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0158 新たなる"指し手"は魔獣の欠片を携えて

1/15 …… 属性論に搦めて全体的に文章をわかりやすく修正しました。大筋は変わっていません

 【魔獣】という言葉、あるいは概念がある。


 【闇世】で迷宮(ダンジョン)眷属(ファミリア)達であるだとか、それを使役する迷宮領主(ダンジョンマスター)同士の争い――具体的には【樹木使い】リッケルとの死闘の中で、俺は当たり前のように【魔獣】という言葉を使っていたし、それは配下たるル・ベリも、そして【人世】出身である竜人(ドラグノス)ソルファイドもまた同じであった。


 大まかには「魔力を持つ獣・生物」であるだとか、「魔力によって作られた生命」であるだとか……厳密なる定義があったわけではない。

 だが、その捉え方にいずれも共通しているのは、単に自然現象の中でさまざまな環境や"間隙(ニッチ)"を埋めるかのような、盲目の時計職人の手によって長い時をかけたかの如き遺伝による分化・洗練という名の自然選択やら淘汰やらの作用によって造形(・・)されてきた生命であるという理解に――プラス(・・・)して、何らかの形で【魔法(ちょうじょう)】の力にかこつけられて説明され、あるいは認識される存在であるということだ。


 簡単に言えば、自然淘汰論(の萌芽的なもの)という自然的な説明に、魔法現象によってそれが歪め(・・)られたという理解がこの世界(シースーア)にはあるということ。


 第一、【闇世】とはそもそも"親世界"たるシースーアから、諸神(イ=セーナ)の一派であった【黒き神】が生み出した「世界を構成する諸要素の"属性"が欠けた」世界として創成されている。

 そこでは人さえもが『ルフェアの血裔』として【異形】という種族的特徴を有するように"進化"しており――いわんや野獣の類もまた魔法やら属性やら瘴気やらという大きな要素込みでの「環境」に適応した結果である。ならば、そもそも【闇世】に生きる生命全てが、乱暴に言ってしまえば大なり小なり【魔獣】と言ってしまっても過言ではない。


≪まぁ、だからこそ【人世】では『ルフェアの血裔』が"魔人"だなんて言われているのかもしれないわけだが≫


 ――当然、これは【闇世】でひとまず【樹木使い】リッケルの襲来を撃退し、拠点の基盤をなんとか整えたばかりの時点での俺の理解。


 それが【人世】に出てきて、リュグルソゥム兄妹という【魔法】に関する生き字引のような一族の者と遭遇してその知識と交流し――また、こうして(・・・・)【騙し絵】家の秘技によって大量に、俺の迷宮(ダンジョン)の中にぶち撒けられた【魔獣】達の成れの果て(ジグソーピース)どもをありありと観察するに。


 どうも【人世】と【闇世】において、同じ【魔獣】という語であっても、その定義には大きな乖離があることがわかってきた。


 俺の迷宮(ダンジョン)の『大空洞』は、いまや一言でいうならば悪夢の巨大コンポスト状態である。

 ヒュド吉&グウィース&ソルファイドによる【調停】現象――これについても後で検討しなければならないが――によって、混沌の心太(ところてん)状態から個々それぞれの個体に戻る(・・)ことができた【魔獣】と【人攫い教団】の信徒(プラスアルファ)どもがその"(ピース)"を成している。

 それは、さながら【破邪と癒しの乙女(クールエ=アトリテラ)】がリュグルソゥム家の始祖リュグルとソゥムに施したような完璧できれいなる「分離」手術とは行かない≪ちょっとオーマ様、うちの始祖をそんなことの喩えに使われるのは≫うるせぇ、どこのきゅぴに俺の思考を読むやり方を教わった、『止まり木』に逆干渉して風雲昂ぶる武者震いの城に変えてやろうかこら。


 ――おほん。

 良いアイディアですね、というミシェールの呟きを聞き流しつつ――要するに、超大型生物どもが専用サイズの裁断機(シュレッダー)でまとめて細切れにでもされた特大かつ山盛りの肉片・骨片・組織片と三拍子そろった、ありとあらゆる"欠片"が混ざり合い、折り重なり合い、『大陥穽』の底にうず高くこんもりと水路を完全に覆い尽くして埋め尽くして「こんもり」などという言葉では表現できぬほどの状態で……()()()()いたのである。


 こんな資源の山盛りを"有効活用"しようと思うならば、そのまま三日三晩かけて焼き払ってしまうわけにもいかない――というのが悩みどころ。

 【人攫い教団】の武装信徒達は、今回の俺の迷宮(ダンジョン)への転移に際してそれまでに無い【空間】魔法が使われたと想像することは容易であり――それらを「解析」する意味でも、また「再利用(・・・)」できる者と荼毘に付すものを峻別する意味でも、なるべく全部を元の形(・・・)に戻さなければならないのであるから。


 しかも、この"元の形に戻す"作業というのは、【魔獣】達に対しても別の理由から実施しなければならなかった。


 端的に言えば、一部、というかほぼ大半の「欠片(かけら)」に対して【因子の解析(ジーン・アナライズ)】が俺自身の直接発動であると走狗蟲(ランナー)達に食わせる間接発動であるとを問わず、発動しなかったのである。

 【エイリアン使い】としてのこの俺の根幹的な能力であり迷宮(ダンジョン)の"世界観(システム)"であるだけに、これにはどうしたことだと焦ったが――何とか「解析」できた個体とそうでない個体を比較して、俺自身の認識(イメージ)を振り返ったところ、原因は説明だけでいえば非常にあっさりとしたものであった。


 ――単に、その骨片だか肉片だか組織片だかが、この俺自身をして、その"現象"を認識(イメージ)できないレベルでバラバラになりすぎていた。


 だが、気付いてみればそれもまたそうだなという思い。

 現に生きて、動いて、一個の存在として己が駆使する力なり現象なりを直接観測できた【春司】の取り巻き達や、これまで【闇世】なんかで観測できてきた魔獣やらリッケルの眷属やらと違って……渾然一体と化した「悪夢の心太(ところてん)」状態では個々の特性が混ぜ合わされて塗り潰され癒合するという意味において没個性化してしまうのである。


 一応、そこから【混沌属性適応】が読み取れなかったわけではないが……逆に言えば、それだけである。

 たとえそれが"元に戻る"ことができたとしても、そもそもの完成形の姿や、それが有すであろう力についてほとんどイメージすることのできない数百だか数千だか数万だかの「欠片」が、ごちゃごちゃにうず高く重なり混じり合っている状態では【解析(アナライズ)】しろという方が無茶なのは自明の理であることだろう。


 そういうわけで、我が眷属(エイリアン)達に命じたのは、単にブルドーザー的に一切合切なぎ倒して処分してしまう方式ではなく。

 一欠片一欠片人欠片を、多少は大雑把でもよいが、それでもある程度慎重に仕分け、分離し、粉々に砕かれた人形だかフィギュアだかの専門店を一晩で元の「営業できる状態」にまで修復しろと言うに等しい、我ながら「無茶振り」だと思えるような作業だったわけである。


 ――だが、【人世】で迷宮領主(ダンジョンマスター)の力を隠しながらも活用しながら勢力を築いていく上では、【魔獣】の定義に関する検討は避けられない論点だと俺は考えている。


 いずれ、異星窟の魔獣(エイリアン)の姿を晒さねばならないタイミングは来る。

 だが、たとえその時でも――まだ俺が【闇世】から這い出た"魔人"であることを秘匿しておける余地があるとすれば、この【人世】と【闇世】における【魔獣】定義の差異から見えてくるであろう何がしかであるに違いなかったからだ。


≪うははは! 旦那様は、あくまでも、この恐るべき美しき……自らの眷属(エイリアン)をも"珍獣"と言い張りなさるらしい≫


≪おい、俺達もそのおぞましき美しさ(エイリアン)の一部になっているってことを忘れるなよ? ゼイモント≫


 そういうわけで、悪夢の3次元生体ジグソーパズル(腐るまでの時間制限尽き)✕数百体(人皮入り)の効率的な「攻略」は我が有能なる副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもに任せ、俺は迷宮(ダンジョン)への帰還早々に、まず【魔獣】についての本格的な検討を従徒(スクワイア)達と開始していたわけである。


 改めておさらいするが――【闇世】における【魔獣】とは、いわば【闇世】の環境に適応した生命そのものであると言えた。

 たとえそれが【異形】という技能(スキル)によっていようが、迷宮領主(ダンジョンマスター)眷属(ファミリア)として迷宮(ダンジョン)法則に服していようが――【闇世】に在る生命という意味では同じことだ。


 何故、このような、さも【魔獣】とはごく普通の獣(・・・・・・)であるかのような言い方を、殊更に強調するのか

 それは、まさしく【人世】においてはそうではない(・・・・・・)からであった。


≪【魔法学】における解釈では、【魔獣】とは"属性のバランス"が狂った獣、ということだったな? ルク≫


≪その通りです。オーマ様の【闇世】の知識……うぃきぺでぃあ? その"文献"と合わせて考えるならば、"荒廃"を引き起こす"瘴気"とは【闇世】に【人世】の"属性"が吸入された結果起きる「不均衡」の作用そのもの≫


≪【闇世】の自然法則の維持と引き換えに、【人世】から不揃いに"属性"が奪われて欠乏します。それは魔素の大いなる乱れであり、【人世】側における「16属性」の均衡の崩壊を意味しており――≫


 ――"荒廃"に中てられた野獣は、神の似姿(エレ=セーナ)という「完全な存在」から、失われた「属性」を奪い取って補おうとする。

 これこそが、「他の生物(特に人)を襲う」存在として理解される「【人世】の【魔獣】」という捉え方である。


 すなわち【国母】ミューゼが終生を懸けて取り組み、また彼女の弟子達が『長女国』を建国して引き継いできた【浄化譚】の本質は、世界の構成要素である「属性」の不均衡による自然や環境の異変による災害たる"荒廃"への対処も()ることながら、それによって生み出される――飢えたる(・・・・)魔獣達を最大の脅威としてきたことにある。

 その故に、彼女の高弟達の役割を引き継ぐことを存在意義とする頭顱侯家を頂点として、魔導貴族達の統治の責務の一つに「人を襲う存在(魔獣)」の討伐というものがあるのである。


≪この時点で既に【闇世】とは根本から違う点が一つ、あるな?≫


≪【闇世】の【魔獣】は他の"獣"達と同じく、自らの意思で生きている。少なくとも……"属性の不均衡"とやらを理由に他の生物を殺して食らって奪うなどということはありませんな、御方様≫


 例えば亥象(ボアファント)葉隠れ狼(リーフゥルフ)は【魔獣】であるや否や。

 宿木樹精(ミスルトゥレント)は【魔獣】と言えるや否や。


≪こいつらだって【闇世】に生きる生物だ。ただたまたまその【異形】が……あんまり(・・・・)【魔法】とは直接関係ない(・・・・)方向に進化しただけの、単なる「魔」のつかない「(けもの)」だ、とも言えるな? だが――≫


≪うん、まぁ【人世】の定義だと……思い切り【魔獣】になるよね? おと、当主(フェルフ)様≫


≪というかさ。そもそも【魔法学】の考え方だと、【闇世】の生物イコール【魔獣】になってますよね? ちち……当主(フェルフ)様≫


 リュグルソゥム一家が言及した通り。

 数百年に渡る「平和」という名の膠着の中で、【人世】側が【闇世】側の事情であるだとか、ましてや環境や生態系などについて十分に知識を蓄えたり、研究をできていたようには思えない。


≪末子アルシーレの【神聖譚】ですな、旦那様≫


 元『ハンベルス支部』の者として、『末子国』の領内をもその"活動範囲"としていたゼイモント――"加護者"リシュリーの件で、彼とメルドットには確認しなければならないことが山ほどあるが、それは後だ――が言及したように、【四兄弟国】において"裂け目"そのものへの対処は『末子国』の専権とされた。

 頭顱侯達が"荒廃"と共に事実上対処していた大氾濫(スタンピード)も、形骸化している部分もあったらしいが、形式の上では『末子国』に正式に鎮圧要請を出してその力を借りる形でなければ行われないものである。


 斯様に情報ごと【禁域(アジール)】として封じ込められていれば、よもや、属性も魔法もあまり関係が無い……ただ、少しだけ()しい見た目をした「ただの獣」が存在するという想定すらできないことは想像に難くない。

 リュグルソゥム家が考案した"珍獣売り"という肩書きは、そうした認識の間隙を突いたアイディアではあったが。


≪故に、俺は言葉を変える。"認識"を変える。【闇世】に住まう生物はすべからく【()()()()】とでも呼称すべきだろう。そいつらが【魔法】に関わっているのか、あるいはどこぞの迷宮(ダンジョン)眷属(ファミリア)であるのかは、また別の話。ここが発想のスタートだ≫


≪それならば、さしずめ【人世】側は【人世生物】ということか? 主殿≫


≪その通りだ。そしてそれは【魔法学】の定義とも、矛盾はしないだろ? 元は単なる野生動物に過ぎない【人世生物】が、"荒廃"に中てられた影響で――【闇世】の自然法則を浴びてしまった≫


 さて、ここで一つ疑問点がある。

 この便宜上"瘴気"と呼ばれる――【闇世】の強引に再現された極端な自然法則の乱れを一身に受けた【人世生物】は、【闇世生物】と同じ(・・・)対処手段を持っているのだろうか。


≪【闇世生物】には【異形】がある。【人世生物】には【異形】が無い。そういうことか≫


 故に【人世生物】が変異した存在としての【魔獣】は、他の生物を襲う。

 【異形】によって欠けた属性を取り込むことができないため、直接、それを持つ他者を喰らうという行為によって――である。襲われ食われる側からすれば邪悪な悪夢には他ならず、その念が、こうした"元"通常の野生生物達を狂わせたる現象を「瘴気」と呼ぶようになったのだ。


≪赤頭よ、お前は言っていたな。かつて里で【魔獣】狩りを生業にしていた、と。【魔獣】がなぜお前たちを襲うのかについて竜人(ドラグノス)は、どう理解していたのだ?≫


≪ふむ……確かに竜人(ドラグノス)に【魔法学】は無かった。だが"瘴気"という言葉と理解は、あったな。元は普通の野生生物であったものが狂い、魔力を帯びたものだということもわかっていた――だが【闇世】に来てみて【異形】を持つ【闇世生物】どもと同じ(・・)だというのは、主殿に言われなければ、気づかなかったな、確かに……≫


 以上の気づきは、ある点において重要な意味を持つ。

 "瘴気"への対抗手段として【異形】を持ったのが【闇世生物】であり、持たずに他生物を襲うようになってしまったのが「荒廃型【人世生物】」であるならば――論理的帰結として第3(・・)のパターンが存在することを浮き彫りにできよう。


 すなわち、他生物を襲い喰らう以外の「対抗手段」を持つ【人世生物】。

 自らが"魔力"を持ち、【人世】において内なる魔素を巡らせる存在。

 【魔法学】的に見れば――まるで【属性】や【魔法】に親和しているかのような存在である。


 これもまた、例の雑な定義では【魔獣】としか言えまい。

 だが、その内実は「荒廃型」とは大きく異なる。


≪こいつを【魔力適応生物】あるいは【魔法適応生物】とでも呼称、定義しようじゃないか≫


 要するに、ソルファイドに宿った魔馬【焔眼馬(イェン=イェン)】のようなタイプであった。

 これらは自然的に、少なくとも「魔」などとは本来言われる謂れのない、この世界(シースーア)における正統なる法則(システム)内のルールに則って「魔力」を獲得・適応したと言うべき()凶獣である。

 "荒廃"による負の影響によって(ねじ)れたかの如く出現した存在とは一線を画すべきであろう。


≪――まぁ、わかってますよ、魔導貴族達も()()()ね。でも、それでも、そういうのも全部【魔獣】と括ってしまってます。その方が色々と都合が良い(・・・・・)ですからね、色々とね≫


≪恐ろしき我が君におかれましては、重々にご予見、ご承知かと愚考いたします≫


 ルクとミシェールは俺が何を確認したかったのか、既に予想できていたことだろう。

 『長女国』における魔導貴族達の優越的な支配、魔法の才の有る無しが"井戸"にすら喩えられ、この国での一生をどのように過ごすことができるかのレールを大きく左右してしまうほどにまで権威付けられた絶対性を正統づけるものこそが――"荒廃"への対処ならば。


 すべからく【魔獣】とは、暴走して人も他の生命も襲う"凶獣"でなければ()()のである。


 数年か、数十年に一回か、それでも民草にとっては一生のうちに少なくとも「数度」は【魔獣】の脅威に直面することとなる。その際に、たとえどれほど抑圧され管理され支配され、わずかでも背後関係(・・・・)を読み間違えればたちまちに道端の赤黒い染み(・・)と化してしまう一生を強いられるとしても――それでも魔法使い(才ある者達)に頼って生きなければならないと刷り込まれることとなる。


≪【騙し絵】家が【魔獣】として、この3種類を区別することもなく次から次へと異空間の牢獄に放り込んでいたのは、その意味で偶然だろうかなぁ?≫


≪あぁ、うん。まぁそう考えると、ギュルトーマ家も相当に怪しいですけれどね。ロンドール家のために、わざわざ【春】の魔獣、いえ、その神性(・・)を「封印」してやっていたなどと≫


 この点、『長女国』における統治の裏事情や――その中から片鱗を見いだせなくもない【騙し絵】家の本当の役割(・・・・・)や、あるいは鋭く激しいとされている「派閥対立」の本質などは、まだそういう可能性もあるかもしれない、という気づきレベルである。


 だが、この文脈に乗せれば。

 『関所街ナーレフ』執政を襲うロンドール家がやろうとしている事の本質が、いよいよ浮かび上がってくる。


≪【春司】の件でほぼ裏が取れましたし、確信が得られましたが。ハイドリィ=ロンドールは【夏司】と【秋司】をおそらく既に捕らえています――それも、【春司】に対してやったのと同じ手法≫


≪【風】属性と、それから【土】属性でしょう。【騙し絵】家が力を貸した(・・・・・)のは流石に今回限りとは思われますが……ギュルトーマ家の力をおそらくは借りて、相当に強力な【魔獣】に宿らせ、それを手中に収め、支配する術を編み出していると思われます。我が君≫


 第1から第3までの意味での【魔獣】達が――【火】属性の者のみであったが――【春司】の強力な宿り先とすべく、あてがわれていたではないか。


≪どうして、同じことが【夏】や【秋】や、そしてハイドリィがまだ手中に収めていない【冬】について言えないだなんて言えるだろうな?≫


 近い(・・)属性を持つ【魔獣】の身体に【四季ノ司】を封じ込めることで、つまり旧ワルセィレの『四季一繋ぎ』という法則(システム)を悪用する形で――支配・使役可能な"凶獣"として操る術を、ロンドール家が『秘匿技術』として開発することに成功しているならば。


 "荒廃"を調律することこそが高貴な(ノーブレス・)る責務(オブリージュ)たる『長女国』において、彼らの地位と「功績」はどれほどのものとなるであろうか。


≪掌守伯家としての序列は何段も一気に跳ね上がることでしょうね。それだけで、即頭顱侯となることはないでしょうが……≫


それだけ(・・・・)なら、な≫


 ――"荒廃"とは『長女国』内における災厄である。

 そしてその"荒廃"の顕在化として、最もわかりやすく象徴的な災害こそが、凶獣としての【魔獣】の出現である、のだが。


()だろ≫


 仮に『四季』を――【火】【風】【土】【氷】の四属性の【魔獣】を自在に操る術を得た、として。

 さて、何を善意の義侠のように、他家の所領に現れた"荒廃"を解決(・・)してやる必要があるだろう。


 簡単なことだ。

 むしろ"荒廃"が発生していない、仲の悪いこちらになびかない他家に対して――"荒廃"を引き起こすぞ、と脅して、まさに【四季ノ司】を経由して支配・使役する【魔獣】を差し向け、けしかければ良い。物理的に弱体化させられるだけでなく、相手の"荒廃"抑制者たる魔導貴族家としての実力と権勢をも大いに傷つけることができるようになるのである。


 その恐喝で以て、ロンドール家は事実上の支持者を増やして、新たな頭顱侯へとのし上がる腹積もりだったのであろう。


≪だが、主殿。【冬司】は、支配されているわけではないのだろう?≫


≪エスルテーリ家に邪魔されているだけ、てわけじゃないだろうな。おそらく最初に気付いたのが【冬司】だった――そして【冬司(ゆきうさぎ)】は、ロンドール家の狙いを理解した。『四季システム』の核である【泉の貴婦人(ルル=ムーシュムー)】を自分が先に、ハイドリィに奪われないように確保したんだ≫


だから(・・・)、ハイドリィは他の3柱の【四季ノ司】を全て掌中に収めたかったはずだ。手に負えなくなった【冬司】をなんとかするために、な≫


≪だが、その最後の一柱であった【春司】は、今は御方様に宿られている――≫


 手の甲に宿る蝶々の紋。

 今は俺の身体に"客人"の如く羽休めをしている【春司】が、ぼうっと淡く仄かに、その熱を帯びた。


≪なぁ、ゼイモントよ。薄々感じてはいたが、本当に"雲上人"の世界はおっそろしいことだなぁ≫


≪そうだな、メルドット。その手前(・・)で、雲の階梯の頂上への道を我先に先駆けようとする掌守伯家で、このレベルなのだからなぁ≫


 これこそが、リュグルソゥム一家が『止まり木』で検討した可能性。また【春司】から直に、彼の"きょうだい"達に何があったのかを聞いた上での、この俺の読みであった。

 そしておそらくは、元【涙の番人】であり、ロンドール家の腹の中側に入り込んで食い破る機会を眈々と待ちわびていただろう【血と涙の団】マクハードの視座と前提条件もまた、ここにあると見てよいだろう。


≪やっと、仕掛け人気取りのうちの一人と同じ視点にまでは立ったな。となると次は……≫


≪【春司】を手中に収められなかったという痛恨の想定外がロンドール家を襲ったことになりますね、我が君。そして、≫


≪猪突猛進型とかギャンブル型の手合いだったら、ここで破れかぶれ、【深き泉(ウルシルラ)】に進撃でもしようとするんでしょうがね≫


 その可能性は確かにあった。だが、それでは――この俺が、一度ならず二度までも横から()()()()ための"準備"が、整わないのである。


≪理解しましたぞ! 旦那様! なんというお知恵、なんという鬼謀だ!≫


それで(・・・)ラシェ坊主を焚き付けて……さらにあのマクハードをも(・・)焚き付けて、ナーレフ行きを決断させたわけですな!≫


 ハイドリィにとっては【春司】の出現を皮切りに【血と涙の団】が蜂起すること。それを【春司】の"暴走"と、【騙し絵】家暗部『廃絵の具』の介入で潰すことまで織り込んだつもりであったのだろう。


 だが、そうした目論見が尽く外れ――親子二代に渡って準備してきた"計画"の核心部分が揺らいでいる。


 果たして【夏司】と【秋司】の2体のみで【冬司】に挑むべきか。もう少し様子を見るべきか。

 今、誰よりも、喉から手が出るほどその判断のための"情報"を欲しているのは――大義を果たせず他の上位の"指し手"達の思惑に振り回されて半壊したエスルテーリ家でも、俺の動きを見てあれやこれやと"再計算"しているであろう【血と涙の団】率いるマクハードでも、独自目的のためにロンドール家への"義理"は既に果たして手を放し俺の迷宮(ダンジョン)への次の対処法をしたたかに思惟していると見て良い【騙し絵】家でもない。


 ナーレフ執政ハイドリィ=ロンドールこそ、情報に(かつ)えているに相違なかったのだ。


 だからこそ(・・・・・)、【血と涙の団】の実質的な牽引役であるマクハードが、このタイミングであえて『関所街ナーレフ』に戻る意味が、あるのである。

 だからこそ(・・・・・)、俺はエリスの件をダシに、ラシェットをも巻き込んだ――ことをダシにして、マクハードを焚き付けたのであった。


 これで、マクハードとハイドリィが騙し合い、読み合って様々な可能性をそれぞれの時間制限(タイムリミット)までは必死に考える間は。

 【春司】に関する確たる情報が"風"に乗って旧ワルセィレ一帯に巡り回るのを待つまでは、『関所街ナーレフ』の軍勢は動くに動く確証と自信を持ちきれないであろう。


 それこそが、この一件の盤上に半強制的に乗り上がることとなった――もちろん自ら望んだ面はあるが――"指し手"の一人となった、俺が打った先制の一手なのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 設定がしっかりしてるのは良いぞ! 主人公が情報の更新と仮説の更新をちゃんとやってる…素晴らしい! 情報の差と各々の立場と思惑と世界設定から練り上げられたストーリー…良い(しみじみ) [一言…
[一言] 本っ当にくだらないんだけど、周回して読み流す度に「春司」が「寿司」に見えてならん。みんなに届けこの呪い
[良い点] いつも面白く拝見しています。 読者がうさんくさく感じていた「浄化」への深く分け入った分析。 魔獣の脅威に直面した大衆が「それでも魔法使いに頼って生きなければならないと刷り込まれることとなる…
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