0150 春疾火(はるはやひ)の乱(6)[視点:皆哲]
1/11 …… "裂け目"に関する描写を加筆修正
肉が裂ける。骨が軋む。
腱が切れて、血が飛び散る。
【闇】属性を全身に浸透させた結果、【光】よりも早い――とされる【闇】の速度に身体を近づける"技"である【虚空渡り】は、生態的な意味でもほぼ吸血種にしか扱えぬものである。
なにせ、かつてユーリルと同じ釜の飯を食った幼馴染の表現を借りれば「周囲の空間を折りたたんで捻じ曲げている」らしく、全身に跳ね返る"負荷"が非常に大きい。
それこそ、一度全身がバラバラになることを前提とするようなものであり、慣れているユーリルであっても酷い苦痛と激痛に耐えなければならない代物である。
――血も骨も肉も漿も髄も、その全てが生命の根源たる【生命の紅】に帰する吸血種以外の、まともな姿形を有した生物には扱えるものではないだろう。
それだけに、それと"似て非なる"技を扱う【騙し絵】のイセンネッシャ家は【生命の紅き皇国】の工作員達にとって、純粋な戦闘の相性という意味だけであれば最も危険な相手であったというわけである。
……故にユーリルは、"梟"の助言に従ってまで回避したデェイール及び『廃絵の具』との対立で温存したはずの体力を激しく消耗・損傷させられていることに焦りを募らせるばかりであった。
「血を……使いすぎた……ッッ! あの、化け物どもめ……ッッ!」
ヘレンセル村の外れに作られた"野営地群"を越え、さらにまたその先。
ロンドール家が送り込んだ者達によって形成され、構築された【魔石鉱山】への道をユーリルは一筋の血黒の軌跡を残しながら、疾駆していた。
果たして、童話にある森の迷い子の如く、飛び散る血肉が銀雪とその間から垣間見える木々の枝々幹々に刻みつけられていくは、少々悪趣味なる"目印"の如く。
――それでも、そのいささか飛散る肉片と血片の量が多いことに気づくことができるのは、彼と同じ吸血種か、はたまた吸血種と戦って生き延びた経験のある魔法戦士だけであろう。
再生しても再生しきれない。
首に大きな"裂かれ痕"、胴体にさらに大きな"貫通痕"。
その他、【血】の武器で斬り結んだ際に無数に四肢に受けた"創傷"の数々。
常であれば、数時間も回復に専念すれば――全身に浸透している【生命の紅】の働きによって快復することのできるよくある重傷。
だが、今のユーリルには、そのように悠長に時間を過ごすことは様々な意味で許されていなかった。
一つ。ユーリルには【人攫い教団】『ハンベルス支部』の本拠地へ――今は【魔石鉱山】と化しているらしく魔窟――殴り込まなければならない理由があった。
一つ。【騙し絵】家侯子デェイールが、まさにユーリルを先駆けの露払い、捨て駒、噛ませ犬、強行偵察要員、試金石、あるいは"金糸雀"として、解放と引き換えにした条件がそれであった。
ヘレンセル村には【春司】と、【騙し絵】家にそんな"隠し札"があるなどと恐らくは誰も知らなかったであろう、呼び寄せられた【火】の魔獣達が攻め込もうとしている頃合い。
それを以て『廃絵の具』達は【皆哲】のリュグルソゥム家が、村の防衛に現れるかどうかを見物しており――合わせて、ユーリルを使って【魔石鉱山】の内情を探り、どちらを主戦場とするかを測る腹積もりなのである。
故に、ユーリルはひた走った。
ただ一直線、愚直なまでに森を掛け――"裂け目"か、はたまた【転移】魔法陣であるかを目指したのだ。
――おぞましき凶爪が喉を裂く。
――鋭く、細かくギザギザした鉤爪が四肢を引き裂く。
――巨獣の角かと見紛う剛爪が胸を貫通する。
「いくら【闇世】だからって……あんなの、本当に、この世界の生命なのか?」
上役たる『梟』ネイリーが幾つも出していたヒント。
そして【騙し絵】家の、少なくとも本家直系の侯子のここまでの力の入れようから、ユーリルは既に【魔人】の可能性も考慮に入れていた。あれほどまでにハイドリィを、ロンドール家の若き野心家を「軸」に据えて何十年も活動してきたと言われても驚かない、妖怪のような老人であるネイリーをして、乗り換えを意識させるほどの存在。
それこそデェイールが呼び出したものとは違う"魔獣"との遭遇を覚悟していたユーリルであったが……その【おぞましき】化け物達の凶猛さは完全に想像を越えていた。
連中の異形の十字に裂けた牙と顎から放たれる【咆哮】たるや、全身の血という血が、【生命の紅】という【生命の紅】が裏返らされて死滅しそうな錯覚を覚えるほどのものであり、事実、ユーリルは初撃で"吐いた"のである。
単にこの世のものとは思えない、だなどと単純に形容できるものではない。
もっと何か根源的で――それこそ、吸血種にとって最も重要な"器官"である【生命の紅】を根底から揺さぶるような、そんな冒涜的な感覚だったのだ。
だから、ユーリルは【虚空渡り】を連発した。
苦労して1体を切り捨てても、即座に2体が恐ろしいほどの連携で、まるで1個の生物のように確実に死角からその"爪"で引き裂きにかかってくるのである。既に『廃絵の具』との交戦で……ユーリルは必要以上にバラバラにされ、再生のために"血"を使いすぎており、このままでは"渇き"が暴走しかねないギリギリにまで陥らされていたのである。
たとえそれが継戦能力の前借りであり、後で致命的な反動と成りかねない行為であっても――『梟』ネイリーにたしなめられたように――ユーリルはこの想定外の"化け物"達を振り切るために、そうするしかなかったのである。
結果、ユーリルは、【エイリアン使い】オーマが『西に下る欠け月』……に加えて、現れていたかもしれないそれ以上の部隊や集団に備えて配置していた、少々過剰なまでの防衛網を突破。
目的通り、その望み通りに――"裂け目"の銀色にたゆたう水面の前にまで。
紅く赤い【火】属性を宿して仄光を放つ……漏れ出た"魔石"達に静かに迎えられながら。
走狗蟲、戦線獣、隠身蛇などを中心とした、万が一にも『欠け月』を援護する更なる勢力が現れた際にこれを撃滅するために配されていた「主軍」の中央を丸々、ズタボロになりながらも突破したユーリルである。
彼が見据えたその"銀色の水面"の先には――【エイリアン使い】が攻略し、そして大規模な【領域】と【空間】魔法の暴発によって【魔石鉱山】と化した、旧『ハンベルス鉱山支部』が通じている。
この意味においては、ユーリルは彼自身が望んだ「場所」に到達することはできたのだ。だが、皮肉なことに、その先には彼自身にとって己の命よりも大事である存在――『聖女』リシュリー=ジーベリンゲル――は、いない。
当然のこととして、主軍以上に厚く篤く張り巡らされた【異星窟】の監視能力の中で、オーマはこの【闇】属性を扱う存在の、少々凄惨とすら言える「がむしゃら」さの報告を受けていた。
当然、それが『廃絵の具』の手先や、更なる別勢力――リュグルソゥム兄妹が【吸血種】であると看破したのも即座のこと――である可能性を考え、オーマはユーリルをそのまま【魔石鉱山】へ侵入させて、足踏みさせる判断をしていたのである。
つまり、ユーリルはそこでまたしても悲しきすれ違いをする――はずだった。
彼の唇が「リシュリー」と小さく呟き、それが【超覚腫】の鋭敏なる感知・察知・監視能力によって察知されるその時まで。
何も知らぬままユーリルが、意を決し、決死の決意を胸に決めて、辺りを静かに覆う銀雪のそれとは異なる意味での"裂け目"の銀を潜る頃には、既に【エイリアン使い】オーマの命により――【人世】側の"裂け目"の外側を薄く包んでいた、ゴブ皮魔法陣による廉価版の【イセンネッシャの画層捲り】がその機能を停止。
【血の影法師】ユーリルは、"梟"ネイリーによって吹き込まれていた【闇世】という認識を持ったまま、つまりその"裂け目"が確かに【闇世】に通じるものであると無意識に前提としたままに、他の何者にも邪魔されることなくその銀色の水面に触れ――迷宮【報いを揺藍する異星窟】に足を踏み入れることとなる。
それは、吸血種の少年と、彼が探し求めていた『聖女』たる少女の運命の転換点であった。
***
「これが『ステータス』。そしてこっちが……問題の『技能テーブル』とかいう奴だ」
あらゆる境界が曖昧なる"霧"の夢の中に、青白く煌めく仄光から成る、まるで開かれた窓のような光の盤面が浮かび上がる。
それは、リュグルソゥム家の『止まり木』内の屋敷――ルクとミシェールの2人だけの頃よりも、ふた回りほど大きくなった――の広間で、ルクが中空に指先で描き出したものである。
幾度か、ルク自身とミシェールのものを主たる【エイリアン使い】オーマによって見せられたものを、記憶に基づいて可能な限り【光】属性魔法などによって、精巧に再現した代物であった。
「……を、再現されたもの、ということですね? ルクお父様」
補足か蛇足か、微妙に判断に困る一言を長女キルメがつぶやく。
『止まり木』での彼女は、正確にはその十数年後の成長した姿である少女は、栗色の巻き毛と大きな瞳を丸々と開いた、溌剌とした雰囲気を醸し出している。そんな、それぞれ、別々の意味で父と母とは「真反対」な彼女の軽口を、足で小突いて軽く睨みつけたのは、長男ダリドである。
こちらはルクによく似た風貌の、短髪に髪の毛を刈り込んだ、目の細い少年である。
――実際にその通りの容貌に現世でも育つかはわからないが、それでも『止まり木』世界で精神を成長させた結果として、ダリドが成ったのは、ある意味では父の悪いところを受け継いだ神経質そうな眼差しであった。
「そうだな、原理はさっぱりわからない。オーマ様は、さも当たり前のようにこれを出したりしまったりしているけれど。しかも、時々、私達に見えていないのにさも見えているかのように話すし」
「そして、これが僕達の……『羅針盤』となるべきもの」
呻くように、訝るように。
しかし、母から念入りに教え込まれた主オーマへの畏怖と敬意は決して無くすことなく、ダリドが神妙に呟く。
「オーマ様は、そこまで大袈裟なものじゃないし、だが、同時に大袈裟なものでもある、とか言っていた。全く、あの人は本当にそういう謎掛けみたいな物言いを好まれるからね」
「喩えるのであれば、意識しないレベルで常時発動している『強化魔法』みたいなものですね! ルクおと……当主様」
「さりとて、魔力を一切消費していないときた。そりゃ意識されないし、そもそも魔法使いにだって"観測"できないのも仕方が無い。ほんとどういう原理なんだ、これは」
――ルクが描き出し、ほのかな対抗心を持って描き出した『ステータス』と『技能テーブル』であるが……1つ、いや、ミシェールの分も含めれば2つほど、描かれていないものがある。
それは『継承技能』のテーブルであった。
ダリドとキルメに、話しては、いる。
しかし、まだ、まさか『技能テーブル』においてすらもそのおどろおどろしさと禍々しさと悍ましさを綯い交ぜにしたかのような色合いの仄光を放つ"それ"を、嗣子とはいえ、二人の子に見せたくなかったという親心である。
そして、そのことを考えないように、ルクは家族とともに『止まり木』で――在りし日のように、役割を変えて――討論を続けていく。
「オーマ様がデタラメな理由が少しだけわかった。知っているか、知らないかで、これはとんでもない違いが出てくる」
具体的には、ルクやミシェールもそうであるが、よもや『高等戦闘魔導師』が【職業】として"定義"されているとは。
そのことに対し、ルクは、リュグルソゥム家の歴代の「努力」が認められているのか、それとも見透かされているのか、改めて判断に迷う。
何故ならば、リュグルソゥム家が台頭し、頭顱侯にまで上り詰めたここ数十年。
『長女国』において、武術と魔法を組み合わせた戦い方を得意とする『戦闘魔導師』という兵科は、器用貧乏な存在であると長らく見られていた。
だが、その評価を塗り替えたのがリュグルソゥム家である。
『止まり木』という特異な秘術と『魔闘術』の相性は抜群であり、リュグルソゥム家の躍進と共にその評価は見直され、国軍としては新たに精鋭の1つとして『高等戦闘魔導師』という称号も併せ持った部隊が新設されたのである。
――そのような経緯から、リュグルソゥム家とは器用万能と評された。
早熟であり、かつ、晩成の一族として、いわゆる『高等戦闘魔導師』の代名詞といえば彼らである、という名声を得るに至ったのである。
「オーマ様の最新のご仮説では……なんと、まぁ、私達の一人ひとりが"そのように認識"していること、つまり自称と他称が一致して、広く世間に受け入れられて浸透した際に、種族も職業も、そして称号も自然に与えられるものだという」
つまり、職業は時と共に変わるのである。
人の営みが社会と文化を生み出し、流動し、その中で少しずつ分化していくのと連動するかのように――それは固定的なものではない、という。
その意味では【種族】もまた、そうだ。
驚愕すべきことであるが、オゼニク人という「種族」は同じながら、主オーマの視るところでは『長女国』では「魔導の民系」なる"支族"としての『種族技能』である者が多く、一転、保護された聖女リシュリーを含む『末子国』出身者では「聖墓の民」なる"支族"が多いのではないか、という。
「ですが、当主様。グウィース殿だとかは……どう説明するのでしょう? "世間"に受け入れられて、といいますけど、お話を見聞きする限り、あの方は完全に新種ですよね?」
「オーマ様の迷宮の影響を、受けているからだとは思うけれども。例えば、私達は【人世】に属しているから、私達の"種族"やら"職業"やらを決めるのは【人世】での世間……ということになる。きっと、リュグルソゥム家が歴代『高等戦闘魔導師』を輩出してきたのも、それと関係している」
まるで家禽と卵の関係だな、とルクは哲学的な問答を意識する。
「一方で、『魔人』……迷宮領主は、自分自身の独自の『世界』を構築するから。ほら、私達の『止まり木』だって、いわば私達が思った通りにいじくれるだろう?」
そう言ってルクは、周囲の"霧"から様々な書籍、道具、武具、鉱石の類を適当に"創造"して見せた。無論、『止まり木』にいる誰もが、この空間では当たり前に実行することのできる芸当であるが。
「――迷宮領主達にとっては、迷宮も、眷属も。そして、僕達従徒は、この"霧"みたいなもの、ということですか」
「ダリド。それを言うなら、我が君だけではありませんよ――いと高きにおわす神々もまた、被造物たる私達を、つまり"霧"を捏ねて生み出したようなものではありませんか」
「母上……それは、そうですけれども……その言い方は『八柱神』に対して、少し、その」
「良いではありませんか」
また始まった、とルクがまるで魔人ル・ベリのように顔を歪めるが、ミシェールはそれを気にも止めない。父のように、露骨に母に対して不機嫌を表現することができないダリドは、困ったようにキルメに助けを求めて目を向けるが――先ほどの意趣返しとばかりに足で小突かれ、年に合わない老獪な笑みを向けられて閉口させられる。
「我が君は、いずれ、神々をも屠る御方。私達の悲願を、果たしてくださる絶対の御方なのですから」
「そうだね、ミシェール。その通りだ、オーマ様なくして今の私達は、もう存続することはできない。あの方の期待に応え、そして、リュグルソゥム家が役立つために――私達にできることを、究めていこうじゃないか。例えば、」
「『高等戦闘魔導師』以外の、何か役立ちそうな【職業】の検討などを、ですね」
「そうだね。"候補"を、挙げていこうか――奇しくも、」
――オーマ様の迷宮に、生半可な攻撃ではまず死なない、とても死ににくくて死ににくい、吸血種が"闖入"してくれたのだから。
新生したリュグルソゥムの当主兄妹は『廃絵の具』の出現を待ち構えていた。
新生したリュグルソゥム家の"第2世代"の兄妹は、代胎嚢の中で行われていた"肉体成長"を一時中断。父母のオーマへの強い推薦と自薦により、這い出し、迷宮に侵入した――超覚腫達が感知するに、どうも【聖女】様の名を口にしながら【異星窟】を奥まで突き進んでくる、この目的の分からない吸血種の迎撃を買って出たのであった。
そして、そのための【職業】選択を、今まさに『止まり木』で敢行していたのである。
「はい。まずは――【殲滅魔導師】に、【殲滅魔剣士】。フィーズケール家の精鋭兵科ですね、彼らのお株を奪ってやるのは心情的にはすごくすっきりしそうです……まぁ、僕はまだ連中の実物は、見たことが無いんですけど」
「"霧"の中の幻なら、もう何百人倒したかわからないよね!」
「うーん、ちょっとオーマ様の"エイリアン"達との相性が、悪いんじゃないかな! もちろん、あの御方の眷属達の性質なら、大量殲滅魔法でも合わせてはくれるだろうけれど……」
「被害を与えすぎてしまう。オーマ様は、そういう戦い方は好まれないからな、必要とあらば冷徹に切り捨てることはできる方だけれど」
「そうなってくると、サウラディ家の【四元素術士】も少し考えないといけませんね? 当主様」
「攻撃系も補助系も多彩だけれど、彼らの本領はやはり『自然』魔法にあるからなぁ……あと、"専門化"の弊害が強いかな」
「そうですね、属性同士の――"相反関係"でしたっけ。【四元素術士】なんて、名前だけ聞くと全部操れそうなのに」
「でも、おと……当主様。私達なら、使いこなせますよね!」
「キルメ、それは当然だろう? ――むしろ、僕達リュグルソゥム家の"手数"が、それでもたかが『四元素』ぽっちに制限される方が害が大きい。リュグルソゥム家との相性が悪い、て感じかな」
「そうですね……ただ、思いましたけれども、我が君に"選択肢"として、提示はしておきましょう。私達の個々が万能であるべき時代は、もう過ぎたと思うのです。私達と、我が君の『エイリアン』達は、互いに補い合う存在となる。万能性を削ってでも、特化した存在になる価値はあるとは思いますよ」
「ミシェールがそう言うなら、それで。次は、ナーズ=ワイネン家の【灰被りの騎士】はどう思う? 【火】に限れば【四元素術士】なんて足元でもない。あの吸血種向きじゃないかな?」
「ちちう……当主様。それってわざと僕達に酷評させたくて言ってます、よね? 確かに連中は、僕達からしたら最悪なんですけど、でも、当主様のそういうところほんとオ――痛いな、なんだよキルメ」
「ダメだよ、ダリド! おとう……当主様はそのこと結構気にしてるんだから。苦手意識のあるオーマ様に、実は結構似た行動とか言動を最近してること多いって、言っちゃダメ――痛ッ! なんで!?」
「はい、はい。当主様、ルク兄様、そんなことでむすっとしないでくださいね? 意外な所で、フィルフラッセ家の【厨房祭師】などはどうでしょう。迷宮領主という『種族』は、私達と似ているようで違って、まともな食事をしなくても"霞"を食べて生きるとも言えますけど……美味しいものをご賞味いただいても、バチは当たりませんからね」
「"霞"を食うって、ミシェール、そんな、大陸の遥か東方にいる……のかどうかもわからない『昇仙』だっけ? それじゃあるまいし。そのフレーズ聞いたの、サリディール"大帝"の【東征譚】を読んで以来だよ」
「連中も……まぁ、それが彼らの『秘術』であるとはいえ、奇妙なものですね、ほんと。はっきり言って、僕としてはあれは魔法じゃない、あんなの『魔法類似』の術じゃないですか。どうして、それが頭顱侯の椅子に座っているのか、何度説明されても納得できません。だって、結局連中は【星――」
「気持ちはわかる、ダリド。それを言うなら【星詠み】のティレオペリル家だって、同じことだ。でもね――この国は、そういう風にできている。先代当主様も、そのまた先代も、その秘密を探る途上だったんだよ。どうして、魔法類似の技を持つ者が……いや、むしろそういう連中こそが、頭顱侯になっていったのかを、ね」
「200年前。初代当主兄妹様、リュグル様とソゥム様だけが知る、閉ざされた記憶、ですね」
「いつか、私達もそこにたどり着けるのだろうか……な」
「――話を戻しましょう、当主様に母上。オーマ様のための一点特化なら、それじゃあアイゼンヘイレ家の【彫刻操像士】などは?」
「使い所はありそうだけれど……ところどころオーマ様の『エイリアン』達と被っているような気もするけど!」
「ふふ、キルメ。実は一個、思いついているんだ。『彫像兵』の中に、オーマ様の『エイリアン』を入れてしまう、というのはどうだろう?」
「へえ! ……へえ? うん、それで、どうするの?」
「え? だって……隠せるだろ? 隠密行動ができるし。中から飛び出て、じゃあん『エイリアン』でしたぁって!」
「それ、もうゼイモントさんとメルドットさんがやってたじゃん……」
「うん、まぁ、オーマ様なら何か使い道を見出してくれるし有効活用してくれるだろう。正直、【像刻】家の連中は早めに落としておきたい難敵でもあるし、早い内に――視てもらうのは、悪いことじゃないかな。ダリドも、うん、まぁ乗り気のようだし?」
「う、うーん? ちょっと保留にさせてください……ちちう、当主様……」
「後は――ええと【聖戦】家の【生命紋の魔戦士】と、その使役者の【狂化煽術士】か。前者はオーマ様には、うん、実験材料ぐらいの価値しか無いかなぁ」
「逆に後者は、少なくとも今の状況なら役立てる場面は多そうですね。完全な裏方、仕込み役になってしまうかもですけれど、我が君の眷属方のお力は、重ねれば重ねるほど深まるものですし」
「いっそ【闇世】で、その力が通じるか試す、て手もあるかな。こちらが向こうをあまり知っていないように、向こうだって、数年おきにやりあっている『末子国』はともかく――『魔法類似』の技まで抱え込む魔導の大国たる、私達の麗しき『長女国』のことは、きっとよく知らない。オーマ様は、そういうのを、重視されるから」
「えっとそれって、【魔人】……じゃなくて、『ルフェアの血裔』に、【人世】の技が通じるってことなんですか?」
「――通じるよ、逆に通じないと思う方が、おかしい。迷宮領主に関しては、もはや、別の存在と思った方が良いだろうけれども。精神は完全に人間と違わないんだろうけれど」
「おとう……当主様。後は、グルカヴィッラ家の【鎧套護衛士】も、候補には入れておきましょうか? あれも、相当に謎が多い技術ですよね!」
「【像刻】家の落とし子グルカと、【魔剣】家の当時の『剣姫』が駆け落ちして誕生した【纏衣】家、か。確かに、彼らの『秘術』は、ただ単に両家の"いいとこ取り"をしただけでは、ちょっと説明がつかない部分もある。正体がわかれば難なくいなせる相手も、逆に言えば、その正体がわからなければ脅威であり続ける。私達は――そんな連中の連合に挑むのだからな」
――――。
――。
果たして。
【エイリアン使い】オーマが暴露し、披露した『技能点・位階システム』は、討論と思惟思考、そして鍛錬と実践を以て、尚武を究める一族たるリュグルソゥム家に、彼の想像を越えた「解」をもたらした。
この後、『止まり木』の時空ではさらに二日半ほど続くこととなる、この"討論"において。
リュグルソゥム家が、主オーマから聞かされていた【職業】選択の"候補"として、彼らの仇敵たる『長女国』の他の『頭顱侯』家の『秘術』に関わる兵科ばかりを挙げていたのは、決して偶然ではない。
『長女国』において、いずれも王国の鎮護を預かる雲上の頭顱侯に至る魔法使い家には、とある共通点が存在していた。
それは――『魔法学』を信奉し、その力と恩恵によって王国を統治する者達でありながら、どの頭顱侯家にも魔法ではない『秘術』が存在している、ということである。
リュグルソゥム家の『止まり木』も、その意味では、立派に「魔法類似」技の類だと他家からは認識されているのである。
だが、その自覚があればこそ。
中級から下級の魔導貴族達にむしろ多い『魔導学』で頭が凝り固まった者達から、一歩離れて、俯瞰して物事を視ることができているのが『頭顱侯』でもある。
そして、その俯瞰的視点において。
ルク=フェルフ・リュグルソゥムは、大胆にも――胃痛を押さえながら――主オーマの【情報閲覧】という技術と、そして【職業】選択を利用することを、ミシェールの助言によって思いついたのであった。
リュグルソゥム家が【高等戦闘魔導師】の代名詞となっていったように、他の頭顱侯家もまた、その抱える魔法類似の『秘術』が特徴的であり独特なものであるほど、その存在は独自の異名を持つこととなる。
そして異名は『長女国』の多くの人々に"認識"され、受容されていく。
――すなわち【職業】と化す。
つまり『秘術』の【職業】化である。
斯くして、ルクとミシェールは、リュグルソゥム家にとって長らくその象徴であり続けた【高等戦闘魔導師】という職業から、自分達を解放する決断をした。
そしてその代わりに――主オーマの【職業】選択の力を使い、宿敵にして報復の対象である各頭顱侯家の『秘術』職業を、ダリドとキルメを初めとした、今後生まれてくるであろうリュグルソゥム家の嗣子達に"習得"させることで。
その後、主オーマに、その『秘術』職業の『技能テーブル』を【情報閲覧】で視させ、一つ一つの技能を確認させることで、怨敵にして不倶戴天の大敵となった12頭顱侯家の『秘術』を尽く解き明かす一端とせんことを画策していたのである。
憂いつつ、迷いつつも、しかし、それでも与えられた条件の中で、勝ち得た環境の中で、リュグルソゥム家は確かに、静かに、その在り方を根底から変え始めていた。
――そして討論と、【職業】選択を完遂した【皆哲】家の4名が、それぞれの"持ち場"へと戻っていく。