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0152 春疾火(はるはやひ)の乱(8)

 時は吸血種(ヴァンパイア)の少年ユーリルが"裂け目"へ突入するよりも数時間遡る。


 "旅人"に扮し、"珍獣売り"を手なづける"学究者"であると嘯いて"治癒師"としてヘレンセル村に乗り込み、今は"煽動者"となった【エイリアン使い】オーマは、村長邸に担ぎ込まれた重傷のアイヴァン=エスルテーリ指差爵の協力を取り付けることに成功していた。


 それは、彼がこの短期間で作り上げた上記5つの"顔"を、会談の中でさらに短期間のうちに変転させたことによるものだが――全身の7割を焼け爛れさせた老指爵は、もはや治癒魔法や活性魔法の力を以ってしても延命させることで精一杯であるのみ。

 職業(クラス)【火葬槍術士】とは、呪詛を焼き潰すことはできても、純然たる火傷そのものを癒すことができるものではない。


 息女エリスが、配下の兵達を逃すために魔獣達に立ち向かったために、燻し丸焼きにされた肉塊と変わらぬ姿を包帯でぐるぐるに巻かれた老父の手をじっと握り、その肩にラシェット少年がそっと手を当てる様が、村長邸に集う者達の悲嘆を端に表している。


 それこそ、暴露されていないだけであり既に裏切り者であることが看破されていながら、出鼻をくじかれた宙ぶらりんの立場に留め置かれてなし崩し的に「防衛」への協力体制に組み込まれたエスルテーリ家従士長ミシュレンドをして、如何なる感情が込められたるか、眼に涙を溜めさせていた有様であった。


 ……あるいは【破邪と癒しの乙女(クールエ=アトリテラ)】の加護者の力でも無ければ助からぬ。同様に、いずれかの頭顱侯にその(こうべ)を地に打ちつけんばかりに垂れて救命を請おうにも、空間的にも時間的にも文字通りの()急が迫りつつある中では途方にも間に合わぬ。


 無論、仮にそれが間に合いそれができるとしても、【エイリアン使い】オーマは"加護者"リシュリーを使う、という選択はしなかったであろう。その癒しの力は、マイナスをゼロにするものではなく、ただ単にある器の中のマイナスを別の器の中のマイナスとして移し替えるに等しいものであるがために。

 だが、せめて息女エリス――次期エスルテーリ指差女爵が、亡父と話すことのできる時間をわずかでも永らえさせられるよう、『薬売り』の頭目ヴィアッドが煎じた気休めの調合に……白き【命石】を砕いた粉末を混ぜて飲ませるのみ。


 だが、【眷属心話(ファミリアテレパス)】を通して所作や言い回しにいちいちリュグルソゥム家当主(フェルフ)兄妹の助言を受けた中で演出されたる静かなる"凄み"。

 そして、瞬く間にアイヴァンを介抱ししかもその場にヘレンセル村に割拠せる主だった者達もまとめて呼び寄せおおせた手腕。

 加えて――【春司】を討伐・討滅ではなく、あくまでもロンドール家によって成された"何か"から開放し、鎮めて宥め治めるという視点に立った状況分析というオブラートに実質的な魔獣の群れの撃破作戦を述べたことで、旧ワルセィレの民から一定の支持を得たこと。


 これらによって、彼が少なくともこの急場で村をまとめ上げ、村を襲おうとしている危難に有効な手立てを打つことのできる器と見た者は少なくなかったのである。


 ――そして、その機会を捉えて、一度【火】を伴った【春】に敗北し敗残し、生き残りながら恐怖し消沈したエスルテーリ家の部隊と【血と涙の団】の団員達に「もう一度戦う」希望を持たせる一押しとなったのが、ツェリマ率いる「追討部隊」扮する、魔獣討伐を目的とした旅の『青年魔法戦士団』を名乗る一行の到来であった。


   ***


 結論から言って、リュグルソゥム兄妹を"控え"に回す判断は大成功を収めた。


 ただ単に『廃絵の具』が村と迷宮(ダンジョン)のどちらに仕掛けてくるのかに即応して対処させる備えとして、だけではない。

 ()『廃絵の具』の部隊長であり、ルクとミシェールの父母兄弟姉妹を襲った実働部隊の一人として『止まり木』に記憶されていた"私生児"ツェリマ・トゥーツゥ=イセンネッシャが率いる「追討部隊」まで、釣る(・・)ことができたのであるから。


 一体どういう事情が起きたかは推測の域を出ないが、リュグルソゥム兄妹は「お家騒動」の可能性を指摘していた。

 曰く、『長女国』の非常に深い部分に巣食う"謀略の獣"としての頭顱侯家の常として、【火】の魔獣を転移させたであろう【空間】魔法はイセンネッシャ家にとって秘中の秘であったはず。つまり、それを発動させることは、権限からしても能力からしても『廃絵の具』には不可能であり、【騙し絵】家の直系の手によるものと考える他は無い、とのこと。


 ……そして"私生児"とはいえ直系であるには違いないツェリマが『廃絵の具』と別行動を取っているならば、それを為したのは、今『廃絵の具』を率いている何者か――例えば【騙し絵】家の当主か、またはその血族か――と考えるのが筋であった。


≪だが、ルクよ。【火】の魔獣どもを解き放つだけ解き放っておいて……自らは無関係を装ってこうして(・・・・)我らの側に紛れ込む、というのが、そのツェリマとやらの狙いという可能性は無いのか?≫


 常の如く――あえてそうすることが己の役割であると知っていてそうしているかの如く――ソルファイドが、ごく一般的な視点からの疑念をする。

 だが、ルクやミシェールが答えるまでもなく、少なくとも「ツェリマ・トゥーツゥ=イセンネッシャ」自身が【春司】の周囲に【火】の魔獣達を呼び出してから、他の誰よりも早くヘレンセル村へ来たのだという線は否定される。

 【空間】属性、特に【転移】魔法が村の周囲で発動された形跡は存在しなかったからである。


≪忘れたのか……赤(あたま)め。御方様が、地泳蚯蚓(アースワーム)達に指示を下され、極細、極小の【領域】を要所に張り巡らされたのだ≫


≪その通り。ギリギリ、【転移】魔法それ自体と干渉しても――押し負けて(・・・・・)消えてしまうほど微かに、なレベルだけれどな。こんな無駄遣い、対迷宮領主(ダンジョンマスター)じゃきっと考えられないだろうが≫


≪なるほど、対イセンネッシャ家の"鳴子(なるこ)"ということか。それに引っかからなかったのならば、少なくとも魔獣どもを喚び出し、指差爵家の軍を襲わせた術者は別の者になるな≫


 ――そしてちょうど今、その"裏"が取れた。

 【春司】が【血と涙の団】とエスルテーリ家軍の合流を壊滅させた一部始終を監視させていた、【人世】生物に仕込んでいた寄生小蟲(センシズリーチャー)達が【闇世】側の母胎蟲(パラサイトマザー)に回収され、その情報が上がってきたのである。

 その"感覚情報"を解析させたところ、少なくとも【火】の魔獣を呼び出す「門」とされた死体を作った(・・・)のは――年若い男であることがわかったのであった。


≪この者は、【騙し絵】家当主ドリィド・トゥーオ=イセンネッシャの長子デェイール・トゥロァ=イセンネッシャかと思われます、我が君≫


≪実力者だというのに頭顱侯(お前たち)の間にまで"私生児"だなんて蔑まれたあだ名を知られているなら、その出処は、まず身内(・・)だろう。仲が良いなら、一緒に【春司】様と愉快な燃える仲間達が村を蹂躙するのを眺めていたらいい、と考えるのが自然だな≫


≪そもそも【騙し絵】家の最重要の悲願は、"裂け目"へのアクセスを自分達だけで確保することですからね。たとえそのついで(・・・)で、あの"私生児"が猟犬らしく――この私達を「追討」して手柄の一輪にでもしようとしている……のだとしても、≫


≪あえて村に与して戦闘を長引かせて脱出の機会を作るより、手分けして周囲に潜んで監視した方が楽なはずですから。第一 ――≫


 【魔剣】家侯子デウフォン・サレイア=フィーズケール。称号【剣魔】。

 ()頭顱侯【明鏡】家侯子グストルフ=リリエ=トール。称号【転霊童子】。

 【遺灰】家侯子サイドゥラ=ナーズ=ワイネン。称号【忠孝の放蕩息子】。

 【冬嵐】家の『工作部隊長』ハンダルス=ギフォッセント。

 【歪夢】家の"走狗"【罪花】の『兵隊蜂』トリィシー=ヒェルメイデン。


 『青年魔法戦士団』御一行のうち、お前はどこの石川五右衛門と前田慶次を京劇風味を混ぜて魔改造したド派手な歌舞伎役者だという出で立ちの≪昇天ペガサスさんマックス盛りさんなのだきゅぴいいいうらやまきゅぴいいいっ≫デウフォン、そして非常に気になるが後回しな称号(タイトル)を持つ青年グストルフ、魔法使いというよりはそういうコスプレをした娼婦と説明した方が早いトリィシーの3名は――リュグルソゥム家の最期(・・)にも明白にその顔形姿出で立ちが"記憶"されている、ルクとミシェールにとっての直接の仇達だったのである。


 さらに、他の2名にしても、リュグルソゥム家の情報網によれば、いずれもそれぞれの頭顱侯家の"厄介者"達であるという。


あの連中(・・・・)が、百歩譲って「追討(任務)」のためにツェリマに従っているとしても、【騙し絵】家の悲願成就をただ黙って見過ごしてやるほど"お人好し"とは、思えませんから≫


 むしろ、その連中のそうした行動心理を利用して、ツェリマが『廃絵の具』に対する妨害行動を取ることすら予期されたのであった。


 折しも、興味深いことに、現在森の中を、【闇】属性の絶技として知られる【虚空渡り】――俺の"名付き"の眷属(ファミリア)にして従徒(スクワイア)たるベータも特技とする――を連発しながら、何者かが猛然と"裂け目"、つまり『魔石鉱山』に向かって爆進しているという。

 ルクとミシェール曰く、ほぼ吸血種(ヴァンパイア)の可能性が高いとのことであったが……果たして、その者はどの勢力(・・・・)の手先であろうか。


≪タイミングを考えれば……『廃絵の具』と狙いが近いようにも見えますな、御方様≫


≪「臓器移植」に「魔獣標本」にと、研究熱心な一族だな。そもそも『廃絵の具』と吸血種(ヴァンパイア)は敵対していたって話だろう? ――まぁ、何も考えずに突っ込んでくる小醜鬼(ゴブリン)みたいな相手とは思わないほうがいいか。何だったら、ヘレンセル村を首尾よく葬ってから、ゆっくりと【春司】を"裂け目"に誘導したっていいんだろうからな≫


 少なくとも、このタイミングでのその推定吸血種(ヴァンパイア)の行動は、全体を監視している上位の指し手の一人であろう【騙し絵】家からすれば、"裂け目"の内部を突かせてその反応を観察するのにはこの上なく都合が良い存在であることは確かであった。

 だが、それは逆に言えば、彼に奥深くまで進ませ、ゆっくりと"応対"する間は時間を稼ぐことができるということでもある。いっそ、『魔石鉱山』の方に【転移】させて撹乱する手も考えられた。


 ――いやにダリドとキルメが張り切っていたからである。


 流石にこの俺でも、リュグルソゥム家の"提案"を聞いた時は、よもや「種族」どころか己等の存在そのものすらをも賭けて(ベットして)しまうつもりだなと感心し、呆れ、また一抹の同情心のようなものが湧いたが……それが彼らの求めるものであるならば、俺はそれに【報い】なければならないのである。


 侵入しようとしている吸血種(ヴァンパイア)はたった一人のようであったが、万が一に備え、【闇世】側でグウィースとゼイモント&ジェミニ、メルドット&ヤヌスに「フォローアップ」を命じつつ――この思わぬ助力の申し出をしてきた『青年魔法戦士団』の一行を「防衛戦力」に組み込んだのであった。

 ……無論、"監視"をつけることは忘れなかったが。


 正直、ここまで釣れた(・・・)なら、旗色が悪ければ【春司】様とその愉快な仲間たちのせいにして、村を潰して重要人物達を攫ってしまう線も有りといえば有りであった。

 無論、それはこの『青年魔法戦士団』などというリュグルソゥム家の仇集団を含めてのことであるが。

 この序盤で、俺の【魔人】としての活動の形跡を『長女国』に認知され得たとしても――それに見合うレベルで、こちらも多くの情報を得ることができるかもしれない、そういう水準の十分なリターンとなりつつあった。


 ただ、同時に、目の前のヘレンセル村の"厄介事"を彼らに有利に解決してやることで【魔人】の尾を出さずに信用を積む、という意味でのより長期的な浸透策を取るという意味でも――ツェリマ一行の到来は絶妙に足りない一手を補ってくれる"戦力"ではある。

 その意味では悩ましい選択ではあったが……俺は、最も初めの想定と目標設定をまずは優先することとしたのである。


≪我が君のお命じになるままに。今ここで彼らを捕らえて吐かせるも良し。この一件をキッカケにして、仮初めの信用を構築できるのでしたらば、"ツテ"として泳がせて、後に収穫するも良し。私達は『リュグルソゥム家』として、お仕えし、我らの悲願成就の道を我が君のお恵みと情けに頼る者≫


 ……その後に続く「如何様にも使い捨ててください」という言は、黙れ、という意思のイメージをぶつけてやることで飲み込ませたが。

 怯んだ様子もなく、ルクが嗜めるのを息子と娘がやや引いた様子で見ていることも意に介さず、嫣然と笑みを浮かべたまま引き下がるミシェールではあった。


   ***


「いやぁな"風"だね」


 灰尽くめ、灰被り。

 肩まで垂れた長髪も、その下にまとう装束も全てが"灰"色――【遺灰】のナーズ=ワイネン家の「弔い装束」――でありながら、帯や靴、内服や耳飾りなどにアクセントのようにキラリと洒落(しゃれ)数奇(すき)を主張させることで、決して自身が一族の他の者と同類(・・)の"陰気者"などではない、と。そのような出で立ちをして、ささやかなる主張をしているかのような青年にして『青年魔法戦士団(やっかいもの)』の一員サイドゥラ=ナーズ=ワイネンはぽつりと呟いた。


 ――ちょうど【エイリアン使い】オーマが【情報閲覧】を通して、彼の"素性"を看破し……デウフォンが"歌舞伎者"ならば、こちらは"数奇(すき)者"だな、という印象を脳裏に刻んでいた折りである。


「イッヒヒヒ……良いところに気づくじゃないか、サイドゥラ卿。君もさぁ、感じたんだろう? あの全身がゾクゾクさせられるような――良いイイ"目線"がさ。視られただけで内臓の底までぶちまけられそうな気分だ、本当にありゃただ者じゃない、と僕様の直感が告げている」


「怖いよね。【遺灰】家の(この僕の)この姿(ナリ)見て、どう発想したら、あの【火】の魔獣と一対一で()れそうだって確信するんだろ?」


 目の周りを覆う疲労だけではない疲労を現すかのような深い(くま)は、むしろ彫りの深い顔立ちの陰影を際立たせる。本人は"涼しい顔"をしているつもりであるが、しかしその穏やかな顔貌がもたらす"凄み"そのものは……「厄介者」達の中でもツェリマやデウフォンにも引けを取るものではない。

 ただ一点、独特なる特徴があるとすれば、トリィシーのように煙管(キセル)も持っていないにも関わらず、【遺灰】家の『放蕩息子』サイドゥラの溜め息には、吐き出されたる「灰」が煙状となって辺りに立ち込めていたのであった。


 だが、当の本人がむしろその"灰"に最も辟易しているが如く。

 ゲホゲホ、と咳き込みながら指をくるくると回して"灰"達をかき集め――窓の外の雪の塊に投げ落とす所作を、何度も何度も繰り返している。


「違いないね! デウフォン卿とか――あのどう見ても【火】属性でござい、な竜人(ドラグノス)じゃあるまいし!」


「その"(ケイ)"くんに聞こえてるみたいだよん、グストルフくん」


「構うもんか、今のデウフォン卿は【剣魔】が疼いてるみたいだからさぁ! 相手が"剣士"だからってねぇ! んー、こんなことなら……あっち(・・・)とやり合う方にツェリマ姉さん焚き付けた方が、面白かったかな? どう思うよ、ヒヒ」


 ヘレンセル村の村長邸。

 "オーマ"という名前らしい、村で起きた騒動を魔法と「声」で鎮めて見せた「学究者」と、重傷に臥せり娘に手を握られながらも「戦術」を練るエスルテーリ指差爵アイヴァンの元へ、ツェリマはその宣言通りに「あと一手足りない」という趣旨の言を待ってから乗り込んだ。


 無論、いずれも各頭顱侯家で厄介者扱いされている自覚のある者ばかり(ハンダルスを除く)。

 つまりたとえ"枯れ井戸(才無し)"達であっても『長女国』に生きる民からすれば、一目で、隔絶した力を持つ戦闘魔導師(バトルメイジ)とわかるはずであるが――逆に、あまりにも隔絶しているということは、その"違い"がわからないこともまた常。


 ……だというのに、他に「珍獣売り」だとか「治癒師」だとかとも名乗っているらしい、このオーマという男――トリィシーが【精神】魔法によってそこらの村人から適当に聞き出し(・・・・)た――は、ただの一目で、自分達一人一人の"素性"まで見抜いたかのような、どこか底しれない違和感を感じさせるような落ち着き払った態度なのであった。


「んでも、能力の相性ってわからないからなぁ」


 ソルファイドという名前らしい竜人(ドラグノス)の剣士と距離を保ったまま睨み合うデウフォンを除き、ツェリマ以外の面々は、今こうして別室で寝そべることを選んだサイドゥラと彼にどのような興味を抱いたのかついてきたグストルフ同様、それぞれ好きに出歩いていた。

 『放蕩息子』サイドゥラはといえば、たとえ場所がこのような季節外れもいいところの異常な雪深い辺村であろうとも、連れ出された(・・・・・・)元々の隠れ家でそうしていたのと同じく、緩く曖昧な眠りと陶酔の世界に浸るつもりでいたのである。


 だというのに、グストルフが――いちいち【光】魔法をまるで"鏡"に映すかのように操り、ツェリマが腕を組んで黙って聞き入っている「迎撃作戦」の様子を見せつけながら、どうでもいい話をしてきている。

 それで、サイドゥラは幾許かの悪戯(いたずら)心と共に【灰】を吹きかけ――グストルフの【光】をかき乱し、映し出された"鏡像"をかき乱して見せて、薄く笑ったのであった。


「そうともさ。それで微妙な均衡(バランス)が保たれてる、保たれてきたんだよ、サイドゥラ卿。そうだもともさ……イッヒヒ」


 猫のような眼光で猫のように笑い、グストルフは事もなげに【灰】を避けて再び、村のあちこちを"鏡写し"で観察する作業に戻る。遠回しに出ていけ、と伝えたサイドゥラの意思はわざと無視されたらしい。


 ならば、ということで別にそれ以上無下に追い払うこともないか、とサイドゥラは適当な気持ちになる。だが、適当なりに――これから身を投じなければならない「厄介事」の中で、できる限り、無理をせずに立ち回るために改めて、見事ヘレンセル村を"災厄"から防衛する臨時総大将という地位に収まった"旅人"の作戦に、気まぐれに真面目に意識を向けるのであった。


「抱き込んだ地元反抗勢力が最前線の肉壁。指差爵の軍……の半壊した生き残りが支援と防御役で時間稼いでる間に、主力部隊で【火】魔獣を一体ずつ撃破、だっけか。ねぇ追い出さないんだから手伝ってよグストルフくん、僕ァ魔獣討伐なんてガラじゃあ無いんだってば、怖くて死んじゃうよ」


「おっと、トリィシーちゃんが"裏"取ってきたねぇ、やっぱりあのマクハードとかいう男が……ええと【血と涙の団】の実質的な指導者役みたいだね? イッヒヒ、随分とロンドール掌守伯家に育て(・・)られたみたいじゃあないか」


 楽しげに笑って露骨に此方の言を流し、グストルフが【光】魔法によって作り上げていた十数枚の"鏡"のうちの一枚をキラリと光らせながらサイドゥラの眼前に閃かせた。

 そこは一見"納屋"のようでいて。

 まさに今、旅人オーマの配下の一人であるル・ベリという名の青年がマクハードの部下や、エスルテーリ家軍の従士と共にそこを訪れ――内部に隠されていた大量の【紋章石】を検めたところであった。


 極小の魔法陣を組み込むことで、才に乏しい兵士であっても強力な【魔法】の恩恵を戦場で発することのできる【紋章石】。

 その名の通り、第4位頭顱侯【紋章】のディエスト家の秘匿技術による賜物であり、西方の【懲罰戦争】以外で他家に供給されるのは、常ならば性能が何分の一にも落とされた"劣悪品"ばかりであった。


「へぇ、さすが"金庫番"やってるロンドール家てところじゃない? そこそこ上物(じょうもの)でしょ」


「それを、あぁあぁ、あんなにバカスカ反乱軍に横流ししちゃって。僕様の実家も、今からでもこの件に一枚噛ませてもらえないかなーほんと、イヒヒ」


「まぁあれだけあれば、とりあえずいきなり全員燃やされて"灰"になる、なんてことは無いんじゃない? 結構、保つんじゃないかな。村への"延焼"も、まぁまぁ時間稼げそうだねぇ……あー、なんかデウフォンくんが一人で5体くらい倒してくれないかな。君でもいいよ、グストルフくん」


「イッヒヒヒ! そう言っててさぁ、僕様知ってるんだよ、君が一のイのいっちばん! あの悲劇のリュグルソゥム一族に興味関心抱いているんだってさ! ここで気張れば、8割9割方、彼らの尻尾つかめるってそんな気がしてるからさぁ! 『放蕩』とか言われてて実は最高にカッコいい姿、僕様見たいなぁ!」


 それはグストルフからの露骨な……個人の知り合いレベルを越えた挑発であると承知で、サイドゥラはしかし苦笑しつつ【灰】で【光】を散らす嫌がらせで軽く抗議するのみであった。


 "次"の頭顱侯家への昇爵最有力として囁かれていた、()頭顱侯たる旧号【重封】のギュルトーマ家を抑え一足跳びに()頭顱侯となった、其の号は【明鏡】なるリリエ=トール家。

 『長女国』の東方領域――"旧教"の大国たる【マギ=シャハナ光砂国】からの亡命神官家を祖とする【光】と【鏡】を秘技の核に持つこの一族は、リュグルソゥム家の次に(・・・)一族間での「情報共有」に長けた集団であることを、【遺灰】家の者としてサイドゥラはよくよく熟知していたからだ。


 『放浪者』のデウフォンや『放蕩者』の自分自身とは異なり。

 かろうじて、リュグルソゥム家の残党を追討する、という一事を以て仮初めの連帯(パーティ)を結成している"厄介者"達が――それぞれの秘められた野心や、野望や、悲願や目的を(かこ)つけようとするには、絶好と言えすぎるほどに、この被征服領域の騒乱は出口が見えないものとなっていた。


("灰"が"灰"を呼び寄せる……ってね。嫌な感じだよ、さっさと帰りたいんだけどなぁ……)


 然れど、サイドゥラが物思いに沈む時間は長くは与えられない。

 当然にグストルフが覗いていることを熟知しているツェリマが、【鏡】越しに招集の合図を掛けたからであった。それに対し、ツェリマには見えていないはずであるが、やけに恭しくキビキビとした敬礼をしつつ、グストルフが【鏡】を繰り出して【光】を送り――村をぶらついていたトリィシーとハンダルスに報せる。


 サイドゥラにとって、漠然とした不安と不穏を孕んだ出陣の時は、あっさりと訪れたのであった。

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― 新着の感想 ―
ガウェロット達の西方懲罰戦争組って確か止まり木に行けず終わったんじゃなかったっけ?デウフォンとかトリシィはどうやって記憶されたんだろう
[良い点] サイドゥラ君、【皆哲】家の誅滅には参加拒否したんでしたっけ。【遺灰】家自体は参加してたから、どういう思惑があったんだろう。彼のストーリーも気になる。 [気になる点] グストルフの魔法ですが…
[一言] 光と鏡か… 光使いと言えばレーザーが怖いが、集光部が加害温度に達する前に避けるなり粉塵爆弾で光を減衰させるなりすれば対策は可能かな。闇でメタるのもありか。 旧では光の推力で飛んでたくらいだか…
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