0142 憂いは皆霧より出づる落し子[視点:兄妹]
7/8 …… 2章の改稿・再構築完了
【盟約暦514年 跳び狐の月(4月) 第27日】
――あるいは【降臨暦2,693年 沃土の月(4月) 第27日】(98日目)
古い古い伝承の一節に、夢の世界とは"あいまいな霧"に覆われた領域であるという。
そこには、形があって形が無く、色があって色が無い。
およそ人間をして「黒」とも「白」とも認知されるような概念そのものが無い。
『長女国』以前の時代の、数少ない"焚書"を免れた古書物の一節である。
ただ、迷宮領主にしてリュグルソゥム兄妹の現在の「主」たる【エイリアン使い】オーマの言葉を借りれば、それはそういう"認識"に至る以前の、いわば思惟の混沌たるべきもの。
――ならば、その曖昧にして便宜上「白」で表されたる霧に覆われた、この世でもあの世でも、ましてや【闇世】でもなければ神々のいるという次元ですらない、どこでもないどこかたる『止まり木』の世界において。
まさしく、リュグルソゥム家に属する者が自らの認識によって――「屋敷」はおろか、獣に魔獣の類、再現された幻影であるとはいえ古の人物に、知識を具象化した「書物」、果ては訓練と鍛錬のための様々な設備に、武器防具の類を含んだ雑多な道具すらをも生み出すことができる……などというこの有り様は、どう喩えれば良いのか。
ルク=フェルフ・リュグルソゥムが放った雷撃が大地を穿つ。
それを身体活性化魔法によって、ほとんど狙いを読んだように、対手たるまだ幼い男女の兄妹が正対称的をなぞるような動きで全て避ける。
しかしその軌道を追いかけ、追い越し、先を読んで更なる追撃を仕掛けるかのように、何処か"霧"の中に紛れていたミシェールの詠唱が響き渡る。雷撃で穿たれた大地そのものが無数の牙と為し、檻と為して、その双子を押し潰さんばかりに絡め取ろうとする、が――まるで2つの肉体を1つの精神が操っているかの如く、呼吸どころか思考すらもぴたりと合った動きで対抗魔法を展開する双子。
【土】の属性と【雷】の属性が打ち消される、と同時に【均衡】属性と【水】属性が混合された、滝飛沫にも似た膨大な水蒸気が加速された積乱雲の膨張の如く生み出されて辺りを包み込む。
かと思われた瞬間、その中から無数の霰が急出現して急成長。天然の苦無を成し、四方八方から爆裂するようにルクとミシェールを襲ったのであった。
(この若さと練度で、もうそんな魔法まで身につけた、)
(いいえ。思いついたみたいですね、ルク兄様)
かつてリュグルソゥム家の"落ちこぼれ"と自身を腐らせていたルクであったが、親としてのひいき目に見ても、明らかに彼の第一子と第二子たる"兄妹"の成長は、目覚ましいものであった。
――だが、親として。
――そして何よりリュグルソゥム家の当主として。
一族がその全力と全霊を繰り出し繰り広げ、およそ現世における時間や肉体の疲労にすら縛られた空間では不可能な次元で激しく戦い続ける「鍛錬」の時空間で、新参にして新入りに過ぎぬ若輩者達に後れを取ることは、あってはならないことなのである。
ミシェールが霧の中を滑って大きく距離を取った気配を意識しつつ、阿吽の呼吸。
ルクは、あえてその狂った霰の渦の中に飛び込む。氷河を砕いて荒々しく削り出したかの凍れる苦無達が、氷気をまとい振りまき、禍々しく棘を伸ばしたる様に成長した姿はさながら朝方の明星を思わせる。
無策で突っ込めば、たちまちのうちズタズタに肉を抉り落とされ、無様な骨身を晒すだろう。
『止まり木』では、たとえ精神体であるといえども、全ては現世での闘争の経験を積むために"痛覚"を初めとした各種の感覚は遮断されてはいない。
だが、ルクは不敵な笑みを浮かべて――かつて長兄イリットがそうしていたように――両の無手から生成した硬質の2本の魔法剣を振るった。
「ダリド、キルメ。リュグルソゥム家の嗣子たる者、ただの早熟な"魔法屋"であってはいけない。魔法と武術を掛け合わせ、組み合わせ、あらゆる状況に対応する万能晩生さこそが、私達の在り方なのだ」
次の瞬間、驚愕に目を見開くのは年若いダリドとキルメであった。
当主ルクが、あえて踏み込んでくるのは想定済み。
それを絡め取るために【氷】属性にさらに【火】属性と【崩壊】属性を加えて――【エイリアン使い】オーマが【樹木使い】リッケルを屠った"熱湯"を生み出し、その隙を突くというのが二人の"詰み手"だったのである。
そのために、彼らの父ルクが『禁域の森』でオーマの放った追手たる宿り木樹精に披露した「氷の靴で大地に魔法陣を描く」技を軸とし――双子の呼吸で以て、完璧に正対称な軌道を取ることで、いわば倍以上の速度で魔法陣を構築した。それはルクの放った雷撃と、ミシェールの放った地裂撃を打ち消すと同時に、この"詰み手"の基点となる"霧"を生み出すという多重の属性を孕んだものであったのだ。
だが……それすらも、偉大なる一族の先達にして父にして当主たるルクに言わせれば「ただの"魔法屋"」の技だなどという。
しかし、煽られたわずかな反発心が頭に上り切るよりも早く。
ルクが高速で魔法剣を振り、それぞれが霰に当たって弾き飛ばされる――。
砕け弾けた霰の欠片が、ただ単にばらばらに砕け散るだけではない。
なんとその砕けた欠片の一つ一つが加速度を伴った弾丸となり、正確に周囲の数個の霰を撃ち抜いた。
それだけではない。砕かれた欠片に撃ち抜かれた霰がさらにまた砕け散り――加速しながら、さらにまた、次々と周囲の霰へと。
そのような多重の破壊が、十重二十重に繰り返されながら、まるで荘厳なシャンデリアをわずか秒の間にまとめて叩き壊していったような澄みきった重奏を名残らせながら、あっという間にダリドとキルメが生み出した"霰の渦"は、文字通り、粉々に砕けて雲散してしまったのであった。
次世代を担う嗣子たる二人が、「ただの"魔法屋"」などではあり得ない体捌きで魔法剣を構えながら迫る当主を相手に、目配せをして近接戦を覚悟するや。
ぞわりと周囲の大気が――『止まり木』を形成し、包み込む"霧"が――震え、瞬く間に二人の足元に鉄枷の如き鎖が形成。
まったく足元から注意が削がれていたダリドとキルメはそのまま縛り上げられ、さらに、重力ががくんと激しく反転する感覚。眩暈に抗いつつ二人が見たのは、これまた"霧"の中から生えて来た1本の大樹の姿。
果たして、数秒後には二人は、ぷらぷらと枝から逆さ吊りに拘束されてしまう。
足元がおろそかであったことへの恥の念と、そして物理的な、という二重の意味で双子は頭に血が上る状態となってしまったのであった。
「はぁ……ミシェール。あのさ、それは、流石に反則じゃないか? いくら『止まり木』だからって」
切り結ぶ構えのまま飛び込み、接近戦の指導を試みる寸前でそれを中断させられたルクである。
そのまま大樹を駆け上がり、ため息と共に、"霧"から生成された鎖によって拘束された息子と娘を、吊り下げられた枝から引き上げて解放する。
その様子を見ながら、くすくすと微笑みを浮かべながら、【風】魔法によって浮遊した状態で父子3人と同じ高さに、それまでサポートに徹して霧の中に姿を隠していたミシェールが現れたのであった。
「あまりにも、甘いですよ、ルク兄様。私達は、今や迷宮領主たる我が君に仕える身。かつての私達では、もう無いのです」
これだって、と続けながらミシェールがルクをも鎖で拘束しようとする。
それを慣れた所作で振り払い、打ち消して"霧"に戻しながら、少し嫌そうな顔をする。
「ダリドも、キルメも、よく聞いてください。もう何度も言ってきたことですが……私達は、貴方達のお父様、リュグルソゥム家当主の言う"ただの魔法屋"でもなければ、今や、"ただの魔法戦士屋"でもありません」
ルクの幼い頃によく似たダリドと、ミシェールの幼い頃によく似たキルメが、父の苦い眼差しに見守られながらも母の言葉に耳を傾ける。その表情には、リュグルソゥムの一族共通である「"詰み手"を破られたこと」に対する恥の念が深い。
しかし、その念が、彼らをさらに『止まり木』での鍛錬と研究に傾けさせ、【輝水晶王国】において最強の名を争う第一人者にまで押し上げたのである。
「こんなものを"反則"と言っては、いけません。確かに、魔法ではこんな技はありませんね。でも、私達が仕える我が君がその御身を置かれている領域とは、そういうことが、当たり前の世界なのですから」
そう。
"世界"。
その言葉に、ルクは得もいわれぬ不安を抱く日々が続いていたのである。
ミシェールが、何故か畏敬を以て『我が君』と呼ぶ、あの【魔人】のようで【魔人】ではない謎だらけの存在たる主オーマから――迷宮領主などという種々の魔獣種を操る恐るべき存在の、その中でも【えいりあん】などという輪を3つばかり掛けて訳の分からない"生物"を操る主オーマから、この世界の真実を教えられた、その時から。
無論、そのような不安を、待望に待望を重ねた我が子らの前で、様々な意味で非常な重荷を負わせてしまうこととなる次世代の当主の前で、見せるようなことはしないが。
だが――。
夢とはすなわち、無限の"霧"と、その"霧"を「視る者」によって描き出される万華鏡の連鎖である、とする伝承の古書物が頭を離れない。
【えいりあん使い】が。
【樹木使い】が。
【人体使い】が、【鉄使い】が、【宿主使い】が。
【人世】では【魔人】として知られ、そして主オーマが言うには、かつてオゼニク人種から枝分かれして【闇世】へ落ち延びた古の祖先の一派であり、自らを『ルフェアの血裔』であると称する彼らは――その"認識"によって"世界"を構築する、という。
(ならば、リュグルソゥム家とはなんだ……? 『止まり木』とは、何なんだ? 初代兄妹様は、一体、どうやってこんな力を……)
違いは、ある。
『止まり木』世界において、ルクもミシェールも、そしてかつて生きていた父シィルや叔父ガウェロットを初めとした一族の誰も――いわばその世界を成り立たせる資源という意味での【魔素】や、ましてや【命素】などというものは、見たことも聞いたことも感じたことも無い。
それは、今でも同じである。
それに、もしも『止まり木』が迷宮であるのだとすれば、何やら様々な制約に縛られているらしい迷宮領主としての主オーマが、それに気付かないはずがない。
そうしたことが無い以上、『止まり木』とは、きっと迷宮とは似て非なる何かではあろうが――だが、逆に言えば、非なる何かではあったとしても似ているのである。
……リュグルソゥム家の者は、いわゆる"夢"を見ない。
より正確に言えば、ルクもミシェールも、リュグルソゥム家以外の者達が夜眠る際に見るという"夢"という現象を、頭では知っていても体感として理解できていないと自認はしている。
何故ならば、リュグルソゥム家の者にとって"夢"とは、つまり『止まり木』での時間と同義であったからだ。
他の頭顱侯を初めとした魔導貴族達や。
市井の民にとって"夢"とは、意識すらはっきりとままならぬ幻想の体験であり、時にはその世界では己自身が何者であるかすら忘れてしまうこともあるということを聞いて――なんと羨ましいことか、とルクは感じたことを思い出していた。
はっきり言ってしまえば、今でも、心の片隅にはこの重圧から逃げ出したいと弱音を吐く己が確かにいた。
それもまた、今となっては、両肩に確かに感じる責任の重さから、もはや一顧だにできるものではないのだが。
ルクの中で、かつて倦んだ気持ちの原因でもあった――父の厳しい期待や、兄達の励ましというプレッシャー、従兄弟達の蔑みの感情などが、今や形を変えて己の中に"当主"として現れていたのである。
つまり、かつて父が言ったことや、兄や姉達が言ってきた言葉が、ダリドやキルメを指導している中で似たような場面があった時に――まるで今は亡き彼らが、自分に乗り移ったかのように口をついて出てくるのである。
そして、ルクは、あぁ、と悟った。
父シィルもまた、この重圧の中でこうしていたのかもしれない、と。
今やっと理解したそれを父や兄達と分かち合おうにも、それは既に遅すぎた。
……だが、我が子ダリドとキルメとならば。
肉体の寿命を蝕まれ短命のうちに生を終わらされるという、おぞましい呪詛を受けたものの、しかしそれは精神世界である『止まり木』での時の進行には及ばない。
ダリドとキルメだけでは、ない。
この先、主オーマに仕えるための「新しい」リュグルソゥム家を形成するために、さらに多くの子をミシェールと共に儲けなければならないが、その中で――もう二度と、かつての自分のような"落ちこぼれ"を生み出すまい、とルクは、自分の意志で自らの両肩にもう一つ分の重い何かを乗せるのであった。
(たとえ、初代兄妹様達が何を見て、何を経たのだとしても。それでも、この連綿と続いてきた一族の絆を、終わらせることはできないな……何としてでも、命を懸けてでも、悪魔でも魔人でも迷宮領主にでも、邪神にだって魂を売ってでも、建て直さなければ……)
その上で。
ルクは、まだミシェールの腹の中にいるダリドとキルメへの『胎教』を、かなり早期の段階から開始していたのであった。
『止まり木』の世界でならば、ダリドとキルメには"相応しい"姿形を与えてやることができるからである。
それこそ、当初はあやふやな胎児として精神世界に現れたこの双子の我が子を――『止まり木』世界で、文字通り十数年かけて育て上げた。まず、精神世界において、胎児から少年少女へと成長する過程を、ダリドとキルメに体感させたのである。
――頭にあったのは、主オーマの【第一の従徒】たる青年魔人ル・ベリから受けた、より詳細な"説明"であった。
代胎嚢という名の、主オーマの権能により生み出された、幼子を生む母体を護り、その幼子を"育む"という異形の生命。
たとえ一族を再び立て直すための最後の可能性であるとはいえ、よりにもよって、そんなおぞましい触手まみれの肉の容れ物の中でミシェールと交わるなど、何の邪教の冒涜的な儀式かと激しい眩暈と頭痛と胃痛に襲われたものであったが。
それ以上に、小醜鬼とかいう"人もどき"による実験では、相当の割合で"形成不全"が発生したことが気になっていた。
しかし、ル・ベリとの協議と意見交換、検討を通じて。
リュグルソゥム家ならば。いや、正確には『止まり木』を利用すれば、その問題をクリアできるという自負を深めたのであった――非常に、不本意なことではあったのだが。
簡単なことである。
小醜鬼達には無くて、リュグルソゥム家にあるものは数多いが、その中でも最たるものはやはり『止まり木』の存在であった。
およそ、迷宮領主達の力が、いわば独自の"世界"を作り上げるものであるとして、それは言い換えれば自然法則には存在しない超常を成すことである。それが、生物の本来の法則を越えて……強引に骨肉を発達させ、急成長させる類のものであるとして。
不自然なほど小醜鬼という種への憎悪を滲ませていたル・ベリの説明のうち、その点を除いた部分から分析して、ルクとミシェールが結論付けたのは、すなわち「肉体の成長に精神がおいついていない」ことが"形成不全"の原因である、という視点であった。
『長女国』における魔導の最高権威たる【ゲーシュメイ魔導大学】で過去に行われたとある実験では、人間の幼子を一切誰とも会話させずに育てたらどうなるか、というものがあることをルクは知っていた。
――問題はその幼子が、特に魔導の才能を有していた者が選ばれたことである。
この冷徹にして狂気に足を踏み入れた実験を為した研究者は、どうも、一切誰からも学ばない状態で魔法の才能に開花した場合に、最初にその子が放つ魔法が何であるか、その【属性】が何であるかを知りたかったらしい。
曰く、それこそが最も根源的にして原初の魔法に違いない、ということであったようだが……。
結果、研究室が一棟丸々吹き飛んだことが、今でもその瓦礫が教訓としてあえて修復されずに残されているとのこと。
そのような逸話も含めて、もはや後には引けなかったルクとミシェールは――『止まり木』で、胎児のうちからその精神をあらかじめ成長させることを決断したのであった。
そうすれば、異形と異能の超常の力によって短時間のうちに急速かつ異常な速度で「急成長」させられたとしても、肉体と精神が乖離することなく、形成不全となることを封じることができる、という読みであったのだ。
――その総仕上げの時が近づいていた。
いよいよ、ミシェールが代胎嚢の中で、出産に至ろうとしていた。
ヘレンセル村へ乗り込んだ主オーマ達と【眷属心話】――あの奇天烈な"脳みそ生物"達による【人世】における情報伝達の技術の常識を根底から破壊する技能――を通して情報を共有する傍ら、ルクはこのための追い込みをかけていたのである。
現世からは何十、何百倍にも引き伸ばされた精神空間『止まり木』。
しかし、そんな『止まり木』であっても、1秒は1秒として、1日は1日として流れている。
現世におけるダリドとキルメの出産の時まで、あと数分――つまり『止まり木』では、その気になれば十数日もの時間を得ることができる。
その期間を使って2人の我が子を、まず『胎児』の身体に戻し、そしてそれが代胎嚢の第2の異能によって『成人』した肉体にまで急成長させられる……という過程を『止まり木』で再現するのである。
万が一にも形成不全わないように。
1秒1日でも、ヘレンセル村で主オーマが仕掛け、待ち構えている騒乱への対応に参陣――可能ならダリドとキルメも――するために。
理論と直感と、そしてミシェールに至っては畏敬という点で大丈夫だという確信をルクらは共有していたが、それでも、鋭く重い緊張感が全身を締め付けるかのようであった。
「ルク兄様」
「ん? どうしたの?」
「楽しみですね?」
「……楽しみ?」
はい、とミシェールが、子供たちの前でありながら、母親としてではなく――ルクの"妻"としての、溢れんばかりの笑みをこぼす。その瞳には、まるで火の粉が散り突くような、仄かな狂気と憎悪が宿っていた。そしてそれを、複雑な心地で苦々しく思うルクである。
ルクとて、他の12頭顱侯達への恨みと憎しみが無いわけではない。
彼らと、そしてあの鈍色の仮面を被った、呪詛を与えた正体不明の存在に対する報復の念は強い。
だが、ミシェールの思念は……。
「我が君が明かしてくださった、この世界の深奥。"技能"システム、位階システム、職業システムを識ることで、私達は、リュグルソゥム家は更なる高みに上ることができる。我が君の恐ろしき御力で、あいつらを全て燃やし尽くすための……大きな力を、手にすることができるのですから」
あぁ、そうだね、とルクはさらに表情を曇らせる。
子供らに見られぬように胃をさする。
その問題もあったな、と表情をぴくりと引きつらせた。
技能点・位階システム。
これの存在を念頭に入れた場合――説明できてしまう事柄や、現象や、ある種の偏りが、色々あるのである。
そして、それだけではない。
この世界の深奥は、200年間、一族の共有知識をこそ精神世界『止まり木』で蓄えていたリュグルソゥム家とこそ、非常に相性が良いとしか思えないのであった。
だが、それが意味することは――。
(オーマ様に頼るしか道が無い。そこまで、追い込まれてしまった。九死に一生を与えられたのは事実だ、だから、オーマ様がどうだという訳じゃない。そういう訳じゃないんだ、が……だが、でも、本当にこれで、いいのだろうか。リュグルソゥム家は……新たなリュグルソゥム家は、一体、どうなってしまうのだろうか)
「えいりあん」達が荒々しく蔓延るこの迷宮と共存し、依存し、頼り依拠して傾倒し、やがては完全にその一部となっていくかのように。
――例えば【眷属心話】が、いずれ『止まり木』を侵食して、彼らの【共鳴心域】なる「えいりあん」達の意識空間のネットワークに組み込んでしまわないと、誰が断言できるだろうか。
このまま【報いを揺藍する異星窟】との融合が進んでいったとして。
果たして、リュグルソゥム家の精神の独立性は担保されるだろうか。
ルクは、重ねて念じずにはいられなかった。
これで、本当に良かったのだろうか、と。
※本話は再構築に伴い、話順が入れ替わりました。上書きによる入れ替えしかできないため、過去にいただいた感想と話の内容が噛み合っていませんこと、ご了承下さい。





