宮(ダンジョン)内の各施設の「天井部分」を優美に、しかし力強い様式によって、別の意味での集合知(群体知とでも言うべきか)によって"磨き"始めた数十数百もの労役蟲(レイバー)達の蠢きを、まるで肉肉しい天の川でも眺めるように、ぼうっと目で追っていた。


 ――探しものを本当に見つけてしまうことへの恐れ、などという面倒くさい感情が生まれたわけではない。

 ――そうではなくて、触れた瞬間に、さも我に七難八苦を与えたまえなどと柄にも無いことを自分では無い自分によって勝手に唱えられた挙げ句、ありがた迷惑千万なことに、その願いが「天」によって叶えられてしまうのではないか。


 そんな不思議な予感にとらわれたような心地だったからだ。


 ただ、ただ、消えた少女と、まるで彼女に誘われるかのように次々と姿を消していった子供達(ガキども)の行方を追って、必死に、ただ必死になって、ここまでひた走ってきただけだと言うのに。


 ――だが、今は。


「できることをしよう。そうですよね? 先輩」


 何かを隠すか、それとも翻弄するかのように、今日に限っては、こんなにも感傷的で思考が混濁しているのに、それでも現れない(・・・・)少女(イノリ)の幻影に代わり。


 俺は記憶の中のXXX先輩に想いを馳せた。

 その、現世に生まれた場違いな、あるいは、時代を先取りしすぎたかのような、侍のような眼差しに射すくめられる思いで。


 今悩もうが、ヒュド吉よりは色々なことを語ってくれるであろう予感が働いている【泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】と会って、いろいろ聞かされるであろうことを聞かされてから悩もうが、同じことなのだ。


 思考は足踏みしても構わないが、しかし、既に歩き出している歩みを止めることはできないし、してはならないのだから。


≪"裂け目"移動についての根本問題を解決する時間だ。色々と事情(・・)がわかった今、物事は、ひどくひどく単純なことだった。我が従徒(スクワイア)達よ、我が眷属(ファミリア)達よ。それぞれ、新しい行動計画はちゃんと咀嚼したか? 脳みその中に叩き込んで焼き付けたか?≫


 囮として『関所街ナーレフ』に派遣したラシェットとマクハードと()エスルテーリ女指差爵に、ロンドール家も、【騙し絵】家も、リュグルソゥム家の追討部隊も、全員が「これはどういう一手なのだろう」という眼差しを向けているうちに――全て済ませて調(ととの)えてしまおう。


 少なくともこの3者にとって、ヘレンセル村の防衛に俺が介入し、【春司】によって滅ぶはずだった村を防衛成功させてしまったことは――大いなる予定外であり、いわば求めた成果を得られたとは言えず、しかし同時に、決定的に失敗し成果を得られなくなったとも諦めきれない、中途半端な中間の結末なのであろう。


 ……しかし彼らは既に、事を起こす、と評されるレベルの動きを開始してしまっていた。

 ならば、さらに投じてこざるを得ないだろう。【情報】を、あるいはその他の資源(リソース)を。


 思惑通りに行ったと確信したその瞬間にのみ、思いもよらぬ意識の陥穽というものが生じるわけではない。

 同じように――なんとしてでも思惑の通りに戻さねば(・・・・)と、損切りできずに、中途半端に投じたエネルギーを無駄にしまいという愛惜にも似た大胆さにもまた、無謀という名の油断が宿るのである。


 俺が狙っているのは、そういう意味での「横取り」。

 迷宮領主(ダンジョンマスター)とは、自らもまた"渇望(せかい)"を追い求めるだけではない。


 関わる者達の"渇望(のぞみ)"をもまた、啓かせ、駆り立てるものである。

 そのことを、俺自身にも、そしてヘレンセル村のこの件に関わった『長女国』の者達にも、思い知らせてやろう。

いつもお読みいただき、また誤字報告をいただき、ありがとうございます!


気に入っていただけたら、是非とも「感想・いいね・★評価・Twitterフォロー」などしていただければ、今後のモチベーションが高まります!


■作者Twitter垢 @master_of_alien


読者の皆様に支えられながら本作は前へ進んでいます。

それが「連載」ということ、同じ時間を一緒に生きているということと信じます。


どうぞ、次回も一緒にお楽しみくださいね!

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― 新着の感想 ―
[一言] 均衡と崩壊の呪詛の濃淡って人世と闇世のことそのものみたいだな
[一言] 氷と蒸気、均衡と崩壊の矛盾の解消策を考えてみました。 部屋という"範囲"内で水を"対象"に考えると、氷は水分子の濃淡が部屋全体からすれば局所的なので崩壊属性ですが、 水のみを範囲として、…
[良い点] 雄弁に物語を語るステータステーブル。 称号技能のステータステーブルで「精密計測」の発展として「四季の残滓」が追加されるというのは意外でした。 そして「時空察知;微」。 讃美歌の 「昔いまし…
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