0160 癒しは祝り、破邪とは屠り(1)
そこは異形の空間であるとしか思えなかった。
直前の記憶は、深酒で暖まった身体の火照りと喉の焼け付く感触が消えないうちに、元の寝床である――"野営地群"の『即席礼拝所』に戻る道中で途切れている。
……目を覚ましてみれば、篝火の灯りに入り混じって、壁そのものから不定期に青と白の仄光が明滅している空間。どこか遠くに風の音と、ぽたぽたと跳ねる水滴の音と、そして何ものとも思われない唸り声であるだとか、何かを引きずる音であるだとか、間近で観察した虫が放つような羽音だか間接音だか知れない、遠い"響き"が、目に見える洞窟の先の見えない向こう側から響いてくる。
ヘレンセル村付きの教父ナリッソ=ハーバマイスが目を覚ましたのは、そのような空間であった。
口がぽかんと「は」の字型を開き、自身の常識が全て覆されたかのような戸惑いがまず全身を襲う。次に、異常の正体を確かめんと、やたらと鼓動を早め、動悸するように震える全身を押さえながら――酒が切れたのかとも思ったが、空腹具合から何日も寝ていたのではないかという疑いの念が去来し――ナリッソは自身が閉じ込められている部屋を見回した。
寝台がある。簡易的な衣装箪笥がある。
燭台があり、腰掛けることのできる椅子や、机がある。
箪笥の上には、自身が身につけていた『末子国』の聖職関係者であることを表す装身具が外されて、置かれており――その事実が、自身が何者かに拐かされたという想いを強めるものであった。
真っ先に思い浮かんだのは【人攫い教団】である。
まだ、"村付き"の教父として各地に派遣される以前。『末子国』で聖職の階梯を上り始めた――もう十数年も前――ナリッソの耳にも、【人攫い教団】という名の新興宗教の新支部が『末子国』北方の鉱山地帯に出没するようになったと伝えられていた。
ただし、この賊や『次兄国』の傭兵と変わらない悪漢の寄せ集めに過ぎぬ手合いどもの魔の手が及ぶのは『末子国』本国であり……しかも、今の自分のような、出世の階梯から外れたものが狙われるなどとは、それこそ、悪酔いした翌日にうなされるのにも似た冗談のような悪夢の類である。
――だが、ナリッソはそれすらもが、如何なる異常であろうとも可能な限り平常であろうと矮小化しようとする、認識の錯覚であることにすぐに気付かされることとなる。
そもそもの違和感は、周囲の調度が。
『長女国』様式……であるようで、微妙にそうではない、少なくとも完全な【四兄弟国】の風ではない、という気づきであった。
一体、"どこの地域"から運ばれた「木材」から"どのような道具"によって削り出された逸品であろうか。質素にして簡素ながらも、少なくともその部屋――否、錠前の見当たらない完全な格子によって眼前の洞窟の通路の先から完全に隔てられている「軟禁場所」の中にあっては、虜囚に対するは、いささか至れりが過ぎる嫌いもある。
そこを「牢獄」と表現しないのは、彼を戒める金属であるかもわからない……まるで大理石のような、滑らかできめ細かい一枚岩から削り出したかのような触り心地の良い"格子"一つとっても、閉じ込めておきながらも、軟禁者が最低限不自由しないような気配りが感じられたからであった。
驚くべきことに、机上には、インクと羽ペン、さらには紙まであった。
――全て「のようなもの」である、という注釈がつくが。
しかも、それらがどことなく『長女国』の、やや貴族趣味"風"が感じられる。いっそ、遠く離れた異国の風情であったならば――【四兄弟国】の周辺領域程度ならば、どこの地域の意匠であるか検分することができる程度の自負はナリッソにはあったのだが――開き直りもしようが、その事実が、洞窟の奥から響いてくる環境音と相まって気味の悪さをそこはかとなく増幅させる。
「ど、どこなんだ……ここは?」
人の気配が、しなかったのである。
だが、生命、と呼ぶべきかわからないが「何者か」が灯りの暗がりで蠢いている。
だというのに、この「軟禁部屋」はどう見ても人間のために用意され、調度されたものであり、そこにちぐはぐさを感じてしまい、ナリッソは酷く嫌な汗が浮かんでいることを自覚して、服の裾で顔を首筋をごしごしと拭った――その瞬間。
「――ひっ……」
何も無い空間だったはずだ。
だが、ナリッソは、確かに見てしまった。
異様に高い、人間のための生活範囲には含まれていないのであろう、軟禁部屋の高い天井。備え付けられた灯りが届かず、まるで星々の瞬きが降りてきたかのような、青と白の仄かなる光の蛍の如き淡い明滅の狭間で――。
ぬらりと幾つもの肢と尾を備えた、人の子供ほどもの体躯をしたかと見紛う、何者かが、ずるりと、視界の端から端へと蠢いて去っていったのを。
【闇】の中で見た、幻覚ではない……いっそ、まだ酔いが残っていて幻覚だと断定できたならばどれほどマシであったか。
何日も飲まず食わずで眠ったまま、強い"餓え"に耐えかねて身体が本能的に起きたことによる――"冴え"のせいで、やけに感覚が鋭くなったようにナリッソには感じられていた。
だから、その明滅の中で仄かにその輪郭が、皮膚の質感が映し出された――黒っぽい、ぬめっててかって生々しく肉肉しく躍動する、凶猛なる盛り上がった野獣にして野性たるを体現する筋肉の造形が、鋭敏になった視覚を貫いて脳裏にすら焼き付けられた思いだったのである。
何を見たのかという理解が後から追いついてきて、奥歯がカタカタ鳴り始めた頃。
『武僧』などではない自分が――腹を空かした自分が、このまま対抗手段も無く、このような【魔獣】の餌となり、貪り食われることを無駄に豊か過ぎるほどに想像してしまって、腰が抜ける。
そしてそのまま、羊の如く叫びすら出てこない無音の悲鳴のままに、身体が張り裂けそうになり――。
「教父さん、食わないのか? 食っといた方がいいよ……後でどうせ吐くかもしれないけど。腹の虫がこっちにまで届いてきてるよ」
"闇"から人間の声が投げかけられ、ナリッソは首だけ動かしてぎょっとした目をそちらに向けた。
一体どのような「建材」でできているか想像もつかない、格子扉の向こう側。
すぐ向かい側に、同じように格子扉を挟んで「軟禁部屋」があり、気づけば、そこに濡れた烏のような真っ黒な姿の男――いや、近づいてみればまだ少年ほどの年に見える――がいたのであった。
どうして、自分以外に人間がいることに、気づかなかったのだろう。
安堵しつつ困惑しつつ、声をかけようとしたナリッソであったが……彼が、暗闇の中でまるで猛禽のように光る三白眼でこちらを睨めつけながら、つまらなさそうに指を指し示す。
見れば、いつの間にか、ナリッソ側の格子扉の隙間から差し込まれたように――食器に入り、湯気を立てている肉と野菜入りのスープが、つい今しがた置かれたかのようにそこに存在を主張していたのであった。
――困惑も深く、また常ならばこのような【魔獣】が蔓延る場所で、しかも見下されている場所で呑気に食事などするものではない。
だが、食わねば考えることができないのも、また事実。
まるで酒場や食事処で残飯を盗む貧民の如く、ナリッソはそのスープに飛びついて口に運ぶ。
「……あんたは、『末子国』の"教父"様なんだってな」
既に「肉」も「野菜」も、ナリッソが『末子国』はおろか『長女国』で食べたことのあるどの種類のものとも違うことなど、気にならない。必死に掻き込んで腹を満たす様子に三白眼を変わらず向けながら、少年が問いかけてくる。
ナリッソは顔だけ彼に向けて、こくりとうなずいてまたスープを飲み込む作業に戻る。
彼が何者であるかということや、ここがどこであるのかを聞くということも、全ては後回しであった。このような空間にあって、話すことのできる相手がいるという安堵が、より原始的な欲求を抑えつけていた異常への恐怖と警戒心による箍を外したようであった。
「見ての通り、ここは【魔獣】の腸の中。あんたは、その姿じゃ『武僧』みたいに戦えそうってわけでもないけど……なぁ、教父様。あんたが仕えているのは、どの諸神様なんだ?」
激しく掻っ込み過ぎてむせながら、大の字に――よく磨き上げられたなめやかな床――無防備に寝転びながら、急に気が大きくなった気分で頭上の、もはや幻ではないことが明らかな「尾」の魔獣を睨みつけながら、ナリッソは半ばやけになって叫ぶように答えた。
「少年よ! わ、私が仕えているのはなぁ、【破邪と癒しの乙女】様だ! ざ、残念だが、戦力のアテにしようだとか思うんじゃ、な、ないぞ……げふ、うぅ……」
【人世】の【四兄弟国】の、そのまた『末子国』に生まれたる身。
諸神そのものへの信仰心はある、あるにはあるが――神の言葉も、あるいはその景色も、はたまたその香も、いずれに対しても感受する才能に恵まれなかったナリッソである。
そのために、鳴かず飛ばずの果て、村々を回る"村付き"の教父として本国で上り詰める階梯を外れ、挙句の果てには『長女国』の大領主【紋章】家内における最も不穏な地域であった旧ワルセィレに赴任することとなった身を、今ほど呪ったことは無かったか。
つい先日……長年の苦心と腐心に、気まぐれの戯れに【癒しの乙女】がその雫を一滴垂らしてくれたかの如き"奇跡"に遭遇し、ここ十数年で初めて、わずかばかり心持ちが持ち直したナリッソであったが、それも束の間のこと。
その後、同じような"奇跡"は――予感はしていたが再び起きることはなく、深酒の量が増えていた矢先の、この「軟禁」である。
どうせ、奇跡が起きるならば、こういう場で手を差し伸べてくれても良いようなものを。
そんな途方にくれた心持ちであったが、少年の反応は、彼にとって少々、わからないものであった。
「そっか。そっか、【破邪と癒しの乙女】様……な、マジかぁ、因果ってこういうことを言うんだな。でもさ、教父様は、僕が何者か、知らないんだろ?」
「……はぁ?」
意味がわからなかったことと、餓えが満たされた一時的な多幸感によって気が大きくなっていたナリッソは上体を起こし、格子にしがみついてその隙間に顔面を押し当てる勢いで"少年"を視る。
いささか影が薄く、また陰まみれの表情であり――まるで今まで派遣されてきた村々で、どこにだって必ず一人か二人はいた、大人び過ぎていて周りと感性が合わずに悪ガキどもにいじめられていた子供のような――何かで酷く傷つきながらも、しかしそのまま大きすぎる役目や役割を負わずにはいられないまま、そのまま大人になった、ならざるを得なかったような少年がそこにいるだけであった。
「少年、そんな怖い顔をしても、私にはあなたが何を言いたいのか意味がわかりません。あなたが何者かであることが、私に、何か関係あるんですか?」
あるいは、彼もまた話し相手に餓えていたということであろうか。
――当然、それはこの「軟禁部屋」での暇を潰すための、というのとは違う意味で。
隙を見せまいとするその険しい三白眼の裏に、しかし、揺れるように、何かを打ち明けたがっているような――きっと当人も意識していないし、経験上それを指摘すれば大抵老若男女問わず怒るものであるが――そのような憂いが見透かされて、ナリッソは、あえて少しだけ煽るような調子を込めた。
「……僕はさ、『末子国』では、」
慣れたものである。
擦れて、荒れて、悪い意味で自分自身の"生き方"というものに開き直ってしまった「大人」に比べれば――まだまだ、こうした少年の話し相手になる方がずっと、気楽である。
聖職者としては鳴かず飛ばずであったが、ナリッソはその代わり、多くの本を読んできた。そうした異国の風物や習俗、文物からは、ほんの少しだが世界が広いこと、そしてそうした物憂う早熟なる少年や少女達にとって、何がしかの助けとなる思わぬエピソードが含まれていることもまた多い。
彼らに、せめてもの慰めと、そしてささやかなる助けとなるように、そうした話を聞かせるのがナリッソにとっての……わずかな楽しみと慰みであったのだ。
……それもまた、ヘレンセル村という「被征服地」では思うようにできず、ただ【聖墓教】の教父であることを村長セルバルカから求められ、息が詰まりに詰まって酒に逃げる日々であったが。
あるいは、この訳も分からず「軟禁」された異常空間で、それまで抑えつけていたものが出てきたであろうか。それこそがむしろ、この漆黒を塗り固めたような少年が言う「因果」とでも呼ぶべきめぐり合わせであるか。
だが、少年の赤みがかった三白眼に宿った険がわずかに和らいだと思った次の瞬間。
周囲の空間が"ふわり"と歪んだかのような。
ピシピシと捩れた、空気が細かく裂けたかのようなぞわりとした感触が一瞬にして場を埋め尽くし、現れたる衝撃で後ろ向きに倒されたナリッソが何事かと仰天しながら、『末子国』の一応は聖職にある者として敏感に――【闇】属性の出現を本能レベルで【察知】。
跳ね起きて壁際まで後退りながら仰ぎ見れば、格子扉2枚分の向こう側。
黒い濡れ髪の少年のすぐそばに、この世の物とも思えぬ巨大な「玉」を背負った巨大な魔蟲。その口は拷問と処刑の両方の機能を併せ持ったかのように十字に裂けた【魔獣】が現れ、少年に組み付いており――。
「あぁ、くっそッッ! またお前かよ、邪魔すんなッッ! 今大事な! 話を! していたのに……あああ、もう!」
「……んん?」
まるで愛玩動物がその主にじゃれつくか、はたまた、じゃれつくように命じられた大型の犬が哀れな訪問者に悪戯するように命じられたかのような邪気の無さで――そんな【魔獣】など存在し得るのか? という疑問符がナリッソの中で恐怖と衝撃を上回って埋め尽くすが――少年を突如背負い、自身の背中に乗せていた巨大な「玉」……のように見えていた「殻」のようなものと入れ替え、「軟禁部屋」の壁を天井を問わずに、その多数の肢をもぞもぞとせわしなく大股に動かしながら駆けずり回って振り回す光景を見させられることとなったのであった。
***
労役蟲とその亜種達、触肢茸らのファンガル系統達から成る土木部隊によって、日々たゆむことなく拡張と研磨、整序が進められる【報いを揺藍する異星窟】は、今やこの俺が異世界転移した当初の通りのただの洞窟ではない。
――無論、迷い込んだ者を歓待する部分はあえて洞窟の風情そのままにしてはいるが、同時に、俺や従徒達が日々の作業を行ったり、生活したり、拠点として活用する空間としては急速に"文明化"が進んでいた。
主には捏練労役蟲が【凝固液】と、島を掘削しまた整地する中で発生する土砂と、さらには臓漿を隠し味として混ぜることで改良された『エイリアン建材』の存在感が非常に大きい。
これらはただの木石にあらず。
噴酸蛆の"酸"を水で十数倍に希釈し、垂酩茸から分泌された成分と混ぜた……いわば『エイリアン研磨剤』との相性がとても良いのである。
一通り、体内の【凝固液】を吐き出した労役蟲が『エイリアン研磨剤』を体内に蓄え、配置され接合された『エイリアン建材』をこの『エイリアン研磨剤』を吹き付けながら整形することで、元洞窟としての大小の細かな凹凸という凹凸は平滑化され、光の当たり方によってはまるで鏡のように反射する。
そして、【闇世】の"裂け目"近くの洞窟として典型的であるらしい通りに、染み出した魔素や命素が青と白の仄光として淡いでおり――そこに加えて『燃え殻茨』という乾燥させると炭火に似たオレンジ色の灯を照らしてくれる植物と【火】の魔石を使った、簡易的ながらも非常に長持ちする松明を、一定間隔で配置している。
更には、各部屋に配した調度類についても、リュグルソゥム家に監修してもらいながら、彼らの『止まり木』から引き出させた「服飾史」や「家具史」などの知識を副脳蟲どもに解釈させ――裁縫労役蟲が生産する『エイリアン糸』と合わせて、【最果ての島】地上部で伐採した巨大樹の根やら枝塊やらから削り出させて作成させ、配置しているのである。
繰り返すが、随分と"文明化"が進んだと言えるだろう。
「例えば、外部の人間を一時的に20~30人は収容できる程度には、な」
元から構想と設計自体はなされていたが、ヘレンセル村への【春司】の襲来を受けて、急遽建設を急がせたのが『客室区画』なのであった。
いざとなれば、ヘレンセル村から重要人物を【異星窟】へ攫うために、である。
そしていくらこの俺が、その気になれば魔素と命素だけ食らって生きることができる迷宮領主であるとはいえ――そうして"保護"した【人世】の人々に関しては、その限りではない。
最低限の"文明的"な暮らしを与えることは、丁重に扱おうと考える相手に対して、こちらの真摯さだけではなく、時に暴力以外の意味での実力を示すというものでもある。
「だが、主殿。それでも30部屋というのは……現時点ではいささか、過剰だったのではないか?」
「ふふふ、我らが【武芸指南役】ソルファイド様。お優しき我が君は、哀れな目に遭っていたかもしれない村人達に、選択肢をお与えになろうとされていたのでしょう」
「でも"座席"が30しかない、ていうのがまぁ、またオーマ様らしくてとてもシビアな……痛っ!? なんでだよ、ミシェール……!?」
リュグルソゥム当主夫妻が言及した通りである。
俺の目的は慈善活動ではなく、後々に意味をもたらす「重要人物」でさえも、迷宮に匿うことは――最低でも俺の存在と正体を知らしめるリスクを負うものだ。
だが、同時に全てをリスクとリターンだけで語ることができない、ということもまた、まだ若輩と言える年齢でしかないが、学ぶ機会があった人生でもあった。
果たしてそれを奇貨と呼ぶべきかはわからないが。
中途半端に俺の眷属達が張り切った結果、『客間』は、空き部屋でいえば30あったのである。だから、俺は、仮にヘレンセル村の破滅が免れず撤退する際には、「重要人物」とその係累を含め、村人達に"選択肢"を与えるつもりではあったのだった。
――現状。
色々な要素が、それが幸運かどうかはまだ評価が難しいところだが……重なったことで、幸いにしてその"非常手段"はまだ使わずに済んだが。
その意味で、今、『客間』に逗留させているのは2名しかいない。
「吸血種の小僧は、大人しいですな。もっと、暴れるかと思っておりましたが……」
「連日、ベータが監視しているぞアピールしてるからな。得意の【虚空渡り】も封じられた上に、超覚腫に闇属性障壁茸で【闇】属性も潰している。滅多なことでは逃げ出そうとは思わないだろう……あいつの"希望"を叶えてやる、と約束している限りはな」
「念のために、おか……母上の指示で、知りうる限りの【聖戦】家と【悪喰】家の術式でも検査しておきましたから! 考えうる"体内に何か仕込む"系は、流石にこれ以上は無いと思います」
「そもそもぼ……私達リュグルソゥム家と接触する手筈だった吸血種ユーリルく……殿ですから。そりゃ、まぁ、オーマ様のこと簡単に説明したら改めてびびり散らかして、犬みたいにキャンキャン狼狽えてましたけど――あ痛っ!? なんだよキルメ! 君だって言葉汚くなるくせに!」
同じく、労役蟲達のたゆまぬ努力によって、一回り大きくなり、そして豪華度が上がった『司令室』である。
ダリド、キルメ、ゼイモントとメルドット――そしてこれからこの部屋に招く2名を座らせることができるよう、エイリアン建材製の柱椅子もまた4基新たに削り出されていた。
ただ、エイリアン達の急速な「技術向上」を評価はしているミシェールではあったが……豪華度に関しては、どこか譲れない点もある様子。「【人世】の様式、文化をもっと取り入れましょう」と珍しく言葉と論理を尽くした提案をしてきていたため、ならばということで【人世】での基盤が安定したら、色々と調度の類を「輸入」することを許可してやった。
なお、その"元手"としては、現在活用の機会がまだ来ないままに『戦利品倉庫』に積み上げられている【人攫い教団】の武装信徒達などから剥ぎ取った武器や防具、身につけていたものの類や、『ハンベルス鉱山支部』から回収した宝物・宝飾品の数々が充てられることとなっている。
そこまで見越しての、つまり「商会」化させるという意味での"珍獣売り"というストーリーだったわけであるが、当の元『ハンベルス鉱山支部』を支配していたゼイモントとメルドットはというと……。
「とても素晴らしいお考えです、ミシェール様! 我らが偉大なる旦那様が、こんな質……慎ましやかな宮殿では、今後相手にする連中に無駄に下に見られるというもの!」
「我々の趣味が旦那様のお心に叶わなかったのは慚愧の至りですが! それらを買い揃え整えるための"糧"とするならば、数年かけて買い集めたあの宝物どもにも意味があったと言えますなぁ!」
と、このように全面的に賛同の様子を見せていたため、その点、必要性は理解しつつも面倒くさくもあった俺としては『やりたい奴に任せる』である。
そして相変わらず「こういうこと」には目も耳も敏い副脳蟲どもがどこからともなく現れ、ここに【造物主様と僕達の住居をもう一段階りっちでごうじゃすにリぷるォームしよう団】が結成されたのはまた別の余談。
――後に回してはいたが、ゼイモントとメルドットに事情を確認し、そして方針を定めし、【エイリアン使い】オーマとしても、そしてかつてマの字であった男としても対処すべき"案件"に関して。
重要な情報を持っていると思われる、事情を聴取すべき「訪問者」が、まさに今『客間区画』にいたのであった。
「それじゃあ、最初の議題からだな。まずは――"加護者"リシュリーの件について。既に一度聞いていたことではあるが……元ゼイモントに元メルドット、改めてお前達が知っていることを話してもらう」
「仰せのままに、旦那様」
「承りました。我らの知る全ての知識を」
その後、俺の意思を察知したらしい最古参の"名付き"たる爆酸蝸ベータが【虚空渡り】を発動。
刺し殺さんばかりの凶相の三白眼を向けてくる吸血種の少年と、一体何をベータにされたのやら、涙とかよだれとかで色々ぐちゃぐちゃの状態になった"教父"ナリッソの2名を『司令室』に連行。
そんな彼らに、俺はにっこりと口の端で笑みを浮かべ、声をかけてやるのであった。
「ようこそ、客人。儚くも滔々たる【闇世】が迷宮【報いを揺藍する異星窟】へ。歓迎しよう」





