0165 均衡と調停と渇望の三相補(2)
1/15 …… 属性に関連してやや加筆補正
11/11 …… 主人公の技能についての説明を追加しました
【闇世】と【人世】という二つ世の"森"や、エグドのこと、そしてダリドの覚悟によって暴いた"苔"の秘密について確かめることなどなどをグウィースに任せ、俺は迷宮へ帰還。
ソルファイドと合流し――ル・ベリやアルファ以下"名付き"を数体伴い、ヒュド吉の「新居」に訪れていた。
秘密主義であり肝心なことを言わないか、もしくは何らかの意志なり思惑なりによる制限がかかっている、ちょっと記憶力と知性がアレな生首ではあるが……それでも、思わぬ形で貢献してくれた事実は事実。
それに報いるのが【報いを揺藍する異星窟】であり、実質的な"褒美"として、元のフェネスの「鉄鐸」の近くにまとめていた居場所から、迷宮内により接続しやすい地点に彼の居室を新たに造成するよう指示を下していたのであった。
部屋の広さは2倍。
『遠泳班』を担う海棲型エイリアン達のための、『大陥穽』の底面とも繋がる俺の迷宮内の水路網と接続し、言わば【闇世】の海中に開けるように拡張された"新拠点"の一角に新たに「生け簀」が備えられている。
【樹木使い】リッケルとの死闘での"奥の手"であった海中接続からの大浸水の時点では、土木工事役であった労役蟲達を犠牲にせねばならなかったが……亜種である『潜水労役蟲』の登場によって、水中での土木工事の効率が大きく改善したのは、『漁場』の造営が成功したことからも明らかな通りである。
『因子:水棲』、『因子:水属性』に加えて『因子:強肺』を備えてグレードアップした潜水労役蟲達は、息継ぎ無しでもほぼ1~2時間ならば水中で全力作業、じっと潜水して潜むだけであれば半日も保つことができる。そんな彼らの鋏脚により、小さな魚群や魚介類を招くための生態的にも地形的にも計算されて整形された「珊瑚礁」が建設されており、突牙小魚が"牧羊犬"の役割を果たして魚群をコントロール。
それらを生きた撒き餌とし、沖合から遠洋にかけてより大きな魚類をおびき寄せ――八肢鮫シータ率いる剣歯鯆を中心とした強襲部隊が狩る、という流れ。
「森が海を育てる、という言葉もあるが。想像以上に【最果ての島】の近海は、豊かだ。人間が食える魚で10種、小醜鬼どもに食わせるならさらに20種、家畜に食わせたり肥料に使える種類ならさらにその倍はいる」
「流石に、ヒュドラのあの巨体を支えるほどの"食料"が充分にある、ということですな、御方様」
「気になるのは人魚達とグウィースの接触以来、多頭竜蛇が全然挑発に乗らなくなったことだな。島の状況が変わったことだとか、ヒュド吉がこっちに流れ着いたことだとかで警戒している、と思ってはいたが……」
『遠泳班』の任務は、ただ単に地上部で繁殖規模を増やした小醜鬼達や、いわば命素の足しとなる"タンパク質"を大規模に回収するための漁師としての役割ばかりではない。その合間で、海中探査を行い、多頭竜蛇の行動パターンの解析と観察、可能なら挑発と陽動を試みていたのである。
無論、慎重に慎重を期しつつ、人魚達との再度の接触の機会は探らせていたのであるが。
≪ヒュド吉の好物の"鬼ウニ貝"さんがなかなか回収できんのだきゅぴぃ。甘えさせないために、毎日1体は小醜鬼を食べさせなければ、つけあがるのだきゅぴ!≫
≪ちょうど~あの辺りが~多頭竜蛇さんの縄張りだねぇ~?≫
ヒュド吉への"褒美"として、苦労して取ってきた「鬼ウニ貝」の残りが放出はされた。また、数十種類にも及ぶ種々の魚介類もまた彼の食卓に並んでおり――決して毒見させているわけではない――その食生活は確実に改善されているはずであったが、如何せん、副脳蟲は飴と鞭を使いこなす飼育者であるか。
欠かすことのできないお約束なのか、それとも小醜鬼をある種の「青汁」扱いしてまずいまずいと言いながらなんだかんだで「おかわり」しているヒュド吉に問題があるかは悩ましいところであるが、その成果が、彼が"行動"で貢献や協力の意思を示したとするならば、大した調教スキルとでも言ってやるべきであるか。
≪生首さんの気持ちさんは、生首さんにしかわからないのだきゅぴぃ!≫
……生首さんの"中身"だろ、せめて髪を生やすなり顎を形成するなりしてから己の存在を主張せよ、などと言いかけた言葉を飲み込み、俺はいつもの如く呆れながら肩をすくめつつ。
ソルファイドが作った温泉――から専用水路を通って流れてくる"湯"をだばだばと浴びながら、「あ゛あ゛~、極楽なのだあ゛~」と人間の中年親父のように、声もその竜身(首だけだが)も2重の意味でふやけきっただらしないだみ声を上げながら火照っているヒュド吉の前まで、俺達は到着したのであった。
「ソルファイド。一応聞いておくが、お前の作った"湯"に、なんか変な成分は混じってたりしないよな?」
「ふむ……そう言われてみれば、『レレイフ』と『ガズァハ』で熱したが」
――自身のご先祖様の"骨"から削り出されたという双剣を熱源にしていたのならば、さぞ良いダシであろう。ヒュド吉、もとい多頭竜蛇もまた【竜】であるならば、そのような【火竜】の力が染み込んだとしか思えない「温泉」は……よく効くのだろうか、とも思いつつ。
少なくとも今ヒュド吉の様子が少しおかしい原因は、すぐに判明した。
「あ゛あ゛~……お゛! オ゛ーマ゛あ゛ぁ~! 一杯のむ゛のだぁ~!」
「酒くっさ!」
「むぐ……お、御方様、大丈夫ですか? ごほっ……!」
「どうした? 主殿にル・ベリよ」
――ヒュド吉の生け簀に注がれる「ソルファイドの湯」の専用水路の他に。
この「新居」が完成したのを確認した際には存在していなかった、別の専用水路がいつの間にか繋げられており――ちょっと緑色にゆらゆらぬらぬらと怪しい薬味とアルコール味を湛え軽く揮発しながら、どこからどう見ても垂露茸が生産したとしか思えぬ『エイリアン酒』がなみなみ延々と、湯に入り交じるように注ぎ込まれていたのであった。
……問うまでもなく副脳蟲どもの仕業だと断定しつつ。
≪ぎきゅぴり! だ、大丈夫さんなのだきゅぴ、造物主様もまたヒュド吉の利用価値をわかっているはず。僕は数の子、僕はちんすこう、僕は風林火山……≫
これはこれで、意外に口が滑りやすくなるだろうか、と思い直して俺は気にせず、ハンカチで――裁縫労役蟲が『エイリアン糸』のみで編んだシルクもどきな代物――鼻を押さえながら。
というか酒蒸し竜首でも作ろうとしているのか貴様らはという副脳蟲どもに嗅覚をフィルタリングという形で押し付けつつ、お仕置きは後回しにしておいて、とっとと本題を切り出すこととしたのであった。
「さてもさても、一つでかい"仕事"を終えてすっかり湯治で治療気分じゃないか? そのうねうねとした断面から、まぁよくよく直に飲み干している様子だな」
「ゔあ゛~! ひぃっく。世界がまわ゛るのだぁ~」
「……御方様。大丈夫でしょうかな、これは流石に」
まぁ、大丈夫でなかったら副脳蟲どもにこの「多頭竜蛇首の緑酒煮込み」の味見を、その全身でしてもらうだけのことである。
「とりあえず1つ目の質問だ、"民思い"なだけじゃなくこの世の"生命"にも慈愛の心を持つ、高潔にして美食家なる」
≪多頭竜蛇の首が一つ、ヒュド吉よ。お前、なんで俺の【眷属心話】が聞こえ≫
「るんだ?」
「ぞ、ぞんなごとはないのだあ゛~。我が仕える迷宮領主ざま゛は、イノリ様だけなの…………あ゛」
八岐大蛇ではあるまいに(既に首を落とされた後だが)、相当に酔っ払っており、あっさりとカマかけに引っかかったヒュド吉なのであった。残念だ、お仕置きは猶予してやろう。
≪ふ……これが僕の力なのだきゅぴぃ≫
≪うーぬすしゃま!≫
≪のみおせぇー!≫
ものすごく流暢に口パクしながら【眷属心話】を混ぜて話しかけてやったところ、一撃で落ちたヒュド吉にニッコリと笑いかけてやったのであった。
「聞こえたんだな? やっぱり、お前」
「う、い、いや、そんなこと無いのだ。あぁ、酔っ払って頭が痛いのだ! 眠いのだ!」
「どうして聞こえるのか、てのは今は不問にしておいてやろうとも。だが、副脳蟲どもに"対策"はさせておくからな? お前を信じていないわけじゃないが、多頭竜蛇に【情報】を漏らしていたとしたら――流石に、お前の処遇も考えないといけなくなるからな」
実際のところ"新居"に移したのは、単なる褒美や報いとしてだけではない。
その様子をより俺の眷属達によって監視しやすくするためでもあり、ヒュド吉への監視役として超覚腫と、副脳蟲が生み出したサブ副脳蟲が1体割り当てられていた。
ウーヌスとモノが言うには、ヒュド吉の【眷属心話】への侵入経路は認識的には既に把握できており……対策として、俺がまた半日ばかり浸潤嚢の中で「ヒュド吉は従徒ではない」と明確な否定条件として認識に焼き付けておけば大丈夫だ、とのこと。
信頼すべき俺自身の副脳蟲と副脳蟲の助言を信じない訳ではないが、それでもそもそも俺はヒュド吉を従徒にした覚えも、その他の形での配下にした覚えも無いのであった。
そんなヒュド吉が、どうして、俺や副脳蟲どもの認識の間隙を縫うようにして【眷属心話】に接続できてしまっていたのかは謎であるが――それ以上に、どうしてあの『調停』現象の場まで、このおしゃべりでいい加減で不注意なはずの竜の生首がそれを黙っていたのかも謎なのであった。
――無論、今の彼の発言から情報が得られなかったわけでもない。
(前は、「た」と言っていたはず。だが今回は……「る」と言ったな、こいつ)
果たしてそれがヒュド吉が酔っていて呂律が回っていなかったからであるか。
はたまた――酔っ払わされた結果、口を滑らせた結果であるのか。
後者である場合、俺にとって、俺自身の"目的"について、色々な点で前提を修正しなければならないだろう。特に――。
【基本情報】
名称:オーマ
種族:迷宮領主(人族[異人系]<侵種:ルフェアの血裔>)
職業:火葬槍術士
爵位:副伯
位階:36 ← UP!!!
【技能一覧】(総技能点130点)
将来的にエイリアン達の進化速度を上昇させ、上位世代をより早く生み出すことができるために【因子の注入:多重】を進める。
そして、俺自身の"認識"が『ルフェアの血裔』としての【異形】の発達にどのような影響を与えるのかを確かめる検証の一貫として【異形】の取得を進める。
――疼いたのは後頭部の辺りだ。
本来的に迷宮領主として、俺は"外なる魔素"の補給を必要としない。だが、その故に獲得されるであろう【異形】が、より純粋な形で迷宮領主に相応しい形態を取るのであれば……副脳蟲どもの例にもあるように、俺の場合はそれが「頭部」に生じているということか。
確かに、俺には「考え」なければならないことが、多い。
……罠であると疑っている【超越精神体】の思考加速系技能どもに頼るよりは、まだ、【異形】というこの俺の迷宮領主としての世界観に基づいた力で、例えば"脳力"が強化される方が、ずっとマシなのかもしれない。
そんな「考え」なければならないことの、今目の前で大事なことの一つに俺は意識を移した。右の手の甲に"燃えるちょうちょう"を象った影のように、紋様のように、焼きつけられたように宿った【春司】との問答を思い起こす。
――旧ワルセィレを覆っていた【四季】という法則について、その中にあって迷宮領主としての種々の権能が通りにくいという現象は、『八柱神』の妨害作用によるものである、という先入観を俺は抱いていた。
だが、それがもしも……単にそれもまた迷宮領主の【領域】と同質の力による、【領域戦】的な"妨害"に過ぎない作用だったならば。
ヒュド吉とその本体である多頭竜蛇。
そして彼が"同僚"であると言った存在の可能性が高い【泉の貴婦人】。
彼らの"主"とされる「イノリ」という名前の人物は、もはや迷宮領主であると疑う余地は限りなく小さくなっていく。
――だが、旧【森と泉】の歴史は200年は遡るはず。
そして多頭竜蛇もまた、ここ1年や2年の間に【闇世】のそれも【最果ての島】に現れたとかいうような、存在ではない。
それが意味することは――。
そんな、心情と予感と直感と、あと虫の報せ的には主観的にはパンドラの箱にも似た"何か"を、俺は無意識に恐れ遠ざけた。
……いずれにせよ、今、予断を加えるべきことではないだろう。
ここまでしなければ口を滑らせない、しかも、言うことがいちいち当てにならないヒュド吉を問い詰めるよりは、【春司】との約束の件もある今は、当初からの予定通りに【泉の貴婦人】に話を聞きに行くことが確実だ、と思われた。
そして、これは今日ヒュド吉に話を聞きに来た本題ではない。
後回しにしてもいい、少々心せねばならない話題でヒュド吉を警戒させ、せっかく酔っ払っていて口が軽い状態であるのに、すぐにだんまりモードにさせてしまうのはもったいない。
それよりは、答えにくい話題を持ってきたと警戒させておき、相対的に答えやすい話題に「逃げ」ることができたという念を惹起させ、口を軽くさせる。そういう風に、俺は駆け引きをしたというわけであった。
「まぁ、その話はいいさ。だが、代わりに是非とも別のことを――【竜】のことについて教えてくれないか? ヒュド吉よ」
【基本情報】
名称:ソルファイド=ギルクォース
種族:竜人族<支族:火竜統>
職業:牙の守護戦士(剣)
従徒職:武芸指南役(所属:【エイリアン使い】)
位階:37 ← UP!!!
状態:心眼盲目(※一時的)
【技能一覧】(総技能点135点)
【竜】とは、当然だが俺の元の世界では空想上の生物である。
だが、それが「ドラゴン」という西洋的な意味の語で直に表されることなく、漢語による、つまり東洋的なイメージで"翻訳"されて認識されたというのは……決して単なる力と暴威の象徴や化身だけではないことが示唆されている。
例え、彼らが元は神々の争いの道具であり、また、そんな【竜】が他種を力によって支配した時代があり、その中で起きた【竜】同士の争いによって、大陸が一つ、文字通りに千々に砕けるほど世界に巨大な影響が与えられたのだとしても――彼らは、ただ単に「破壊」するだけではなく、同時に、司る存在であることもまた示唆されているのである。
「単刀直入に聞きたいんだが、『調停』とは、何なんだ?」
酔いが覚めてきたのなら、もっと多くの『エイリアン酒』を流し込んでやろう。
とろんとした巨大な、ダチョウの卵ほどもあろうかという竜の目玉でぼうっと宙を見やり、首元の断面の混沌がぶるぶるびくびくと感情を表すように悶え震えているヒュド吉。
「あの哀れな魔獣、いいや、【人世】も【闇世】も関係なく、ごちゃ混ぜにされた"生命"達が、可哀想だったのか? 竜の末裔、ヒュド吉よ」
ソルファイドが新たに得た『称号』たる【調停者:火】。
ここで記された【火】とは――16属性論における【火属性】であろうか。
それとも、自然現象としての、つまりより広い意味での【火】であろうか。
ヒュド吉に同時に湧いた【未熟な調停者:混沌】という字面を見れば魔法学を指しているとも思えるが……であるとすれば、そもそもこの世界を創り出した諸神のうち【火属性】を本来的に司っているのは『ジンリ派八柱神』が一柱である【啓明と炎影の老師】である。
ならば『調停者』と『諸神』の役割の違いは何であろうか。
――ソルファイドにル・ベリやグウィースのような「神の注目」技能がついた形跡は無い。
それに技能を言うならば――『調停」とは"瘴気"に対処するものであると読み取れる、この技能系列もまた気になるところである。
だが、そもそも"瘴気"もまた【魔法学】上の概念だったはず。
俺は迷宮領主として、何か現実に「瘴気」とかいう猛毒の霧のようなものがあるわけではなく、単に【闇世】がその世界存続のために必要な構成要素を、魔素・命素ごと、"異界の裂け目"を通して【人世】から大きく大きく呼吸をする際に、その結果として生じる【人世】側で生じるある種の世界法則の不均衡がもたらす種々の悪影響が擬化されて理解されたものであると認識している。
だが、【人世】においては、【国母】ミューゼと彼女の弟子達が終生をかけて鎮めたる"荒廃"現象の原因とされる代物たる「瘴気」の――それも【火】に特定して、ソルファイドは「過ぎた火」も「欠けた火」も己の「肩に負う」とかいう技能を会得してしまっていたのであった。
それも、あの瞬間に一気に2つも位階上昇しつつ、ほぼ即時に【瘴気察知:火】がMAXまで点振りされてしまう形で。
加えてソルファイドの中には今、彼が救った焔眼馬が――「火の霊」の如く、宿っているのである。
これらの技能が、『ありうべき状態に戻す作用を基本とする』とかいう、わかったようなわからないような説明であった【均衡】属性とは、似て非なるものであると俺は直感していた。
「お前の"未熟"さを手伝ったのがソルファイドだけなら、まだ理解できた。竜人が【竜】の末裔だってのは知ってるからな。お前達には『竜言術』が、ある。だが……」
どうして『調停』をするために、ヒュド吉がまず頼ったのが――グウィースだったのであろうか。
そしてそれによって、グウィースがそれまで、少なくとも【闇世】の森では全く見せることのなかった【幼きヌシ】としての力の本質を【人世】で発揮したのは、俺にとっても、誰にとっても予想していたことなどではなかった。
『調停』とは、なんであろうか。
【魔法学】が【人世】で強力に認識され過ぎた結果「ある」ことになってしまった、超常の一形態に過ぎないならば――どうして魔法学に縛られていないはずのグウィースの「ヌシ」の力と相互作用を起こしている? と自問しつつ、俺はソルファイドを見て、それからヒュド吉に真顔を向けた。
これは俺だけでなく、いいや、むしろ俺以上にこの竜人たる男の中で渦巻いているはずの疑問だったのだから。
果たして、ヒュド吉は酔っているままなのか、はたまた酔いがすっかり覚めてしまったのか。
どちらとも取ることのできる、静かな、小さな、しかしはっきりと聞こえるような声で、まるで観念したように、一言。
「……それが、竜の"誇り"なのだ。竜を名乗るならば、みんな、そうしなければならないのだ」
「竜人もか?」
「誇りを捨てて似姿達に混じった奴らのことなんて知らんのだ」
「だが、そこにいる【火竜】の末裔の竜人ソルファイドは、お前を手伝って事を成しただろ? 迷宮領主として、この【エイリアン使い】オーマが保証する。ソルファイドは今や【火の調停者】だぞ? なんとも、ひょんな流れでそうなってしまったがなぁ」
「ありえない、のだ。だが、ありえないことが、起きたのだ……」
「お前が『未熟』なのは、生首1本だけだからか? お前の『本体』も――この【闇世】で、"調停"をやってるんじゃないだろうな?」
「【闇世】では要らんのだ。"竜"の力なんて、覚悟なんて、【闇世】では……むうう! しゃべりすぎたのだ、これ以上は言わないのだ! 小醜鬼を寄越すのだ!」
≪はいなのだきゅぴぃ! ヒュド吉、新しい小醜鬼だきゅぴよぉ!≫
まるでパン食い競走の餡パンを補充するかのような軽いノリで『餌やり係』兼『暴走時鎮圧係』である戦線獣に、餌である生きた小醜鬼を投擲させ――なんという筋力の無駄遣い――さながらフリスビーをキャッチするかの如く、生け簀からばっしゃあと激しく『エイリアン酒』入りの湯を溢れさせながらヒュド吉がジャンプ&キャッチする。
なお、俺の全身に熱された『エイリアン酒』(ヒュド吉エキス入り)がかかる前に、ル・ベリがばさりと外套の中に隠していた"折りたたみ"式の盾を広げて防ぐが……それっきり、ヒュド吉はまたいつものだらしない秘密主義でいい加減でろくにまともに答えようとしない不真面目な「ペット」が板についたかのような態度に、そしてどこかびくびくと俺を視るような表情に変わるのであった。
「ソルファイド。いくらかは、"参考"になったか?」
「……主殿の気遣いに、痛み入る」
「お前の意見はどうだ? 『調停』とは、何だ? リュグルソゥム家じゃあないが、【均衡】属性と一体全体どう違うんだろうな? あと命素とかとも」
――ゼロスキルとして【過火負肩】と【欠火負肩】を、ソルファイドは既に感覚・感触としては会得しているはずであった。
そして「ステータス」について、従徒達には何度も説明を重ね――リュグルソゥム一家やル・ベリらに遅れること、ようやく、ソルファイドもまた自分自身の「数値で表現される能力値」という概念について、彼自身なりの一応の理解を固めつつあるようであった。
ヒュド吉には、あるいは彼が共有している"本体"側の記憶だか知識だかがそう言わせたのかは知らないが、「"誇り"から逃れた存在」などと言われた竜人という種族であるが……それが本当に「神の似姿」に近づき、【竜】であることを忘れた種族であるならば、【原初の記憶】などというものが技能テーブルの筆頭に来るものなのだろうか。
種族も、職業も、自己をそうであると認識する一定の集団によって規定されるというのがこの世界の法則であるならば――竜人という種族は、一体全体、どのように己を"認識"しているのか。
――そんな、本来であれば、知るはずの無かった上位の知識をソルファイドはこの俺の従徒となったことで得ているのである。
「……俺の中に、焔眼馬が、いる」
「そうだな。知ってるぞ、お前が――そいつを召喚するとかいう秘密の特訓をしていたのもな」
「なんだと? 赤頭め、貴様なんという危ない技を! グウィースの前でそれをやって燃え移らせてみろ、八つ裂きにしてそこのヒュドラ首の餌にしてやるからな!」
急な過保護を発動したル・ベリを軽く目で制しなだめつつ。
俺はソルファイドに続きを促す。小醜鬼を貪りながらも、ヒュド吉の"断面"のうねうねがぴくぴくとこちらに反応している様子が見て取れた。
「上手く表現できない。だが……そうだな。俺は、あの焔眼馬の"命"を、この身の中に、抱えている。そんな感覚だ」
「"命"を抱えている、ね」
ソルファイドの無骨で朴訥とした表現を聞いて、俺が連想したのは、グウィースの【幼きヌシ】の技能【森域の結び目】であった。
あれもまた――"命"に関係している。
だが、グウィースのそれが「均衡」――魔法学における【均衡】属性との違いはまた別で検討する必要はあるが――という意味で、言わば"循環"するものだというイメージであるのに対し。
「肩に負う」という『調停者』のそれは、どこか、留めて"停滞"させるような……それこそ負ともつかない、微妙な、しかし決して前向きなものであるだけではない、そのようなニュアンスとして俺の中には響いて聞こえるのであった。
いつもお読みいただき、また誤字報告をいただき、ありがとうございます!
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■作者Twitter垢 @master_of_alien
読者の皆様に支えられながら本作は前へ進んでいます。
それが「連載」ということ、同じ時間を一緒に生きているということと信じます。
どうぞ、次回も一緒にお楽しみくださいね!





